第十四話 議会城
中継都市ウィリンゲール。
中継都市という名前の通り、この都市はレーベルク都市同盟に加入している文明圏すべてに街道が繋がっている場所であり、入り口まで馬車を用意している。
へケアからの馬車を運営しているのもこの都市であり、レーベルク以外にも近隣の文明圏への馬車と街道の警備と道中の安全を守っているのだ。
この都市の付近には魔獣も少なく、地形の起伏も少ない。
平原のような場所に出来ており、都市に近づくほど中心部の巨大な時計塔を見ることが出来る。
通行人の休憩所ともなっているこの都市は「止まり木の街」とも呼ばれていた。
ヴィクターには見慣れた光景だが、ディアナには新鮮な光景であり、はしゃぎたい気持ちを押さえているようにも見えた。
「珍しいですよね、あれ」
「うん、時計塔なんだっけ? すごいね、あんなに高い建物は初めて見たかも」
「高名な建築士と、空を飛べる種族の協力もあって出来た街だと聞いたことがあります、昔この辺りに住んでいた……、鳥翼族のヒト達がいるんですよ」
「うんうん」
「この辺りには目印になるような高い山も木もないですから、止まり木のようなモノを作って、休む場所を作ってあげたいってヒト達がこの街を、都市に変えたんですよ」
「…………うーん、飛んでるヒトの姿は見えないけど?」
「最近は別な場所に住んでいるみたいで、こっち側だとたまにしか見れないみたいです」
「それじゃあ、休む場所にはなれなかったの?」
「老人達の話では、初めの頃はよく交流があったみたいなんですが、都市同盟が結ばれて、この都市が中継都市として大きくなるにつれて数が減っていったみたいです、止まり木の街と呼ばれているのも昔の名残ですね」
「そんなことはないッ!」
ヴィクターとディアナが話していると、同じ馬車に乗っていた男性が割り込んできた。
「名残ではない、今でも彼らは昔のように休みに来る事があるんだ、ただ、彼らが大勢で来ないのは事情があるのです」
「そうなんですか?」
「そうですとも、都市同盟が出来てから様々な種族との交流が増えた、特にアグアノスとの同盟が結ばれた時にはこの街にゴブリンの商人だって来ることがある、彼ら鳥翼族は自分達の知らない種族を警戒し、大っぴらに現れない事にしていると聞きます」
「人見知りってこと?」
「そうともいいます、昔も仲良くなるまでには苦労したようです」
「ふーん、それで貴方はどちら様? 私はディアナ、こっちの彼はヴィクター」
「おっとすまない、私の名はニコラス、止まり木の街ウィリンゲールに派遣されている都市同盟の行政官です」
「あら、役人さんなの? 見えないわね」
手を差し出してきたニコラスは、役人には見えないほど体つきが良い。
身なりは整えており、役人と知るまでは似合わない服を来ている屈強な男性にしか見えない。
多少警戒しながらヴィクターは握手をすると、ガッチリと力強く握られるのであった。
「ところで、君はエルフで間違いないですかな?」
「ええ、ハーフエルフですけど」
「これはすまない、私はあまりエルフの方とは交流がないもので……、お二人は、仕事で街へ?」
「レーベルク、中央に向かう途中なんです、運び屋でして」
「おお、運び屋の方となるとアグアノス商会の方ですかな? エルフ族の方となるとその辺りしか想像が出来ないもので」
「商会は利用していますが、身元は組合、運び屋ギルドの所属ですよ」
「む、商会と組合は同じ組織だと思っていましたが、違うのですか?」
「ええ、商売と運搬は分けているんです、そうしないと、ちょっと問題もあって」
「不勉強で申し訳ないが、理由を聞くことは?」
「可能ですよ、アグアノスに住んでいるなら誰もが知っているかもしれない事ですし」
アグアノスは多種族の族長達がまとまって出来た街だった。
生き方や文化も違う種族が、周りの環境に負けないようにと。
昔の彼らは、お互いを助けるために各種族、部族から「運び屋」を選出し、情報の交換や物資の運搬を行っていた。
特に情報の伝達は大きな役割であり、昔の運び屋達は秘密を大量に抱えていることが多かった。
仕事柄、知らなくても良い事を知ってしまう事もある。
運び屋は独立した組織でなければ、市場を操作する事も可能になってしまうかもしれないといった様々な危険性があった。
運び屋組合は秘密を守れる者でなければいけない、要らぬ争いを避けるためにも。
情報は、良くも悪くも誤解を生む事がある。
その情報を運び屋達が有効活用する事は昔からあったが、現在までに大きな問題はない。
運び屋はよく死ぬ、情報の使い方を間違えた者は特に。
「商会の為にも僕らは秘密を守る、秘密にしろと言われなかったモノは有効活用しますけどね」
「たとえば?」
「そうですね、最近だと商人に、この場所はこういうモノを欲しがっているので売りに行けるとか、その土地で得たものはここで売れる、とかですね」
「見返りは?」
「商品を安く買えた、でしょうか」
「なるほど、個人ならこの程度だがアグアノス商会全体でこのように情報流したりする事を防ぐ、ということでいいのかな?」
「まぁそんな感じです、どこでも商売の為に嘘を流す、という事はあるかもしれませんが、正確な情報を元に行われるかどうかで影響も違うでしょう? 商会が運び屋の組合員を買い取ったという事もあったようですが、そういう事をしていると後ろから刺されますからね、死にたくなければ迂闊に売らないようにしないと、最悪買い手に殺されます」
「口封じですか」
「悪い事を知っているヒトは少ない方がいいでしょうからね、僕も仕事選びは気を付けないと」
「商会と分けるのも、安全のためという事ですか」
「お互いの安全のためにも、ね」
「……そうか、ヴィクターさんありがとう、アグアノスの運び屋を選ぶヒトが多い訳がわかった気がするよ、実績と信頼は何よりの武器だと」
「良ければご贔屓に、ですね、僕とは限りませんけど」
「参考までに聞きますが、組合が一部の利益のために情報を使い出したら、どうなるんですか?」
「あぁ、それはですね……昔あったみたいなんですよ、そういう事が」
「どのような結末に?」
「関係者は皆殺しにされました、そういった動きがあった時点で皆殺しです」
「誰が殺したんですか?」
「当時のヒト達はアグアノスに食べられたと言います、掟破りは頭からかぶかぶと食べられる、子供ならみんな知っている話です」
「つまり?」
「つまりもなにも食べられたんですよ、悪さするなら声も出さずに誰にも見えない場所でやりましょうねっていうだけです、まぁ、アグアノス内では無理でしょうね、必ず見ている」
「誰が?」
「アグアノスが、ですよ」
「……謎かけですね」
「そのまんまなんですよ、アグアノスでは隠し事は出来ない、僕らの一つの考え方では想像も出来ないモノがあるんです」
「それは一体?」
「単純な事ですニコラスさん、僕と貴方の見えているモノ、聞こえているモノは同じでしょうか?」
「えっ? 同じではないんですか?」
「恐らく同じでしょう、でも実は違うかもしれません、他の種族や部族の方なんかは特に」
「あぁ! そういう事ですか! わかりました、アグアノスに見つかるとはそういう事ですね?」
「ええそうです、僕らとは違う生き物がそこにいるんです、同じではないからこそ見つかる事も、解る事も多いと、父に教わりました」
「ヒトならと、考えてしまうところでした、なるほど……」
ニコラスは納得したと笑顔になった途端、なにかに気づいたように表情は暗くなっていった。
「……どうかしたんですか?」
「いえ、私は種族が違っても同じヒトであると考えてきた事が多いのです、アグアノスが加入したのは私が生まれる前です、ですから当時の問題も知らず、同じ土地に生きる民だとまとめてしまう事が普通でした、よく考えれば私はまとめる事で他の種族の事を知ろうとしなかったのかもしれません」
「同じ種族でもいろんなのいるでしょうに……」
「その通りです、ですが同じ場所で暮らしていると、であるならばと、ある程度の当たり前は通じてしまうと思ってしまいます、同じ街のヒトならとという常識として」
「なんかややこしい事言ってない?」
「すいません、えぇと……、つまりはですね、向こうが我慢している事があってもそれが当たり前と思ってしまったと言いますか、肉体的な違いを無視したと言いますか」
「体に似合わず、単純に考えないのね」
「頭を使うのは、実は得意ではありません、私はただ仲良く、ご飯食べたいだけで役人になったものですから」
「それは……、よくなれましたね」
「頑張りました」
「そこは単純ね……」
ニコラスは素直な男であった、このウィリンゲールの来た理由も、また鳥翼族が来れる街にしたいと考えているからだと語ってくれた。
「私が彼らに出会ったのは子供の頃です、あの美しい声と姿は忘れられない、そんな彼らの居場所を作ろうとした昔の方の気持ちが、大人になってわかったような気がしたんです」
「一時的にとはいえ、来てくれた彼らがどうしていなくなったのか、その理由探しですか?」
「ええ、街に何かしらの問題が出来たのだと、私は考えていました、彼らに会って話すことが出来ればいいのですが……、私一人では何もできません、へケアの開拓地にいけば誰かと会えるかもしれないと思ったのですが、会う前に私の休暇がなくなってしまいました」
「役人は時間に縛られて大変ね」
「確かに大変ですが、街を良くしたいと思う誰かが行動しない限り変化はないと信じています、たとえ私一人であろうとも」
「凄いわね」
ニコラスの熱意は伝わってきた。
純粋に街を良くしたいという願いも、憧れも。
しかしヴィクターには引っ掛かる事があった。
「…………んん?」
「どうしたのヴィクター?」
「ちょっとした疑問なんですが、鳥翼族の方ならアグアノスに沢山居ますよ? というか、自分達の知らない種族を警戒し……という話は初耳です」
「それは本当か!」
「嘘をつく理由がないです、確かめたいのであればアグアノスに行ってみては?」
ヘケア大森林を越えなくてはいけないが、ニコラスなら平気そうであった。
役人とは思えぬ体つきは、何かしらの体術を学んでいるのだろう。
「飛べる彼らならウィリンゲールまで近い筈では……」
「考えるとすれば、アグアノスからヘケアを超えるとなれば大森林の上、大型の虫や魔獣の縄張りに侵入する事になるので結構迂回するでしょうから近くはないかと、あとは、アグアノスに物が集まるから遠出する理由がないのかもしれません、真相は不明ですが」
「やはり、一度アグアノスに……、だが……」
「何かあるの?」
「私はウィリンゲールの、いやレーベルクの行政官なのだ、アグアノスに行くだけでなにかしら誤解させる可能性もある」
ニコラスは苦笑いしていた。その事情は都市同盟に所属している者でしかわからない話かもしれないとヴィクターは考えていた。
アグアノス文明圏は開拓圏も含めヘケア大森林の境目まで。
ウィリンゲールは中央、レーベルク文明圏の所属である。
都市同盟で結ばれていても他の文明圏の干渉になりかねないと、そういう事に繋がる可能性があるのだ。
「……、役人一人でそんなに大げさになる事?」
「些細な事でも政治にとっては大きな事に繋がる、都市議会の議題には上がりたくないのでね、ただの旅行でも護衛と監視が必要になるのだ、この場合はだとレーベルクとアグアノス以外の同盟員がね」
「結構窮屈ね」
「仕方がないが何もしてないと言葉だけでは信用に繋がらない事もある」
「それは、確かに……でもそういうのが気にされるって事はニコラスさんって実は偉いヒト?」
「さて、それはどうだろうね」
「はぐらかすのが答えているようなモノじゃない……」
ディアナがそう言い終える頃に、馬車の動きが遅くなっていく。
ふと外を見れば、ウィリンゲールの都市内に入るところであった。
……
馬車から降り、ニコラスとはそこで別れる事になった。
何気なく彼の背中を見送っていると何人か頭を下げるヒトを見る事に。
「一応偉いヒトなのね」
「そうみたいですね……、さて、僕らは宿でも探しましょう」
馬車乗り場から人混みを避けるように歩き出した二人だが、どこに行っても人混みだらけだった。
どこを見ても歩き回る人で溢れており、なかなか落ち着ける場所が見つからないのである。
「ヴィクターは何度か来てるんでしょ? 良い場所知らない?」
「知ってはいるのですが、なかなか進めませんね……、というかちょっと景色違いますし、人混みの量も昔来た時より増えているような気がしてきました」
「問題も多そうな街ね……」
この街は都市同盟全ての文明圏に向かう事の出来る平原の中心地に存在している。
中継地点としては優秀だが、のんびり散策が出来る程落ち着いた街でもない。
市場は物で溢れ、噂も集まってくる。
ヘケア大森林の街道が出来上がればアグアノスからの交易品も集まるので、今後も都市同盟の中心地として更に拡大していく事だろう。
「ねぇ、レーベルクって此処よりも大きい街なの?」
「いいえ小さい街です……、例えを言うのであれば、ウィリンゲールが城下町、レーベルクが城という感じですね」
「一つの街並みにデカい城と考えればいいのね、じゃあ近いの?」
「近いですよ、馬車で明日の朝出発すれば昼には着くでしょう」
「だったらもう向かうのもいいんじゃない? 向こうで宿取れば朝ゆっくり出来るし」
「今からだと深夜になるかもですが……、運よく早い馬車に乗れれば別……かな?」
「じゃあそうしましょう、このままじゃ人に溺れそうだもの」
幸いな事に馬車乗り場は近い、二人はレーベルク行きの馬車を見つけ乗り込んでいった。
ウィリンゲール内では馬車専用の道が用意されており、人混みの中を無理矢理進む必要はない。
他の都市から来るヒトは便利な道だと横切る事もあるが大抵は近くの街の人に注意されていた。
希に問題は起きるが馬車から見る分には平穏な街でもある。
レーベルク行きの馬車にはヴィクターとディアナしかおらず、寛ぐ事が出来た。
「こういうのんびりとした旅もいいわね」
「確かに」
「ヴィクターも旅人になって目的地も決めず歩いてみない?」
「お金はどうやって稼ぐんです?」
「そこはほら、護衛とか……、今みたいに運び屋?」
「運び屋は組合の信頼があって成り立ちます、見知らぬ誰かに財産を預けるお人好しは多くないんですから難しいですよ」
「昔は冒険者も組合があったって話だけどね、なんで無くなったのかしら?」
「アグアノスの酔っ払いが何か言ってた気が……、そうだ、確か仕事が成り立たないからとか言っていた気がしますね」
「仕事?」
「どんな仕事が出来るかわからないから街の依頼は力仕事ばかり、魔獣相手は各文明圏の防衛隊が対処住み、開拓圏は傭兵達が一杯と、結局専門家達に依頼するので冒険者の仕事なんてなくて、近くに文明圏がなく、開拓もままならない地域しか冒険者の居場所はないみたいですね」
「未開圏での探索業が今の冒険者ってわけね」
「報酬は発見された場所の価値や物次第、危険しかありませんね」
「それを聞くと良いこと無さそうね、お金貯めて馬車で旅行するのがいい暮らしって感じね」
「ディアナは旅人を長くしてきたのですから、少しくらいのんびりするのもいいのでは?」
「仕事に向かってる最中でも十分のんびり出来てるわ、でも……そうね、これが終わって報酬が出たら美味しいご飯でも食べながら帰りましょう!」
「いいですね」
他愛の無い話をしているだけでも時間は過ぎていき、ウィリンゲールからは既に離れていた。
遠くに見える巨大な時計塔を背に、正面方向には山と大きな城塞。
議会都市レーベルクである、都市同盟の中心だ。
「……確かに城ね、平原から攻めてくる敵に備えて見張り塔もすごく高い、ヴィクターは何回か来てるんだっけ?」
「中には何度か行きましたがいつも宿の中です。仕事の依頼を受けて同盟本部、
「議会城ってあんまり聞かないわね、お役所仕事してる場所なんでしょ?」
「そうらしいんですけどね、僕も詳しい事はよくわからないんですよ」
月が輝きだし、城門の輝石が道を照らす時間となった。
街は静まり返り出歩くヒトは多くない。馬車に乗るヒトが少ないのも納得な程息苦しく、騒げるような雰囲気ではなかった。
この街には酒場はない。酒が売っている場所はあるが馬鹿騒ぎ出来るような場所はないのだ。
ヒトの話し声が少ない街ではディアナも居心地が悪そうに静かにしていた。
喋るのが駄目な訳ではないが、静寂が支配しているような夜に声を出すのはなにか悪い事をする気分に襲われる。
「ヒトの住んでる空気とは思えないわね、宿に向かいましょう……」
小声でおっかなびっくり喋るディアナは少し新鮮で、ヴィクターは笑みを浮かべてしまった。
ディアナは少し拗ねた様子でヴィクターの肩を叩き、静かに抗議していた。
改めて彼女と一緒でよかったと、ヴィクターは逃げるように小走りで宿に向かう。
宿に着く頃には二人は笑顔で少し息を切らしていた。
長耳のベアラー 汐月 キツネ @kitsunekitsune
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