きっとそれは



*****************



 最後の枝が落ちた。


 世界は誰一人いなくなり思考を止めた時、その全てが崩壊する。


 私の束ねる全ての世界は、終わりを迎え崩れ去った。


 葉が落ち枝が消え、まるで一本の棒のように混沌に根を下ろす。


 ああ、私も消えて無くなるのか…。


 霞む視界に何かを捕らえた。


 衰え消え行く私を尻目に、それは枝を広げ青々と葉を蓄える。


 私が何をしたというのだ…何故私ばかりがこのような目に遭わねばならない!!


 私は根を伸ばす。


 若く力強く枝葉を広げるソレに。


 お前がよくて私が朽ち果てなくてはいけない理由など認めはしない…。



*****************



 グジュウゥゥゥゥ…。


 「が あ"っ"っ"っ"」


 肉の焼ける匂いと、うめき声が響く。


 「悪いな、オレは回復魔法は使えないんでね…」


 ガイルは、勇者の首筋に手をあて傷口を炎で焼き潰した。



 「う”あ”ぁ”ぁ”」


 「キリカ!!」



 ギャロウェイが、ガイルから勇者をもぎ取るように抱き締める。

 

 血は止まっていたが、その首筋は火傷でかなりの重症になっていた。



 「すまない兄上…こうするしか、勇者を助けられなかった」


 「ガイル…魔王は…」


 地面に横たわる少年をギャロウェイは見る。


 生気も無いうつろな目に蒼白の顔、呼吸などしている筈も無い。


 「戻ってくる…ヒガは勇者を一人になんかしない…!」


 ガイルは、三人に背を向けクロノスを見据えた。


 「兄上はしっかり勇者を抑えていてくれ! 何するか分ったもんじゃねぇ…」


 「ガイル!」


 ガイルは地面を蹴り、微笑を浮かべるクロノスに向って炎に包まれた拳を放つ!


 「ヒガが戻るまで、オレがこのクソババァを止めて見せる!!」


 が、それはクロノスに届かずその眼前で障壁によって阻まれる。



 『何故、分からないのです? 私はこの世界を滅びから救い続けているのですよ?』



 クロノスは、まるで子供を諭すように眉を下げた。



 「うるせぇ! 自分達の世界の事は自分達でなんとかする! お前の手なんか借りねぇ!!」



 クロノス顔から笑みが消え、その瞬間ガイルは腹部に強い衝撃を感じた!



 「がはっ…?」



 みぞおちにはクロノスの拳が沈んでいる。


 いつの間に…!!


 『世界が滅ぶ事が、どう言う事か知らない癖に…!』


 クロノスは崩れるガイルの髪を掴み、立て続けに顔面に膝を入れる。


 「ぐっ!」


 『こんなに無力なのに、一体なにが出来るというの?』



 クロノスは、まるでおもちゃの人形でも扱うように髪を掴んだままガイルをふらふらと揺らした。



 『これで終わりよ_____』


 ズパン!


 ガイルの髪を掴んでいたクロノスの手首が切飛ばされる!


 『あら? まだ動けたの?』


 切飛ばされた手首など、気にも留めずクロスは自分が創った作品を見た。


 『可哀想に…感情など持ったばかりに…』


 クロノスは哀れむような目でその少女を眺める。


 「お”ま”えは ゆ”る”さ”な”  い」



 首筋の傷は血こそ止まったものの、火傷により声帯への損傷が激しい。


 勇者と呼ばれた少女_____霧香は、剣を地面に突き刺し必死に倒れそうな体を支えた。


 


 血が足りない…息が出来ない…いつもみたいに傷が治っていかない…。


 すかさず、ガイルとギャロウェイが霧香をクロノスから隠す様に立ちはだかる。


 「勇者! お前は動くな!」


 「キリカ! 傷が治らないのか!?」



 ギャロウェイが、霧香の首筋に触れる。



 「なんて事だ…!」



 それは、勇者である霧香に対する女神の加護が無くなった事を意味する。



 『直ぐに傷が癒えては、殺すのに時間が掛かりますからね…』



 クロノスはふわりと屋上に降り立ち、すっと霧香に向って手を伸ばす。



 『勇者よ、その邪魔な感情を捨て私の元に戻りなさい…そうすればそこの二人は見逃してあげてもいいわよ?』



 「貴様ぁ!!」

 

 ギャロウェイがクロノスに向って雷を放つ!



 『無駄です』


 雷は、むなしく宙に飛散する。


 『諦めが悪いのは、あの男に似てるのね? 気性の方はあの狂戦士譲りかしら?』


 クロノスの伸ばされた方の手に光が集まっていく。


 「ち…化け物が!!!」


 ガイルは霧香に肩をかすギャロウェイを見た。


 「兄上! 出来るだけ遠くに逃げるんだ!!」


 ガイルの金色の瞳に幾つもの血管が走る!


 「お前、狂戦士に!? 止めろ! 魔王が死んでいるんだぞ!? 暴走するだけだ!!」


 兄の忠告など聞かず、赤い炎がガイルを包む。



 グルルルルルウルルルルルルルル…!



 もはや、そこに居るのは一匹の獣。


 炎を纏った狂戦士は、女神目掛けてギャロウェイにすら目で追えない速さで駆ける。



 『見苦しいわ…美しくない物は嫌いよ』



 クロノスは、集まりつつある光とは別に背中の6枚の翼を広げ無数の羽をガイル目掛けて放った!



 『感謝しなさい…コレはさっきの羽とは訳が違うわ…アナタに使うのがもったいないくらいよ』



 ザク!


 羽がガイルの肩に刺さる、するとクロノスがパチンと指を鳴らした!


 「ぐ…ガァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」


 疾風の如く駆けていたガイルが地面に転がる、羽は更に両足の太股、腕、背中とあらゆる場所に刺さっていく。



 パチン!


 「ギュアァァァァァガッァァァァアァァァ!!!」


 指が鳴らされるたび、ガイルは激しい痙攣を起し身をよじる! 


 「止めろぉぉおおおお!!」


 ギャロウェイが、霧香の元を離れクロノスの真上から迫るがそれを無数の羽がいっせいに捕らえた!


 指が鳴る。


 「!!!?」


 クロノスは地面に落ち、痙攣するギャロウェイを蹴り上げた。


 「がっ!!」


 蹴り飛ばされたギャロウェイは、既に身動きの取れなくなっていたガイルに衝突する。



 「ガ…イル…」


 ギャロウェイは、弟を守ろうと覆い被さる。


 『忌々しい一族…今まで見過ごしていましたが、今度こそ根絶やしにしてあげる…』


 光が集まった手が強く輝く。


 カラン。


 乾いた音がし、クロノスはそちらに目をやった。


 「だめ” ごろ”さ な で」


 そこには、聖剣を手放し膝を付く勇者の姿。


 『ふふふ』


 滑るように、クロノスは地面を這う兄弟を横切る。


 そして、膝をつく勇者の元へ立ち腰を下ろした。


 『ああ、私の可愛い仔…もっと早く素直になればこんな事にはならなかったのよ?』


 滑らかな腕がふわりと体を抱き締める。


 『さあ、そんな邪魔な感情などすててしまって…もう一度時を巻き戻すのです』


 霧香は、詰まったように声の出ない口をぱくぱくと動かす事しか出来ない。



 「何を『巻き戻す』だって?」



 クロノスが背後に禍々しい気配を感じ時には、それの手が翼の一つを握っていた。



 『な___!?』



 ガッツと翼の付け根に足が置かれる。


 メリッ!



 『!!!』



 メリメリ…バキッ!!



 『ツツツツツ!? ギャアァァァァァ!! き、貴様!!! ガアアアアアアアア!!』


 霧香は、叫び声を上げるクロノスの腕を逃れしりもちをついた状態で後ろに下がる!



 バキバキ…ブチン!



 舞い上がる血染めの白い羽の中に少年が佇む。


 赤と白のコントラストの中にあって、その黒い学生服と黒い髪に目は彼の存在をきわだたせた。


 「ふうん…意外に軽いんだな…」


 そう言うと、少年はクロノスから引き抜いた翼をまるでゴミでも捨てるように地面に放置し返り血の付いた頬を袖でぬぐう。


 踏みつけにされていたクロノスは、足元から這い出し残りの翼を使い少年から距離を取る!



 「ぎり”とぉ!」


 「姉さん遅れてゴメン…」



 僕は姉さんを抱き締めた。



 「あ”あ”…」


 耳元で姉さんが泣きじゃくる。


 姉さんが、泣くなんていつ以来だろう…。


 それにしても酷い怪我だ、一体どうやったらこんな傷を負うんだ?


 僕が首筋を舌でなぞると、痛かったのか姉さんがビクリと身をよじった。



 「あ? 切斗…これって…あれ?」


 「舐めときゃ治るってやつ?」


 姉さんは驚いたように首筋を触る。


 無論、傷跡など一切残さない。



 『貴様! 何故生きている!!』

 

 クロノスが、上空から僕を凝視する。


 はは、あんな高い所から…かなりビビってるな。


 「切斗、危ないから下がっ…」


 立ち上がろうとした姉さんの膝がカクンと落ちる。



 「ああ、駄目だよ姉さん! 傷は塞がっても血が足りないみたいなんだ…じっとしてなきゃ」


 僕と姉さんは、血液型は同じだけど流石に今の僕の血をあげる訳にはいかないからなぁ…。


 「切斗、ギャロとガイル君が…」


 姉さんが指差す先を見ると、そこにはまるでボロ雑巾の様になったけも耳ブラザーズが仲良くぶっ倒れている。


 ギャロウェイのほうは良く分からないが、ガイルは息がある…何故分かるかって?


 それは、この右手の婚姻の印が伴侶の安否を伝えてくれるからなんだが…一回は死んで転生したってのに契約続行とはね……ベースに『比嘉切斗』の肉体が使われているからなのかそれとも小山田の差し金か…。



 ま、今はそんな事はどうでもいい…。


 『死ね』


 クロノスが右手からなにやら、エネルギーの凝縮された光を放つ。


 「『否定』する」


 僕のその一言で、迫ってきた閃光が跡形もなく消えクロノスが顔をしかめるが焦った様子は無い。


 まあ、魔王としては長い付き合いなんだ能力くらいは把握していてもおかしくないか…問題は此処からだ!



 「姉さん、ガイル達のこと頼むよ」


 「え? 何言ってるの!? 私も闘う!」


 「姉さんの力じゃクロノスは倒せない…同じ力じゃ駄目なんだ」



 そう、同一系統の勇者の力では『神』は倒せない。



 だからそこ僕は『魔王』としてこの世界へ転生を望んだ。



 「切_____」


 止めようと伸ばした姉さんの手は、僕を捕まえる事無く空をさまよった。


 姉さんには、僕の姿が消えたように見えただろうが何のことは無い。



 僕は瞬時に空を駆け、空中にいたクロノスの背後を取った!


 『な!!』


 僕はクロノスの翼を掴む。


 メリメリと肉の引きちぎられる感覚にクロノスが、神に似つかわしくない悲鳴を上げながら激しい抵抗を見せる。



 バキバキブチッツ!


 二枚目の翼をもぎ取られ、バランスを失ったクロノスが地面に激突した!


 『ぎざま”っつ…!!』


 僕は構わず別の翼にも手を掛ける。


 「飛び回られるのは面倒なんでね」


 翼をもいだ所で、クロノスは直ぐに自身に巻き戻しをかけ元に戻すだろうからこんなの時間稼ぎくらいにしかならないだろう。

 

 時間稼ぎなら他に幾らでも方法があるが、僕はあえて直接翼をむしる方法を選んだ!



 決まってるだろ?

 

 コイツは、姉さんと僕を何万年も戦わせ小山田を巻き込みガイルを傷つけ…リリィを殺した。



 簡単には死なせない…!!



 ドス!



 翼を引き抜きに掛かる僕の脇腹に、突き刺さる鋭利な何か。 


 パチン!



 「…!!! …!!」



 体中に電流に似た激痛が走る!


 一瞬、身動きの取れなくなった隙を突いて僕から逃れたクロノスが体勢を建て直す。


 ザクッ!


 クロノスの右手が、僕の胸に突き刺さたった。


 血が食道を逆流し口から零れ落ち、クロノスに心臓を握られているのが分かる。


 『私は…この世界を守る!!』


 グシャっと僕の心臓は握り潰された。



 『これで______!!』



 女神の顔が、ありえない物でも見たように驚愕する。


 それはそうだろう、たった今心臓を握り潰した相手が笑っているんだから。


 僕は、胸に刺さったクロノスの腕を掴む。


 すると、僕が握った手首の辺りがまるで脆くなったプラスチックのようにボロッと崩れた。


 『!!』


 クロノスは慌てて僕から距離を取る。


 僕は、自分の胸に突き刺さった手首から上の部分を引き抜こうとしたが握られたままの潰れた心臓へ伸びる血管が邪魔した為そのまま引きちぎった。


 ぶちゅ! と、嫌な音がして真っ赤に染まった手と心臓だった肉隗が取り出される。



 「…コレはもう使えないな…」


 僕は地面にそれを投げ捨てた。


 胸にぽっかり開いた穴がそこに心臓が無い事を知らしめる。



 『化け物め!!』


 「粉みじんになっても元に戻れるお前に言われたくないな」



 クロノスが険しい顔で僕を睨む。


 確かに、心臓無しでどうやって血液を循環させてるんだろ?


 つか、出血もハンパ無いのに全然平気だし痛覚も通常よりは鈍い気がする…小山田、お前マジで僕に何した!!


 ぐじゅるるるるるる…。



 肉が蠢き胸の穴が塞がっていく。


 クロノスのほうも手首が元に戻っている所を見るとお互い様な気がするが…ん?


 背中の翼はどうやら修繕には時間が掛かるのか…飛び回られる前にカタをつけたほうがいいな。


 僕は地面を蹴りクロノスに肉迫する!


 『くっ!!』


 クロノスは舞い散る羽をいっせいに自分もろとも僕に向けて放つ!


 が、羽は僕に届く前に飛散する。


 僕の手が、クロノスの首を捉えた!



 「コレでおわ__」


 「逃げて!! 切斗!!!」



 僕の眼前を白銀の刃が通過する!



 「姉さん!?」


 間一髪の所で刃をさけ僕は後ろに飛んだ。


 姉さんが聖剣を構え、まるでクロノスを守るように立ちはだかる。


 「どうしょう…体が…言う事きかないの!! 逃げて切斗!」


 『ふふふ…』



 勇者の背後で、女神が笑う。



 「あ、うそ、やめて! いやあああああ!!!」


 姉さんは、意思とは関係なく僕に向って水平に剣を向ける。


 

 白銀に刃を染めた切先は突然消えた…いや、消えたように見えた!


 気付いた時には、姉さんは僕の真正面に迫り喉目掛けその切先が弾丸のように突き出される!



 疾い!!



 僕は咄嗟に後ろに飛ぶ!



 「くっ!!」



 剣の先が僅かに喉に沈むが、その程度で何とか攻撃を回避できた。



 ジュウ…。



 「…!」



 刺された喉に激痛が走る。


 『ふふ…気が付いたようね』


 クロノスが微笑む。


 「そうか…聖剣…!」


 『そう、コレは魔王を倒す為に造られた聖剣グランドリオン…アナタが私を倒す力を持つ様にこの剣と勇者の力があればアナタを倒すことが出来る!』


 厄介だな…!


 喉の傷は大したことはないが、じくじくといつまでも回復しない…コレが聖剣の効果か。


 あんなもので斬られたら、只じゃ済まない!



 「ふっ…ぐすっ…きりとぉ…ごめん ごめんねっ…」


 姉さんの瞳から大粒の涙が零れる、その顔はまるで自分が切られた様に苦痛に歪む。


 「泣かないで! 姉さんは悪くないから…こんなの直ぐ終わらせる!」


 『まるで、いつぞやの光景と同じね…あの時は賢者に気を取られ不意を突かれましたが二度目はありません』



 クロノスは、僕が引きちぎった翼を完全に元に戻し大きく広げた。


 『さあ、戦いなさい! 私の世界の為に!!』


 女神の言葉を受け、勇者は地面を蹴る。


 「逃げて!! 切斗!!」


 僕は、振り下ろされる剣をギリギリの所でかわして行く!


 ちっ!


 避け続けるばかりでは埒があかない…かと言って、姉さんを攻撃するなんて論外だ!


 遂に避け様のない一撃が迫り、僕は止むなく魔法障壁を張る!



 ガガガガガガガガガガガガガ!



 接触した聖剣から、火花が散りビキビキと障壁には亀裂が走った!



 「っく!!」



 不味い、このままじゃ破られる!


 「駄目!! 止まって! 止まってよ!!!」


 姉さんが絶叫する。


 障壁を張る右手がギシギシと軋む___僕は手を凝視した。



 一か八かだ…!



 僕は目を瞑った。


 すると魔法障壁は消え、聖剣が僕の左肩に落ちる!



 「ぐっ!」


 「いやぁぁぁぁ!! 切斗ぉぉぉ!!!」


 障壁のお陰で勢いの殺された剣は、肩の骨に食い込み止まった。

 

 『さあ! 勇者よ! 止めを刺すのです!!』

 

 クロノスの言葉に反応し、肩に食い込んだ聖剣が眩い光を発する!


 

 グジュウゥゥゥゥウゥゥゥゥゥゥ!



 肉が焼け血が泡立つ。



 「ぐあぁぁぁぁっぁぁあぁぁぁぁ!!」


 「やめ こんな事したくない! 助けて! 誰か! 助けてぇ!!!」


 姉さんは、顔中をあらゆる液体でぐちゃぐちゃに汚し泣き叫ぶ事しかできない。


 クロノスは天を仰ぎ、大きく手を広げる。


 『遍く時よ! 我が命を持って、滅びの時より遡れ!』


 混沌の空に巨大な門が現れた。


 門の上部にはクリスタルの文字盤の時計がはめ込まれ、それを中心に数え切れないほどの巨大な薇や小さな薇が犇きそれぞれがかみ合いカチカチと規則正しく時を刻む。



 カチカチ…カ______。



 突如、それらの全てが動きを止める。



 ぎ…ぎ……ギギギギギギギギギギギギギギギギ!!!!



 耳を塞ぎたくなるような鈍い音を立て、時計の秒針が逆さに回る…それはまるで悲鳴のようだ。



 時計の秒針が巻き戻り12時を指す。



            ボーン。



       ボーン。



               ボーン。



 空間に鐘の音が響き扉が開くと、白い光が差し込みクロノスを照らした。


 『ああ…これでやっと___この世界を…』



 ドスッ。


 安堵の表情を浮かべていたクロノスは、自分の腹から生えた腕を呆けたように見つめる。


 『な…?』


 「てめぇは死ね!」


 オレンジ色の閃光は、腹から突き出した腕にそのまま赤い炎を発した!


 『しつこいですね、私が属性魔法如きで…』


 「じゃあ、コレならどうだ!!」


 腕を覆っていた炎が黒く染まる。


 『ぐ! これは!? 何故!? きさまぁぁぁあぁぁ!!』


 突如、クロノスが苦しみだす!


 すると、僕の肩に食い込んだ聖剣の光が消え姉さんが地面に崩れるように膝をついた。


 はは…右手の甲が熱い…どうやら成功したようだ。


 僕は力の抜けた姉さんの手から聖剣を外し、自分の肩から引き抜き投げ捨てる!



 「うっ…ぐすっ…き…りとっ?」



 ガタガタ震える姉さんの頬に僕はそっと触れる。


 すぐ戻るから…。


 姉さんのこぼれる涙を指で拭って、僕はクロノスの元へ渾身の力を振り絞り地面を蹴った!


 ガイルの腕は、クロノス背中から腹へ突き抜け黒い炎で傷を焼くがそれでは足りない!



 「ガイル!」

 「ヒガ!!」



 僕の右手が、ガイルの左手に絡む。


 『貴様ら!!!!!』


 僕とガイルの手の甲に熱が奔り、禍々しいオーラが黒い炎を纏い膨らむ!



 「「消し飛べ!!」」


 ビチャ!


 肉の弾ける音がして、粉々となったクロノスの体が地面に散らばった。



     ボーン。



         ボーン。



     ボーン。



 鐘が鳴る。


 混沌の空に浮かぶ扉は、ゆっくりと閉ざされていく。


 『待て! 私はまだ!!』


 クロノスは、扉に向って千切れた腕を伸ばすが、希望の光は扉の閉まる無常な音と共に消えた。


 「クロノス」


 耳元に気配感じ、クロノスの視線がそれを見上げる。


 その目に映るのは、黒い服に黒髪の少年が漆黒の双眼で自分を見下す姿。


 『ゴホッ…!』


 侮蔑の言葉を吐こうとしたが出てきたのは己の血。



 そこでようやくクロノスは自分の体の胸部より下が粉々に砕け散っている事に気が付いた。


 『貴様ら…自分たちが何をしているか…分っているのか…?』


 もはや、胸部から上しかないクロノスを見据え少年が右手をかざすとそこに漆黒の刃を持つ剣が現れる。


 「お前は、姉さんを泣かせた…死んで当然だ」


 黒い刃がクロノスの額に突き立てられる。


 クロノスの瞳から光が消え、ぼろぼろと体が崩れると小さな光の粒子となって空間に解けるようにその形を崩壊させ始めた。


 「はは…すげ…」


 ガイルが、その場に崩れ落ちる。


 「ガイル!」


 僕は、慌ててその体を支えた。


 そのまま気を失ったらしいガイルが、すうすうと寝息を立てる。


 限界近くまで体力を消耗しているようだが、死にはしないだろう…全く…なんて頑丈な体だ。


 パチパチパチ。


 背後から手を叩く音が聞こえ、僕は振り向いた。


 「いや、もう! 流石だなぁ! 魔王!」


 同じ学ランを着た見慣れた黒髪の少年が、拍手をしながら僕の直ぐ側で立ち止まる。



 「小…山田…?」



 そこには、僕に巻き込まれ異世界へ渡り賢者を経て遂には神をも越える世界集合体の概念と成ったクラスメイト『小山田浩二』が人懐こい笑顔を浮かべていた。




 「俺がギャグで残しといた、『婚姻の印』を使って魔王の力をガイルに使わせるだなんて! マジパネェ! つか引く! 間違ったらガイル死んでるよソレ! 鬼畜降臨!!」



 小山田は、今にも笑い転げんばかりにまくし立てる。



 「なんで此処に…?」


 「ああ、クソババァが死んだからな! 俺がこの世界にフルで干渉出来るようになったんだよ!」



 小山田は事も無げにそう言うと、あたりを見回した。


 「それにしても、良く出来てんなぁ~もう消えて無くなると思うと勿体無ぇよなぁ?」


 クロノスの造った、水没する僕等の住む街に小山田は感嘆の声を上げコンクリートの地面を屈んで触る。


 「質感パネェ!!」


 「…」


 「何だよ! ノリ悪ぃな!!」



 言葉の出てこない僕に小山田が突っ込みを入れた。

 

 小山田の言う通りクロノスが死んだ為、空間の崩壊が始まったのか辺りには細かい光の粒子が舞い周りの建物はその存在を失ってゆく。


 僕は、肩を貸していたガイルをそっと地面に寝かせる。



 「おお! そいつがガイルか?」


 小山田は横たわるガイルに駆け寄ると、オレンジのふわふわした髪をもふもふと撫で回した。

 

 「ひゃーほー! ガイルきゅん~じじでしゅよぉぉぉぉ!」



 いや、ノリが可笑しいだろ!?



 「…お前の血縁者ならもう一人、向うに転がってるぞ」


 「マジで!?」


 ガイルをもふっていた小山田は、今度はギャロウェイの元へとすっ飛んで艶のある真紅の長髪をわしゃわしゃと撫で回す。


 先祖と子孫と分っていても、年の近く見える男の髪を鼻の下を伸ばしながら撫で回すクラスメイトを見るのは何だか居た堪れない。


 僕の冷ややかな視線を感じたのか、小山田が顔を上げる。



 「何だ? お前も久々に抱っこしてやろうか?」


 「いらねーよ!!」


 小山田は、一瞬にして僕との距離を詰め肩を掴む。


 「!」


 「聖剣か…」



 小山田が掴んでいた手を離すと、聖剣で付けられた傷が跡形もなく無くなっていた。



 「喉の所も直しといたぜ~これからもうひと仕事あんだから気合入れないとな!」


 「え…?」


 「『え?』 じゃねーよ! 今からこの世界を滅ぼさなきゃだろ?」



 小山田はいつものように微笑んだ。



 「うそ…!」



 小山田の言葉に、姉さんの口から搾り出すような声が洩れる。



 「姉さん…!」


 「君たしか…切斗と同じクラスの子でしょ…? 何でこの世界に…」


 状況を把握出来ない姉さんの姿に小山田は、頭を抱える。



 「うーわー、マジかよ! つれないなぁ~前は『こっじ、こっじ』って言って俺の後をついて来たのに~はぁ…」


 「何の話よ! それより…切斗がこの世界を滅ぼす筈無いじゃない!!」


 小山田は大きくため息を付いた。


 「あのね、いいっすか? この世界を滅ばないようにループさせてたババ…『女神』を名乗ってユグドラシルの枝…つまりこの世界に寄生していた別次元の集合概念のなれの果てがそこの魔王にぶっ殺されたんっすよ? …簡単に言えば、RPGのラスボス戦で魔王が勇者に勝っちゃったみたいな? 分かります?」


 「何言ってるの?」


 「止めろ! 小山田!!」



 僕は小山田の学ランの襟を掴んだ!



 「クロノスを倒した時点でこの世界は終わったんだよ…せめて自分で引導を渡してやったらどうだ? なんなら俺も手伝うし」



 小山田はニヤリと笑う。



 「お前! この世界には自分の子孫が居るんだぞ…何で…?」


 「はぁ…あのさ、ユグドラシルには他に数千は下らない世界が集約されているんだぞ? その世界とたかだかこの世界一つとどちらが重いと思ってんだ? …もしかして、本気でガイルに情でも移ったとか~いやん★」



 僕の拳が、小山田の顔を捉える。



 「ってぇな___!!」



 僕は、派手に転んだ小山田の首にクロノスの残骸から引き抜いた黒い剣を突きつけた!


 「お前は誰だ!!」


 小山田と同じ記憶・同じ顔・同じ声で喋るそいつは少し困ったような顔をする。


 「いやぁ~…鋭いところ付いてくるな…確かに厳密に言えば俺はお前の知ってる『小山田浩二』とは違うんだろな…」


 「どう言う事だ?」


 「今の俺は、ユグドラシルに小山田浩二を足して3で割ったみたいな感じなんだよなー」



 なんだそりゃ?



 「…う~んそうだな…魔王!」



 眼鏡越しの澄んだ黒い瞳が僕を真っ直ぐ見る。



 「俺と賭けをしないか?」



 何の脈絡もなく、まるで友人同士のお遊びのように小山田は言う。



 「断る!」


 「うおい! 話くらい聞けよ!」



 小山田が、首に突きつけられた剣に触れる。


 パキィン!


 クロノスに止めを刺した剣がまるで、ガラスのように砕け散った。


 「!!」


 僕の引きつった顔を見て、そいつはニヤリと笑う。


 「無からの物質の創造かぁ…初めてにしては良い線いってたよあの剣」


 僕は小山田から…いや、得体のしれないそいつから直ぐに距離を取る!



 「切斗!」


 「下がって! 姉さん!!」



 思わず僕に駆け寄ろうとした姉さんを手で制す。



 「良い判断だ、流石だなぁ~」


 へらへら笑いながらそいつは目を細める。


 悔しいが、僕とコイツの力差は歴然だ…闘ってもまず勝てないだろう。



 「てめぇ…小山田をどうした!」


 「う~ん、一応俺だって『小山田浩二』である事に間違いはなんだけど…」



 そいつは、頬を掻きなから困ったなぁと呟く。


 「僕の知ってる小山田は、多数を守るために一つを捨てるような奴じゃ無い! それすら救おうとする究極のお人好しだ!!」


 僕とそいつの視線が絡む。


 「…そうだな、今の俺が『小山田浩二』を名乗るのは早計か…よ~し! 俺の事はユグドラシルと呼んでくれ」


 「ユグドラシル…」


 「あ、呼びにくかったら『ユッくん』でも『ドラくん』でも」


 「誰が呼ぶか!!」



 ノリが軽いぞ! それでも統合世界の概念か!!



 「ユグドラシル…改めて訊く! 小山田をどうした!」


 少しの沈黙の後、ユグドラシルが口を開いた。


 「取引したのさ」



 取引…?


 「俺はそれまで、統合世界を管理するだけの存在…分かりやすく言えばプログラムみたいな物でしかなかった。 使命は、数多ある世界の調和とバランスをとる事。 そんな時、いきなりあの男が現れたんだ…驚いたよ…統合世界の概念である俺にたかが生物が話なしかけてきたんだからさ!」



 ユグドラシルは懐かしそうに目を細めた。


 「そいつは、行き成り力を貸してほしいといった。 自分より千年後にやって来る友人とその姉を救いたいと」


 「小山田…」


 「俺からすれば、何故そいつがそこまでするのか理解が出来無かったけど…その代わりそいつ自身に興味が沸いた。 魔力などの特殊能力も無い身で在りながら、概念にまでたどり着き自分を元の世界へ戻す事は願わず他者の為に祈るその姿は何より知的好奇心が刺激されたよ…だから言ったんだ、『お前を差し出せ』って」


 「てめぇ!!」



 僕は、ユグドラシルに向って黒いオーラの矢を放った!


 が、その矢をユグドラシルは難なく消滅させる。


 「落ち着け、お前がイメージしたのとは違う! 何も殺した訳じゃない同化しただけだ」


 「なお悪いだろ!?」


 「別に騙した訳じゃない…同化するとどうなるか一時間くらい説明したし奴も納得して応じたんだ…まあ、他の方法も在ったが訊かれなかったからな」



 事も無げにユグドラシルは言った。


 小山田…馬鹿野郎…何でお前は!!



 「返せ…小山田を返せよ!!!」


 「駄目! 切斗!!」



 僕は姉さんの制止を無視し、怒り任せにユグドラシルに向けて地面を蹴る!


 メリッ!


 「がはっ!?」


 一瞬。


 気が付いた時には、腹部にユグドラシルの拳が沈み僕の体がそのまま体を持ち上げられる!


 おかしい…!


 何であの位置から…!?



 「切斗!!」


 姉さんが側面からゆグドラシルめがけて聖剣を振りかぶる!


 が、ユグドラシルがいち早く空いた方の手を姉さんに向けた!


 「あっ…!」


 姉さんの目から生気が無くなりその場に倒れこむ。


 「ね”ぇ…さん!」


 僕は地面に倒れる姉さんに必死に手を伸ばしたが届くはずもない。



 「さて、魔王! さっきの話の続きだけど俺と賭けをしないか?」


 「っ…だ れが」


 「悪い話じゃない、お前が勝てば『小山田浩二』を解放しよう…条件は_______」



 僕の耳元でユグドラシルが囁いた。







 僕は、コンクリートの地面に仰向けに倒れ混沌の空を見上げていた。


 「あの野郎…」


 クロノスの造った空間にいよいよ崩壊が迫り、光の粒子となって全てが消えていく。


 奴の出した賭けの内容は、


 『この世界が崩壊する前に俺を探し出せ』


 というもの。


 要は壮大な鬼ごっこだ。


 聞けばこの世界は、ユグドラシルが手を加えてももあと10年持たないそうでタイムリミットを大体そのくらいにしてやると_____。


 意味が分からない。


 何を考えているのか全く分からない!


 これじゃまだクロノスのほうがいくらかましだ!


 それに、アイツは姉さんまで連れ去った!


 『この方がやる気がでるだろう? 捕らわれの姫はテンプレだからな』と、言いやがった!


 ふざけんな!


 ころころとバスケットボールくらいの発光する球体が僕の肩に当った。


 中には、黒いツインテールに黒い羽の精霊が膝を抱え眠る。


 「リリィ…」


 これは、奴が餞別だと言って置いて行ったものだ。


 僕はそれを拾い、体を起こす。


 まずは此処から生きて脱出しないとな…。




 僕は、ゆっくりと立ち上がった。


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