第二章 ローグシティ編
第18話
『惑星アヴァロン プロメテウス平野
座標X309.89:Y22.00 高度:海抜10メートル
宇宙公年309万3882年 7月1日10時30分06秒』
オリュンポス山を抜けて、俺は一路平原を歩き続けた。
タブレットの電池を節約しながら、目指すは町だ。
じりじり焼け付く太陽が恨めしい。太陽電池で充電できればよかったのだが、あいにくそんなプランには加入していないのだった。
ちらっと振り返ると、荒原を漆黒の黒い点がてくてく歩いてくる。
ヴェートラーナが緑色の魔眼をぎらぎら光らせて、こっちをじーっと見ていた。
どんなに勢いよく走って振り切ったと思っても、必ず俺の跡を追ってくる。
どうやらあいつの緑色の魔眼は、魔力を捉えることができるらしい。
いったいどんな風に世界が見えているというのだろうか。
俺はとうとう諦めて、平原の真ん中で死に神の少女を待った。
俺が止まっても、相変わらずマイペースにちょこちょこ、と歩いてくる。声が聞こえそうなあたりまで近づいてから、俺は言った。
「しつこいな、お前……いつまでついてくるんだよ?」
「無論、地の果てまで」
ちょこちょこ、と遠くから歩いて来ながら言ったので、残念なことにほとんど聞き取れなかった。あいつ態度のデカさと反比例して声はちっちゃいんだ。
「貴方の跡をつけていれば、いずれ他の千年勇者と出会うはず……言ったはずよ、私の目的は、母を殺した千年勇者を探し出すこと」
きりっと、眉をあげる。
「ばっちゃんの、名にかけて」
「なんだって?」
「………………」
よく聞こえなかったのでもう一回言って欲しかったのだが、ヴェートラーナは顔を赤くしてそっぽをむいてしまった。
「なんでもない、年代のわかるネタを軽々しくふってしまったのだ。ふっ、今どきの勇者には元ネタがわからん者もいよう」
ヴェートラーナは、外観だけ見れば幼女にしか見えないのだが、話し言葉など中身はすっかり老成しているみたいだった。
ひょっとして、人間ではないのだろうか?
歩きながら、ジト目でこっちを見てきた。
「次にお前は私が何歳か尋ねる」
「ヴェートラーナ、お前いま何歳? ……はっ!」
「うぇあーおう16歳だ」
「………………………………うぇあー?」
「うぇあーおう16歳だ」
「はっ、ひょっとして3ケタ!?」
そりゃあ、1000年前の大魔導の孫娘だから、よほど人間離れした年齢なんだろうとは思ったけどな。
というか3ケタでなくとも16歳でも驚きだけどな。ランドセル背負ってても違和感ないから。
ともあれ、彼女は俺が他の千年勇者と巡り合うまで、ずーっとついてくるつもりらしい。
「そうか、俺以外の千年勇者も白光石を必要としているはずだからな……俺が白光石を探していれば、いずれ巡り合うか」
「白光石……なに?」
ヴェートラーナは、「?」と遠目にも分かるでっかいクエスチョンマークを頭上に浮かべながら、首を傾げた。
あ、こいつ、タブレットの充電が切れたら俺が死ぬことを知らないんだ。
こんなことをわざわざ言う必要もない、黙っといた方がいいな。
千年勇者の秘密だ。
俺は無視して背を向け、歩き出した。
「なに? なんなの? 白光石をどうするの? 教えなさい」
意地でも教えない。俺は耳をふさいで歩いていった。
ねぇねぇ、と尋ねてくるヴェートラーナ。そのうち涙目になってきたが、俺は早足で彼女を突き放した。
このまま町にたどり着いても、すんなり充電できるとは限らない。
鎖国状態の魔王領がいったいどんな土地になっているのかは、俺には想像もつかなかった。
けどまぁ、1000年も経てばさすがに何がしかの文明は発達しているだろう。
アヴァロンは土地によって文明レベルはさまざまだったが、勇者たちが改革する前は、地球の中世レベルの文明を持った土地もあったのだ。
ひょっとすると、魔石以外の原動力を使った未知の文明が発達しているのかもしれない。そうなると、魔石の鑑定師なんてそもそもいないのではないか。
などと、色々な可能性を考えていたが、考えても仕方のない事だと諦めた。
MPは無駄遣いさえしなければまだ1ヶ月は持つのだし、どうせなら行ってみよう。
あのちっこいヴェートラーナが1人で山までやってきたのだから、たぶん次の町までそんなには離れていないだろう。
どうしても自力で白光石を手に入れるのが困難になったら、そのときはオリュンポス山に戻ればいい。旦那のいない隙を見計らって、こっそりシレンシズと密会するのだ。あんまりかっこ悪いので、なるべく最後の手段にしよう。
そう思って歩き続けていると、平原の途中に町がぽつんと生まれていた。
1000年前にはなかった町だ。ためしに1000年前のマップを視界に呼び出したが、自然のダンジョン以外はなにもなかった。
入口のアーチには、古い装備の鉄鋼を継ぎ合わせて作ったような看板がかけられていて、『ローグシティ』と読めた。
「へー、こんな町できたのか……」
とりあえず入ってみる。
建物自体は古いが、どうも道路そのものは無計画に設計された、という感じはしない。広々としていて、1000年前にこの世界を支配していた異世界文明の面影が残されていた。
細い路地は薄暗く、排水の生臭いにおいが立ち込めていた。防犯の面でも衛生の面でも褒められたところはない。
薄ら寒い。町全体が息をひそめているような印象を受けた。しばらくして、車が1台も走っていないせいだと気づいた。道路が広すぎるのだ。
今は明かりがついていないが、店の看板にはネオンサインが使われていた。民家からは洗濯機、テレビもしくはラジオの音も聞こえてくる。
異世界テクノロジーが完全には消え去らず、中途半端に残った感じか。
エルフの村ほど文明が遅れている訳でもないが、反面、お世辞にも治安がよさそうだとは思えない。
いったい何のためにこんなところに街が生まれたのだろう?
「待ちやがれ!」
「もー、しつこい!」
そんなローグシティに入って間もなく、事件に遭遇した。
こんな何もなさそうな町で、いきなり事件か。
なんてったって勇者だからな。巻き込まれ体質なのは充分に自覚している。
声のした路地は、俺のいる大通りから3ブロックぐらい離れていた。俺は瞬間移動的な早さでその路地に移動し、ひょいっと首を伸ばして奥の様子を確認した。
すると、金色の髪に獣耳をぴょこんと生やした少女が、耳をゆわんゆわん震わせながら、複数のどう見ても堅気ではない大人たちに追われているみたいに見えた。
ふむ、どっちに加勢するかは、目に見えて明らかな状況だ。俺は迷う事はなかった。
「おい、やめるんだ!」
俺は魔剣『
俺はさりげなく少女と悪漢どもの間に入った。
そして、悪漢どもの行く手を遮るようにばっと左手をかざし、そして反対側の手を少女の背後に伸ばし、お尻から伸びている獣の尻尾をぎゅっ、と掴んだ。
「(無駄な抵抗は)やめるんだ!」
「ぎゃひぃぃぃ!?」
あ、獣人って尻尾が弱いんだったっけか? まあいい。俺はものすごい声をあげて暴れまわる少女を逃がさないよう、尻尾をガッチリと掴んだまま、大人たちに声をかける。
「(無駄な争いは)やめるんだ!」
「な……なんだ、こいつ!」
気分的には少女の方に肩入れをしたいところだが、世の中それでうまく行ったためしがない。
こういう時って大抵、大勢の大人たちは秩序を守る立場にあるものだ。
すくなくともこの勇者は反社会的だぞ、というレッテルをはられかねない。はじめての町に入ろうというときに、それは最悪の入り方だ。
かつて俺の経験したことのあるレアケースとして、少女が悪党に追われているお姫さまだった場合もあったが、あくまでレアケースでしかない。ここは冷静に状況を分析する必要がある。
俺に尻尾を掴まれて、きゃいんきゃいんと鳴いている少女。その大声に勢いを削がれたのか、大人たちはしだいにゆっくりと近づいてくる。
集団で俺の様子をじろじろ値踏みしているみたいだった。ていうか、明らかに警戒している。あたかも不審者を見るような目つきである。
失敬な 俺なんてただ道端で獣耳の少女の尻尾を掴んで泣かせているだけのしがない男だぜ? どう見たって不審者じゃないだろ。
「まあ落ち着け、こいつは逃がさないから、俺もいっぱい噛ませろよ」
「お前、一体何者だ?」
「チメイズマンって言うんだ。ただの通りすがりの魔法使いだ」
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