暇をもてあました女神の遊び

********************


「どう言う事だ!」


 宿屋のベッドに横たわるキリカの側に侍るクリスに、俺は食ってかかった。


 「お静かに…勇者様がお休み中ですよ」


 クリスはそう言うと、ベッド脇に置かれたキノコ型のランプにふわりと腰掛ける。


 「光の精霊獣を倒してからキリカの様子がおかしく…いや、精霊獣を倒すたびどんどん酷くなる! お前この事承知してたのか!?」


 俺の問いにクリスはただ微笑む。


 「これが、勇者の本来の姿…いいえ、まだ程遠いのですが…」


 クリスは、白銀の髪の毛の先を指でくるくる弄びなから赤い瞳で俺を見た。


 「本来の姿? なにを言っている!?」


 「『勇者』は本来余分な感情など持ち合わせていません」


 俺は言葉を失った。


 「感情がない…だと?」


 「はい」


 クリスはさも当然のように答える。


「本来勇者は魔王を倒すだけに『創られた存在』、そんな者に感情など在る筈在りません」


「創られた存在だと…?」


 呆然と立ち尽くす俺に、クリスは微笑みながら答える。


 「『勇者』と呼ばれるソレは女神クロノス様がこの世界を救う為創った『モノ』…ですが、千年前あの男が現れて全てが狂ってしまいました」


 あの男?

 「まさか…」


 「あの忌々しい貴方の先祖『賢者オヤマダ・コージ』によって世界の理が歪んでしまったのですよ」


 微笑んではいたが、今まで感じたことの無いような殺気がクリスからたちこめる。


 「キリカはどうなる…いや、どうするつもりだ!」


 「勇者様には最後の精霊獣プルートを倒して頂きます」


 「しかし!」


 「そうすれば勇者様は本来の姿を取り戻すでしょう」


 そう言うとクリスは、静かに眠るキリカを愛おしいそうに見つめた。


********************





 あれから3日かけて僕らは東を目指した。


 「…ここで合ってるんだよな?」


 ミケランジェロを入り口に待たせガイルが、困惑したように聞いてくる。


 「うん…間違いない…はずなんだけど…」


 ちょっぴり自信が無い。


 「なかなか楽しそうな所じゃない★」


 「…」


 フルフットは興味津々と言った感じだが、リリィに至ってはどう反応してよいか分からないと困惑するばかりだ。


 それもその筈、そこはまるで_______。



 「「お帰りなさいませ!ご主人様♪」」


 お馴染みの黒いアレを着用した二人のメイドが、呆然と立ち尽くす僕等に声をかけてきた。


 年は17~18才位だろうか?


 黒いウサミミを立て黒髪をボブカットにしたメイドと黒いウサミミを垂らした同じ髪型の二人のメイド達は顔立ちが、良く似ているので姉妹なのかもしれない。


 真っ青な瞳がガイルと僕、フルフットを交互にみる。


 「え!? ちょ! オレ等はお前らの『ご主人様』じゃねーぞぉお!!」


 ずいと至近距離に迫られたガイルは、慌てて距離を取る。


 そんなガイルの姿を見てメイド達は、くすくすと笑う。



 「「ご主人様達は、この街にお帰り頂いたのは初めてなのですね! アリャアリャ」」



 いちいち同じ台詞を二人で言うので、うざさも二乗される!


 僕は意を決してメイド達に尋ねた。


 「お姉さん達…ここは、『デッドスフォール』と言う場所で間違いない…よな?」


 メイド達の顔から一瞬表情が消える。


 「「 ハニャ??? 違いますよ~ここは『コムマタウン』っていうんだよぉご主人様ぁ!」」


 首をかしげうるうると瞳を潤ませ迫るメイドに、僕がドン引きしているとリリィがすかさず助けに入った。


 「いい加減して! さっきから聞いてればご主人様ご主人様って! この方をそう呼んで良いのは私だけです!!」


 いやきっと、この人たちはこれが仕事だ。


 突然現れたリリィに、メイド達は呆気に取られた顔をしていたが____。


 「「きゃー!! 精霊初めて見たマジかわゆす!!」」


 「きゃ! なにすんの!!」


 リリィは、一瞬にして二人の手の中に捕らわれてあちこち触られまくっていた。


 「「あ~マジかわゆすなのに服装残念系~コレはビフォーがひつようなの!」」


 「あ! 嫌! ごしゅじ…ん…っふ」


 「「出来た!!」」


 やっと開放されたリリィがよろめきながら浮遊する。


 「「「おおおおおおお!!」」」


 その姿に、ガイルもフルフットも僕でさえ感嘆の声を上げた!


 「ふえ!?」


 そこにいたのは、黒い髪をツインテールにまとめ潤んだパープルアイが妖艶に光り露出の多いメイド服を身に着けた大胆なそれでいてロリ要素を失わない子悪魔がいた。


 「きゃぁぁぁ!! なにこれ!?」


 顔を真っ赤にして、その場で身を丸めるように露出した部分を隠そうとあせるリリィ。


 「「イッツア! 劇的ビ●ーアフター!!」」


 「ちょっと! 元に戻しなさいよ!!」


 涙目状態で抗議するリリィの姿は、ロリなど興味の無い僕でも可愛いと思える完成度だ。


 「良いんじゃないか? 似合ってるぞリリィ」


 「え…ほんと…に?」


 「ああ、いつもの白いワンピース? なザ・精霊みたいなカッコも悪くないけど、そっちのほうが良く似合ってる」


 ツインテールに黒い羽のメイド精霊なんて、小山田が見たら飛びつきそうなくらい『萌』要素がたっぷりだ。


 顔を赤らめたリリィは、『ご主人様がそう仰るなら…』ともじもじ体をよじった。



 さて…茶番はこの位にして…。



 僕は、目の前に広がるどう見ても『秋葉原』にしか見えない街を凝視した。


 立ち並ぶ高層ビル、その窓や外壁に張られたアニメ広告、コンクリートの道路、どれ一つ取ってもこの世界に存在しないものばかりだ。


 そして、何より街に人影一つ見当たらない!


 僕は、メイド達を見据えた。


 「もう一度聞く、ここは『デッドスフォール』だな?」


 メイド達の真っ青な瞳から、生気が消えた…いや元々無かったのかも知れない。


 「ヒガ…!」


 変化を感じとったガイルが、僕の前に立つ。


 「来るぞ!」


 その瞬間、垂れ耳のメイドが一瞬にしてガイルの眼前に迫り顔目掛けて膝蹴りをしかけた!


 ソレをガイルは両手で防御する。



 「っち!」


 背後のほうからも、ガガガと鈍い音がした。


 「あらん★ 足癖が悪いわね~オイタがすぎるわよ★ お嬢ちゃん達★」


 振りかえると、フルフットが魔法障壁を出現させ立ち耳のメイドの攻撃を防いでいる!


 攻撃が防がれると、メイド達はそれぞれ跳躍し僕らの正面に二人ならんだ。



 「「つまんないよ~せっかく街を案内しようと思ったのに~同人ショップにフィギュアとか色々あったんだよぉ!!」」


 ぷうと頬を膨らませるメイド達。


 「悪いな、僕はそんな物に興味は無い!」


 フィギュアと聞いて、ちょっとガイルが心引かれているようだがこの際それは無視しておこう。


 「あれが、『門番の双子』かしら? ずいぶん伝承と違う気がするけど…どうする坊や? この子達けっこう強いわ」


 「僕の邪魔をする者は誰だろうと許さない…頼む!」



 ガイルが一歩前出る。



 「やっと頼ってくれたな…嬉しいぜ!」



 全身を炎が覆い金色の目に狂喜が宿る。



 「ガイル」



 僕は、狂戦士の名を呼んだ。



 「…ああ、問題ねぇ」


 ガイルは、狂戦士の力を解放しながらも理性を保っていた。


 「あらぁ、もしかして『愛の力』ってやつぅ~若いっていいわ~」


 おねぇの妄言など気にも留めず、ガイルはメイド達に向かってもはや僕には見えない早さで迫った。


 ドスッと鈍い音がして、ガイルの手刀が垂れ耳メイドの腹を貫く!


 かろうじて避けた立ち耳メイドは、体勢を立てなおしガイルに一撃を加えようと地面を蹴った。



 「「!!」」



 立ち耳メイドの体が地面から1m程はなれたところで、何かに引っかかったように空中で静止する。


 良く見れば、透明な極細の糸のような物が立ち耳メイドの手や足、胴に絡みつき身動きが取れなくなっていた。



 「あら、ごめんなさいね~★」


 フルフットが、不敵に笑う。


 火の手が上がるのと、ばらばら死体が出来たのはほぼ同時だった。



 「圧巻ですね…!」


 リリィが、二人の手際の良さに感心したように呟いた。


 コレで終わりなら苦労はなんだけどな…。


 ガイルもフルフットも、警戒を解かずメイドの死体から目を離さない。


 めちゃ…ぐちゃ…ごそっつ


 ばらばらになった死体の部位が蠢きながら次々にくつき、炭化した焼死体もジューシーな肉を取りもどし始めた!


 「「ぷはぁ! もーびっくりするなぁ!」」


 すっかり元通りになった垂れ耳と立ち耳は、キラッ☆ポーズを決めると何処から取り出したのか☆飾りのついた魔法少女御用達のステッキを取り出しす!


 「「今度はこっちからいくよ! リンパラ・リンパラ・ドゥークリア・マジカルアウトD!! ステーション☆」」


 二人は恐らく、この世界には無いであろう属性不明の呪文を唱えた。


 すると、此方に向けられたステッキから大量の魔力が放出され巨大なぴこぴこハンマーが形成される!


 「坊や! 子猫ちゃん! アタシに掴まって! 形はふざけてるけどアレはかなりの魔力質量よ!」


 そ言うと、フルフットがなにやら詠唱を始めた!


 「「無駄無駄! 逝ってらっしゃいませ! ご主人様!!」」


 巨大ぴこぴこハンマーが僕等に向って振る降ろされる!



 ずごおおおおおおおおおおおおおん…。


 大地を振るわせるほどの衝撃で、僕らのいた場所には巨大なクレーターが空きまわりの地面には亀裂が走しった!


 「「やった~…あれ!?」」

 

 土埃が去った巨大クレーターにメイド達が見たのは、結界を張り攻撃を耐え抜いた僕らの姿。



 「うお!! クソ狭いんだよ! なんとかなんなかったのか!?」


 「しょーが無いでしょ! 強度上げるために出来るだけ小規模にて…あん★ 坊やっ…どこさわってんのん★」


 「僕じゃない!! はっ! リリィしっかりしろぉ!! 洗えば大丈夫だから! 気をしっかり持て!!」


 硬度を上げる為小規模に張った半畳ほどの大きさの結界に、野郎3人と精霊でぎゅうぎゅう詰めだ!



 かしゃー


 かしゃー


 その姿を、メイド達はスマホで写メっている。


 「「マジもゆす!」」


 てめぇら世界観守れや!!!!


 とは言っても『秋葉原』そっくりのこの街がある以上、そんな事は関係ないか…。


 フルフットの言うとおり、あのメイド達は恐らく伝承や、古文書にも記されていた魔王の元へ続くゲートを守る『門番の双子』に間違い無いだろう。


 だとすれば、メイド達は魔王の魔力から作られたエネルギー体に過ぎず、切ったり燃やしても大したダメージは期待できない。


 それにしても、何故この世界に秋葉が現れたのだろう?


 この世界の住人が秋葉なんて知るはずない…魔王がこの秋葉を創ったとして、この世界で生まれ秋葉に行った事もない魔王にここまで詳細な空間再現が出来るだろうか?


 「「も~いっかいいくよ~!!」」


 魔女っ子ステッキに魔力が集まり始める。


 「流石に二回目はきついわ~」


 「取りえず散るぞ!!」


 僕を抱えガイルは跳躍し、クレーターから飛び出した。


 フルフットも反対側へ飛び出す。



 「ヒガ! 策は在るか?」



 僕を地面に降ろしガイルが、聞いてきた。


 はっきり言って、今はお手上げだ…だが。



 「ガイル! フルフットとであいつらを引きつける事は出来るか?」


 「ああ、やれる!」


 「少しの間、頼む…調べたい事が在るんだ!」


 僕の予想が正しければ、あのメイド達には何処からか絶えず魔力が供給され続けている筈…そこを叩く事が出来れば僕等に勝機が見える!


 「分かった…何かあったら直ぐにオレを呼べいいな!」

 

 肩に置かれたガイルの手が微かに震えている。


 「ガイル?」


 「「ご主人様! み~つけた~♪」」


 頭上から声がして、ガイルに向ってぴこぴこハンマーが迫る!


 ガイルは身じろぎ一つする事無く、迫り来るぴこぴこハンマーに右手を突き出す。



 「「つぶれちゃえ~テヘペロ★」」


 振り降ろされたハンマーとガイルの右手が接触した。


 「焼き尽くせ『煉獄』」



 ガイルの掌から灼熱の炎が噴出し、ハンマーを飲み込んだ!


 「「甘いよ! この位じゃ_____ ハニャ???」」


 僕らを、叩き潰そうとしたハンマーが徐々に押し返されていく。


 「うらあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 炎がバーストしハンマーをつきぬけメイド達に直撃した!


 「「うきゃあ!!」」


 弾き飛ばされたメイド達は、体を炎に包まれ地面に叩きつけられる。


 「行け! ヒガ!」


 僕は踵をかえす。


 門番の双子の魔力は無尽蔵に補充される…急がないと、狂戦士のガイルだって長くは相手に出来ないだろう。


 「「逃がさないんだから!!」」


 焼け焦げになりながも立ち上がった立ち耳メイドが、僕に向って跳躍したが地面からいくらも離れないうちに地面に顔から突っ込んだ。


 「「???」」


 立ち耳メイドの左足には、鉛色の魔力で造られた太い鎖。


 「貴女の相手はアタシよ★」


 背後からするフルフットの声に振り向く事も叶わず、容赦なく立ち耳メイドの体を鎖が締め上げる。


 「さ! 行きなさい坊や!」


 二人に背中を押された僕は『秋葉原』に向って走った。








 「はっ はっ はっ」


 僕は誰一人いない、JR秋葉原駅電気街口前と中央通りを結ぶ通りを万世橋交差点に向けひた走っていた。


 「リリィ…はぁはぁ」


 全力疾走を続けていた為、肺が壊れそうだ。


 側に控えていたリリィが、心配そうに僕を覗き込む。


 「ご主人様! もっとゆっくり!」


 絶えずリリィによって体力が巻き戻されるが、どう足掻いても僕は普通の中学二年生程度の体力しか無い。


 走り回っては息切れを起し、また巻き戻すを繰り返しているのが現状だ!


 「後 どの位  だっ…?」


 「もう少しです! あの角を曲がって…」


 僕自身には、魔力など無い…ついでに感じる事も出来ない。


 だから、魔力感知に優れたリリィに一番魔力が強く感じられる場所まで案内をさせている。


 おそらく、この街で一番魔力が高い場所に魔王の魔力を門番の双子に補充している装置なりがある筈だ!


 ふらつく体を引きずり、僕は万世橋交差点より北側に当るメインストリートへ出た。


 様々な商業施設がならぶがどれもこれも、アニメ臭が漂う…同じ名前の電気店などはここに来るまでに四つは見た。


 本当…妙な感じだ。


 この世界は、RPGさながらの剣と魔法の世界だって言うのにここにいるとソレが全て性質の悪い夢だったんじゃ無いかと思えてしまう。


 姉さんが勇者なんて馬鹿げたモノだとか、クラスメイトが異世界の千年前にタイムトラベルして賢者になったなんてのは厨ニ病を患った湧いた頭の見せる妄想なんじゃないか?


 そう思えてならない。



 「もう少しです! ご主人様!!」


 へばる僕の体力を巻き戻すリリィの姿が、コレは夢じゃないと物語る。


 そうだ夢じゃない…ガイルもフルフットも僕を信じて足止めをしてくれているんだ!


 そして、ここは秋葉なんかじゃあない!


 僕の知る秋葉原には、あんな建物は存在しないからな…。


 目の前にはここが車両の走る道路であるにも関らず、道のド満中に正に異形の姿をした建物が聳え立っていた。


 「コレは、何でしょう…?」


 その建物を見上げリリィが、怯える。



 無理も無い。



 異形の建物はまるで、ヨド●カメラとまん●●けと万丈橋●察署、メイド喫茶やpcジャンクパーツ屋なんかがまるでぶつかってドロドロに解けようとしたところを中途半端に止められたようなそんなカオスな建造物だ。



 「あそこで間違いないか?」


 僕の問いに、リリィは最上階ののほうを指差した。


 「あの部分から、強力な魔力を感じます…」


 指先が微かに震える。


 恐いんだな…この世界に始めてきた時、僕も同じ気持ちだった。


 始めて見る景色、自分の置かれた状況を理解できず戸惑い恐怖すら感じていた。



 『姉さんを救い出す』



 この思いが無ければ、僕はあれほど冷静に行動する事は出来なかっただろう。


 それに…強制的にとはいえ、リリィが僕の中にいたから孤独ではなかった。



 「リリィ…僕は弱い」


 「ご主人様?」


 「僕一人では何も出来ない…いまさら虫のいい話かもしれないが力を貸してほしい」


 「…」


 「それと…あの時、羽をむしってすまなかっ_____」


 リリィの手が僕の唇に添えられた。


 「駄目です! 謝罪なんて…そんな死亡フラグ立てないで下さい!」


 少し顔を赤らめ、怒ったような少し照れたようなそんな顔に涙を溜めている。


 「ご主人様は、私の世界を変えて下さいました…私を必要だと言って下さいました! 勇者様が去りこの世界が滅んでも構いません! 私にとってご主人様が『世界』です!」


 その目にもう迷いなどない。


 僕は、礼など言わなかった。


 リリィもソレは望まない。


 僕が異形の建物の前に立つと、自動ドアが音も立てずに開いた。


 入って来いって言うことか…?


 僕は、異形の建物に吸い込まれるように足を踏み入れた。


 「コレは一体…」


 リリィが、そこらかしこに展示されている携帯・スマホを恐る恐る見る。


 「コレは、ガラケーにスマホ…●フォンだよ」


 「何に使われる物なのです?」


 「これがあれば、遠くに離れた仲間と会話できたりネット検索やアプリわ…」


 リリィは、何のことを言っているのか理解出来ないといった表情だ。


 「…先を急ごう」


 エレベーターはどうやら使えない様なので、エスカレーターの前に立つ。


 すると、それに反応してエスカレーターは上へ向って動き出した。


 二階、三階とフロアを登り最上階を目指す。


 それにしても、メインの構造としてはヨド●●カメラだがフロアにはいろんな店の商品が混沌としている。


 pcモニターには特大の魔女っ子フィギュアが生えていたり、マンガ本がマネキンの頭にマンホールの蓋が突き刺さったりしていてまるで歪んだ時の吹き溜まりのようなだ。



 「ちっ!」


 エスカレーターを上へ上へと、駆け次の6階フロアへ差し掛かった時だった。


 「コレでは先に進めませんね…」


 上りのエスカレーターには、天井までゴチャゴチャと複雑に入り乱れ結合した家電製品や道路標識ヌイグルミや車など何処をどうすればこんな事になるのか良く分からない物体がみっしりと詰まっており時折ソレがぐちゃりと音を立てて蠢いていた。


 …触らないほうが身のためだな。


 「階段を探そう!」


 僕は踵を返し、フロアを見た。


 ここを突っ切らなくちゃいけないのか…。


 6階フロアはどういう訳か水浸し、その上に家電製品が犇いていた。


 本来なら、このフロアには家電製品なんか…ま…ここはヨド●●じゃねーし関係ないか…。


 濁った水に足を踏み入れる。


 踏み入れるとふくらはぎの辺りまで一気に沈んだ…水深は浅いな。


 はやる心を抑え僕は慎重に足を進めた。



 ちゃぷ…ちゃぷ…。


  電気は通っていないのか?


 いや、フロアを照らす明かりはついている…感電しないか心配だ。


 「ご主人様…」


 リリィが、不安気に僕に寄り添う。


 浸水した冷蔵庫や扇風機が並ぶ角を回り、大量の薄型テレビが陳列されたエリアに入る。


 ずらっと並ぶ、テレビ値札には『他店より高いことが分かりましたら値下げします!』の文字、サイズも60v型から32v型と豊富だ。


 なにも映っていないテレビの黒い画面に僕とリリィの姿が反射する。


 「ご主人様、この黒い鏡は一体何ですか?」


 リリィが自分達の姿を反射するレテビを、恐る恐る見つめた。


 「コレはテレビだ…離れた場所の様子やアニメとかニュースとかを見ることが出来るんだけど…」


 てれび? と、首を傾げるリリィ。


 ばしゃばしゃと水を蹴りながら、僕は『特価』と書かれた値札の付いた60v型の薄型プラズマテレビに近づいた。


 「き、危険です!!」


 リリィの静止を無視し僕は、値札に書かれた文字を凝視する。


  「これは…日本語だ…」


 見回せば、そこらかしこに掛かる『大安売り』や『プライスダウン』など値札に並ぶ言葉はみんな日本語だ!


 この世界で日本語の読み書きが出来るのは、僕を除けばガイル達小山田の子孫くらいしかいない筈なのに!


 魔王だから魔力で何とかなるとかそんな理由で秋葉…日本をここまで再現出来る物なのか?


 値札の付いた液晶プラズマテレビには、日本の誇る世界のあの企業のマークが入っている。


 「これは…魔王じゃない…」


 「ご主人様?」


 僕は勘違いをしていた!


 いるじゃないか!


 この世界で、異世界に精通し例えこの場にいなくてもこんなことの出来る可能性のある人物が!



 ピッ! 

  

  ブン!  カチッ!


 僕がその名前を呟くと同時に、その場にあった全てのテレビの電源が入った!


 ザーと言う音とともに砂目の画面がテレビに映し出される。


 「は、離れて下さいご主人様!!」


 リリィの言葉何て耳に入らない!


 視線は砂目の画面に釘付けになる、そこに写しだされるであろう人物を僕は期待と不安を持って待った。


 ざーザザッーブン!


 砂目から切り替わり映されたのは、顎から下の人の姿。


 『…こんなモンか…なっと!』


 僕と同じ学ランを着た少年が、なにやらカメラのようなものを設置しているのか時折画面がぶれ天井やら地面やらが映り込んでいる。


 セットし終えたのか少年は床に描かれた×印の所まで下がった。


 『…よお、比嘉』


 小山田は力なく笑った。


 『お前が、コレをみてると言う事は…俺はアイツを救うことは出来なかったんだな…』


 見慣れたクラスメイト顔は、今にも泣き出しそうに歪む。


 『察しの通り、この秋葉も門番も造ったのは俺だ』


 やはりか…。


 『ココにいるってことは、お前は魔王の所へ行こうとしているんだろ?』


 小山田は、ジッと僕を見据えた。


 『行かせねぇよ…』


 「!!」


 なんだって…?


 『お前は絶対に魔王の所へは行かせない…』


 その場の空気が凍りつく。


 『お前や霧香さんは必ず俺が見つけだす…だからこれ以上進むな』


 小山田はまるで懇願するように語り掛ける。


 「小山田…」


 お前には、僕や姉さんを見つけることは出来ないんだよ…。


 だから、僕は前に進まなきゃならない。


 小山田は沈黙した。

 

 なにも語らず只その場に佇んでいる。


 ナニをどう伝えればいいのか分からない…そんな戸惑いが伝わってくる。


 僕は、テレビに背を向けた。



 「行くぞ、リリィ」


 「え、はい!」



 小山田の気持ちは有難い…が、アレはおそらく千年前に撮られた画像だ。


 お前はこの世にいない。


 それは覆ること無い真実。


 姉さんを助けるには、姉さんより先に魔王に会うしかない…たとえ小山田に止められたって僕は先に進む!



 足を水に取られながら、僕は階段へ向う。



 『お前はきっと俺が止めても先へ行こうとするよなぁ…』


 フロアを照らす照明が妖しく点滅した。


 「なんだ?」




 ピッ…ピッ…。


 テレビの展示されていた直ぐ脇のエリアのPCに、次々と電源が入る。


 マ●ク・●INなどのポップアップ音が次々に鳴り響きソフトが立ち上がっていく。


 『プログラムk起動』


 テレビ画面に映る小山田の唇が動く。



 「何です…これ!?」


 「何だか知らないが、不味い気がする…急ぐぞ!」


 ばしゃばしゃと水を蹴り階段へ急ぐ!


 ドゴォォォォォォォォォォォン!!


 背後から衝撃と爆発音が響き、僕は前へつんのめった!


 ばしゃっと派手に水の中へ転ぶ。



 「ゴホッ! ゴホッ!?」


 衝撃の方へ振り返ると、僕が上ってきたエレベーターのあたりからもうもうと煙が上がっている。


 「「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャ~~ン!」」


 そこには、何処かの大魔王の台詞とともに元気一杯の笑顔を______げ。


 煙が過ぎ去り見えたメイド達の姿は、体は焼け焦げ腹に穴が開き、片腕がねじ切れ頭が半分吹き飛んだかなり酷い状態だ。


 垂れ耳メイドに至ってはメイド服の上半身の部分が切り裂かれ胸が露出していたが右側に風穴があいて向こう側が見える!


 何処のバイオ●ザー●だよ…内臓と血が出ていない事が見てる側にとっての唯一の救いだ。


 「「コード認証しました。 コレよりプログラムkを開始します」」


 キラッ★とポーズを決めメイド達が一歩踏み出し、濁った水の上を歩いてこちらへ向ってくる。


 「ちょ!」


 僕は迫り来るメイド達から逃れようと、慌てて立ち上がるが思ったように前に進むことが出来ず更に追い討ちをかけるように足がもつれバランスを崩す。



 ばしゃ!



 「ゴブッ!」


 僕に向ってメイド達の手が伸びる。


 「ご主人様!!」


 リリィが僕を立ち上がらせようと襟を引くが間に合わな__!


 「ヒガに触んじゃねぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 立ち耳メイドの頭上に踵落しが炸裂し、横にいた垂れ耳メイドには膝蹴りが入る!


 鮮やかなコンビネーションが決まり二人の体は、床と天井にそれぞれめり込んだ!


 「大丈夫か! ヒガ!?」


 情けなく水に浸かる僕を守るようにガイルが、立ちはだかった!


 「ちょっと! 全然時間稼ぎになってないじゃない!!」


 リリィが、ガイルに食って掛かる。


 「うっせ! これでも大分粘ったんだよ!! それにあいつら行き成りここに向って逃げやがたんだ! 攻撃してもまるで効いて無いしよ!」


 ガイルの顔に余裕が無くなっている。


 「フルフットは?」


 「ガス欠だ!」


 魔力が切れたのか…!


 ガイルの腕を借り、体制を立て直す。



 「とりあえず最上階へ…!」


 ボコ…バシャッ…!


 床と天井にめり込んでいたメイド達が、次々に起き上がる。


 

 「「障害が発生いました。 速やかに排除プログラムを実行します」」


 ぴっ…カタカタカタ…ピッピッ…!


 展示されてているpcのキーボードが独りでに動き黒い画面には、大量のコードが表示される。


 テレビの画像は砂目に戻っていた。


 「何だよこれ…?」


 ガイルが怪訝そうに顔を歪める。



 「「それじゃ行くよ!! ご主人様お覚悟!!」」


 そう言うと、メイド達はポーズを取り互いにぴったり寄り添った。



 「「コード:19191378排除プログラム起動、ネットワーク再構築」」



 カッっと眩しい光が発せられる。



 「く!」

 「あ______」

 

 僕は、言葉を失った。


 「誰だてめぇ…!」


 ガイルは、目の前に現れた人物を凝視する。



 「排除プログラム起動する」


 『小山田』はガイルを真っ直ぐ見つめた。



 「そんな…なんで?」


 体の力が抜けて危うく、水面に膝を付きそうになる。


 「おっと、気をつけろよ!」


 ガイルが、素早く僕の体を支える。


 …落ち着け、アレは小山田なんかじゃない!


 「てめぇは一体誰だ? あの女どもは何処いったんだ?」


 何が起こったか理解できないガイルは、あたりを見回す。


 『小山田』は水面の上に立ち、こちらを見据え僕に向って手を伸ばした。


 「ヒガ・キリト身柄を保護するこちらへ来い」


 小山田にそっくりな奴の黒い目は、何の感情も宿してはいない。


 「ふざけんな!」


 ガイルが地面を蹴り水面に立つ『小山田』の側頭部に回し蹴りをお見舞いする!


 一瞬にして、僕と変わらない体格の『小山田』の体はpcエリアに吹っ飛ばされた!


 「小山田!!」


 思わず駆け寄りそうになる僕の首根っこをガイルが掴んだ。


 「何やってんだよ!」


 「っ…気が付かないのか!? 小山田…かも…」


 「オヤマダ?」


 こんなに顔が似ているのに当人同士では気がつかないのか!?


 ジジジ…パチッ…!


 大量のパソコンに突っ込んだ『小山田』がゆっくりと体を起す。



 「敵属性認証、対処に入る」


 『小山田』が両手を広げ掌を水面に向ける。


 ごぽ…。


 「コード:3713タイダルウェーブ」


 「つかまれ!!ヒガ!!」


 ガイルの声が聞こえた時には、もう大量の水の中だった。


 濁った水を大量に飲み込んだ為、息が出来無い!!


 「ゴボッゴボ!」


 激しい流れに揉みくちゃにされながらも、何かつかまるもが無いか闇雲に手を動かす。


 すると、ガシッと腕を掴む感触がした!


 僕は藁にもすがる思いでその腕に掴まると、そのまま水面へと引き上げられた。


 「ゴホ! ゴホ!」


 「___大丈夫か?」



 荒れ狂う激流の水面に球体の結界が張られている、僕の腕を掴んでいるのは_____。



 「お、小山田っ…ごほっ ごほっ!」



 見知ったクラスメイトは、無感情に僕を見る。


 「はっ! ガイル! ガイルは!?」


 慌てて濁った水の荒れ狂うフロアに目を凝らす。


 が、ガイルを見つけることが出来ない!


 「っ…小山田! ガイルはお前の!」


 「俺は『賢者オヤマダ』では無い、賢者に造られた『門番』だ」


 『小山田』が冷たく言い放つ。


 ……分かっていたとは言え、改めて突きつけられる『もう小山田はいない』ということを…。



 「何で、その姿なんだよ…」


 僕は今どんな顔をしているだろう?


 『小山田』は結界の中に僕をそっと立たせた。


 「通常『門番』は二体で任務に当るが、『プログラムk』を起動するとで二体は融合し『俺』という固体になる」


 まるで、取り扱い説明書でも読み上げるみたいな坦々とした口調で『小山田』は僕の問いに答える。



 「…ガイルは小山田の子孫なんだぞ? 何でこんな事したんだよ…」


 「『エラー01』賢者に配偶者はいない、お前の発言には誤りがある」


 …そうか、こいつが造られたのは千年前…その頃のデータしか持ってないんだ!


 「『プログラムk』って何だ? 小山田はお前に何を指示した?」


 「賢者が、俺に指示したのは『ヒガ・キリトを守る事』…全ての危険を排除し生命の安全を守る事だ」


 な…それって…。


 「俺はお前を守る為に創られた」


 そう聞こえたと思うと突然、『小山田』の右手が額を掴みそのまま体を軽々と持ち上げる。


 

 「う"ぁ!!」


  ギリギリとこめかみに指が食い込む!


 「これより、ヒガ・キリトの記憶消去及び精霊契約解除を行なう」


  「な!!」


  「安心しろ、時間軸にしてお前が賢者をあの路地裏に招きいれる直後まで記憶が『戻る』と思ってくれ」


 ギギギギと額が締め付けられる!


 「何…言ってん…だ!?」


 『小山田』の無表情だった顔に薄く笑みがこぼれる。


 「終了すれば、俺は友人・小山田浩二としてお前に再会する」


 な…なんだって?


 「そして、俺は『小山田浩二』として賢者が『比嘉切斗』見つけ出すまで側で君を守り続けるだろう」


 感情の無い目が僕を映す。


 背筋が凍った。


 そいつが創られたのは千年前、現在においてちろん小山田はこの世にはいない。


 と言う事は、記憶を消されれば最後!


 姉さんを救う事も出来ず死ぬまでこの小山田モドキと一緒にこの世界を彷徨う事に___?


 嫌だ!


 それだけは絶対に避けないと!!


 「始めるぞ、少々痛むかもしれないが…」


 「やめ__」


 額がこれ以上無いくらい締め上げられる!


 もう駄目___。



  ザクッ!


 半ば諦めかけた時、真下からオレンジの閃光が結界を突き破り僕の額を掴んでいた『小山田』の腕を肘の辺りから刈り飛ばした!


 「汚ねぇ手でヒガに触ってんじゃねぇ!!!」


 ガイルはバランスを崩す僕の体を受け止めると、近くにあった柱を足がかりに跳躍し、かろうじて水没を免れたキッチンシンクやその他の物が寄り集まった一角に僕を降ろす。


 「ヒガ、大丈ぶっっって!! ぬおぉぉぉ!??」


 ガイルが悲鳴を上げる。


 無理もない。


 僕の顔面には、切断された『小山田』の腕がガッチリ張り付いていてソレが切れたトカゲの尻尾の如くビチビチと動きまくっているのだから!


 ガイルが、慌てて腕を引っぺがし水面に投げ捨てる!


 「ヒガ、だいじょぶか?」


 「う…ぐすっ だいじょばねぇ…あいつ、ストーカーだよ…ナニこしらえてんだよ小山田ぁ~マジ怖ぇぇ…」



 あいつ、途中から『君』とか言ってた…薄っすら笑ってたし…絶対なんか感情とか生まれてるよ!


 あー何だか泣けてきた。


 成り行きでとは言え、クラスメイトの小山田の子孫(男)と結婚したりそいつの創った人造人間にストーカーされなきゃなんないんだよ!

 

 ナニこれ?


 なんのフラグ!?


 僕が愛しているのは姉さんだけなのに!


 さっさとこんなRPGから抜け出して姉さんと家に帰りたい…もぉヤダ…。


 「殺す」


 ぐすぐすと膝を抱える僕を目の当りにしたガイルが、ぼそっと呟いた。


 「え?」


 「アイツ、殺す」


 金色の目に血管が走る。


 「おい…ガイル?」


 「『オレのヒガ』を泣かせた…死ぬには十分な理由だろ?」



 んう?



 薄っすら微笑むガイルは、さっきの『小山田』と全く同じ顔だ。


 あ、こいつら類友だな。


 「コード:3713タイダルウェーブ」


 ガイルの背後から声が響く。


 腕を一本失いながらも『小山田』がさっきと同じ攻撃を仕掛ける!


 「焼き尽くせ『煉獄』!!!」


 振り向きざまに放たれた、炎と水が激しくぶつかる!


 「うらあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 ブシュゥゥゥゥゥゥゥウゥゥゥウゥゥゥゥ!



 二つの魔力がぶつかり合い、蒸発した水蒸気で前が見えない!


 「なに!!」

 

 『小山田』から声が漏れる。


 立ち込めた水蒸気が去った後、僕が見たのは無傷のガイルと眉間に皺を寄せる『小山田』の姿。


 「はっ! こんなもんかよ!」


 どうやら、お互いの技は相殺されたようだ。


 「…どうやら、俺は貴様を甘く見ていたようだ」


 そう言うと、先ほどまで水面に立っていた『小山田』が、床に着地しばしゃんと水に足がつかる。


 「魔力使用停止、水圧コンバータ安全装置解除」


 水圧コンバータ…ってまさか!?


 『小山田』が残った左腕をガイルのほうに振るしぐさ取った。


 「あ"? そんな間合いか____」


 「避けろガイル!!!」


 ガイルが僕の声に従い反射的に避ける。



 スパン!


 乾いた音がして、ガイルの直ぐ側の柱が丁度首の位置で切り落とされる…もし避けていなければ首が落ちただろう。



 「な…! 魔力は感じなかったぞ!?」


 驚愕するガイルを嘲笑うかのように『小山田』が手を振る。



 ズパン!


   ズパン!


  周りにあったテレビや壁なんかが、まるでゼリーのように切り裂かれていく!



 「うわ! げ!」


 ガイルはソレを紙一重で避ける!


 不規則に動く何かが迫り、とっさにガイルは受け流そうと肘を立てた。


 「駄目だ、ガイル! 受けるな! 避けろ!!」


 「!!!」



 ブシュ!


 間一髪直撃は避けたが、ガイルの腕が肘から肩にかけてザックリと切り裂かれ大量の血が噴出す。



 「ちっ…!」


 ガイルの顔が苦痛に歪む。


 ガイルは、受け流す為に小規模ながら魔力障壁を張っていたはずだ。


 が、魔法障壁はあくまで魔力を帯びた攻撃を防ぐもの…つまり少しでも魔力を帯びていれば術者の力量次第では大概の物は防ぐことが出来るだろう。


 だが、『小山田』のこの攻撃には何の役にも立たない。


 「ガイル聞け! アレは水圧コンバータだ! 水を数万気圧に圧縮して音速で飛ばす! その威力は鋼鉄だってスライムみたいに切断出来る! しかも、アレは魔力なんかじゃない! 魔力障壁を張っても防御出来ないんだよ!」


 間違いない!


 アレは、社会見学で行った金属加工会社で見た物と同じもの…いやそれ以上の威力があるかもしれない!


 完全な物理攻撃…魔力障壁なん在ってないのと同じだ!


 『小山田』は、問答無用で掌から高圧のビームと化した水をガイルに向けて放つ!


 「貫け『百裂炎矢』」


 ガイルは苦し紛れに、無数の炎の矢を『小山田』向けて放った!


 「ふ…鋼圧シールド」


 『小山田』の手から放たれる高圧ビームの幅が広がり迫り来る無数の矢をかき消す!


 「この程度で、比嘉を守ろうって言うのか?」


 薄ら笑いを浮かべた『小山田』から、間髪入れず高圧の水の鞭が繰り出される!


 不味い!


 傷が酷すぎる!


 今のガイルじゃ、かわし切れなくるのも時間の問題だ!


 っく!


 こんな時にリリィの姿が見えないなんて!


 先ほどのタイダルウェーブに巻きこまれた後からリリィの姿が見えない…どこかで気絶でもしているのか呼びかけにも答えが無かった。


 「お前だけでも逃げろ! ガイル!」


 「あ”あ”!? ふざけんな!!! こんな奴と一緒にしとけるか!?」


 たった今、ガイルが足場にしていてた柱が一瞬にしてバラバラに切り裂かれる!


 「猫科の獣人にしてはやるな…しかも、その尻尾の長さでは身体的にも猫科の中では劣る筈…それをよくぞ此処まで…相当努力したんだな」


 「るせぇぇ! 余計なお世話だ! ゾンビ野郎!!」


 ガイルは、無数に放たれる鋼鉄すらゼリーのように切り裂く高圧の鞭を寸前で掻い潜る!


 くそっ!


 僕はただ見ている事しか出来ないのか…?


 何とかあの高圧ビームを止めないと…何か方法がある筈だ!


 僕の為に必死に戦うガイルの為にも僕に出来る事を考えるんだ!


 考えろ!


 何か使えるもの…僕の脳裏に社会見学で引率をしていた小太りの物理教師の顔が浮かんだ。


 あの時…たしか…。


 「あれは…」


 僕の目はフロアのある一角を見据えた。


 「ぐあ!」


 遂にガイルの足を鞭が捉えた!


 右足の脹脛から太股にかけて、大きく切り裂かれ大量の血が水面に広がる。


 「獣人として身体的ハンデと重度の傷を負った状態で良くぞ此処まで持ちこたえた、敵ながら感嘆にあたいする…だが」


 勝利を確信した『小山田』が、ゆっくりとガイル近づいていく。


 「お前では比嘉を守れない…身分不相応な考えを捨てるのであれば見逃してやる」


 「オレはまだ負けてねぇ!」


 ガイルの体を炎が覆う。


 「まだ力が残っていたか…だがそんな物は__」



 ガツン!


 「!?」


 ガイルが見たのは、消火器で背後から『小山田』の後頭部を殴りつけた僕の姿。


 そして僕は、少しよろけたストーカー人造人間の顔面に消火器を噴射する!


 全部噴射し終えた僕は、ダメ押しでもう一発消火器で『小山田』殴りつけた!


 カンと金属のぶつかる音がして、『小山田』がその場にしりもちをつく!


 「ガイル! これを使え!」


 唖然とするガイルに僕は、ある物を投げた。


 「え? お!」


 少し目測をそれたソレを、ガイルが辛うじて受け取る。


 「へ?」


 ようやく動かせる左手に収まった物。


 それは、刃渡り40cmはある肉厚の出刃包丁__ガイルは困惑した顔で僕と出刃包丁を交互に見る。


 「どうした!」


 「いや、どうもこうも! これどうすんの!?」


 あ、しまった!


 自分の中で自己完結して説明すっとばしてた!


 「それは___」


 次の瞬間僕の体は、水面を2.3度跳ね近くにあったソファーに激突した!


 「かはっ!?」


 『小山田』に突き飛ばされたと言うことに気付くのに少し掛かった。


 「ヒガ!」


 ガイルが、重症の足を引きずり僕を助け起こす。


 「ゴホッ…あいつがシールド張ったら…全力で、振りぬけっ!」


 「え?」


 「いいか! バーサーカーのフルパワーで一気に振りぬくんだ!」

 

 ばしゃ!


 水の音がしてガイルが、振り返るともう3mも離れていない距離に『小山田』が迫ってきていた!


 「ナニを考えているか分からないが、これで…ん?」


 『小山田』は、出刃包丁を構え立ちふさがるガイルを見て眉をよせる。


 「まさか、そんな物で攻撃しようと言うのか?」

 

 「うん、オレもそう思う…けど旦那を信じているんでね!」


 びきっっと、ガイルの左腕の筋肉に血管が走る。



 「うおおおッ!」



 全身全霊を込めた一線。



 「ふっ…あんな大きなモーションでそんな遠い間合いから? 馬鹿め! 鋼圧シールド!」


 『小山田』はシールドでそのまま叩き潰そうと一気に幅を広げる。


 「おらぁぁぁ!!」


 出刃包丁の先端がシールドにふれた刹那!



 シュパアアン!


 「なっ___」



 高圧水流で造られたシールドが、真っ二つに裂けそのまま『小山田』の掌を中指と人差し指の間から縦に切り裂く。


 「まさか…刃の先端が高圧水流の速度を___」


 そう言い掛けた『小山田』の首にヒタリと出刃包丁があてられる。



 「てめぇはもう黙れ」



 ズパン!



 『小山田』の首が宙を舞った。


 カクカクと、まるで糸の切れた人形のように首を失った体が水面に倒れる。


 ガイルは持っていた出刃包丁を背中とGパンの間に挟むと、落ちてきた『小山田』の首を掴んだ!


 少し伸びた黒髪を掴まれ首が小さく揺れる…毛色や耳の形が違う事を除けば二人の顔は瓜二つ。


 あれが小山田で無い事は分かっているのに、自分そっくりな先祖の首を持った子孫の姿はなんとも奇妙に見える。



 「おい」


 ガイルは、目をつぶる『小山田の首』に話しかける。


 「この位じゃ、死なねぇ事くらい分かってんだ起きろ!」


 「…」



 バシャ!


 苛立ったガイルは、物言わぬ首の髪を掴んだまま水に沈める…少しして引き上げてみるが首は沈黙したままだ。


 「ちっ! この!」


 「目を開けてくれ、『小山田』」



 僕の声に首は__『小山田』は目を開け薄っすら笑った。



 「やあ、比嘉! 高圧水流のシールドをあんな方法で打ち破るなんて流石だ! 感動したよ!」


 ニコニコしながら揺れる『小山田』は実に楽しげに声を弾ませる。


 「こいつ!」


 無視されたガイルが、憎たらしげに首を睨みつける。


 「比嘉の作戦も素晴らしいが、あの高圧水流の速度は音速を超えていた…ソレを純粋な腕力だけで上回るとかテラワロス!」


 「首だけになったらやけに口が回るじゃないか?」


 楽しそうに喋る『小山田』は、ぶらぶら揺れながら微笑む。


 「今は首だけだから制御が楽なんだよ、だから言語のほうに機能を回す事が出来るんだ!」


 「制御?」


 僕の怪訝な表情に『小山田の首』がピタリと振り子運動を止めた。


 「この体は、二人の門番のボディから部品を補う形で構成されている。 門番の体は魔力をエネルギーとして使用する為、魔力がこの屋上から絶え間なく注がれ続けている」


 「だから何なんだ?」


 僕はその堪えず放出されるエネルギーを止める為、ここまで来たんだぞ?


 今更だ!


 「膨大に放出されるエネルギー、その中でもこの世界で魔力に分類されるパターンの物は制御が難しい…喩え少量でもその他のエネルギーと併用してしまうと思いもよらぬ威力や効果をもたらしかねないからな」


 確かに、魔力がらみと言えばクルメイラの領主の館やカランカ洞窟など思いもよらぬ破壊を招いた経験がある。


 「この空間は、賢者によって魔力・化学・物理に加え異世界の技術をふんだんに使っている…それは、門番のボディにも言えることだ」


 「何が言いたい?」


 「言っただろ? これらの制御は難しいんだ」



 ばしゃ。



 倒れていた筈の『小山田ボディ』が起き上がった。


 「!!」


 「制御を失ったボディは暴走を始める! 用意はいいか? 猫耳少年?」



  キシャァァァァァァァァァァァ!!!!!



 『小山田ボディ』が首も無いのに奇声を発した!


 「ヒガ! 先に行け! オレはコイツを止める!」


 ガイルが身構える。


 しかし、ガイルは腕と足に重症を負っている…とても闘える状態じゃない!


 「コード:921/33フェアリークロス」


 ガイルの体が光に包まれる。


 「…治った?」


 ガイルは、自分に治癒を施した生首を困惑した表情で見た。


 「勘違いするなよ? 俺の使命は『ヒガ・キリトを守る事』制御(俺)を失ったアレはもはやその使命すら守れない只の殺戮マシンだ…ベストの状態のお前でも足止めくらいにしかならないさ」


 「んだと…!」


 カチカチカチ。


 『小山田』の目がまるでロボットのおもちゃのように数回点滅した。


 「比嘉、さっきお前があの包丁拾ったキッチン用品コーナーから少し行った所に最上階まで直通の階段出しといたから」


 「え?」


 事も無げに言う『小山田』に、今度は僕が困惑する番だった。


 「早く行って装置を止めて来い、この猫耳少年は俺が援護しといてやるよ!」


 「…」


 「どうした? 早く行けよ!」


 僕の頬に涙が伝った。


 お前は…。


 「止めたっていくんだろ? …ここから先は自分で確かめろ」


 僕は、二人に背を向けて脹脛まである水を掻き分け階段を目指し前へ進んだ。



 小__田。


 言葉にならない声を唇を噛んで飲み込んだ。


 そうだ、姉さんを救う為にも前に進むしかない…。


 僕は目の前の階段を駆け上った。






 「はぁはぁ…ごほっ…」



 どのくらい昇っただろう?


 真っ暗な階段には、空気を求める僕の呼吸音とすっかり勢いを失った足音が響く。


 情けない話、僕の体力は早速限界を迎えていた。


 どんなに気持ちは逸っても、ただの人間に過ぎない僕の身体能力では最初の20分位のダッシュであっと言う間に肺は悲鳴を上げ足は鉛のように重くなる。


 ズウゥゥン・・・。


 時折、地鳴りのような揺れが建物を揺らす。


 恐らく、ガイルと『小山田(生首)』が殺人兵器と化した『小山田ボディ』と死闘を繰り広げているのだろう。


 「僕は 無力だ…」


 身体能力的に言えば、僕はそこら辺の村人にも劣る…人外と比べるのは可笑しいのかもしれないが…。


 そんな僕が、姉さんを救うだなんて大それた考えなのかもしれない。


 でも、僕は姉さんと元の世界に帰って見せる!


 その為にたとえ、この世界が滅ぼうとも。




 階段が終わる。


 目の前には、アルミ製のドア。


 向こう側は明るいのか、暗い階段にあってドアの輪郭がくっきりと浮かび上がっている。


 僕は、躊躇する事無くドアを開けた。


 「っく!」


 眩しい光に僕は思わず片手で目を覆った。


 少しして、明るさに目がようやく慣れ辺りを見回す…そこは屋上。


 青く晴れた空、広々としたコンクリート張りの地面ぐるりと回りを囲んだフェンス。


 それは見覚えのあるものだった。


 「学校?」


 そこはまるで、僕の通う中学校の屋上に瓜二つ。


 慌てて、フェンスから下を覗くとそこには秋葉の街が見えた。


 ほっと胸を撫で下ろす。


 「脅かすなよ…」


 自分が、何処か別の場所に移動させられたんじゃないかと内心焦って損した!


 安堵感からフェンスにもたれかかる。



 「ふ…はは…くくく…」



 僕は笑った。



 もしかして小山田…秋葉原に行った事無いんじゃないか?


 だとすれば、この曖昧な建物の合点がいく。


 この世界で賢者と崇められたクラスメイトは、有り余る力を使って憧れの地を憶測で再現したようだ。


 僕は、屋上の中央へ目をやった。


 そこには、丁度僕の胸ほどの高さの円柱が立っていてその上には30cm程の青く光るクリスタルが鎮座している。

 

 僕は、それに近づき台座からクリスタルを持ち上げた。


 なんの抵抗もなく手に取ったソレを、僕は躊躇する事無く地面に叩き付けた!


 不思議な事に、地面に叩きつけ砕け散ったクリスタルからは何の音もせずその代りあふれ出した眩い青い光が全てを包み込んでいく。


 「うあっ!」


 青い光に包まれた秋葉原が、まるで砂の城を崩すようにサラサラと崩れ青一色に染まる。


 屋上のあちこちが崩落し、そして遂に足場が無くなった!



 「_________!!」



 足場が崩れ去り、僕の体は急激に落下していく!


 確かに叫んでいるはずなのに、何も聞こえない。


 在るのは全てを包み込む光の濁流。


 僕の意識は、青い光の中に飲み込まれた。



 








 僕の後頭部に、なにやらベタベタしたものが這いずり回っている。


 「んう…?」


 ガリッ!


 「いてぇぇぇぇ!!!」


 耳たぶに激痛を覚え僕はその場から飛び退いた!



 「きゅうん」


 聞き覚えのある鳴き声。


 「ミ、ミケランジェロ?」


 世界最速の白き亀が心配そうに僕を見つめている。


 べたついた後頭部から察するに、気絶した僕を心配して舐め回していた様だが痺れを切らして耳たぶを噛んだらしい。


 それにしても、ここ何処だ?


 辺り一面砂漠を彷彿とさせるくらいの大量の砂と、大小様々なクリスタルがキラキラと輝いている。


 他の皆は?


 「ご…主人さま…」


 数mも離れていない場所に、半ば砂に埋もれた状態のリリィが倒れている!


 「リリィ!」


 僕はリリィに駆け寄り砂の中から救い出す。


 精霊契約した精霊は基本的に『主』の側を離れる事は出来ないが、僕とリリィの契約は絆が深い。


 その為、多少離れての行動も可能だが今の衝撃で僕から供給されていた生命力が切れかけリリィはぐったりしている。

 


 「申し訳…御座いません…!」


 リリィは息も絶え絶えにひたすら僕に謝罪する。


 「いいんだ、とりあえず僕の中で休め」


 僕がそう言うと、リリィは胸ボタンを開けたシャツの中へ消えた。


 「坊や、目が覚めたのね!」


 背後から声がして振り返ると、ズタズタに切り裂かれた真紅のローブをはためかせたフルフットがそこにたっていた。


 「フルフット! 無事だったのか! …ところでガイルを見なかったか? 後…生首も」


 「生首? 子猫ちゃんの首と胴なら繋がってるわよ? …こっちにいらっしゃい! 子猫ちゃんはアタシが見つけといたわ!」


 ミケランジェロの手綱を引き、歩いてフルフットについていく。


 ここは本当に砂漠なのかもしれない、果ての無い砂地に混じった無数のクリスタルが夕日に照らされオレンジ色に輝く。


 「ここよ」


 砂の盛り上がった丘を越えたあたりでフルフットが立ち止まる。


 「ヒ~ガ~!!」


 僕等の気配にいち早く気が付いたガイルが、少し離れた所か此方に向って駆けてくる。


 ソレを見たミケランジェロが、嬉しさのあまりトップスピードでガイルに突っ込んで行った。


 ぐはっ! と、言ううめき声と砂埃が舞う。


 そんなガイルの無事な姿に安堵感を覚えるよりも先…その場の光景に僕は目を奪われた!


 「何だよ…これ…?」


 眼下に広がる砂漠には無数の骨骨骨骨骨…その骨達は、それぞれ違う型の鎧を身に着けている。


 「戦争?」


 「ここは三年前の決戦地『デッドスフォール』の中心よ…」


 フルフットは坦々と答えた。


 「アンタも、その時そこに?」


 「ええ…三年前は門番の双子もあんな奇妙な街が出現することも無かったんだけど…」


 「そうなのか!?」


 てっきり、三年前の魔王討伐の時も同じように秋葉原やメイド門番が行く手を阻んだとばっかり思っていたのに…。


 「アタシ達の進軍は、驚くほど順調だったわ」


 三年前、勇者不在のまま魔王に挑んだ戦い。


 結果は、勇者に付き従った英雄たちの子孫の死亡と軍の壊滅的被害とともに幕を降ろした。


 「アタシは、大司教としてリーフベルの軍を率い後方を守っていた…英雄達の子孫を魔王の下へ送り出し後は待つだけみんなそう信じて疑わなかったわ」



 フルフットの顔が歪む。


 「一瞬だったのよ…光が瞬くくらいの間にその場にいた殆んどの兵士がああなったのよ…っ!!」



 フルフットはその場に膝をついた。


 それは、大司教として軍を率いそして守れなかったことへの無念か瞳から涙がこぼれた。


 「フルフット、僕を魔王の元へ繋がる入り口へ案内しろ」


 とっさに『知らない』と言い掛けたフルフットを手で制す。


 「英雄たちを魔王の元に送り出したんだろ?」


 しまったっと言う顔をしてフルフットが口を押さえる。



 遅ぇよ…。



 「アンタも感情的になることあるんだな…安心したよ」


 フルフットは顔あげ、涙をぬぐう。

 

 「ふふ…坊やには敵わないわねぇ~ほんと、子猫ちゃんから奪っちゃいたい★」


 「今度こそ消し炭にされるぞ」


 鼻をすするフルフットを背に、僕はミケランジェロにべったべたに嘗め回されるガイルを助けに向った。


 ミケランジェロの背に揺られクリスタルの砂漠を進む。


 日もすっかり落ち、空には星ひとつ無い漆黒の闇が広がる。


 空に光が無い代わりに砂漠のクリスタルがぼんやり光を発するので、足元が見えない心配は無い。


 「もう少しよ」


 ガイルが口を開く前にフルフットが答える。


 「クリスタルの位置…あの時と全く変わってない…」


 「あ…」


 僕の目にひときは明るいクリスタルの集まった場所が目に留まった。


 後ろを向くと、フルフットと目が合いゆっくりと頷く。


 「ガイル」

 

 「よし!」


 ガイルが手綱を打ち、ミケランジェロを走らせる。


 流石、世界最速の亀あっと言う間に僕らはクリスタルの輝く場所に着いた。


 僕は、ミケランジェロから降り早速中へ入ろうとした。



 「おい! 行き成りかよ!」


 「せっかちね~」


 ガイルとフルフットも慌ててついて来る。


 僕はその中に足を踏み入れた。


 踏み入れたといってもそこ砂漠に転がっているクリスタルを僕の胸の高さくらいまで積み上げ半径5m程の広さ円形にぐるりと囲っただけの場所だ。


 「三年前はここに7つの精霊石をはめ込む石版があったけど…」


 無論そこには砂ばかりで何も無い。


 僕はクリスタルが囲む円の中央に立った。



 「リリィ」


 名前を呼ぶと、胸に浮かんだ魔方陣から黒い翼をはためかせ小さなツインテールのロリメイドが現れた。


 …ここに小山田がいたら、きっと飛びついていただろうな…なんてそんな考えが頭を過ぎる。



 それにしても、『小山田(生首)』は何処へ行ったんだろう?



 ガイルに聞いても、気がついたら消えていたと言っていたし…。


 やっぱり、魔力供給を止めたから…考えても仕方が無い。


 僕は、ポケットから取り出したビー玉程の大きさの玉を掌に乗せた。


 掌に乗せた玉は赤い光を妖しく放つ。



 「頼む」


 「やってみます」



 そう言うと、リリィは臆する事無く赤く輝きを放つ時の精霊石に手を添え目を閉じる。




 ドクン。




 僕の心臓が一度だけ強く鼓動した。



 「?」



 軽い眩暈がして危うくバランスを崩しそうになる。


 胸を押さえる仕草を取る僕をリリィが、心配そうに見上げた。


 「…大丈夫だ、やってくれ」


 リリィは、目を閉じ意識を集中させる。



 カッ!



 突如、時の精霊石から眩い赤い光が発せられた!



 あまりの眩しさに僕は顔を背ける。



 視線を地面に向けると、僕とリリィの立つ場所を中心に砂地には赤い魔方陣が浮かびあがっているのが見えた。



 「り…リリィ!」


 「も、少し…です…っ!」



 パキィン!


 掌の精霊石が粉々に砕け散った!



 「な!」

 

 「え!!」

 

 と同時に、眩しいほど発せられていた光も消えうせる。


 「そんな…!」


 リリィの表情に落胆の色が浮かぶ。


 なんて事だ…精霊獣を倒す以外での唯一の方法だったのに!


 半ば諦めかけたその時だった!


 ずぶ。


 足が砂に沈む。


 「!?」


 気が付いたときには、両足が砂に捕らわれていてなおズブズブと砂の中へ飲み込まれていく!


 「ご主人様!!」



 リリィが僕を引っ張り上げようと指を掴んで上へ羽ばたくが、それは無理な話だ!



 ずぶぶぶっと急激に勢いをつけ一気に胸の辺りまで砂に埋もれる!



 「うわぁ!」


 「ご! ご主人様!!」


 そこへ、ガイルとフルフットが二人して飛び込んできた!

 

 「な、何やってんだ!?」


 助けるならまだしも飛び込んで来るなんて!


 「坊や、落ち着いて! これで良いのよ!」


 「は?」


 「前の時も同じ感じだったわ、これで間違いないのよ!」



 そうこうしている間に、あっと言う間に首の所まで砂に埋もれる。



 「ここから先は、アタシも知らない未知の領域よ…何が起こるか分からない」


 絶対に手を離さないで! そう言うと、フルフットは僕の手を強く握った。


 「オレの手も離すなよ!」


 ガイルも反対の手を強く握ぎる。


 

 砂が口を埋め、僕は目を閉じた。


 





 魔王の所へ続く門ってイメージしてたんだけどな…RPG的な。







 次に感じたのは、高い所から落ちるあの感じ。


 「うわぁ…あああああああああああああああああ!!!」


 僕は落ちていた!


 真っ逆さまに!!!


 パラシュート無しのスカイダイブ、速度はどんどん加速していく!


 洒落にならない!



 このまま、地面に叩きつけられたら爆ぜる!


 幾ら精霊の加護があるからって、痛くない訳じゃないんだからな!!


 僕の手を握っていたフルフットが、空中で僕を抱き寄せ左腕に抱えた形になる。



 「う? え?」


 「子猫ちゃん!」



 僕を抱えながら今度はガイルを引き寄せ背後から右手で抱えた。


 その状態でガイルは、迫り来る地面に向って両腕を突き出す!



 「煉獄の縁より来たれ、火の神アグニの僕! 鳳凰フェニックス!」


 ガイルの腕の前に小規模の魔方陣が出現し、そこから飛び出した燃える様な炎の羽を広げた一匹のフェニックスが現れ迫り来る地面に向って急降下した!


 少しして、地面が大爆破するとそこから爆風と火柱が上がってくる!


 フルフットからは『歌』が聞こえた。


 迫る炎に僕は思わず目を閉じる。


 が、不思議と熱くない。


 目を開けると、僕ら3人をすっぽり包むように結界が炎と爆風から身を守ってくれた。



 そうか! 


 爆風を結界で受け落下速度を落としているのか!


 けど、確かに、爆破の衝撃を受けたお陰で落下速度は落ちたが…。



 「おっおい!」


 「う~んいまいちね★ テヘペロ★」



 テヘペロ★ じゃねーよ!



 「これ! 僕なら死ねる早さだから!!」


 慌てる僕の傍らにリリィが寄り添う。


 「大丈夫です! お体は直ぐに元通り戻しますから!」


 ニコッ。


 ロリメイドがエンジェルスマイルを浮かべる。



 「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 「坊やなら大丈夫よ~精霊ちゃんが直ぐなんとかしてくれんだから~肋骨と背骨と内臓くらい我慢なさい★ 一瞬よ★」



 確かに、そのくらいの重症は初めてじゃない…敵からの攻撃とかで巻き戻しが必要なのは事態が何度もあったさ!


 だけど、今から内臓シャッフルになります頑張って! と言うのとでは訳が違う!


 そんな会話を尻目に、ガイルは無言で『鳳凰』を連発している。


 ああ…なんだかんだで僕の事を一番考えているのはガイルだけだ!



 「ガイ___」


 「ヒガ、これが終わったら一個小隊組めるくらい子供を一杯つくろう」



 んう?



 ガイルが、一点の曇りも無い穏やかな笑顔を向けた。



 「左足の小指…お前の気持ちは受け取ったぜ!」


 は?


 何の話だ?


 「ご主人様! 嘘だと仰って下さい!!」


 リリィが悲鳴を上げる!


 「あらん★ 坊やったら~積極的ねん★」


 「え? お…なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」


 疑問に思うと同時に、反応速度の上がったダウンロードメモリーが脳裏に詳細を表示する!


 精霊契約時にダウンロードされた『記憶』は脳への負担が大きい為、普段はロックがかかっているが『赤い死神』の一件以来こんな風に疑問に思えばおのずと検索がかかり必要な情報を取り出せるようになっていた。


 そこにあった情報によれば____


 『夫が右手中指に指輪を嵌め、その片割れを妻の左足小指に夫自から嵌める行為は之即ち【子作り】を宣言する事である』__と。



 「な…お ま !?」


 ぱくぱくと口を動かすしか出来ない僕。



 ボキボキン ゴポッ!


 突如襲ってきた痛みと、口から大量に吹き出した血が地面に着地した事を気付かせた。


 フルフットの腕に抱えられていた僕だが、着地の衝撃で肋骨と胸骨まで折れ肺に突き刺さったらしい。


 ガイルもフルフットも平気か…人外どもめ!


 意識の飛びかける僕をリリィが慌てて『巻き戻す』。


 それにしても…子供でき…いや、それを考えたら負けな気がする。



 「ごほっごほっ!」


 『巻き戻し』が終了したが、どうやら器官に血が残っているようで調子が悪い。


 「大丈夫かよ?」


 咳き込む僕の背中をガイルが擦った。



 「微塵もだいじょばねぇ…良く平気だな…お前ら ごほっ!」


 「ヒガが脆すぎんだよ…見ててハラハラする」


 僕は恨めしげにガイルを見上げた。


 全く、これだから人外は……!


 僕は取りあえず辺りを見回す。


 暗いとも、明るいともいえない限りなく闇色に近いグレーな空間が果てしなく続く淀んだ空間が広がっている。

 


 居心地がいいとは言えない。



 きっと、『無』を形で表現するとこんな感じなんだな…。


 それが僕の正直な感想だ。


 「ヒガ、あれ…」


 手を借り立ち上がると、ガイルの指差す先には木で造られた古ぼけた椅子がポツンと置かれていた。


 「椅子?」


 フルフットも訝しげに、古びた椅子を凝視する。


 ドクン。


 僕は吸い込まれるように、椅子に近づいた。


 「お、おい!?」


 「坊や?」


 そっと椅子に触れる。


 古ぼけてはいるが、椅子の材質・形は学校で使われているあのタイプと全く同じだ。



 何でこんな所に?


 僕は…ここを____。



 「ご主人様?」



 椅子に触れたまま固まる僕を、リリィが覗き込む。



 『その席は、千年前から空席よ』


 混沌の闇を切り裂く一筋の光___。


 そのあまりの眩しさに、僕らは直視する事が出来ない!


 「くっ!」


 光が弱まりようやく顔を上げると丁度椅子の真上に白い影、僕は慌てて椅子から飛び退きガイルの方へ距離を取る!



 『そこまで警戒しなくて良いんだけど…』


 白い影は、ふわりと降り立つと椅子に腰掛けた。


 「ふ、何て事…いきなり真打登場じゃない…!」


 フルフットの顔に焦りが浮かぶ。


 そこには、光輝く6枚の翼を持ち地面につく程の白銀の髪をなびかせた女が赤い瞳でこちらを見据える。


 まるでそこだけ重力が違ったみたいに、まるでギリシャ神話に出てきそうな白いドレスや髪がふわふわと揺れた。


 女はニコリと微笑む。


 フルフットやリリィの表情でからも明らかだ。



 「アンタが『時と時空を司る女神クロノス』だな?」


 僕の問いに女神は、微笑みを強くした。


 『そ、私はクロノス。 時と時空を司る女神』


 リリィが僕の上着の袖を握る…小さな手が震えているのが伝る。


 参ったな…魔王に会う前にまさか女神が出向いてくるなんて思いもしなかった。


 『やっと、此処までたどり着いたのね…待ちくたびれたわ』


 「なっ!!」



 突然、吐息がかかるくらい耳元で声がした!


 目の前にいた筈のクロノスが、僕を背後から抱き締め細い指が首筋から頬にかけてねっとりと嬲る。


 僕のすぐ側にいたガイルでさえいつクロノスが移動したのか分からなかったのだろう、その表情は驚愕していた。



 「てめっ!」


 ガイルが、クロノス目掛け拳を繰り出す!


 「ダメ! 子猫ちゃん!」


 フルフットが声を上げるが、ガイルは止まらな_______!


 「がっぐ……?」


 ガイルが拳を振り上げた状態で、まるで何かに捕らわれたように静止する。


 『忌々しい、賢者の子孫…いかに狂戦士の血をも受け継ごうが『神』の名を借りる事で力を得る者が『神』に手出し出来るとおもって?』


 くすくすとクロノスは微笑する。


 「ヒガに…さわ…ん なっ…クソババァ!」


 『…痛い目見ないと分からないようね』


 「!?」


 振り上げていたガイル腕が、本人の意思とは関係なく動き徐々に捻じ曲げられていく。


 「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ゴキン!


 ガイルの腕が、絶対に曲がらない方向に折れ曲がりぶらぶらと揺れる。


 「ガイル!!」


 『さぁて…今度は何処が良いかしら?』


 耳元で聞こえるクロノスの声は、まるで幼い子供が虫の手足をもぐ様にはしゃいでいた。



 「うあ”ぁぁぁっぁぁぁっぁぁぁぁ!!!」



 ガイルがまた呻き出す!



 「止めろ!」



 ボキッ!



 「ぐ…っ! …!」



 今度は、左足の膝から下が糸の切れた人形のようにぶらぶら揺れる。


 『ふふふ…愉快ねぇ~あの男と同じ顔が、苦痛に歪む様は』


 苦痛に歪むガイルを見たクロノスは、楽しげに笑う。


 『楽には死なせない…苦痛を味わいながら先祖を呪うがいい!』


 「止めろぉぉぉぉぉぉぉ!!」



 僕は、クロノス腕から逃れようと暴れたがビクともしない!


 ゆっくりとガイルの体が宙に浮き上がり、まるで磔にされたように両手足を伸ばされる。



 「ぐあ…っ!」


 『さぁ、悲鳴を聞かせて頂戴!』



 恍惚とした声が耳元で呟いく。


 が、すぐに訪れると思ったクロノスの攻撃だったがクロノスの思惑とは裏腹に空中に磔になっていたガイルが糸が切れた様に地面に落ちる。


 『?』


 「今です!」


 リリィの声に今まで呆然としていたフルフットが、慌てて倒れるガイルを回収した。


 僕を抱き締めたまま更に攻撃を仕掛け様とするクロノスの目の前に、リリィが立ちはだかる!


 「…これ以上はさせません!」


 『同属の精霊? ああ、アナタが…』


 「我が『主』を離して下さい…女神クロノス…!」


 『同属の精霊は女神の仔…母に向ってそんんな口を訊くなんて…悪い子』



 クロノスは、リリィを哀れむようにため息を付いた。



 『可哀想に、そんな姿になって…この母なら精霊契約の解除が出来きます…穢れも取り払って白い翼も与えましょう』


 リリィがぐっと唇を噛む。


 …これはリリィにとって好条件だ、契約の経緯を考えても僕の分が悪い。



 「そんな事、望んでいません! 貴女なんか母親じゃない!」


 リリィの紫色の瞳が、真っ直ぐこちらを見据える。


 『そう、言う事を訊かない仔は要らないわ…』



 クロノスは、僕の首筋を撫でていた方の腕をリリィに向ける。



 「逃げろ! リリィ!!」



 が、リリィは僕の命令を無視しこちらに向って漆黒の翼を羽ばたかせ突進する!


 クロノスの掌から無数の光の矢がリリィ目掛けて放たれたが、リリィはそれを巧みにかわして行く!


 「ご主人様! 私に謝って下さい!!」


 大量に放たれる矢を紙一重で避けながら、リリィが怒りの表情で僕を睨みつけてきた!



 「はぁ!?」


 何の事だかさっぱり分からない!


 「さっき! 女神が言った事で、私の心が揺らぐんじゃないかと疑ったでしょう!」


 あ…たしかに…。


 しかし、それはどう見てもクロノスの出す条件の方がリリィにとって好条件だったからだ!


 女神側に付けば、精霊契約によって制限された行動範囲は無くなり僕の影響によって変化した外見だって元に戻る。


 何より憧れの『白い翼』が貰えていたんだ!



 「___お前は馬鹿か!?__」


 「馬鹿はご主人様です! せめて私くらいは信頼して下さい!」


 四方八方から矢がリリィに向って一点集中する!


 「リリィ!」


 無数の光の矢が、小さなリリィを飲み込んで行く。



 「リワインドエフェクト!」


 リリィの体を禍々しいオーラが包み、向って来た光の矢を全て弾き返す!


 『あら?』



 クロノスが声を上げる。



 『そうよね…同じ属性ですものね…う~んどうしましょう? 契約がある以上生かして置かないと…』


 少し困ったそぶりを見せたクロノスめがけて、リリィは急降下する!


 両手には、先ほど守りに使った禍々しいオーラを纏っていた!


 「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 吹き出したオーラが体に移り、はまるで一本の黒い矢のようになったリリィがクロノスへ迫る!



 『リーフベル』


 クロノスが呟くように言うと、四方八歩から魔力で造られたと思われる細い糸のようなものが黒い矢と化したリリィにまとわりついた。


 「これは!」


 徐々に勢いを失った黒い矢は、無限とも思える魔力の糸が絡まり身動きが取れない!


 「な! どうして…! フルフットさん!」


 抵抗むなしく、リリィは糸の中に飲み込まれる。




 ポーン。




 暗く淀んだ空間に、バスケットボール程の大きさの糸玉は跳ねる。


 時折、糸玉はもぞりと蠢いたがそれ以上は動かない。


 「ごめんなさいね、坊や…こうするしか無いのよ」


 そこには、今にも消え入りそうな声で謝罪をする『エルフ領リーフベル大司教フルフット・フィン・リーフベル』の姿があった。



 「…驚きはしないよ…ただ、小山田に仕える『リーフベル』のアンタがなんでクロノスの味方を?」



 フルフットに対する問いに、耳元で女神が呟く。



 『ふふ…賢者に忠誠を誓った『リーフベル』も子を待つ親と言う事よ』



 フルフットが憎悪の篭った目でクロノスを睨みつける!



 まさか…!


 フルフットにはリフレと言う息子がいる、そいつは姉さんのパーティーとして同行しているはずだ!



 恐らく、その息子を人質に取られたんだろう。


 でなければ、小山田に永遠の誓いを立てた祖先を裏切ってまでクロノスの言いなりになんてならない。


 「アンタ汚ぇな…女神が訊いてあきれる!」


 『ふ、私はこの世界を守る為ならなんだってするわ』


 頬を撫でていた手が突然顎を掴み、痛いくらいに首を捻り無理やり自分のほうを向かせクロノスは僕の顔を覗き込んだ。


 赤い瞳が、薄ら笑みを浮かべ僕の顔を舐めるように見る。


 「…!」


 僕は腕を振りほどこうと、何度も身をよじるがクロノスの細腕から逃れる事は出来ない!


 『なんて…なんて非力なの…』


 あざ笑うようにクロノスは言う。


 『何て脆い体…魔力は愚か、気力すら欠片も持ち合わせていないなんて…精霊と契約できた事さえ奇跡に近いわね』


 …分かり切った事を繰り返し言われるのは、はっきり言ってムカつく!


 「何が言いたい…」


 『貴方が全てをなげうって手に入れたものといえば、今のあの子と同じ目、同じ顔、同じ種族、そして血のつながりくらいの物ね? 性別が違う事は狙い通りなのかしら?』



 クロノスはせせら笑った。



 全てを投げ打つ?


 同じ種族?



 「何の事だ?」



 薄ら笑いがピタリと止まる。



 『まさか…本当に全てを? …ふふ…あはははははは!! 信じられない!』



 今にも、地面を転げまわるんじゃないかと思うほど女神クロノスは爆笑していた!


 『じゃあ、じゃあ…アナタは何も知らずに此処までたどり着いたと言うの? この亜空間『魔王の間』まで?』



 立ち尽くすフルフットを見ると、クロノスの声のトーンが落ちた。



 『ああ…そういえば貴方がいたわね『リーフベル』、三年前だったかしら? 誤算だったわ~まさかあの子がいないのに此処まで突破されるなんて!』



 フルフットの肩がビクンと跳ねる。



 『英雄の子孫と名乗っていたかしら…? 可笑しな話よね? 私の知らぬ間にそんな輩が生まれていたなんて…少なくとも1000年より前ではあの子にそんな取り巻きは居なかった筈なんだけど?』


 「おい、まさか…!」



 三年前、この空間で英雄の子孫達に会ったのがクロノスならあの惨劇は…。



 『流石ね、あの子達もアナタくらい物分りが良かったらあんな事には成らなかったんだけどね』



 やはりか、砂漠にあった白骨化した戦士達を思い返す。


 鎧は特に劣化など無く綺麗な状態だった。


 骨も、骨折などの痕跡も無くパーツが散らばってるような様でもない…。


 つまり、アレは一瞬して肉体だけが骨になった事を示している。


 そうまるで肉体の時間だけが『早送り』されたみたに…。


 そして、そんな事が出来るのはリリィ達を除いては只一人。


 『ふふ、そんな顔しないで…リーフベルを責めちゃダメよ? さっき迄知らなかったんだから』


 三年前、英雄達の子孫を殺し連合軍をほぼ壊滅に追いやったのはクロノスだ!



 なら、魔王は?


 此処にいるはずの魔王は何処へ行ったと言うんだ!



 『いいわ…その顔…でも、もうそろそろ気が付いてもいいんじゃなくて?』




 ドクン。



 ドクン。


 『ここへ、アナタを誘導するのは中々骨が折れたわ…賢者の仕掛けにもかなり驚かされたけれど』


 全て、クロノスの計画通りだったのか?


 精霊契約の時にインストールされた記憶も、リーフベルでフェアリア・ノースへの扉が破壊されたのも、リマジハ村を襲った赤い死神も全て僕を此処に来させる為の…。


 小山田は僕を止めようとしていた…なんで?


 これじゃまるで僕が____。


 『おかえりなさい『ユグドラシルの仔』』



 ドクン。


 僕の顎を掴んでいた左手の親指が、口腔中に刺し込まれ強制低的に口が開かれる!

 「___がっ!?」


 そして、その半開きになった僕の口をクロノスが自らの唇で覆った。


 「!!!」


 カラン。


 歯に何か硬い物が当る!


 僕はそれを吐き出そうともがくが、顎が固定され動けず差し込まれた親指のせいでこれ以上口を閉じる事も出来ない!



 い、息が…!!


 ゴクン。


 僕は、思わずそれを飲み込んでしまった!


 小さめのビー玉程度の大きさの何かが喉を伝う。


 クロノスは、しっかり飲み込んだのを確認すると僕からパッっと手を離した。


 「ゴホッ! な、何を飲ませた!?」


 僕は、バランスを崩しながらもクロノスから距離を取る。


 『忘れ物を返したのよ』


 「何のこ____かはっ!?」


 突然、視界が歪み呼吸が乱れる!


 「坊や!」


 立ち尽くすばかりだったフルフットが僕に駆け寄った!


 バチッ!


 「っく!?」


 フルフットが、膝を付く僕を助け起そうと腕を掴んだ瞬間両手の掌の表面がズタズタに切り裂かれる!


 「一体なにをしたの!?」


 声を荒げたフルフットに、クロノスはただ微笑んで見せた。


 忘れ物…?


 僕は地面に手を付く事すら侭ならず、そのまま地面に横たわる。



 『あらあら…刺激が強すぎたかしら?』



 僕を見下すクロノスの姿が歪んで見える。



 『折角置いていってくれたんだから、そのまま使えたら良かったんだけど…やっぱりアナタに戻さないと意味ないみたいなの』



 視界が霞み、音が遠くなる。


 女神の歪んだ口が笑う。



 姉さん…_____。



 僕の意識はそこで途切れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る