第2章

第8話 探しものは何ですか(1)

 朝九時。更迭まであと一日――正確には十五時間。

「今日しかありませんよ、蘇芳さま!」

 禁忌だとは思ったが、なかなか外へ出てこないのだから仕方ない。

 千代は神床に踏み入った。

 寝具で眠る蘇芳から布団を引き剥がす。

 足を折り曲げて丸くなっている蘇芳の腕を引き無理矢理立たせた。

 着替えを手伝い、洗面台へ連れて行き、歯ブラシを持たせる。

 そこでやっと蘇芳は口を開いた。

「でも面倒くさいんだよー」

「私も一緒に頑張りますから!!」

 髪を櫛で撫でつける。

 鏡の中には、少し目の下にくまができているが、幼さを残す大きな二重の目が魅力的な青年がいた。

 慌てて縫った着物もなかなか悪くない。千代は手芸が趣味だったのだろう前の、いな、もしかしたら数代前の巫女かもしれないが……に、内心感謝した。

 残っていた生地を合わせて、なんとか外には出られる着物を作ることができたのだから。

 蘇芳を押すようにして内々陣へ移動する。

 蘇芳が動けない5日間の間に部屋は随分と綺麗になっていた。

 内々陣としてどうかとは思ったが、メタルラックを送ってもらい、左右の壁に大きな棚を作り本を全て収納することに成功したのだ。

 今では毎日床に雑巾かけできるほど床が見えている。

 千代が金刺繍の入ったものの少し古ぼけている座布団を上座に敷くと、蘇芳はそこへ腰を下ろして言った。

「それで? 最後のお願いは何なの?」

「不吉なことを言わないでください」

 先日、次に叶える願いごとは『蘇芳の気持ちを最大限に汲んだ上で』千代が選ぶことに決まったのだった。

「今回のお願いごとはですね……『二日前にいなくなったペットを探してください』です」

 千代は言って巻物を示した。

 願掛けランクは参(3)。ランク零のように楽にはできないがランク捌のように難しくもない。

「犬の一日の移動距離って知ってる? いついなくなったのか知らないけど……」

 すかさず蘇芳が口を挟む。

 千代は力強く笑って見せた。

「犬だって決まったわけじゃありませんよ!」

 さからと言って、猫なら早く見つかるかと言ったらそうでもない。実は千代も苦渋の決断だった。

 期日が今日に迫った今、一日で解決できることでなくてはならない……それを含めて考えて、この願い事しかなかった、と言うのが実際のところだ。

 ぶつぶつ文句を言う蘇芳の背を千代は撫でて励ましながら、願掛け人の元へと向かった。



 本日も雨天。暗い雲から細かな雨が降る。

 絵巻に書かれた住所に向かうと、二階建ての家が見えてくる。市内では段々と減っている庭付きの戸建てだ。高い石の塀をぐるりと巡り、門に付いたインターホンを鳴らす。

「神ですが」

 蘇芳が告げると、どたどたと足音が響き、乱暴に玄関扉が開け放たれた。

「神様! 来てくださったんですね!!」

「えーっと、鈴木花さん?」

「そうです!」

 抱きつかんばかりの勢いで現れたのは、セーラー服姿の女子高生だった。肩口で揃えられた黒髪は内側にカールし、猫目が愛らしく、くりっとしている。小さな鼻に小さな唇、笑った時、少しだけ八重歯が覗いた。

「今日は学校は」

 千代が問うと、花は笑顔を一転させしゅんと俯くと、首を振った。

「昨日から休んでます……探し歩いてるんです」

「そうだったんですね」

「それで、いなくなったペットって言うのは?」

 挨拶もそこそこに蘇芳が促す。

 花はポケットから学生手帳を取り出した。開いて見せてくれる。

「この子です」

 その中に大切にしまわれた写真を見て、千代は目を点にした。

 つぶらな黒い瞳、尖った唇、ぴよぴよと愛らしく鳴くその生き物の羽毛の色は……黄色。

「ひっ、ひよこぉ!?」

 千代は素っ頓狂な声を漏らした。

 これは予想外だった。

 ひよこ。

 探し出さねばならないのは、この手の平に乗るサイズのひよこ。

 飛ばない。遠くにはいけない。捜索範囲が狭くて済むと前向きに考えることもできる。

 が。

「これは……」

 千代は言葉を詰まらせた。

 ひよこは何日餌を食べないで生きていられるのだったか。

「ちょっとこの左の羽の辺りに、染みみたいに色が入ってるんです」

 考え込む千代に対して、蘇芳は花が差し示すひよこの写真を覗き込んだ。

「分かんないなー入ってます?」

「入ってます」

 花が頷く。

 蘇芳はうーんと唸って、首を傾げる。

「入ってるのかなぁ。千代ちゃん、どう思う?」

 それには応えず、千代は花に向き直った。

「とりあえず、この写真お借りして良いですか」

 時は一刻を争う。餌よりも、猫や烏が心配だ。早く。早く、見つけださねば。

「はい。どうか宜しくお願いします」

「が、がんばりま、す」

 深々と頭を下げた花をその場に残し、千代たちは出発した。

「二日じゃ食べられちゃってるよねぇ」

 蘇芳の酷く同情的な声を、千代は聞かないふりをした。

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