第九話 初遠征の報酬

 ハリルトン五番街に到着する頃には、空は茜色になっていた。

 ここからアグアノスへは徒歩で四~五日程歩く事になる、今回は地竜の背に乗る事は出来ないだろう。

 急いで帰る理由は無い、五番街で準備し、明日の朝に発とうと決めたヴィクターは携行食等を買っていく。

 調理器具は無い、材料で買えた方が安く量も多いがここは贅沢を言わないでおく。


「帰り道が、一番遠征らしいとは……」


 ハリルトンは交通が充実し過ぎている、よく整備された国だと言うのは今回の旅でよくわかった。

 ある程度買ったので、五番街で一番大きな宿屋へと足を運ぶ。

 部屋が空いている事を願いながら、一階の酒場へと入って行った。


「あれ?」


 ぐるりと店内を見渡すと、人で溢れ、盛り上がっているが、壁際に人が近寄らない席があった。

 人混みを避けながらその席の近くに向かうと見覚えのある特大剣が立て掛けられていた。

 テーブル上、エール片手で突っ伏していたのはあの時の剣士、ディアナ・アーベラインだ。


「何してるんだあの人は……」


 彼女はまだ気が付いていないのか、何やらブツブツと独り言を言っている。


「すいません、相席いいですか?」

「え~? 相席~?」

 

 ぼんやりと答えたディアナは顔を上げ、緑色の瞳と目が合う。


「……」

「駄目です?」

「私、夢見てる?」

「水飲めば覚めるかもしれませんよ?」

「ホントにヴィクター?」

「はい、お元気でした?」


 ディアナは無言で立ち上がるとヴィクターをポカポカと叩き始めた。

 加減してくれているはずなのに結構痛い、というかかなり痛い。


「来るのが遅いー!ばかー!」

「な、なんですか?」

「ずっと待ってたんだから!」

「えぇ!?」


 今度見かけたら護衛を頼むかもとは言った覚えはあるが、待ち合わせをしていた訳ではない。

 あくまでも護衛の仕事があるかもと教えただけだ。


「あの、待ち合わせはしてなかったと――」

「うるさーい!」


 確実に酔っ払っている彼女に、酒場の客は何故か声援を送っていた。

 この酒場では、少しだけ有名になっていたようだ。

 ディアナを落ち着かせながら席に座らせ、給仕は水を持ってきてくれた。

 一杯飲ませると正気に戻ってきたのか、改めて頬をつねりだした。


「落ち着きました?」

「う、うん……、結構諦めかけていたから、ちょっとね」

「あれから、ここで待っていたんですか?」

「……だって、ヴィクターが一度アグアノスへ帰るって言ってたし、南から中央に行くのに絶対通るって考えてたし」

「そうですね、その予定でした、長くなるので料理を頼んでも?」

「いいよ」

「ディアナさんも食べます?」

「奢ってくれるならね」

「構いませんよ……、すいません!」


 給仕を呼び、目についた物を注文する。

 ディアナは給仕に声を掛けられ「生きててよかったねぇ」等と話していた。

 遅くても二日待つ程度と考えていたら全然見当たらない、何故なら東部前線に移動していたから。


「さて、どれから話しましょうか」

「私から離れた直後から!」

「砦に向かった後ですね……」


 細部は省いて、簡単に説明していった。

 刺客に追われ、竜人族の協力で東部に移動した事や、その後も依頼を受けていて北部に言った事も。

 屋敷でのんびりしていた、等は言える空気ではない。

 怪我の治療、北部も刺客から復讐されない為と嘘のとは言えない範囲で説明する。


「怪我、大丈夫?」

「ええ、もう大丈夫です、ですが色々疲れました」


 特に聖剣運搬は事情も聞いたせいでやるせない。

 南部前線の魔剣も、結局あれがどう戦況に繋がっていたのかは聞かなかったので中途半端な気分だった。


「なので、一度帰ってゆっくり依頼をこなすか休もうかなと……、また遠征の依頼があれば別な場所に行くだけですけどね」

「ねぇねぇ」

「なんです?」

「もし会えたらって、約束覚えてる?」

「勿論、未開圏を通るので貴方を護衛として雇いたい、こっちに来る時も野犬に襲われましたからね」


 そう言った瞬間、ディアナは立ち上がった。


「喜んで引き受けます! みんなー今日までありがとー!」


 酒場は妙な盛り上がりを見せる。

 今日のやるせない気分を吹き飛ばすには丁度良かった。


「おいエルフの兄さん! 今夜の部屋はディアナちゃんと同じ部屋でいいだろ?」


 マスターが大声でそんな事を言い始めた。


「構いませんよ!」


 酒場内は大盛り上がりだ、ディアナは皆に好かれていたらしい。


「随分と、有名人ですね?」

「いやぁ、三日経っても出会わなかったから心配で自棄酒しちゃって……」


 怪我したのではないか、実は殺されてしまったのではないかと悲壮感から始まり、なんで連れていかなかったのと逆上し、なんだか悲しくなってまた飲んでと大変だったようだ。


「……仮に死んでいても、運び屋ならおかしくなかったじゃないですか」


 実際死にかけた、今回は運が良かっただけ。


「うん、だけど……、なんだか忘れられなくて」

「なんだか、照れますね」

「私も、また会えて嬉しいよヴィクター」


 彼女は旅人だ、他人と別れる事は珍しくなかっただろうにと、嬉し泣きしそうな彼女の頭を撫でてしまった。


「子供扱い?」

「駄目でしたか?」

「嫌じゃない、かな」


 不思議と魅力のある女性だった。

 少し我儘で、寂しがり屋。

 きっと傭兵の仕事をしないのは死別する仕事が多いからだろう。


「流石に飲み過ぎたかな……」

「部屋に行きます?」

「うん、肩貸して」

「はい」


 肩と言いつつ、体にしがみ付いてくる。


「酔ってますね?」

「酔ってなきゃ出来ないもん」


 恥ずかしい事を言うなこの人はと、マスターから鍵を受け取る。


「ディアナちゃん、随分と色男を捕まえたもんだ」

「泣くのもわかるわー」


 客に冷やかされながら二階へ上っていく。

 部屋に入っても離れてくれない。


「ほら、ベッドに横になって」

「嫌よ、どうせまた床で寝る気でしょ」

「どうしたらいいです?」

「ベッドで私の抱き枕になったら許してあげる」

「いいですよ、その前に装備外しましょう?」


 流石にヴィクターの腰に着けた剣と斧。

 ディアナに至っては酔っても背負っている特大剣を置いてほしい。


「流石に酔っててもこれは外すもん」


 最低限の装備で、二人は横になる。

 ベッドは程よく質が悪くて助かった。

 蝋燭の火を消し、抱き枕にされる。


「「……」」


 しばらく二人は喋らなかった。

 喋らなくても良かった。

 ずっとこうしていたいと感じる心地よさ。


「ヴィクターも、もしかして寂しがり屋?」

「そうですね」


 人の温もりを感じていたい、繋がっていたい。

 この仕事をしていれば繋がりは薄れていく。

 運び屋は死にやすい、いつ死んでも良い様に最低限の付き合いでいい、なんて事は言われた事がある。

 父のような豪運が、何時まで続くかわからない。

 だからこそ不安がある、他の生き方をしようと考える。

 だが未知の場所に行きたい、見知らぬ誰かに会いたいという欲求もまた、強く感じている。

 ディアナのような優しさと温かさは、ヴィクターには忘れられなかった。


「少し痛いよ、ヴィクター」

「ごめん」

「そんなに強く抱きしめなくても離れないよ」

「ありがとう」


 ディアナと旅がしたい、でも危険な時は彼女を庇えない。


「今は何も考えないでこうしていよう、ね?」

「……うん」


 この優しさが、辛い。





 どんなに来るなと願っても朝はやってくる。

 二人はゆっくりと、惜しみながら離れていく。

 切り替えなくてはいけないと、何時までも彼女には甘えられない。


「……ね、もうちょっと、いい?」

「駄目です、さぁ起きましょう?」

「ケチ」

「今日が最後じゃない、でしょう?」

「そうだね」


 名残惜しいのは、ヴィクターも一緒だ。

 振り切る様に桶を持って、人気の少ない朝の井戸へ向かう。

 そこにはマスターと、数人の宿泊客が居た。


「おはよう兄ちゃん、いい夜だったか?」

「勿論です、こういう時だけ夜が長いといいって、思うんですけどね」

「ちがいねぇ、普段ならさっさと朝にならねぇと魔獣共が怖くてしょうがねぇよ、寝ている時が一番怖い時があるからなー」


 商人の護衛らしき男は明るく笑っていた。


「これからアグアノスへ?」

「はい、大体五日くらいでしょうか」

「ま、アグアノスの運び屋ならゴブリンも味方だ、イーア山脈さえ抜けちまえば安心できる、油断は出来ねぇがな」

「全くですよ、ハリルトンの街道が如何に優れているか思い知らされます」

「でも、この国、上がおっかねぇからなー」

「僕も殺されかけた」

「それがなきゃいい国だよなー」

「全くですよー」


 マスターは呆れ顔で二人の会話を聞いていた。

 他の客も、殆ど同じ意見らしく苦笑している。


「エルフの兄ちゃん、良ければ干し肉売るぞ?」

「それは有り難い、ディアナさんが良く食べる方ですから」

「多く買うなら安くしてやる」


 商人と朝食で会う約束をして一度部屋へ。

 水を二つの容器に分け、二人は体や顔を拭いていく。

 清潔に過ごせる時間は、アグアノスに着くまで期待は出来ない。


「さて、ご飯でも食べに行きますか」

「うん」


 装備を身に着け、一階へ向かうと商人が手招きしてくれた。


「銀貨三枚分っていうのは?」

「奮発するねぇ」


 干し肉の他にもパンや、干し果物も買う事が出来た。


「随分気前が良いですね」

「なぁに、南部前線が静かになったから余っちまったんだよ」

「南部ですか、そうだ、塩とか仕入れたりします?」

「ん? 一応扱ってるが?」


 ヴィクターは、湖畔で貰った香辛料を見せた。


「珍しいの持ってるな、まさか南部で?」

「はい、南の湖畔で竜人族の方に塩があるから取引したいと言えば通じるかと、もし怪しまれたならハーフエルフが教えてくれたと言えばいい筈です、今取引しているのはホビットの商人だけ、どうです?」

「もっと食料持って行け、アンタとは仲良くしたい!」


 横で見ていたディアナと護衛は少しだけ呆れていた。


「流石運び屋、いい情報持ってる」

「あと、食料を捌きたい時はバスティアに、貴方しか取り扱わない食材や香辛料があれば?」

「他の商人が気づくまでは稼げるな、こりゃ塩がもっと必要だな……、ありがとう参考になった」

「アグアノスに海からの旅団が来る事があるという事は教えておきましょう」

「度数が低い、不味いが滅多に酔わない酒がある、買うか?」

「有り難い、水は日持ちしませんから」


 トイニやアスラクの様な知識は持ち合わせていない、酒は有り難い話だ。

 イーア山脈から小川が流れているがあまり体には良くない。

 一応、浄水のやり方を知ってはいるが多用は出来ないのだ。


「け、結構買うのね」

「街道を歩く訳ではないですからね、仕方ありません」


 馬も使えないのが大きい。

 一応バスティアの西には安全にアグアノスより北の文明圏へ渡る方法があるが、通行税が高い。

 旅団でもなければ使いたくない道だ。

 バスティアの財政を支えている交通税に文句は言えない。

 商人との雑談を終え、ディアナとヴィクターはイーア山脈に向かって五番街から出発した。

 昨日までのやるせなさは、もう消えている。





 街道を逸れ、二人は静かな平原を歩いていた。

 イーア山脈の麓までは大変な道ではない。


「麓までどのくらい?」

「今の感じで、二日でしょうか」

「食料も獣を心配しなくていいなら、そのくらい問題じゃないんだけどねー」


 そう言って干し果物を食べている、おやつには丁度良い。


「急ぐ場所は麓だけです、はぐれた獣さえ注意していけば問題はありません」


 二人の足音と、ぶら下げた水筒がぶつかる音がする。

 水は揺らした方が腐りにくいのだ。


「ねぇヴィクター」

「なんです、果物はあげませんよ?」

「あのね……、そうじゃなくて、アグアノスに着いたらどうするのかなって」

「アグアノス周辺の依頼を少しやって遠征費用を貯めるか、今回稼いだお金で少しのんびりと過ごすか、ですね」

「アグアノスに、ヴィクターの家があるの?」

「ええ、商会に管理してもらってます」


 放棄期間に入るまでは部屋を維持してくれるのが商会の良い所だ。

 定期的に戻れば部屋の心配はする事が無い。


「ね、泊まってもいい?」

「僕には断れませんよ、その誘いは」


 そう言うと、ディアナは手を繋いできた。


「相変わらずですね」

「じゃあ放す?」

「いいえ」


 悪くない、カーマインや父が相棒を求めた理由がわかるというものだ。

 辺りは草木の揺れる音と風の音しかしない、平和そのものだ。

 時折景色と地図、コンパスで位置を確認しながら歩く。


「帰りが一人だったら、寂しかっただろうな」

「こっちに来る時は?」

「狩猟者の方に護衛を頼んでいました、お二人とも凄くて」


 アスラクとトイニ、特にアスラクの知識は大いに役立った。

 食べ物は道中で集める、水の見つけ方も豊富だった。


「一番驚いたのは、木を折り始めた時ですね」

「なんでまた?」

「この辺りの木に果実を育てるために沢山水を吸い上げる木あって、寝る前に切り倒して、残った切り株に水を貯める場所を作る、後は外から虫とか入らない様に塞いで、次の朝には水が溜まっていると」

「知っている事も凄いけど、発見した人が凄いね」

「そう思います、オークの狩猟術というのは――」

「えっ、オークなの?」


 オークの交流は未体験の様だった。

 と言っても、アグアノスに居るオークはアスラクだけだろう。


「面倒の良い方です、アグアノスでまだ稼いでいるなら会えるかと」

「もう一人は?」

「人間の女の子です、僕も驚きました」

「奇妙な組み合わせね、ハリルトンの人なら乱暴されてると勘違いしそう」

「アスラクさん、あ、オークの方の胃袋を掴んでいるので手強いですよ」

「その子も狩猟者?」

「ええ、特に弓の腕前が凄くて」


 話題には困らなかった、このハリルトンで出会った連中を思い出すだけでも話す事が多い。


「私と街道歩いている時は饒舌じゃなかったのにね」

「あの時はあの時です、ディアナさんの事、少し警戒してましたし」

「当然かー、強引だったもんね」


 何度も休憩をしながら、雑談をしながら二人は景色を楽しんでいく。

 一度の遠征で、こんなにも慌ただしくなるとは思っていなかった。

決して良い事だらけとは言えないが、他の地方に旅をしてみたいとも感じる。

実際は仕事だが、帰り道は旅だ。


「ディアナさんは――」

「ヴィクター」

「はい?」

「いい加減呼び捨てにしてくれてもいいんじゃない?」


 じっとディアナに睨まれ、ヴィクターは思わず苦笑していた。

 初対面の時とは違い、見知らぬ仲ではないが少し気恥ずかしい。


「えっと、ディアナはどうして旅を続けているんです?」


 ディアナは満足そうだったがヴィクターはちょっと照れてしまった。


「場所探しかな」

「場所?」

「私の村、というか故郷ってもうないんだ……」

「……、それで、居場所を?」

「うん、私が安心して寝れる場所探し」


 深くは聞けそうになかった。


「ヴィクターがなってくれてもいいんだけどなー?」

「運び屋ですよ、僕は……、一ヵ所に落ち着けないし、寝る暇が無くなるかもしれませんよ?」

「でも続けている、そうでしょ?」

「ですね……」


 ふと空を見上げれば青い空と茜色の空が見える。

 そろそろ野営だなと、二人は荷物を下ろした。





 夜でも多少肌寒いくらいで寝るには困らなかった。

 仮眠を交互に行い、二日目の朝を迎える。


「野営は、やっぱり大変ね……」

「久々だったから、体が痛い……」


 幸い獣とは遭遇しなかった、干し肉と最高に不味い酒を飲みながら朝食を終える。


「こんなに不味いの初めて」

「水の代用ですからね」

「これで酔える人は相当弱い人よ」


 少しだけ風が強く、イーア山脈の麓は近い。

 しばらく歩いていると、小さな森とぶつかった。

 木も低く、人が通って雑草伸び悩む獣道もあった。


「ここ通るの?」

「はい、そんなに深い森ではないので、今日中には抜けられます」


 古い木には印があり、旅人に進む道を教えてくれる。

 印が消えない様に、消えかかった印には通った人が新たに刻むと言う暗黙の了解がある。

 善意と言ってもいいそれは、旅人や運び屋の中で根付いた文化だ。


「ヴィクター、気が付いてる?」

「……、干し肉を詰め過ぎていい匂いしてるのかもしれませんね」


 荷物を下ろし、ショートソード引き抜く。

 ディアナの武器では木々に引っかかるのではないと心配するが、野犬は待ってくれなかった。

 素早く突進してきた野犬は、驚く事にディアナに蹴り飛ばされた。

 可愛く見えても特大剣を操れる剣士だ、身体能力は高い。

 弱った野犬はヴィクターが一刺しで仕留める、そのほかにも突進してきたが、野犬は小枝ごと薙ぎ払われていた。

 薙ぎ払ったディアナはそのまま特大剣を肩に背負い直した。

 遠心力も利用する特大剣は、普通に構えても重いだけで威力はでない。

 身体の重心や剣の軌道を考え、渾身の一撃を放ってこその剣だ。

 迂闊に近付けば、味方が一番邪魔になってしまう。

 あの特大剣は一人で生きてきた証だ。

 群れを減らされた野犬は散っていった。

 倒した野犬の死体で、獣の腹も満足するだろう。


「どう、私の護衛は?」


「迂闊に近寄れませんね……」

 敵も味方も。

 野犬の汚れていない毛を一部剥ぎ取り、それで刀身の血拭った。

 血の匂いは獣を呼び寄せる、酒を少量使ってでも血は綺麗に落とす必要がある。


「他のが寄って来る前に行きましょう」

「はい」


 荷物を回収し、駆け足で森の中を移動した。

 緩急をつけながら走り辺りを警戒するを繰り返す、そうしている内に森を抜け、視界は広くなった。

 一先ず面倒事は回避できたようだ。


「とりあえず、安心?」

「油断は禁物ですよ」


イーア山脈の麓に向かう道が近くなっていた。

太陽はまだ高いが、体力や道中を考慮し、麓の傍で休む事にした。

麓の途中で夜になってしまうのは考えたくない。

山のあちこちにある、適当な岩肌に腰を下ろし食事を取る。

火でも熾そうかと考えた時、複数足音が響いてきた。


「なに?」

「盗賊か、回収隊か、どちらかでしょうね」

「回収隊?」

「はい、ゴブリンの」


 ディアナは一気に警戒していた、ヴィクターも姿を見るまでは安心できない。

 すると、目の前に三体のゴブリンが現れた。

 斥候のようだ、ヴィクターの姿を見た途端、彼らは両手に持っていた武器を地面に突き刺した。


「もしかして回収隊?」

「ソウダ、ハコビヤカ?」


 アグアノス商会のエンブレムを見せると、ヴィクターとゴブリンは握手する。

 ディアナは警戒を解かないまま、ちょっと混乱していた。


「モウスグ、ホンタイクル」


 少し待っていると、荷台を推し進めるゴブリン達が現れた、イーア山脈の部族達。

 今では交易出来る相手だ。


「って、あれ?」

「おう、ヴィクターじゃないか」


 本隊にアスラクが居た、近くにはトイニも居る。


「元気でした?」

「おう、ヴィクターは……、珍しい荷を運んでいるな?」


 後ろのディアナを見ながらそう言い放った。


「同行者ですよ」

「そうか、テメェら!休憩していいぞ!」


 すっかり指揮官のような立ち振る舞いでゴブリン達を休ませた。

 加護を持つ、歴戦のオークは格が違ったようだ。


「ここで休んで、明日にはアグアノスか?」

「そんなとこです」

「無事で俺も嬉しいぜ、トイニ! 飯だ!」

「はい、アスラク様!」


 彼女の忠誠っぷりも相変わらずだった。

 ゴブリンが苦手そうなディアナの為に、ヴィクターとアスラク、トイニの四人は本 隊から少し離れてご飯を作っていた。


「使えそうな物があればどうぞ」

「はい……、ってこの香辛料は、蕃椒ですか?」

「ええ、流石トイニさんだ」

「ふふん!」


 最近褒められてなかったのか、すごく嬉しそうだった。

 料理で盛り上がる二人を見ながらディアナとアスラクは水を飲んでいた。


「で、ディアナだっけ? アンタの得物凄いな」

「そう?」

「特大剣使いってのは怖い、特に生き残ってる奴ほどな」

「アスラクさんの顔の方が怖いわ」

「言うねぇ……」

 

 その後は武器談義で盛り上がっていた、試しにとアスラクの戦斧を振り回すディアナには驚かされたが。

 ちなみにディアナの特大剣はアスラクには難しかった。


「さぁさぁ、料理が出来ましたよ!」

「おう、さぁ食おうや」

「いい匂い……」


 ヴィクターが持っていた香辛料のおかげで、アスラクとディアナは大満足だった。

 トイニだけは、香辛料も今後仕入れなくてはいけないのかと頭を抱えていたが。

 

 ご飯を食べ終え、本隊は動き出す。


「どうする、来るか?」

「その方が安全ですからね、里の手前でアグアノスに向かいます」

「おうそうしろ、トイニも喜ぶ」


 そうして、本隊と共にイーア山脈を進み始めた。

 これなら夜も怯える必要が無い、物資回収隊は大規模なのだから。

 トイニとディアナは仲良くなっていた。

 料理を美味しいと絶賛し、感謝するディアナに懐いたのだろう。

 ゴブリンとオークの胃袋を完全掌握したトイニの料理は強い。


「それで、ディアナとはどんな関係なんだ?」

「まぁ、聞きますよね」

「中々可愛いじゃねぇか、色気は大した事ねぇが」


 アスラクは子供っぽいのは好みではないらしい、だからこそトイニと一緒なのかもしれない。


「出会って長くはないですけど大切な人です」

「……、一人旅っていうのは、堪えただろ?」

「ですね、だからアスラクさんもトイニさんを?」

「あんなガキでもな、俺にゃ大事だ……、デカくなって色気も出れば文句ないんだがなぁ」

「まぁ、成長に期待しましょう」


 まだまだ子供だ、色気を期待するには少々難しい。


「しかしなぁヴィクター、アイツの胸、三年前から全然育たねぇぞ」

「回答に悩みます」

「相変わらず真面目だ、だが、前に比べてなんか柔らかくなったな?」

「変わってませんよ……」

「寝たのか?」

「ッ!?」


 ヴィクターは噴いていた。

 というか咳き込んだ。


「おーなんだ、やる事やってなぁヴィクター」

「一気に下種になりましたね!」

「トイニが聞いてないからな……怒るんだよそういう話は、飯も減らすからよ」

「今すぐ呼びますか」

「おい待て!」


 そんな様子に二人は近づいてきた。


「アスラク様、もしやまた?」

「いいじゃねーかたまには、ヴィクターのめでたい話だぜ?」

「ちょっと!」


 確かにヴィクターとディアナは寝た、だがそれは添い寝だ。

 アスラクの言っている方ではない。


「勘違いしないでください、まだ、そういうのはやってないんですから!」

「隠すなって!」

「面倒だなアンタ!」


 どうしてこういう話は盛り上げようとするのか、ヴィクターは恥かしがってしまった。

 何の事かわかってしまったトイニとディアナは軽蔑の眼差しである。


「アース―ラークーさーまー?」

「わかった、やめよう、飯抜きは勘弁だ」

「それで、ヴィクター?」

「なに?」

「アスラクさんの言う、めでたい話ってなにー?」


 矛先がこっちを向いていた。

 特に何でもない、ただの勘違いを指摘するだけだ。


「別に、アスラクさんが勘違いしただけ、勝手に盛り上がっただけです」

「ホントに? 私と離れている間に何かあったりしたんじゃないの?」


 こんな時に限って『双子』を思い出してしまった。


「おや、ヴィクターさん真っ赤ですよ?」

「まさか、おいヴィクター、てめぇまさか――」

「それ以上言うなぁ!」


 イーア山脈の道中は、非常に賑やかだった。





 ゴブリン達と途中で別れ、アグアノス文明圏へ入った。

 ハリルトン程ではないが整備された街道を歩き、道行く人すれ違うのは安心感がある。

 たまにヴィクターの知り合いとすれ違う事もあった。

 だがそれとは別に、ヴィクターはずっと困っていた。


「……ディアナ」

「何かな?」

「どうして拗ねているんです?」

「別に拗ねてないよ!」


 結局アスラクとヴィクター反応のせいで「何かあった」、という事は理解されてしまった。

 それからというもの、一日以上経ってもちょっと機嫌が悪い。

 色々仲直りの方法を考えるが、ヴィクターには難関だった。

 誰かと深い関係なった事が初めてだったからだ、そして、それ以上に。


「……」


 ちょっとだけ距離を置かれるが辛い、そんな心境だった。

 アグアノスの街が見えてくる、だが、なんだか浮かばれない。

 どうしようと、悩んでばかりだ。

 というか、これだけの事なのに、大分堪えている。

 そうして悩みながら歩き街に近づくと、ディアナは立ち止った。


「ごめん、少し大人気なかっ……ええっ!ちょっと!」


 ヴィクターの顔を見て、慌ててディアナは駆け寄ってきた。


「そんな、なんで泣いてるのよ!? えっと…」

「え、泣いて?」


 手を当ててみれば、確かに泣いていた。


「ホントだ……」

「ごめんなさい、こんな思いさせるつもりじゃ……」

「……心配させたのも怒らせたのも僕です、でもまた仲良くなりたくて、考えてて、どうしていいのかわからなくて……」

「ヴィクター……」

「ディアナ、僕は貴方に離れてほしくない、そう言いたいけど……、もしこのままなら……、運び屋で死んでしま――」

「ごめん、ホントに我儘だった、だからそれ以上は言わないで」

「ディアナ?」

「絶対に言わないで」


 装備が当たる事も構わず、ディアナは抱きしめてくれた。


「でも僕は、一緒にと願いながら、離れてと言った方がいいのではと考えてしまう」

「ごめん、悩ませちゃったよね」


 長い沈黙があった、ずっと悩んでいた事だったから。


「……、僕はどうすればいいんでしょうか」

「言ってみて」

「何を?」

「後先関係無しにどうなりたいか」


 それなら、とヴィクターの本心は決まっていた。

 だが口に出すのは、怖かった。

 ディアナは待ってくれている、だからヴィクターも答えを言わなくてはならない。


「それなら、僕はディアナと一緒に居たい」

「私も、だから安心して?」

「……、よかった」


 このままでは街に行けないなと、ディアナは顔を拭いてくれた。

 後先はいい、僕は今したい事、出来る事をしたい。

 少しだけ、ヴィクターは吹っ切れた。


「ほらヴィクター、行こう?」

「はい」


 ディアナの手を掴み、ヴィクターはアグアノスに戻ってきた。





 自分の部屋で目覚めるのが、とても久しぶりに感じられた。

 慣れしたんだ匂いと光景に、身だしなみを整え、最低限の装備で本部の受付に向かう。


「アニス、おはようございます」


 受付のアニスは、相変わらず面倒そうに仕事をこなしていた。


「おはようヴィクター、帰ってきて三日も経つけどまだ仕事しない気?」

「遠征で稼げましたからね、休憩中です」

「とか言って、アーベラインさんと居たいだけじゃないの?」

「そうとも言います」


 少し嬉しそうな目でアニスは溜息をついていた。


「ヴィクターが初めて仕事以外で人と関わろうなんてね、妬ける」

「えっ?」

「アーベラインさんなら、何時もの酒場でご飯よ」

「わかりました……それとアニス」

「なに?」

「ありがとう」

「……、いいから行きなさい」


 行きつけの酒場は本部からかなり近い、遠征前もよく行っていた場所だ。

 中に入れば相変わらず賑やかなディアナ、そしてカーマインと相棒のミランダが居た。

 カーマインは先日依頼から帰って来たところらしい。


「おはようございます」


 各々が挨拶をし、ヴィクターはディアナの隣で注文した。


「ようヴィクター、お前が仕事を休んでると聞いて心配したぞ」

「たまにはこういう事もあります」

「辞める訳じゃないんだろう?」

「ええ、アニスに遠征の仕事を紹介されました、でもすぐに行きたくないだけです」

「ディアナさんがいるから?」

「はい」

「ハッキリ言うねぇ」


 横を見れば照れながらご飯を食べているディアナの姿に、思わず肩を寄せた。


「私達も負けられないわね?」


 そう言ってミランダはカーマインを揶揄い始めた、よく弄られているらしい。


「ディアナ、今日は静かですね?」

「気まぐれ、なんだか夢みたいだなって」

「そうなんですか?」

「だってこの街は楽しいし、こうやって同じ人と毎日過ごすなんて事、もう出来ないと思ってたから……、ヴィクターのおかげよ」

「僕もディアナと一緒だと楽しい」

「でもねー」

「どうしたんですか?」

「ずっとこうしてる訳にもいかないじゃない? お金も有限だし」

「ですね」

「また、一緒に仕事したいなーって」


 そう言って、ディアナは腕を絡めて来た。


「まずは依頼書を見てからです、期限近いのは嫌ですから」

「目的地もね、またハリルトンでもいいけど……、南部の湖畔は私も気になるし!」


 主に料理が、と力強く言い放った。


「なぁおい、ヴィクター、その前にいいか」

「なんです?」

「俺が遠征に行った時の話はした、だからよ、ヴィクターの話も聞きたい」

「それは私も興味あるわ」


 カーマインとミランダも今は休みだ、今回のハリルトンでの仕事がどうだったか聞きたいらしい。


「結構、散々でしたよ? 死にかけましたし、居なくても父には迷惑をかけられましたし……」


 朝ご飯が運ばれてくるのと同時に、ヴィクターは話し始める。

 今回の初遠征がどんな仕事だったか。

 どれほど厄介だったか。

 


 そして、どんな出会いがあったかを語る。

 


 語りながらヴィクターは考えた、次は一体、どんな出来事が待っているのだろうと。

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