第十二話 ヘケア大森林の懐かしき夜

リリーの動きは素早かった。

こちらに近づいてきた時と同様にキアランへと近付き、彼へ飛びかかっていた。


「ッ⁉ なんだ……、ってまたお前かぁ!」

「ニシシ、相変わらずアタシには鈍いネ」

「殺意がない分厄介なヤツめ、いや、今日はどうした?」

「なにガ?」

「俺が仕事中の時は絡んでくる事はなかっただろう? 急用か?」


 キアランは邪険に扱うどころかリリーを心配していた。

 その証拠に辺りを警戒し、リリーを庇うような動きさえ見える。

 腐れ縁だのなんだの言っていたのは照れ隠しだったのかと、ヴィクターも警戒しながら考えていた。


「イヤ、別に……、気まぐれかナ?」

「ならいいんだが……、そうだ、二人とは話したのか?」

「挨拶だけネ」

「ふむ、では改めて我が友ヴィクターとその相棒を紹介しようではないか、ついでにお前の事も」

「アタシをついでにとは良い度胸ネ、というかおにぃ……、ヴィクターの事なら知ってるヨ」

「お前なんぞついででいい、というか……そうか、そうだったな、じゃあどっかに行くといい」

「まぁまぁ、僕も彼女とは話してみたい、ディアナも構わないでしょう?」

「ええ、ちょっと気になることもあるし、たぶんリリーもあるから」

「む、鋭いネ」

「見ればわかるわ、気づかないのはこの二人だからよ」

「ナルホド」


 呆れたように呟きながらディアナとリリーはなにか話していた。

 キアランとヴィクターには何か言いたげに視線を送ってくるが、その意味を二人は知らなかった。


 キアランは、リリーがクーシーの民である事、昔から悪戯された事などを聞いてもいない事を含め、彼女の紹介をしてくれた、何故かリリーは恥ずかしそうにしているが、ひとまず気にしない事に。

 

「キアランってホント細かいネ、そこまで覚えてるなんて」

「忘れるものか、お前との事だぞ」

「……フフッ、そうだネ」

「なんで嬉しそうなんだ……、俺は交代まで寝るからな、起こすなよ!」

「ハイハイ」


 そう言い残してキアランは再び横になり、今度三人で見張りをする事に。


「さて、僕の話は聞いていたんでしたっけ?」

「そうだネ、えーっと、お兄ちゃん時代の頃も知ってるヨ」

「うわ、懐かしい話ですね」

「なにそれ? 小さいときの話?」

「そうそう、その頃からアタシはキアランとも知り合いだったけどヴィクターは遠くから見てただけ」

「あれ、そうなんですか?」

「ウン、仲良いから邪魔したくないなっていうのと、まぁ、色々ダ!」

「ちょっと、二人の話も聞きたいんだけど?」

「そうでしたね、しかし……、本当に昔ですね……」


 それは、十年も前の話、まだヴィクターとキアランは身体が小さく開拓地も大きくない頃であった。


「ハーフでもエルフなので、僕は周りに比べて小柄でした、今でも渋い大人にはすごく遠いんですけど、なんていうか…………、年上らしく振る舞いたかったといいますか、それが子供の証明とも気づかずにしていた時期がありまして」

「うんうん」

「見てたヨー」

「……そうなんですね、まぁ、そんな感じで年下のキアランやドルイドの子よりも落ち着いた振る舞い、父とは反対の格好良いヒトを目指していたというか、それが、その、彼らから妙に慕われたんですよ」

「キアランの話だとネ、ヴィクターの見た目が珍しかったのと、騒がず、それで堂々と大人と会話しているのが自分達より遥かに上に見えたんだッテ、当たり前だよネ、旅も長いんだシ」

「まぁ、それで何故か、お兄ちゃんと呼ばれていた頃があったといいますか、今じゃみんな屈強な体だから僕の方が下っぽいんですけどね」

「みんな頭ワルいから、ヴィクターに頼りっきり、その頃見てた女性達はそりゃヴィクターを気にしちゃうよねってネ」

「そういうことだったのね、なんか昨日の事を思い出すわ」

「宿屋で何かあったんですか?」

「諦めるために飲もうってさ、どれだけお兄ちゃんしてたのよ?」

「あー……女性っていうか、あの子達か、確かに、昔遊んでたような……、みんな綺麗になってるから昔の面影というか、なんか別人のような感じで」

「で、ディアナが全部持っていったから飲んでたって事? 大丈夫だったノ?」

「大丈夫ね、みんなもやっと諦められるっていうか、もしかしたらっていうのに夢見たって話もあったし」

「まぁ罪なオトコだネ」

「そうね」

「えぇ……」


 少し、申し訳なかったなとヴィクターは考えてしまった。

 誰かを選べと言われるのなら、それはディアナである。

 好意は知っていても、運び屋だからと断っていた事も多いヴィクターだが、それでもと言ってくれる事を期待していた事も、事実であった。


 誰かが、それでもと言ったのであれば、また違った今があったのかもしれない。

 だがそれは、考えても仕方のない話だ。


「そういえばリリー、どうして今ごろになって僕と話す事を決めてくれたんです?」

「んー、まぁお兄ちゃんと話してみたいっていうのはあったケド、やっぱ、ディアナの事が気になってネ、まぁもう解決してるんだけどネ」

「仲良さげに話す女性、キアランに殆どいないんだって、だからよ」

「バラさないでヨー」

「そういう事ですか…………、えっ」

「えってなんだヨ、喧嘩売ってル?」

「いや、そういう話をキアランから聞いたことがないもので、そうか、つまり気がついていないと?」

「そうダヨ、昔はよく遊んだのに……、今じゃ女性扱いすらしてくれないヨ!」

「でもさっきは庇ってくれてたじゃない、あれは?」

「嬉しいヨ! でもああいう時以外はホントに雑!」


 リリーは獣人族だが、アグアノスの文明圏内では混血も珍しい事ではない。

 よく見れば女性らしい体つきもしているし、会話すれば子供らしい部分も見えるが、そうでなければ美しい戦士であろう、ディアナとはまた違った、引き締まった体には目を奪われそうになる。

 狼のような尻尾や耳も、彼女の魅力の一つであろう。


「ヴィクター、なんでじっくり見てるの?」

「えっ⁉ いや、リリーも素敵な女性とは思うんですが、何故冷たい態度なのかがわからないなぁと。普段から女性と仲良くなりたいと言っているのに……」

「そう、でもやっぱりそうじっくり見てはダメよ」

「すいません、でも、ディアナを見るのは構いませんよね?」

「も、もちろん、えっ、今⁉」

「はい」

「ちょ、近い! 近いから!」

「嫌ですか?」

「そんな訳ないでしょ、恥ずかしいだけ、二人きりの時だけよ、こういうのは」

「見せつけんナー、泣く、泣くゾ!」


 離れようとしても、なんだか視線が合ってしまう二人に嫌気が差したのか、リリーは不貞腐れながらキアランの近くに寄っていくと、ポカポカと叩き始めた。


「やめろ…………、なんだ、やめろ! なんなんだ⁉ おい、だからやめろ!」


文字通り叩き起こされたキアランはリリーから離れようとするが、リリーの身体能力は高く、キアランの力でも中々剥がせないらしい。


「ええい! なんなんだ一体!」

「お兄ちゃんが見せつけるんだヨー、酷いんだヨー」

「あぁ⁉ は昔からそうだろ!」

「でもー!」

「やかましい! いいから放せ!」

「…………ん? 昔から酷い? なんの事ですキアラン?」

「あっ、いや、なんでもないぞ!」

「言ってみなさい、何がです?」

「あ、お兄ちゃんが昔みたいになってるヨ」

「気のせい! なんでもないから!」

「付き合いが長いのは僕も同じですよ、キアランが隠し事していても僕にはわかる、さぁ、言いなさい」

「ディアナ! 助けてくれ!」

「面白そうだから断るわ」

「そーネ、私も聞きたいから押さえとくネ」

「くそぉ!」


 静かな大森林の夜に、楽しげな声が響き渡るのであった。



……


翌朝、一人を除いて何事もなかったように準備をしている三人。

 キアランだけはぐったりとしているが、問題ないと言わんばかりにその事には触れていなかった。


「キアラン、早くしろヨー」

「……、やかましいぞ」

「えー、聞こえないヨー」

「やかましい! くそ、道を間違えたらお前ら全員のせいだからな!」

「さて、なんの事やら?」

「なんか、ごめんね?」


 ディアナ以外、いつもの事だと言わんばかりにキアランには厳しい。

 身内には甘えるか厳しいか、ヴィクターが昔から酷いと言われるのはこの落差の大きさと容赦の無さである。

 最近では、歴戦の戦士であるディアナでさえもヴィクターに怯む時があった。


 具体的に時間を言うなら、昨晩であったが。


「いやー、ディアナが二人の時だけっていうのもわかるネー」

「やっぱり、聞いてた?」

「うん、あんなに積極的なお兄ちゃんは噂にも聞かないネ、というか、なんかこっちが恥ずかしくなるヨ」

「まぁ、いつもの事よ」

「ホントに⁉ 聞いてたキアラン! お兄ちゃんとは思えないヨ⁉」

「あの厳しいヴィクターがなぁ、セドリックさんを蹴りあげたヒトと同じとは思えん」

「あの、やめて……、わりと恥ずかしいので、やめて、ホントに」

「だから二人きりの時って言ったのに」

「仕方ないでしょう、ディアナと添い寝すると我慢できなくなるんですから」

「私のせい、私のせいだったのかー」

「あぁもう! 我慢しますから!」


 ヴィクターは人に甘えるとき、抱き着く。

 それが二人には新鮮であり、子供っぽい事を嫌っていたとは思えない行動にヒトはこんなにも変われるのかとリリーは呟いていた。


「チラッて見てたけど、絶対に放さない勢いになんか見たこっちが謝りたくなったヨ」

「宿屋以外では、控えるようにしますから……」

「え? やだ」

「えっ?」

「あっ……、そ、その、なんでもない!」


 そんなディアナの反応に、二人はやれやれと呆れた声をだし、ヴィクターは嬉しそうに手をつかむのであった。


「付き合いきれん……」

「ネー……、なんなら手でも繋ぐ?」

「お前とか? よせ、もっと悲しくなる」


 次の瞬間、キアランは吹き飛んでいた、リリーの怒りや悲しみの一撃によって。

 しかしそれもわかっていたのか、キアランは平然と受け身をし、何事もないように戻ってくる。


「八つ当たりを俺にするな」

「むー……、この筋肉バカ、バカ!」


 戻ってきたキアランをバシバシとリリーは叩き始めた。

あと二日もこの調子なのかと、慣れたようにキアラン嘆きながら森を進んでいく。


 移動中は、平和だった。

 何事もなく、たまに聞こえる魔獣の鳴き声も遠い。

適度に休憩を挟みつつ、ヴィクター達は二日目の夜を迎える事に。


「決めた、いいか、今回の休憩は俺とヴィクター、ディアナとリリーで組む、それでいいだろう?」

「「えー」」

「えー、じゃない! ヴィクターもそれでいいな?」

「はい、ちょっと、僕も反省してますので」

「ヴィクターが言うなら、そうね」

「お兄ちゃんが言うなら、仕方ないね」

「くそ、なんだ、なんなんだよ!」

「まぁまぁ、ほら、酒もありますよ?」

「俺は飲めんわ!」

「相変わらず堅いネ、みんな飲むのに」


 そんなこんなで、キアランとヴィクターは見張りを始めていた。

 リリーとディアナも疲れていたのか、仲良さげに二人で眠りについていた。

 リリーの尻尾や少し生えている体毛でディアナがなんだか暖かそうなのが、微笑ましいとヴィクターも頬が緩んでいた。


「寝た?」

「ええ、ぐっすりと」

「そう」

「キアラン、色々とすまない」

「いいんだよ、兄ちゃんには世話になってるし、楽しそうなのは俺も嬉しい」


 キアランとヴィクター、二人だけになれば口調も昔に戻っていく。

 キアランは素に戻り、ヴィクターは昔の名残で少しだけ格好つける、そんな関係だ。


「少し気になったんだが、キアランはリリーの事をどう思っているんだ?」

「リリー? なんだろうなぁって思う事はあるんだ、俺も嫌いじゃないんだけど、昔から負けたような感じでさ」

「負けた?」

「リリーには、何度も助けられている、俺はそれが悔しい」

「やっぱり、強いのか?」

「魔獣使いだし、木の上で生き残ってるし、やっぱ女の子ってよりは戦士って感じでさ、なんだか男女の好きとは違うっていう感覚が俺にはあるのかも」

「そういうもの、なのか?」

「うん、戦士として越えたいとは思うけどね、というかなんで俺に着いてくるのかわからない、俺はリリーより弱い、それなのに好かれているというのがわからない、強くなければ魅力はないんじゃないのか?」

「耳が痛いな……」

「兄ちゃんは強いよ、戦士ではないけど強いんだ」

「そうかな」

「そうだよ、俺たちには出来ない事をやれる、子供の頃は不思議でしょうがなかった、自分よりも屈強な戦士を前にどうしてあんなに堂々と出来たのか、立ち向かえるっていうのは強さだよ」

「ありがとう、そう言われるのは嬉しい、でもそれなら、キアランもリリーに無い強さがあるのかも」

「どうなんだろ、昔から一緒にいるけど、イマイチ考えがわからないんだよね、苛々する事もあるし、兄ちゃんの前には行こうとしないのも、俺にはわからなかった」

「向こうは僕の事に詳しかったけどな」

「そりゃ、話題に困ったら兄ちゃんの話をするのが定番だったし、兄ちゃんの話は、森の外の話は好きだったから」

「確かに、せがまれたね」

「今じゃ俺も含めて格好つけてるけどさ、みんな兄ちゃんと話したいのは変わらないよ、背だけ大きくなっても、兄ちゃんは今でも怖いってね」

「何人か心当たりがあるね」

「ほら、そういうとこ、ディアナと一緒になって少し変わったかなって思ったけどそう変われる事じゃないよ」

「だな、僕も変わったというよりは……、多分だけど我慢とかしなくていいんだなって、そう思えるようになったのは最近なんだ、ほら、僕の親はアレだしさ」

「まぁ、セドリックさん仕事以外は、雑だし、酷いよね」

「仕事も酷いんだ、達成率がおかしいだけで」

「豪運だよね、あの人」

「ホントに、昔からよく生きていたと僕も思う」


 焚き火が小さくなって来る前に、薪をくべる。

 二人の間には、懐かしい空気があった。


 昔はこうだった、あんな事をやった。

 そんな話が出来るヒトは、徐々に減っていく。

 ヴィクターを兄だと慕っていた全員が生きている訳でない。

 戦士として戦って死んだ者、ふとした事故で死んだ者。

 理由は様々だが、死んでしまった者がいる。


「遠征、一回目はどうだったの?」

「感覚が違った、ふと、死んでいても不思議じゃない……、正直に言えば侮っていた、あのセドリック・ネヴィルと旅を続け、生き延びた自分ならいけるとね」

「そんなに?」

「旅とは違うさ、荷を守る、狙われるというのは思ったよりも疲れるし、危険だった」

「……」

「運び屋が死にやすいというのもわかる、特に高額の依頼は怖かった、通りすがりの山賊じゃない、殺そうという意思を持って襲いかかってくるんだ、何人もな」

「やっぱりそうなんだ」

「ああ……」


 今でもハリルトンの零番隊の事を思い出すときがある。

 明確に、お前を殺すという殺意を受けたのはアレが初めてだった。


 父はそんな依頼を何度も受け続けて、生き延びている。

 その凄まじさを実感し、同時に妙な悔しさを感じていた。


「あの人はやっぱり凄いんだなってさ、思うよ」

「大陸一の運び屋って肩書きも伊達じゃないよね、なんだかんだで戦い方も上手いってみんな言ってたな」

「僕も最近、ディアナに習っているんだがなかなか上手くいかない、正直焦っている」

「なんだかんだとこの辺は魔獣も多いし、強かな人も多いからね、早く強くなれるならなりたいけどさ、今はディアナに甘えるしかないんじゃない? 俺も初めは弱かったけど、生き延びたからこそ、ここまで戦えるようになったとも言えるし」

「それはわかる、でも……」

「出来るなら守りたい、でしょ? 兄ちゃんは頑固だもんなぁ」

「ディアナが勝てない相手にどうしろっていうんだけどね、我儘なんだけどさ」

「俺もそうなんだよ、俺の手や武器で守れるようになりたいってさ」

「もしかしてリリーの事?」

「弱いから待ってほしいって、我儘でしょ?」

「僕達は、お互いに我儘で酷い奴かもな」

「そうだね、酷い奴だ」


 吹き出しそうになるのを二人は堪え、その後も雑談と見張りをしていた。

 あの二人はしばらく寝かせようと、そんな我儘で、長めの見張りを続けるのだった。




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