時空の歪



*********


 また、この夢…。

 暗くよどんだ空間に私はいた。


 何処からか子供のすすり泣くような声が聞こえる。


 そちらに視線を移すと、そこにいたのは亜麻色のふわふわの髪の切斗と同じくらいの男の子。


 でも、切斗と比べるとどこか幼く見える。


 カランと乾いた音がして、男の子が持っていた剣を床に落としたのが分かった。


 「ぐっす…もうヤダ…たたくのいたいよ…も…やめよ…ねぇ」


 男の子はダークブラウンの瞳から大粒の涙を流し、誰かに懇願する。


 「_________」


 「いやだよ おねがい…いかないでっ ぼくも、ぼくもいっしょに」


 男の子の悲しい気持ちが私にも伝わる。


 他の仲間が、必死に男の子名前を呼ぶ。


 行くな! 戻れ! そんな絶叫にも近い叫び声。


 「ごめんね」


 男の子はそう言うと、誰かの手を握った。


 「ぼくにしかできないことなんだ」


 「___」


 「だいじょうぶ、ずっといっしょだよ! もうさみしくないからなかないで…ねぇ」


 そっと、誰かの流した涙を指でふき取る。


 闇に消えていく男の子。


 仲間たちの絶叫だけが淀んだ空間に残されて。


 男の子が消えた後、淀んだ空間に光が射し白く輝き何も見えなくなるいつも此処で夢は終わる。



 「勇者様? どこか痛い?」


 目覚めた私の目からも涙がこぼれていた。


 リフレが心配そうに様子を伺う。


 「だい じょうぶ…」


 薬湯をもって来るね! そう言うと、リフレはパタパタと宿屋の部屋を出て行く。


 あの男の子は誰なんだろう?


 何故だか胸が締め付けられた。


*********



 悪夢のような赤い夜が過ぎ太陽が顔を出す頃、僕らは宿屋に戻り囲炉裏を囲んでいた。


 「ほ~んと運が良かったわね~★」


 フルフットがわざとらしくオーバーリアクションで言った。


 うぜぇ…さっきからこの調子でしつこい!


 「子猫ちゃんが死神を倒すのに魔力の大半を使ってなかったら、坊やは一撃で死んでたわねぇ★」


 「ソレは私がさせません!」


 フルフットの言葉に、リリィが食ってかかる。


 「あらん? 坊やの額から棘が抜けなくて泣き喚いてたのは誰だったかしらん★」


 「それは…」


 リリィはうな垂れた。


 やれやれ…折角、慰めたのにまたやり直しだな。


 「…結果が良ければ全て良しとは言わない、はっきり言って今回は僕が軽率だった…」


 「あらん★」


 僕の反応に、フルフットが驚いたような顔をする。


 「意外ね…でも、それは子猫ちゃんに言ったげた方がいいかもね…ふふふ★」


 僕は、あれからずっと僕の背中にくっついて離れないオレンジの毛も耳を見た。


 「ガイル」


 「……」


 ガイルは無言で僕の腹に回した腕を締め付けた。


 僕はぬいぐるみか!


 不安げなガイルの様子に、保健室での小山田の言葉が頭をよぎる。


 僕が傷つく事を望んでいない…そう言った小山田の顔は苦渋に満ちていた。



 「ガイル、心配かけてすまなかった」


 少し間をおいてやっとガイルが口を開く。


 「ヒガ…マジで今回みたいのとか止めてくれ」


 「わかった」


 「マジで死んだかと思ったんだからなっ…」


 「ごめん」


 きっと、僕はまた同じ様な事をするだろう。


 小山田やガイルがそれを望まなくても、たとえ姉さんに止められても僕は止まらない。


 僕は、姉さんを取り戻す…その為にはどんな犠牲も惜しまない。


 「オレ、強くなるから! だからもっと頼ってくれ!」


 月のような金色の瞳が僕を見る。


 目的に必要ならば、僕はたとえガイルでさえも切り捨てるだろう。



 小山田…僕はお前が思うほどいい奴なんかじゃない…。


 パン!


 フルフットが掌を叩いた。


 「さ、本題に入りましょ!」


 そうだ、気分を入れ替えて本題にはいろう。


 僕は、壁側に置いてあったぼろ布に包まれたソレを囲炉裏の近くまで引き寄せる。


 「何だよソレ?」


 ようやく背中から離れたガイルが、不思議そうに包みを指差した。



 僕が包みを開くと、中からはバスケットボール程の大きさの真っ黒な球体が転がった。


 「おい…コレ…」


 「ああ、『赤い死神』の核だ」


 ガイルは、ひきつった顔で壁際まで一気に後退する!


 「なっ! なんちゅうもん持ってくんだよ! 生きてたらどうすんだ!!」


 「大丈夫だ、お前がしっかり火を通したからこんがり焼けてるよ」


 「食いもんみたいに言うなよ!」


 怯えるガイルを尻目に、リリィが核に触れる。


 「はい、この核は死んでいます」


 そう言うと、リリィはこれ見よがしにガイルをチラリとみて鼻で笑った。


 「んで、どうなの? 坊やはこの赤い死神と呼ばれた物の正体がわかったの?」


 核の近くまで寄ってきたフルフットが、マニュキアの塗られた赤い爪で焦げた表面ををなぞる。


 「ああ…強いて言うならコレは『時の精霊獣』だ」


 「『時』ですって!?」


 フルフットは怪訝な表情をした。


 「ちょっとまって! 世界を司る7属性の中に『時』は存在しないわ! 精霊獣は現存する属性に_____」


 何かに気付いたようにフルフットは口をつぐんだ。


 「おかしいと思わないか? この世界を司る属性は火・水・雷・風・地・光・闇の7つだ、それぞれに神か女神がいてそれらを管理しそれに伴い精霊獣も7体いて精霊石も7つ存在している…なのに『時と時空を司る女神』だけは歴代の神話や伝承に残されているにも関らず世界を司る属性に含まれていない」


 「ヒガ、お前何が言いたいんだよ?」


 押し黙るフルフットに変わり、ガイルが僕に問いかける。



 「女神クロノスは本当にこの世界のモノなのか?」



 僕の問いに空気は凍りついた。



 「そうは言うけどよ…じゃあそこの害虫の存在はどうなる? そいつは時を司る精霊なんだろ?」


 確かに、この仮説には多少無理がある…リリィやその姉の存在だ。


 「…属性を司る精霊が存在しているが僕のように『異世界』からの訪問者がいる以上女神クロノスが他の世界の神である可能性は否定出来ない…」


 僕は、物言わぬ黒い消炭に視線を落とす。


 黒い球体は、囲炉裏の淡い炎に照らされ静かに鎮座している。



 「そこまで言い切るんだから…それ相応の物を見たのね?」


 額に薄っすら汗をかきため息混じりにフルフットは言う。


 僕はゆっくりうなずいた。


 賢者オヤマダに仕え勇者と共に魔王を倒したリーフベルの血を引き、誰よりもこの世界の理に精通している大司教の立場として僕のこの発言は世界創生にまつわる認識の根本を揺るがしかねないものだろう。


 僕が、口を開こうとするとフルフットが手を前に突き出しそれを止めた。


 「今は、何を見たかは聞かないわ…」


 フルフットはどこか追い詰められたように喉から声を絞りだした。


 無理もない、自分の信じた全てが根底から覆されるかもしれないのだ心の準備が必要だと思う。


 それに、僕が見たものを言葉で言い表すのは難しい。


 アレを開放した時、僕に見えた膨大な記憶。


 その中にあった赤い死神の記述…あらゆる苦痛の中流し込まれた記憶はこの世界の住人にとってとて受け入れがたいものに違いない。


 「坊や?」


 沈黙する僕を、フルフットが不安げな表情でみる。


 「…『赤い死神』についてだけ言うならアレはこの世界の物じゃない…おそらくこいつがこの世界に現れた場所に魔王がいるのは確かだ」


 そして、そこに必ず姉さんは来る…そうだろ小山田!


 「何だか分かんねぇけど…魔王にたどり着けるのは勇者と一緒にいるパーティーだけだぜ? 場所が分かったってどうやって乗り込む?」


 ガイルが、眉間に皺を寄せる。


 「策はある」


 僕は、消炭になった核を拳で殴った。


 すっかり炭化し脆くなった核は、僕の力でも用意に粉々になる。


 「おい…コレって…」


 ガイルが、砕けた核を凝視する。


 黒い炭の中から丁度ピンポン玉位の大きさの透き通った玉がのぞいく、僕はそれを拾い上げ学ランの上着の裾で細かいすすを払った。


 「精霊石…なの?」


 僕の掌でほんのり赤く輝き出したソレを、フルフットも凝視する。


 「ああ、不完全だけどコレは『時の精霊石』って所だな」


 この世界に存在する筈の無い『時の精霊石』とリリィの力を使えば少ない確立だが魔王の元へ行ける可能性がある。


 「闘うのですか?」


 やっと口を開いたリリィが、震えた声をもらす。


 「嫌です! 私はこれ以上ご主人様が____」


 リリィは、僕の目を見ると言葉を詰まらせ青ざめていく。


 「安心しろ、僕の目的は姉さんを取り戻すことだ…魔王と闘う気は無い」


 そう、魔王とはね…。


 リリィは表情を強張らせ『Yes,My master』と呟いた。




 とりあえず、僕らは部屋に戻り睡眠を取ることにした。


 時の精霊の加護を受けている僕は別として、ガイルの体力は限界に近い。


 フルフットは、部屋に戻らず散歩に行くといい宿を後にした。


 思った以上にフルフットはショックを受けた様だ。


 ちなみに、今いるのは当初僕が依頼したお手ごろ価格の4人部屋…とてもじゃないがあの和風スイートには戻る気にはなれない。

 それに、女将が気を使って隣の部屋を仕切っていた襖をはずしてくれたので本来6畳程の広さだったものが倍の12畳ほどになっておりとても広々としてる。

 それにても、幾ら魔力の大半を消費していたとは言えバーサーク状態のガイルとあそこまで渡り合うとは…女将恐るべし!


 まぁ、ガイルの見立てでは勇者パーティークラスの実力とのことだがそんな猛者がこんな田舎の村で寂れた宿屋を経営しているのは何故だろう?


 あれ程の実力があれば、何処かの国に仕えればそれ相応の地位に就けるだろうに!


 ドサッと言う音がして、僕の思考が引き戻される。


 「ガイル?」


 部屋の隅に目をやると、中途半端に敷かれた布団にうつ伏せに倒れこむガイルの姿があった。


 とりあえず、側に駆け寄り呼吸を確認すると呑気に寝息を立てている…脅かすなよ…。


 ガイルがバーサーカーになったのはこれが初めてだ、体にどんな異変があるか分からないから気が抜けない。


 僕は自分の右手の『婚姻の印』に目をやった。


 あの時、尋常じゃないくらいこの印は熱を帯びていた…もしこれが無ければ僕にガイルを止めることは出来なかったな。


 一度覚醒すれば、周囲に生物がいなくなるまで殺戮を止めない…それが『狂戦士』または『バーサーカー』と呼ばれる存在。


 『狂戦士』の力は今後大いに役に立つし、もしかしたら婚姻の印を使った制御も可能かもしれない!


 僕は、死んだように眠る小山田に瓜二つの顔を見た。


 僕の中で、異なる思いが複雑に入り乱れる。


 お前は、姉や兄のように強くないことを悔やんでいたが…出来れば僕は『狂戦士』になんて覚醒して欲しくは無かったよ……。


 …姉さん、…小山田…僕は_______。


 コンコン。


 部屋の襖が、何物かに叩かれると同時にガタガタと揺れた。


 誰だろう?


 僕は、襖の方へ向い戸を横に引いた。

 襖を開けるが、目線の先には誰もいない。


 「?」


 「ここですじゃ、ここ」


 足元から声がして、そちらに視線を落とすとそこには幼児ほどの身長の老人がいた。


 「あんた…」


 間違いない、この老人は広場で僕に刃物を投げつけてきた奴だ。



 「突然すいませんな」


 「何か?」


 「明日にはご出立と聞きましたので、お渡ししたい物がありまして…」


 小さな老人は、背負っていた革のリュックから小さな箱を取り出し両膝をつくと両腕を頭の上へ掲げた。


 「え、ちょっと!」


 掌には小さな箱が乗っている。


 「どうか、お受け取りくだされ!」


 老人のやうやうしい態度に少々面食らいながらも、とりあえず小箱をうけとる。



 「開けてもいいのか?」


 「もちろんですじゃ!」


 髭に埋もれた顔がにこりと微笑む。


 僕は、恐る恐る小箱を開けた。

 

 小箱の中に入っていたのは、二つのリング。


 シルバーの羽をモチーフにした細かな装飾が施されたリングの中央にはキラキラと輝く石がはめ込まれている。


 こういった物に疎い僕にも分かるくらいの高価な代物だ!


 「これは?」


 「これは、我が家に代々受け継がれて来た『精霊の涙』と言う鉱石を使い造りました…身につけた者の属性に合わせて異なる効果を発揮し必ず身を守ってくれるでしょう」



 代々受け継がれた鉱石って…かなり高価な物なんじゃ…?


 「何故コレを僕に?」


 「貴方様は、村を救って下さったせめてものお礼ですじゃ!」



 老人は、膝と手のひらを床につけまるで土下座のように頭を下げる。


 どうしよう…村を救う気はさらさら無かっただけに何だか申し訳ない…。


 「貰えないよ…代々伝わるもなんてかなり価値のある鉱石なんだろ?」


 僕は、小箱を閉じ老人に差し返す。


 「なにを仰います! 貴方様の言葉が無ければ、あのまま女神に祈るばかりで自分たちでは何も出来ず死神に食われてしまう所だったのです! 只祈るばかりの我らを導き、命を賭けてまでこの村を救って下さった貴方様にせめてもの感謝の印ですじゃ! どうかお受け取り下さい!!」


 老人は額を床にめり込む勢いで擦り付ける!


 「分かった! 顔を上げてくれ!」


 リングを貰うことを承諾すると、やっと老人は顔を上げ額を真っ赤にし満足げに微笑んだ。


 「一つはどうぞ奥方様に差し上げてくだされ」


 そう言うと老人は、深々と頭を下げるとその場を立ち去ろうとする。


 「じいさん、あんた名前は?」


 僕の問いかけに老人が振り向いた。


 「鍛冶屋をしておりますゲッツと申します」


 「ありがとう、大事にするよ」


 ゲッツは満足そうに微笑むと、小さな体で弾むように宿屋を後にした。


 小さな背中を見送って僕は襖を閉めた。


 属性に反応して身を守るリングか…僕は小箱を開け改めてまじまじとリングを見る。


 「やっぱ指に嵌めるんだよな…?」


 鍛冶屋め…奥方ってガイルの事か!?


 野郎二人でペアリングなんて嵌めた日にゃ…あ"、そういや僕、成り行きとは言え結婚したんだ…うわぁ…姉さんに何て説明しよう…僕が愛しているのは姉さんだけなのに!


 「はあ…」


 僕はため息を付いた。


 左手の薬指にはぜってー嵌めねぇ!


 『野郎二人で薬指にペアリング』なんてフラグはへし折ってやんよ!


 とりあえず、リングを一つ取りわざと右手の中指に嵌めてみた。


 ふうん…デザインは悪くないむしろカッコいい! 


 ゲッツはデザインの才能があるな!


 真ん中に輝く精霊の涙が、赤く染まり右手の婚姻の印がそれに反応する。


 なるほど…この世界の住人でない僕に固有の属性はないが、火の神アグニの加護のある印に反応するのか…。


 どれほど効果のあるものかは知らないが、身を守ってくれる物に違いは無いのだ有難く身に着けて置くとしよう。


 僕は、死んだように眠るガイルを見た。


 小山田の手前、ガイルには無事でいてもらいたいのは当たり前なんだが…。


 「…」


 僕は、うつ伏せに眠るガイルの左足のGパンの裾をつまんで膝を折る。


 持ち上がった左足の中指にリングをあてた…嵌らないな…めげずに小指に押し込むとやっと嵌った!


 リングの『精霊の涙』はほんのり赤く染まる。


 良かった! 足の指でも効果はありそうだ!


 「ん…ん…」


 ガイルがうめき声を漏らす。


 「ヒ…ガ…?」


 うっすら目を開けたガイルが、だるそうに僕を見上げる。


 「悪ぃ…起したか…もう少し寝てろよ晩飯には起すから」


 「ん…たのむ…」


 そう言うとガイルは、また眠りに落ちた。


 …此処にいると、またガイルを起しかねないな…僕も散歩するか。


 僕は、出来るだけ静かに部屋を後にした。


 「ご主人様!」


 部屋を出て囲炉裏の前を通りかかると、リリィが僕の元へ飛んできた。


 姿が見えないと思ったら、こんな所に…よほど囲炉裏上ににぶら下がる魚の彫刻が気に入ったんだな…。


 「どちらへ行かれるのですか?」


 「ああ、気晴らしに散歩だ…お前もついて来るか?」


 …といっても、精霊契約がある以上リリィは僕からさほど離れる事は出来ないが…まあ、その気になれば学校のグラウンド位なら離れる事が出来なくもない。


 が、そうなると巻き戻しなどの速度が落ちてしまうけれど。


 「いえ…もう少し此処に…後で追いつきます」


 いつもなら直ぐに付いて行くと言って聞かないのに…リリィにしては珍しな…。


 「そうか、じゃ…」


 「ご主人様!」


 立ち去ろうとする僕をリリィがすかさず呼び止め、その顔には不安げな表情が浮かんでいる。



 「ご主人様、先ほどのお話ですが…」


 リリィの声が微かに震える。


 「何の話だ?」


 僕は意地悪に答える。


 「…」


 リリィの唇は震えるばかりでそれ以上言葉を発しない。


 「言ったろ? 魔王とは闘わない」


 肩がビクリと跳ねた。


 リリィと僕は精霊契約により魂のつながりがある。


 それに加え、瀕死のリリィを救う為僕は己の魂の三分の一を彼女に与えた…従ってその繋がりは深い。


 恐らく、僕らはお互いが思う以上に相手の事を把握しているだろう。


 だから、分かる筈だ。


 僕が何を考え、何を思うか___。


 「これは決定事項だ、僕を止めたければお前が死ぬしかない…なにせ僕らは運命共同体だからな!」


 精霊契約は魂の契約。


 どちらかが死ねばもう片方も死ぬ。


 それが『理』。



 「それは在り得ません」


 リリィが答える。


 そこには、もう恐れなど無かった。


 リリィと宿屋で別れ、僕は村を散策する。


 今まで都市や街なんかに滞在したことはあったが、なんやかんやでそこをゆっくり見て回るなんてしたこと無かったからな…。


 リマジハ村は昨夜の死神騒動など嘘のように、通常の暮らしへと戻っている。


 それにしても、此処の村人は多種多様な種族がいるな…獣人・リザードマン・エルフ・ドワーフ…中には何なのかさっぱり分からない固体までいたので昨日の作戦の部隊編成に手間取ったのを思い出した。


 ガイルの実家のある商業都市クルメイラも多種多様な種族が暮らしているが、僕が学んだ世界史によればこう言った複数の種族が同時に暮らす都市や村はごく少数でエルフ領リーフベルのように単一種族がまとまって国や都市を形成しているのが一般的だ。


 そう言った意味で、このリマジハ村は珍しいほうに入るだろう。


 行き交う住人達は、僕の姿を見つけると深々とお辞儀をしてくる。


 参ったな…すっかり英雄みたいになってるじゃないか!


 こう頭を下げられたんじゃたまらない、宿屋にもど_____ん?


 僕の視線の先に花屋に併設されたカフェが目に留まった。



 「フルフット?」


 花に囲まれたオープンガーデンカフェの隅の席にフルフットの後姿、それと…女将の姿があった。


 「…そう、残念ね…」


 フルフットは何事か女将と話をしている。


 「何が残念なんだ?」


 背後からした僕の声に、フルフット肩がビクリと跳ねた。


 「坊や~脅かさないでよ!」


 「あれま、ヒガ様! どうぞご一緒に~」


 驚くフルフットとは対照的に女将は、僕も座るように手招きする。


 「メリダさん! ヒガ様にも紅茶を頼むよ~」


 女将が、カフェのウエイトレスに声をかけた。


 丸いウッドテーブルに僕、フルフット、女将が三つ巴する。


 「で、なにしてたんだ?」


 紅茶を待ちながら、僕はフルフットの方を見た。


 「スカウトよ、断られたけど」


 残念そうに肩をすくめるフルフットに女将がごめんなさいねぇと、呟いた。


 「スカウト?」


 怪訝な顔をする僕にフルフットが言葉を続ける。


 「女将さんの実力は見たでしょ? 魔力を大半使い果たしていたとは言え、あの状態の子猫ちゃん相手にあそこまで戦うことが出来るのよ? 今後の事を考えたら…」

 

 いやいや、いくら実力十分とは言え子持ちの主婦捕まえてなに申し込んでんだ?


 「あたしの実力を買ってくれるのは嬉しいさね…でも、今回の件で思うところが出来てねぇ」


 惜しそうにする女将。


 もしかして、付いて来るって言う選択肢もあったのか!?


 「手前どもがお願いしたのですよ」


 背後から紅茶の入ったティーポッドが置かれる。


 振り返るとそこには、白いYシャツにタイトなギャルソンタイプのエプロンを着たリザードマンが立っていた。


 一瞬、万太郎かと思ったがアイツはこんな賢そうな顔はしていない。



 「マスター、今日の紅茶はなんだい?」


 「ダマスカスの糞にデデルアントの蜜を効かせたオリジナルティーですよ、カルアさん」


 マスターはチロチロと舌を動かしながら説明した。


 うん! 

 これは飲まないほうがいいな!


 「断ったんだね?」


 なんともいえない匂いを放つ紅茶から逃れる為、僕は女将に話を振った。


 「この村には、あたしと旦那以外兵士や魔物と戦った事のある者はいなかった訳でねぇ」


 女将は言葉を濁した。


 確かに…この村の連中と来たら、自分たちに危険が及ぼうとしている時に只女神に祈るばかりで逃げることすら忘れていたな。


 「もし、あの場にヒガ様がいなかったら村ばかりじゃなく皆食われていたとおもうと…」


 あの時は、頭に血が上っていあんな事を口走ったがよく考えてみれば村人達のあの反応は仕方が無かったようにも思える。


 僕はともかく、この世界の住人達は女神クロノスを世界を救う神として信じている。


 加えて、自分たちに何の力も無いと頑なに誤解していたのだから誰かに助けを求めたくなるのは当たり前だし現に女神は世界を救う為、姉さんを…『勇者キリカ』を異世界から呼び戻したという実績がある。


 縋り付きたくなる心理も理解できなくは無い。


 「だから、あたしが村の皆に戦い方を教える事にしたのさ!」


 女将は声も高らかに宣言した。


 「ヒガ様の統率力には敵わないけど、これがあたしの決めた『道』さね!」


 にっと笑う女将の顔に、姉さんの面影が重なった。


 「貴方様の教え通り、手前どもの村は手前どもで守ります! その為にもカルアさんには村に留まってほしいのです!」


 紅茶を入れ終えたマスターが僕に懇願した。


 「いや、村はさておき僕は子供から母親を取り上げる趣味は無いですよ?」


 僕の言葉にその場の空気が固まる。


 ん?


 僕、変な事いったか?


 「…そんな事まで気遣って下さるなんて…!」


 女将が目に涙を溜める。


 え? 当たり前じゃないの?


 マスターに至っては、鼻水まで垂らして号泣し近くの席にいた人狼の客も肩を振るわせる。


 ものの考え方が僕の世界と大分異なるとは思っていたがもしかして、今僕かなり良い奴か!?


 どうしよう吐きそうだ!?



 女将が急に席を立ち、ウッドテーブルに両手を突いた。



 「地の神オオコトヌシ・地の女神ハニヤマヒメの加護を受けし我が対の剣よ、戒めを解き此処に現せ!」


 テーブルに魔方陣が広がる。


 「!!」


 眩い光とともに、そこに現れたのは金色の柄に白金の女将の顎ほどに届く大剣が二本。


 「美しいわ!」


 フルフットが思わず声を漏らす。


 女将が二本の大剣を手に取ると、マスターがタイミングよくテーブルを下げた。


 軽く大剣を振るう女将の姿は、歴戦を戦い抜いた戦士そのもの…雄雄しく美しい。


 感触を確かめるように大剣を振るっていた女将が先ほどまでテーブルのあった辺りに剣を突き立てた。


 「なにを…?」


 訝しがる僕に女将が、にっこり微笑んだ。


 「ヒガ様、下のお名前を伺って宜しいかねぇ?」


 「名前? ああ、切斗だ…比嘉…ヒガ・キリト」


 何で名前?


 「地の神々と我が真名を持って双刀に『主』の名を刻む!」


 女将が言葉を続けると、二つの大剣は光を放なった!


 待て!! 『主』って!?


 カッっと目も開けられない程の光があたりを照らす。


 光が去り、ようやく目を開けると床板に刺さった二対の大剣に『ヒガ・キリト』の名が浮かびフッと消えた。


 「何だったんだ…?」


 突然の出来事に面食らってると、剣の刺さった向こう側で女将が片膝をつき頭を下げているのが見えた。


 「何にしてんるんですか!? 女将さん!?」


 女将はすっと顔を上げる。


 「わたくし、カルア・カランカはヒガ・キリトにこの命尽きる迄生涯忠誠を誓います!」


 静まり返ったカフェに女将の声が響いた。


 気が付くと騒ぎを聞きつけた村の住人達が、カフェの回りに集まりはじめている。


 「女将さん! なに言ってんの!?」


 ちょっと待って! 主とか忠誠とか! 何だか僕の意図しない所で話が進んでる!!


 「カランカ…やはり貴女は、『剣士カランカ』の_____」


 フルフットだけが事態を理解しているように納得と言った表情で頷く。


 何この状態?


 僕にも分かりやすく説明してくれませんか?


 大司教様!


 「カランカの子孫が何故こんな辺境に?」


 フルフットの問いに女将が困った顔をする。


 「ええ、あたしは1000年前に魔王を討伐した『剣士カランカ』の子孫に当りはしますがねぇ…」


 女将は言葉を濁す。


 確かに、剣士カランカの子孫となれば女将の実力も頷ける。


 しかし、勇者パーティーの子孫達は先祖の功績から其れなりの地位が約束されているしこんな田舎町で宿屋を営んでいるのはおかしい。


 それに、カランカといえば確か種族は『巨人族』。


 女将は確かに2mに届く位の長身ではあるが巨人族の平均身長は8m前後であることを考えると女将の身長はあまりに低い。


 「あたしの父親はエルフでねぇ…巨人族の母親と駆け落ちしてこの村に流れ着いたのさ、今勇者と旅をしているのは従兄にあたると聞くがね」


 なるほど、それで身長が…じゃなくて!


 「えっと、女将さん…あの…どうして僕に忠誠を誓ってんですか?」


 女将さんは、膝をついたまま微笑んだ。


 「あたしは若い頃、命を賭けられる位の君主と出会い生涯尽くすことが夢で様々な国で傭兵として働いていた時期がありましてねぇ…でも、どの国でもコレはと思う『主』に出会うことはありませんで、旦那と結婚したのを機に故郷に戻って宿屋を始めたんですよ…そんな矢先に貴方様が現れた! ヒガ様こそ! あたしの求める主そのものだったのです!」


 女将の僕を見る目は、まるで少年のように輝いていた。


 「うん! 貴女の気持ちは良く分かった! でもそういう時は一言相談してくれないか?」


 行き成り誓われたらマジびびるから!

 それに、僕はそんな良い奴じゃないぞ!


 「今は、この村の軍備を整える為同行出来ませんけどね…貴方様に何かあれば必ずその膝元にはせ参じます!」


 女将は深々と頭を下げた。


 「…」


 「坊や! なにか言ってあげなさいよ!」


 「えええ!? …ああ、ヨロシク…?」


 その様子を固唾を呑んで見守っていた村人達からも我先にと声が上あがる!



 「俺もそれにお加え下さい!」

 「自分、竜族です! 火吹けます!!」

 「それならオイラは、獣人のブラックラビット種だ! 跳躍なら負けネェ!」

 「「「「私達魔法頑張ります!! どうか私達も!!」」」」

 「ワタクシは薬草の事なら誰よりも詳しくてよ!」

 「ぼくもー虫くわしーもん!」

 「ごぽぶくぶぶ!! ぶくぶく!!」

 「俺様を使わないと後悔するぜ!キラ★」



 至るとこから集まった村人達によってカフェは崩壊寸前だ!


 「ここまで来ると一種の才能ね~罪なオトコ★」


 我先にと僕に迫る村人達をフルフットは、二階のテラスから遠巻きに見る。


 あのおねぇいつの間に、移動しやがった!!


 暑苦しいアピール合戦に、僕は遂に壁際まで追い詰められた!


 「く…そっ…分かったよ!」


 根負けした僕の言葉にワァァァと歓声が起る。


 「ただし! 僕が欲しいのは『強者』だ! お前らはまだ弱い! まずは自分の村くらい守れる様になる事! 僕が指揮を執らずとも赤い死神クラスくらい倒せなくてどーする! それが出来無い内は僕の名を口にすることも許さない!」


 村人達は水を打ったように静まり返った。


 よし! 


 この位言えば____!



 「うおおおおおおおお! 燃えて来たぜぇぇぇぇぇ!!」

 「メリッサの女将さん! 僕らを鍛えてください!!」

 「がんばるですぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 「「「「がんばります!!!」」」」

 「ぶしゅ!」

 「見くびられたモンだな…だがしかし!!」



 何コレ、大炎上!!!!


 赤い死神を退けたことで、自分達の力に自信をつけた村人達のテンションはMAXだ!


 「ふふふ…そうかい…あたしの訓練はきついよ!それでもやるかい!!」


 女将の顔はすっかり傭兵時代に戻っている。


 「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」


 女将の激に、そこにいた村人達から雄叫びが上がる。


 「あたしについて来な!!」


 女将が夕日に向ってきびすを返す!


 「ヒガ様! あたしこのいつらを立派な『兵士』にします! その頃にまた!」


 そう言うと、女将は夕日に向い大勢の村人を従え走り出した。


 いや、アンタとは宿の晩飯でまた会うだろ?


 夕日を浴びる、一顧小隊を僕は見送った。


 「愛されてるわね…」



 ああ、愛が重い。






 「お兄ちゃん! おかえり~!!」


 宿に戻ると、玄関先で待ち構えていたメリッサが僕に飛びついてきた。


 「っと…ただいま」


 勢い良く飛びつかれた僕は少しよろめく。


 「あれ?」


 宿が騒がしい。


 ひっきりなしに村人が出入りしなにやら運び込んでいる。


 「お嬢ちゃん、何かあったの?」


 フルフットが僕の腹にしがみつくメリッサに訊ねた。


 「うん! 今日はね、ご馳走なんだって! 皆で飲んで騒ぐんだって!」


 メリッサが、満面の笑みを浮かべて嬉しそうにピョンピョン跳ねる。


 「ママがね、今日は気合を入れて大物をゲットするって言ってたの! お兄ちゃん達! 楽しみにしててね!!」


 「そう…それじゃアタシ達は部屋で休ませてもらうわね…行きましょ坊や」


 「あ、おい!」


 「ちょっと話があるのよ」


 いつに無く真剣な顔で、足早に部屋に急ぐフルフットの後に続く。


 物足りなげなメリッサを残し、僕らは部屋に戻った。




 僕を先に部屋に押し込むと、外に誰もいない事を確認しフルフットはパタンを襖を閉じる。


 「坊や、そこに座って頂戴…子猫ちゃんも起きてる?」


 「お帰りなさいませ、ご主人様」


 どこからとも無く戻ったリリィが、僕の肩に乗た。



 「フルフット様…どうかなさいました?」


 「さあ?」


 フルフットはガイルを起そうとしたようだが、反応が無かったので諦める事にしたようだ。


 ため息を付きながらフルフットはちゃぶ台をはさみ僕の向い側に座る。


 「話って何だ? 濃い集団にもまれて僕は疲れた、出来れば夕食までゆっくりしたんだけど?」

 

 さっきの件で、どっと疲れの来た僕はちゃぶ台に突っ伏した。


 「それは、坊やが罪作りなだけよ~まあ、そんな事より…女将さんから勇者ちゃんに関するかなりヤバイ情報聞いたんだけど?」


 「!!」


 「あら~…その目ひさし振りね…」


 僕を見るフルフットの顔が悦にひたる。


 「そんな事より、その情報を早く教えろ!」


 姉さんの情報と聞き、僕の心臓は激しく高鳴る…これで、リーフベルの勇者新聞が途絶えてからやっと足取りが掴める!


 「…コレは女将さんの…と言うよりは旦那さんからの話らしいんだけど…」


 「女将さんの旦那?」


 僕が怪訝な顔をするとフルフットは、慌てて補足する。


 「ええ、旦那さんのほうが出稼ぎで傭兵をしているのよ…それで勇者ちゃんに会う機会があったらしいわ」


 「それで姉さんは、無事なのか!?」


 「え~と…」


 フルフットは言葉を濁す。


 僕はちゃぶ台に上がり、衝動的にフルフットの襟首を掴んだ。


 「無事なのか聞いている!!」


 「無事よ、ボウヤが心配するようなことは多分無いわ…落ち着きなさいよ~」


 フルフットは茶化すように言う。


 「アンタが、ヤバイ情報なんていうからだろ!! 何がそんなにヤバイんだよ!」


 「こほっ! ヤバイのは勇者を取り巻く環境よ…」


 思わずつかみかかった僕の手から逃れたフルフットが言葉を続ける。


 環境?


 「三年前の試みについては説明したわよね?」

 

 「ああ」


 それは、小山田の遺言のもと異世界に飛ばされた勇者に頼らず自分達の力で魔王を倒そうとした試み。


 しかしそれは失敗に終わり、その時ガイルの一番上の兄と両親を始め英雄達の称号を受け継いだ若者たちは死に賛同した国軍は壊滅的打撃を受けたと言うものだ。


 「それと、姉さんと何の関係がある?」


 あくまでそれは、姉さんがこの世界に拉致られる前の話だ。


 「あの時、アタシ達は…勇者不在の状態で魔王の眼前まで迫ったわ…結果は失敗に終わったけれど一部の国ではある論争が巻き起こった」


 「論争?」


 「『相互説』という考え方よ」


 相互? 相互作用の?


 「勇者と魔王はお互いに影響を及ぼしあう…例えるなら勇者の力が強まれば魔王も強く勇者が死ねば…」


 「な…まて! 勇者と魔王が互いに影響を及ぼしあっているのは僕の眼から見ても明らかだ! だからと言って、世界を救う為に存在する勇者を…殺すと言うのか!?」


 体の力が抜ける。


 自分達が助かるために、命を賭けて闘っている『勇者』を殺す?


 はは…そんな連中の為に、姉さんは…。


 「あくまでそう言った思想の連中がいると言う事よ、勇者ちゃんには英雄達の子孫もついてるし大半の種族が味方だから心配はないわ…ただ」


 「ただ?」


 「そう言った輩が、今兵士を集めていると言うことが問題よ…彼らは兵を挙げて『勇者』を討伐しようとしているらしいの」


 は?


 『勇者討伐』?


 ありえない…言うに事欠いて姉さんを…僕の姉さんを殺すだって?


 「まあ、魔王の所へは勇者と英雄達の子孫しかたどり着けないけど勇者ちゃんの所には簡単にたどりつけるものね」


 フルフットは僕の目をじっと見つめた。


 「もし、仮に姉さんが魔王以外の奴に殺されたとして…本当に魔王も死ぬのか?」


 「さあ? 今だかつてそんな事は行なわれていないからどうなるか何て予測出来ないわ」


 許さない…姉さんにもしもの事があったら…僕は______。


 「勇者に賛同する国々もその動きには気付いているから、対抗策として軍備増強して警戒に当ってるって訳よ! んで! 傭兵として出稼ぎに来てた女将さんの旦那が勇者ちゃんに遇ったって訳ね★」


 フルフットは、テヘペロ★っと舌をだす。


 つまりは、魔王を倒す為旅をする勇者、その勇者を倒そうとする者達、勇者を守る為それらと闘う者達が存在するということか。


 僕は、席を立った。


 「何処行くのよ坊や?」


 フルフットが、横切ろうとした僕の腕を掴んだ。


 「離せ…!」


 少しの沈黙が流れる。


 「アナタ一人で何が出来るの?」


 微笑んではいるが、その目には何の感情も宿していない。


 「…っ」


 僕は、一度コレと同じ目を向けられた事がある。


 商業都市クルメイラ領主ガラリア・k・オヤマダ。


 ガイルの姉だ。


 だが、僕はもうあの時の僕とは違う!


 自分なりの闘い方を見つけ実践し結果だって残している!


 小山田のノートと、このダウンロードされた知識をフル活動させれば…出来る…例え僕一人でも姉さんを助けに行く!


 フルフットが掴んでいた腕に力を入れる。


 僕の腕はミシミシと悲鳴を上げた。


 「っく!」


 「脆い体ねぇ…こんなんで今まで闘ってきたの? ビックリするわ~」


 フルフットは反発する僕の筋力などまるで感じないのか、人形でも扱うようにその場に僕を引き倒した。


 「確かにボウヤは『強い』わ…でもそれはあくまで賢さと運よ? ここから先そればかりでは生き残れないわ、一人でどうにかなる何て思わない事ね? でないと…」


 腕を拘束され身動きの取れない僕に、フルフットの顔が近づいてくる。


 完全に拘束されてる! 全く抵抗できない!!



 「そこまでだ、この変態糞オカマ!!」



 迫り来るフルフットの顔がガクンと揺れた。


 「あら残念、オカマは酷いわ~おねぇと呼んでよ子猫ちゃん★」


 そこには背後からダークグリーンの髪を鷲掴みにする狂戦士と、今にも両腕からどす黒いオーラを変態おねぇに向って放たんとする時と時空を司る精霊がいた。

 

 ガイルは、髪を握ったままフルフットを壁に向って投げつける。


 ぶちぶちと嫌な音を残し、フルフットはあっと言う間に壁に叩きつけられた!


 ガイルの手には赤い血がべったりとついたフルフットの長い髪が握られている…。



 「失礼しますご主人様、お手を」


 そう言うと、リリィはすかさず学ランの袖をまくり紫色にはれ上がった僕の腕を巻き戻し、それを横目にガイルは壁にめり込むフルフットの方にゆっくりと歩き出した。


 「てめ…何してくれてんだ?」


 「なにって…ナニよ★」


 ドスッと鈍い音がして腹をガイルの右足が捉えたが、こほっと短いうめき声を漏らしただけでフルフットは不適に笑みを絶やさない。


 「ふふ、アタシは子猫ちゃんが、坊やを甘やかすからちょっとお灸を据えただけ…そろそろ自覚させないとあの子死ぬわよ?」


 「…それとコレとは話が違げーんだよ…!」


 ガイルの右手に炎が集まっていく。


 ヤバイ!


 マジで殺す気だ!!



 「止めろ! ガイル!!!」


 僕がそう叫ぶと右手の甲が熱くなり、その瞬間フシュンと音を立てガイルの手に集まった炎が掻き消える。


 「ちっ…」


 「止めろ、ガイル。 今のは僕が悪かった」


 冷静になって考えれば、僕一人でどうにかなるような事ではない。


 仮に一人で姉さんの元へ辿りついても、そこにはギャロウェイやアンバーと言った世界屈指の実力者が姉さんの周りを固めている…とてもじゃないが身体的にも只の中学2年生にどうこう出来るはずもない。


 「ガイル、フルフットを離せ」


 今まで、僕は自分の知識を元に立てた作戦がことごとく上手く行ってしまっただけに自分が『強い』だなんて勘違いを起していたんだ…まるでどこぞの厨二病じゃないか!


 恥ずかしくて死にそうだ。


 「そろそろ足、どけてくれないかしら?」


 フルフットの抗議にガイルは渋々足をどける。


 僕は、フルフットの側に駆け寄った。


 「大丈夫か?」


 「ええ、頭は冷えた? 坊や?」


 「ああ…すまなかった」


 「ボウヤは、勇者ちゃんの事になると冷静さを失うわね~★」


 くすくすと力なくフルフットが笑う。


 バーサーカーに覚醒したガイルの一撃を食らったんだダメージはでかいな…。


 「リリィ…き」


 「嫌です!」


 リリィは、僕の命令をあっさり拒否した。



 「ええ…?」


 「こんな変態の傷触りたくありません!!」


 「おお、害虫! 珍しく気が合うな! マジで死ね!!」


 いつも犬猿の仲の二人が珍しく意気投合している…不気味だ。


 それにしても、こいつらは何をそんなに怒ってんだ?



 「いいわよ、アタシ自分の傷くらい治癒で治せるから…どっこいしょと♪」


 立ち上がろうしたフルフットの足がもつれ倒れそうになったので、僕は慌てて体を支えた。


 「…坊や…今の今でよくそんな…」


 フルフットが怪訝な顔をする。


 「ん?」


 「坊やは、こう言った意味でももう少し警戒心持った方がいいかもね★」



 そう言うと、僕の介助を断りフルフットは部屋を出て行ってしまった。



 「お前! 何平気な面してんだよ!」


 「そうですご主人様! 肩をかすだなんて!!」



 何故か二人が食って掛かってくる。



 「お前らが何でそんなに怒っているんだ? つか、ガイルいくら何でもアレはやり過ぎだろ?」



 ため息混じりに諭すと、二人がが顔を真っ赤にして怒鳴りだした!



 「何言ってんだ! 殺しても足りないくらいだぞ!?」


 「そうです! 貞操の危機でしたよ!」


 「貞操? 生命の危機のまちがいじゃないか? つか、男の体なんて面白くもなんとも…あ」



 貞操って…ん?


 そういえば、フルフットってそっちの気があった…な…うん。


 あ、でも息子とかいたような…リフレだっけ?


 いまいち事態を把握しきれない僕を尻目に、ガイルが頭を抱える。



 「害虫、俺たちでヒガをしっかり守ろうな!」


 「ええ、ひとまず休戦で!」



 僕の見えないところで、二人はガッチリと握手を交わした。





 その日の夜は、ドンちゃん騒ぎだった。


 宿屋メリッサで開かれた宴会は深夜まで続き、村人は『赤い死神』を退けたことでお互いを賛美しそれを倒した僕とガイルをまるで神の如く祀り上げ褒め称える。


 はっきり言ってドン引きだ。


 コレじゃ祈る対象が女神から僕らに移っただけに過ぎない。


 そして、朝を向え僕らは村の出口にいた。


 「ヒガ様、ガイル様、フルフット様、我らリマジハ村はこのご恩を忘れません!」


 鍛冶屋のゲッツが村人代表で式辞を述べる。


 「ヒガ様…今はまだお役には立てませんが、何時の日か貴方様にお仕え出来る日を目指し日々精進を忘れません!」


 うん! 


 そこは忘れてくれたほうが僕としては助かるな!


 「そこは、アタシに任せな! 何処に出しても恥ずかしくない立派な戦士に仕上げて見せるよ!」


 軍曹と化した女将が激を飛ばすと、村人全てが背筋を正した。


 統率が取れ始めてる…怖!

 


 「お兄ちゃん達はこれから何処へ行くの?」


 目に涙を溜めながらメリッサが、僕の学ランの裾を掴んだ。


 「東だよ」


 それを聞いた女将が「里帰りですか?」と聞いてきた。


 ああ、そういえば女将には祖父の故郷だとか適当な事を言った気がする。


 「…まあ、そんな所です」


 そんな会話を交わし、僕らは村を後にした。







 「何だか一杯土産を貰ったわね~」



 フルフットが、お礼の品としてもらった数々のアイテムを確認する。



 「あら! この髪留めカワイイ~あん…でも今の髪じゃ似合わないわ~」



 ロングだったフルフットの髪は今ではショートヘアに切りそろえられている。



 「うんも~! 髪はオンナの命なのよん! 責任とんなさいよ~プンプン!」


 「うるせ! 生きてるだけ有難いと思え!」



 手綱を握るガイルが不機嫌そうに答えた。


 ミケランジェロの甲羅の上で僕を挟んでどうでもいい言い争いをする二人を無視し、僕は古文書を開きある一説を指でなぞる。



 死ぬ気で精霊石7つ手に入れてやっと魔王対決ですよ!

 だがしかし! 精霊獣7匹倒したら魔王完全体でフルパワーてHUZAKERUNAYO!!

 怒り通り越して笑けてくるわ! つかマジヤベーしぬるし!!

 てか! 精霊石集める前に倒したほうがよくね!?

 マジ誰か気付こうよ!



 つまり、精霊獣を7体倒せば精霊石が手に入り魔王の元へいけるが魔王もフルフルパワーに…恐らく魔王と精霊獣には何らかの関係性が在るのだろう。



 僕は空を旋回していたリリィにを呼んだ。



 「リリィ、姉さん達はあれから何体精霊獣を倒しているか分かるか?」


 「申し訳ありま____」


 「6体目よ」


 背後からの答えに僕は思わず振り返る。


 「女将さんの旦那さん情報よ…結構時間空いちゃってるから何ともいえないけど…最後は精霊獣最強の『闇の精霊獣プルート』勇者ちゃんでも一筋縄じゃいかないわ」


 「もう、そんなに倒しているのか!」



 急がなくては…何としても姉さんより先に魔王に会わなければならない…!

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