第5話 天気にな~れ!(3)

 辿り着いたのは、カミナシ第一小学校だった。

 保護者が使う門をくぐり、教務室へ向かう。

 午後八時間際だと言うのに、未だそこは明々と明かりが付いていた。

「ごめんください」

 蘇芳のノックに、慌てて出迎えたのは、初老の女性と口ひげのたくましい壮年の額の広い男性だった。校長と教頭だろう。教頭は頭と口元を逆にできたら良かったのに、と千代はちょっと可哀想に思った。

「と言うわけで、動物園はやめて水族館にしてください」

 蘇芳は挨拶もそこそこに言った。千代も三歩後ろで、頭を下げる。

 と、困ったように二人の教員は顔を見合わせた。

「いくら神様のお告げと言われましても、こちらにも都合と言うものがございまして。雨でしたら遠足は中止と事前に保護者にもお話しているんです」

 校長が頬に手をあて、うん、と唸る。

「残念ながら遠足の日は雨なんです」

 千代は食い下がった。赤龍の言うことが本当なら、梅雨までは酷い花粉症は続くだろう。

「バスの手配もしたし、水族館に予約も入れたし、しおりも作ってきたんです」

 言って、両手に抱えた紙袋を差し出す。

「でも、ねぇ……」

 二人が言いよどんでいると、蘇芳が一歩踏み出した。ずい、と校長と教頭の顔に顔を近づけた。

「そこを何とかどうにかとんでもなく、お願いしたいんです」

 穏やかな声で告げる。と、その瞬間。

 パンッ

 唐突に、蘇芳が両手を叩いた。

 驚き飛び上がった千代は、校長と教頭の前に突如現れたふよふよと浮く光の球体を見た。

 その球の動きに合わせて、二人の目線が移動し、段々と焦点が合わなくなっていく……

 光の球がいつしか空間に溶け込むと、二人は魂が抜けたようになった。やがて、音を立てて足を揃えると、姿勢を正した。

 千代が、その豹変ぶりに声を失っていると、

「分かりました。謹んで、水族館に行かせていただきます!」

 校長が背を真っ直ぐ正して宣言した。

 その勢いを押すように、蘇芳は声を弾ませた。

「今すぐ! 今すぐ、連絡網回してください。水族館にするって!」

「かしこまりました!」

 教員と校長が声を合わせて了承してくれる。

 その二人の肩を抱き、蘇芳は勢い込んで二人を職員室に追いやった。

 すると不思議なことに、二人はすぐさま電話に飛びつき、ダイアルを押し始めたのだ。千代は目を丸くした。

「……あの、蘇芳さま。これは一体」

 と、その時だった。

 目の前で蘇芳の身体が傾いだのは。

「蘇芳さま!?」

 ドタン! と盛大な音を立てて後方に直角に蘇芳は倒れた。嫌な音がして、割れた頭部から血が……

「え、えぇぇ!? ちょ、ちょちょ、ま、血ィッ!?」

「千代ちゃん……後は、頼ん、だ」

 彼は遺言を残すように呟くと、ガフッと血を吐き、力なく目を閉じた。

 真っ青になった千代を置き去りに、彼は穏やかな寝息を立て始めたのだった。



 結局、千代は学校で電話を借り、蘇芳神社の社務所に連絡を入れ迎えをよこして貰った。

 神主さん曰く、怪我や病気で神様が死ぬことはないらしい。ひとまず安心した千代は、社務所の人たちに手伝って貰いながらやっと拠点である不可思議空間の神社まで戻ってきた。

 頭の血も吐血も直ぐに止まり、蘇芳の回復は早そうに思われた……のだったが。

 内々陣に横たえた蘇芳が目を覚ましたのは、ゆうに三日が過ぎた、遠足当日の夕方だった。

 ――蘇芳、更迭まであと五日。

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