第18話 幸せショコラ時間(7)

 次の日、ココペリが開店する前にやってきた千代と蘇芳を待ち構えていたのは、ハイティースタンドに並べられた、二十にも及ぶチョコレートの粒だった。

 席についた千代は昨日の甘さを思い出して、思わず口元を抑えた。蘇芳の顔色も真っ青だ。

 一方、雪子の表情は晴れ晴れとしていた。

「お陰様で……できました」

 言って、雪子が真剣な眼差しでチョコレートを勧めてくれる。

 手を伸ばさない蘇芳に代わり、千代は恐る恐る猫が背伸びをした形のチョコレートを取った。

 脳裏に蘇る、舌の痺れ。ツンと鼻の奥を差す、甘すぎる痛み。

 雪子の熱い眼差しに見つめられながら、千代は決心するとチョコレートを口に放った。

「どう、でしょうか」

 口呼吸でチョコレートを噛み砕き、慌てて、鼻から息を吸った。

 そして。

「……美味しい」

 口中で蕩けるキャラメルのまろやかさが鼻を抜けていく。アーモンドの効いた外側のチョコレートが良く合う。

「美味しいです、雪子さん!!」

 千代は初めてこの店に来た時と同じように、両手を握り閉め、美味しさを表すくねくねダンスをした。

「どうしちゃったんですか。昨日とは全然違いますよ!」

 千代が指摘すると、キャップを外した雪子は恥ずかしそうにサロンを握った。

「私は、ずっと馬鹿な考えに捕らわれていました」

 そうして、ぽつり、ぽつりと語り始めた。

「あの男に彼女たちを奪われたと思って、逆恨みして……彼女たちを取り戻そうと躍起になって。肝心なことを忘れてしまっていた」

 顔を上げて、蘇芳を見る。

 蘇芳がきょとんとするのに、雪子はにこやかに微笑んだ。

「人を喜ばせる思いを。それを、神様。あなたが思い出させてくれた」

 そう言って、深々と頭を下げた。

「神様。ありがとうございました。甘くて美味しい、太らないチョコレートの完成です」

「おめでとうございます!」

 千代がぱちぱちと両手で盛大な拍手を送ると、雪子は照れたように頬を染めて微笑した。

 ニコリ。笑うと背後に花がぶわっと咲いた。

「ありがとうございます」

 それはさながら少女漫画のヒーローで、知れず千代の顔に血が集まる。

 と、その時。

 ちょうど時計の針が十一時を指した。開店時間だ。

「こんにちは~」

 雪子がクローズドの札をひっくり返すと、さっそくお客さんが列をなしてやって来た。

「あの~、店長さん変わったんですか?」

 会計時に顔を真っ赤にして問う女性客に、前髪を横に払って、雪子が答える。

「君のために生まれ変わったんですよ」

「やだぁ、意味が分かりません」

 女性客は照れたように笑った。

 次の客が冗談めかして言う。

「まさか、この太らないチョコレートのせいで痩せちゃったとか?」

「ふふ……どうでしょう。ただ、このチョコレートが、あなたの美しさを損なうようなことはありません」

 雪子は試食の皿を差し出しながら、付け加えた。

「独自の製法でほぼほぼ糖分をカットしました。騙されたと思って食べてみませんか」

「食べる食べる!」

「相変わらず、おっいし~ッ!」

「私も私も!」

 方々から声が上がり、試食の皿はアッと言う間に空になる。

 それから彼女たちは、ディスプレイの商品を指さし次々声を上げた。

「三つください!!」

「私、一箱分!」

「畏まりました」

 雪子が優雅に礼をする。と、女性客たちから再びハートが飛び、黄色い悲鳴が上がった。

 千代と蘇芳はそっと席を立った。

 忙しそうにする雪子に手を振って、店を後にする。

 千代は隣を歩く蘇芳を何度か伺い見てから、おずおずと問うた。

「私も後で取り寄せて貰っても良いですか?」

「もちろんだよ」

「ありがとうございます」

 千代がにこりと笑うと、蘇芳は素早く目線を逸らした。彼はこっそり小さく笑ってから、うん、と伸びをした。

「さ。次はどんなお願いごとかな」

「蘇芳さま、やる気ですね! 私も頑張っちゃいますよー!!」

 千代もそう楽しげに叫んで、両手を振り上げた。

 二つの影が、仲良く並ぶ昼下がりであった。




おまけ。


「イヤリングってどうなってんの!? だから、何の役にも立たないじゃん!」

 訪れた牡丹に、蘇芳は飛びかからん勢いで叫んだ。もちろん飛びかかりはしない。抱きしめられてぶちゅっとされるのは目に見えているからだ。

「良いじゃないの。じゃらじゃらしましょうよ。おそろいよん」

 牡丹が嬉しそうにクネクネする。

 千代は貰ったイヤリングを覗き見て、「わあ」と声をあげた。

 中には、掌よりも二回りほど小さな、幾何学的な模様が透かし彫りされた、円のイヤリングがあった。輝く太陽を模したようにも見える。

 何だか、神様っぽい。千代はわくわくした。

「蘇芳さま。つけてみたら良いじゃないですか」

「いやだよ。そんなじゃらじゃらしたの」

「お似合いだと思うのになぁ」

「分かったわ。じゃぁ、違うのにするわね」

 千代がしょんぼりすると同時にすかさず牡丹が言う。蘇芳は慌てて牡丹の手からイヤリングを取り上げた。

「別に貰わないとは言ってないでしょう」

 言って、渋々と言うようにイヤリングを耳に取り付ける。

「ど、どうかな」

「素敵です! 蘇芳さま!!」

 千代が嬉しそうに手を叩くと、蘇芳はむずむずと唇を震わせた。それから神床へ走っていく。鏡を見にいったのかもしれない。

「千代ちゃん、あんた、巫女にしとくにはもったいない良い女ね」

 残された千代の肩に手を置いて、牡丹が言った。

「?」

 千代が首を傾げると、何故か頭を撫でられた。

 ――こうして、無事、二つ目の願いを叶え、アイテムをゲットできた蘇芳だった。



後日談。



「千代ちゃん、肩こりするよー」

 ――と、言うわけで、結局イヤリングはタンスの肥やしになりそうだ。




第3章(完)

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神様は働きたくない。だから私が働かせます! ちゐ @chiwyi

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