第5話

 やがて俺たちの元にも朝がやって来た。

 タブレットの魔力は残りMP80のままだった。書籍のデータを閲覧するだけならば、さほど消耗はしないようだ。


 ロアはやっぱり子供の体力で、俺の横でぐったり横たわっていた。

 間近で見ていると、あれ、なんでウチにこんな可愛いのが置いてあるんだろ、みたいな違和感があった。

 何度も何度も高速のサービスエリアで見かけるうちに、つい家に連れて帰ってしまった特大ぬいぐるみ、みたいな違和感である。

 やがて、ぱちっと目を開いて覚醒すると、ゆっくりと立ち上がって、「ご飯作る」と言った。


 ロアは魔法を使わない、世紀末エルフだ。

 ちっちゃな手で器用になんでもこなす。火打石で火を起こして、その辺のハーブの葉っぱをかっこよくむしると、もぐもぐ噛みながら歩き始めた。

 耳をみょんみょん、と揺らしながら弓を構えて、空を狙って矢を放つ。すると、野生の鳥肉を召喚した。トンビだ。

 鳥肉を木につるして血抜きをしている間に、ヘラジカかなにかの胃袋で作った革袋を持って、河から水を汲んでくる。これもつるして火で温めていた。

 ここまで消費MPゼロ。精霊魔法の使えないエルフってあれだな、思ったよりワイルドだよな。


「かまどテーブルくらいないと不便だから、あの木切っておきなさい」


 と、俺に指示を出して切り倒しておいた一抱えほどの木の幹に、細い枝を麻縄で束ねたものを等間隔に立てかけていく。燃料はあればあるだけいい、何十束も用意しておいた。

 その木の幹の一部をちまちまくり抜いて穴を作ると、革で隙間なくふさいでから、じょぼじょぼとお湯を注いだ。

 さらに左右の燃料に火を点け、左右から火であぶって、沸騰するまでじっと待つ。その間に木の枝でてきぱきとスプーンや匙を作る。


「皿は?」

「お皿は無駄に労力を使うから作らない方がいい。かまどテーブルが1つあればいい」


 どうやらスープを飲むのに食器は使わないらしい。テーブルの穴に直接料理を盛って食べるなんてはじめてだ。

 俺の知り合いのエルフはレンバスをくるむような大きな葉っぱをお皿に使っていたが、寒い地方の植物はお皿に使えるような大きな葉っぱを茂らせない。熱が逃げやすくなってしまうからだ。

 逆に熱帯地方だとまるまる子牛一匹を乗せられるぐらいでかい葉っぱをつけたりするらしいから、南と北で植生が違ってくるように、エルフの文化も地域によってだいぶん差が出てくる。


 少ない荷物の中からシチューの素みたいな塊をぽとんと中に入れて、木の枝で作った平べったい匙をつかい、ぐるぐるかき混ぜる。苦手な作業なのか、肘が上がり過ぎて脇が丸見えである。


「脇が甘いぞ」

「舐めないでね気持ち悪いから」

「舐めねぇよ、ゆるエルフ。もっと脇を閉めろって意味。腕痛めるぞ?」


 俺がロアの手をつかんできちんとしたかき混ぜかたを教えてやろうとすると、「うに゛ゃー!」とネコみたいに唸って手をびしっとはたかれた。一晩一緒に過ごしたのに、打ち解けた気がしたのは早計だったのだろうか?


「ふん、まったく、やっぱり男って最低だわ、ちょっと優しくするとすぐつけあがるんだから。300年待ってって言ってるでしょ? ほら、大人しくこれでも読んでなさい」


 俺はずいぶんボロボロの本を渡され、エルフの物語を読まされた。内容はよくある童話みたいなものだった。どうやらそれで時間を計るよう母親から教わったらしい。可愛いなぁ。読み終わると、鳥肉を十分に火であぶったものを、ナイフで手際よく細切れにしながらぽとぽとと中に入れた。

 さっきからもぐもぐ噛んで苦みを中和していたミントを手に取ると、ぱぱっと浮かべて、出来上がりだ。


「出来た。チメイズマン、食べて」

「ちょっと待て」


 ちょっと待て。なんだ最後の。

 なんで噛んだものを浮かべるのか。


 ロアは、みょんみょん、と耳を振って、出来栄えに自信満々の様子だったが、俺が予想外の抵抗を見せて不思議そうな顔をしていた。

 俺も最後のが無ければ食う気満々だったのに。

 村人が全員家族みたいな村社会だったら抵抗はないのかもしれない。病人食はそうやって噛んで柔らかくしたものを食べさせたりするという。お粥とかは柔らかそうに見えるけど口内の消化酵素がまじらないから胃で消化しづらいらしくて、病人には食べさせちゃいかんそうだ。

 けどさ、俺、お前が噛んで苦みを中和したミントを食べるわけ? ゆるキャラのくせにその上から目線な態度はなんなの?

 ロアは、ダメな子供を叱るみたいな顔をして言った。


「いい? あなた、これからエルフの村に入るのよ? 村に入るからには、私たちの村の一員としての自覚をもってもらいたいの。わかるでしょ?」

「はい……すみません、貴方たちエルフの文化は、十分に尊重していかなければと考えてはいたんですが……」


 なんなの? なんなのこれ? なんで俺、ちびエルフにこってり叱られてるの?

 ひょっとして、他の魔法使いもこんな洗礼うけてんの? これは屈辱だ。早くも俺、諦めモードなんですけど。


「分かればよろしい。さぁ、お食べなさい。それとも、私が食べさせてあげようか?」

「いえ……自分で食べます……」


 俺はスプーンをぐっと握りしめ、テーブルの穴に盛られたシチューを睨みつけた。

 どうにかロアの隙を生み出してタブレットの魔法を発動し、シチューを廃棄(消費MP0.09)、その後でこっそり地球からビッグマックセットを召喚しよう(消費MP7)という計画を練っていると、ロアは、耳をみょんみょん、と振って、どこか遠くを見つめていた。

 何の気配を察知したのかは、俺にはわからない。エルフにとって森は平原と同じくらい見通しのいい場所だ。木々の葉擦れは仲間たちの言葉を、獣の気配を伝達し、エルフにはるか遠くの出来事を伝える。ロアは、木々のざわめきに耳を澄ましているだけで、まるでその向こうの風景がありありと見えているかのように、ただそちらを注意深く見つめていた。

 けれども、そのせいで俺どころではなくなったらしく、弓と矢筒を持って、そのまま森へと駆けていった。


「ちょ、ちょっと待ってて。それ、全部たべときなさいよ」


 俺に言い置いて、ちょこちょこっと小走りに消えてしまったロア。消えたふりをして様子を見ている作戦じゃないよな。あいつそんな計算高くないゆるエルフだしな。

 チャンス到来。

 俺はスプーンで海洋神系第三星座『満てし杯座(ヘケン)』を描き、タブレットから水の魔法を発動させた。

 水魔法は呪術。その真髄は物体の抵抗力をなくし、崩壊を加速させる崩壊加速魔法だ。湿潤と乾燥、ライオンの半身を持つ獣人の神シューとテフヌートの魔法。水を生み出すのが得意ならば、水を無くすのもまた得意だった。


 じゅわーっ! ぼぼふんっ!


 水分の蒸発を加速させると、窪みからすごい勢いでシチューがなくなっていった。残った具材はからっからに干からび、急速に酸化反応を起こして真っ黒に焦げ付きはじめ、勢い余ってぼっと青白い炎をあげて燃え尽きてしまった。

 水魔法は強力だと戦闘でも使われるレベルの戦闘補助魔法となる。生きている物には効きにくいが、そのかわり主に敵の武具を急速に劣化させて、攻撃力や防御力を下げる目的で使われる。ごみ処理にはもってこいだ。


 そしてタブレットの魔法はまだまだ止まらない。

 こんなもん、俺のタブレットさまには軽い準備運動だ。

 じつはアヴァロンの勇者は、召喚師連盟に数種類の異世界召喚魔法を使うことを許可されていた。

 異世界召喚そのものは消費MP7で発動可能だが、それとは別に召喚師連盟に対して異世界召喚の使用料を支払う必要がある。

 そもそも異世界召喚には空間を突き抜けるほどの強大な魔力が必要で、そんなもん生身の人間はとても持てない。各召喚師はそれを連盟に肩代わりしてもらうのだ。その通貨単位が『SP』。召喚可能なアイテムのリストを見ると、ビッグマックがセットで6500SPだ。高い。死ねる。


 まあいい、いつもどおり召喚師のツケということにしておいて、俺は陽炎神系第二星座、《神官座(イェン)》を書き、ビッグマックセットを召喚した。


 BANNED!


 変な文字が浮かび上がって、タブレットの描いた直径2メートルの仰々しい魔法陣はふっと消えた。なにも起こらなかった。


「……あれ?」


 何かの手違いを疑って、何度も召喚魔法を発動した。


 BANNED!

 BANNED!

 BANNED!

 BABABABABABABABABABABABABABABABABABABABABABANNNNNNNNNEEEEEEEEED!(連打してみた)


 BANNED(禁止)って、どういうこと。異世界召喚が禁止されている?

 ためしに、ビッグマックセット以外のアイテムを召喚しようとしても、同様に同じことが起こった。


 ……ひょっとすると、魔王の仕業か。

 魔王は、異世界召喚でこの世界を次々と改革してゆく召喚師に対して反旗を翻した。

 いったいどんな魔法を使ったのかは知らないが、アヴァロンにおける異世界召喚そのものを封印したのは、魔王ならば当然だろう。


 ……というか今気づいたのだが、俺の所持金は300SPしかないのだった。これじゃTシャツも買えやしない。

 前の戦争でもちゃんと戦闘を終わらせていなかったから、報奨も経験値も受け取っていなかった。


 SPを受け取るには召喚師連盟が出しているクエストをこなすしかないが、どれも1000年前のデータで更新がされていなかった。

 召喚師連盟が全滅するなんてことはまずありえない、8つの宇宙にまたがって存在するバカでかい機関だ、壊滅できたほうが奇跡だ。惑星アヴァロンの外ではまだしぶとく存続しているだろう。


 何気に他の世界のクエストを見てみると……最近の新規クエストがぽこぽこ更新されていた。


「えっ」


 俺は目を疑った。

 どうやら、サモンマトリクスのデータを更新するためのデータ通信は、例外的に禁止されていなかったみたいだ。

 召喚師連盟の動向を探るために、データ通信は禁止されなかったのだろうか? ためしに掲示板に書き込みをして、こちらからデータを送ろうとしたのだが、やっぱり通信できません、と出た。


 なるほど……アヴァロンのデータを外に送ることはできないが、アヴァロンの外のデータを受け取ることはできる、と。

 異世界召喚を禁止したのは魔王、完璧でなくても不思議ではない、他にもさがせばいろいろと穴がありそうだ。


 鳥肉をもぐもぐ食べながら考えていると、ちびエルフがちっこい女の子を連れて戻ってきた。


 溢れんばかりの金髪は顔の横でドリルになって流れ落ちていた。ツインドリルだ、はじめて見る。

 らせんを描くツインドリルと対になるような丸い瞳の色は、滾るようなサファイアレッド。ロアがゆるキャラなら、こっちはビスクドールみたいな女の子で、作り手(マザー&ファザー)の設計思想から違っていそうだ。俺をきっと睨みつけて不機嫌そうにふんぞり返っていた。

 いやに偉そうにしている女の子だ。真っ赤なドレスは襟も袖も裾もフリルで飾られていて、おまけにふんわりとしたスカートは腰元から裾までフリルの連続、無限フリル地獄である。まるで服の中からフリル状の化け物がうぞうぞ這い出してきているみたいな。まさに悪役令嬢そのものといった雰囲気。

 ロアは彼女から一歩下がって、なんだか委縮しているように見えた。偉い人なのか?

 ひょっとして、あれか。エルフの村のお姉ちゃん的な人じゃないかな。村長の娘とか。耳もピンと尖っているし、俺にはピンと来た。


「おかえり、ロア。その人は?」

「うん、精霊さま」


 ぼったくり精霊だった。

 ていうか……えー、お前がここの風司ってんのー? らしくねー。

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