第一話 訳ありの狩猟者

 旅が始まり、人の気配が薄れてきた頃にトイニはヴィクターによく話し掛けてきた。

 徐々に道も険しくなると言うのに、少女は疲れた顔すら見せていない。


「じゃあ、運ぶのはワインなんですか?」

「そうですよ」

「お酒一つに命を懸けるなんて、人が良すぎではないです?」

「運び屋ってそういう仕事なんです、たった一人の誰かのために命を懸けて運ぶ、勿論大口の依頼もありますけどね」


 水筒から一口水を飲む、一人で運ぶ事が殆どだったヴィクターは誰かのペースに合わせる事や、会話をしながら歩く事が不慣れなせいか乾きがいつもより早かった。


「トイニ、遠征慣れしてない奴のペースを乱すんじゃない」

「そうでした、気を付けますアスラク様!」

「俺じゃなくてヴィクターに言えよ……」

「いいですよ、誰かと歩くのは楽しいですから」


 これがワインじゃなければもっと気軽に歩けたのかもしれないと、愚痴を抑えながら二人に着いて行く。


「どうして、商人の行商隊に頼まずに運び屋に頼むんです?」

「ああ、僕らの方が使い勝手がいいのさ、商品も大事に扱うし、壊れた事も隠さないし」

「隠し事にも使えるからな」

「そうですね、それが僕らの役割です」


 一人の方が集団に襲われにくかったりもする、行商隊はどうしても大人数になるため、その物資を狙って盗賊団が襲ってくる事もある。

 馬車の音もデカく、魔獣に気づかれる事も多い。


「今回のワイン、お祝いの品で手紙も一緒なんです、なんとか貴重なワインを見つけたけど自分じゃ届けられないからって依頼できたんですよ」

「やっぱりお人好しです、仮に貴方が飲んで渡したよって適当に誤魔化してもバレないじゃないですか」

「そうですね、でも、そういう事ばかりしていると何時か自分にその報いが来る、自分の生き方は自分に返ってくるって、父の言葉です」

「ヴィクターのように真面目なヤツしか出来ん仕事なのはわかるな、いつか損するぞ」

「でしょうね、でも、それも人生ってもんですよ」

「達観してるねぇ……」

「そうでもありません、足掻く時は足掻きますよ」


 それからしばらく歩いていると、整備されていない道へと切り替わる、少し上を見上げればイーア山脈も見える場所。

 ここから先に歩いていけば、未開圏へ入るという事だ。


「一度休憩だ、イーア山脈に入ってから休むより危険は少ない、ヴィクターは仮眠取ってもいいぞ」

「思ったよりも、先は長いですね」


 地図を広げ、周りの景色で大体の位置を確認すると対して進んでいないのに時間ばかり掛かっていた、近くの村や街へ運ぶのとは勝手が違いすぎると実感していた。

 普段より少し重い、それだけで負担は大きいのだ、

 地図の位置をアスラクも確認し、今後の計画を立てていく。

 イーア山脈の未開圏さえ突破してしまえば、後は気楽な旅。


「ヴィクター、荷物は丈夫なのか?」

「はい、中も良い詰め草を使っています、木箱が壊れない限り中身は無事です」

「ふむ、良ければ夜に山脈を超えようかと思うのだがどうだ?」

「何故夜なのです? 火も使いますし、輝石なんて高価なモノは持っていませんよ?」


 自分から遭難するような事をする理由がわからない、日が昇り始める朝ならまだ解るが真夜中に月明りだけで進もうというのは危険としか思えなかった。


「手が無い訳じゃない、それに夜の方が俺は慣れている」

「アスラク様の眼は凄いのです、私も昇進している最中です」


 ふと、金色の瞳を見た事を思い出す。

 そんな瞳の色はどの地方の種族だったか、ヴィクターは休みながら頭を捻っていた。


「お二人は出来ても僕が着いて行けるでしょうか? 足を踏み外して荷を壊してしまっては元も子もありません」

「ああ、それは大丈夫だ、むしろ夜でよかったと思うだろう、だが、ヴィクターには眼を隠してもらうかもしれないが」

「それを聞いてよかったと思える方が不思議ですよ……」


 夜は魔獣の活性化する時間だと、狩猟者から去り際に聞いていた。

 頻繁に出会わないとはいえそれは油断というもの。

 考えていると、先日話したカーマインの話がふと蘇った。


「アスラク様を信用してくれないのですか!」

「せめて理由を聞きたい、アスラクさんが人間じゃないのは御存知ですがそれと関係あるのです?」


 金色の瞳、狩猟の技術、それはオーク族の特徴だ。

 カーマインの話によれば友好的なオークも一部存在するらしく、うまく交易できた街はオーク達を匿い、敵対しないように心掛けていると言う。

 昔からオークやゴブリンといった邪神の加護を貰う種族との戦争は長く、嫌悪している連中は少なくない。

 アスラクとトイニは黙って固まっていた。


「……どうかしました?」

「アスラク様がオークだといつ気が付いていたのです!」

「馬鹿! バラしてどうする!」

「あぁすいませんどうしましょう!」


 やっぱりオークだったのかと、少し安心しつつヴィクターは慌てず二人を見守る。

 この様子からして、本当に危害を加える連中じゃなさそうだなと笑いを堪えていた。


「香草で匂いも誤魔化していたんですね、金色の瞳を見なければ私も気が付きませんでしたよ」

「呆れたぞ、気づきながら一緒に歩いてきたのかよ」

「ええ、丁度友人からオーク族の話を聞いていたので、もしかしたらアスラクさんもそうなのかなと」

「そりゃどういう意味だ?」

「むやみやたらに襲ってくるオークとは違うという事です、それで、今度こそ理由は聞けるのですか?」

「ああ、教えよう」


 トイニはまだ慌てていたが、アスラクが頭を抑えると何故か落ち着いていた。


「俺はとある理由で高位の邪神の加護を貰っている、それで魔獣共と連携が取れるんだ」

「なんと、それは凄い」

「つまりだ、人が少ない夜に魔獣と接触し、背中に乗せてもらって一気にイーア山脈の麓を駆け抜ける、俺が先頭にいればゴブリンと遭遇しても散っていくさ」

「だから荷は丈夫かと聞いたのですね、僕が落ちなきゃ問題は無いと思います」


 魔獣の背に乗って夜を駆ける、カーマインの冒険譚に負けないような経験だとヴィクターは想像して楽しみになっていた。


「結構簡単に信じるんだな」

「駄目でした?」

「いや、面白い奴だとは思うがな」

「駄目です、アスラク様は渡しませんよ!」

「お前は何を言ってるんだ」


 トイニは抗議するようにヴィクターに迫ってきたが、正直何の事を言っているのか。

 それはヴィクターにもアスラクにもわからなかった。





 深夜に合わせるために、早めの休息と食事を取る事になったので野営の準備を始めていた。

 そこでのトイニの活躍は素晴らしく、ヴィクターが薪を集めてくると様々な準備を終わらせていた。

 ついでに弓矢で鳥を射抜き、肉まで確保するのだから恐れ入る。

 解体はアスラクが手早く済ませ、下ごしらえは完了していた。


「トイニさんは、アスラクさんから狩りの仕方を?」

「はい、力はありませんが手助けする事は出来ますので」

「いい相棒さ」

「アスラク様……」


 街中でも見たようなトイニに、ヴィクターは苦笑いである。

 トイニの鞄から丁寧に包まれた野菜と、解体された肉を少量の水で洗った後に手早く調理に取り掛かった。

 どうやらスープを作るらしく、鍋に入れた野菜は水分をたくさん含んでいるため水筒の水は全然減っていない。

 まさか外で贅沢な食事にありつけると思わなかったヴィクターとしては食事が楽しみで仕方なかった。


「香辛料は高いですよね、塩なんて特に」

「アグアノスならそこまででもないと思いますが」

「十分高いです、でもこれを使わないとアスラク様が残念そうにするので」

「俺のせいかよ」

「稼いだお金の殆どが旅の材料費に消えるのですからね」

「何時でも美味いもん食べたいだろうが、それに金使うのは当然だろ」


 相変わらず仲が良い。

 食事に拘る気持ちがわかるヴィクターとしてはアスラクの気持ちもわかるので黙って見守っていた。


「随分手慣れてますね」

「少しでも節約したいので、ホビット族の方に教えてもらいました」

「なるほど」

「あいつ等の凝り性っぷりには驚かされた、おかげでトイニもうなされるほど勉強してたぞ」

「感謝はしてますが嫌いです、あの小人め!」


 生活の知恵や、料理に関してはホビット族の知識は凄まじい。

 楽をする為に全力を尽くす、そんな生き方をしていると父の言葉を思い出していた。


「しかし、旅をするには細かい知恵もつけないといけませんね、二人には感謝しきれません」

「まだ始まったばかりですよ?」

「そうでしたね」


 スープのいい香りを楽しみつつ、乾燥肉を齧る。

 ふと素顔を出していたアスラクの顔に恐怖するのも一瞬で、その後は三人で食事を楽しむのであった。





 交代で仮眠を済ませ、三人はイーア山脈の麓へと近づいていく。

 麓は森も多く、思った以上に真っ暗だった。


「足元気を着けなよ、結構荒れてやがる」

「はい……ッ!」


 危うく転びそうな所でトイニがうまく支えてくれた。

 ハーフエルフで視力は良くても、暗さには弱いらしい。


「トイニさんは、見えるのですか?」

「なんとなくですけどね、慣れです慣れ」

「凄いですね」


 ヴィクターがなんとか慣れる頃には、周りを見る余裕も出来ていた。

 踏み鳴らされた道もあれば、誰かが着けてくれた縄もある。

 それなりの人が通っている証だった。

 遭難しないように目印もあり、先人達に感謝したい気持ちでいっぱいだった。

 たまに休憩しながら、三人は黙々と歩いていく。

 幸いにも天気は良好、これなら問題なく進めると多少の余裕が生まれた瞬間だった。

 背筋がなんだか寒い、そう感じてヴィクターはハンドアックスを掴む。

 それと同時にアスラクとトイニは身を屈めていた。

 ヴィクターは彼らに続くように身を屈め、音を立てないように神経を集中させる。

 魔獣ならアスラクが何とかできるが、ただの大型の獣だった場合は別だ。

 そうなった場合は何とか処理しなくてはいけないだろう、特に狼といった集団で行動する獣には注意が必要になる。

 撃退しても怪我を負った場合は話が変わる、匂いに敏感な獣が集まってきたり、怪我で身動きが取れなくなる可能性もある。

 未開圏の危険性を再確認し、自然と汗が流れてきていた。


「チッ、野犬共か」

「ではもうこちらの位置はバレていますね、ヴィクターさんは荷物を下ろした方がいいです、その荷物は襲われません」


 求めているのは私達のお肉ですからねと、そう付け加えられたのでゆっくりと下ろして身体から少しだけ遠ざけた。

 あの荷物は重い上、野犬では運べない。

 仮に体当たりされても木箱はビクともしないだろう。


「おい、弓貸せ」

「はい」


 アスラクはゆっくりと移動し、弓を構える。

 ヴィクターには何も見えないが、弦を弾き、弓がしなる音が聞こえると同時にハンドアックスを持つ手が少しだけ震えていた。

 矢が放たれ、矢が木に刺さる音が聞こえたと同時に周りが一斉に動き出した。

 アスラクは牽制していたのだ、弓をトイニに渡し、戦斧ではなくメイスを取り出せるように準備しているのが見えた。

囲まれているというのにトイニとアスラクは動じていない様に見えるのは錯覚なのだろうかと、息が少し荒くなる。

 野犬がアスラクへと飛びかかった瞬間、腰に着けていたメイスで正面から地面へと叩きつけられていた。

 情けない悲鳴と共に一頭は沈黙し、同時に飛びかかろうとした野犬は思わず足を止めている。

 その隙を待っていたと言わんばかりにトイニは弓矢で野犬の頭を射抜いた。

 続けて動こうとする野犬に素早く殴りかかるのはアスラクだ。

 こうして一瞬の間に三頭の野犬が地に伏していた、その手並みにヴィクターは目を奪われるがあたりの気配はまだある。

 初撃を潰され、襲うかどうか悩んでいる可能性だ。

 足を止めた野犬には矢が刺さる、トイニの夜目はなかなか鋭い。


「――――ッ!」


 次の瞬間、凄まじい咆哮が野犬の群れと三人を震わせた。

 遠くから獣の悲鳴が聞こえ、野犬たちは一目散に逃げていく。

 本来なら恐怖する所だが、アスラクは武器をしまい、トイニはなんだか楽しそうに荷物を回収していた。

 慌ててヴィクターも回収すると、地響きが近づいてくる。


「い、一体どんな魔獣が?」

「さぁな」

「さぁなって、大丈夫なんですか?」

「じゃなきゃ武器は構えたまんまだろ」

「そうですけど」


 細い木は薙ぎ倒され、月の光が届くようになった瞬間、そこには大型の魔獣が目の前で大人しくしていた。


「ほぅ、イーア山脈の魔獣っていうのは地竜だったか」


 翼のないドラゴン、凶悪な鉤爪と牙が毒々しく、巨体を支える脚を見るだけでも恐ろしくなる。

 出会ったら死ぬ、それは間違いなさそうだ。

 しかしアスラクと地竜はまるで仲の良い友人のように触れ合っている。

 その異様さに、何とも言えず固まる事しか出来なかった。


「しばらく加護を持つ相手が居なかったもんだから嬉しくて走ってきたんだとよ、可愛いやつだ」

「か、かわいいですね」


 言葉がわかるかどうか知らないが、とりあえず世辞を言っておく事で間違いはないだろうと苦笑いを浮かべるくらいしか出来なかった。


「どことなく、愛嬌を感じます」

「だろう?」


 トイニは既に背に上っていた、早く上ってこいと手を振ってくれるが近づくだけでも恐ろしい。

 そもそもどうやって上って行ったのかがわからない。


「どうしたヴィクター?」

「どうやって上ろうかと思いまして……」

「ああ、ちょっと待ってろ」


 そう言った途端、地竜がドンッと近づいてきた。

 近くに振り落とされた脚が大迫力過ぎて変な汗が止まらず、ヴィクターの顔色は青くなっている事だろう。

 いつまでも固まっていると地竜の手が目の前に広がり、腰を器用に掴まれる。

 そのまま圧し折られないと分かっていても恐怖は消えない。

 二人がなぜそんなに平気なのか、全く理解出来ずにいた。

 器用に上ったアスラクの傍まで運ばれ、なんとか受け取ってもらい、一息つく。


「……加護の意思疎通って凄いんですね」

「ヴィクターが怖がるのは当然だ、俺達にはそういう加護が働くんだからな」


 それで素顔を見た時に恐怖したのかと、目の前の事から逃避するように頭を動かしていく。


「あれ、トイニさんは平気なんですか?」

「恐怖を増大するのが加護なの、最初から怖がっていない相手には無意味なのです」


 トイニはアスラクの事を本気で信用している、そう感じた途端、随分と気分がマシになってきたなとヴィクターは実感していた。





 地竜はワザとゆっくり歩いていた、どうやら加護と触れ合える事が嬉しくて直ぐに離れたくないようだった。

 それでも歩くよりは断然早い。

 獣にも襲われないのだから安心出来るというものだ。

 ゆっくり歩いてくれるおかげで腰の負担も少なく、快適と言える状態だった。


「こんなに未開圏をゆっくりできるのは珍しいでしょうね」

「俺も地竜だは思わなかった、そりゃ滅多に遭遇しない訳だ」

「アスラク様、眠くなってきたので寝ていいですか?」

「おう、後で起こしてやる」


 トイニの度胸には何度も驚かされた。


「やっぱまだガキだな、背伸びしても疲れには勝てん」

「このくらいの年頃でしたら、十分立派ですけどね」

「だが、本来なら遊んでる、こんな技術を身に着ける年齢じゃねぇだろ?」


 アスラクはトイニを抱え直し、頭を撫でていた。


「ですね、しかしこのご時世です、後に役に立つのは技術ですよ」

「なんだ、結構冷たい事も言うじゃねぇか」

「後から知るのか、早めに知るのかの違いです、後で知らなかったと絶望するよりはいいでしょう?」

「そりゃ、そいつが受け止められればって話だ、コイツの手に焼き印があったのは見たろ?」

「ええ、やはり、人売りですか?」

「ああ、たまたま気に入ったから一緒に居るがな」

「深くは聞きませんよ」


 何故オークが人間のフリをしてまで生活をしているのかは知らない。

 邪神の加護を持っているという事は高位のオークだ、ただの荒くれモノとは違って軍を率いる力を持っているのは魔獣の事を見ても解る。


「なんか色々聞きたそうじゃねぇか」

「……、わかります?」

「まぁ、こんだけ色々したら気にもなるだろう」

「独り言を勝手に聞く事ならしますよ?」

「ヴィクター、アンタといると妙に口が軽くなる気がするな」

「少し嬉しいです」


 カバンから乾燥肉を取り出し、アスラクに手渡す。

 ついでに大きな乾燥肉を移動費と言わんばかりに魔獣に手渡した。

 魔獣には物足りない量だろうが、少しでも美味いと思ってもらえれば幸いだった。


「もっと寄越せって」

「ごめんなさい、これ以上は……」

「だろうな」


 すっかり馴染んだヴィクターは荷物を抱え直し、風景を眺めていた。


「オークの集落っていうのはよ……」

「あぁ、言ってくれるんですね」

「独り言だ、とにかく飯が不味いんだ、しかも俺の居た所はよく戦になってよ」


 戦というのは、大体が人間との戦争だ。

 精霊信仰の国ではオークやゴブリンというだけで襲い掛かるほど目の敵にしている。

 この地方では交易する相手でも、他も同じとは限らない。


「やっぱ、信仰で戦争ですか?」

「いや、領土奪還だったな、昔は人間が住んでた所だから返せって」

「結果は?」

「相手が弱すぎてな、話にならん」


 その地方のオークが強すぎるという可能性もあったが、ヴィクターは黙って話を聞いていた。


「俺はそこで突撃部隊に参加しててな、こうやって魔獣の背に乗って相手に突っ込んでいくんだ」


 魔獣の部隊と歴戦のオーク、魔法使いでもいないと勝ち目は薄そうな内容だ。

 魔法使いは全世界でも数人しかいないと聞く、小国の小競り合いに参加するとは思えなかった。


「まぁ、その話はどうでもいい、肝心なのは飯が不味い事だ」

「そんなにですか?」

「ああ、食べれればいいとロクな調理も無しだ……、でもよ、戦に勝って敵の捕虜から食い物を貰ってな」

「それが美味しかったと?」

「ああ、知らねぇ味だった、こいつ等弱いくせにいい飯食べてると思ったら気になってしかたなくてよ」

「もしかしてそれで旅に?」

「おう、獣皮とか交換して金貰って生活してる」


 精鋭のオークがそんな理由で旅に出るとは世の中わからないもんだと苦笑していた。


「トイニには感謝してる、隠すのは一人じゃ難しかったからな」

「僕も、アスラクさんとまた会う事があったら協力しますよ」

「ヘッ、ありがてぇ話だ」

「生きていればですよ、いつ死んでも不思議じゃないんですから」

「そうだな」


 気づけば森を抜け、文明圏に近づきつつあった。

 もう少し近付いたらトイニを起こして、地竜に残った乾燥肉を渡そうと決めたヴィクターは、下りる事がなんだが名残惜しいと感じてしまう事に思わず笑ってしまうのだった。




 文明圏の名称は詳しくは決まっていない事が殆どだ。

先日までいた文明圏は中央都市であるアグアノスの名前で呼ばれることが多く、国という扱いではない。

 今回訪れたのは広大な地域を治める文明圏、『ハリルトン帝国』の領内に入った事になる。

 現在ハリルトンは周辺部族との戦闘が多く、先ほど通ってきたイーア山脈のゴブリンとも戦闘していた。


「僕はこのまま首都を目指しますが、お二人はどうします?」

「どうしますって、護衛だぜ?」

「ええ、ですが領内に入ったので達成したようなものです、近くの街から首都への馬車もありますから」

「わかった、じゃあその街までは護衛しようじゃないか」

「ありがとうございます」


 その直後、トイニに袖を引っ張られ小声で呼びかけられたのでアスラクに見られながら内緒話にする事に。


「報酬は私に、アスラク様に渡すと全て飯代に変わってしまいます」

「わかりました、大変ですね」

「全くです」


 山からの下り道、街はまだ見えないが歩いて二日ほどの距離にある事はわかっている。

 道中は持ってきたパンと予定よりも大幅に減った乾燥肉だが、この二人が一緒であれば食事は思ったよりも豪華になる可能性がある。

 ホビット族から学んだという薬草の知恵から調理法。

 道中で出来る限り学ぼうと、トイニとヴィクターの話は弾んでいた。

 アスラクは「腹が減るからやめろ」と小さく文句を言っていたが、トイニに夕食は頑張ると言われてからは静かなものだった。

 穏やかな道中だった。

 天気も良好で、先日の緊張感もなくたまにゴブリンの一団と遭遇する程度だった。


 ゴブリン族も様々だ、最初は威嚇してきたがヴィクターがアグアノスの運び屋商会の紋章を見せると、途端に態度が柔らかくなる。


「アヤウク、殴ルトコロダッタ!」


 等と相変わらずの聞き取りにくい言葉に苦戦しながら、アグアノスとの交易の話になる。

 その関係で運び屋も良く利用しているらしく、人員の少ない運び屋は丁寧に扱えとの指示が出ていたようだった。

 仮に運び屋でなくても、アスラクが居れば何も問題ないようだったが、オークだと言うのは明かさずに話は進んでいく。

 トイニはゴブリン達と物資の交換をしていた。

 荷物には獣皮がいくつか入っており、それを食べ物と交換しようという訳だ。


「ウム、イイ皮ダ」

「こんなにいいお肉を頂けるとは、気前がいいですね!」


 イーア山脈の獣肉、一体何の肉だと尋ねれば熊だという。

 今晩は豪華な食事になるとアスラクとヴィクターはつい期待してまった。

 防具に使う皮が不足しているからと、森や山の獣を狩りすぎる訳にもいかないとゴブリン族は言う、そこで外から皮を手に入るなら嬉しい限りだとか。

 狩猟者は何処に行っても交換するものには困らなそうだと、少しだけ羨ましく感じていた。

 アスラクが狩猟者になったのも現実的な手段の一つだったのだろう。

 ゴブリン達はそのままイーア山脈へと向かい、ヴィクター達は街道を目指す。

 街道を見つけてしまえば後は道なりに歩んでいくだけで、迷子になる事も無い。

 そうして歩き続けている内に日は傾き、三人は野営の準備に取り掛かった。





「今回は焼きます、熊焼きです」


 丁寧に分けた熊肉を香辛料等と一緒に焼いていく。

 かなり豪快な調理だが、雑という感じはしない。


「そういや、帰りはどうするんだヴィクター?」

「決めてないですね、このまま帝国領で別な仕事するのもいいですから」

「そうなのか?」

「はい、運び屋の遠征ではよくある話です、移動の準備をする資金を稼ぐついでに仕事をこなす、そうして様々な街を渡り歩いていくんです」

「冒険者のようだな」

「まさか! 仕事ですよ、冒険じゃない……、仕事によっちゃ危険地帯にも行く可能性はありますが」


 アグアノスの街で見かけるような冒険者に良い印象は無い。

 傭兵のように戦闘に特化した訳でもなく、運び屋や狩猟者のように何か街に持っていくわけでもない。

 適当な仕事を貰い、上手くいけば問題ないが状況をややこしくしたり、勝手に逃げていく者も少なくない。

 今じゃ何かのついでに雇われれば良い方。

 態々外の人間に仕事を渡すほど裕福な国でもない限りは冒険者は嫌われ者だ。


「昔は冒険者と言えば勇気の証だった、何時から荒くれモノの総称になったのやら」

「オーク族にも冒険者が?」

「ああ、群れから離れて生きていくと決めた者の勇気の証、昔は戦争ばかりだ、オークは邪神様が居なければまともな生活すら出来なかっただろうよ」

「時代、なんですかね」

「偉大でもあり、恐怖であった魔法使いも随分と減った、もう大戦を左右する存在も価値を失い、己の研究に没頭しているんだろうよ」

「こうしてハーフエルフとオーク、ヒトが一緒にご飯を食べれる時代を悪いとは思いませんよ?」

「違いねぇ!」

「もうそろそろ出来ますよー」


 そうして、トイニの用意した肉を頬張りながら三人は話を続ける。

 明日には街道が見えるかもしれない。

 二人と別れた後は帝国の中央、ハリルトン城砦都市へと向かう。

 初の遠征、今の所波乱はあっても死ぬ事は無さそうだと夜空を眺めるのだった。

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