番外 五番街の待ち人 その二

 エスビョルンとの会話で妙な空気になってしまったが、店員が料理を運んでくれたおかげで場の雰囲気を変える事ができた。

 一度立ち上がってしまった以上、離れたい気分ではあったが料理を見た途端に大人しく座りなおしてしまった。


「妙な事を聞いた詫びだ、入る前にも言ったが飯代は出す、好きに食ってかまわんよ」

「……ありがとね」


 運ばれてきた料理に魚料理は無いが、綺麗に盛り付けられたサラダや温かい野菜と豚肉のスープ。

 少し硬いが良い香りのするパン、それと冷えた特産のエール。

 最後に運ばれてきた、大きめに切られた鶏肉のソテーにはディアナも釘付けになっていた。

 どれも大きく盛り付けられ、空腹には丁度よい量だ。


「おじちゃんが勧めるだけあってどれも美味しそうね」

「だろう?」


 先ほどまでの空気は飛んでいき、二人は食事を始めていた。


「あれ?」


 勢いよく食べていたディアナだったが、気づけば皿の上に料理は無く、もう食べ終えたのかと首を傾げた。


「物足りなそうだな」

「全然足りない、追加してもいい?」

「もちろんだ」


 追加の料理も運ばれてくるが、やはりあっという間に無くなってしまった。

 仕方なくエールを流し込むが、ディアナは違和感を拭い切れなかった。


「おじちゃん、なんか、ここの料理美味しいんだけど少ないね」

「だろうな」


 パンを齧りながら鶏肉を食べていく。

 美味しいが、やはり足りない。

 綺麗な食器に美しい盛り付け、美味い食事に騙されがちだが、ここでの食事は何か騙されているような感覚に襲われた。

 旅が長いせいか、普段との違いが明確になるほどディアナの感覚は鋭くなっていく。

 ハリルトンでは食器が木製である事が多いが、ここでは『陶器』

 食器をじっくりと眺めているとエスビョルンがニヤニヤしていた。


「もしかして、おじちゃんの里で作ってたり?」

「その通り、良い出来だろう?」


 確かに良い出来だと感じるが、冒険者としての知識と経験が、何か違うと訴えている。


「エスビョルンさん」

「なんだ、急に」

「この陶器、模様とか色、大きさの指定したのはどなた?」

「ワシだ」

「ケチね」

「気づかん奴が悪い、というか嬢ちゃんはわかったのか」

「ええ、昔似たような経験もあってさ……」


 つまりは『錯覚』である。

 陶器の重さは量を誤魔化し、盛り付け次第では大量にあると感じさせる。

 食器の底が内側と外側で意外な程差があったとしてもだ。

 魔獣の中には、体の模様や色で自分の体を大きく見せる事もあれば、隠すために工夫している事もあった。

 陶器の模様や色も若干だが誤魔化す様に工夫されている。

 硬いパンは顎を疲れさせる上に多少の満腹感を補助できる、なるほど考えられていると妙な関心さえしてしまった。


「……、もうパンでいい、知恵を貸したのはおじちゃんね?」

「まぁな、勿論それなりの理由はあるがね」

「どんな?」

「……ここの主人は、商人として初めて成功した店だ、付き合いも長ければ思い入れもある」

「普通ね」

「そうだとも、一々大げさな理由のある人生であってたまるか」


 それもそうだなと、ディアナはエールを流し込む。

 度数が少しだけ高く、美味いエール。

 ここにもお金の匂いはしたが悪くはないと、素直に酔っぱらうディアナであった。



 翌日、二人は馬車が動き出す十二番街へと向かっていた。

 多少酔っていたおかげか、ディアナはそれなりに寝る事は出来ていた。


「よく眠れたか?」

「……まぁ、ね」

「嘘は言うもんじゃない、何が駄目だった?」

「いいベッドだったからね、硬くないと眠れないの」


 エスビョルンは呆れ顔ではあったが、納得はしてくれた。

 武器を傍に置き、いつでも動ける状態で、睡眠を取る。

 旅が長い証拠でもあり、安心して眠れるという環境下にいなかったという事だ。


「……嬢ちゃんは、誰かと組んで動けるならした方がいいだろうな」

「どうして?」

「美人だからだ、夜ほど安心できぬのだろう?」

「昔はそうだったけど、この辺は治安良い方だからそんな心配は少ないかな」

「そうか」

「それに、もしかしたら組む事だって出来るかもしれないし」

「例のエルフか」

「うん、損得を理解してるし、縁も大事にしてる……、一緒にいるならそういう人がいい」

「そういえば、そのエルフの名前を聞いていなかったな」

「えっとね、ヴィクター・エル・ネヴィル……だったかな」


 名前を聞いた瞬間、エスビョルンは足を止めていた。


「そやつ、頭にバンダナを巻いていなかったか?」

「してたよ」

「名の繋ぎにエル、ハーフの証で姓がネヴィルと来たか……、おまけにバンダナとくればそいつはあのセドリック・ネヴィルの息子で間違いはない」

「もしかして有名人?」

「父親、セドリックはこの地方じゃ最も信頼の厚い運び屋だ……、死にそうにないな」

「どゆこと?」

「セドリックの二つ名は豪運、なんで死んでないんだと言われる程のな、息子はどうなのかわからんが、あの血筋は死にそうにない」

「期待しててもいい感じ?」

「ま、そこらの運び屋よりはな」

 少しは気休めになるだろうと付け足して置き、エスビョルンは再び歩き出した。



 十二番街へ着いたのは夜も更けた頃だった。

 エスビョルンの歩幅もあったが、ヴィクターに比べて休憩も多い。


「嬢ちゃんの体力、侮っておったわ」

「おじちゃんも歳じゃない? ヴィクターとか平気だったよ」

「ハーフとはいえエルフ、それに長く歩く訓練をしておるんだから比べるんじゃない」

「それもそうね」

「……、さて、ここからは馬車がある、嬢ちゃんともお別れだな」


 そう言ってエスビョルンは麻袋を手渡してきた、護衛が必要なのか怪しむほど快適な旅にしては十分すぎる報酬が中には詰まっていた。


「おじちゃんってケチじゃなかったっけ?」

「気まぐれだ、受け取って損はないだろ」

「貰えるんなら貰っておくけどさ……、調子狂うわね」

「実はやる事もあってな、今晩の宿代も含めての額という訳だ」

「そっか、もう発つの?」

「ああ、じゃあな」


 疲れた足取りでエスビョルンは馬車乗り場へと向かっていった。

 夜も更けているというのに馬車は動いているのは驚きだったが、治安の良い証拠でもあった。

 十二番街から五番街へは遠くない。

 あとはヴィクターの無事を祈りながら待つだけとなったディアナは近くの宿に入り、休む事にした。



……



 肝心な所を伏せながら、ディアナはヴィクター達に道中の話をしていた。


「詐欺とは言わないけど、ホント色々工夫を凝らして如何に稼ぐかって話が多かったわ、泊まった宿も、食事の他に工夫が凝らしてあるみたいだし、おじちゃんに気付いたお客さんがこそこそと離れていくし……、ほんの一握りしか知らなくてもあれだけ煙たがれるんだから相当のケチよ」


 ヴィクター達は笑いながら話を聞いてくれた。

 話していると時間も進み、ディアナは話を終わらせるように一息つく。


「それで十二番街から五番街へはすぐに向かったの?」

「うん、そこからはひたすら飲んだり騒いだりの五日間くらいだから、面白い話はないわよミランダ」

「ホントに?」

「そ、だからこれでおしまい……、大した話でもないでしょう?」

「うーん、出来ればそこが一番聞きたかったのだけど、まぁいいわ」


 ふとヴィクターの方を見てみればカーマインと仕事の話をしていた。

 五番街での話は、仲の良い友人であっても話したくはない。

 ディアナにとってのあの時間は恥ずかしくもあるが、語りたくない理由は他にもあったのだ。



……



 ディアナは十二番街で休んだ翌日、昼頃には五番街へと着いていた。

 まずは部屋の確保をと、馬車乗り場にも近い、一番大きな宿屋へ入っていく。

 宿の手続きを済ませる際に、ディアナは二日間の宿代を払っていた。


「二日間だな、この街で連泊とは珍しい事もあるもんだ」

「そうなの?」

「ここは街道の中継地点さ、留まる方が珍しいってもんだ」

「ここで待ち合わせてる人がいるからね、もしかしたら早くなるかもしれないし、延長するかも」

「その時は言ってくれ、早くなる時は特にな」

「わかりました……っと、サインはこれでいいの?」

「問題ない、お嬢さんの部屋は奥の方だ」


 店主から鍵を受け取り、ディアナは階段を上って奥へと歩いていく。

 部屋の中に入り、荷物を降ろしてベッドへと体を投げ出した。


「どのくらい待つんだろう……」


 別れてから二日が経っていた。

 この五番街を通り過ぎて、中央に向かっていったとしてもアグアノスに向かう際に、この宿屋を使う可能性はある。

 もし出会う事が出来なかった場合は、置いて行かれる事になるがディアナはその事を考えないようにしていた。

 自分の武器は目立つし、約束もあると不安を消していく。


「……ここで待ってちゃ駄目ね」


 愛剣を背負い直し、ディアナは馬車乗り場へと向かっていく。

 そこなら必ず通ると、そう考えての行動だった。



 馬車乗り場は活気があった、街の住人や商人、運び屋、傭兵と様々な人の姿が見える。

 少し離れた待合所のベンチに座りながら、馬車乗り場を見つめているのだった。


「……」


 直ぐに来るとは考えていないが、万が一怪我をしていたり、死んでいるならどうしようと、ディアナはそればかり考えていた。

 一人旅は長い、仮にヴィクターと会えなくても、アグアノスに向かう事は出来るし、そこで稼ぐことも可能だと考えはするが一人では行くという考えは出てこなかった。

 その日は夜まで、ひたすらに待ち続けていた。

 途中帝国兵に事情聴かれる事もあったが特に何かある訳でもない、ただ夜になれば宿を利用するだろうと、ここから離れていても大丈夫だろうと立ち上がる。

 宿に戻りながらも、ディアナの足は何度も止まっていた。



 宿屋の一回は酒場になっている、店主の近くのカウンターに腰を下ろし、ヴィクターの特徴を伝え、彼が来ていないか訪ねていた。


「見かけたらアンタが待っている事を伝えればいいのか?」

「……うん、出来れば、よろしく」


 酒とつまみを頼み、ディアナは静かに飲み続ける。

 エスビョルンに貰った報酬のおかげで酔いつぶれる事も出来ると、追加の注文をしながらその日は通り過ぎていった。

 次の日の朝、井戸から水を汲み、身支度を軽く整えて待合所へと足を運んでいた。


「……、今日もここで待っているのかい?」

「あ、昨日の……」


 昨日話を聞きに来た帝国兵だった、彼にも特徴を伝える事にした。


「ハーフエルフの運び屋か、そういや少し前にアグアノスから来てたんだったな」

「知ってるんですか?」

「ああ、巡回に行った同僚の話だから俺は見てないけど、そういう運び屋が居たって話を聞いたよ……、どこで離れる事に?」

「二十二番街、二十三番砦に向かうからって、そこで……」


 二十三番砦が落ちた事を知っているのか、帝国兵の表情は曇っていた。


「もし見かけたら貴方が居る事を伝えておこう、だから適度に休みなさい、いいね?」


 そう言い残して帝国兵は持ち場へと向かっていった。


「……、良い街だね」


 自分の旅の事、しばらく住んでいた場所の事を思い出し、ディアナはふと呟いていた。

 もしハリルトンに生まれていれば、こんな生活をしなくて済んだのではないか?

 今からでもここの兵士に志願すれば安定した生活が出来るのではないか?

 そんな考えが頭をよぎるが、首を横に振る。


「……やめよう、今は待たなくちゃ……」


 同じ傷を持っているかもしれない運び屋、本当に短い期間だったけど信用のできる人であり、過去を気にしない人。

 その日も待ち続けたが、ヴィクターが現れる事はなかった。



「もう二日、泊まります……」

「それは、構わないが……」


 翌日、ひたすら待ち続けるディアナの事は軽く噂になっていた。

 帝国兵との会話も何処からか聞かれていたのか、落ちたであろう二十三番砦に向かった人を待っている事も、店主は知っていた。


「いや、悪かった、俺が暗くなっても仕方ねぇ……、特別に割引だ」

「ありがと……」

「美人が台無しだぞ、もっと明るく、な?」


 ロクな返事も出来ないまま、再びディアナは待合所に向かっていた。

 時折、帝国兵がパンと水を差し入れてくれるなど、周りが元気付ける様に声をかけてくれた事が、ディアナは嬉しかった。

 しかし、ヴィクターは死んでしまったと言われているような気分もしてしまい、素直にお礼をいう事は出来ずにいた。

四日目になると、ディアナはさらに元気が無くなっていた。

 どうしてヴィクターは現れないのだろうと、いくらなんでも遅すぎるのではないかと。

 朝食も喉を通らず、店主は心配そうな顔をしていた。


「なぁおい、お嬢さん」

「なんです……?」

「どうする、延長するのか?」

「……、では、もう二日……」

「わかった」


 町の門番や馬車乗り場の帝国兵にも話を聞きに行き、見ていないと言われる。

 気づけばその日も暗くなり、その晩は自然と涙が出ていた。

 何故諦める事が出来ないのか、出会ったばかりの人間にそこまで惚れ込んでいるのか。

 考えも纏まらず、その日は少しだけ強いお酒を頼んでしまった。



 五日目、再び待合所で待ちながら今後の事を考える様になっていた。

 いつまでもこの街に留まる訳にもいかないが、次の目的地は決まっていない。

 アグアノスに向かうのか、北のバスティアに向かうのか。

 それとも、ここで昔のような仕事を選ぶか。


「セーレ、私は何をしているんだろうね……」


 旧友の名を思い出し、古巣の事を思い出していく。

 霧の谷工房や、キングスバレーと呼ばれた古巣から離れた事を。

 戻ろうとしても、戻れない事を。


「……、ヴィクターのばか……」


 夕方になり、宿に戻っていた。

 再びを酒とつまみを頼み、給仕のお姉さんから慰められるように声をかけられる。


「死んでてもおかしくないん、だもんね……、誰かが居なくなるなんて、当たり前の事じゃない、そんな世の中だもんね」


 言い聞かせるように、ブツブツと独り言を繰り返す。

 また独りで旅をすればいいと、あれはひと時の夢だったのだと。


「すいません、相席いいですか?」

「え~? 相席~?」


 その声に何気なく振り向けば、そこにはヴィクターが立っていた。

 何の前触れもなく、夢の続きがそこに立っていたのだ。



……



「ディアナ、どうかしました?」

「え!?」

「ぼーっとしていましたよ?」


 少し心配しているような、そんなヴィクターの顔を改めて見つめる。

 出会えてよかったと、再確認出来たディアナはテーブルの上に置かれた彼の手を握った。


「……どうしたんですか」

「離したくないなって思っただけ、嫌だった?」

「いいえ、僕もです」


 カーマインとミランダは何か言いたげそうな顔をしていたが、二人はそれを気にも留めなかった。

 次の遠征も、これからも旅も、彼と一緒なら楽しみだと。

 ディアナは笑みを抑える事が出来ずにいた。

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