第15話
そしてとうとう、ドワーフはやってきた。
やってきてしまった。
予定よりも半日ほど遅れながらも、全身泥にまみれたちっこい髭のおっさんたちが隊列を組み、ぞろぞろとエルフの村のど真ん中を進んでいった。
女のドワーフはひょろりとした幼女の姿をしていて、面積の少ない上着に、腰には様々な工具類の入るポーチを身に着けていた。
鉄板でも入っていそうなごつい手袋で、魔物でも一撃で倒せそうないかついバトルアックスを握りしめている。髪の毛も燃えるように真っ赤だ、いかにも強そうだった。
ドワーフの族長(棟梁と呼ぶらしい)が前に進み出てきて、エルフの長老と対面した。
長老の方がまだ背が高いのだが、座って目を合わせたりするような仲ではなかった。
お互いに1000年以上の齢を経た、召喚戦争の生き残り世代である。少なくとも顔見知りではあるみたいだった。
「ようこそ、召喚戦争の時以来だな、ガットス」
「久しぶりだな、ボビー」
どうやら、この2人はかつてチームを組んで戦っていたことがあるようだ。
そういえば、当時エルフとドワーフのでこぼこコンビが、現地人で編成された部隊の中で活躍していた、という噂をちょっと聞いたような気もする。
しかし、あんまりニュースにもなっていなくて、ほとんど記憶になかった。現地人もあるていど活躍はしていたのだろうが、どうしても異世界から召喚されたチート級勇者のウソみたいな大活躍の影に埋もれてしまう。
「珍しい酒が飲めると聞いてきたんだ。しかもタダだってな?」
「うむ、思う存分飲むといいぞ。ほれ」
そう言って、長老は脇に立っている若者に目くばせをし、麦酒の入った革の水筒を渡させた。
恐らく牛の胃袋かなんかで作ったのだろう、一抱えもあるようなデカい水筒だった。
ドワーフは、その水筒の一端を指で破ると、そのまま一気にぐびぐびと飲み干した。
俺たち酒造りに携わったメンバーは、固唾をのんでそれを見守っていた。
ごきゅっ、ごきゅっ、ごきゅっ。
「ふむ……前よりコクがあるな」
ドワーフは口元を拭って、新しい麦酒をそう評した。
それから、二口、三口と続けざまに飲んで、とうとうぜんぶ飲み干してしまう。
……牛の胃袋よりもデカいというのか。ドワーフのあの小さな体の胃袋は。
「驚いた、まるで別物みたいじゃないか。製法は? 何か変わった素材を使ったのか?」
「製法は変えとらんよ。素材もエルフ麦じゃ。たぶん、ドワーフ族が贈ってくれた錬金釜のせいじゃろう。鉱山の土が混じって、味わいが複雑に変化したのじゃ。ワインなどでよくあると聞いたことがある」
「いや、それだけじゃないな……この麦酒には、土以外にも、もっと重要な味が隠されている」
「はて?」
何を言われても知らぬ存ぜぬの長老のポーカーフェイスぶりは見事なものだったが、傍から見ている俺たちは肝を冷やしていた。
ドワーフは、強面の顔をふとほころばせた。
「村人たちの熱意だ。この酒には、作り手の情熱がこもっているのだ。……見事な酒であった。礼を言うぞ、ボビー」
モノづくりの種族であるドワーフ族は、その作り手の情熱を感じ取る感覚を持っていた。
けっきょく、魔石の素材の事はバレなかった。
その酒の製法は、それから長年エルフの一族の秘伝にされたのだった。
******
その後、エルフとドワーフの酒宴は夜更けまで続いた。
エルフの山菜に、ドワーフの根菜。エルフがフカヒレやマツタケなど滅多に手に入らない珍味を出せば、ドワーフは燻製や漬物など、様々な工夫を凝らした製法で味わいを深めた料理を出した。
どちらがより旨いかで競い合うように、次々と料理が給され、宴会場となった講堂に山のように積みあがっていた。
かつて貧しい山村だったこの村からは、とても考えられないほど豪勢な宴会である。
「こういう小さな異世界改革もいいものかもね」
シレンシズは言った。
言われてみれば、俺がしたことはけっきょく錬金釜をエルフたちに伝えただけだった。
その環がこうしてどんどん広がっていく。
世界を変えるのは、結局はそこに住む人々の力なのだ。
ところで、宴の間じゅう、シレンシズはずっと俺の隣にいて離れなかった。
いいのだろうか。
すでに睡魔に襲われかけているロアが俺のお腹にひっついて、どこへ行くにももはや俺の体の一部みたいに離れてくれないのは仕方ないとして。
お前は旦那に見つかったらどうするんだ、シレンシズ。ヤバくないのか。
「他の人のところに行かなくていいのか? シレンシズ」
「ここにいちゃダメ?」
「ダメってことはないけどさ。居づらくないの?」
「私はここにいなくちゃ」
「なんで」
「いちおう、ロアの保護者だから」
「ふぅん」
「この子の伯父は歓待で手が離せないし、旦那はドワーフの親方の山に研修にいっちゃったし。不本意だけど、私しかいないの」
なるほど。保護者か。
シレンシズは相変わらず無表情のまま、ロアの髪の毛を撫でていた。
むすっとしていたチート級エルフの表情が、そのとき、ほんのかすかに緩んだように俺には見えた。
ロアはすでに眠りについていて、それに気づいた様子はなかった。
……いやいや、別になにもやましい事をしてはいないのだが。なるべく人に誤解や偏見を与えないようにふるまう、というのが社会人として求められる行動規範なのだと俺は思うのだが、この場合はどうなのだろうか。
「……お隣、いいですか」
ルビルがしつこいナンパ男から逃れて俺のところにやってきた。ちょっと涙目になって、膝を抱えて俺の隣に座り込んでしまった。
俺はそのナンパ男に視線を合わせた。貧弱なエルフのなかでもさらに貧弱そうな男の子で、俺が見るだけでびくっと震えた。
3人の美少女エルフに囲まれている俺を見て、瞠目している。いったい、どうやったらこんなハーレムを築くことができるんだ、という顔だ。
俺はナンパ男に向けて、二の腕をぽんぽん、と叩いて見せる。腕だよ、腕。
「おい、もう肉がなくなったぞ!」
「追加だ! ひとっぱしり行ってこい!」
宴会の途中で食べ物がなくなると、エルフたちは夜の狩りへと繰り出す。
彼らは視界の悪い闇夜でも、木々の声のみを頼りに獲物をしとめることができた。
まさに北欧神話の
獲物の次の動きを予測して矢を放つ必要がないため、エルフによっては夜の狩りの方が得意だという者もいる。
シレンシズは、実はこの夜の狩りが大好きらしい。
昼の狩りでもチート級なのに、夜の狩りだといったいどのくらい凄いのか、俺には見当もつかなかった。第一、暗くて何が起こっているかよく分からないんだ。
ただ、崖の上からその様子を目撃した勇者は、「とにかく凄いスピードで敵のライフゲージが消滅していった、途中からシレンシズが12人いる気がしてきた」、とその狂気的なレベルのほどを青ざめて供述していた。クトゥルー神話かよ。
仲間たちに怖がられたのが少し心外だったのか、シレンシズはむっとして、
「夜の狩りはエルフにしか扱えない専門技術が必要なため、エルフの力を世に知らしめる競技としてしばしば取りざたされているのだ。私の国でも
などと弁明していた。
「う、ウソではない。ベルシャンというのはエルフの王家の名前で、この大会で勝利することはエルフにとって大変な名誉、一生の悲願なのだ。だから、私はこの技術を磨くために青春のすべてを捧げてきたといっても過言ではないのだ」
ほんとかよ。
ただ、シレンシズが夜の狩りが大好きだと言うのは本当のようだった。
じつは夜の狩りがはじまるたびに、シレンシズはそわそわしてそっちを見ていた。
よっぽど行きたいんだろうな、というのが見て取れた。
宴会の獲物を狩ってくる役目はもっぱら若者たちのもので、誰がいちばん大きな獲物を獲得して戻ってくるかを競い合っていた。
……しかし、ドワーフ族の底なしの胃袋のせいで、エルフの若者たちは食糧がなくなる度に狩りに行かされ、「もう3度目だぞ、勘弁してくれよ……」と、もはやグロッキー状態になっていた。
いくら食べてもドワーフの体型はまったく変わっていない。幼女ドワーフは幼女ドワーフのままだった。いったいどういう原理が隠されているのだろう。
若者たちが疲れているのを見て取るや、シレンシズは弓と矢筒を手に取り、立ち上がった。
「ねぇ、ディップ。私たちも狩りにいきましょうよ」
「えー、ロアがひっついていて離れないんだけど?」
「ルビルにでも任せておきなさい。行くわよ、夜の狩りは、楽しいんだから」
目をキラキラさせてそう言うシレンシズは、やっぱり俺の記憶にある、昔のチート級エルフのままだった。
ところで召喚される前の世界の事は、勇者たちの間では誰にも明かさない、秘密になっている。
お互いにまったく関わりのない、まさに異世界の話だし、プライベートだ。知ったところでどうすることもできない。だが、一度だけ、シレンシズが俺に打ち明けたことがある。
本名、イリノア=ベルシャン。自称、エルフの王女様だそうだが、やっぱり真偽のほどは、定かではない。
こうして、オリュンポス山のドワーフとエルフ、両種族の友好はいっそう深まっていった。
一方で、シレンシズと夜の狩りに向かった俺のSAN値は、ガリガリ削れていったのであった。
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