魔法王国の王女と千年勇者

桜山うす

第一章 オリュンポス山編

第1話

『惑星アヴァロン オリュンポス山

 座標X309.90:Y21.00 高度:標高500メートル

 宇宙公年309万3882年 5月22日11時59分02秒』


 気がつくと、俺は1000年後の世界に飛ばされていた。

 視界に表示されているステータスがちょうど最後に記憶していた年より1000年くらい進んでいたのでわかった。


 俺の目に写るのは、うっそうと茂った森。

 崩壊した施設の残骸が横たわり、至るところに樹木が生い茂っている。

 どれもクスノキ級の巨木ばかりだ。

 この世界ご自慢の超召喚文明の結晶はどこにも見当たらなかった。

 どうやら、召喚師率いる俺たち勇者は魔王との戦いに負けた雰囲気が濃厚のようである。ここ重要な。


 俺の視界に場所や年数などのステータスが表示されているのは、サモンマトリクスという超未来文明のサーバーがまだ生きている事をあらわしていた。

 魔力の世界に存在していて、何億年もダウンせず、通信エネルギーもほとんど必要としない理想のサーバー。文明そのものが崩壊してもまだ生きているとは驚きだった。


 とりあえず、視界に周辺マップを表示させてみる。

 迷ったときはナビと攻略サイトを見る、これが現代勇者の心得だ。

 しかし、マップの映像が送られてこない。

 リアル世界の衛星が死んでいて、地表を写せないのだ。

 どうやら生きているのは、魔力の世界にあるサモンマトリクスだけのようだ。

 衛星以外にも、現実に物体のあるその他のデバイスはのきなみ通信途絶状態らしい。


 ここまで衰退したのか……衰退させてんじゃねーよ……魔王。


 まあ、嫌な予感はした。

 異世界召喚された勇者の10個師団がまるまる消えて、あの時すでに召喚師たちの目前まで魔王の軍勢が迫ってきていたのだ。

 俺の召喚師は緑色のロングヘアの女の子で、世間の事なんか何も知らずに育ったような甘ちゃんだった。

 勇者がひとり死ねば大金をはたいて復活させてくれるし、はじめて召喚された記念日を1人1人覚えていて、ケーキを焼いてお祝いしてくれた。

 あの甘ちゃんが魔王軍に囲まれて、無事に生きのびられるとは思わない。

 他の召喚師も似たようなものだろう。異世界召喚を是としない攘夷主義の魔王によって滅ぼされてしまったに違いない。


 召喚師がいなくなれば、アヴァロンの超未来文明は滅んだも当然だ。

 なんてったって、その超未来文明はすべて召喚師が築いた。召喚師は自分ひとりがいればそれだけで国が成立してしまう、特別な存在だった。

 必要な人員は異世界召喚すればいいわけだし。ぶっちゃけ何をしたらいいのかわからなくても、代わりに考えてくれるエスパーみたいな秘書を隣に召喚すれば問題ないのだ。

 アヴァロンの現地人なんて何もできない、おまけの数合わせみたいなもんだった。現地人の軍人なんて偉い奴ほど召喚師にゴマをするために進化したような連中ばかりだった。


 とにかく、アヴァロンの召喚師たちは消えた。俺の召喚師も消えた。消息は不明。デッド・オア・アライブ。

 この世界は魔王による支配を受けてしまったと考えて、まず間違いはないだろう、ほんと使えねーな現地人ども。


「誰かいるかー!」


 大声を出して、森のゴブリンとかが出てきたらどうすんだ、とかいう警戒心は俺の中にまだなかった。

 勇者だからな。死んだら復活できないって発想がすでになかった。


 そのうち、すっかり蔓と苔に覆われた塔の残骸を見つけた。5階建てくらいか。いったい何に使われていた塔かは記憶にないが、これだけが辛うじて建物の形を保っていたので、中に入ってみた。

 暗くてジメジメしていたので、ゴブリンとかが出そうだな、なんて軽く考えながら潜入。

 棒切れをぶんぶん振りながら前に進むと、ゴブリン1が出てきて俺の棒にごんっと弾かれ、右の壁にめり込んだ。ゴブリン2が出てきて俺の棒にごんっとはじかれ、左の壁にめり込んだ。

 たぶん上から下までゴブリンしかいないだろう。俺はそれ以上の散策を諦めて、そのまま塔から出ていった。


 ゴブリンを狩っても、金になってくれるわけではないしな。

 金を出してくれる人がどこにもいないし、そもそも金があってもなにか買えるような状況ではない。

 ましてや人も金もあるのなら、ゴブリンよりもっとましな物を買う。

 素材も落としてくれないし、エンカウントするとうっとおしいだけだから、ニフラムで消し去るレベルだ。


 焼いて食おうか、なんて発想に思い至った俺はえらい。

 だって人型モンスターだぜ。

 どっちかというとサルに近いかもだけどさ、人間にちょっと近い形のものを食うって発想はなかなか出てこないよ。


 ちょうどタブレットも持ってきていたので、ゴブリンの食べ方を調べてみることにする。『ゴブリンの美味しい食べ方』で検索してみても、それらしい情報はヒットしなかった。あたりまえだ。

 タブレットはまあ、スマホのでっかいバージョンみたいなもんだ。これ以上の説明は不要だろうという具合にぴったり当てはまっている。


 まったく別の場所で生まれた文化が、同じ目的で使われ続けていくうちに、最終的に似たような形に進化していく。地球でもお皿なんかは世界中どこでも似たお皿形をしている。これがいわゆる文化収斂ってやつで、アヴァロンにもタブレットと呼ばれるスマホそっくりなのがあった。


 そういえば、勇者仲間に600年間岩山に封印されていたとかいうサバイバルの得意そうな奴がいたので、そいつに聞いてみようと思ったのだが、タブレット同士の通信はできなくなっていた。

 サモンマトリクスは魔術師がそれぞれ個別に持っている魔力の世界にあるから、他人との通信サーバーとしては使えないんだ。リアル世界に別途サーバーがなければ、ツイッターとさえつながらない。


 いまからゴブ肉やきまっすwwうぇーいwwwww と呟こうと思ったんだけどな。逆に呟かなくてよかったかもしれない。さすがに俺も知り合いがそんなの写真付きでアップしてたらミュートにするわ。お食事中の間はな。


 タブレットで知識を集めるのは諦めて、1人でなんとかやってみることにした。まあ、焼けばなんとかなるだろう。

 火の魔法陣、太陽神系第三星座、《蠍座(アーケス)》の魔法。

 四角い魔法陣を指でぽんっとタップすると、タブレットから光が放たれる。その光が細かい呪文の模様を地面に描写し、魔法陣を浮かび上がらせた。ついでに内蔵エンジンが魔導クラウドの魔力を引き寄せて、四大魔法を組み合わせた最も適切な魔方式を発動、ぼんっと火を放つ。

 遠距離通信こそできないが、魔力の世界に存在する魔導クラウドに距離という概念は存在しない。こういうアプリはまだ生きているようだ。助かった。


 火を起こしてから薪さえ集めていなかったのに気がつく、という現代勇者っぷりを発揮した俺は、あわてて適当な木ぎれを集めて火が消えないように注意しつつ、ゴブリンの肉をこんがりと焼き始めた。

 ふとタブレットの表示を見てみる。


 MP 89/100


 えっ!? やっべ、今のでMP11も使った!? と思ったが、どうやらそうではない。

 アヴァロンにいたころは放っておくと自動でMPが回復するサービス(魔力の波を照射して、電池を活性化させる)に登録してあったのだが、どうやらそのプランも1000年後までは保証してくれなかったようだ。誠に勝手ながらサービスは終了いたしました、というわけである。

 たぶん、ずっと電源を入れっぱなしだったため、待機電力かなんかでMPがどんどん削られているのだ。1000年ぶりにサモンマトリクスと通信したから更新データがたまってて、ダウンロードで恐ろしく電力を消耗したのかもしれない。やべぇな。

 ちなみにMPは、タブレットのすべての活動に使われる動力源、いわゆる電池である。異世界でこれが切れるとどのくらいマズいかは、スマホが手放せない現代人ならよく分かってくれると思う。


 とりあえず、電源を切ってからゴブリンを焼くことに集中する。

 タブレットの電源を落とすと、急に辺りが薄暗くなったような気がした。

 周囲の木々のざわめきとかフクロウっぽい鳴き声とかがざわざわと押し寄せてきて、孤独感がこんこんと胸に湧き上がってくる。ゴブリンの肉はなかなかこんがり焼きあがってくれない。


 モンハンの焼肉の音楽を口ずさんだが、本当に肉が上手にこんがり焼きあがるには何十回もリピートしなくてはならないことに気付いて、途中で無言になった。

 というかモンハンでもこんな残酷描写ねぇよ。モンハンどころかバイオでもねぇよ。


 そのうち、炎の中でくるくる回るゴブリンが焦げたにおいを放ち始めて、もうね、なんともいえなく哀れに思えてきましてね。角度によって悲しそうな顔に見えたり、怒ったような顔をして見えたりするんですよ。なんかもう俺自身を焼いているみたいな気がしてましたよ。そのうち、ゴブリンが俺に見えてきましてね。

 食べても肉が固くて、ぜんぜん美味しくありませんでしたね。さすが俺の肉、ただでは食われてやらないぞってあれですよ。執念っていうの? そういうのが宿ってましたね。

 ゴブ肉かてぇ……と思いながら、今さらながら品種改良という技術のすごさを思い知っていました。飼いならされた家畜は身も心も柔らかくなっちゃうんですねぇ。


 そんなときですよ。

 がさっと、茂みの方で音がしたわけですよ。

 俺はがばっと顔をそっちにむけたら……いたんです。

 小さな、小さなエルフの少女が。


「…………」

「クシュパ?(泣いてるの?)……」

「……ううぅ」


 俺は泣いた。もう号泣。滂沱の涙。

 やっと人に出会えたって気持ちで胸がいっぱいになった。

 体感的にはまだ1時間も経っていないんだけど、記憶にない1000年間を俺の魂はひしひしと感じていたのかもしれない。

 それに、よく考えたら森でゴブリンの肉食ってるって、わりかし極限状態な訳じゃないかと思うんだ。いやほんと極限だったわ。俺ってなんていうのほら、繊細だから?

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