第15話 幸せショコラ時間(4)
「トレンド入れていきましょう!」
微妙な空気が流れた厨房に、千代の明るい声が響いた。
憔悴仕切った雪子と、完全にやる気をなくして死んだ魚の目をした蘇芳が千代を見る。
千代は力づけるように拳を握ると、ニッと口の端を持ち上げた。
「恋愛映画ですよ!」
――と、言うわけで、千代と蘇芳が着替え終わると、スタッフ室を借りて、DVD鑑賞会が開かれることとなった。
四畳ほどの部屋には、雪子の着替えや、バッグ、ティッシュ箱が置かれ、入って左には書類のたばの詰め込まれた棚、部屋の角にはローボードに置かれたテレビにDVDレコーダーがあるだけの質素な和室だった。
さっそく千代の借りてきたDVDをセットして、鑑賞を始める。
「分かってた! 死んだ奥さんが戻ってくるってだけで、最後読めてた……!」
……数時間後には、箱ティッシュが一つ潰れることとなった。
エンディングロールが始まると、千代は涙を流して突っ伏せた。
雪子が鼻水を垂らして、カカオマスの入ったボウルを抱きしめている。
「悲しい味がするなぁ」
蘇芳が横から味見をして、眉根を寄せた。
「他……他見ましょう! たくさん借りて来てるんで!!」
……数時間後。
ティッシュ箱三つを潰した三人がいた。
「千代ちゃん、どういう基準で借りてきたの」
蘇芳が鼻水をかみながら問う。千代も、袖で目元を拭いながら応えた。
「恋愛映画ベスト一〇〇から選んだつもりだったんですけど」
「最近の映画は、悲しいラストばかりなの? 記憶が一日しか続かないとか、余命幾ばくとか……」
蘇芳が困惑の声を落とす。
三人で顔を見合わせるが、誰も口を開かない。
千代は俯いた。悲しい確信があった。自分を含めて、この三人は映画を知らない。触れてもいない。
千代はおどおどと手をあげた。
「映画じゃあれなんで、小説にしません? 恋愛小説の……」
「すいません、活字は苦手で」
雪子に即座に拒絶された。
項垂れかけた千代はグッと我慢して顎を持ち上げる。
「じゃぁ、漫画ですよ!!」
用意していた何冊もの漫画をバンッと前へ押し出す。
それから、三人で無言で読んだ。
蘇芳はごろりと横になりながら、頬杖をついて。
千代と雪子はきちんと正座して姿勢を正して読んだ。
と、夜も深くなる頃、「ひゃぁぁぁ」と千代の唇から悲鳴が漏れた。ビクリとして寝かかっていた蘇芳が身体を起こす。千代は、熱心に読み進める雪子の手を引いた。
「雪子さん、雪子さん! このヒーローの決め台詞、堪りませんね!」
千代よりも一冊先を読んでいた雪子が目を瞬かせる。
千代はもどかしい思いを全身で表すようにくねくねすると、件のページを雪子と蘇芳に見せつけるように示した。
「壁ドンされて『俺以外を好きだなんて言うな』なんて言われた日には……」
「殴ってしまいますね」
雪子が一言言って、目を漫画に戻す。
蘇芳が何か言う前に、そのままの体勢で固まっていた千代はがっくし崩れおちた。
夜は平和に更けていくのであった。
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