第8話
さっそく、ロアから情報を入手したらしい褐色系の肌の女の子がやってきた。
真っ白い肌のロアとは対照的な黒い肌のエルフ。真っ白い衣をバスタオルみたいに胴体に巻いて、脚にはロアと同じサンダルに、ルビーの装飾品を身に着けていた。
ダークエルフだろうか。木の影から恐る恐る俺の様子をうかがっている。
俺の知っているダークエルフは、デカい葉っぱをお皿に使うタイプの南国のエルフだった。植物が大きな葉っぱをつけるのと関係があるのだろうか、俺のところに来た女の子も、耳もおっぱいもいろんなところがデカかった。
1000年前に一度グローバリゼーションが起こったから、いろんな地方のエルフが1つの村にいるのだ。
ダークエルフは地下に住まうエルフの亜種と言われている。
彼らが自然発生した理由は科学的にこう考えられている。
ハワイなんかの火山活動が活発な南の島では、森はしばしば壊滅して溶岩の下に埋もれてしまう。
そんな森にいるエルフはどうするのかというと、その間地下に潜って休眠するらしい。
そして溶岩の大地に緑を芽吹かせ、少しずつ森を復興してゆく、地下と森を行ったり来たりする生活を送るようになる。
そのうち、地上に住処を作ってもまた破壊されるから、ずっと地下に潜りっぱなしの生活を送るようになったのがダークエルフだ。
だが、これには異論がある。森の形成され方を科学的に調査した結果、ダークエルフ型の森の方が先に地上に生まれたはずだ、という考えもあった。
火山の森のダークエルフが先に生まれて、彼らが安定大陸に渡ることで、何万年も滅びることのない森が生まれ、そこで肌の白いエルフが生まれたのではないか、など諸説あった。
ともあれ、容姿は端麗で、耳もおっぱいもデカい。
年齢もロアより100歳は年上だろう。うーん、あと200年か、長いなぁ。
もじもじ、もじもじしながら、俺となるべく目を合わせないようにして、こう言った。
「あの……ここにレンパスを持って来たら、白い粉をくれるって聞いたんですけど……本当です?」
いったい何の密売か分からなくなってしまった。
せいぜい200歳ぐらいのエルフじゃあ、白い粉なんて小麦粉ぐらいしか知らない年代だろうから、まぁ、無理もないけどな。
まかり間違って、1000歳ぐらいのエルフの耳に入ったら俺が大変な目にあいそうだ。
ちなみに、エルフの麦は精霊にお願いして必要な時に必要なだけ育ってもらっている。あいつら農耕するという概念がないんだ。
「砂糖な。砂糖。あんまり食べ過ぎると大変なことになるから気をつけろよ?」
「た、大変な事って、どういう……?」
「おっぱいが2リットル入りペットボトルぐらい重くなる」
「ひえっ!?」
ダークエルフの少女は、びくっと震えて胸を押さえた。
まあ、この女の子だったら放っておいてもいずれそうなるだろうけどな。ダークエルフは遺伝的にそうなる運命だぜ、あきらめな、うぇっへっへ。
「あと、虫歯になりやすいからな、いつもよりしっかり歯磨きをしなきゃダメだぞ」
「は、はい……ごくり」
ちなみに、食後に歯を綺麗に磨く習慣は古代から世界中に存在していた。
パンやご飯なんかの大量のデンプンを食べられるようになった時代から虫歯は人々を悩ませていたらしい。
木の枝をガシガシ噛んで、木の繊維で食べカスを除去するのが一般的で、日本でも『爪楊枝』という形でその文化が現代に残っている。
「そうそう、バターと小麦粉と、あと卵もあったら美味しいクッキーの作り方も教えてやるよ」
「小麦粉と……卵、ですか? クッキー?」
「ほら、あそこに女の子がいるだろ? あの子が食べてるのがクッキーだよ」
今日もヴェートラーナもどきはそこにいて、クッキーをぽりぽり食べていた。なんかもう俺の方を観察するのに飽きて、本を読んでいる。お前ほんとなんなの? 謎すぎるんだけど?
ふにょん、と肩に耳が乗っかるぐらい首を傾げたダークエルフは、クッキーを見ると、両腕を縦にして、おっぱいを挟むように、むぎゅっと気合を入れなおした。
「わ、わかりました、なんとか、用意……します!」
ちなみにクッキーの起源は7世紀のペルシャにまで遡る。砂糖の普及とほぼ同時に生まれたお菓子だとサモンマトリクスには書いてあったが、この世界ではどういう経緯で生まれたのか、どうしてヴェートラーナが当たり前のように食べているクッキーをエルフの村の子が知らないのかなど、俺も詳しい事はよく分からない。
翌日、袋一杯の小麦粉と、籠一杯の卵を持ったダークエルフがやってきた。バターの方は手に入らなかったのか、乳のぱんぱんに張ったヤギを一匹つれて来ていた。
「あ、あの……ごめ、ごめん……なさい……バター(消え入るような声で)……」
「いいって、いいって」
おろおろしている。なにこれ、めっちゃ可愛い。
俺の方は先日、森に分け入ってナッツっぽい木の実を集めていただけだし、ちょっと運動がてらバターを作ってやるとするか。
ヤギから手に入れた生乳を袋に入れ、俺が力任せにぶんぶん振って遠心力をくわえていくと、3分でバターの完成だ。地球でこれをやったら「魔法かよ!」とびっくりされたが、こんなの魔法を使うまでもなく普通にできるからやってみな。
こうして手に入れたバターと砂糖を混ぜ合わせ、卵黄、さらに小麦粉と順番に混ぜていく。
岩陰の冷暗所で寝かせることしばし、クッキーの生地の完成だ。
こいつをかまどテーブルの平らなところで薄く伸ばしてやる。
「ちなみに、お名前なんていうの?」
「マリュリルビル……と言います」
「マリュ……ルビルでいいね」
「はい」
真剣な表情で、クッキーの生地を薄くのばしてゆくルビル。
俺が彼女の名前を気にしたのは、別に彼女の揺れるおっぱいに気をそそられたからではない。
ダークエルフのルビルが前かがみになって麺棒で生地を薄く延ばすと、もうね、揺れるのね、大きいおっぱいが、こう万有引力の法則にしたがって木星と太陽のようにね。
そんなみだらな感情は捨て去らなければならない。この子たちは純粋無垢なのだ。俺は紳士的にその子の傍に立って、クッキーづくりを見守っていた。
あとは型抜き、竹のような筒状の植物を使って、丸くくり抜く。
オーブンでの焼き上げは、エルフの村でもレンパスを焼くための共同オーブンが1つあるという事だった。
エルフの村の文明水準をルビルに聞いて、ひとつひとつの過程をエルフの村でも再現できるように簡略化して、ようやく完成。熱々に焼きあがったクッキーを見て、ルビルは目を輝かせた。
「でき……たぁ……!」
「いえい!」
「い……いえい!」
俺が手を高く上げると、ルビルはぱしん、とその手を叩いた。ハイタッチの文化は1000年経っても廃れてないらしいな。じつは俺が広めた。
クッキーは焼きたてよりも、しばらく置いて冷ました方が甘くて美味しい。
包み紙に入れたクッキーを持って、ルビルはニコニコしながら村に帰っていった。
「いいか、クッキーの使い方には十分に気をつけろ」
「はい」
「決して男の子には食べさせるな。大抵の男の子はお前からプレゼントされたクッキーを食べると、お前のことも一緒に食べたくなってしまうからな」
「ふ、ふえぇっ!?」
「忘れるな、俺は塔の下の魔法使い、名前はチメイズマンだ。そこんとこよろしく!」
顔を真っ赤にして、小走りになってしまうルビル。
さて、これで俺の名前はどこまで広がるだろうか?
果たして、効果はバツグンだった。
翌日にはエルフの少女が3人、その翌日には5人と、エルフの訪れる回数は次第に増えていった。
どのエルフも人間でいうと10代の前半から後半ぐらいだった。男の子にプレゼントすると効果がある、という俺のメッセージの意味をちゃんと読み取ってくれて、なおかつ、そういうおまじないに興味を示しやすい年頃だ。可愛いには可愛いんだが、俺としてはもうちょっと年上だと嬉しかった。
それ以外にも、将来その年代になる幼い女の子から、孫にお菓子をあげたいおばあちゃんまで、俺のところにやってきた。
しかし、結婚適齢期のエルフはいくら待てども来なかった。おかしい。
こうして、俺は複数のエルフの女の子ときゃいきゃいはしゃぎながらクッキーづくり講座を開催するという夢のような日々を送った。
ロアは俺が他の女の子の相手ばかりしているのが気に食わないらしい、四六時中むすーっとしていたが、俺の講座が終わるとお姉さんたちからたくさんのお菓子をもらって、毎日嬉しそうにしていた。そのうち体型までゆるキャラにならないか心配である。
あれからルビルはしばらく俺のところに来る気配がなかった。
ある日、ルビルはとうとう誰かに真実を吹き込まれたのか、俺のメッセージの意味をなんとなく理解しつつあったらしい、顔を真っ赤にして砂糖をもらいにきた。
「あの……えっと……お、男の子に食べさせると……あの……言ってたじゃ、ないですか……あの……!」
しどろもどろだった。恥ずかしくて上手く言えないんだ、可愛いなぁ。
俺はうんうん、と頷いて、最後まで聞く前に言ってやった。
「いいか、毒というものはな、徐々に体に溜まっていくものだ」
まさに、至言であった。
クッキーの毒は、徐々にエルフの村を、そして、エルフと言う種族そのものを蝕んでいったのである。
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