第11話 探しものは何ですか(4)
その後、人型に戻った蘇芳は、例に漏れず体調を崩した。
千代は蘇芳の布団を、彼のたっての希望で、神床ではなく内々陣に敷いた。本棚だらけの部屋の方が落ち着くからとのことだった。
と、時計の針が零時を指す間際。
「あ! また、あの音楽が!!」
千代はハッと顔をあげた。
絶妙な和の音楽が聞こえてきたのだ。そして、
「すおぉぉうちゃん!」
しなを作っただみ声も。
「ひゃああ」
悲鳴をあげて蘇芳が布団を頭までかぶる。
「牡丹さん!」
内々陣の扉を蹴り開けるようにして現れたのは牡丹だ。
絨毯役の少年たちが肩で息をして後からついてくる。
牡丹は布団ごと蘇芳を起こすとその太い腕で抱きしめた。ゴキッと蘇芳の背中が嫌な音を立てる。
「やったじゃない、蘇芳ちゃん! あんた、半年ぶりの大成功よ!! レベルは低いけど! 命拾いしたじゃないのよお」
「ぐ、ぇ、くるし……」
腕の中で真っ青になる蘇芳を無視して、彼は続けた。
「あたし、ンもぉすっごい嬉しくってぇ飛んで来ちゃったわよ~文字通り」
最後だけ真顔で言って、腕を放す。
暫く膝に手をつき、ぜぇぜぇ肩で息をしてから、蘇芳は涙目のままで手を突き出した。
「それで。早く、ほら、成功報酬」
「あらあら、せっかちさんね」
牡丹はそう言いながらも嬉しそうに侍る少年を側に呼び寄せた。少年が恭しく箱を差し出す。牡丹はそれを受け取ると、蓋を開け、蘇芳に渡した。
「はい」
「何これ!?」
驚愕する蘇芳の後ろから、千代は箱を覗き込んだ。
そこにはちまっと小さな金の腕輪がはまっていた。何の細工もない、シンプルな腕輪だ。
「だから、成功報酬よ」
牡丹が言うのに、蘇芳は眉をつり上げた。
「腕輪って、だって、何に使うの!? 僕、服もないんだよ!? これ、千代ちゃんが縫ってくれたから良いものの、本当だったら外に来ていく着物もなかったん」
「身につけるものを勝手に繕うのは規約違反なんだけど」
蘇芳が黙り込む。目線を彷徨わせ、だらだらと冷や汗をかく。
「す、すいません! 私が勝手にやったことなんです……ッ」
千代は慌てて頭を下げた。
規約違反と知っていながら、繕ったのは自分だ。しかし、褌一丁の神様では沽券に関わる。
「まぁ、裸一貫の神様なんて股間に関わる問題だしねぇ」
本気なのか冗談なのか分からない顔で、牡丹は頬に手を当て溜息をついた。
「ま、今回は目をつむってあげるわ。褌に腕輪な姿も見て見たかったけど。やっぱりほら? あたし、被ってるの剥く方が好きだから?」
「着ているのを脱がすって言ってよ!」
蘇芳が青ざめて悲鳴をあげた。
牡丹はニコリと笑うと、蘇芳の腕に腕輪を通してから、箱を少年に返した。恭しく少年が引き下がる。
「じゃ、ちゃんと届けたわよ!」
言って、再び蘇芳を抱きしめる。
「改めて、おめでとう蘇芳ちゃん! ん~ちゅっ」
身動きできずに悶え苦しむ蘇芳の唇を、牡丹はぶちゅと音を立てて吸った。
「ひぎゃあああああああああ」
断末魔の悲鳴を上げ、蘇芳が泡を吹いて仰向けに倒れる。
千代は何もできずにただただ二人を見守ることしかできない。
満足したのか、牡丹はぺろりと唇を舌で湿らせると立ち上がった。今度こそ、お付きの少年たちが赤い絨毯を帰り道に敷いた。
「それじゃーねー」
嵐のような来訪者が去って暫くの間、千代は呆然としていた。
やがて、床でぴくぴくと震える蘇芳を思い出し、慌てて駆け寄り抱き起こした。
「だ、大丈夫ですか……? 蘇芳さま」
「ダメです。全然、ダメです」
蘇芳はずっと唇を着物の袖で拭き続けていた。赤くなっている。
その左腕に輝く腕輪に目を止めて、千代は持ち上がる口の端を止められなかった。
「素敵な、腕輪ですね」
「こんなの何の役にも立たないよ。まずは、服とか靴とかもっとあるでしょ、他にも」
言われて蘇芳も左腕を見下ろす。頬を膨らませて、ぷりぷり怒る彼に、千代は首を振った。
「でも、素敵です」
単なる腕輪だとしても、久々に成功して得た大切な腕輪だ。どんなものよりも、価値があると千代には思えた。
蘇芳と千代が方々を探し回って得た報酬なのだ。
「素敵つったって……」
未だ文句を述べようと口を開いた蘇芳だったが、興奮に頬を染めた千代を見て、それから再び左腕を見下ろした。
腕を上げてみる。
部屋の明かりに照らされて、それはしっとりと輝いていた。
「……素敵、かな」
「はい」
千代が即座に頷くと、じとっと目を細めて、蘇芳は問いを重ねた。
「本当にそう思う?」
「はい。素敵です」
千代は至極真面目な表情で、深々と頷いた。
蘇芳は千代と腕輪を見比べた。
「……えへへ」
やがて、小さく笑い声を漏らすとそっと腕輪を撫でた。
「ま、まぁ、いっか。次に洋服貰えば良いし」
「次!」
千代は思わず声を上げた。
「え、何?」
蘇芳がきょとんとする。
千代はぶんぶん首を振ると蘇芳の手を握りしめた。
彼はなにげなく言ったのに違いない。それでも、彼の口から「次」の言葉を聞けたことが千代には嬉しかった。
きっと、これからうまくいく。
千代は思う。投げやりで自己否定ばかりで、不器用で……でも心の優しい神様を、支えたい。決して消えさせたりしない。
「いえ。いいえいいえ。次です。そうです、次! 次こそはお洋服もらいましょうね」
千代が微笑む。蘇芳は彼女の笑顔に、頬を朱色に染めた。それから、小さく「うん」と頷くと俯いて、こっそり小さく笑ったのだった。
第2章 (完)
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