第2話

 夢を見た。


 アヴァロンの上空2000キロを飛ぶ高高度飛空挺の船室から地上を見下ろしていた夢だ。

 グーグルマップから俯瞰するような広大な風景の中で、魔物の大群が黒々とうごめいて見えた。


 大挙して押し寄せてきた魔物の群れは、いまはなきオリュンポス山の頂の大都市を目指し、平地を北上していた。

 召喚師軍団に対して劣勢だった魔王軍が、総力を挙げて決戦をしかけてきたのだ。


 こういうのは、本来ならば籠城戦で迎え撃つのがセオリーだった。こちらが無駄に動いて隙を作る必要はない。

 だが、魔物の分隊のひとつに四天王の1人、刺毒姫アリスフォン=ヴェートラーナの姿が確認されたことで、籠城戦から敵将の撃破を狙った集中攻撃へと作戦は変更された。


 この作戦の指揮を執ったのは、第三異世界の惑星ナナブムルカ、ヒュンカジゼン連邦出身の軍師アスカロン三世。

 異世界召喚は今度で3回目とやや心もとない実績を、前世界で大陸征服を果たしたという実績とやる気と根性と3年に2時間という驚異的な睡眠時間の短さでカバーしていた。

 欠点があるとすれば、彼は長大な説教で他の勇者たちの睡眠時間を長くするのが得意だったことだ。


「諸君、時は金なり(time is money)だ! 諸君ら歩兵勇者の最大の任務は区画占領にある! 1秒でも速く! 敵より1ヘクタールでも多くの区画を占領するのが諸君らの役割である! そのためには銃弾の無駄撃ちを減らす迅速かつ機能的な攻撃機動が不可欠である! 諸君らの一発の無駄弾が1秒の遅れ、1ヘクタールの敵の領地拡大へと結びつき、敵の視野を1ヤード広げ、はては味方の補給線の分断、死者数の増加、戦争の長期化へと繋がってゆくものと心得、常に『最大効率の最大機動』を心掛けよ!

『最大効率の最大機動』という言葉は、諸君らもそれぞれの世界で教わったことであろう、時間のロスを避けるための最低限の心がけだ、まずウサギのような取るに足らない小敵に無駄な弾を撃ちまくらない事だと! そして戦車のような大敵にまともに白兵戦を挑まない事だと! そんな眠たい説教は忘れろ! なぜなら諸君らは勇者だ! ウサギのような取るに足らない小敵にこそ遠距離から一撃必中の銃弾をお見舞いしろ! バカみたいにデカい戦車のような大敵にこそ白兵戦を挑み一撃必倒の剣をお見舞いしろ! それが我々勇者の使命である! この世界の住民どもにはまねできぬほど大量の弾を節約することで、絶望的な戦局をも塗り替える、それが勇者に求められる『最大効率の最大機動』だ! 現地の魔物どもに、選ばれし勇者の力をいまこそ見せてやれ!」


 正面に勇者の10個師団を待機させ、ヴェートラーナの背後に回る挟撃部隊に抜擢された第50勇者連隊は、いずれも抜きん出た機動力の猛者ばかりだった。俺もそのうちの1人だった。みな飛空挺の貨物室に整列し、専用の鎧(パワードスーツ)に身を包んでかしこまっていた。


「なんてったの?」

「『最大効率の最大機動』だそうだ」

「おけ」


 お陰で睡眠はバッチリだ。

 高高度飛空艇の後部ハッチが開き、凄まじい風圧が俺たち全員を呑み込んだ。俺はほぼ心の準備をする間もないまま空から地上へと降下した。

 飛行機雲をひいて地表に降り立った俺たちは、それぞれの武器を携えて戦闘状況を開始した。

 いずれの武器も異世界から召喚された神話に出てくるような剣や弓、盾なんかだ。

 俺の獲物は、魔剣鼻(スサノオ)。青くデカいもろ刃の剣で、波打った刀身が特徴だ。さっそく大型ショッピングモールなみにデカいのを見つけた俺は、着地と同時にそいつを足元から頭の上まで真っ二つに切り裂いた。

 日本の剣は水属性が多い。ゆえに切り上げで地下水を刺激するのが有効だ。俺みたいに使いこなせば、地面が割れ、間欠泉のように大量の水しぶきが吹き上がり、ジェットカッターと化して目の前のショッピングモールを切断し、空高く弾き飛ばすこともさして難しくはない。

 そいつに大勢の魔物が下敷きになって、視界に映っていたライフゲージが何パーセントか削れた。『最大効率の最大機動』だ。


「ディップ、お前は意味をはき違えているぞ」

「あれ?」

「撃ち漏らしが多すぎる。それは効率的とは言わない」


 高いところに立ったチート級エルフが見つめる先には、もそもそ、とショッピングモールから這い出して来る生き残り達がいた。

 ダメージを負って動きが鈍っていたようだが、このチート級エルフにはそんなの関係ない。動くものは寸分の狂いもなく仕留める。

 冷ややかなエメラルドグリーンの瞳の横で、3本の矢をたばねて同時に撃つ。さらにその矢が敵に到達する前に次の3本を撃つ、それを3回、計12本の矢が敵に襲い掛かる。

 もちろん一発たりとも急所を外さないという剛腕っぷりだった。おまけに超美人でスタイルも神がかっていて耳も尖がっていて、文句なしのチート級エルフだった。

 しかも俺の行く先々の敵ばかり仕留めていった。俺になんか恨みでもあんのか。もはや普通の弓術レベルじゃない。


「ザコは私に任せるといい、お前はデカいのを狙え。ほら、走れ」

「ザコでもいいから1匹でも多く俺に仕留めさせてくれよ! 金がないんだから!」


 挟撃戦はつかみ取りだ、早いやつが経験値とポイントを獲得していく。

 小さいのはチート級エルフが狙い撃ちにしているから、まず俺のところにあたらない。

 一発ぐらい無駄弾を撃って俺のところに寄越してくれれば少しは愛嬌もあるっていうのに、あのエルフにはまったくそんな気配がなかった。

 エルフ以外にも、俺のチームはいずれも猛者ばかりが揃っていた。誰があいつを仕留めるだの、仕留めなかっただの、喧嘩しながら他のチームを追い抜いてあっという間に敵の分隊を分断させ、オリュンポス山の麓へとたどり着いた。

 結局、俺が仕留めたのは最初のショッピングモール1匹となった。もっと超特大のも何匹かいたと思ったんだが、運が悪い。


「総員、状態異常なし、死亡ゼロ、今回はこのままの調子でいきたい」

「くそう、なんてこった、もう敵がいないじゃないか。このままじゃ打ち上げはビール一杯でおわりそうだ……!」

「この前連続14回死んだのが痛いな」

「ただの噂だと思ってたよ、あれマジだったのか?」


 そうそう、1000年前の俺たち勇者は、死んでもすぐに復活できた。

 ただし、気軽にできるもんじゃない。召喚師が俺たち勇者を復活させるために、復活の魔法が使える異世界の僧侶を召喚してくれるんだ。

 そのために召喚師にかかる負担が桁外れで、俺を召喚するのにかかった費用が4000SPのところ、なんと復活魔法をお願いする諸経費込みで1万SPもかかる。


 みんな万が一、死んだときのために勇者保険に入っていて、召喚師の負担を減らしていた。かつて頭のいい勇者たちが独自に保険組合を作って、それが今も残っているんだそうだ。

 だが、それでも死亡すれば負担はある程度かかってしまう。成績の悪い勇者は強制帰還させられ、もう2度とこの世界には召喚されなくなるかもしれないという。そんなのは御免だった。


 なぜなら俺には夢があった。大富豪になるという夢だ。アラブの石油王になり、ハリウッドで自分好みの映画を撮り、ラスベガスに豪邸を立てて毎日ギャンブル漬けで暮らすという夢が。

 バカげた夢だが、召喚師は、そんなバカげた夢をかなえてくれる世界最高のチートを持っていた。異世界の魔法を駆使すれば、どんな願いでもかなえることができてしまうのだ。


 そう、この何の変哲もない魔物だらけの惑星だったアヴァロンに、宇宙召喚師連盟の召喚師軍団を召喚し、チート級戦闘能力を誇る勇者軍団を50億人召喚して平和をもたらし、異世界の超頭脳集団を50億人召喚して財政を改革し、超未来工学集団を50億人召喚してテクノロジーを1000年単位で進化させ、150億人の勇者による異世界にも比肩する超魔法文明都市を有するまでレベルアップさせたのと同じように。


 だったら俺を大富豪にするぐらい、ちょろいもんじゃないか?

 俺が150億人の中でちょっと目立つ活躍しさえすれば、勲章と一緒に報奨ももらえるはずだ。ちょろいちょろい。

 俺たち勇者の合言葉はいつも「我々の召喚師のために!」だった。指揮官? 犬にでも食われてろ。


 ところが、前回はどうしても許せない敵がいた。

 勝てやしないのに、俺は何度も何度もそいつに突っ込んでいって、何度も何度も死んでしまった。


 結果として、俺は凄まじい戦果を召喚師に報告することになった。それが連続14回死亡だった。

 勇者保険も2回目以降は減額されて、召喚師の被った損害は10万SPにのぼった。

 召喚師1人がユニットを結成させる勇者は、6~15人くらいのところ、俺が25人召喚できた。


 俺の召喚師マリエルは、俺の連続14回死亡に関しては「もー、しょうがないわねー」と言ってあきれたように笑っていた。笑っただけだ。それだけで終わった。ぐさっときた。あれよ、俺の事なんか最初から期待してなかった、みたいな諦めを感じた。あーあー、こいつならやるわ、いつかやると思ってたわー、みたいな。

 俺の男としての沽券に傷がついた。そのときから、俺はいままでの無茶だった自分を戒め、真面目に戦うことにした。

 俺の収入が少ないのは仕方がない、金は少しずつでも召喚師に返していくしかない。とにかく今回はノーミスでクリアしたい、それが俺の目下の目標だった。


「やっぱ狙うはアリスフォン=ヴェートラーナだろ!」


 きっと誰か言うと思ったが、案の定1人が言った。

 魔王軍、四天王の1人、刺毒姫アリスフォン=ヴェートラーナ。

 累計で11億人の勇者を屠ったと言われている、超巨大モブの中でもレコードホルダー保持者であった。


 その超大物が、いまこちらの本拠地の目前に迫っているのだ。

 勇者ならば、この首を狙わずしてなんとする、といった勢いでみんな息をまいていたが、俺は勘弁してほしかった。


「俺は遠慮しとくぜ、今回はノーミスでいきたい」

「どーした、ディップ! こういう超巨大モブ戦の時にこそ、お前が活躍しなくてどうするんだよ!」

「ははは、お前はこれ以上死んだらシャレになんないからやめとけ!」


 超巨大モブ討伐イベントってのは、だいたい何回か死ぬことが前提で挑むものである。

 少しでもリスクを減らすために十分な資金を事前に稼いでおくものだが、今の俺は1回死んだだけでも大赤字となる計算だ。


 仲間は俺を置いて砂丘の向こうに行ってしまった。さらなる高ポイントを稼ぐために。

 俺は区画占領の証として、その辺をぶらぶらと歩きまわっていた。

 けれど、そんな俺を高いところから見下ろしているチート級エルフがいた。

 異様に長い脚が鎧の上からでもわかる。さっきからずーっと立っているのに、まるで疲れた様子はなかった。


「ディップ、行かなくていいの」

「行かないよ」

「こういうときに貴方が行かなくてどうするのよ」

「いっただろ、金がないんだ」

「どうしてあんな無茶したの。私が死んだからなの?」


 チート級エルフは、俺の14回連続死亡の件をなじった。

 俺は、曖昧な頷き方をした。実のところ、そういう理由もなきにしもあらずだった。


「ほら、お前がいなくても大丈夫だとおもって突っ込んでいったんだよ……そしたら案の定、雑魚がわらわら出て来てさ」

「あんたの大ざっぱな攻撃じゃ、無理なのは分かってるでしょ。相性ってものがあるのよ」

「お前なら出てきてくれると思って、俺は信じていたんだぜ」

「5回ぐらい死んだあたりでもう来ないって思いなさいよ、バカね。結局ほんとうに行くはめになったじゃない」


 エルフは一度死んだあと、今の俺のように大事を取って、なかなか前線に復帰しなかった。

 1回死んだくらいで出てこないのはおかしいと俺たちは仲間内で話し合っていた。ひょっとしてエルフの性格的に、自分がミスしたことを気に病んでいるせいじゃないかと思った。

 これ以上ミスしたら、本当に編成から外されるのではないかと怯えていたんじゃないか。

 俺は、勇者が戦場で死ぬのは当たり前だってことを伝えたかったのだ。世の中に取り返しのつかないミスなんてない、割となんとかなるもんだ。


 まあ、けっきょくのところ、俺の勘違いだったわけだけどな。

 じつはエルフを召喚した召喚師は、彼女1人しか勇者を召喚できなかった弱小召喚師だった。

 貧乏なのだ。一度死んだだけでも召喚師に大きな負担がかかる。なのであんまり無茶ができないだけだった。


 けっきょく、エルフが前線に復帰して雑魚を散らすことで、ボスは倒せた。いやー、助かったわ。


「……バカじゃないの。勇者が戦場で死ぬのは当たり前じゃない」


 チート級エルフは苦り切った顔をしていた。うむ、俺の伝えたいことはよく伝わったみたいでなによりだ。


「ああ、死ぬのは当たり前だろ、俺が死ぬのも当たり前じゃないか。だったら俺のことに口出すなよ」

「呆れたわ。ディップ、もしこの先私に何があっても、みんなの足を引っ張るようなことはしないでよ」


 そう言って、エルフも飛ぶような速さで丘を走っていった。

 エルフが消えた後で、俺はその辺の石ころを蹴っ飛ばしたり、「足を引っ張ってんのはどっちだよ」と声にできなかったうめき声をあげたりしていた。


 やがて仲間たちの姿も、すべて砂丘の向こうに消えた。

 そのとき、地面を揺すぶる大爆発が起きた。

 じりじり、と視界が真っ赤に焼け付き、空まで嘗め尽くすような炎が舞い上がった。

 めちゃくちゃデカい火炎弾が視界を割って、真っすぐに山頂の城に向かって飛んでいった

 真っ白い城はその火炎弾の直撃を受けた。窓という窓から火を噴いて、一撃で半分以上が崩落した。


「マジか……」


 すぐに仲間のところに向かうべきかと思ったが、勇者たちよりも召喚師の方が心配だった。

 向こうにはチート級勇者たちが揃っているが、召喚師は俺なんかを召喚したあの甘ちゃんのことだ、1人で生きる術なんかとくに持たないだろう。

 それに、俺たち勇者を元の世界に帰還させることができるのは、召喚師だけだ。


 俺は召喚師をまもるために、城に戻っていった。

 山道を駆け上っていく途中、背筋にぞくり、と寒気を感じて振り返ると、砂丘の向こうに仲間の姿はなかった。

 それどころか、城の南面には異世界勇者たち本隊が10師団はひしめいていたはずだが、綺麗さっぱり消えてしまっていた。

 かわりにそこにいたのは魔王軍であった。


 平地一面にずらりと並ぶ怪物たちが、みな漆黒の番傘をさしている。

 背筋をぴんと伸ばして、真っ黒い高下駄を揺らし、優雅な仕草で地面をなぞりながら、一歩一歩前進してくる。京都の花魁さんみたいにもったいぶった歩き方だった。

 視界に表示されるステータスを確認すると、いずれも現地の魔導師たちである。総勢50万にも及ぶ魔導師の行進であった。

 先頭にいるのは、みこしに担がれた女……刺毒姫アリスフォン=ヴェートラーナ。緑色に光る眼を持っているのは、魔導師を束ねる《大魔導(メイジ)》の証だ。

 その目が、俺みたいに数キロ先でも相手の顔を認識できるのかは分からない。山道を登っている俺に気づいて、嫣然と微笑んだ。


「おや、1匹仕留めそこなったか……しばしの間、眠っておられよ……勇者どの」


 ヴェートラーナの手から目映い光が放たれた。

 かと思うと、俺はそのまま意識を失った。


 で、現在に至る。


 目を覚ますと、再び同じ森にいた。

 周囲にはゴブリンの骨が散らばっていて、まるで地獄のように殺伐とした景観になっていた。

 けれども塔の前から移動はしなかった。ここから動くとちびエルフが来てくれないのではないか、と不安だったのだ。

 エルフってのは来てくれると思ったら来なかったり、来ないと思ったら来たり、本当に気まぐれだからな。

 俺はウェアシャドの毛皮で作った毛布をかぶって、木陰でゆっくり昼寝をしていた。

 昼ごろになって、ちびエルフはみょんみょん、と耳を揺らして現れた。


「ウェアシャドあんま旨くなかったぞ」

「だれが食べろと言ったの?」


 ちびエルフは呆れたような息をついた。

 なんだ、やっぱりそうか。

 てっきり狩りの方法を教えてくれたのかと思ったよ。

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