第二話 ハリルトン城塞都市での休息

 イーア山脈の麓を抜けて、二日目の朝。

 ヴィクター達の眼には街道が見えていた。


「……、しばらく待つしかなさそうですね」

「そうだな、面倒事は御免だ」


 街道だとすぐわかったのは、ハリルトン帝国の遠征軍が見えたからだ。

 南の部族との戦闘が激化しているのか、相当な数の兵士達が見えていた。


「凄い数です、相手も強力なのですか?」

「いいえ、この地図を見てください」


 ヴィクターは地図を広げ、アスラクとトイニに南の地形を確認させた。


「恐らくですが、途中から分かれて進軍するすると思われます、手広く防衛していると言う話はよく聞きますからね」

「うぅむ、この国じゃ俺達は長居出来そうにねぇな」


 オーク族という立場である以上、友好的ではない国留まる事は出来ない。


「どうしましょう、そろそろ懐が寂しくなってます」

「それでしたら、アグアノス周辺に戻ってみるのはどうでしょう? ハリルトンよりは稼ぎやすいかと」

「そうだな、ゴブリン共の巣に寄ってから、アグアノスに戻ってみよう」


 イーア山脈に戻ればあの地竜が居る、余程の事が無い限りは危険はないだろう。


「街に向かうと厄介事があるかもしれません、もう街道も見えますから護衛はここまででも大丈夫ですよ?」

「だな、少し心配だが……、まぁヴィクターなら平気か」

「それなりの腕はあるみたいですからね、私ほどではありませんが」

「確かに、トイニさんの弓には敵いません」


 懐から報酬を渡し、アスラクは確認せずに鞄へとしまっていた。


「一応、額に間違いはないか確認してもらえると……」

「大丈夫さ、もし間違っていたら次に会う時に楽しみにしておけよ?」

「それは怖い」

「またな」

「ええ、お互いに生きていれば、また」


 お互いの荷物を抱え直し、アスラク達は西へ、ヴィクターは東へと歩み始めるのだった。





 街道に着く頃には、遠征軍の足跡しかなかった。

 方角を間違えないように地図を広げ、目的の街へと歩き出す。

 ここハリルトンでは街の名前がない。

 街は全て番号で呼ばれ、複雑になった街道のルートを呼びやすいようにしているらしい。

 零番がハリルトン城塞都市、中央だ。

 そこから近い順に番号が付けられているので、首都にどれだけ近いかは番号で把握しやすい。

 今ヴィクターが向かっているのは五番街、一桁の番号はかなり近い位置にあると言える。

 街に近付くほど人の姿が見え、巡回の騎士や商人の姿も見えるようになってきた。


「そこの者、止まれ」


 ゆっくりと歩いているとヴィクターは巡回の騎士に呼び止められた。


「はい、なんでしょうか?」

「エルフ族はこの辺りでは見かけない、どこから来た?」

「西の文明圏、アグアノスから……、それと僕はハーフエルフです」

「ハーフか、実際に見ても区別が付かんな……、何用でハリルトンに?」

「運び屋です、五番に着いてから馬車で中央に」


 騎士に商会の紋章と運び屋の伝票を見せると、騎士は懐から手帳を取り出していた。


「確認した、間違いなくアグアノス商会の紋章だな」

「徹底してるんですね」

「昔から密偵が多くてな、まっとうな商売をしている連中も迷惑している……、ハーフエルフなんて珍しい人間が居たら声をかけてしまうのもわかるであろう?」

「ご苦労様です」


 アスラク達と別れて正解だったなと、少しだけ安堵する。

 巡回が暇なのか、後ろの兵士達も無駄話に耳を傾けていた。

 騎士を合わせて三人いるが、誰も警戒している様子は無い。


「ハリルトンでは、ヒト以外の交流は無いのですか?」

「ドワーフ族以外は見かけんな、居心地が良くないのであろう……、アグアノスとの交易路を作る話も、イーア山脈のゴブリン共が嫌がってな」

「あれ、争ってはいないのですか?」

「周辺の部族と全て争っている国など何処を探しても見つからんだろう、イーア山脈を荒らさなければ連中は無害だ」


 ゴブリンやオークなら全て襲う国かと思えばそうでもないらしい。

 この騎士の偏見が無いだけかもしれないが。


「しかし、潔癖共は殺せと言うばかりだ……、連中は頭は弱いかもしれんが獰猛であり、執着心が強い、勝った所で被害にしかならん」

「上の連中はわかっていないんだ、下手に襲い、恨みを買ったら魔獣共まで来る」


 イーア山脈の魔獣は地竜だ、あれに狙われたら並みの兵士ではどうにもならないだろう。

 彼らは知っているのだろうかと、気になったヴィクターは興味本位で尋ねていた。


「イーア山脈の魔獣は御存知で?」

「いや、姿を見た事は無い」

「地竜ですよ、イーア山脈は広いですから、もっと凄いのもいるかもしれません」


 それを聞いて兵士と騎士の表情が引き締まる。


「本当か、運び屋」

「はい、アグアノスからここに来るまで未開圏を通るのですがその時に見ました、幸い機嫌がよかったのか僕は食べられずに済みましたが……、帰り道が怖いですよ」

「目撃者が居ない訳だ、戦った者は皆帰らず、だな」

「有益な情報です、これならイーア山脈への無謀な攻撃を抑えられますよ」

「ああ、しかし無能な潔癖共に伝わればいいのだが」

「先ほどから気になっていたのですが、潔癖共とは?」

「貴族共だよ、城壁の外を知らぬ無能だ」


 アグアノスには貴族はいない、どんな連中なのかヴィクターは想像するしかないのだ。


「その人達って役に立っているんですか?」

「皆無能なら居なくなっている、立派な方も勿論居るさ」

「複雑なんですね」

「ああ、運び屋なら関わる事もあるかもしれないな」

「楽しみにしておきます」

「そうか、五番街は近いが、気を付けてな」

「はい、皆さんも元気で」


 巡回の騎士と兵士から離れた後に、ヴィクターはふと気になって伝票を確認してみる。


「……、なんでこんなに長い名前なのかわかった気がする」


 伝票先の名前は長い、つまりこれから会うのは貴族という事なのかもしれなかった。


 ヴィクターが五番街に着いたのは昼頃だった。

 これなら直ぐに馬車に乗れば向こうの商会で安く泊まれるかもしれないと、五番街を観光せずに馬車の停留所へと歩いていく。

 広い国では重宝される交通手段だが、荒れ地の多い場所では馬車は動きにくい。

 街道が整備されたハリルトンだからこそ、機能しやすいのだろう。


「……賑わってるなー」


 停留所の人間から行き先と費用を聞き出し、中央行きの馬車に乗り込んでいく。

 それなりの大きさがある馬車だったが、乗っている人は多くなかった。

 中央以外の馬車は混みあっているのは不思議だったが、空いているならとヴィクターはのんびり足を伸ばす。


「おや?」


 馬車の護衛は中に座っている二人の兵士と訓練された犬だった。

 種類はわからないが、よく躾けられ、大人しくしている。


「馬車の護衛って、犬なんですね」

「なんだ兄さん、知らないの……、ってこの辺りの人じゃなかったか」


 馬車に乗り合わせた人も、ヴィクターの耳が気になるらしく先ほどから何度か目が合っている。


「帝国軍ではよく躾けていてね、危険を知らせるにはもってこいさ」

「鼻と鳴き声ですか?」

「そうだ、こうやって馬車の護衛もして経験を積ませ、前線へと行く時もある」


 ヴィクターは興味本位で近づいてみたが、犬達は静かなままだ。

 撫でてみても、変化はない。


「すっごい大人しいですね」

「訓練期間も長いからな、さて、そろそろ出発だ」


 馬車は動き出し、犬達は馬と並ぶように歩き出す。


「エルフってホントに耳が長いんだな」

「わかりやすいでしょう? 僕はハーフですけど」

「そうなのか、じゃあ区別ってどうするんだい?」

「実は僕も良く知らない」


 ヴィクターは母親の顔を知らない、物心ついた頃には父親しか居なかったからだ。

 母親の居るエルフの里の位置も知らず、会う事も出来ない。


「しかし羨ましいね」

「何がです?」

「その整った身体と顔つきさ、旅の途中でも綺麗なもんだ」

「初めて言われましたよそんな事」

「エルフは皆美人と聞く、ハーフエルフとはいえ、見せつけられちゃ信じるしかねぇ」

「よくわかりませんね」

「中央に行ったら、うまく誘いを断るんだな」


 ニヤニヤと話す兵士の相手をしていれば時間もあっという間で、日が少しだけ傾き始めた。

 護衛の犬は定期的に馬車の上に乗り、休憩しつつ護衛をしていた。

 兵士も話してばかりだと怒られるなと、後ろの方へ行き真面目そうな兵士になっていた。


「ねぇねぇ、お兄さん」

「はい?」


 兵士から解放されたと思えば、今度は乗り合わせた女の子が話しかけてきた。

 歳は十四か十五か、そんな感じに見えた。


「耳、触ってみてもいいですか?」

「そんなに気になります?」

「うん」

「少しだけですよ」


 耳の先は何とも言えない、表現しにくい感覚にヴィクターは苦笑いしつつ触られていた。


「も、もう駄目ですからね」


 手を振り払うと、女の子は不満げな顔だったが気を取り直したのか何度も話しかけてくるのだった。


「お兄さんって旅人さん?」

「いえ、運び屋です」

「大変な仕事だって聞きますけど」

「確かに、知り合いもよく亡くなっていますからね」

「じゃあどうして続けているの?」

「これしか、生き方を知らないんですよ」

「よくわからない」

「もう少し大きくなれば、わかるかもしれませんよ」


 父から学んだ以外の生き方を知らない。

 戦う術も、身を守る術も、世渡りの仕方も。

 これ以外知らないのであった。





 空が茜色になる頃に、中央に着いたヴィクターは、ハリルトンを仕切る商会へと向かい、伝票に書かれた人物の確認をとった。

 場所は都市の上層部、貴族達の多い場所であり「ご愁傷さま」といった顔で地図を渡された。

 そんなに嫌われているのかと感じるが、一先ず仕事なので足早に向かう。

 さっさと終わらせて一休みしたい。

 坂道を上り、目的の屋敷へと一心不乱に歩き続ける。


「……、なんだここ」


 上層へ辿り着いた時、辺りの景色に思わずそんな感想が口から出ていた。

 一言でいえば綺麗だった。

 旅装束で汚れた自分が物凄く場違いな気がしてならないと、貰った地図を確認する。

 一つ一つの屋敷が大きく、道行く人々は旅装束のヴィクターへ冷たい視線を送る。

 騎士の言っていた潔癖共という嫌味が、よくわかった気がした。

 旅とは違う疲れが襲い掛かる中、目的の家へと辿り着く。

 他の屋敷よりも警備の数も大きさも違い、本当にここなのか何度も確認していた。

 前金で全て渡してきた、依頼主の老人は一体何者だったのだろう?

 考えても仕方ないと木箱を取り出し、伝票を見せながら門番へ話しかける。


「すいません、運び屋の者ですが」

「伝票を」

「はい」


 伝票を確認すると、門番は驚愕の表情を浮かべ固まっていた。


「運び屋、確かにこの人物なのだな?」

「はい、この箱の中にワインとお手紙も入っています」

「……そうか、ご苦労だったな」


 木箱を渡し、さっさと離れようとした途端に後ろから声をかけられた。


「すまない、良ければ君が直接渡しに行ってもらってもいいだろうか?」

「えっ」

「受け取った時の事を、詳しく話してあげてほしい」


 気づけば執事の方も内側で待機している、正直断りたい気持ちで一杯だが、仕事の話なのでそうもいかない。

 本人に直接渡せるなら渡す、規則のようなモノもあるからだ。


「……、わかりました、旅装束のままでよければ」

「気にするお方ではないのでご安心を」


 執事に案内されるがまま、木箱を再度受け取り屋敷の中へと歩き出す。


 屋敷の扉を開かれた瞬間、ヴィクターは思わず足を止めた。

 本当に入っていいのか戸惑ったのだ。


「運び屋様、問題はありませんよ」

「そ、そうですか」


 綺麗な床に足を着け、執事の案内で奥へと入っていく。

 そして、目的の部屋の近くで年老いた執事へと変わった。

 長く仕えている人なのだろうと、年季を感じさせる姿だった。


「ご主人様、至急お渡ししたいモノがございます」


 ゆっくりと扉は開いていき、部屋の中は紅茶の香りが漂っていた。

 落ち着いた老人だった、気取った雰囲気もない優しそうな人物。


「珍しい客人だ、どちら様かな?」

「アグアノスからの運び屋です」


 老いた執事は何処から取り出したのか、釘抜きをヴィクターに手渡してくれた。

 素早く木箱を開き、中のワインと手紙を取り出す。

 一緒に伝票も渡した所、依頼主の名前を見た途端彼は突然笑い出した。


「あの老い耄れめ、生きていたか」


 詮索はしないと、ヴィクターは黙ったまま立っている。


「さて、改めて自己紹介しよう……、ギルバート・レイアウェン・フォン・ヌル・ハリルトンだ」


 そこで、自分の名前を言う前にヴィクターは固まっていた。

 ハリルトン、街の名前として最後に書かれていた訳ではないのか?


「どうかしたのかね?」

「ご無礼を承知でお尋ねします、この国でハリルトンと最後につくのは普通なのでしょうか?」

「いいや、皇帝の血族のみが語れる名よ」

「……ッ、これは失礼しました!」

「外の者なら知らぬのも無理はない、運び屋よ、名を教えてはくれぬのか?」

「申し遅れました、ヴィクター・エル・ネヴィルです」


 その瞬間、執事とギルバートも驚いていた。


「もしや、セドリックの息子か?」

「父を御存知で?」

「なんという事だ、息子の方が立派ではないか! ハッハッハッハッ!」


 父は良い人間だ、しかし雑な人間でもある事はヴィクターは身に染みて分かっている。

 幼い頃から教えてもらった事は、もう出来るだろうと全て任せられた事も少なくない。


「奴に息子が居た事は知っていたが、まさかあの老い耄れめ、仕組みおったな」

「えっと……」

「すまん、勝手に盛り上がってしまったな……、そこに座りなさい」


 汚れたまま座るのは抵抗感があったが、勧められては断れない。

 紅茶を淹れてもらい、一口飲んだ途端に少しだけ落ち着く事が出来た。

 良い紅茶だと、一息つく。


「セドリックとは知り合いでな、よく仕事を頼んでいた」

「粗暴な父が、迷惑をかけたのではないでしょうか?」

「良い仕事をこなす運び屋ではあるが豪胆過ぎる、誰の前であろうと態度は変わらん、そこが気に入ったワシもワシだが」


 送り主の人間はハリルトンの皇族であったが、政に嫌気がさして逃げ出した人間だった。

 ギルバートとは仲が良く、セドリックを通じて様々なやり取りをしていた事も分かった。

 政には参加しないが、外の情勢などを伝えてくれたらしく、彼なりにハリルトンには貢献していたとか。

 皇族とは知らず、アグアノスの人間は話好きな老人とか思っていなかったのだから驚きだった。


「……、それで報酬が前払いだったのかもしれません」


 父の功績と、アグアノスでの働きはあの老人も知っていた、それ故の信頼の形だったのかもしれない。


「初の遠征で、皇族に会うとは思いもせんだろう?」

「はい、道中地竜にも会いましたし、遠征とは恐ろしいものです」

「地竜とな」


 イーア山脈での出来事を隠さずに話していた。

 アスラクのようなオークも居るのだと、この人なら知っているのではないかという推測だった。


「セドリックの様な幸運だ、今後の成長が楽しみというものよ」

「有難うございます」

「次の仕事は決まっておるのか?」

「いえ、この後商会に向かってから決めようかと」


 遠征となれば報告はしなくても良い、次の仕事を引き受け、アグアノスに帰ってからまとめて報告する形になる。


「ふむ、ではワシの仕事を受けてもらえぬかな?」

「ギルバート様の、ですか?」

「うむ、前金として準備費用と、この屋敷で疲れを癒して行く事が出来るがどうする?」

「……、ご飯も頂けますよね?」

「やはり血は争えんな、セドリックも同じ事を聞く」

「親子ですからね、では引き受けましょう」


 白紙の伝票を執事に渡し、部屋を後にする。

 皇族のお屋敷での休息となれば期待しない訳がないと、気分は既に踊りだしていた。





「ほ、ホントに良いんですか?」

「はい」


 ヴィクターは、生まれて初めて浴場というモノを目の当たりにしていた。

 まずは旅の汚れを落とす、そういう訳で案内されていた。

 お湯を沸かして身体を拭く事はあっても、体を湯に入れるという経験はない。

 先ずは体を拭く事が一般的だと執事に教えてもらい、身体を拭き始める。

 使い方がわからない事があればと、執事も一緒に入ってもらっていた。


「こんなにお湯があるなんて」


 詳しく話を聞くとこの城塞都市がある山は火山らしく、温泉というモノが出てくるらしい。

 この街が火山の近くで危険である事は知っていながら、温泉の魅力には勝てないらしい。

 街の清潔さは温泉のおかげとも言えた。


「しかし、本当にセドリック様の息子なのですか?」

「どうしてです?」

「その、セドリック様は……」

「見た途端に飛び込んだとかです?」

「はい」


 簡単に想像出来てしまった自分がなんだか悲しくなっていた。


「申し訳ございません、ホント、あの人は」

「楽しい方ではあります、この間も――」

「この間?」

「はい、先月いらっしゃいましたよ」


 相変わらず飛び回っているらしい、一先ず元気なのは確認出来ただけでも安心出来ていた。


「こっちには何年も顔を見せていないのに」

「運び屋の方々は忙しいですからね」

「ええ」


 執事は軽く体を洗い終えた後、湯船にはいかなかった。


「あれ、入らないんですか?」

「私の出番はここまでですから」

「そう、なんですか」


 そのまま出て行ってしまい、ヴィクターは取り残されてしまう。

 身体も洗い終え、広い湯船を見渡しながらゆっくりと入っていく。


「……あぁ、なんだこれー」


 湯に浸かるというのが、こんなに落ち着くとは思わなかったと独り言が自然と出てきた。

 一度こんな体験をしてしまうと、もう一度味わいたくなる。


「贅沢とは恐ろしい魔物だ……、だったかな」

「セドリック様のお言葉ですね」

「そうそう……えっ?」


 何処からか返事が返ってくる、先ほどの執事は居ない。

 誰だと辺りを見渡すと執事が向かった、脱衣所から二人。

 その姿を確認した途端、ヴィクターは思わず背中を向けていた。


「どうかなさいました?」

「何故、女性の方が入ってくるんですか!」

「ギルバート様から、無事ワインを届けてくれた礼をと」


 そんな訳で使用人メイドを二人を寄越したらしい。

 双子なのかとてもそっくりで、美人の使用人だった。

 銀色の短い髪と整った体つきに一瞬目が離せなかった。

 二人は姉のイニスと妹のイリゼ、蒼い瞳がヴィクターをずっと見ていた。

 自己紹介を済ませた後にヴィクターを挟むような形で湯船に入られ、逃げ道を失う。

 この状況でどうしろと、そう叫びたくなる気持ちよりも初めて女性の裸を見たという感覚に気が動転している。


「目を瞑らなくても結構ですよ?」

「……うぅ」


 身体を密着され、ますます身体の身動きが取れない。

 この緊張感はなんだと、心臓が今までにないほど煩く動いていた。


「あ、あの、今日会ったばっかりの僕に、その、見せるのは嫌なんじゃないですか?」

「これもお仕事ですから」

「や、休んでもいいですよ、僕は何も言いませんから!」

「恥ずかしがってばかり、ヴィクター様可愛い」

「ひゃー……」


 どうしようもない状況に、諦めたように目を開く。

 上せてはいけないと、水を一杯貰いなんとか飲む。

 だが、飲んだ後の香りがするあたり、水ではなく酒であった。


「騙された……」

「気分も良くなりますよ」

「僕にどうしろと」

 

 使用人達は楽しそうだが、僕は辛い。

 未体験の感覚におかしくなりそうだった。


「楽しそうですね……」

「ヴィクター様のように奥床しい方ならいつでも歓迎です」


 何か引っかかる、この屋敷に入ってから久々に聞く存在が気になって仕方がなかった。


「もしや、父にも?」

「セドリック様には、ちょっと……」

「ですよね、絶対ロクな事しませんからね」

「はい、ですから、こういうお礼はヴィクター様だからです」


 良い笑顔で密着している、下を見れないので顔を見るしかない。

 耳に触られているのはなんだか落ち着かない。

 仕事とはいえ積極的過ぎませんかと、身じろぐが逃がしてくれなかった。


「ただの運び屋で仕事をこなしただけなんですよ?」

「今回のお仕事、ギルバート様は大変お喜びになっています」

「そ、それはよかった」

「次のお仕事にも頑張れるようにと私達からの応援でもあります、嫌でしたか?」

「そのような言い方は卑怯です」


 揶揄われて遊ばれ、耐えきれなくなったヴィクターは思わず湯船から出て行った。

 これ以上は手を出してしまいそうだと、脱衣所に歩いていく。

 もしかしたらそれが目的なのかもしれないが、なんとなく、そういうのは好きになれないヴィクターであった。


 次はギルバートも交えた食事だった。

 用意された衣類に袖を通し、見た事が無いようなほど綺麗に作られた食事が並んでいた。


「まるで別世界に来たような気分ですね」

「作法など気にしなくても結構、好きに食べたまえ」

「はい」


 そうは言われてもある程度の知識は教わっていた。

 多少不格好かもしれないが、ナイフとフォークで食べていく。

 美味しい、しかし少ないのですぐに食べ終えてしまうのが少しだけ残念だった。


「ヴィクター、温泉はどうであった?」

「湯に浸かるのは、とても気持ちよかったですけど……」


 視界の隅には、湯に入ってきた双子の使用人が映る。

 良い笑顔で、ヴィクターを見ているのが少々怖い。


「彼女らでは気に入らんかったか?」

「いえ、そういう事ではなく、その、僕が不慣れなものでして」

「真面目な青年じゃ、セドリックの息子とは思えんな」


 食べ終えた皿を片付けていく彼女達だが、視線がやはり怖い。

 さり気なく肩や手に触れるのは何故でしょう?


「ハッハッハッハッ! 狙われておるぞヴィクター!」

「反応に、困りますよ」

「エルフの血があるせいか、美人であるからな」


 先ほど身だしなみも整えたせいか、普段よりも肌が綺麗だ。

 髪も洗い流し、自分の髪なのに触り慣れない感触である。


「さて、では仕事の話へ移ろうかの」

「はい」


 スッと場の空気が変わる。

 今回の仕事は、それなりに重要な仕事らしい。


「ハリルトン南部の前線、二十三番砦に向かってもらいたい」

「何を運ぶのですか?」

「いや、まず向こうの砦に向かい、そこで受け取ってからこの屋敷に持ち帰るのじゃ」

「大きいですか、小さいですか?」

「その鞄に収まる大きさじゃ、細長いモノでな」

「わかりました」


 そうなれば、特に慌てる事も無い。

 戦場のど真ん中に行けというなら戸惑うが、行って受け取る事ならアグアノスに居た頃にもあった。

 報酬も受け取りやすく、やりやすい仕事だ。


「受け取るのに必要なモノは明日の朝に渡そう、今日はもう休みなさい」

「有難うございます」


 そう言って、ギルバートは部屋から出て行った。

 そこから案内してくれるのは、やはり先ほどの、双子の使用人である。


「さぁヴィクター様、こちらです」

「……、はい」


 部屋に案内される間も、湯船での光景が鮮明に思い浮かぶ。

 なんだか申し訳ない気分になり、少しだけ距離を開けていた。

 それに気づいたのか、彼女達は手を握ってきた。


「どうかしました、顔が真っ赤ですよ?」

「貴方達のせいですからね!」

「何を想像しているのですか?」

「言わせないでください……」

「言えないような事なんですね」

「虐めて楽しいですか?」

「いえいえ、そのような事は御座いません」

「手を握られるのは嫌ですか?」

「嫌じゃないです……」


 正直、かなり嬉しい。

 同じくらい恥ずかしさが襲ってくるのでまともに顔を見る事が出来ない。

 父の様な豪胆さが、この時ばかりは羨ましかった。

 

 部屋は決して広くはないが、十分すぎるほど整った部屋だった。

 荷物も運ばれており、旅装束は綺麗に干されている。

 乾きやすい素材のおかげで、明日には問題なく着れる。

 部屋に入ってから、ずっと気になるのは大きなベッドだ。


「こんな綺麗なベッドで寝れる日がくるなんて……」

「こちら、寝衣でございます」


 双子から受け取り着替えようとするが、身動きが取れない。

 何故なら双子が出ていこうとしないからだ。


「あの、何故そこで見ているんです?」

「もっと近い方が宜しいですか?」

「違いますよ! 何故出ていかないのかって事です、着替えるんですよ?」

「お互いの裸を見たではありませんか」

「あ、いや、そうですけど……、見ても楽しいもんじゃないと思うんですけど……」


 何故、こんな事になっているのかまるで分らない、ギルバートとの言う「狙われている」というのは冗談ではないのか?


「これは、ヴィクター様は着替え方がわからないのかもしれませんね」

「へっ?」

「そうですね、でしたらお手伝いしなくてはいけませんね」

「わかりましたよ!」


 着替えさせられたらどうなるか、怖いので見られながら着替えていく。

 脱いだ服を丁寧に籠にしまわれ、その間にサッと済ませた。

 ランプの蝋燭の火を消し、双子の視線が気になるが構わずベッドに入る。

 上半身だけ起こし、双子に向き合う状態になった。


「えっと、そろそろ寝ます、おやすみなさい」

「はい」

「あの、寝るまで居る訳じゃないですよね?」

「勿論です」


 そう言った途端、双子は丁寧に服を脱ぎ始める。


「はい?」


 無駄のない動作でサッと寝衣に着替え、月明りに満面の笑みが見えた。


「「ご一緒します」」

「ひゃー……」


 思わず変な声がでたが、双子は気にしないのか、何事もないような素振りで両脇を固められてしまった。


「どうして、こんなにしてくれるんですか?」

「手厚くお持て成し、というのだけではありません」

「何故です?」

「セドリック様から、貴方の話はよく聞かされていました」

「あの人は……」


 それからの話は、父と一緒に過ごして日々の話を聞かされた。

 散々世話を焼いた事、一人で初仕事を終えてからの苦労話。

 双子のメイドは、ヴィクターの知らない所でヴィクターの話をたくさん聞いたのだと言う。


「セドリック様には恩が出来ました」

「恩?」

「話した通りの素敵な殿方、いつか絶対ここに来させるというのは本当でしたね」

「まさか、そんな……」

「出会ってみたら想像以上」

「「そんな訳で、ご一緒させてください」」

「強引ですね!」


 特に何かする訳でもなく、もしかしたら双子に試されていると言う可能性を秘めており身動きが取れないヴィクターだった。

 しかし、旅の疲れというのは恐ろしく、そのまま睡魔に負けてしまうのだった。

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