第八話 聖剣の守護者
昼下がり、ヴィクターは北部行きの馬車へ乗っていた。
何処に行ってもハリルトンではエルフは目立つようで、どうしても視線が集まっている。
乗っている人数も五人と少ないのもあるが。
北部十六番国境街、バスティア神聖国の入口だ。
ハリルトンとバスティアは協力関係にある、精霊金貨や製法、薬が出回っているのも協力関係だからこそ。
バスティアから聖剣が帝国へ譲渡される。
その可能性も考えたが、一介の運び屋に頼む依頼ではない。
「おーい!」
突如、馬車呼び止められた。
声をかけてきたのは帝国兵の部隊だった、部隊の一人だけこの馬車に同伴するらしい。
「隣、失礼するよ」
「ええ、どうぞ」
帝国兵はヴィクターの横に座ってきた。
エルフが珍しいという理由で話し掛けられるのは何度もあった事だ、特に気にする事も無い。
帝国兵がガントレットを外し、両手を叩くと乗客が一斉に動き出した。
何事かと考える前に、話は進んでいく。
「一体、何事です?」
「アーシャからの鷹で急いで合流したんだ、ここに居る全員が以前君を追い回した黒装束さ」
一瞬で肝が冷えた。
思わず剣に手が伸びたが、周りは安心してくれとなだめてきた。
「……仕事でこなしただけですからね?」
「わかっている、手腕と運の良さは称賛に値した、そんな君が今度は味方と聞いて、しかも格安で引き受けてくれる事に感謝したい……、ハリルトン中央防衛師団、零番隊所属のユリアンだ」
ユリアンと名乗った男性は、素顔をヘルムで隠している。
声色で年老いた騎士ではなく、青年だと言うのがわかるくらいだ。
「事情は要らない、それが運び屋だろうが今回の任務は少々特殊でな、我々が護衛と言うよりは補助に回る、君は何も知らないまま、伝票に記された場所に向かい荷を受け取る、だが我々の指示がある場合はそれに従ってもらう」
「……、何かれば従う事、それでいいんですね?」
「そうだ、この馬車は夜に七番街へ辿り着く、十六番は明日だな」
「長旅ですね」
「そこは我慢してもらうしかないな」
ハリルトンの連中は、運び屋を便利屋と勘違いしているのではないだろうか?
本来の仕事とはかけ離れているような気がしてならない。
「ユリアンさん」
「なんだ?」
「どうしてこの依頼、僕みたいな部外者を使うんです? これだけ用意周到なら必要ないような気がして……」
「最もな意見だな、我々もそうしたいがそうはいかん、だから特殊なんだ」
「僕が知っても問題ない範囲での説明はありますか? 知らないと不味い事があるとか」
「そうだな」
ユリアンはしばらく唸ると、思い切った声で言い放った。
「知らない方がうまくいく」
「はぁ……」
変わった連中だなと、馬車から外の風景を眺める事にした。
「名前、ヴィクターさんだっけ?」
「そうですよ」
「なぁ、俺達を振り切った時の話を聞かせてくれないか? 参考にしたい」
「何処から話しましょうか?」
「二十三番砦の話は知っているからその後さ、東部前線にそれらしき人物の報告があった時は皆驚愕した」
「えっとですね――」
水棲馬に乗せてもらった話や皇帝支持の騎士達の力を借りた事、その後はどんな意図で荷物を落としたか、馬車ではどんな幸運があったか。
名前などは伏せながら、簡単に説明する事が出来た。
「偶然も重なり、か……、連絡網はこれ以上早く出来ん、今回は例外だろうか」
「貴方達に追われるような依頼はもう嫌ですからね」
「しかし凄いな、体は何ともなかったのか?」
「貴方達に切られましたよ、ざっくりと」
「物理的な傷ではなく、呪いの類とかは?」
「呪い?」
全く身に覚えがなかった。
「例えばどんな呪いが?」
「体が動かなかったり、幻覚が見えたり」
「……なかったですね」
「驚いた、あの魔剣を持っていて何ともないとは!」
「魔剣? あれが?」
「そうだ、あの剣の所持者になった者は呪い殺されるという逸話がある、まさか何も聞かされずに運んだのか!」
「そうですね」
「恐ろしいな、君は」
そんなに恐ろしい剣だったのかと、刺突剣の事を思い出す。
竜人族のフェルナンドは『邪神の加護がある』と言っていた事は覚えているがその程度で魔剣とは不思議な話だった。
邪心の加護と言えば、思い当たる事が一つだけある。
オーク、アスラクの話だ。
魔獣は、相手が抱く感情を大きくする事が加護の力だと言っていた。
最初から恐れを抱いた状態で見ると恐怖は増大していく。
あの剣は恐ろしい逸話付き、それを知っていると一種の恐慌状態に陥るのではないか?
それならギルバートに渡した時の反応が理解できる。
ハリルトンの騎士達は逸話を知っている、加護の事は知らないから刀身を見てしまう。
恐れるのも納得と言うものだ。
加護の正体さえ知っていれば何も怖くない、そういう類の話だった。
だからこそ、フェルナンドと二人で見ていた時は何も感じなかったのだろう。
水棲馬を恐れなかったのも、怖さより楽しさの方が上回っていたのかもしれない。
となれば、聖剣も精霊の加護が存在しているのでないか?
「ユリアンさんって、信仰者だったりします?」
「いや、私は違うな」
「工房街に行った時、ドワーフの方が信仰者で、精霊武具を作っていたのですが……、兵士の方で信仰者は多くないんですか?」
「そうだな、職人や労働者は信仰者となる事が多いが兵士は殆ど居ない、軍医は別だが」
「なるほど……」
ヴィクターは精霊の加護について詳しくない。
アグアノスには教会が無い上に、加護に最も詳しそうな精霊騎士にその辺の話はしていないのだ。
カーマインとの会話をもっとしていれば別だったのかもしれないが、悔やんでも仕方がなかった。
七番街で少し情報を集めてみようと、ヴィクターは一人考える。
これが出来れば両方の加護の物体を運ぶ事が出来る。
今後の運び屋の仕事の為に頑張ろうと、ヴィクター気合を入れ直すのであった。
…
七番街は大きな街だった。
北と中央を繋ぐ街でもあり、ハリルトンの大型農場もある。
戦闘地域から最も離れた場所に農場を作り、食糧の安定供給を実現しているのだった。
北西部の拡大の為にはイーア山脈に進出しなくてはならないが、現在はゴブリンを刺激しない為にも、北東部の開拓を行っているらしい。
「宿の手配は済ませている、明日、その宿に迎えにいくからそのつもりで」
「わかりました」
宿へはヴィクター一人と堅苦しい空気はどこかへ行ってしまった。
あの連中と居ると息が詰まると、この仕事を早く終わらせたくなったヴィクターは、早速七番街の工場を探した。
農業をするにも道具を使う、武具以外でも信仰者は居るはずだと。
夜でも鉄を打つ音で、工場は直ぐに見つける事が出来た。
早速中へ入り、職人達を探す。
「エルフ? 珍しいな」
すると、作業が終わったのかくつろいでいる職人達を見つけた。
人数は五名、皆人が良さそうなおじさんばかりだ。
「すいません。この中で信仰者の方っています?」
「全員そうだよ、精霊様の力を借りて道具を作っている」
「では、精霊の加護について詳しい方っています?」
「加護は、ワシら貰ってないな」
「そうだな、ありゃあ騎士様だけの加護だから」
と、詳しい話は聞けなかった。
この街に精霊騎士は居るのかと尋ねると、居ない、見た事が無いと言われるばかり。
仕方ないと、ヴィクターは手配された宿に向かい、一階の酒場でエールを飲みながらぼんやりと考えるしかなかった。
隅っこのテーブルでひたすらどんな加護なのか悩むがわからない。
「信仰者であっても加護は無い、か……」
工房のドワーフも、軍医のバラノフも技術として製法した薬を使っていた。
信仰者であるという事は、技術を学ぶ資格、教会の制度ではないのか?
そう考えると信仰者がこれだけ居るのもわかる、選ばれた者しか身につかない加護とは別だ。
魔剣がそうであったように、加護には物でも生き物でも関係が無かった。
だから今回の聖剣も加護を授かった剣だと推測できる。
「そういえば、教会に関しちゃ全く知らないんだな」
精霊薬治療をしてもらった時の事を思い出す、体を異常なほど活性化させる。
それは痛み伴い、体力を犠牲に傷を塞ぐ事が出来た。
「そういや、なんでみんな祈って作っているんだろう」
祈りとは何なんか、信仰者としての義務という可能性もある。
「わからん!」
残ったエールを飲み干し、その日は寝る事にした。
…
ユリアン達との道中は全く持って楽しくない。
無駄話もせず、任務に忠実な堅物だ。
兵士としてはそれでいいのかもしれないが、ヴィクターは退屈で仕方がなかった。
その為、殆ど馬車の中で寝て過ごし、気が付いたら北部国境の十六番街に到着してしまった。
「やぁっと着いた……」
「今夜はもう遅い、明日また宿に迎えに行く」
「わかりましたよ」
ユリアンはそんな道中でも何ともないのか、平然としていた。
散々眠ったせいで少し体を動かしたい気分だ。
「ぐるっと街でも見てみるかー」
少しくらいならいいだろうと、街を散策するが帝国軍の施設と神聖国の施設が殆どで立ち寄れる場所が多くない。
仕方ないと宿に戻る道中で、見た事のない建物を見かける。
看板を見れば、教会と書いてあった。
「これが教会……」
入口を箒で掃除していた人と目が合った。
変わった格好をしている、ヴィクターはそんな感想を抱いていた。
「どうかなさいました?」
落ち着いた雰囲気の老婆だった。
この教会に長く勤めている人なのかもしれないと、挨拶をする。
「こんばんは……、実は教会という建物を初めて見たので」
「おや、ではハリルトンの方ではないのですね?」
「はい、ハリルトンより西の未開圏を超えた先にある、商業都市アグアノスから」
「随分と遠くから……、良ければ中で教会についてお教え出来ると思いますが、如何ですか?」
絶好の機会だと、ヴィクターは喜んで中に入って行った。
「どうぞ、お座りください」
聖堂と呼ばれる場所に案内され、そこにある長椅子の最前列に座る。
特に目立った装飾も無く、蝋燭の火に囲まれ、目の前には精霊を模した像があるくらいだ。
「ここは、どういった場所なんです?」
「精霊様にお祈りを捧げる場所です、奉仕者の皆さんは此処で祈りを捧げ、技術向上や己の精神を鍛えられるようにと願うのです」
「失礼、奉仕者とは?」
「貴方には、信仰者と言った方が伝わりますか? 申し訳ございません、つい古き呼び名で語ってしまいます」
「いえ、勉強になります」
一つ、気になっている事を尋ねてみた。
信仰者達の祈りについてだ。
「あの祈りは一体?」
「正しき祈りを唱えた時、その品は完璧な形へと変わるのです」
手順としては精霊薬を使用する段階へ進め、薬品事に定められた祈りを唱える。
決められた速度、決められた瞬間に作業工程を進める事によって品物の完成度は高まる。
祈りとは、作業工程を正しく進める事を意味していた。
焦って早く唱える事や、流れを乱す事になってしまうと出来上がる品の完成度が下がる、そういう事らしい。
聖堂とは、その祈りを正しく覚える場所らしい。
また、決められた動作をこなすという事を体に覚えさせる事によって、より高度の祈りを覚える事が出来るという。
精神を安定させるという役割もあるらしい。
こうやって職人達を増やし、育成する事によって広く技術力を向上させる。
また何かに打ち込む事によって生きる事への目標を見つける事が出来る。
高度な祈りは高度な道具を生み出す、それは使う相手喜び、作った自分自身も感謝される。
そういった救い、信仰らしい。
そして優れた信仰者は加護得て、加護を持つ道具を生み出す事が出来るという事だ。
「精霊様は美しさを求めています、そして精霊様に認められた物や人物は加護を、精霊様の恩恵を授かるのです」
「なるほど……」
「シスター、お客様ですか?」
聖堂の入口から声をかけてきたのは美しい鎧を纏った女性の騎士だった。
ブロンドの長髪が歩く度に美しく揺れ、手足の動作全てが洗練されている。
実力も美しさもある、理想の騎士のようだ。
彼女と鎧が組み合わさる事により、触れてはいけない芸術品の様な印象だった。
「はじめまして、ヴィクター・エル・ネヴィルと申します」
「これは丁寧に、バスティア神聖国所属、精霊騎士のグローリア・オーティです」
グローリアはヴィクターと握手すると、ヴィクターの容姿が気になるのか、彼女の赤い瞳は耳を見ていた。
「ハーフエルフなんですよ」
「異国の民ですね、噂には聞いていたがエルフの者は美しいというのは本当でした、此処には何の用で?」
「教会について説明してもらっていました、見るのは初めてでして」
美しさを望む精霊、それに認められた武具は彼女が身に着けていると言う。
「この鎧を見て貰えれば教会の技術が解るというもの、これはシスターが作った作品なんです」
「なんと、それは凄い」
シスター、修道士とも呼ばれる教会の者達は信仰者から選ばれ、手本となるような作品を精霊に貢献する事でなる事が出来るらしい。
「オーティさん、その――」
「グローリアで、そっちで呼ばれるのは好みではなくて」
神聖国の騎士は、閉鎖的ではなかった。
信仰そのものも、広める事を目的としているのだから当然と言えば当然だが。
「わかりました、グローリアさんは加護を授かったのですか?」
「ええ、そうでなくては精霊騎士を名乗れません」
「精霊の加護とは、一体?」
「加護と言っても大層な物では無いのです、人や物を大切にする心がればそのモノの真なる力を解放し心を保つ限り砕けぬ守りを得る……、己の力を信じ、作られた物を信じる事が大事なのです」
「信じる事によって、得る力だと?」
「はい、それは戦場で己や隣人を守り、敵を打ち砕く力にもなります」
騎士らしいと思える、そんな加護だった。
つまり完成された、加護を得た道具は劣化したり破損したりしない。
人の身で加護を得るというのは、己の心が折れない限りは力を引き出せる、そういう物らしい。
精霊薬治療も、体力、つまりは己の力を使った物だ。
使用者に影響を与えるのが、精霊の加護という事。
「教会に関して色々知る事が出来ました、これで、こちらの仕事も引き受ける事が出来るでしょう」
「ヴィクターさんはどんな仕事を?」
「運び屋です、今回も仕事でこの街に」
「過酷な仕事だと聞きます、それに亡くなっている者も多いのでしょう?」
「ええ、でも、僕はこれしか出来ないので、この生き方しか知らないのです」
「陰ながら応援しています」
優しい人だと、ヴィクターも思わず笑顔になる。
「お客様、そろそろ閉めねばならぬ時間です、宿が無ければこちらで泊まる事も出来ますが?」
「ありがとうシスター、宿は確保できていますので大丈夫ですよ」
「それは良かった」
二人に見送られながら、教会を後にする。
一先ず加護の概要は把握出来た、後は聖剣を目の前にしてみなければわからない。
…
翌朝、ユリアンとヴィクターは宿屋の食堂で朝ご飯を食べていた。
食事時でも素顔を隠す、変わった奴だと思ったが二日で慣れてしまっていた。
「昨日は遅くまで何処に?」
「教会へ……、色々教えてもらいましたよ」
「勉強熱心だな」
「今回の仕事は色々わからない事が多すぎるんですよ、報酬額も聖剣についてもね、一番は僕がここに居る事ですけど」
加護の内容も、他人に影響するものではない。
運び屋を使わなくてはいけない理由は何なのか?
「わかった、ここまで来てハッキリしない仕事させるのも嫌だからな、ヴィクターさんじゃなきゃダメな理由、俺達貴族の兵士が出来ない理由を話そう」
「それは?」
「受け取りではなく、引き渡しの際に貴族の兵士では駄目なんだ、というより帝国兵と神聖国の僧兵を使ってはいけない」
「何故?」
聞かなくて良い事を尋ねてしまったと口を押えるがもう遅い。
ユリアンはそんなヴィクターに構わず、話を続けた。
「この依頼はバスティア神聖国のとある一派と貴族の共同の依頼でな、聖剣は貴族から皇帝への献上品、バスティアの心象を良くしつつ、コネを作った貴族へ援助してもらう……、要はハリルトン貴族とバスティアの政府との繋がりを強くするためだ、依頼主の株を上げる要素の一つとして秘密裏に運ばなくてはいけない、両国の兵士を使えば敵対する貴族に感づかれる、その点ヴィクターさんは皇族の依頼を受けた運び屋だ、まさか貴族の仕事をしているとは思うまい、あの全力疾走は記憶に新しいからな」
「それ、僕が聞いて大丈夫?」
「誰かを蹴落とす事はしていない、あくまでもバスティアと依頼主の繋がりを強くし、皇帝からの心象を良くするだけで、仮にバレたとしてアンタに被害は無い」
「つまり、今この時期だからこそ出来る依頼と?」
「ああ、だから帰りは一人、アンタが馬車で寝ている間に俺達の仕事は済んでいる」
寝ててくれて助かったとの事だ。
「では、後はいつも通りの仕事をするだけ?」
「そうだ、安心したか?」
「かなり、殺されないとわかったし、勉強も出来たし、感謝したいくらいです」
精霊金貨は、絶対に断って欲しくないという意味で提示した事も教えてくれた。
バレなければバレない程、依頼主の立場は有利になるとの事。
「アーシャさんが依頼の際に、大げさだからもっと怖い依頼なのかと」
「そりゃ、意地でも魔剣を運んだヴィクターさんに受けてほしいって零番隊への依頼だったからな、前回の失敗もあるから気にしてたのかもしれない」
「中央に着いたらご飯でも奢ろうかな……」
「乗るかは知らんがね、それじゃ後はお願いします」
「はい」
危惧すべき点は無くなった、後は教会に行って荷物を受け取るだけだ。
ヴィクターは宿屋でユリアン達と別れ、再び教会の中へ。
「おはようございます、シスター」
「おはようございます、ヴィクターさん」
「実はお見せしたモノがありまして」
そう言って、ヴィクターは伝票を見せる。
「なるほど、それで昨日訪ねていらしたのね」
「ええ、大事に運ぶ物ですから、少しでも知っておかなければいけませんでしたから」
シスターの案内によって、聖剣の保管庫へ。
「あれ、グローリアさん?」
「ああやっぱり! ヴィクターさんが運び屋と言っていましたから、絶対会えると思っていました」
お互いに挨拶を交わし、聖剣の入った箱を細長い箱を受け取る。
「中を拝見させてもらっても?」
「はい」
鍵を外し、グローリアは中から聖剣を取り出す。
形状は典型的なロングソード、しかし鞘から引き抜けば刀身が輝き、刀身が実際よりも長くなる。
まるで魔法使いの武器だ。
グローリアの説明によれば、地上から空を飛ぶ魔獣を両断したという逸話があるとの事だ。
「聖剣・クヴァーシュ、確認しました……、バスティアから運んできたのは、もしやグローリアさんですか?」
「ええ、ですから引継ぎです……、と言いたいのですが」
「なんでしょうか?」
「ハリルトン中央まで、一緒に向かわせてください」
目的は出来るだけ秘密裏に運ぶ事。
しかしグローリアが同行するだけでバスティアの精霊騎士が宣伝しているようなモノだった。
「騎士グローリア、鎧は置いていきなさいよ?」
「勿論ですシスター、秘密裏に旅行するのですから」
護衛じゃなくて旅行なんですねと、少しだけ苦笑した。
道中襲われる要素は少ない、仮に賊が来てもグローリアなら問題ないだろう。
教会を後にし、馬車乗り場でグローリアを待っているとフード付きの風防マントで現れた。
少しでも顔を隠したいらしい。
「それでは行きましょうか」
「はい」
箱を担ぎ、馬車へ乗る。
そこからは長い、七番街までの馬車移動だ。
北部の馬車は行きも帰りも人が居ない、農業に従事する者なら自前の馬を使うし、北へ商売に向かうのは商人の旅団や帝国軍だ。
なので、馬車内は二人だけ。
七番街に着けば人は増えるが、十六番と七番の間は人が少ない。
「まさか、グローリアさんも来るとは思いませんでした」
「ハリルトン帝国内の教会を回るんです、旅行ついでの仕事ですよ」
「大変なのか、そうでもないのか……」
ヴィクターは鞄から伝票を取り出した。
伝票を確認すると、中央で手渡す場所はショートソードを購入した工房だった。
アーシャに手渡すのだろうと一人納得し、のんびりとした馬車の旅は早くも退屈になる。
風景も変わりにくい平原と、たまに見える農場。
行きで寝てしまうのも仕方がない、だが今回は重大な荷物があるため眠気はなかった。
寝て盗まれたとなれば、三流とも名乗れない素人と同じであるからだ。
しかしグローリアは退屈ではないらしい。
「ハリルトン楽しみなんです、温泉があるって聞きましたし」
「ああ、アレは確かに気持ちがいいです」
「それに食事も豊かだと聞きます、今から期待してしまいます」
「バスティアは違うのですか?」
「ハリルトンから食料を分けてもらっています、その代わりに教会を派遣し、技術力を売っているのです」
バスティアは食物が育ちにくいらしい、その結果が道具の発展を促し、精霊の加護を得るまで大きくなった。
近隣に技術を、代わりに食料を。
ハリルトンからは特に多くの食料を分けてもらっているとの事だ。
「本当はクヴァーシュを渡す事もしたくないんです……、神聖国の、偉人の結晶ですから」
「それでも、ですか」
「はい、国のみんなが飢えてしまっては宝も意味を無くしてしまいます」
グローリアは少しでも長く聖剣の傍に居たい、それで運搬役を志願したと話してくれた。
「そういえば、ハリルトンの北東部を開拓して農場を作るみたいですよ、生産量が増えれば品は安くなる可能性もあります」
「そうですね、開拓を早くするためにも、教会の技術を広めねばなりません」
知恵はあっても土地が適さない。
今後もハリルトンとの関係を良くしなければいけないと、頭ではわかっていてもグローリアは我儘を言いたくなると愚痴った。
「僕は、比較的新しい文明圏の生まれだからその辺はわからないんですよ、昔戦っていたオーク族やゴブリン族とも取引する街で育ちましたし」
「取引、出来たんですか?」
「戦ってもお互いに被害を生むだけです、オーク族は狩猟が得意だし、ゴブリン族は意外と器用だから技術を教えれば次々と物を作ってくれます、木製の道具なんかは特に」
「その、治安とかは大丈夫なんですか?」
オークやゴブリンの印象が悪い所は多い、未だに戦っている国だって存在する。
「ハリルトンの様な綺麗な場所ではないですから、あまり良いとは言えませんね」
「上手くはいかないんですね」
「上手くいっている方だとは思いますよ? 他所との交易も出来ているし、女性が一人歩き出来る場所も多い……、それにある程度は妥協しないと、人間にだけ優しい街になってしまいます」
他種族と暮らすならある程度の譲歩は必要だ。
アグアノスは、うまく均衡がとれている街だと言える。
「まぁ、これ以上人が増えたらわかりませんが、今の所は族長達が上手くまとめています」
「……」
「えっと、すいません、話が大分逸れちゃいましたね」
「ヴィクターさんが、視野を広くしろと言いたいのはわかりましたよ」
「拘りを捨てるのではなく一時期的に忘れてみると、変わったが見方が出来る事もあると……、父の言葉ですけど」
「覚えておきます」
「大した事も言えず、申し訳ない」
「いいんです、愚痴が言えただけでも助かりますから」
そう言ってグローリアは遠くを眺めていた。
七番街へはまだまだ時間が掛かるようだと、ヴィクターもつられて景色を眺めていた。
…
七番街で一泊し、次の日の馬車で二人は中央へ辿り着いていた。
「人に酔いそうです……」
「大丈夫ですか?」
「はい、短い間でしたがありがとうございました」
「こちらこそ、聖剣はちゃんと届けますのでご安心を」
グローリアと別れ、ヴィクターは職人街の工房へ向かった。
届けるまでは油断できないと、慎重に箱を担いで歩く。
この聖剣は政の道具となってしまう、かつての英雄が使っていた武器がだ。
戦えず悲しいと感じるのか、それともまだ国の力に少しでもなれると喜ぶのか。
道具に宿った精霊の声は聞こえない。
「やっぱり、事情なんて聞くもんじゃない」
余計な事を考えてしまうと、何もかもを忘れる様に、一心不乱に歩く。
工房の前にはアーシャが居た。
こちらの姿を見かけると、手招きで工房の倉庫へと案内される。
箱の鍵は馬車から降りた際にグローリアから受け取っていたので、その鍵もアーシャへと渡した。
「……、伝票です」
「確認した、お疲れさま」
手渡された麻袋の中には銀貨二十枚。
「アーシャさん、少しだけ聖剣見てもいいですか?」
「私も確認するから、問題ない」
箱の鍵を外し、聖剣・クヴァーシュを取り出す。
「こんなに強い剣は東部前線でも、南部でも使わないわ」
「魔獣狩りの時でしょうか?」
「扱える騎士はどれだけいるのかしら、ハリルトンは個で戦うより群で戦う騎士ばかりよ」
結局お飾りにしかならないと、箱の中へしまった。
「精霊の加護があります、出番が来るまで壊れませんよ」
「流石、教会の技術といった所ね」
銀貨を鞄にしまい、ヴィクターは聖剣が厳重に保管される様子を眺めていた。
「……アーシャさん、ご飯でもどうです?」
「えっ」
心底呆れたような表情をされた、そんなに可笑しな事を言った気はしないが。
「魔剣の時のお詫びとして奢りますよ」
「遠慮しておく、この後仕事なの」
「そうですか」
仕事なら仕方ないと、ヴィクターは南門へ向かって歩き出した。
目的地は商業都市アグアノス。
期間にしてみれば一ヶ月も離れていなかったが、もう随分と長く遠征していたような気分だ
南門の近くに着いた時、五番街へと向かう馬車はまだ出発していない。
駄賃を渡し、中に座り込むと何時か話した帝国兵を再会した。
「色男じゃないか、仕事は済んだのかい?」
「ええ、ですからアグアノスへ帰ります」
「そうか、またこっちに来る事はあるのかい?」
「仕事が入れば何時でも、でしょうかね」
馬車出発するまで、彼と話をし続けた。
少しでも後味の悪さを誤魔化すように、明るく話し続けるのだった。
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