第17話 幸せショコラ時間(6)
雪子は店の奥の厨房に引っ込むと、幾つものチョコレートの粒を載せた皿と、珈琲の満ちたカップを二つ持ってきた。
「どうぞ」
言って、差し出されたチョコレートは、どれもこれも、美しい粒だ。
アーモンド形のもの、いちごをホワイトチョコレートでコーティングしたもの、犬の肉球型のものや、背伸びする猫を模した形もあった。
千代は目を輝かせた。
「わっ! 美味しそう。いただきます!」
早速、猫の形をしたチョコレートを手に取る。
「あーん」
大きく口をあけ、口中に放り投げた。
そして。
「あ、ああああ、甘ぁ――い!!」
目をぎゅっとつむって、手を握り閉め、身震いする。
続いて、アーモンド型、肉球型と次々口の中に放っていき……
「こっちも! こっちも!! あ、甘い! あま……甘すぎる……」
段々と、げんなりしてきた。
確かに今までのチョコレートとは比べようもなく、とにかく甘い。
甘さで言うなら、純度百。
チョコレートと言う名の甘いナニカだ。一分の隙も無い。むしろ甘すぎて舌がひりひりする。
千代が最後のチョコレートに手を伸ばすのを躊躇っていると、その手を雪子が制した。
「美味しいチョコレートとは違うでしょう?」
はっきり「うん」とは頷けず、千代は困った顔をした。
正しく雪子の言う通りで、「甘い」チョコレートではあったが「美味しい」チョコレートではないのである。
千代が何も言わないでいると、雪子はキャップを脱ぎ捨て、髪をかきむしり吠えた。
「このままじゃ、彼女たちを取り戻せない!! どうして! どうしてなんだ!!」
十分お店の前に列が出来ていたと言うのに、ジムに取られたお客さんは戻ってこないのだと雪子は嘆いた。
千代は思ったことを飲み込んだ。ぶっちゃけ、ジムのインストラクターが目的で美容のためにダイエットをしているのなら、チョコレートは天敵だ。まず視界から遠ざける。
そして、これほどまでに甘いチョコレートでは、事実とは異なるとしても「太る」と思われるのは避けられない。
雪子がドンッとテーブルに拳を叩きつける。
皿が震えて、中のチョコレートが飛び跳ねた。
「雪子さん……」
千代は優しく、項垂れた雪子の背を撫でさすってあげる。
やはり、甘い言葉で美味しいチョコレートを作るなんて無理な話だったのだろうか。
と、その時。
蘇芳がぱくりと最後の一つ、いちごをコーティングしたホワイトチョコレートを口の中に放った。
千代と雪子が見守る前で、蘇芳はあからさまに顔を顰めると、言った。
「まずい」
「蘇芳さま! そんなド直球な言い方……」
千代が慌てる。
口から吐き出さなかったものの、蘇芳は無理矢理ブラック珈琲でゴクリとチョコを流し込むと、唇をへの字に曲げた。
「僕は甘いのが苦手なんだ」
珈琲カップを置きながら、蘇芳は呟いた。
「それでも食べられるチョコレートがこの前はあったのに」
千代がきょとんとする。
一方で、雪子がハッとした。
「私は……」
彼女は口元を抑え、眉根を寄せた。
俯き、何事か考える風だった雪子は、やがて頭を下げると、声を絞り出した。
「すいません、また、明日来てはいただけませんか」
顔色が悪い。
千代は心配になった。
「それは構いませんけど。雪子さん、大丈夫ですか? 少し休んだ方が」
「大丈夫です」
言って、雪子は顔を上げた。
その瞳には、キラリと輝く希望が見えたのだった。
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