第十三話 若き森の民
翌朝、ディアナに起こされヴィクターは身支度を整える、どうやら危険はなかったようだなと一安心であった。
キアランとリリーが離れている隙に、ヴィクターはディアナを引き寄せていた。
「おはよう、なに、寝ている間寂しかった?」
「はい、ですから少しだけ」
「はいはい」
「ディアナの方は、特に問題無しですか?」
「ええ、平和だったし、リリーが暖かくて見張りの間もぎゅーってしてたわ」
「それは羨ましい」
「……どっちが?」
「ディアナに抱きつかれる方が、ですよ」
「もう、しょうがないわね」
「朝から見せつけてるんじゃネー!」
抱き合っているとリリーが近づいてきたので仕方なく離れ、身支度を整えた。
「隙あらばイチャつかないとダメなのカ? 呆れるヨ」
「そうではないんですけど、つい……」
「ついね、ごめんごめん」
「アタシなんて朝からブン投げられたのニ!」
「なにしたのよ」
「襲いかかったダケ、酷いよネ」
キアランはいつもの事だと、反撃も慣れていたらしい。
リリーもそれはわかっているのか、なんだか楽しそうではった。
ヴィクターは昨晩の会話を思いだし、キアランも本当は素直になりたいが戦士としての矜持がそれを許さないと知っている。
長く続いている彼らの関係には口を出さず、見守る事に決めていた。
昨晩と言えば、ディアナとリリーも何かあったのか、妙に仲良くなっているような気がしていた。
「さて、今日中にウィリンゲール方面に着けばいいのですけど」
「何事もなければ、夕刻にはたどり着くだろうさ」
「今日もよろしくお願いしますよ、キアラン」
「まかせておけ」
元々リリーは案内役ではなかったが、すっかり馴染んでいた。
リリーに案内料は必要ないが、ヴィクターはキアランに少しだけ金銭を渡していた。
キアランは最初、受け取ることを拒否したが、兄からの餞別だと言えばしょうがないと受けとっている。
「ウィリンゲール側の開拓地で、二人で食べるくらいは渡しておきますよ」
「うぅむ」
「誘いにくいのはわかります、僕を口実にでも使うといい」
「……そうさせてもらおう」
一緒に案内や見張りをした礼とでも言えばいいと、二人の内緒話は終わった。
リリーやディアナは後ろの方で何やら話しているが、上手く聞き取れない。
こちらの話や、夜での事も聞こえてなければいいのか、聞こえていた方がよかったのかはヴィクターには判断が出来ない。
二人が上手くいきますようにと、願うばかりだった。
「ネー、お兄ちゃん」
「どうかしました?」
「今更なんだけど今回のお仕事ってどこに行くのサ」
「まずはレーベルク、都市同盟の中央商会で荷物を受けとる事しか聞かされていないので、どこまで行くのかわからないんですよね、物資はレーベルクで揃えればいいので一ヶ月以内の距離なら問題は無さそうなんですけど……、少し怖いですね」
「何かあるのか?」
「元々は父宛の依頼だったんです、それが、急にこちらに来た感じでしょうか、案外厳しいのかもしれません」
「確かに、あの人への依頼は無茶が多い、簡単と言われても怪しいな」
「でしょう? まぁ、こちらの実績に繋がるのであればいいのですけど」
「運び屋の実績か、やはり上がった方がいいのか?」
「僕の価値が上がればそれだけ報酬を高く出来るんですよ、高くて難しい仕事を受けられれば生活は安定しますし」
「運び屋で安定するノ?」
「しますよ、でなければやってる人は居なくなります、我々にしか出来ない事仕事だってあるんですから」
「そうじゃなくてサ、生き延びるの大変じゃないノ?」
「その為にディアナと共にいます、二人なら、生き延びられる機会も喜びも増えますからね」
「熱いネ、ディアナも嬉しそうジャン」
「ま、まぁね、なんだか恥ずかしくなるから私の話はナシよ?」
「むぅ……、ディアナもなんだかんだで…………ン? キアランッ!」
リリーが武器を取り出した瞬間、前方で地響きのような音が聞こえてきた。
キアランやディアナも武器を構え、辺りの様子を見るが今のところは変化がない。
「何が落ちたと思う?」
「あんまり遠くないケド、多分虫ネ、叫び声がしないから
「上で戦闘でもしたか、間抜けか……、獲物の可能性もあるな」
リリーが指笛を吹き、頭上から魔獣が飛び降りてくる。
その魔獣とは
「見てくル、キアランは下から、ディアナはお兄ちゃんと一緒に」
「任せろ」
「わかったわ」
木の上では他の魔獣や葉を食べて生活しているが、希に落下し、地面の生き物に襲いかかる時がある。
リリーに頭上を警戒してもらいながら進むと、予想通り甲殻虫に襲われた一団がいた。
ドルイドの案内人が応戦しているが、落下時の被害が大きいのか負傷者が何人か見えていた。
「物資の運搬中に襲われたのか、あれは開拓地の商隊だ、リリー!」
「はいヨ!」
キアランは地面の石を拾い上げ投石紐で甲殻虫の頭に思いきりぶん投げていた。
狙った所に飛ばすのは至難の技だが、キアランなら出来る。
甲殻虫に当たった石は良い音とともに砕け、こちらの存在を教えさせる事に成功していた。
キアラン続けて石を放ち、甲殻虫の頭に強烈な衝撃を与えていた。
流石に鬱陶しいのか、甲殻虫は威嚇しながらこちらに接近してくるが、その動きは早いとは言えない。
甲殻虫は異様に早いカマキリのような腕で、待ち構えながら戦う魔獣であり、正面から襲ってくる敵が多い木の上だからこそ戦えるが、小さく逃げ回る相手には不向きな体だった。
それでもヒトにとっては驚異的である事に代わりはない、両腕に捕まれば一撃で両断されるだろう。
その証拠に、甲殻虫の両腕と口元には赤い血のようなものも見えていた。
「ふん、甲殻虫なんぞ何体も倒してきた、さぁかかってこい!」
キアランの気迫は未成年のものとは思えないほどの迫力であり、動きは見切っていると言わんばかりに甲殻虫の攻撃を受け流し、胴体と脚の付け根に槍を深く突き刺した。
そのまま後ろに走り抜け、甲殻虫が振り向こうとした瞬間に頭上から鷲獅子が襲ってくる。
攻撃の衝撃で槍は更に深く刺さり、その脚はもげていた。
動きが止まったところに二人は攻撃を加えようとしたが、それよりも早く動いていた者がいた。
ディアナである、彼女は自慢の特大剣を構えており、この隙が出来る瞬間を待っていたのだ。
その動きはキアランやリリーよりも素早く、一瞬で距離を詰め、甲殻虫の堅さを無視するような一撃を放っていた。
それは綺麗な切り口であった、誰もが特大剣の一撃で斬られたモノとは思えないだろう。
剣は青白く光っており、精霊の加護が働いていたのがわかる。
剣の軌道を示すような光の残滓が漂っており、その一撃が普通ではなかったのを物語っていた。
「意外と脆いのね、ちょっと本気出さなくてもよかったわ」
そう言い放つディアナに、キアランとリリーは呆然とするのだった。
……
散らばった物資やら遺体、甲殻虫の残骸などを集め終え、商隊は一先ず生き延びることができた。
元々いたドルイドの護衛が救援用の狼煙を上げたので半日もすれば大丈夫だろうと、ヴィクター達はその場を離れていた。
「それにしても、大きかったですね、あの虫」
「そうネ、あの大きさだと多分落ちたんだと思うヨ」
「落ちた?」
「あの様子だと落ちた所にたまたま商人達が居たって感じの事故カナ」
「珍しい事だが、全く無いわけではない、今回はディアナのお陰で助かった」
「そう? 二人でも倒せてたでしょ」
「イヤイヤ、あんな風に倒すのはディアナだけダヨ、強いって思ってたけど相当だネ」
「全くだ、その剣も含めとんでもないぞ」
ディアナの特大剣は、霧の谷工房で作られた物だと教えてくれた。
霧の谷工房の噂は、遠方のヘケアでも聞いた事があるとキアランは少しだけ興奮していた。
数々の伝説を残した文明圏、キングスバレーの中に存在し、数少ない魔法使いとその弟子達が武具を作り、ドワーフが量産をしているという噂だという。
「こ、これが上位精霊製法の剣! すごい!」
「やっぱり知ってる人は知ってるのね、工房の事」
「武器の事が好きな人くらいだヨ、アタシは知らないし、お兄ちゃんは?」
「キングスバレーなら父から聞いたことがありますが、武具の事はさっぱりで」
「ダヨネ」
「俺も商人から聞いていた程度だが、正直実物を見るまで疑っていたまである、ディアナに出会えたのは光栄だな!」
「そんな大袈裟な」
「大袈裟だとも、甲殻虫を斬り飛ばす、これがどれだけの事か本人には解らないかもしれないが、ヘケアの中をどれだけ探しても出来る者はいないだろう」
「そうダネ、もしかしてディアナの近くに同じような事出来るヒトって多かったノ?」
「三……、いや二人かな」
「相当だな、やはりキングスバレーは一度行ってみたいな」
「行かない方がいいわ、ロクな場所じゃないし」
そう言い放ったディアナの表情は暗い、あまり言いたくない事なのかもしれないとキアランは謝っていた。
「すまない、詮索するわけではなかったんだが」
「いいのよ、憧れは誰にでもあるもの、正直あんなのよりもこの子とこの森の方がよっぽどいいわ」
この子とは、リリーの鷲獅子だった。
鞍の上にはリリーとディアナが乗っており、鷲獅子は優雅に歩いている。
「鷲獅子、思ったよりも可愛らしいですね」
「アタシの相棒ヨ、いいでしょう?」
「気に入ったわ」
ディアナは鷲獅子の首もとをよく撫でていた、触り心地が良いらしい。
釣られるようにヴィクターも触ってみると、鷲獅子は少しだけ逃げるような素振りを見せた。
「どうしたのでしょう?」
「お兄ちゃんの触り方がなんか、気持ち良すぎてダメなんだって」
「えっ」
「わかるわ、それにやられたもの」
「これが、お兄ちゃんの力!?」
「おのれヴィクター」
「えぇ……」
リリーのように、邪神の加護があればその魔獣とも話が出来る。
周りには全く聞こえない為、姿は見えなくてもある程度の距離ならお互いに会話する事も出来る様だった。
そういえばアスラクも地竜と会話していたなと思い出していた。
道中はリリーを通じて鷲獅子とも簡単に話す事は出来たが、鷲獅子には妙に警戒されてしまっていた。
撫でる事は許してくれなかったが、嫌いではないらしく側には居てくれていた。
ヴィクターを乗せてくれる事はなかったが、再び木の上に戻る前には名残惜しそうに鳴いてくれたのだった。
余談だが、リリーの鷲獅子は雌であった。
魔獣すら泣かせるのかとディアナは微妙な顔をしていたが、ヴィクターは聞き逃す事にしたのだった。
……
空が茜色になる頃に、ウィリンゲール側の開拓地に着いていた。
こちらは森の外側に町ができており、あまり大きくはない。
アグアノス方面からレーベルク文明圏へ向かう者は多いが、逆は街道が出来るまでは少ない。
アグアノスの南の文明圏からレーベルクに向かう道は少ないが、海を使えば話は変わっていく。
行きは陸路、帰りは海路で遠回りしつつ商売する、そんな行商隊が多いのだ。
街道が出来れば陸路での危険性が減る、それはとても大きな事で、お金の掛かる海路を使いたくない者も多くいるのだった。
「キアラン、リリー、ここまでありがとう」
「なに、いつもの事だろう?」
「それにまだ夜があるヨ、泊まっていくんだヨネ?」
「そうですね、森で燃料や食料も使いましたから、補給と休憩の為に一泊、その後は馬車でウィリンゲールです」
「じゃあ宿探しね、酒場とかと一緒の宿ってあるの?」
「もちろんある、では案内しよう、ヴィクターも知らない場所なのでな」
「アレ? アタシは帰れって言わないの?」
「あのな、ここでお前に帰れというほど空気が読めん訳ではないぞ、いつもとは違う、そうだろう?」
「二人がいるもんネ、じゃあ行こう!」
そう言ってリリーはキアランに抱きついていた。
キアランも今日の夜だけは素直になるらしく、投げ飛ばすような事はせず、歩きにくそうに進んでいき、目的の宿を目指すのであった。
その夜は、四人で大いに盛り上がっていた。
キアランやヴィクターの思い出話や、ディアナの旅の話、リリーの森の話など話題は尽きない。
「む、なんだこれは? 飲みなれない味がする」
「お酒」
「リリー! お前!」
「みんな飲んでるッテ、ドルイドの規則守ってるのキアランくらいダヨ」
「わかっている、だが規則があるという事は定められた理由というものもあるという事だ! 全く……」
「盛り上がってきてますけど、僕らはそろそろ休みますよ、明日の馬車の時間もありますから」
「わかった、俺は少しリリーに話があるからまだ休まんが」
「アタシもあるヨ」
「そうですか、ではまた朝に、おやすみ」
「オヤスミー」
「また朝に」
なんとなく面白そうな予感がするなと、ヴィクターは感じたが眠そうなディアナを支えながら部屋へと向かっていた。
歩きながら、寝惚けているディアナの顔を見たヴィクターは少しだけ悪戯したくなっていた。
耳元に口を寄せ、何を呟くか考え始める。
「やっと、二人きりですね? そのまま寝惚けていると大変ですよ」
「んっ……、大変なのはどっちかな」
「え」
「やっと、二人きりだもんね!」
ディアナは演技をしていた、それに気づいた頃にはヴィクターは持ち上げられ、部屋へと連れ去られてしまう。
「ふふっ、顔が近付いただけでもドキドキしちゃったもんね、ヴィクターにお返ししなきゃ、でしょ?」
「お、お手柔らかに……」
「やだ」
二人の夜は、これから始まるのだった。
……
翌朝、ディアナがガッチリと捕まったままヴィクターは目を覚ました。
今日は馬車で移動する日でよかったと安堵しつつ、ディアナの髪を撫でていた。
急ぎでもなければ静かに髪を撫でて起きるのを待つ、この時間が大切で、大好きだとヴィクターの顔は自然と緩んでいた。
「んっ…………、ぁれ、もうあさ?」
「そうですよ」
「もうちょっと続けてほしいかな」
「もちろん」
「ありがと、大好き」
「僕もです」
二人とも甘えん坊であるせいか、こうなると長い。
目が覚めたのが早くてよかったと、二人は起きてからもベッドの上に居続けた。
いい加減準備しなくてはいけないというギリギリの時間までゆっくりしていると、宿の一階の方から大きな声が聞こえてきた。
内容まではわからないが、なにかを賑やかで、楽しげな声でもある。
何事かと身支度を整えて一階に向かうとそこにはドルイドの民、クーシーの民で何やら盛り上がっているようだった。
「何事だろう?」
「さぁ?」
「おお! 起きたかヴィクター、すまんが助けてくれ!」
そう声をかけてきたのはキアランだった。
特に嫌そうという訳でもなく、妙に晴れやかで、満足気な顔である。
声は必死さを出そうとしているが、どこか浮わついている。
「……おめでとう、キアラン」
「待て! まだなにも言ってないぞ!」
「兄として言うことはただ一つです、おめでとう」
「ん、そゆことね」
「おい、ディアナにもわかるのか?」
「その顔を見ればわかるわ、達成感に酔ってる感じ、ヤッた顔ね、おめでとう」
「何故皆わかるんだ!?」
「そういう反応をしているからですよ」
「……アタシも恥ずかしいヨ」
そう言いながらリリーも近寄ってきた。
キアランのせいでバレたらしく、知り合いに一気に広まったという。
話を聞き付けた連中は面白がって宿に集まり、朝から盛り上がってしまったらしい。
キアランもやはり男だと、誘いには勝てないらしいと皆が茶化していた。
「……、俺は何も言ってないんだぞ!」
「でも、わかるものはわかるのです、そういうものなんですよ……、くっ、くく……」
「くそっ、兄ちゃんもその笑いを堪えるのをやめろ!」
「いやぁすいません、キアランは複雑でしょうが素直になれたのは僕も嬉しい、この森で明日会えなくなるのも珍しくはないでしょう?」
「それは、そうだけど! でもなんか、こんな朝は望んでなかった!」
「でしょうね、くっくっくっ、ダメだ、面白すぎる!」
笑いを堪えながらディアナの方を見れば、リリーと嬉しそうに抱き合っていた。
やはり森の中で二人も何かあったのだろうと、キアランを放置して二人の近くに寄っていった。
「リリー、キアランに粗相はなかったでしょうか?」
「粗相しかないネ、しょうがないケド」
「彼なりに真面目なのはリリーもわかっていたでしょう、でも、どうやって本音を聞き出したんです?」
「お兄ちゃんのおかげ、盗み聞きしてたといえばわかるよネ?」
「なるほど」
「本当はどう思っているのかハッキリと聞くまでは不安だったケド、お兄ちゃんのおかげで聞き出せたし、踏み切れたヨ、アタシも臆病ダネ」
「そんな事ない、そういう不安はみんなあるもの」
「ディアナも?」
「結構悩んだし、私もヴィクターの優しさがなかったら此処にいなかった、付き合いは短いけど言葉以上の会話はしたし、お互いの気持ちがわかるまではやっぱり不安だったよ」
「なんか、よくわからないネ」
「そうね、口に出して言おうとすると難しいわ、でもヴィクターはわかるわよね?」
「そうですね、でも僕もディアナも、アグアノス前で語った時の事が大事だったんだと思います、リリーには話していませんが、とても大事な事だったんです」
「泣くとは思わなかったけどね」
「僕もです、でも、それでも僕はディアナと歩きたかった」
「そうね、それでも私は一緒に行こうって決めたもの」
深くは語り合わなくても、二人には大事な事。
お互いの事情ではない、それでも、そう言ってくれる相手を待っていたんだと。
「ディアナ……」
「ヴィクター……」
二人の目には、二人しか映らない。
惹かれ合うように身を寄せ、二人の鼓動が重なる。
「お前らいい加減にせんか! リリーが対抗するだろうが!」
「……ダメ、なノ?」
「ダメではない!」
キアランの態度は相変わらずだが、それが二人にとって良い空気とも言うべきか。
いつも通りの空気に戻ったが、キアランとリリーの見えなかった距離は明確になり、お互いに近くにいるという事を再認識していた。
その後は宴会のような朝食になったが、皆が二人の事を、若き森の民を祝福していたのだった。
……
馬車乗り場で、キアランの仕事は完了する。
リリーは仕事があると、乗り場に着く前に別れていた。
ウィリンゲールまで行く馬車を眺めながら、森での三日間は楽しかったなと、ヴィクターは呟いていた。
「アグアノスへの帰り道で、運が良ければまた案内を頼みますよ」
「兄ちゃんがそれをいうのか?」
「ええ、これが最後という事もあるんですから」
「いつもそう言ってるけどね」
「いつも言いますよ、そういう覚悟です」
「じゃあ、兄ちゃんがそうならないように頼むよ、ディアナ」
「勿論よ、あなたもリリーを泣かせないようにね?」
「ちょっと、自信ないな」
「せめて格好くらいつけなさいよ」
「性分なんだ、うん、それじゃあ気を付けて」
「キアランもね」
別れを告げ、二人は馬車へと乗り込んだ。
これから向かうはレーベルク都市同盟の中央、レーベルク文明圏。
アグアノスとレーベルクの境界都市であるウィリンゲールである。
アグアノス側からの交易品をまとめ、都市同盟各地への街道もある。
同盟の防衛部隊が迅速に移動できるようにと街道も整備されており、レーベルク文明圏はハリルトンと並ぶほど安定した道中になるだろう。
荷を運ぶのは中央商会に着いてからなので、道中は安全と言っても過言ではなかった。
気づけば開拓地からは離れ、ヴィクターとディアナは平和な道中を楽しんでいた。
「そういえば、荷はわかっているの?」
「書かれていなかったのでわからないんですよ、着いたら目的地も含めて確認することになるので、準備はレーベルク中央商会、または都市議会に着いてからでしょうか」
「都市議会?」
「都市同盟に参加している文明圏から文官達を集めている場所です、元々父への依頼ですから、議会からの依頼という可能性もあります」
「セドリックさんだっけ、凄い人だってみんな言うわね」
「実際、父の功績は凄まじいの一言です、あれほどの仕事をどうして悪口を言いながらやっているのかと聞けば、誰もやらないから俺がやるしかないと、そう言ってました」
「やらない仕事というよりはセドリックさんしかやれない仕事っていう感じね」
「でしょうね、公になっていない仕事も山ほどあるでしょう、思い返せばアレも仕事だったのではと、僕との旅の事もそう思います」
「なんだか複雑ね」
「ですが、父の仕事を代わりにやれば僕の評価も上がるでしょう、セドリックという男に頼むはずの依頼を僕がやるというのは、ちょっと怖いですが見返りは大きいはずです」
「あれ、でも組合の人が難しくないとか言ってなかった?」
「ですね、でも実際何が起こるかはわからないんですから、気を引き締めましょう」
「……着いてからね、まだレーベルクは遠いんでしょう?」
「そう……、ですね、すいません」
「今は荷もないんだから、のんびりしましょ」
「はい」
そう言っても、ヴィクターの内心は複雑だった。
僕に出来るんだろうか、父の代わりなど、本当に出来るのだろうかと。
評価が上がって高い仕事を貰うために必要な事だと頭を切り替えようとしても、父の事を考えてしまう。
今、何をしているんだろうと。
不安を誤魔化すようにディアナに寄りかかり、外の景色をぼんやりと眺めるのであった。
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