前の老松長者

 前の西ノ方サマの死後、切尾の直面した問題は、家中をまとめる指導者の不在であった。

 幼い娘に代わり、切尾本家を治める前の婿サマは、権威こそあれ権力の基盤が弱かった。また、政敵である前の東ノ婿殿が足かせとなっていた。加えて、有力分家間の対立をあおり、調停者としてキャスティングボードを握ろうとする姿勢が透けて見え、家中から警戒されていた。

 南ノ方サマと西ノ婿殿、前の東ノ婿殿はまだ年が若く、それぞれの一族をまとめきれていなかった。東ノ婿殿は三者による三頭政治により家内のイニシアチブを取ろうとしたが、前の婿サマと前の老松長者に防がれた。婿サマは三人に抑えつけられることを嫌った。老松長者は三人が分権的な考えをもっており、彼らが家中を動かすことで、一層の分裂を引き起こすのではないかとおそれていた。

 このように混乱する切尾をまとめる指導者として、いちばんふさわしい立ち位置にいたのは前の老松長者であった。しかし、彼女には三つの問題点があった。

 ひとつ目は、彼女が集権主義者で、オカアサマの時代への復古、切尾当主に権威権力があつまる体制を夢見ていたこと。

 ふたつ目は、自分の派閥が小さかったこと。

 三つ目は、家内政治の才がなく、それを助ける者にも恵まれていなかったこと。

 前の老松長者には、切尾内の権力を掌握する機会は幾度もあったが、ことごとく自らの手でつぶした。

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