本作では、死者がゾンビとして生き返ることがあります。しかし、彼らは他人に感染させたり、正気をなくして人を襲ったりする一般的なイメージから大きく異なる存在です。
死者にまっさらな魂が入り込んで、その記憶と身体を得てしまう——本作におけるゾンビとは、そういう存在なのです。
そんな彼らが迫害の末にたどり着いた聖地、ネクロポリス・インゴルヌカ。ゾンビをモデルに生み出された動く屍・ワイトの輸出によって繁栄する死者たちの楽園で、「鎮伏屋」のサイゴは何を見るのか——。
魅力的なキャラクターの造形、時に冷たく、時に美しい情景描写の数々、なにより途方もなく緻密なネクロポリス・インゴルヌカという世界が、読者を物語へ引き摺り込んでいきます。
重厚な世界観がキャラクターの設定に深みを与え、キャラクターたちの鮮やかな生き様を描き出す。この筆致はあまりにも見事! すばらしい力を持った著者さんだと思います!
さて、そんな本作で私が特に気に入っているのは、ネクロポリス・インゴルヌカの美しさです。
インゴルヌカではおおっぴらに死者たちが街中を跋扈し、世紀末の倫理観で死体が“物”として取引されます。しかし、そんな闇の中だからこそ、生者も死者も関係なく叫ぶ“心”が、眩い光となって読者の胸を打つのです。
家族の情が悲劇を招き、また奇跡を招き寄せる、残酷で優しい人間ドラマ。これは、生と死が限りなく近いインゴルヌカでこそ現れるのだと思います。
死者たちが語るのは、それぞれの存在の意味。彼らは“まだ”生き続ける。
これは、生と死の境界があまりにも曖昧になった都市で、生きることの意味を見つめなおす物語。
この美しい世界を、より多くの人が知ってくれたらと願う傑作です。
故人の肉体に新しい魂が入り込み、ゾンビと化す世界で、死者をインフラとした最大の産学連携都市・インゴルヌカ。迫害されるゾンビたちの最後の安住の地であるはずの都は、未だ生者と死者双方の未練が渦巻き、「鎮伏屋」の青年は依頼人の案件の解決に奔走する。
多人種多言語が混在する都市と、SF的なギミックの数々、ハリウッド映画的な人物造形と彼らの関係は、世界観が緻密なエンターテイメント小説が好きなら大満足の逸品。
科学とホラーは一見相性が悪そうに見えるが、本作は違う。テクノロジーでは解決できない問題、つまり、感情を救うために戦うのが「鎮伏屋」だ。死と蘇生が当り前の世界で、取り零された死者の無念と生者の祈りに引き起こされる事件の数々はホラーの醍醐味でもある。ゾンビのように死んでも潰えない想いに突き動かされる関係性の熱さも魅力的。SFとホラーの両側面から「死」を見つめ直す、足掻きの果ての許しの物語だ。
(「ホラー×〇〇」4選/文=木古おうみ)
ブロマンス小説を探しています。という企画にご参加いただき、こちらを拝見させていただきました。
完結作品という事もあり、安心して一気読みし、死者の爪先まで消費してやろう貪欲さと、それらを覆い隠すかのように冷たさを深めるインゴルヌカという都市の世界観に没頭させていただきました。
緻密な設定を崩れさせることなく乱れ打たれる死体・死体・死体の描写!物語を通して徹底的にインゴルヌカでの死者の姿が説明されることで、自然と読み進めるうちに二種類の死者の違いも頭に入り、クライマックスまで迷うことなく主人公サイゴの姿を追いかけることができました。
企画視点でいうと、本作の中核になる兄弟の遣り取りがやはり印象的でしたが、主人公と刑事さんの関係も気になります!番外編は刑事さんがメインとのことで、こちらも引き続き楽しく拝読させてただこうと思います。
この壮大かつ緻密な物語のテーマは、「許し」ではないかと思う。
様々な事件や出来事が絡み合い、過去に起こした過ちや行き違いの清算が行われていくメインストーリーは、想像する着地点を何度も裏切り続けて哀しくも愛おしい結末に収束していく。
そして、何よりも作中都市、インゴルヌカの成立は、迫害され安息地を求めて集ったゾンビ達と共にある。そんな生きるという事への許しを求めた彼らアンデッド達の思いを優しく包み込む雑多で奇怪な都市、インゴルヌカの情景描写はとても美しく、読後には、この架空の都市に望郷にも似た思いを抱かされた。これは間違いなく一級品の作品である。是非、みなさまに一読をおすすめする。
あまりにも荘厳なクライマックスに息をのんだ。
じつに作り込まれた舞台に、死人たちの命が花開く。
作者はきっとインゴルヌカ在住のゾンビに違いない。克明な描写がそう思わせてくれる。
父を弔うために、娘は葬儀屋に依頼する。
葬儀屋は死人を死に還す仕事だ。
そして、生者に死を諭す仕事だ。
冷え冷えとした北欧の空気に反魂の香りが漂い、父とその弟は死体の命を生きて、娘と互いに慕い合う。
生きることは、死人にとってもまた困難なのだ。
以上、完結まで読んだので再レビューでした。
以下、以前のレビュー。
2016年3月11日 04:45
死んだことの無い人には読んでほしい
明るい死体VS.無機質な死体のシリアスバトルが家族の繋がりをかけて展開され、生命の有無を越えて注ぎ合われる慕情が大団円を予感させる。
はやく完結が読みたい。
ごてごてとした設定にしては、不思議とすんなり読めるので、文章力の高さを感じる。
あと、ねこは丸ければ丸いほど良い。
一度死んだ者達の楽園インゴルヌカを舞台に繰り広げられる、タフでハードボイルドなサスペンス。生と死すら曖昧な都で、人の悪意あるいは運命の悪戯による、復活と崩壊に振り回される。
親友と娘と己の生と死の中で揺れ動くニフリート、失われゆく自我の中で何より純粋に他人を想うベムリ、ニュービーながら必死に迫る運命に決断しようとするミリヤ、全てを見届けようとする鎮伏屋のサイゴ。
豊かな筆致で描き出される生死混交の都インゴルヌカは、どこまでも滑稽で悪趣味で混沌としており、だからこそ、その中で生きる人々の在り様が尊く美しい。
それと球体猫一体下さい。膝までなら差し出せるんで。あと四本腕の戦闘用ドレスゾンビ(趣味は編み物)のエヴァ49が萌えキャラすぎて生きるのが辛い(インゴルヌカなだけに)。
第一章まで読ませていただいた者です。
この物語の魅力は、やはりこの世界観にあるなと私は考えております。第一章の第二エピソードくらいまで読んでみて下さい。「こ、これは!」と感じた方は、多分ハマる要素があります。
インゴルヌカ。まずこの舞台の猥雑さが良いですね。
フィンランドが本当にこんな感じかはよく知らないのですが、あらゆる人種、綺麗さと汚さ、生と死。あらゆるものを無理矢理同時に混ぜ込んだこの『カオスな遠い異国の地』感。そこが気に入れば、読むのが楽しくて仕方なくなるでしょう。
特に私は異国にある中華街が持つあの雰囲気が好きで、そこに賭け試合をやらせる違法闘技場が加わった時は「あっ、最高か?」と思ったものです。
そして更にラブリーなのは、やはり死の神聖性を冒涜した、この世界観であります。
死んだ者が訳も分からずゾンビとして蘇る。それもロメロめいたクリーチャーとしてではありません。見た目も普通、人間のように思考し、生活できる。こんなに差が無いならば、生と死の境界線とは何なのでしょうか。
セックスもできるし子どもも設けられるというところが特に良いです。死から生が生まれるというこの矛盾。たまりません。
死者への敬意の無さは更に続きます。死者の中にも、人の技術によって蘇り、使役される者(ワイト)がいる。
彼らはゾンビと違い『人間として蘇った』わけではありません。道具なわけです。自我が無い、人権が無い。当然死者(ゾンビ)が死者(ワイト)を使うって場合もあります。
死者の肉体を使ったその便利な道具を製造することは、インゴルヌカの『主要産業』。死者への迫害を恐れ逃げた者達が集ったこの土地で、死者が死者を冒涜している。この矛盾は本当に味わい深いものがあります。
こんな魅力的な世界で動き回る登場人物達の物語。魅力が無いわけありましょうか。
エピソード一本一本は短めに設定されており、見た目よりも遥かに読みやすいです。皆さんも是非どうぞ。