第9話 探しものは何ですか(2)

 下町だと言うこともあって、平日だと言うのに焼きそばや、おでんのテキ屋さんが並び、間にコンビニがでんと構えると言うちぐはぐな街を、千代と蘇芳は雨の中おやつ時まで歩き回った。

 が、結局手がかり一つ見つけることはできなかった。

 重たい足を引きずって、二人はシャッターの降りた店の軒下に駆け込んだ。

 傘を折りたたんで一息つく。その二人の表情はげっそりしている。

「ひよこは、思いがけませんでしたね……」

 千代がぼやくと、蘇芳は悟ったように空を仰いだ。

「野良猫の腹をかっ捌くわけにもいかないし」

「まだ食べられたって決まってません!」

 千代は悲鳴のような声をあげた。

 蘇芳はお構いなく続ける。

「ぺちゃんこを元に戻す方法もないんだよなあ。これで僕もこの世とおさらばかぁ」

「だから、まだ死んでるかも分かりませんから!!」

 未だ諦めていない千代に、蘇芳はぽかんとした。

 千代は拳を握りしめると力説した。

「まだいなくなってから二日です。今日中に見つけられれば……っ」

 けれど蘇芳は聞いてはいない。

「あ!」

 と言うと、ふらりふらりと傘を差し、道へ飛び出てしまう。

「す、蘇芳さま……!?」

 慌てて追いかけると、彼はあるテキ屋を覗き込んでいた。 

「どうしたんですか、蘇芳さま」

 店を覗き込んだ千代は、唇を引き締めた。

 店の籠の中では色とりどりのひよこがひよひよ鳴いていた。カラーひよこだ。

「ひよこ買ってっちゃおうよ」

「ダメですよ」

「おじさん、ピンクのひよこ、黄色に染め直してくれますか」

「ダメですってば!」

 無視する蘇芳の首根っこを捕まえて、千代は彼を引き摺るようにして雨の中に戻った。

「そんなのすぐに分かっちゃいますよ」

「じゃあ、どうやって探すつもりなの」

 蘇芳が問う。

 千代は心なし項垂れた。

「地道に聞き込みとか……」

 段々と声が萎んでいく。

 が、何とか持ちこたえて顔をあげた千代は、

「ひらめきました!」

 と、唐突に手を打った。

 それから蘇芳を置いて、近くのコンビニに走り出す。

「蘇芳さま、これです!」

 やがて戻ってきた千代はレジ袋から、鋏とたこ糸、割り箸を取り出して見せた。

「何それ? 釣りでもするの?」

「はい! ひよこはみみずが好きですからね。これをこうして、草むらに投げ入れれば……ひよこがかかるって寸法です」

 器用にたこ糸を割り箸に結びつけ、千代は道路を見渡した。

 幸いなことに、雨のせいで土中で溺れかけたミミズが這い出てきている。

 道には車に潰された死体がゴロゴロ転がっていた。

 千代はずんずん足を踏みならして良さそうな草むらのある空き地を探した。

 やがて、一つの空き地に踏み込むと、さっそくミミズを捕まえ、たこ糸の先にぶら下げた。

「草むらは釣り堀じゃないよ、千代ちゃん」

「ダメもとですよ、ダメもと!」

「ダメだよ、絶対」

 蘇芳が言うにも構わず、千代は深い草むらにミミズ付き糸を放った。

 と――

「き、来ました! 来ましたよ、蘇芳さま!!」

「え、えぇ? まさか――」

 蘇芳が信じられないと言うように、千代の手を覗き込む。何者かに引かれるように、たこ糸がピンと張っている。

 やがて、千代は頃合いを見計らって思い切り割り箸を引いた。

「ひよっ」

 鳴いて千代のもとへ飛び込んできたのは――

「本当だ。本当にひよこが釣れた」

「どうです!? これ、写真のひよこですか!?」

 千代は、餌にぶらさがったひよこをむんずと掴むと、傘をさして後ろに立つ蘇芳を仰いだ。

「う、うーん、違うような気が……」

 蘇芳が写真とひよこを見比べ首を傾げる。千代は、一応、ひよこを巫女服の袖の中に入れた。

「じゃぁ、もういっちょ行きましょう!」

「さすがに、もういないでしょう」

 糸を投げる千代に蘇芳は肩を竦める。とその次の瞬間。

「来ました!」

「また!?」

 千代は慣れたようにひよこをつり上げた。蘇芳に尋ねる。 

「どうですか!?」

「ち、違う……かな」

「じゃぁ、もう一回! ――来ました!」

「早いね!」

「まだまだいきますよ!!」

「この草むら、どんだけ野良ひよこがいるの!?」

 暫く千代は釣りを繰り返したが、蘇芳はどれも件のひよことは違うと言う。

 千代は、合計九匹全てのひよこを袍の袖の中から取り出した。

「ひよひよー! ひよひよひよーー!!」

 みんな千代に抗議をするように激しく鳴いている。

「これだけ捕まえれば、どれかは花さんのひよこさんだと思うんです」

 千代と蘇芳はひよこを抱えると、一度、願掛け者の元に戻ることにした。

 ――蘇芳、更迭まで……あと8時間。

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