長耳のベアラー
汐月 キツネ
第一遠征 ハリルトン城塞都市編
黒いバンダナの青年
必要とされる場所には自然と人は集まってくる。
人が集まれば活気が出来上がり、夜でも賑やかな街になる。
その地域、特に文明圏の大型都市となれば街道も整備され、商人が集まれば市場が盛り上がって飯の質も上がる。
――商業都市アグアノス、世の中でもかなり恵まれた都市だというのは、運び屋をしていれば嫌でもわかるとヴィクターは溜息をついた。
頼まれた物を他の都市へと運び終え、酒臭いドワーフの親父から感謝されつつアグアノスの運び屋拠点へと移動している最中だった。
報告をしなくては仕事が完遂したとは言えない、さっさと済ませて肉を食べる、それが仕事を頑張った自分への褒美だ。
…
運び屋本部はさほど賑わってはいない。
常に誰かが仕事をして、ここにいるのは管理する人間とヴィクターの様な仕事の報告か、依頼を受けに来た人が居る程度だ。
「ヴィクター! ヴィクター・エル・ネヴィル!」
大げさにフルネームで呼びかけてきたのは同時期に運び屋として登録した男性であった、しかしヴィクターは顔を覚えている程度で名前は覚えていない、それほど会っていないのだ。
「大げさに呼ばないでくださいよ」
「まだ生きていた事に驚いたのさ、流石はネヴィル家の男、悪運は強いと見た」
「父のような豪運は持っていません、生きているのは積み上げた技術と度胸とほんの少しの運です」
「まさか、エルフの血もあるのだろう?」
「勿論、おかげで体は丈夫です」
ヴィクターはハーフエルフだ、故に一部地方では疎まれる事があるが、身体面だけで見れば他人よりも力強く、長持ちする。
特徴的な長耳は、ヴィクターの特徴の一つだ。
同僚が覚えていたのはそのせいであろうと、一人納得しつつ名前を思い出そうと努力する。
「しばらく遠征していたのですか?」
「アグアノスに戻ってきたのは昨日さ、大口の依頼は金もいい」
「日々生活する以上の金は必要ありませんよ、強欲は自分を殺す、父の言葉です」
「ま、確かに俺たちは身軽な方がいいな、金の重みで殺されたくはない……、しかし、美味い酒と肉を奢ると言ったらどうだ、それでも必要ないか?」
「必要とは言いません、奢ってくれる友人に感謝はしますけど」
「素直だな、久々に話し込もうじゃないか」
そう言いながら同僚はバシバシと肩を叩いてきた。
こんなに力強く叩く奴はそんなに多くない、そうだ、確かカーマインという名ではなかったかと、ヴィクターは思い出す。
「ところで話すのは何時以来でしょうか、カーマイン」
「四年だったか、早いもんだ……」
そんなに話していなければ忘れるのも当然かと、生きていたかと聞かれても不思議じゃない。
「お互いにしぶといですね」
「まぁな」
金も入りやすいが襲われやすい上に死にやすい。
運び屋とはそういう仕事だった。
…
酒場で、カーマインとの話は盛り上がっていた。
ただ仕事の思い出話だと言うのに、冒険譚を語るような内容だ。
戦時中の文明圏で荷と一緒に想い人と巡り合えた事。
道中ドラゴンを見る事が出来た事。
オークの生活圏で仲良く酒が飲めた事。
未開圏での遭難。
本当の事なのかヴィクターには判断できなかったが、話として面白ければそれで十分だった。
「よく生きてアグアノスに戻れましたね」
「それもこれも相棒のおかげさ、妻と呼んでもいい」
「さっき話した亡国の騎士ですね、そんなにお強いので?」
「ああ、もうすぐ会えるから楽しみにしておけ」
「惚気を聴く気はありませんよ」
そんな話をしていれば、一人の騎士が店に入ってきた。
多少の砂埃でも隠す事の出来ない、美人であった。
「まさか、彼女ですか?」
「おお、その通りだ。 こっちだ、ミランダ!」
軽く会釈して、ミランダと呼ばれる騎士は席に着いた。
「初めまして、ヴィクターです」
「よろしくヴィクター、私はミランダ、精霊騎士をしている」
精霊騎士、精霊信仰者の守護者であり、加護を得た騎士の事だ。
アグアノスでは、信仰心の強い人間は少ない。
故に精霊騎士という名は知っていても直接会うのは初めてだった。
「……? カーマイン、僕は知らなかったんだが信仰者だったのか?」
「いや、俺に信仰はない、彼女だけさ」
カーマインが祈っている姿は想像が出来ない、無作法な男と厳格な騎士様という組み合わせにヴィクターは思わず苦笑いしていた。
「初対面で言うのもあれですが、キミとカーマインは釣り合ってないのでは?」
「私もそう思いますわ」
「え、おい!」
「冗談よ、すぐに引っかかるんだから」
カーマインの人情は、話している内に思い出した。
彼の明るさと強さは、この時代では魅力的だと感じていた。
「なるほど、気心知れた仲ですか、僕は帰った方がいいかな?」
「そんな事はねぇ……、あ、もうそんな時間なのか」
「ええ、もっと話してみたいですけど時間切れです」
「残念ね」
「楽しい時間はすぐに忘れる、だからこそ次も楽しめると言います、また会った時もきっと」
ミランダは何か思い当たるのか、少し考える素振りをしていた。
「どうかしたのか?」
「いえ、昔その言葉を聞いた事があったような……、長いバンダナを巻いた運び屋だったかしら」
カーマインとヴィクターは思わず吹き出していた。
その人物には心当たりがありすぎる。
「長いバンダナと運び屋、この言葉ときたら父かもしれませんね」
「あら、そうなの?」
「アグアノス、というかこの大陸の運び屋では有名な人なんだよ、セドリック・ネヴィルという男は、色々と伝説を作っている最中さ」
「父には敵う気がしません、では、生きていたらまた会いましょう」
「問題ない、きっとお前も豪運さ」
「だといいですね」
本音を言えばもう少し話していたかったが、ヴィクターはそうしなかった。
明日の仕事は、本腰を入れなくては危険だと言うの理解していたからだ。
懐にしまっていた、依頼書を広げてみればアグアノス周辺ではなく、隣の文明圏までの移動をしなくてはならない、長距離依頼だった。
道中はゴブリンの生活圏を通らなくてはならず、今まで違って護衛も雇わなくてはいけない。
カーマインのような相棒は、ヴィクターにはいないのだ。
父といい、カーマインといい、運のいい運び屋は美人にモテるのだろうかと、ヴィクターは空を見上げる。
そんな経験のないヴィクターには、かなり羨ましいと感じるが、まずは仕事をしなくてはいけないなと、気を引き締め直すのだった。
…
翌日の朝、鳥の鳴き声と共に目を覚ましたヴィクターは身支度を済ませた後に部屋の鍵を本部に預けていた。
受け取ったのはいつも眠そうに本部の受付をしているアニスという女性だ。
「あら、ヴィクターも遂に遠征するのね」
「はい、アニスさんともしばらく会えませんね」
「ちゃんと帰ってくれればいい、初遠征でそのままいなくなっちゃう人もいるんだから」
「気を付けます、父の言いつけはこのためにあるのですから」
「油断はしないと思うけど、慌てないようにね」
「はい」
本部を離れる前にアニスは手を握ってくれた、彼女なりのおまじないだと気づくのは、本部を出た後だった。
仕事で受け取ったのは一本の高級ワインが入った細長く、小さな木箱だ。
これを衣類の入ったカバンに入れ、手持ちのショートソードとハンドアックスを取り出しやすいように調整する。
食料は乾燥肉と水、それとパンだ。
薬は痛みやすく、管理が難しいので知識のないヴィクターは持つ事すらしない。
「さて……」
問題は護衛だと、まずは近くの傭兵団の詰め所に向かっていた。
アグアノス周辺で稼ぎをしている連中で人員も多い。
が、その傭兵団でいい返事はなかった。
理由としては、遠征慣れした人員が既に出払っている事。
それと、少々リスクが高いのに渡せる額が少ない。
慣れていない人員を補うには人数を増やす事になる、それはヴィクターにとっても傭兵団にとっても嬉しくない話だ。
ヴィクターが次に向かったのは、最も大きい宿屋と酒場だった。
しかしこちらもいい成果はなかった。
既に契約済みの剣士や、口だけのならず者や冒険者。
冒険者とは聞こえはいいが、他人を平気で裏切れる立場でもある。
仕方なく冒険者を雇って、帰ってこなかった運び屋も多い。
アグアノスの防衛騎士は遠征には協力しないと、ヴィクターはもう少し早めに探しておくのだと身をもって知る事になっていた。
次に向かったのは、市場の近くにある狩猟者組合だ。
彼らは護衛に期待できなくても戦闘や狩り、隠れる事は一流だ。
ゴブリンの生活圏を安全に突破する知恵を持っているかもしれないと、ヴィクターは未開圏へ一人で向かう事を決めていたのだった。
…
待合所で見かけた狩猟者に話しかけ、ヴィクターは助言を貰っていた。
「ゴブリン共の巣か、というと東のイーア山脈を越えた先に向かうのか?」
「はい、イーア山脈は知っての通り北東に伸びていますが、僕の目的地は方角で言えば東南東です、山登りはせずに済みます」
「そうか、山登りすると未交流のゴブリン街があるが避けて通れるのは大きい、全くないとは言えんが危険は少ないな」
相談に乗ってくれた狩猟者は老練と呼ぶにふさわしく、威厳があった。
彼の助言ならそれなりに信頼は出来そうだと更に耳を傾ける。
「遠征は初と言ったか?」
「はい」
「では、未開圏の脅威は知っているか?」
「整備されていない道とも呼べない場所に行く事では?」
「勿論、それが一番恐ろしい事だが、もう一つは魔獣の存在じゃ」
「ただの獣と何が違うのです?」
「邪神の加護を受けた獣よ、食べても毒にしかならぬ」
「つまり、魔獣がいる可能性があるという事ですね」
「魔獣いて整備できぬから、未開圏とも呼ばれるのじゃ」
「なるほど」
よくそんな場所を通らせるなと舌打ちするのを堪え、話を続けていた。
護衛が必要なのも頷ける、それと同時に頻繁に出会う事も無いだろうと言われた。
一人での踏破も、可能だと。
「頻繁に出会っておったらそもそも道として使われんよ、東の文明圏に向かいたければイーア山脈の麓を通る、それだけの話じゃ」
それより南の地方は通りたくても別の未開圏が広がっている。
比較的通りやすいのはココというだけだ。
「昔はよくゴブリンが待ち伏せしておったがな、今は多少の貿易に成功して昔の様な荒くれモンは減った、まぁ減っただけでいなくなった訳でもない、人間も一緒じゃろ?」
「賊はどの種族も一緒です」
遠征に誰か雇えるかとついでに聞いてみたが、出せる人はいないと断られてしまった。
助言をもらい、腹をくくった所でヴィクターは後ろから声を掛けられた。
「さっきの話聞こえちまったんだけど、護衛を探しているのか?」
振り向けば、珍しいくらい肌を隠した狩猟者がいた。
暗い色の装備で自然に溶け込むのは狩猟者の間では珍しくない、その男からは草木の香りがするほど、香草を染み込ませていた。
筋金入りだとすぐにわかる、その証拠に武器も大型の獣でも狩るのかという程デカい戦斧だ。
先端の槍部分で獲物を射抜いてきたのかもしれない、それとも剛腕を発揮して手足を薙いできたのか、どちらにせよ強者だ。
「はい、もう諦めて一人で行こうかと」
「自然を甘く見ると死ぬぞ?」
「承知の上、自然以外も甘く見たら死ぬでしょう?」
「真面目な奴だ、東に行くなら俺も一緒に行きたいのだがどうだろう?」
方言が混じっているのか、言葉が少しだけ聞き取りにくい。
よく観察すれば、アグアノスでは見かけない金色の瞳だった。
「護衛ですか?」
「ああ、帰りは出来ないが行きなら一緒に行ける、どうだ?」
「いいでしょう、もし貴方が騙したのなら僕が未熟というだけ」
「それは道中でわかる事だ」
「では、よろしくお願いします、ヴィクターです」
「ああ、俺はアスラクだ」
握手し、組合を出るとその狩猟者を待っていたのか、一人の少女が近づいてきた。
「遅いです、あまり長居しないと……、誰ですこの人?」
「東への道案内役だ、挨拶しろ」
少女も狩猟者なのか、全身を暗い衣服で包み、草木の匂いがした。
「……、トイニです」
「運び屋のヴィクターです、よろしく」
おっかなびっくり握手した手には焼き印が残っていた、それは元奴隷という事だ。
訳アリだというのはすぐにわかったが、詮索してもいい事は無いと歩きながら旅路を確認していた。
「正しい測量が行われた地図ではありませんが、大体の方角と、目印が何か、というのはこの地図でわかります……、それと他の旅行者も道として使うので整備はされていないでしょうが道はあるでしょう」
「それはいいな」
「あと、元々雇うつもりだったのは一人だったので二人分の報酬だと少なくなります」
「構わねぇ、こいつと俺で一人だと思ってくれ」
「アスラク様……」
今にも嬉し泣きするんじゃないかという程の喜び様に二人の関係が見えるような気がしていた。
これでだまし討ちされて殺されるのであれば、どうしようもないなとヴィクターは苦笑いしていた。
旅支度は済ませていたのか、荷物はまとまっている。
身軽な動きができる様に小さくまとまって、すぐに捨てる事が出来るように工夫もされていた。
二人が旅慣れしているのは心強いと気を引き締め直す。
こうして、昼前に三人は街の東門から出発する事が出来たのだった。
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