第二遠征 レーベルク都市同盟編

第十話 アグアノス北部開拓圏へ

 そろそろ次の遠征に出なくては運び屋組合から怒られてしまうと、ヴィクターはアニスの元へ来ていた。


「やっと仕事をする気になった?」

「はい、今どんな依頼がありますか?」

「ヴィクターにやらせたい仕事なら、こんなところね」


 そう言ってアニスは書類を渡してきた。

 組合に報告したワインの運搬、魔剣と聖剣の運搬等の仕事をしたせいなのか、秘匿性の高い仕事が多く、具体的な運搬物はすると決めなければ教えてもらえないようになっていた。


「……運ぶ物を俺達は選べない、ならば行きたい方へ行け……か」

「よく覚えてるわね、セドリックさんの言葉」

「そういうアニスこそ、まぁ口癖でしたからね」


 リストの項目にある、運搬予定地で仕事を選ぶ事にしたヴィクターは再び書類に目を通していた。


「そういえば、最近父はここに来ました?」

「いいえ、でも、報告なら受け取っているから仕事はしているようね」


 話をしながら悩んでいると、後ろから声をかけられた。

 今回から相棒になったディアナである、彼女の希望も聞ければと思ったがこの書類は組合員以外に見せてはいけないのだと苦笑していた。


「おはようヴィクター、行先は決まった?」

「悩んでいますよ、遠征も二回目ですし、まだ勝手がわかりません」

「と言ってもセドリックさんと旅ならしてたじゃない」

「それとは違いますよ、特にハリルトンでは酷い目に遭いましたから」


 ふと、ヴィクターの目に留まった項目があった。

 それは『レーベルク都市同盟』という名だ。

 アグアノスも所属しているこの都市同盟は、文明圏同士の交易と防衛を目的とした同盟であり、六都市の文明圏がこの同盟に所属している。

 その同盟の中心都市となるレーベルク、都市議会からの依頼が紛れ込んでいた。


「……アニス、これはなんですか?」

「アグアノスの運び屋に任せたい仕事があるっていうレーベルクからの要請よ、同盟の運び屋組合の本部もここだし、貿易を指揮しているアグアノス議会や族長達も知っているわ」

「随分と大きな仕事ですね、どうして僕のリストに?」

「最初はセドリックさんへの指名依頼だったんだけど、息子にやらせろって投げてきたわ」

「…………、相変わらずなんですね、あの人は」

「ええ、でも魔剣なんて運搬出来ちゃったなら大丈夫だろうってレーベルクも貴方なら良いと報告が来ているわ」


 アニスが嫌味の様に仕事をしろと毎日言ってくる理由はこれだったかとヴィクターは思わずため息が出ていた、情報のやり取りは使い鴉のせいか早い。

 これを断るのは今後の仕事に影響が出てくるとわかっている、本部内での評価も下がり、信用度も下がってしまう。


「組長に確認したいんですけど、僕でいいんですか?」


 アニスの後ろ、他の職員よりも少しだけ目立つ、優しそうなおじさんと目が合った。

 花の水やりをしているが、その人こそアグアノス議会に所属し、レーベルク都市同盟運び屋組合の長である。

 名は、トバイサンという。


「んー、いいよ、むしろ君じゃなきゃダメだ」

「二回目の遠征ですよ?」

「不安だとは思うけどね、君の経験の為にもなる、私は内容を知っているから言えるが、要は信用のある人物にして欲しいだけだよ……、誰かに狙われる事もないし、業務自体は簡単だ……、ただ重要度だけが高い仕事だよ」

「……それなら、やってみます」

「君ならそう言えるよね、じゃあお願いね」


 そういうとトバイサンは満足そうにどこかに行ってしまった。


「という事でアニス、この仕事にしますね」

「わかりました、ではこれを」


 アニスから伝票を受け取り、レーベルクまでの道のりを確認しながら支度し始めるのだった。



……



 食料は道中で確保できると、ハリルトンに向かうよりも遥かに少ない荷物だった。

 運ぶ荷もレーベルクで受け取るため、行きは身軽という事だ。

 ディアナはというと、この辺りの土地勘は全くないため、地図と睨めっこしていた。


「ねぇ、このアグアノスってホントに同盟結んでるの? レーベルクとの間に未開圏あるんだけど」

「ああ、その場所は開拓圏なんですよ、今は色々と交渉中らしくて」


 未開圏から文明圏に発展するまでには長い年月が必要であると同時に、ここは大きな街があるという主張を近隣の文明圏に発表する必要がある。

 アグアノス北部によりも北には『ヘケア大森林』と呼ばれる樹海が存在している。

 多くの未探索地域に、未交流の部族、魔獣も多数存在していると危険地域だったが、現在では古くから存在していたドルイドの民と呼んでいる部族と交流があった。

 アグアノスの族長会議にも度々出席し、アグアノスに加入する日も近いと言われている。


「今は街道を作ろうとしている最中で、それが完成すればドルイドの民はアグアノスに正式加入し、アグアノス文明圏は北部に大きく進出するでしょうね」

「ふ~ん、ヴィクターはその大森林には行った事があるの?」

「手頃な依頼はよくあったので、ヘケア自体にはよく行きましたし、父と旅をしていた時にもよく通りました」

「なるほど、だから手馴れているのね」

「ええ、それと昔馴染みもいますから、仕事終わりに遊びに行く事もありましたね」

「そうなんだ、ちょっと楽しみになってきたかも」


 荷物は分担出来る上に話し相手にもなる、こうして準備するのは父セドリック以来だなとヴィクターは少しだけ懐かしんでいた。


「今から出発すれば夜にヘケアの入り口に着くでしょう、宿もありますから今日はそこまで向かいます」

「わかった、じゃあお仕事がんばろ!」

「はい、よろしくお願いします」


 部屋のカギは再び商会に預け、ヴィクター達の第二遠征は始まったのだった。



……



 旅装束に身を包み、ディアナと並んでアグアノス北部へと歩き出す二人。

 交易都市というだけあって街道は賑やかなであり、すれ違う人々も多い。


「……、やっぱまだ慣れないわね」

「どうかしました?」

「その、ね……、ヴィクターには自然な事かもしれないけどゴブリン族とか、知らない種族も多いなってさ」

「ああ、なるほど」


 すれ違うのは人間だけではなかった。

 ゴブリン族等の魔族や、魔獣なような生き物。

 それが人と横に並び、談笑している風景がディアナには非常に新鮮だったのだ


「僕には当たり前の光景ですけど、嫌だったりします?」


 ディアナの表情を見ているとヴィクターはバスティアの精霊騎士、グローリアとの会話を思い出していた。

 魔族との共存という感覚がわからず、印象が悪いという点を。


「んーー、数日居たからかもしれないけど、私は慣れないってだけで平気かな」

「それは良かったです、少し不安でしたので」

「え、なんで?」

「だって……、その、ディアナが嫌だって言いだしたら僕は新しい拠点を探すつもりでしたから」

「そうなの?」

「はい、ディアナが嫌だなって顔をしてるのは、嫌ですからね」

「そ、そっか……、なんか嬉しい、な」


 少し会話が止まるが、嫌な空気ではなかった。

 そっとディアナが手を繋いできたが、ヴィクターは拒む事なくしっかりと握り返す。

 少し照れた態度と慣れない感覚に、ヴィクターは少しだけ浮ついていた。

 自分の顔は見れないが、ディアナとヴィクターの顔は真っ赤になっているという自覚は二人共あるのだった。


「えっと、そうだ! たしか昔馴染みがいるって話だったよね」

「え? あぁ! ヘケアの話ですね?」

「そうそう、どんな人なのかなって」

「準備している時に話しましたけど、ヘケアにはドルイドの民と僕が呼んでいる部族がいるんですよ、その中の一人に、同じくらいの歳の子がいまして」

「うんうん」

「旅の話をしたら仲良くなって、、よく一緒に仕事もしましたし、ご飯食べたり喧嘩したりと長い付き合いになりましたよ……、見たら驚くかもしれませんね」

「そうなの?」

「きっと僕よりも年上に見えますよ、彼は」

「そうなんだ……よかった……」


 少し安堵したようにディアナは笑顔になっていた。


「よかったって、何がです?」

「可愛い女の子とかだったらなんだか怖かったし!」

「その、よくわからないんですが?」

「……そうよね、ヴィクターだもんね、わからなくても当然よね」

「えっと?」

「少しは他人の目も気にするといいわ、ホント」


 そう言いながらディアナは離したくないと言わんばかりに繋いでいる手の力を強めてきた。


 休憩をしつつ、二人は歩き続けていると、遠くから見えていた森林が巨大である事がわかってくる。

 近づくほどに大きな木々、視界の両端では捉え切れない程の大森林が広がっていた。


「……、凄い場所ね」

「ええ、僕も初めて来た時は凄いの一言でしたよ」

「ここに入るの? ホントに大丈夫?」

「ヘケアの入り口は整備されているので問題はありません、少し入れば商人達が休憩する街もありますから」

「今日はそこまでって事ね」

「はい、ご飯も美味しいので期待してください」


 それ聞いたディアナの足が少しだけ早くなったような気がするヴィクターであったが、その気持ちはヴィクターにもわかるので歩調をディアナに合わせていた。

 森に誘い込まれるような道を歩き続けていくと、人の気配がし始め、大きな街が視界に広がっていた。


「ヘケア開拓拠点に到着、ですね」


 木々を壊す事なく、共存するように街は広がっており、中には木の中に空洞を作って住んでいる場所もあった。

 上を見れば橋が架かり、小さな住居や輝石の明かりが広がっている。

 夜でも明るいこの森の街に、ディアナはすっかり見惚れてしまっていた。


「木が大きいとこんな街も出来るんだね! 宿はどこなの⁉」

「案内しますからそう慌てずに」


 歩いてきた疲れなど知らぬように、ディアナははしゃいでいた。

 緑の香りが強い街でもあったが、特に気にする事もなく、ヴィクターは街の説明をしながら宿へと向かっていた。


 ヴィクターは街の中心部から少し離れ、外縁部に向かっていた。

 人通りは減っていくが、その分静かで休める宿がある。

 何度か利用した事がある宿が、満室ではない事を祈りつつ、ヴィクターは戸を開くのであった。

 受付にはドルイド族のお爺さんが座っており、その人が宿を仕切っていた。


「いらっしゃい……、おや、ヴィクター君じゃないか」

「どうもおじさん、今日泊まれるかな?」

「ああ大丈夫だよ……、んん?」

「どうかしました?」

「今日は、もしかして二人かい? その綺麗なお嬢さんは連れだろう?」

「綺麗だなんてそんなぁ、お爺さん口が上手ですね」


 満更でもない様子で、ディアナは受け答えしていく、普段は一人で泊っていた分、ある程度からかわれるのはわかっていた事だった。

 ディアナは自己紹介を済ませるとヴィクターの話題で盛り上がっていた。


「なるほど、相棒兼護衛という事か……、よくヴィクター君を捕まえる事が出来たね」

「たまたま運がよくっていう感じですよ」

「ふぅん、しかしあのヴィクター君が誰かを決めるなんてねぇ、ディアナちゃんも気を付けなよ?」

「気を付ける、ですか?」

「ああ、もう知ってると思うけど、ヴィクター君は優しいからなぁ、その気が全くないのに」

「やっぱりそうなんですね?」

「ああ、狙っていた女性は多かったさ、見せつけてやるといい」

「え、なんですかそれ、僕初耳ですよ?」

「奥ゆかしい部族なもんでね、ドルイドの民の女性は自ら誘う事はしないのさ」


 ドルイドの民の風習は意外と根強く、律義に守っている者は多い。

 外の空気に触れても部族の空気は変わらず、伝統は維持されているという事だった。


「お爺さんも顔に塗ってるけど、もしかして戦化粧?」

「ああ、森を守る為の戦士は皆塗っている、戦化粧をしている者は全て心得があるという事だよ」

「カッコいいですね! 私の村にはそういうのなかったんですけど、なんだかすごく惹かれます」

「ふぅん、これの良さがわかるかね? ならば君も戦士という事さ、珍しい人だとは思っていたが……、もしや君は……、少しいいかね?」

「ディアナが少し珍しい、ですか?」


 宿のお爺さんはディアナの腕を見ていた、その後に目を覗き込むと何かに納得したように頷くのだった。


「ディアナちゃんの得物に、この腕の細さから想像の出来ぬ筋力、ヴィクター君と歩いてきて疲れ知らずで、瞳孔の小さな緑の瞳か……、よし、君の種族を当ててみせよう」

「え、ディアナの種族?」


 何かに期待するように、ディアナは返答を待っていた。

 ヴィクターは何の事がわからず、ただ見守る事しか出来ずにいた。


「……巨人族の末裔だろ?」

「正解! お爺さん凄いね!」


 感動したような声を上げながら、ディアナは喜んでいた。


「巨人族の、末裔?」

「なんだ、ヴィクター君は知らんのか……、というかディアナちゃんも教えなかったのかい?」

「大半の人が信じてくれないから言う事も無くなっちゃってて……、でも知ってる人もいるんですね」


 アスラクにも扱えぬ剣を振り回し、底無しのスタミナには理由があったという事らしいと、ディアナの強さの正体がハッキリしてきた。


「ドルイドの民もそうなのさ、身体は徐々に小さくなったが、今の二倍は身長があったと聞く」

「古代の民とは聞いていましたけど、ドルイドの民は巨人族だったんですね」

「ああ、だからこそディアナちゃんも何か興味を惹くモノがあったのかもしれん」

「隠すつもりじゃなかったんだけど、その……、さっきも言ったけど信じる人って今まで居た事なくてさ……、ごめんねヴィクター」

「いえ、それは大丈夫ですよ、むしろディアナの強さの秘密を知って安心しました、それに……」

「それに?」

「お互いに、長生き出来て嬉しいといいますか……、気が早いのはわかっていますけど、やっぱり嬉しいです」

「え、あ、うん……そだね」


 ドルイドの民も末裔あるせいか、寿命が長い。

 エルフも相当であったが、身体の頑丈さは巨人族の末裔程ではない。


「惚気は部屋でやって……、いや待ってくれ、壁の厚い部屋が空いてるか確認しないとな」

「「……ッ⁉」」


 お爺さんの言葉が何を意味しているかは直ぐにわかってしまった。

 ヴィクターは顔が火照ってしまい、まともにディアナの顔を見る事が出来ずにいた。


「……、すまないヴィクター君、厚い部屋はちょっと今は……」

「お、お気遣いなく……」


 台帳に名前を記載し、部屋のカギを渡された二人は真っ赤になりながら部屋に向かっていた。

 小さく両隣の部屋は空いている事を、カギを渡す際に小声で伝えてくれたお爺さんの親切さには申し訳なさと恥ずかしさが混同し、お互いに少し固まっていた。

 部屋に荷物を置き、身軽になった彼らの視線は自然にベッドへ流れ、お互いの身体へと移っていく。


「……な、なによ」

「最初に言っておきます、すいません」


 そう言いながらヴィクターは静かにディアナを抱きしめた。


「ま、まだ体拭いてないよ!」

「僕は気にしませんので」

「も、もう……」


 そうして二人は無言で抱きしめ合い、お互いの顔が徐々に近づいていく瞬間、ディアナのお腹から可愛らしい音が響くのだった。



……



 木々に隠れてはいるが、月が出始めた頃、二人は

酒場に向かっていた。

 この街の治安はよく、荷物も宿屋に預け、身に着けている装備と言えば護身用武器だけだった。


「……」

「何度も思い出してしまいそうです、本当に」

「お願い、忘れて……」

「あんなに可愛いディアナを忘れるのは酷というものですよ」


 ディアナに軽く叩かれながらよく入っていた酒場へと入っていき、ヴィクターとディアナはテーブル席の方へ案内されていた。


「あっれ、ヴィクターじゃない⁉ 仕事?」


 案内とは別に、給仕のお姉さんから声をかけられていた。

 視線は仲良さげに座っているディアナに向けられ、お姉さんは邪悪な笑みを浮かべていた。


「あれ、あれれ? ヴィクターもついに彼女持ち?」

「えっと、はい、その……、そうです……」

「おめでとー、何かサービスするわね、今日は何にする?」

「はい、じゃあえっと……」


 いくつかの注文を済ませ、お姉さんは元気よく離れていった。

 看板料理は猪の香草焼きであり、こんがりと焼かれて出てくるには時間が掛かる。

 その間に軽く食べる者としてサラダやエールを頼み、お姉さんのサービスと共に運ばれてくるのだった。


「はいおまちどー、サービスはこれね」


 そう言って置かれたのは、鉄板で焼かれたジャガイモやヴルストの盛り合わせだった。

 それを見ただけでも、エールが進む予感がするというものであった。


「ありがとうございます」

「常連さんの祝い事にはサービスしないとね、でもヴィクターがねぇ……、一体どんな手を使って落とされたのよ?」

「……気が付いたら、ですかね、なんとも説明がしにくいといいますか」

「そんな感じよね、ホント」


 二人の様子を見た途端、お姉さんはディアナに耳打ちしながら仕事へと戻っていった。


「一体何を?」

「内緒にしておくわ、その方がみんなの為ね」

「えぇ?」

「さっきのお返しに何も教えません、乾杯!」

「か、乾杯……」


 勢いで乾杯し、二人はエールを飲んでいた。


「それにしてもホント、ヴィクターって有名人なのね」

「父のせいですよ……、運び屋であの知名度は流石と言いますか、結構迷惑なんですけどね」


 仕事は出来るが素行が悪いセドリックは、良い意味でも悪い意味でも有名だった。

 物心ついた時には既に仕事に連れまわされ、嫌でも適応しなくてはいけなかったヴィクターはセドリックの代わりに仲裁する事も多々あった。

 理不尽に振り回されたおかげでタフな精神を手に入れられたというのは助かる話だが、何時まで経っても抜けない丁寧な言葉使いはもう直せないだろうと一人苦笑する。


「独り立ちした時はよく、父と比較されたものです」

「うわっ、あんまりいい話じゃないでしょ?」

「……丁寧だと褒めてもらいました、お客さんとのやり取りだったり、梱包が……」

「ヴィクターのお父さんも相当なもんね……」


 苦笑いしつつ、ヴルストを摘まんでいく。

 しばらく雑談をしていると、知り合いが店に入ってくるのが見えた。

 向こうも気が付いたのか、足早に近づいてくるので、ヴィクターも立って出迎える事に。


「久しいな、ヴィクター・エル・ネヴィル!」

「お久しぶりです、ドルイドの民キアラン、あまり変わっていないようですね」


 褐色の肌に上半身いっぱいの戦化粧、屈強な肉体を見せつけるように上半身は薄着だった。

 彼の名はキアラン、ドルイドの狩人であり、昔馴染みでもあった。

 ヴィクターはハグでキアランを出迎え、お互いに生きていた事を確かめ合うのだ。


「お前も……、おや、そうでもないようだな?」

「えっと、はじめまして、ディアナ・アーベラインよ」

「キアランだ、よろしく」


 キアランは挨拶を済ませ、食事の席に加わる事に。

 注文を済ませると、キアランはディアナとの関係が気になるのなんだかそわそわしていた。


「ヴィクターに先を越されるとはな……、羨ましいぞ」

「はい、とても可愛らしい方ですので僕も一緒に居て楽しいです」

「こ、こら! あんまり恥ずかしい事言わないでよ」

「旅をすれば変わるという事か……、ところでヴィクター、ここに居るという事は森を抜けるのか?」

「ええ、ウィリンゲールまでの案内人はキアランに頼むつもりでしたが……、大丈夫でしょうか?」

「友の頼みが最優先だ、都合よく急ぎの仕事もない……、明日からでいいのか?」

「ええ、よろしくお願いします」

「任された、ディアナもよろしくな」

「よろしくね……、もしかしてヴィクターの言ってた馴染みってこの人?」

「そうですよ」

「む……、俺の事をなんと?」

「きっと年上に見えるだろうってね、実際は?」

「二つ下だ……、まだ二十にはなっておらん」


 その言葉にディアナは驚いていた。

 鍛え抜かれた身体に刻まれた傷の数々、屈強な戦士であるせいか、十九歳の青年とは想像できなかったのだ。

 これも巨人族の末裔であるせいなのかと、少しディアナも自分の見た目を気にしてしまう。


「私よりも年上に見えるわね……」

「外との交流が増えてから実は少し、気にしている」

「そんなに気にしなくても大丈夫よ、とっても頼りがいありそうだし」

「それは、良い事なんだろうか……」


 自嘲気味に呟くキアランは、少し暗い表情だった。

 その様子に、二人は何かあったのだろうかと顔を見合わせた。


「……、二人なら聞けるか」

「なんでしょう、悩みですか?」

「うむ、実は……」


 成人が近いキアランは、部族の者から相手を見つけろとよく言われているとの事だった。

 しかし、今まで巡り合わせが悪いのか、同世代の女子とはロクに会話もした事がないという。

 森の外から来る人も、キアランの姿を見て怖がる人も多いと嘆いていた。


「あー……、私は旅も長いから、そんなに気にしなかったけど……」

「とても優しいんですよ、でも、初対面でキアランの良さに気が付く人は少ないでしょうね」

「くっ、相手を見つけたからと調子に乗っているな……、少し前までいらんだのなんだの言ってた癖に!」

「運が良かったと、言っておきます」

「ヴィクター程の運が必要と言われたら俺は一生一人ではないか!」


 運の良さを笑い話に使える間柄の人間は少ない。

 アグアノスの中でも皮肉のように運がいいと言われることがあっても、自分から運がいいんですよと言える相手は多くない事を、ディアナにはわかっていた。


「その、ドルイドの民だったっけ、同じ部族の女の子はどうなの? それなら怖がられないでしょう?」

「それなんだが、部族の流行りというか好みなんだが……、こやつのような人相が好かれている」


 そう言ってヴィクターを指さしていた。


「細い体つきに、声がうるさくないのが良いらしい、俺とは反対という事だ」

「見慣れている方が嫌って事……、外との交流が増えると大変ね」

「うむ、だが族長達の考えは正しい、変える事を恐れず、新しい風を取り入れる事は大事だ……、飯も美味くなるし」


 非常にわかりやすい事ではあったが、それも大事だと二人は頷いていた。


「問題もあるが、些細な事だ……、こうやって知り合いが増えていくのは悪くない」

「出会いに感謝を、僕もキアランに出会えた事は幸運ですよ」

「……そうだな、こうやって話が出来る外の知り合いはお前だけだ」

「私はどうかな?」

「む、そうだな、まだ出会ったばかりだが、ヴィクターの選んだ相手ならこの先も会うだろう、今後もよろしくな」

「ええ、こちらこそ、私でよければ女性の意見も言えるわよ?」

「それはありがたい、これなら道中の話題には困らぬな!」


 その後は猪の香草焼きも出来上がり、三人は大いに盛り上がりながら食事を楽しんでいた。

 余談だがキアランの飲み物は果実のジュースであり、お酒ではない。

 豪快に飲んでいる姿は酒豪の様ではあったが、周りの人間が気付くことはなかった。

 

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