第3話

 ちびエルフが隣に座ってきた。

 そういや、こいつよく俺の隣に座ってくるけど、地味に尖った耳が腕に当たって痛い。

 ほら、子どもって肩幅せまいじゃん、そんで体に対して頭が大きいじゃん、すると耳が肩からはみ出るじゃん、俺の腕に刺さるじゃん。

 ついでに子どもってキョロキョロ動くじゃん、俺の腕を耳でぺしぺし叩くじゃん。ひょっとしてあれか、エルフ式コミュニケーションって奴なのか?

 なんなのお前、本当になんなの。


「どうした」

「ん」


 ちびエルフは、包み紙にくるまれた平べったい菓子パンみたいなのを俺に差し出した。

 レンバス……じゃない、レンパスだ。


 ちなみに、レンバスはエルフの有名な薄焼き菓子(ウェハース)である。地球でも知られているぐらい有名な菓子という位置づけだ。葉っぱにくるまれた堅い系の。昨日、サモンマトリクスの辞書データで調べてみたが、けっこう奥深くて一晩中しらべつづけてしまった。

 なんでも、人にあげるのにも王妃の権限が必要というらしい。チート級エルフが食っていたのも、時代が進んで庶民の間にもだんだん広まっていったせいじゃないかと俺は考えている。


 ついでに、こっちはレンバスじゃない、レンパスだ。エクスカリバーじゃない、エクスカリパーだ、みたいな紛い物かもしれない。

 俺がレンパスに関する考察を巡らせていると、ちびエルフは、おもむろにその菓子パンを俺の口に近づけた。俺が犬みたいにぱくつかないでいるのが意外だったのか、なんか不機嫌そうにむすっとしていた。なんなの?


「欲しいって言った」


 おおおおお! ごめんよー、そういや、昨日くれよって言ったっけ。

 くれるんならくれるって言ってくれればよかったのにな。俺の胃袋ではいまゴブ肉とウェアシャド肉がイグザイルを猛練習中だ。じっくり味わいたいのにマジもったいない。


「ありがとう、助かったぜ。そういや名前きいてなかったな。なんて言うの?」

「マリュリノロア」

「マリュ……舌噛みそうだな。ロアでいい?」

「勇者はチメイズマンでいい?」

「どこからでてきた、チメイズマン」

「それ」


 ちびエルフ、ロアが指さしたのは、俺の首にかけてあるネームタグだった。


 TIMEISMANEY(時は金なり)


 誕生日に召喚師がくれたんだけど、マネーのスペル間違ってんだよな、ほんとしゃーねーな。俺は、にっと笑ってネームタグを親指で弾いた。


「いいぜ。今日から俺はチメイズマンだ」


 それから、ちびエルフ、ロアと俺は並んでレンパスをもそもそ食べた。

 レンパスはウエハースというよりどら焼きみたいなボリュームがあった。

 ロアが何度もこっちを見て「おいしい? おいしい?」みたいに聞いてくる。その度にエルフ耳が俺のわき腹をダイレクトにかすめて俺は何度もイグザイルしそうになりながらもなんとかぜんぶ胃袋のなかにおさめた。

 こどもには軽い昼飯みたいな量だろう。ロアの食べている量をみるに、今日はお家の人にたくさん焼いてもらったようだ。あったけぇ愛されている。

 俺もエルフの村に入ってみたいなぁ。


「なあ、マリエッラ」

「マリエッラ、誰?」


 ごめん、お前の名前言おうとしたんだ。それがあんまり難しくて、俺にも誰かわかんない名前をよんでしまった。てかお前の名前難易度高すぎだろ、誰が考えたんだ?


「ロア、この辺に魔石の鉱山ってあるだろ?」


 1000年前のデータで調べてみると、この塔はどうやら鉱山の管理事務所だった。

 あいにく塔の中に魔石はなかったが、この近くで大量の光の石が採掘されていたはずである。鉱脈もまだ残っているかもしれない。

 けれども、いくつもの山が崩れていて、道が分からなくなっていた。おまけに異様に成長した大樹が森を作ってしまっている。ナビもないまま探し回ると迷うことは必至だ。

 ロアは、ぽかんと口を開けて驚いたように俺を見ていた。


「何で知ってるの?」

「いっただろ? 俺は千年前からやってきた勇者だからな。今からそこに行きたいんだけど」

「村の鉱山は、知ってる。けれど、チメイズマンは魔法使いじゃないから、連れていけない」


 まーた魔法使いか。まったく、魔法使いの一体どこがいいんだ? あいつら俺よりタフな奴なんて1人もいないぜ?

 まあ、連れてってもらわなくても、俺もう大体の位置は分かっちゃってるけどな。地球でも森を歩くのはわりと得意な方だったし、そのうちたどり着けるはずだ。


「ちなみに、冒険家とかが鉱山を見つけて、勝手に石を持っていっちゃう場合は村的にはどうするの?」

「それは、洞窟が偶然見つかったら、仕方ない、みんな黙ってる……けど、光の石は、村にとってとても大事だから……ぜんぶ取られると困る」

「そうかそうか、ちょっとなら大丈夫なのか。というか、エルフの村で光の石を何に使ってるんだ?」

「私たちは使わないの。精霊さまに魔法を頼むときにすぐMPが足りなくなるから、代わりにお供え物として必要なの」

「でた。例のぼったくり精霊」

「ぼったくりじゃないし」


 ぷー、とロアはほっぺを膨らませて不服そうだ。俺はそのほっぺをつついてやった。指が沈む沈む。レンパスよりも柔らけぇぇぇ。

 ロアは、まだ自分が精霊に騙されているという自覚がないらしい。やれやれ、困ったエルフだな。


「だいたい、その、レンパスだって精霊さまが焼いてくれてるのよ?」

「えっ、これって精霊さまが焼いてくれたの?」

「そうよ? 毎日焼いてくれてるの。レンパスはタダでくれているんだから、水くらい我慢しなきゃダメよ」


 さも当然、という顔つきのロア。

 へー、精霊さまの手作りレンパスかー、と思ったが、そんな訳はないだろう。

 俺の知っている精霊はそんなに庶民的でフレンドリーなご近所のおばちゃん的存在ではない。もっと高貴でわがままな奴ばかりだ。


 だいたい、精霊さまが材料をスーパーから買ってきて生地をこねて、かまどかなんかで火を使って焼き上げて、作りすぎて余った分を村のみんなに配ってくれている……なんてのは、普通ありえないからな。あいつら生き物の姿をしているけど、本当は生き物じゃないからな。


 おそらく、『パンが膨らむのは精霊さまの魔法だよ』、という迷信みたいなことを、このちびエルフは教えられているのだ。

 地球でも科学が未発達な頃はパンが膨らむ仕組みがよく分かっていなくて、パンの妖精が膨らませている、と考えられていたんだ。本当は酵母菌の力なんだけどな。

 いや、ここは異世界だし、酵母菌に力を与えているのがそもそも精霊さまなのかもしれない。その辺は精霊本人に聞かないと、ちびエルフの知識ではどうしようもない。


 むーん、と俺は腕組をした。

 どうやら、精霊と村人は固い信頼関係で結ばれているらしい。

 お互いにお互いを信頼し、必要としあっているのだ。迷信とはいえ、小さな村社会でそういう関係を築くということは、とても大事な事だ。

 果たして、科学知識を伝えることでその関係を俺が崩してしまってもいいものだろうか?

 これがグローバル化の進んだ社会なら、話は別だ。村人はネットで代わりの精霊を探せるし、精霊も別の居場所をすぐに見つけられるだろう。

 けれども、それができない小さな村では、精霊との関係が破壊されることによって得られるメリットよりも、デメリットの方が大きいのではなかろうか。

 なんてったって、土地の守り神だもんな。機嫌を損ねてしまったら大変なことになりそうだ。


「わかったよ、場所はきかない。きかれても誰にも言わないよ」

「本当? チメイズマン、石が欲しいんじゃなかったの?」

「まぁ、ちょこっとだけだからな。ほんのちょこっと。そんなに大量に必要なわけでもないから、村のみんなには俺のこと内緒な?」

「仕方ないわね」


 ロアは、やれやれ、といった風に首を振った。

 俺が人差し指を立てて、しー、と言うと、ロアも、しー、と言った。ちびエルフと秘密を共有した。


 本当はタブレットの充電をするのに光の石が必要だったんだけどな。

 この時点で残りMP87、たとえ1日にMP1しか消費しなくても、3ヶ月も待たずにゼロになる。使う時は慎重にえらばないとな。


 ロアは、膝についたレンパスの食べかすをぱんぱん、と払うと、弓を杖がわりにして立ち上がった。弓を持っているとなかなかエルフっぽい。


「じゃ、生きてたらまた会いましょう、チメイズマン」

「ああ、たぶん生きてるから、また会おうぜ、マリュリリュ」

「マリュリノロア」

「そうそう、レンパスうまかったよ、ありがとう」

「べつに」


 なにが別に、なのか、ふーん、とそっぽを向いていた。ほっぺが赤くなっていた。そんなに強くつついた訳ではないんだけどな。


「そういう時はね、精霊さまに感謝するのよ?」


 そうして、急にエルフっぽい凛々しい顔になって、耳をみょんみょん、とふって、森のどこかに消えていったのだった。

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