07:21『椎名なのかは事件を推理できるのか?』

 ひとまず状況が片付いて縦溝警部と宇佐見刑事が警察署に戻ってきたころには、辺りはすっかり明るくなっていた。

 救急車で病院に搬送された詐欺師は、そのまま別の警察官に預けてきた。緊急手術を受けて、一ヶ月は病院で絶対安静だろう。

 宇佐見刑事はくしゃくしゃになった元のスーツを着ている。詐欺師『脚長ロングレッグズ』にとって用済みになったあと、宇佐見の衣装は展示室の床に無残に脱ぎ捨てられていた。詐欺師が着ていたものをそのままもう一度着るなんて癪だが、他にちょうどいいものがなかったのだ。一日がかりになるので、代えのワイシャツもクルマに用意していたはずなのだが、何故か探しても見つからなかった

 椎名はというと、後片付けを刑事ふたりに任せて、一旦家に戻りシャワーでも浴びてからまた出てきたらしい。追いかけっこを演じたせいでボサボサだった髪も撫で付けて、黒のパンツスーツからノースリーブの白いワンピースに着替えていた。ワンピースは少し少女趣味の入った甘いデザインで、宇佐見は最初は鯉柄かと思ったがよく見ると花柄だった。

「あれ?どうしたんです、椎名探偵。まるで女の子みたいな格好をして」

「詐欺師に『アドバイス』を貰ったの」

 椎名の言う意味はよくわからないが、こうしてみるとどこか芋っぽい雰囲気が、探偵より地元農協のキャンペーンガールのほうがよく似合いそうだと宇佐見は思った。『脚長』は悪党だが、少しはいいことをいう。



「宇佐見さん!おはようございます!」

 婦警に案内されて部屋に入ってきたのは、中学生くらいの制服姿の女の子だった。

「ああ君か、朝早くによく来たね」

「宇佐見くん、職場に女を連れ込むとかどうかと思うわ。しかもこの子中学生じゃない?警部、犯罪発生ですよ」

 椎名がジト目で宇佐見を睨む。

「違いますって!昨日言っていた、中学生の新聞記者さんですよ。夜は取材はダメって言ったんですが、どうしてもというので、事件が終わった朝ならこっちにいるかもしれないよって言ったんです」

「私は知優ヶ湖ちゆうがこ中学校の岸谷きしや真実まさみといいます。学校新聞の記者をしています」

「ちょうどいい。真実ちゃんへの『記者会見』も兼ねて、どういう事件なのか最初から整理していこう」

 警部がそういうと、岸谷記者はよろしくおねがいしますと言ってペコリと頭を下げた。


————————


「それで、結局のところ、これはどういう事件だったんだ?ワシらは怪盗を追っていたはずだったのに、急に詐欺師が出てきて掠め取られてしまった。わけがわからん」

「僕も何が何やら。途中、縛られ袋を被せられて戸棚に放り込まれてましたし、僕は詐欺師の姿すらまともに見てないです」

「それじゃあ、私がはじめから事件の全体像についての推理をお話しましょう。詐欺師と直接会話したのは私くらいですしね」

 椎名探偵が得意そうに言う。岸谷記者は目を輝かせて、手帳片手にいよいよ前のめりで椎名の話に耳を傾ける。

「おお、何だか探偵っぽいぞ!今回一番探偵っぽいぞ!」

 警部は探偵の成長に喜びを隠せない。


【発端】


「実際の詳しい経緯は詐欺師『脚長ロングレッグズ』の取り調べを待つことになりますが、まあ私の推理を聞いてもらいましょう。推理といっても、証拠がないから憶測みたいなものですけど。まず、詐欺師は現在口説き中の女子が刀剣にハマっていることを知る」

「そこからか!」

「詐欺師はそうやって女を信用させて資産をかすめ取る手口だが、相手が資産家であればあるほど普通の金品では満足を得られない。だからプレゼントは世界に唯一のものである必要があるのよ。それで、その女子が気に入っている妖刀『生蔵丸なまくらまる』を盗み出してプレゼントしようと思い立つわけ。しかし、博物館の警備システムは万全、刀は厳重に守られていてとても手が出ない。詐欺師『脚長』は人間を騙すのは得意でも、自動警備システムを騙すのは苦手だ。詐欺師はハッカーではないし、規格外脳筋怪盗『韋駄天ストライダー』のように警備システムを正面からぶち破って強行突破で奪い去るほどの体力はない」

「じゃあ詐欺師はどうやって奪おうとしたんです?」

 岸谷が首を傾げて訊く。

「うん。そこがポイントです。詐欺師は、あえて警察を介入させることで警備に隙を作り出すことを考えたのです。警察がうろうろするなら展示室内の動体センサーも切らなくてはならないし、展示室の扉も開放される。先に警察を入れておくことで、警備の人員の規模も予想が立つ。怪盗が来ることがわかっているんだから、怪盗が出てきたところで大幅な警察の増援が駆けつけるとは考えにくい」

「それじゃあまるでワシらのせいじゃないか」

 警部が苦い顔で言う。


【怪盗】


「そして、その警察を撹乱するために、詐欺師は怪盗『韋駄天』を利用したのです。『韋駄天』は『絶対に失敗する怪盗』だといわれていました。私達は『韋駄天』を単なるアホな怪盗だと思っていたのですが、実際は違います。犯行の『失敗』は、あいつにとっては『成功』だったのです」

「いったいどういうことです?」

 宇佐見にはどうにもピンと来ないようだ。

「『韋駄天』目的は標的の奪取ではなく、警察と大立ち回りを演じることなのです。だから標的の奪取にはあまり熱心ではありませんし、失敗してもぜんぜん気にしません。自慢の脚力で警察とスリル満点の追いかけっこをしたい、というのが、あの変な怪盗の目的だったんです。それ故あいつは『絶対に犯行に失敗する怪盗』だったというわけ」

 椎名の推理に一同は深くため息をつく。

「そういえば追いかけている時、奴はさんざん回り道をしていました。それがなぜなのかよくわからなかったんですが、そういうことだったんですね。『韋駄天』が真面目に犯行に取り組んだとしたら、かなりの脅威ですよ。あいつの武器は手品トリックでも小道具ガジェットでもない。やり方がシンプル故に弱点がほとんどない。標的を守るなら、警察官を十人くらい連れてきて人間の盾でも作るか、金庫にでも入れておかないと危なかったでしょうね」

「我々は勘違いしていたのか。『韋駄天』が犯行に毎回失敗しているのは単にアホなだけかと思い込んでいたが、そうではなくて遊ぶだけ遊んだら満足して帰ってしまうからなのか。いやまあ、謎予告状とかコスプレとかハンググライダーとか、やってることがアホなのは確かだが。ワシはあのコスプレ男は囮だと思っていたのだがな。結局本物だったというわけか」

「それで、どうやったのかはわかりませんが、詐欺師は怪盗『韋駄天』を唆し、標的の刀を狙わせた」

「『韋駄天』はそもそも標的にあまりこだわりがないからな。接触さえできれば、唆すくらいあの詐欺師の腕なら簡単だろう」

「たとえば、『怪盗と詐欺師、どちらが獲物を先に手に入れるか勝負しよう』とか」

「詐欺師としても、あの怪盗がそうそう奪取に成功するとは考えていないはずだから、利用する相手として都合がいいでしょうね。なまじ優秀な怪盗にやらせると、自分より先に奪われてしまうかもしれないですから。あるいは、正式に依頼したのかもしれません。怪盗たちは同業者を信用していないので、協力関係を築くことは稀ですし、他人の指示で動くのも嫌いです。でも『韋駄天』は警察と遊べればそれでいいという変な怪盗ですから、そういう依頼を受ける可能性はあります」

「『韋駄天』は刀が欲しいというより、警察をおちょくるのが大好き。『脚長』は『韋駄天』を陽動に利用し、私達三人の気力と体力を消耗させ、油断を作り出す。警備システムの油断を誘うことはできないが、人間なら撹乱を続ければいつか隙はできるからね」

「まあ三人のうち約一名は怪盗が現れる前から居眠りをしていた気がするが」


【侵入】


「詐欺師は事前にロビーや廊下に盗聴器を仕掛けていた。人手が足りなくて、全館の捜索なんてできなかったから、我々は気づかなかったけどね。そして卑怯にも、私がピザ屋に電話したのを盗聴した。ロビーや廊下は声がよく通る。電話の声も盗聴器で聴き取れてしまったわけ」

「椎名探偵の声が大きすぎるんじゃないかな」

「だってピザよ?普段高くてなかなか頼めないデリバリーピザを頼む興奮!ああ!千円札が何枚飛んで行くのかしらと考えたら、ついつい声が大きくなっちゃうじゃない!」

「椎名探偵はピザが好き……と」

 岸谷記者が謎のポイントを手帳にしたためる。

「確かに今声が大きいですね。あと推理を続ける前によだれを拭いてください」

「そして詐欺師は得意の変装術でニセ警官に扮すると、職務質問するふりをして配達中のピザ屋店員を捕まえ、ピザの箱に盗聴器を仕掛けた。私がピザを注文するかは確実でないけど、ここの守衛は深夜勤務でよくピザを注文する。そのことを詐欺師は知っていて、予備の計画として含めていたのかもしれない。ピザの箱はずっと展示室の椅子の上に置きっぱなしだったから、詐欺師には展示室の様子が筒抜けだったのよ。この時に宇佐見くんのしゃべり方やツッコミ役としての立ち位置なんかもコピーしたんでしょう」

「なるほど。……僕はツッコミなのか」

「一方で、『韋駄天』はわざわざハンググライダーで付近のビルから屋上に進入する計画を実行したがあえなく失敗、落下して通行人に通報される。宇佐見くんが救護に向かうが、一旦逃亡して改めて窓を破って侵入」

「ここだけ聞くとどうしようもないアホだな」

「怪盗はなぜわざわざそんな危険な方法で侵入しようとしたんでしょうか?」

 岸谷が訊く。

「怪盗は飛ぶものだからよ」

「飛ぶ?」

「そう、飛ぶ。飛ばない怪盗はただのコスプレ男よ」

 たぶんその辺りは、怪盗や怪盗と似たような思考パターンを持つ椎名しか理解できない特有の美学というものなのだろう。普通の人間は理由なんて考えるだけ無駄である。

「ワシはどう考えても陽動だと思ったんだがな。まさか本気で落ちたんだとは。丈夫な怪盗だ」

「そして、詐欺師もどこからか館内に侵入した。宇佐見くんや守衛は『韋駄天』の対処に大わらわだったし、詐欺師が館内には事前に仕掛けた盗聴器が多数ある。内部の様子は筒抜けだから、宇佐見くんたちと鉢合わせないようにしさえすればなんとでもなる」

「一番手っ取り早いのは、『韋駄天』が破った窓から入ることだろうな。それならもうベルは鳴らないし。別の窓を割って侵入してもいい。どうせ『韋駄天』のせいで防犯ベルは何度も鳴りまくっていたから、特別に警戒されることはなかっただろう。これも『韋駄天』による陽動のおかげか。うまいように使われおって」


【変装】


「そのあと怪盗は私たちと大立ち回りを演じるが、その途中で詐欺師は背格好の似通っていた宇佐見くんを捕らえ、半裸にし、まんまと入れ替わる。半裸の宇佐見くんは縛られて戸棚の中に。警部の電話に出たのも詐欺師」

「半裸は重要ですか」

「ええ。半裸は重要なポイントよ。しかも筋肉質」

「なるほど、半裸」

 岸谷はさっきから何をメモしているのだろうか。

「詐欺師は宇佐見くんの衣装を奪って着替えると、転んで額を打ったと言って、タオルで顔を隠しながら展示室に戻ってきた。顔だけはそう簡単に似せることはできないからね」

「すごい痛そうで、ワシはすっかり騙されとった。ワシはオレオレ詐欺とかにも引っかかるタイプだな。気をつけんと」

「警部の不注意もあるけど、詐欺師は警部の目を欺くために他にも仕掛けを用意したのよ。タオルで顔を隠しても、それじゃあ逆に顔に注目されてしまいやすくなる。そこで、警部の目をごまかすため、詐欺師は拾ったといってたくさん盗聴器を持ってきた。いくら変装が得意と言っても、特定の誰かになりすますのは難しい。よく顔を見られたらバレてしまうから、額を打ったと言って濡れたタオルで顔を隠すとともに、入ってくるなり警部に盗聴器を見せつけることで、自分の顔から注意を逸らしたのよ。それからなるべく奥の方のソファを選んで寝転んだ。背格好が似ていると言っても、まともに立って向きあえば視線の高さの違いくらいはわかってしまうし、体格の違いもバレやすい。その点、寝転んでいれば体格の違いはわかりにくくなる。まあそれでも私は、宇佐見くんに化けた詐欺師の違和感に気づいていたんだけどね」

 岸谷記者は尊敬の眼差しを椎名に向ける。事件解明パートの主導権を何故か椎名探偵が握っているせいで、岸谷記者には彼女が名探偵に見えているようだった。

「そうだったのか。あそこで気づいていれば、刀を奪われることもなかっただろうに。惜しかったかもな」

「ほんとに椎名探偵は肝心なところで役に立たないんですから。でも、僕に変装した詐欺師、ちょっと見たかったです」

「確かに結構似ていた気はしないでもないけど、正面から顔を突き合わせればさすがにバレるという程度だったよ」

「まあ即席で出来るくらいの変装だからな。それでもワシはすっかり騙されてしまっていた。怪盗が変装するとしても、この三人ではなく、ニセ警官として来ると思っていたしなあ」


【奪取】


「まんまと入れ替わった詐欺師は、警部が外に出たタイミングを狙って、ピザの盗聴器で録音して編集した音声を遠隔操作で流し、私を誘い出した。私がニセ宇佐見刑事と展示室にいたときに、廊下から『ちょっと来てくれ』みたいな警部の声がしたのよ」

「え?あの場でデータ加工?」

「まあ録音して音を切り貼りするくらいならスマートフォンでもできるし、外部の協力者にデータを送信して加工をやらせた可能性もある」

「いま考えると、あの警部の呼び声もちょっと違和感があった。単語の繋ぎ目が不自然というか。なんにしろ詐欺師は計画をまんまと成功させた。三人を展示室から追い出して自分だけ展示室に残り鍵をかけた時点で、詐欺師は勝利を確認したでしょう。しかし、最後の最後で不運にもバイクで事故を起こして失敗」

「『不運』ですか……。でも、刀を持ちだして転倒といえば、まるで妖刀『生蔵丸なまくらまる』の呪いみたいですよね。ほら、展示室のパネルにあったじゃないですか。あの刀を持ち帰ろうとした武士は、刀が暴れてうまく歩けなかったとか」

「えっ……の、のろ……?」

 今まで調子よく推理を続けてきた椎名探偵が、呪いと聞いたとたん青ざめてガタガタ震えだす。椎名は敏感な怖いものセンサーを持つ心霊探偵でもある。

「いや違うよ違うよ呪いとかじゃないよ実は追跡中に私が拡声器で詐欺師の女装癖をバラ——」

「椎名君!それはいろいろ面倒になりかねないから!自分から言わなくていいから!詐欺師も自分の脇見運転が原因の転倒ということにするはずだから」

 詐欺師としても、その辺りを詳しく追求されたくはないだろう。それに、ここまで計画を成功させておきながら、最後に椎名にそんな挑発をされてミスをしたというのではあんまりだ。刀の呪いのせいにでもしておいたほうがまだマシである。ちなみに、椎名がやけにガーリーな衣装に着替えてきたのは、事故直後に女装を舐めるな、女装のどこが悪いと詐欺師に叱られて、反省の意を示しているからである。椎名は女性なので、これを女装と呼ぶのかはよくわからないが。

 もっとも、事故前後の様子はすべて警察車両のドライブレコーダーに記録されているだろうし、深く追求されないことを祈るしかない。警察の追跡に問題があって事故が起きたとあれば結構な問題になりかねないが、もし追求された場合は、詐欺師の脇見と刀の呪いのせいです、鯉は盲目なんですと警部と椎名は言い張る構えである。

「それで、『脚長』は全身の打撲と左脚の複雑骨折で重傷と。丈夫なライダースーツを身につけていたので紅葉おろしにならずに済んだようですが、しばらくは入院でしょうね」

「ちょっと宇佐見くん、怖いこと言わないでくれないかな。こっちは変な方向にぶらぶらしてる詐欺師の脚が頭から離れないんだから」

 椎名は青い顔をして自分の肩を抱いている。やはり痛そうなのは苦手らしい。

「ところで宇佐見君の怪我の具合はどうかね?」

「手首はしばらく吊ったままでしょうね。頭はたんこぶができただけで大したことはないです」

「あれ?階段から落ちたのって詐欺師の嘘じゃなかったの?」

「いえ、僕が転んだのは本当なんです。全力で『韋駄天』を追っていたら、階段の途中にワイヤーが張られてたらしく、僕はそれに引っかかって一回転、頭からぐしゃっ、ですよ」

「だから宇佐見くん、怖いのやめてくれないかな!」

 椎名は涙目で耳を塞ぐと、あーあーと叫び始めた。

「う、宇佐見さん!やめてあげてください!椎名さん泣いちゃいます!」

 岸谷があたふたと椎名をかばい始めた。中学生にまで気を使わせる自称天才探偵であった。

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