第三話 冒険者の女剣士

 翌日、朝日と共に目を覚ましたヴィクターは、名残惜しそうにベッドから起き上がると体を解し始めた。

 双子はもう仕事をしているのか部屋にはいない、旅装束も乾いているのを確認してから袖を通す。


「あれ?」


 装備の手入れをしようとした所で違和感に気づく、ショートソードやハンドアックスは磨かれており、小道具も綺麗になっている。


「彼女達かな?」


 今度会ったら聞いてみようと、荷物をまとめ、何時でも旅立てるように準備を済ませる。

 今日は皇族からの依頼、遠征してから二回目の仕事だと言うのに世の中は容赦しない。

 荷物をまとめる頃に部屋の扉が開かれ、双子が足音を抑えながら入ってきた。


「……、おはようございます」

「「おはようございます」」


 少し驚かれながら、残念そうな顔を向けられた。

 どちちがイニスで、イリゼなのかは判断できない。


「また寝ておられるのかと思っていました」

「仕事の朝は、早めに起きる様にしているんです」

「セドリック様はまだ寝ておられる時間なのに……」


 では何故この時間に入ってきたのだろうか?

 窓の外を見るからに、朝食には早い様に感じていた。


「「今から寝ても良いのですよ?」」

「すっかり目が覚めていますし、今からでも出発できたりするんですが」

「申し訳ございません、まだこちらの準備が……」

「ですよね、部屋でのんびりしていますよ」


 ベッドに座り、名残惜しんだベッドに飛び込みたい衝動に駆られるが、双子の前で子供じみた事をするのは気が引けた。


「どうかなさいました?」

「こんなに柔らかいベッドで寝たのは初めてだったので、少し勿体ないなと」

「横になられては如何です? 朝食のお時間に起こしますよ」

「そう、しますかね」


 旅装束も綺麗になり、装備も着けなければ寝にくいという事は無い。


「ところでお二人は何か用事があったのでは?」

「「気にしなくて結構です」」

「は、はい」


 静かに部屋から出ていくのを確認し、一人きりになったところで思い切りベッドに飛び込んでいた。


「家のベッドとは比べられないなー」


 肌触りも抜群である。

 このベッドの暖かさに包まれているだけでもあっという間に寝てしまいそうだった。


「やっぱり贅沢は魔物だよ、こんなのに捕まったら出たくなくなる」


 そのまま睡魔に襲われ、瞼が下りてきた瞬間、視界の隅に何かが見えたような気がした。

 なんだろう、そう感じて首を動かすと双子が見えた。

 そんなに時間が経ったような気がしない、実は少しだけ寝てしまったのかもしれない。


「…………、もしかしてもう朝食だったりします?」

「まだまだ寝てても大丈夫ですよ」

「それは良かったです」


 そのまま、ヴィクターは眠りに落ちてしまうのでした。





 朝食を食べながら、ヴィクターは耳まで赤くなっていた。

 ギルバートも同席し、朝食を済ませ次第仕事の話をする事になっていた。


「どうかしたのかね?」

「……、何かはあったのですが、言いたくはありません」


 静かに立っている双子は、いい笑顔であった。


「寝心地はどうであった?」

「良すぎて怖いくらいですよ、他人の気配に気づかない程寝るとは思いませんでした」

「イニス、イリゼ……、ヴィクターはどうじゃった?」

「「何時でも歓迎したいお客様です」」

「ギルバート様も勘弁してくださいよ……」

「嫌だったのかね?」

「そんな事はありません」

「宜しい」


 折角の朝食も素直に味わえず、よくわからないまま食べ終えてしまった。

 食器を片付けられ、必要なモノを渡される事に。


「まずは砦に着いた時に、門番に見せる物じゃ」


 豪華な装飾の着いた短剣を手渡され、無くさない様に懐へしまう。


「この仕事が終わったら回収させてもらう、それ程の価値のあるものじゃ」

「わかりました……、しかし、一介の運び屋に任せる仕事には思えませんね」

「お主なら問題ない、仮に盗まれたとしても、ワシの眼が腐っただけよな」

「信用してもらえるのは嬉しいですね」


 短剣だけでは意味がなく、今度は書類を受け取る。

 これを砦の指揮官に手渡し、そこから指示に従えとの事だった。


「確認しました、では、早速行ってきます」

「よろしく頼むぞ」


 一介の運び屋が、これだけ手厚くされる事は極めて異例だ。

 父セドリックの実力はそこまでのモノなのか。

 なんとなくそれが嬉しくもあり、悔しく感じていた。

 遠征は駆け出しである、何としても生き残り実績を重ねなくてはいけないと気を引き締め、屋敷を後にするのであった。





 中央から、目的地である二十三番砦は遠い。

 馬車もそこまで利用できる訳ではないので、南側に存在する十二番街へヴィクターは辿り着いていた。

 一日中乗り継いで、既に日は沈む前に馬を一頭だけ借りる手配を済ませる。

 その後で十二番街で手頃な酒場を見つけ、中で適当に飯を注文していた。

 席は壁際の小さなテーブルで、片方の椅子に鞄を置く。

 酒場は盛り上がっていた、客層を見れば街の労働者と武器を持つ傭兵ばかり。

 周辺部族との戦闘が続いており、戦闘に特化した傭兵達が稼ぎにきているようだった。

 彼らは集団で動いているため、馬車を持っている事が殆どだ。

 騎兵部隊であれば馬も多い。

 彼らと同行出来れば移動も楽になるが、借りた短剣を見せる事は極力したくはない。

 粗暴な連中も確かに多いが、それよりも恐ろしいのは強かな連中だ。

 利用されるのはまっぴらだ、ギルバートから仕事を貰った等と一言でも喋れば寄ってくる連中もいるだろう。

そういう訳で、騒がしいテーブルから離れた所に座れたヴィクターは少しだけ安心していた。

 特殊な任務では、信用の面でも一人の方がいい。

 過酷な状況でもない限りは護衛も避けた方がいいだろう。


「すいません、お一人のお客様がいるので相席いいですかー?」

「構いませんよ」


 一人で来るのであればこの街の労働者か、警備の兵士か。

 そう考えていると、予想外の人物が給仕に案内されていた。


「相席ありがとね!」

「問題ありませんよ」


 来たのは長身の女性、剣士だった。

 旅の汚れがあっても美しいと感じる長い金髪と、どこか子供っぽい表情。

 細い体つきと感じたのは最初だけ、腕など肌の出ている所を見れば引き締まった筋肉が見える。

 無駄を削ぎ落した、生粋の戦士だと直ぐに解る事が出来た。


「ご注文は?」

「す、少し考えさせて!」

「わかりましたー」


 注文表と睨めっこしながら、表情が次々と変化している。

 何を頼むにしても楽しそうだと、見ていると緑色の瞳と目が合った。


「なにかな?」

「いや、なんだか楽しそうだなと」

「そうでもないよー、それにしてもハリルトンってなんでこんなに値が張るの?」

「人の出入りが多い国ですからね、ある程度高くても出せる客の方が多いという訳です」

「出せない客は?」

「我慢するか、稼ぐしかないでしょう」

「だよねー」


 女剣士の装備を見る限り、悪い稼ぎではないように感じた。

 壁に立て掛けられた特大剣も立派なもので、それだけでも実力があるように見える。


「おまたせしましたー」


 給仕から、ヴィクターが頼んでいた食事が運ばれてきた。

 特産の野菜と大きな牛肉が目立ち、漂う香りに思わず唾を飲む。


「思ったより大きい、値段が張るのも分かると言うものです」


 街に居る間しかまともな食事はとれない。

 トイニの様な技術でもなければ、食べられるだけでも良しとしなくてはいけないからだ。

 といっても、今回の仕事はハリルトンから出る訳ではないので小さな街が点々と続いているおかげで野営の心配はない。


「……」


 女剣士は、目を奪われたように料理を睨み付けていた。


「食べたければ注文すればいいのでは?」

「それ高いのよ」

「確かに、しかし旅の道中は辛いものですから街に居る間くらいは良いものを食べたくなるというもの」

「それは余裕がある人しか言えないわ」

「稼ぎにきたのではないのですか?」

「私は、旅人だからね」


 要は冒険者であった。

 まともな仕事は少なく、魔獣狩りや商人の護衛をする事が殆どだという。


「ハリルトンじゃ護衛の仕事少ないんだもの、他の文明圏に行かなきゃ飢えるわ」

「兵士や傭兵が多いですからね」

「貴方は何の人?」

「運び屋です」


 その瞬間、スッと背筋を伸ばす。

 仕事する空気とでも言うのか、先ほどまでのだらしなさは消え、眼差しは真剣である。


「護衛無しというは危ないわ、どう?」

「嬉しいお話ですが遠慮します」


 女剣士は少しだけ折れそうになるが持ちこたえた。


「目的地は遠いの?」

「護衛ではない貴方に言う事ではありません」

「そんな~」


 少し可哀想ではあるが、護衛費用はケチりたいのも事実だ。

 以前様に未開圏通るのであれば魔獣狩りの実力は有り難い。

 しかし、今回は文明圏。

 盗賊共もハリルトン内では稼げないのか少ないのだ。


「何時何処に魔獣が出てもおかしくはないのよ、そんな魔獣を倒せる実力はあるの」

「それは凄い、傭兵の方に推薦しましょう」

「やめて~」


 今まで一番嫌そうな声を出しながら涙目になる。


「護衛が必要な経路は、今回使いません」

「そ、相場の半分でどう?」

「ですから――」

「四分の一!」

「それは稼ぎにならないのでは?」

「もう同行者って扱いでもいいから!」

「他の方でもいいのでは?」


 これでは食事も進まないと、給仕を呼ぶ。


「これと同じモノを一つ、あと特産のエールでしたっけ、それ二つ」

「ま、まだ折れてないからね!」

「そうですね、ですがその前に食べましょう、奢りますから」


 何か言いたそうな顔をしていたが、食事が運ばれてきた途端に一心不乱に食べ進めるのであった。

 二人は食事を終え、中途半端に温くなったエールだけがテーブルに残っている。


「ありがとね、久々に美味しいの食べれたよ」

「では、僕はこれで」

「待って、お礼がまだだし」

「いいですよ、お礼なんて」

「それじゃ私がただ奢ってもらうためだけにゴネたように見えるじゃない! これでも意地があるんだから」


 と言っても何をするつもりでいるのだろうかと、首をひねる。

 悪い人物には見えないが、どこか抜けている様には見えていた。


「まずは名乗らないとね、私はディアナ・アーベライン、さっきも言ったけど旅人よ」

「ヴィクターです、ヴィクター・エル・ネヴィル」

「よろしくね、それでお礼なんだけど、無料の護衛なんてどう?」


 満面の笑みで、これならいいでしょうと言わんばかりに自分を売り込んできた。

 ディアナは長身だがどこか可愛げのある人物だ、迫られて喜びたいのも事実だが特殊な任務でもある。


「私は南へ向かいます、ここよりも稼ぎ場所は減るかもしれませんし、何より戦場へ近づくのですよ?」

「だったら送った後に戻ればいいもん」


 どう言っても折れないつもりらしい。

 エールを飲み干し、ヴィクターは立ち上がった。


「……わかりました、では、また明日の朝に南門で合流しましょう、寝坊したら置いていきますからね」

「ありがとう、それで、朝は何時頃?」

「朝日が昇る頃に」

「……、早くない?」

「出来なければ置いていきます」

「は、はい」


 そうして、ヴィクターは酒場に二階の宿屋に向かうのであった。





 翌日の早朝、宿に部屋の鍵を返し南門に向かうとディアナの姿が見えた。

 少し眠いのか、あくびをしているのが見えた。


「おはようございます、早いですね」

「やっぱこの時間は早いよヴィクタ~」

「嫌ならいいんですよ」

「私の事、実は嫌いだったりする?」

「いいえ」


 南門で昨日の内に手配した馬を借り、ギルバートから預かった物以外を馬に載せた。


「あれ、馬に乗っていくんじゃないの?」

「少々年老いた馬を借りましたからね、無茶はさせられません、それに乗馬は得意ではないので」


 道は整備されているので、荒れた道を歩くよりは遥かに楽だ。


「ディアナさんも荷物を載せてください、動きやすいでしょう?」

「優しいのやら、そうじゃないのやら……」


 愚痴を言いながら荷を載せ、二人と一頭は歩き出す。


「なんでおじいちゃん気味の馬なの?」

「ハリルトンで長生きしている馬は貴重です、経験が多く、動揺して暴れる心配が減りますからね」

「あ、そういう事ね」


 そこから、前線である二十三番砦付近の街までの同行者という事で納得してもらった。

 流石に砦まで着いてきてもらう訳にもいかない。

 仕事の事もそうだが、砦の先は未開圏だ。

 彼女の仕事のためにも砦までは行っても仕方がないだろう。


「今日はどこまで?」

「結構街同士が隣接しているので、二つ目の街まで行きましょう」

「急ぐのね」

「荷物を少しでも減らしたいというのもあります、野営の面倒さは知っているでしょう?」

「それもそうね」


 ディアナは少し眠いのか、口数は少なかった。

 結局護衛を許してしまったが、必要なかったのではないかというくらい人を良く見かけていた。

 これでは護衛の仕事が少ないのも仕方がないだろう。

 人が多いという事は巡回の兵士も多いのだから。


「しかし、いつもこんな強引に護衛を?」

「かなり珍しいかも」

「……、気まぐれですか?」

「なんとなく、ヴィクターが面白そうだったから、かもね」

「やっぱり気まぐれじゃないですか」

「だね」


 街からしばらく歩いているが特に荒れる事は無く、静かなものだった。


「ねーヴィクター」

「どうかしました?」

「何か面白い話とかない?」

「仕事中はいつも喋っているんですか?」

「だね!」

「元気ですね……」

「元気なのは良い事だよ?」


 天然なのか、狙っているのか。

 肝心の会話をすり抜けられているような気がしてならない。


「しかし、面白い話と言われてすぐ出てくるような話題はないですね」

「そんなこと言わずに~」

「……、ディアナさんを見ているだけでも僕は面白いですけどね」

「もしかして馬鹿にしてたり?」

「褒めているんですよ」


 そこからは、ただひたすらに歩いた。

 ディアナへの受け答えをしているだけだったが、そのおかげか道中は退屈せずに済んでいた。

 通過点の街では水だけ補充し、検問中に一休みする程度で先へと進む。

 そうして気が付けば目的の街へと辿り着き、馬を預けて宿を探す事になっていた。


「結構歩いたねー」

「今日はもう休めますから」

「途中の街で水補給しかしないのは驚きだわ」

「何か用事でもありました?」

「ご飯食べたかったの!」

「言えば止まりましたよ?」

「聞かなかったから言えなかったんじゃない!」


 仮にも護衛という立場を考えた時、我儘は言いにくいのかもしれない。

 今日の目的地に着いたから言ってやると、そんな感じなのだろう。


「気づかなくて申し訳ない、今日も奢るので許してもらえませんか?」

「いいよ!」


 すごく軽い返事が返ってくる、表情が次々と変わるのは見ていて飽きない。


「なによ?」

「なんでもありませんよ、ただ……」

「ただ?」

「護衛で同行してもらってよかったなと」

「仕事は何もできてないけどね!」


 気分的にはかなり助かっている、ひたすら一人で歩き続けるのは体力的に大丈夫でも気分的な問題はまた別だった。

 ここ十九番街は、戦場が近づいているせいか活気は減ってきていた。

 中央から近い順番で番号がつけられているせいで一気に街の番号が飛ぶ感覚に慣れないが地図を見れば納得する。


「目的地って、確か二十三番砦まで行くんでしょ?」

「そうですね」

「明日には着く距離かー、なんだかさみしいな」

「確かに」

「あら、共感してくれるの?」

「ディアナさんといると、道中楽しいですからね」


 道中の話は盛り上がる訳でもなく、突発的に話題が出てきて話す程度でも楽しいものは楽しい。

 ディアナの雰囲気、話し方や接し方が妙に居心地が良かった。


「ね、断らなくて正解でしょ」

「断っていたとしても、居そうでしたけどね」


 ハリルトンでは宿と酒場が一緒になっている事が多く、その場所が街の溜まり場になっていた。

 十九番街でもそれは変わっておらず、小さな街でも酒場は賑わいを見せている。


「今日はお酒を控えましょうかね」

「え~?」

「お金を出すのは?」

「はい、文句言いませーん」


 ご飯の前に部屋を確保しておこうと、酒場のマスターに空いているか尋ねると一部屋しか空いていないと告げられた。


「うちは狭くてね、相部屋で我慢してくれ」

「わかりました」


 ベッドの数は聞いてないが、一つしかないならディアナに譲ろうと決めて席に戻る。

 既に注文を済ませていたディアナは嬉しそうに食事している最中だった。


「おかえりー、ここのスープすごく美味しいよー」

「じゃあ同じモノを頼んでみましょうかね、それと部屋なんですが」

「うん」

「一部屋しか空いていないと言われたので、申し訳ありませんが一緒の部屋に泊まる事に」

「わかったー」


 特に気にした様子もなくディアナは食事を続けていた。

 自分が気にしすぎただけなのかもしれないと、ヴィクターは給仕に声をかけるのであった。





 食事を済ませ、鍵に書いてある番号の部屋を開ける。

 確かに狭い、そしてヴィクターの予想通りベッドは一つだった。


「この街で贅沢は言えませんよね」

「そ、そだねー」


 食事中は特に気にしていない様に見えたが、ディアナは少しだけ頬を紅く染めていた。


「ご安心を、ベッドはディアナさんに譲りますし、着替えの時に言ってくれれば部屋から出ていますよ」

「え、それは駄目よ、ベッドはヴィクターが使わなきゃ!」

「気持ちは嬉しいですけど、僕は大丈夫ですよ、いいからベッド使ってください」


 小さな椅子の上で寝るなら床で寝ると、野営の寝具を取り出す。

 衣類を枕にして、愛用の薄い毛布を取り出せば何時でも寝むれるくらいには慣れていた。


「でも……」

「僕より重いものを持ち歩いているんですから、それにしっかり寝ておかないと明日辛いですよ?」


 まだ何か言いたそうにしているが、ヴィクターは譲らなかった。


「じゃあ、その、ごめんね」

「お気になさらずに、明日も早いですからね?」

「それなんだけど、ゆっくり起きるのは駄目?」

「安心してください、距離は短いので今日の朝よりはゆっくりできますよ」

「それでも何時もより早そうね……」


 ディアナが寝衣に着替えるのに、一度外に出た方がいいかとも考えていたがその心配はなかった。

 お互いに旅装束の装備だけ外し、何かあったら動けるようにしておく。

 宿とはいえ、完全に油断する事は出来ない。

 武器も近くに置き、ランプを消して横になる。


「ヴィクター、寒いなら私の毛布一枚出すからね?」

「大丈夫ですよ、お気遣いなく」

「寒くなったからって襲っちゃダメだからね?」

「なんですかそれは……」

「男女二人だから警戒しないとね!」

「大丈夫ですよ、僕はディアナさんの事を信頼してますから」

「それ、普通私が言う事じゃないの?」


 ディアナは寝ようとせず、ひたすら話しかけてきた。

 ヴィクターはなんとなくの感覚で受け答えしていくが、話が終わる気配がしない。


「寝ましょうよ、ね?」

「なんだか目が覚めちゃって、どうしよ?」

「知りませんよ、僕は寝ますからね」


 ハーフエルフで人間よりも丈夫だが、疲れない訳ではない。

 ディアナに背を向ける形で横になり、目を瞑る。


「ごめんヴィクター、ちょっといい?」

「……、どうしたんです?」


 ディアナの声色が変わり、気になって寝返るとディアナは起き上がっていた。


「その、実はベッドだと寝れなくてさ……」


 慣れない寝具では寝付けない、安心できない。

 それはヴィクターも分かる事だった。

 相当な疲れでもない限り、慣れない場所では寝付けない。

 先日もヴィクターはベッドの上で寝てはいたが毛布は自分の物で、枕も衣類に変えていた。

 唯一の例外はギルバート邸くらいだろう。

 ディアナは固い床の方が安心できるらしく、宿のベッドも固くないと中々寝付けないらしい。


「お互い、野営やら旅慣れしていると不便ですね」

「なんでだろうね、寝心地が悪くてさ」

「昨日はどうしてたんですか?」

「質が悪くで、すっごい固かったから寝やすかったけど……、この宿の寝具は凝ってるみたい」


 少し触れてみて、先日の宿とは違い良い触り心地だった。

 目立った汚れも無く、綺麗な状態である事から客を大事にしているのは伝わるがディアナには逆効果のようだった。


「困りましたね、床を譲る訳にも……」

「そこは譲らないのね、やっぱ固い方が寝やすいの?」

「そっちで寝れない訳じゃないんですけどね、自分の毛布を使えば寝れます」

「あ、そうすれば私も寝れるかも」


 そう言ってディアナは自分の荷物から毛布を取り出し、改めて横になる。


「自分のモノって、やっぱ落ち着くね」

「わかります、では、おやすみなさい」

「うん、おやすみ」


 今度こそと、二人は目を瞑るのであった。





 数時間後、寝付けたヴィクターは目が覚めないまま体が動いていた。

 枕元のナイフに手を伸ばし、立ち上がろうとすると何かに掴まれている事に気が付く。

 そこには、がっちりとヴィクターを掴むディアナが居た。


「……、そういう、事ですか」


 ナイフを置き、ディアナを起こさない様に体を元の位置に戻す。

 結局落ち着かなかったのか、寝ぼけていたのか。

 ディアナは床で寝ているヴィクターに抱きついていた。

 その際に体が反応したのだろうと結論付け、毛布を掛け直す。


「……」


 どうしようこれ。

 そう言いたいが、ディアナを起こす訳にもいかず声には出せない。

 しばらく考えていたが、抱きつかれた暖かさで再び眠気が現れ、ヴィクターは再び眠りにつく。

 何事もなく朝を迎える頃には、ディアナは目が覚めていた。


「……あれ、なんで隣に?」

 

 ディアナの声に反応して再び目を覚ますヴィクターは、何も言わずただディアナを見つめていた。


「ちょっと、何か喋ってよ」

「……、おはようございます、もう少しこのままでもいいんですけど、準備もあるので体を離してもらってもいいですか?」


 ようやく自分がしていた事に気づいたのか、ディアナは驚いた顔になっていたが、離そうとはしなかった。

 特大剣を操る戦士だけに、ヴィクターには振りほどけない。


「もう少しこのままで」

「い、いや、しかし」

「あったかいし」

「そうですけど……」

「嫌?」

「嫌だったら言ってますよ」


 目が冴えて、お互いに恥ずかしくなってきてからようやく起き上がる事が出来た。

 気を紛らわすように体を解し、ヴィクターは軽く身支度を整えて外の井戸へ向かう準備を済ませる。


「ディアナさんも水使います?」

「えっと、お願いします」


 宿に備え付けの桶を持ち、水を汲む。

 そのまま部屋に戻り、別な桶に半分水を入れ、体や顔を拭く。

 ディアナはまだ気恥ずかしいのか、口数は少なかった。

 戦闘はしていないので、ハンドアックスやショートソードは磨く程度で終わらせ、装備を着け直す。


「朝ご飯食べていきます?」

「うん、食べる」

「下で待ってますね」


 マスターに軽食を頼み、カウンターに地図を広げながら改めて道中を確認する。


「アンタ、どこまで行くんだい?」

「二十三番砦です」

「最近は旗色が悪いらしいからな、気を付けなよ?」

「南の部族は、そんなに強いんですか?」

「竜人族さ、正直、どうして戦っているのかもわからん」

「この国も色々あるのでしょう、攻め込まれる前に帰ってこれればいいのですけど」

「そうだな」


 そんな話をしていると、ディアナが下りてきた。


「おはようマスター、ここの朝ってどんなのあるの?」

「そこの兄ちゃんに頼まれて用意しとるよ」

「ありがと~」


 地図をしまうと同時に、マスターは軽食を置いてくれた。

 卵料理とパン、昨日も食べていたスープを食べるディアナの横顔をヴィクター眺めてしまう。

 一体どうしてしまったのだろうと、首をかしげてしまうのだった。

 思えばアスラクやトイニと旅していた時も妙に楽しかった。

 今まで一人歩きが長く続いたせいなのか、人恋しくなっているのかもしれない。


「相部屋でよかったようだな、兄ちゃん」

「えっ!」


 声を掛けられ、思い出したようにご飯を食べ進める。

 マスターはニヤニヤと笑い、ディアナは不思議そうにこちらを見るだけだ。


「からかわないでくださいよ、もう」

「どうかしたの?」

「なんでもありません!」


 朝の事を思い出すだけで、なんだか恥ずかしくなる。

 役得と言えば役得なのだが、素直に喜べなかった。


「今日は、のんびり行きましょうか」

「いいの?」

「ええ、ゆっくり行っても間に合いますからね」


 今日は砦に一番近い二十二番街まで歩くだけ、少々長いが一日で着く。


「マスター、ここってパンとか買える?」

「ああ、いくつ欲しい?」

「えーっとね……」


 ディアナは嬉しそうにパンを選び、手持ちの金銭で購入していた。

 が、やはり懐が寂しいのか少しだけ躊躇していたが、思い切ったようにマスターに差し出していた。

 向こうに着いたら、相場のお金を渡そう。

 声には出さないが、ヴィクター精一杯のお礼をしようと決めて立ち上がる。


「それじゃあ行きましょうか」

「うん!」


 昨日の朝とは違って元気いっぱいの返事をしながらディアナは着いてくる。

 マスターに別れを告げ、馬小屋へと向かった。





 二十二番街に向かう程、出会うのは兵士ばかりだった。

 中には負傷者を運ぶ馬車もすれ違い、久しく嗅いでいなかった人間の血の匂いがする。


「ヴィクターも戦わないとはいえ、前線に行くのはちょっと心配ね」

「荷物を受け取って帰るだけです、契約というか仕事の都合上、砦には一人で行かねばいけません」

「ま、私が行っても追い出されるだけだもんね」


 砦には関係者以外は入れない、おまけに皇族の依頼となれば不安要素は多くなる。


「ね、二十二番街で待ってるから中央に向かう時に合流しない?」


 帰り道の方が危険である可能性の方が高い。

 砦で荷物を受け取った際、帰り道に妨害にあう可能性があったからだ。

 態々、部外者にギルバートが依頼する可能性、それは国内の敵対者を警戒している可能性がある。

 政治事となれば問答無用で襲われる可能性すらある。

 考えすぎかもしれない、しかし馬を走らせれば中央へは二日で辿り着く距離で運び屋を利用するのは少々特殊だ。

 皇族が秘密裏に運んでほしいモノ、その運搬に自国の人間を使わない。

 そんな帰り道に彼女を巻き込みたくはなかった。


「実は、帰り道はかなりの危険性があるのかもしれないのです」

「それなら護衛の出番でしょ?」

「そうかもしれません、しかし、僕は一人で行きます」

「どうして?」


 自分より、護衛の心配をしているからとは言いにくい。

 でも、本音を伝えた方がこの場合はいいのかもしれないと、戸惑いながら言うしかなかった。


「僕が、ディアナさんを危険な事に巻き込みたくないんですよ」

「危険な事ならいつもの事よ、伊達に護衛を続けてきてる訳じゃないんだから……

もしかして私の事、心配してたり?」

「はい」

「じ、冗談じゃないんだ」

「短い間でしたが僕はディアナさんに着いてきてもらって楽しかったんです、だから、避けれる危険は避けてほしい」

「ヴィクター……」

「我儘なんです、すいませんね」


 少しだけ重い話になってしまった。

 でもこれは仕方のない事だと自分に言い聞かせながら歩く。

 口数が減り、二十二番街に辿り着く頃には日は傾き始め、茜色になった空が気分をより暗くする。

 馬は借りた商会に預けて、殺風景な街中でヴィクターは金銭の入った麻袋をディアナに手渡した。


「……、なにこれ」

「護衛料だと思ってください、今日までありがとう」

「いらない」

「お願いです、帰り道でもお腹が空いてる貴方を想像したくない」

「いつもお腹空いてるみたいに言わないでよ」

「マスターから買ったパン、結局一人で食べていたのに?」

「むぅ……」


 嫌そうに受け取りながら、渋々鞄へしまっていく。


「ハリルトンで仕事が見つからないなら、五番街へ向かうといいかもしれません」

「五番街?」

「ハリルトンから他の文明圏に向かう場合、五番街から西のアグアノスか、中央から北のバスティアしかありません、他は戦闘地域ですから……、そしてアグアノスは未開圏を通らなくてはいけないので護衛の需要はあるんですよ」

「ヴィクターは、中央の仕事が終わったらどうするの?」

「一度アグアノスに戻ります、一応拠点ですので」

「そっか、もしかしたらまた会えるかもね」

「はい、今度見かけたら護衛をお願いするかもしれません」

「うん……」


 ちょっとだけ寂しそうな笑顔から、目を話す事が出来ない。

 振り切るように背を向け、ヴィクターは手を振る。


「今日はゆっくり休んでくださいね」

「え、宿はいいの?」

「僕はこのまま二十三番砦に向かいます、では」


 後ろから視線を感じるが振り向けない。

 もう一度顔を見たら着いてきて欲しいと、言ってしまう気がしたヴィクターは真っ直ぐ街を出るのであった。



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