第6話
「はじめまして、私、俱利伽羅双竜神エルザ・バニラの右竜(バニラ)の流れをくむ地霊、この山周辺の大地と風、生命の営みの一切を司る守護精霊名をバニラ=アクセルと申します。以後お見知りおきを」
おかしい、サモンマトリクスが正確に翻訳したはずなのに、意味がひとつもわからないのはなぜなんだぜ。
こんな場所で立ち話もなんだということで、俺は金髪ドリル精霊に導かれ、森の奥にある精霊の一軒宿に連れてこられた。
それがなんと、金ぴかの宮殿だった。
中に入ると金ぴかの茶室があった。壁も茶道具も金色で統一されていた。お前は豊臣秀吉か。
ブロンドの座布団に正座すると、スカートの無限フリルがたわんで、丸い膝がちょこちょこっと出ていた。うん、いいな。
「エルフの村人たちから、お話はうかがいました」
「というと、どこからどこまで?」
「森にすみ着いた変な勇者が、まだ幼いマリュリノロアにちょっかいをだし、毎日レンパスやクリスタルを持ってこさせている、何とかしてほしい、というところまでです」
ひどい言いがかりだ。まるで俺が不審者みたいじゃないか。
まったく、俺なんてただゴブリンを焼いて食ってただけの善良な勇者じゃないか? どこも不審な点はない。
「森にすみ着いた変な勇者って、勇者は害獣かなんかか。マリュリュリュは向こうから遊びに来てるだけだって」
「昨晩はマリュリノロアの耳をもてあそんだ上で一緒の布団で眠っていたと聞いておりますが」
「あんなに暗くなったら泊めるしかないって。ていうかやっぱりエルフがいたら耳さわってみたくなるのは当然じゃないか」
「汚らわしい、結婚の約束までなさったというではないですか。どうせ今は子供だから、大人になったら忘れるものと思っていませんか? ずっと覚えてますよ、エルフってそういうものです」
「そんな適当な気持ちで受け答えをしたつもりは一切ないっていうか俺、結婚の約束なんてしたっけ!?」
金髪ドリル精霊が細っこい腕をぴっと真横に突き出すと、金髪ドリルとフリルがふるんっと揺れた。
白魚のような指で水平線の彼方を指さした。
「即刻山から出ていきなさい。ゲラウト」
「じ、じつはさ、俺は魔法使いとしてこの山を研究調査して、村の発展に役立てようと」
「ヒーア」
「お願い、タブレットの充電さえ出来れば、それでいいだけなんだ」
「ナーウ。言語道断です。貴方に与えるクリスタルは、この土地には欠片ほどもありません。ぜんぶ置いて出て行きなさい」
サファイアレッドの眼光が俺をぎろっと睨みつける。
やべぇ、ぞくぞくする。針の筵だ。
タブレットの電池が切れることが現代人にとってどれくらい困る事かわからないのか? 寒い日に見知らぬ遠くの街でガタガタ震えながらようやく見つけたマックに立ち寄って、コンセントがふさがれているのを発見した時の俺の気持ちが分かるか? 頼むから充電くらいさせてくれよ。
「いいだろ、クリスタルぐらい。てか、なんでそんなにたくさんのクリスタルが必要なんだ?」
「私に必要なのではありません、村人たちは私に魔法を頼むためにたくさんのMPを必要とします、足りない分を補うためにクリスタルの魔力を捧げるのです」
「そうそう、その話だよ、それがしたかったんだ。精霊さん」
俺は、びっと精霊を指さした。
さされた指を精霊は「なんて下品な」と眉をひそめて見返した。
「俺に言わせると、あんたの魔法は消費MPが高すぎるんだ」
「な……なんですって?」
「当たり前だろ? 水を召喚するだけでMP180も消費するんだって? いったいどんな魔法式つかったらそうなるの? 冗談じゃない、生活に必要な魔法だからって、村人たちの足元を見すぎじゃないのか!」
明らかに挙動不審な金髪ドリル精霊。
それを見て、俺は「やはりな……」と内心毒づいた。
精霊の正体は、魔力そのものだ。
魔力の厄介なところは、似た者同士が性質を同じくするということにある。
竜脈のコブなどで強い魔力がぐうぜん生き物と同じ像を結んでしまうと、それが生き物と性質を同じくしてしまい、自我を持ったようにふるまう。一瞬で消える者もいれば、やがて自己防衛のために魔法を発動させ、崩壊を防いでそのまま独立した生き物として歩き始める者もいる。
それが現人神(あらひとがみ)、または精霊と呼ばれるものである。
しかし、なかには『悪霊』と呼ばれるものも生まれる。
その行動原理は土地の魔力を調整する、といった、本来の精霊がもつ役割とはまったく正反対。
魔力をひたすら取り入れ、己の身を保つことのみ。金の亡者ならぬ、魔力の亡者だ。
土地の支配となって、精霊のふりをしているものも珍しくはない。
金髪ドリル精霊、いや、略して金ド霊。
その生意気そうな顔を見ながら、俺は先日ロアに書いてもらった精霊魔法の料金表をぺしっと床に広げた。
「……これは?」
「俺の知っているエルフの精霊お願いリスト、ベスト10だ」
俺の知り合いのエルフはたいてい火と風の精霊と友達だった。
この金髪ドリル精霊が得意な風属性の魔法は空間魔法、自然界にあるものを手元に召喚することで発動する。
太陽の一部を召喚して水素爆発で敵を焼く炎帝召喚に、高高度の低気圧を召喚して真空波を巻き起こす颶神召喚。
どの消費MPものきなみ100や200はくだらない。
それらが今はどのくらいMPを消費するのかロアに調べてもらったのだが、そのうち不思議なことに気付いた。
「精霊お願いリストの中で俺が注目したのは、『降雨』だ。昔の精霊だったら水召喚の何倍ものMPを消費していたはずのこれが、なぜか1000年前と同じ、MP230しか消費しないんだ……それで俺はピンときたよ、『本来ならもっと安く提供できるはずの水召喚の値段をわざと吊り上げることで、より高い降雨の魔法の注文を増やしている』ってな」
俺は、図星をついたつもりになっていた。
これは実際に地球でも使われている価格表示のトリックだ。
心理学的にもこの効果は実証されていて、たとえば、ダブルチーズバーガーを買わせたいときにメニューにそれだけを表示して売るよりも、貧相だけどよりお手頃な値段で買えるライバルのチーズバーガーをメニューに追加した方が、売り上げが伸びるという。選択肢で一瞬迷った方が、結局買う決断をする確率が高いのだ。しかも、このライバルの値段は高ければ高いほどいい。普通のチーズバーガーの値段がダブルチーズバーガーに近ければ近いほど、ダブルチーズバーガーを買うときのお得感が増し、本当に買ってほしいものの方を買っていく割合が増加するという。
チーズバーガーの価格は、その絶妙な価格設定に基づいている。俺もずいぶんこれに騙された。
この金髪ドリル精霊は、『降雨』のライバルとして『水召喚』を用意した。そしてその値段をそれに釣り合うぐらいに吊り上げたのだ。本当に使ってほしい魔法である『降雨』をエルフたちに使わせるために。
まさに、金ド霊。魔力の亡者である。
「生き物にとって水は生活に必要なものだから、エルフはあんたの提示した魔力を、いやでも呑み込まざるを得ない、それで少しの水が欲しい時にも、本来は必要のない降雨の魔法を使わされているんだ。……水なんて河に流れているものを召喚すればいいだけじゃないか、どうしてエルフたちからこんなに違法な魔力をぼったくろうとする?」
すると、金髪ドリル精霊は、「ふっ」と笑った。
「河に流れているものを召喚すればいい、ですって? ……あなたは一体なにをおっしゃっているの? だったらそんな些細な事に精霊の力なんて使わずに、エルフどもが自力で河から汲んで来ればいいだけの話ではないですの!」
……。
…………!?
あれ!? 確かにそうだ、河から汲めばいいじゃん!
なんで俺、便利な魔法を普通に使えることが当たり前って感覚で話してるの!?
「彼らが精霊の魔法に期待していることは、ただ河の水を汲んでくることではありませんわ。召喚した水は病気を治す治癒の水、赤ちゃんが体を浸す産湯に使える清らかな水でなければなりませんの。微生物の除去に、殺菌・除菌は当たり前。ミネラル分が多量に含まれている可能性もありますので、それらを検査した上で純水を足しこみ、適切な硬度に調整したお水を提供しております。このバニラ=アクセル、竜の血を引く一流の精霊ですもの、ただの水にも、そのくらいしなければ話になりませんわ」
「………………」
「さらに、歯に優しいフッ素、山地では取りづらい必須栄養素のヨウ素、肌荒れ予防のビタミンC、グルコサミンを配合し、エルフたちの長寿と健康をサポート!」
「…………ファッ!?」
金髪ドリル精霊は、さらに複雑な有機化合物がずらずらっと書かれた羊皮紙をさあ、これを見ろ、と言わんばかりに俺の顔におしつけてきた。
「さらに、アロマエッセンスと高純度バージンオイルでほのかなローズヒップの香りをただよわせ、お茶にしてもそのまま飲んでもよし、まさに究極の『水召喚』! そう、それこそがこの地霊、バニラ様の提供する『水』! その名も……!」
金髪ドリル精霊は、そこでぽっと顔を赤らめて、恥じらうように羊皮紙をいじいじしながら言った。
「お、『お嬢様の超聖水召喚』……ですの」
俺は座布団の上から転げ落ちた。
やばい、爆笑せざるを得ない。腹が痛すぎる。
もうダメだ、俺、この精霊好きだわ。
ふっと鼻で息をした金髪ドリル精霊。
「あなたは、1000年前のエルフたちと一緒ですわ、なんでも精霊にお願いすればすぐにやってくれると思っている。水がなくなって困っている? そこに河があるでしょうが! お腹壊した? 生水を飲むな! お腹を壊さない飲み水の作り方を教えたら、今度は河が枯れたといって精霊のやぐらを立てて大騒ぎ! やぐらを立てる前に井戸くらい掘っておけ! 貯水池を作れ! 灌漑設備を整えろ! 召喚師の作った魔法文明に慣れ切ってしまった彼らは、いざ文明が衰退したときに、古代では当たり前だったその程度の知識さえろくすっぽ持ち合わせていないんですのよ、森と共に生きる長命のエルフが! まったく本当に嘆かわしい!」
そういや、エルフは精霊の友だと言う。精霊に魔法をお願いするときもきっと友達感覚なんだろう。
グローバル化のお陰で、この世界のエルフたちはいままで世界中の四大精霊に注文することができていた。それが、彼らとの通信ができなくなったら、一気にそんなバカバカしい注文が金髪ドリル精霊のところに集中してしまったのだ。
そりゃあ、不満も募るだろう。
この地を守る精霊として。エルフと生きとし生けるものを守護する、風の精霊として。
「た、確かに……怒りはごもっともだけどさ……だけど『衣食足りて礼節を知る』っていうぜ? エルフたちが自分で井戸を設置するにしても、水道灌漑設備を整えるにしても、だ。水や食料を得る手段を失っちゃったら、余計そういう事に手が回らなくなっちゃうだろ」
「ええ、分かってますわよ! だから私が毎朝毎朝、レンパスを焼いて、村人たちの家に配ってまわっているんでしょうが!」
「ええええええーっ!」
手作りだった!
……まさかの! 手作りレンパス!
この精霊さま、欲しい!
だんっと立膝になって、ぎりっと歯を食いしばる金髪ドリル精霊。
「なのに、なのになのになのに! 私の苦労も知らずに、水召喚の値段が高いだなんて、村人どもに文句を言われる筋合いは、毫もございませんわよ! あなたが勇者だからって、なんだというのです! 貴方みたいな単なるお節介焼きが、村の問題にかかわらないでくださいませ! クリスタルを置いて、即刻出て行きなさい!」
びっと、再び水平線の彼方をさす金髪ドリル精霊。
「ゲラウト、ヒア、ナーウ!」
俺は観念した。
精霊は、竜脈のコブが生き物によく似た姿や形を得た虚像でしかない。
いわば、大自然が己を維持するために遣わした使者。自然の代弁者だ。
この土地が、2回にわたって俺に出ていけと宣告している。しかも英語でだ。
ぐっと膝を掴んで、これ以上の抵抗は無意味だと受け入れた。
「……ひとつ、聞いてもいいか。俺は1000年前の召喚師全盛時代のアヴァロンしかしらない……教えてくれ、今、アヴァロンってどうなってるんだ?」
金髪ドリル精霊は、急に真顔になると、立膝になった姿勢から正座に戻った。
「いいでしょう、
急に精霊っぽい雰囲気になる。鼓膜よりも、心に直接ひびいてくるような、そんな不思議な声だ。
「貴方の知っている1000年前とは違い、惑星アヴァロンは魔王によって実行支配されています。召喚師連盟はこの世界からの撤退を余儀なくされ……そのせいで魔法文明は衰退の一途をたどっています」
そこまでは、俺の予測した通りだ。
アヴァロンが超未来魔法文明を築くことができたのは、召喚師連盟が大量の勇者を異世界から召喚して、そのチート級テクノロジーで世界改革を推し進めていたからだ。
このテクノロジーを使いこなし、更新してゆく勇者がいなくなってしまえば、現地人ではとても同じ技術水準を保つことはできない。
サルの群れにパソコンを与えてみるようなものだ。木の棒を道具代わりにする、みたいに簡単に再現できる文明ならともかく、パソコンはいずれ壊れ、文明はサルの水準に戻ってしまう。
魔王政権による、鎖国状態。魔法文明の衰退。それがアヴァロンのたどった末路だった。
皮肉な話だ……魔王もかつてこの世界の召喚師が異世界から召喚したチート級の怪物だったというのに……。
「現地人の召喚師たちは? 俺以外の勇者たちは負けた後、一体どうなったんだ?」
「召喚師たちは召喚師連盟と共に異世界に亡命したと聞きます……勇者たちも同じか、あるいは魔王領に連れて行かれたと聞きますが、詳しい事は私にはわかりません……」
金髪ドリル精霊は、膝の上でぎゅっと拳を握りしめていた。
無念そうに目を細めている。
「魔王に支配された世界では、たびたび凶悪な魔物が出現し、人々の生活を脅かしています。……私には魔法の才がございませんから、不慣れなことも魔法でこなさなければなりません。私1人でこの荒廃した土地を守っていくには、大量の魔力が必要になってしまうのです。お分かりいただけますか?」
******
気がつくと、俺はゴブリンの塔の下に仰向けに倒れていた。
どうやら金髪ドリル精霊が俺を飛ばしてくれたらしい。
こんな魔法が使えるんだったら、もっといいところに飛ばしてくれたらよかったのにな。
俺がダンジョンから勝手に持ち出した白光石はない。
ちびエルフのくれた色とりどりのクリスタルもない。袋の中は空っぽになっていた。
タブレットを見ると、MP79になっていた。くっそ、ちゃっかり吸い取っていきやがった、あの金髪ドリル。
さて、どうする……?
戦争は勇者たちの敗北に終わった。
山の外は勇者の天敵である魔王の天下。タブレットの寿命は刻一刻と減ってゆく。
精霊には魔石を手に入れることすら許されない。
一体どうやって、この窮地を脱すればいい?
不気味な色に暮れなずむ空を見上げてぼんやり考えていると、今度は銀色の髪の少女がぬっと現れた。
漆黒のローブに身を包んだ少女は、まるで死に神のように見えた。
眠たげな眼差しで俺の方をぼんやりと見ている。
このオリュンポス山で、1日にこんなにたくさんの人間に出会うとは思わなかった。
そして、俺はその少女が現れたことに、戦慄を覚えていた。
ああ……とうとう、とうとう、やって来やがった。
予想はしていた。いつかこんな時がやってくるんじゃないかって。
だって、いるじゃないか? 魔王軍に敵対する勇者の俺が、ちょうど1000年後の未来に飛ばされたことを知っていそうな奴が。
俺の目の前に現れたのは、《大魔導(メイジ)》アリスフォン=ヴェートラーナだった。
彼女の緑色の眼を見た瞬間、俺はもうとっくに死を覚悟していた。
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