赤い夜



*****************************

 最近、上手く頭が回らない。


 ぼーとした感じが続いて、気が付いたら朝だったり夜だったりする。


 あれ?


 今、何してるんだっけ?


 「キリカ!!!」


 ギャロ?


 目の前にギャロがいる…?


 「何してんだ!! しっかりしろ!!」


 しっかり?


 やだなぁ~私はいつもどおりだよぉ?


 「…くっ!!」



 ドカッ!


 急に視界が空を向く。


 あれぇ?


 私…飛んで?


 ガシッ!


 地面に叩きつけられると思ったけど、誰かが体を受け止めてくれたみたい…あれ?


 「ダッチェス! そまま! 絶対放すな!!」


 誰かと思ったらダッチェスか~びっくりするじゃない。


 あれぇ? 


  真っ赤に染まった大きなニワトリが走ってく…おいしそう…。


 あ。

 鍋に残ってたチキンカレー…切斗が全部食べちゃったかなぁ?


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 「ようこそ! ココは『リマジハ村』だよ!」


 村の入り口付近で遊んでいた子供が元気良く答える。


 日も暮れようとした頃、僕らはようやく村にたどり着くことが出来た。


 「なあ! ここら辺で精霊お断りの宿__」


 ゴキ!


 「痛っ!!」


 リリィの飛び膝蹴りが直撃し、ガイルは後頭部を抑えてうずくまった。


 「??」


 「気にしなくていい、僕らは宿屋を探しているんだけど…」


 凶暴な精霊の暴挙に驚く子供____少女に、僕は出る限り優しい声で話しかけた。


 どうにも、僕は子供が苦手だ。


 何を考えてるか予測が出来ない上に、行き成り突拍子の無い行動を取る!


 …突然、泣き出しでもしたら心臓が幾つあっても足りない!


 出来れば、関り合いになりたくないが____。


 「うん! こっちだよお兄ちゃん!」


 少女は僕の腕をつかみ、ぐいぐいと引っ張り始めた。


 「お、おい!」


 「あら~★ 坊やは子供に好かれやすいのね~★」


 くすくすとフルフットが笑う。


 そう、僕はどう言う訳か子供に好かれるのだ!


 「こっち! こっち!」


 ぐいぐい引かれる腕に少女の爪が食い込んで少し痛い…良く見れば少女のふわふわの黄色い髪に埋もれてぺチャリと畳まれた耳が見える。


 獣人の子供か…尻尾も着ているベージュのワンピースに隠れていたから気が付かなかったな。


 五分ほど引きずられ、僕らは一軒の宿屋に案内された。


 『宿屋メリッサ』


 ヨーロッパの田舎町を彷彿とさせるリマジハ村の雰囲気からは完全に浮いた、木造二階建ての古き良き日本の宿をそのまま再現したような造りになっている。


 今まで宿泊した宿に比べて、こじんまりとしているがなかなか風情があって僕は気に入った。


 どこか『和』を感じさせる雰囲気に、郷愁の思いがこみあげる。


 ガラガラガラ…。


 少女は躊躇する事無く、宿屋の引戸を開けた。


 「いらっしゃ____」


 「ママ! お客さんつれてきたよ!!」


 「おや! まあ! この子ったら!」



 少女の母は、すいませんねぇ…と頭を下げた。



 「娘がご迷惑を…あたしは『宿屋メリッサ』の女将でカルアと申します」


 「気にしなくて良いですよ、僕ら丁度宿をさが_____」



 言葉を詰まらせた僕に、女将は首をかしげた。


 「どうかしました?」


 「い…いや」


 女将カルアの第一印象は、『気風の良い姉御』。


 女性にしては背が非常に高く2m位はあるだろう。


 赤毛に近い長い髪を高めに束ね、夕食の仕込みでもしていたのか袖をまくった着物のような上着からは日に焼けた逞しい腕が伸びる。


 だが、僕が言葉を詰まらせたのはそんな理由からではない。


 にっこりと、僕を見る女将の顔の左側が額から顎にかけてまるで何者かに切りつけられた…いや、何かで焼かれたような傷後が在った為だ。


 古傷とは思うが、どう見ても宿の女将の負う怪我ではない。


 「お兄ちゃん…今日はウチに泊まってくれるんだよね?」


 不安になったのか、少女が僕の腕をぐっと掴んだ。


 「え!? ああ、もちろん! お願いします、女将さん!」


 「じゃあ、お部屋を用意しますので此方でお待ち下さいな…あ、ウチの宿は…あら?」


 女将は少し驚いたように僕を見た。


 何故か、ガイルとフルフットも不思議そうにこちらを見る。


 「え? 靴脱ぐのか?」


 皆、当然のように靴を脱いで宿に上がっていた僕を見て驚いたようだ。


 「違う?」


 …元の世界じゃこれが当たり前だっただけに、『和』の雰囲気に感化されつい靴を脱いでしまった。


 長年の習慣って恐ろしい。


 「いえね、この風習を分ってらっしゃるのにあたしゃ驚いたんですよ? お生まれは『東』の方ですか?」


 女将が嬉しそうに、僕の靴を靴箱に片付けながら聞いてきた。


 なんの事を言ってるか分からないが、話を合わせておいた方が良さそうだな。


 「はい、実家では靴を脱いでいたのでつい」


 僕は、適当な事を言ってその場を濁す。


 その後、僕らは女将に囲炉裏の前に案内されそこで部屋の用意が出来るのを待つことになった。


 「それにしてもかわった宿屋だな~」


 ガイルが、囲炉裏を興味津々と眺めながら言った。


 「このクッション…もう少し柔らかいの無いかしら…?」


 フルフットは、井草と思われるもので編まれた座布団が気に入らないようだ。


 リリィは、恐らく僕の記憶から囲炉裏が何であるか理解はしてるが天上から下がる自在鉤(じざいかぎ)に装飾された木製の魚に興味があるらしくベタベタと撫で回している。


 「ヒガ、お前の世界じゃ家に入るとき靴脱いだりこういうのが在ったりするのって当たり前なのか?」


 不意にガイルが、話しかけてきた。


 「まあ…僕の国では家に上がる時、基本靴は脱ぐ…そうじゃない家も在るけど大体はそうだ囲炉裏は田舎に行かないと無いかも知れないけど…」


 僕は、古文書に目を通しながらぼんやりとガイルの問いに答えた。


 「お前は、将来住むならこーゆー感じの家が良いのか?」

 「あーそうだな…畳は外せないな…」


 パラリ。


 「お前好物って何だ?」


 「んー…カレー…チキンカレー…ん? この記述は…?」


 僕はページを戻した。



 「ちきんかれーこのきじゅつは? 何だソレ??」


 「……」


 「ヒガって、将来何になりたいんだ?」


 え?


 ガイルの質問に思わず思考が停止した。


 「将来?」



 考えたことも無い。


 姉さんの側に居るのはもちろんだが、それ以前に自分がどうなりたいとか考えたことが無い…。


 「ヒガ?」


 押し黙る僕に、何か聞いちゃいけないこと聞いたどうしよう…と、言った顔でガイルが此方を見ている。


 「僕は…」


 その時、どたどたとふすまの向こうから足音がした。


 「お兄ちゃんたち! ママがお部屋の用意もう少しかかりそうだから、お夕飯から食べて下さいって~」


 元気良く走ってきた少女が、勢いよくふすまを引きながら言った。





 「ふ~食った食った~」


 ガイルがありえない位膨れた腹を丸出しにして、二つ並んで敷かれた布団に転がっている。


 「待て…コレはどう言う事だ…!」


 僕が依頼したのは一番安い四人部屋…だったはず!!


 しかし、女将に通された部屋というのは入り口には高価そうな掛け軸下がりカコーンカコーンと響く鹿脅し(ししおどし)の鳴る先の小さな中庭には2~3人くらいが入れそうな露天風呂…コレはどう見ても『カップル向け和風スイート』!!

 

 「では、ごゆっくり__」

 「待って! 女将さん! ココは僕のお願いした部屋と違います!!」

 「あれまぁ~お連れの方がお二人は新婚さんだから一番良い部屋にお通しするようにと…足りない分はもう頂きましたよ?」



 フルフットぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!


 こういう時、真っ先に飛んで来る筈のリリィが来ない処をみるとあの変態腐男子おねぇめ! 何かしたな!!!



 「今すぐ部屋を変更します!!」


 「ですが…」


 女将の視線の先には、二人分の布団の中央に大の字なって豪快にいびきを立てるガイルの姿があった。


 「…お疲れのようですねぇ…」


 女将にそう言われ、僕は今更気が付いた…賢者の墓から此処までガイルに満足な休養を与えては居なかった事に!


 …絶えず巻き戻しの効く僕と違って、きっと疲労がたまってるんだ…。


 「どうしますか?」


 「…このままでお願いします…」


 「さようですか…朝食は奥様ご希望の肉料理をご用意いたしますので、ごゆっくりお寛ぎ下さい」



 そう言うと、女将は深々と一礼しそっと戸を引くとそそくさと去っていった。



 奥様…?


 はは…突っ込まない! ぜっったいつっ込まないからな!!


 僕は、無駄に広い部屋の片隅に座布団を敷き邪念を振り払うように古文書を読み始めた。





 どれ位時間が経っただろう?


 相変わらず大した収穫も得られないまま、僕は古文書を閉じた。


 「はぁ」


 肝心な処がどうも掴めない…気分転換に、風呂でも入るか。


 僕は、外にある露天風呂に目をやった。


 今日の月の色は『紅』。


 紅の光を浴びて湯気を立てるソレはまるで『血の池地獄』のようだ。


 「…」


 この世界で、こんな和風な風呂に入れるんだ…ちょっと赤いからってひるんでいては話にならない!


 僕は潔く服を脱ぎ、まずは体の汚れを落とし颯爽と湯に浸かった。


 「はぁ…」


 風呂はいい…日ごろの疲れが嘘のように軽くなる。


 コレで、あたりが真っ赤じゃなけりゃなお良いんだけどな…ほんとまるで____

地獄…。


 「ヒガ」


 「うお!?」

 

 ザバッ!


  突然耳元で名前を呼ばれ、僕は思わず立ち上がった!


  ガイルが怪訝な表情を浮かべる。


 「何だよ、そんなに驚く事無いだろ?」


 「あ 悪ぃ」


 「ま、いーや! オレも入るからよってくれい!」



 ガイルは豪快に服を脱ぐと、桶で湯を汲みザバザバとカラスの行水よろしく湯を浴びる。


 ザバン!


 「ふー」


 ガイルが、飛び込むように湯船につかると体積分の湯が岩肌からあふれた。


 「…」


 「…何だよ?」


 「いや…前から思ったんだけど、お前肌綺麗だよな~傷一つねぇ」


 ガイルはしみじみと言った。


 「…そういうお前はズタボロだな」


 ガイルの体は、いつでも傷だらけだ…旅に出てから更に増えた気がする。


 リリィの力の恩恵を受けている僕の体は、傷がついても絶えず巻き戻されるのでこの世界に来た時と全く変わらない。


 無言のままじっと僕を見つめていたガイルが、急に悦に入った表情をする。


 「いやぁ、賢者の服…学ランだっけ? あの黒も良く似合ってるけど、やっぱりお前には血みたいな真紅が一番似合うな~」


 …なにそれ? 喜べば良いのか?


 「本物の血ぶっかけたら、もっとそそるだろうなぁ…」


 うっとりとした表情で、僕の体を舐めるように見つめる視線が怖すぎる!!!


 「寒くないか? 湯に浸かったらどうだ?」


 立ち上がったままの僕に、ガイルが手を伸ばす。


 「いい、僕はもう出るから!!」


 横を通り過ぎようとした僕の右手を、がしっとガイルが掴かんだ!


 「!」


 「そう言うなって」


 駄目だコイツ! 目が据わってる!!!!


 紅の月明かりに照らされたガイルは、まるで返り血を浴びた狂戦士!


 右手を拘束された僕に逃げ道は_____助けて姉____


 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!! お兄ちゃーん!!!」


 天は僕に救いの手を差し伸べた!





 「うう…ひっく ううう…」


 「どうした? 何があった?」


 ひとまずタオルを腰に巻いた僕は、嗚咽を漏らす少女に水を飲ませ背中をさすった。

 

 「ままが…ひっく かえ…でごないの"…ひっく」


 「女将さん、どこか行ったのか?」


 う"う"う"~と、少女はすすり泣く。


 時刻は恐らく深夜を回っている…幾ら宿屋で泊り客が居るからって母親が子供を一人にするには時間が遅すぎる。



 「何処に行ったか分かるか?」


 「お肉…グスッ」


 「肉?」



 そう言うと、少女はガイルを指差した。


 「この人が、お肉、食べたいって…ぐすっ からぁ…ママ 森にぃ…ぐすっ」


 確かに女将は、明日の朝食は肉料理だと言っていた。


 まさか、自身で材料を調達しているとは…何と言う拘り!


 「…まずいな」


 ガイルがぼそりと言った。


 「は?」


 「ヒガ! 取り合えず服着ろ!」


 脱いであった学ランを投げ渡され、僕は慌てて着替え始めた。


 珍しくガイルが、慌てている。


 「急いで探しに行くぞ! 害虫と元オッサンの力も必要だ! あと出来れば他に人手も!」


 「何慌ててんだよ! 子供がビックリすんだろが!!」


 案の定、ガイルの行動に不安を覚えた少女の目に涙があふれている。



 「…一刻を争うかも知れないんだよ!」


 素早く服を着たガイルは、部屋の戸を勢いよく引いた。


 がらっ!


 「いやん★」


 戸を引くと同時に、フルフットが前につんのめる形で膝をついた。


 「話聞いてたんだろ? 手貸せ」


 「ふふ…良いわよん★」



 いまいち話が見えないな…何がどうなってるんだ?


 つか! 盗み聞きしてたのか!?


 「話は移動しながらだ!」


 怪訝な顔をする僕の手を引き、ガイルは外へ向った。








 「『赤い死神』?」


 僕らは、ミケランジェロの背に乗り森の中を駆けていた。


 「ああ、こんな紅月の夜にはごくたまに村や町が『無くなる』ことがあるんだ」


 は?


 「待て、無くなるってどう言う事だ?」


 「そのままの意味だ、消えて無くなるんだよ跡形も無く! まるで始からそこに何も無かったみたいに」


 消えてなくなる。


 その言葉に僕はある出来事が頭を過る。


 「…原因は? 魔物の仕業か?」


 「…生き残った者がいないから、何が原因か分からない…ただ」


 「ただ?」


 「命からがら近くの村に逃げた男がいて、その男が言うには『村全体が赤い光に覆われたかと思うと、全てが透き通るように消えていった』んだそうだ」


 「その男はどうなったんだ?」


 「そう言い残し、その男も跡形も無く消えた」


 似ている…断定は出来ないが。



 「赤い死神については分かったけど、ソレと女将が行方不明なのと関係あるのか?」


 僕には村や町を一晩で滅ぼすような『赤い死神』と女将の失踪がどうも結びつかない。


 怪訝な顔をする僕に、ガイルは言葉を続けた。


 「あの女将、戦士だ。 それも勇者パーティークラスの実力はある」


 戦士…あの顔の傷はそれでか。


 「そんな実力の持ち主が、たかだか食材調達にこれほど時間が掛かるのはおかしい…『赤い死神』はここ最近なりを潜めているけどヒガがこの世界に来る少し前までかなりの村と町を消滅させていたんだ」


 もしかしたら…と、言う訳か。


 確かに用心に越した事は無いだろうが、警戒しすぎじゃないだろうか?


 「それに…こういう時のオレの勘、外れた事無いんだ」


 マジですか!?


 「大丈夫だもん!! ママは強いんだから!! そんなのすぐ倒しちゃうんだから!!!!」



 僕の背後から聞こえた少女の絶叫に、ガイル思わず手綱を引く!


 ズザザザザザザ! バキ! ベキ!


 突然の指示に、ミケランジェロは地面を横滑りし木々をなぎ倒しながら急停止した。


 「なんだぁ!?」

 「いつの間に!?」


 いつからそこにいたのか、ミケランジェロの甲羅にしがみついた少女は涙を溜め唇をかみ締めてた。



 「メリッサのママは強いもん! パパだってママは最強の戦士だって言ってたんだからぁ…ぐすっ」


 ガイルが、手綱を引きながら眉間にシワを寄せる。


 「どうする?」


 「どうにも…村に戻るしか…」


 「いや!」



 少女…メリッサは僕の腕にしがみついた。



 「メリッサもママを探す! お願い! 連れてって!!」



 参った。


 話を聞く限り『赤い死神』は、かなりヤバイ。


 そんな奴が居るかも知れない所へ、こんな子供を連れて行く訳にはいかない。


 「メリッサ、ママは僕等が必ず見つけるから今は村に___」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…!


 突然地響きとともに、森の奥から眩い程の赤い光が漏れ出した。


 「何だ?」


 地響きが止み、赤い光が小さくなる。


 「掴まれ! ヒガ!!!」


 僕は、腕にしがみついたメリッサを抱き寄せガイルの腰に手を回した。



 ヒュン! ベチャ!


 僕の直ぐ横の木に『何か』が、へばりつく!


 ソレは、てらてらと赤く光るベトベトした物…。

 強いて言うなら、小学校の理科の実験で作ったスライムに良く似ている!


 スライムのふれた木は、徐々に透明になりその場から姿を消した。


 ベチャとスライムが地面に落ちグニャリと蠢いく…どうやら材料は洗濯のりとホウ砂ではないようだ。


 ヒュン!

   ベチャ! 


 ビチャ!


 そうこうしている間に、森の奥から複数のスライムが飛んできた!


 「おい! ガキ! 舌噛むなよ!!」


 ガイルは、スライムの飛んでくる方に向ってミケランジェロを走らせた!


 相変わらずの神ががかった手綱捌で、無数に飛んでくるスライムを回避する。


 ミケランジェロのトップスピードをこうも巧みに扱えるのは、ガイルくらいのものだろう。


 あっと言う間に、僕らはその中心へと到達した。


 「何だよ…あれ…?」


 僕等が見たのは、25mプールほどある巨大な光沢のあるドロドロした塊。


 ソレは、まるでグミのような楕円形を保ちながらゴポゴポと音をたて前へ前へと進む。


 そして、その進行する先には___


 「ママ! ママだ!」


 女将カルアが、両手に大剣を構え立ちふさがり無数に飛び出す小型スライムをなぎ払っていた。


 「ママ!!!」


 メリッサが、大声で叫ぶ___これがいけなかった!


 「メリッサ!?」


 女将が、声に気取られた瞬間を『赤い死神』はの逃さなかった。


 「かはっ!」


 女将の隙を突き、死神の赤い食指が女将の腹を貫く!


 「ちっ!」


 ガイルが、ミケランジェロを女将の下へ走らせる!


 「ママ! ママぁ!!」


 食指に貫かれた体が、乱暴に地面に叩きつけられ女将は唸り声を漏らした。


 ガイルは、ミケランジェロから飛び降りると同時に迫り来るドロドロに思いつく限りの魔法を打ち込む。


 が、ドロドロの体はまるでダメージを受けていない!


 「ち!  我、火の神アグニの名の下に命ず! 炎の壁となりて我が身を守れ! 『ファイヤーウオール』!!!」


 地面から炎が噴出し、僕らと死神の間に壁を作る!


 「ヒガ! 女将は大丈夫か_____」


  ガイルは言葉を失った。


  無理も無い。


 血溜りの中に倒れる女将の体が薄く…もはや半透明に近い状態になっていたのだから。


 「ひっく…ま"ま"ぁ!」


 メリッサが、今にも消えてしまいそうな母親に縋り付く。


 誰もが騒然とする中、僕は冷静だった。


 僕は、コレに良く似た状況を知っている。


 そして、僕が恐らくこの場を回避できるだろう事も。


 僕は、横たわる女将の手をそっと握った。


 すると、今にも消えてしまいそうだった女将の体がまるで存在を取り戻したかのように形をなす。


 「ママ!」


 「喜ぶのはまだ早い…リリィ!」


 胸の魔方陣からリリィが現れる。


 「命令だ、女将の傷を治せ」


 「Yes,My master.」


 そう言うとリリィは、女将の傷口に手を当てると少し眉を顰めスッと体の中に進入した。



 そこまでするとは、内部損傷が激しいのか…?


 僕はそっと女将から手を離した。


 良かった、僕が手を離しても女将の体が消えない…どうやらあの時ほど強くない…触れ続ける必要は無いようだ。


 「お前…何したんだよ?」


 信じられないといった表情で、ガイルは僕を見た。


 「説明は後だ、その壁いつまで持つ?」


 「長くは持たねぇ…オレがここで足止めしているから、ヒガは女将とガキを連れて村に戻れ!」


 「ガイル!」



 ガイルは背を向けると、ひらひらと手を振った。



 「心配スンナ!」


 背を向けるガイルに、小山田の姿が重なる。


 「待ってろ…すぐ、すぐ戻るから!」


 『ああ、早めに頼む』と言い残し、ガイルは自ら炎の壁の向うに消えた。


 僕は横たわる女将を何とか甲羅の上に引きずり上げ、メリッサを膝に抱えて村へ向けてミケランジェロを走らせた。

 ガイルの張った炎の壁のお陰か、先ほどまで放出されていたミニスライムは背後から飛んでは来ない。


 「お兄ちゃん…ごめんなさいぃぃ…」


 膝の上でメリッサが、涙を浮かべる。


 子供なりに責任を感じているのだろう。

 

 「大丈夫だ、アイツはこんな事じゃ死なないよ」


 僕は自分自身に言い聞かせた。


 「村に着いたら、直ぐに助けに戻るさ」


 …お前を死なせてしまったんだ、せめてガイルだけは…小山田……僕に力を貸してくれ!


 ミケランジェロはぐんぐんスピードを上げたが、ガイルほどの高速は出せないのが歯がゆい。


 幸か不幸か、先ほどのスライムのお陰で森の木々は激減していた為もう村の明かりが見える所まで来ている。


 もうすぐだ!


 ミケランジェロは、土埃を上げながら村に突っ込んだ。






 深夜にも関らず村の広場には大勢の人が集められていた。


 広場の中央には水の枯れた噴水がありそこには、女神クロノスを象った石造が鎮座する。


 その噴水の縁に立ち、人々に何事か呼びかける人影がある。


 「フルフット!!!」


 駆け込む巨大な亀に、村の住人達は慌てて道を開けた。


 「坊や! 子猫ちゃんは!? きゃ! 女将さん!!」


 意識を失っている女将を見てフルフットが、悲鳴を上げる。


 集まっていた住人たちも一斉に騒ぎ出した。



 「宿屋のカルアさんじゃないか!? 一体…」

 「ヤダ! あの人の言ってたこと本当なの!?」

 「村が! 消されるのか!??」

 「うおおおおおお!! 死にたくネェよぉ!!!」



 あっと言う間に、わめき声や怒号、悲鳴がそこらじゅうに溢れる。


 「だめよ! 坊や! この村には、魔物退治や兵士を経験した者はいないわ!」


 「な…そんな事言ってる場合じゃないだろ!?」


 そんな中、一人の老女が噴水の女神像の前に跪いた。



 「女神様! どうか…どうか…村をお救い下されぇぇぇぇぇぇぇ!」


 それをみた住人達は、次々とそれに習いついには広場にいた全ての住人が女神像にひれ伏した。


 悲鳴と懇願する声が当たりに響くが、物言わぬ女神像は紅の月明かりに照らされているだけだ!


 「女神様!! 勇者様!! お助け下さい!!!」

 「勇者様~! 勇者様~」


 遂には、勇者にまで祈りだす者まで現れた!


 「何だ…こいつ等…」


 自分達の力じゃ何もしようとせずに、ただ祈るだけか!?


 「無理もないわよ…兵士でもないこの人達に何か出来るわけないわ」


 フルフットがため息をつく。


 「けど…」


 確かに、兵士に比べれば戦闘経験は無いだろうし体力や筋力が劣るのは当たり前だ…だからと言って自分達の村が家族が重大な危機を迎えているのに只の石の像に祈るだけで何もしないというのか!?


 『弱い』ことを理由に何かして貰うことが当たり前…守って貰うのが当然と思っているのか!?


 …こんな連中の為に、何度も転生を繰り返し…姉さんは自分を犠牲に?


 僕の中に、行き場の無いどす黒い感情がこみ上げる。


 「お兄ちゃん…?」


 メリッサが、何か恐ろしい物を見る目で僕を見た。


 「ごめん」


 僕は、メリッサを膝から降ろすと甲羅の上に立ち広場を見回す。


 目に映るのは、泣き喚くだけで誰一人自ら動こうとしない村の住人達。


 「坊や、他の方法を考えましょ!」


 時間の無駄よ! と、フルフットは言う…ああ、分かってる。


 「時間が無いんだ」


 恐らく、ガイルは長くは持たない…もう限界に近いだろう。


 だからこそ、此処にいる連中の力が必要だ!


 少なくともこの人外共は、僕よりは強いのだから!


 僕はミケランジェロの甲羅を蹴り、噴水の女神像に飛びつきそのままよじ登る。


 「ひぃ! なんと罰当たりな!!」


 住人達がどよめく中、5mほどの女神像の肩の上にあがる。


 「うるらぁ!!!」


 住人達が祈りを捧げるすました女神の首に、蹴りの一撃を加えた!


 僕の全力の一撃に女神像の首はあっけなくへし折れ、干上がった噴水の池にゴトリと落ちる。


 あまりの出来事に、広場の空気は凍りつきフルフットでさえ言葉を失っている。


 「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!!!」


 老女が断末魔の叫びを上げた!


 それに触発されるように、次々悲鳴が上がる!


 「め…女神様!!!」

 「何と言うことを!!」


 僕は、首の無くなった女神像の上から広場を見下ろした。


 恐怖に慄き、自分の身を守る事さえ忘れた愚かな人外どもめ…!


 「女神様に何をする!!」



 ヒュン!


 額を鋭い刃物がかすめた。


 「坊や!!」


 生暖かい感触が額から頬を伝う。


 「はは…」


 それが飛んできたのは、広場の端…一体何メートルあると思ってんだ?


 こんなの、どんなに努力しても僕には真似できない。


 怒りが込み上げてくる。


 「何が女神だ!! こんな石塊に祈った所で何も変わらねーんだよ!!」


 静まり返る広場。


 「小僧」


 しわがれた声が響く。


 広場の人ごみがさっと開き、長い髭を蓄えた背丈の低い老人が歩み出てきた。


 鋼で出来た鎧からはみ出た短い手足には、老人には似つかわしくない鍛え抜かれた肉体が纏われている。


 恐らく刃物を投げたのはコイツだ。


 「女神様を愚弄するとは許せぬ…生きて帰れると思うな!」


 ギラリと老人の目が光る。


 「は! 何度でも言ってやる! 祈った所でこの状況がどうにかなると思ってんのか!?」


 「女神様は、願いを聞き届けてくださる! 現に我らの世界を救いたいと言う願いを聞き勇者様を異世界より呼び戻された!」


 「だからこの村も救ってくれるって?」


 「小僧…何が言いたい!?」


 老人は、皺の刻まれた眉間に更に深い皺を寄せる。


 「女神は、本当に全てを救ってきたのか?」


 「な!」


 「女神は、世界を救ってくれるかも知れないがこの村を救ってくれる保障が何処にある?」


 「貴様!!」


 「現に、救いとやらはまだみたいじゃないか?」


 「!」


 老人は言葉を詰まらせた。


 「どうやら女神とやらは、この村には興味はないようだな」


 僕と目の会った中年のうさ耳女が、恐怖に顔を引きつらせ子供を抱き寄せた。


 「ワシらは、どうすれば良いんじゃ…?」


 全てを悟った老人は、ガクリと膝をついた。


 お前らが力の使い方を知らないなら、僕が教えてやるよ…だから…。


 「僕に従え」



*********


 やべぇ!

 駄目かもしんない!


 オレの周りを、ぐるりと囲むように赤いドロドロが渦巻いてる。


 キツイわーこんな姿ヒガに見られたくない。


 賢者意識して『心配スンナ!』とか言っちゃったよ~…!

 人生至上最高に格好つけてやったのに、あっと言う間に大ピンチ!!

 いけると思ったんだけどなぁ~もう魔力が足りません!

 だって、足止めに使ってる炎の壁に大分もってかれてるもん!


 しかたないじゃん!!


 そうこうしている間に、オレを囲んでいたドロドロはどんどん幅を狭めてくる!


 あれに触れたら、あの木みたいにオレも消えて無くなるんだろう………ってヤダよ!


 オレ! 新婚よ!?


 …じゃなくて!


 これでやっと狂戦士の力が…いや…。


 「死んでたまっか、アイツを守るって…決めたんだよ…」


 渦巻く流動体は、更に速度を増してオレを飲み込もうと迫って来た!


 「くそ!」


 オレは、なけなしの魔力を右手に集め炎を出現させる。


 手持ち松明程の炎が、右手首を覆った。


 たったこれぽっちかよ!


 やべぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!



 「「「「「「「「「「水の神の僕、精霊の力を持って願う! 冷え固めよ! 『アイスボックス』!!!!」」」」」」」」」」



 突然、オレの張った炎の壁の向うから複数の女達の声で呪文が詠唱された!


 「この呪文っ…!」


 フシュンと炎の壁はかき消され冷気があたりを包む。


 するとオレを囲んでいた、ドロドロした『赤い死神』の体が全てではないが凍りついた。


 「2番放て!!」


 号令が響き、何かが凍りついた死神に衝突した!


 ガキィィィィィン!


 凍った死神の体を突き破って飛び込んできたのは、子供ほどの大きさの髭を蓄えた老人で手には体の大きさに似合わない鋼で出来た特大ハンマーを携えている。


 そのいでたちから老人がドワーフであることが見て取れた。


 老人は勢い余って、地面に頭から突っ込んでいる!


 「うお!? ダイジョブかよ!!」


 オレは慌てて老人に駆け寄った!


 「~~ちと堪えるわい…おおお、お主! 無事のようじゃな!」


 老人は、オレの顔を見るとほっとしたように胸を撫で下ろした。


 「お前さんに何かあったんでは、あの方に申し訳が立たんからのぉ~」


 「へ?」


 めきっ。


 完全に凍ってしまった部分に亀裂が入った。


 どうやら死神は、動かなくなった部分を捨てるつもりだ。


 「ほい! いくぞ!!」


 オレは、老人の後に続いて割れ目から外へ出た。


 「じいさん一体何者だよ! 元兵士だったりする!?」


 「ワシは只の鍛冶屋じゃ!」


 鍛冶屋…まあ、ドワーフと言えばそうなんだけどさ。


 けど、只の鍛冶屋が『赤い死神』突き破って突っ込んで来るかねぇ?


 つか、『あの方』って誰?


 「ほれ! そこじゃ!」


 じいさんの指差す先には、40~50人程の村のご婦人方!?


 「おいおいおい! こんな危険所に何で村の____」


 驚いていると、じいさんがご婦人方のほうへオレを突き飛ばした!


 「のほっ!?」


 「あの方の指示じゃ! そこで体力を回復せい!」


 Why!?


 「アナタが奥様?」

 「きゃ~かわうぃい!」

 「私達、子供のかすり傷位しか直せないけど皆で掛かれば少しは足しになると思うわ」

 「若いオトコの二の腕! ハァハァハァ」


 そこにいたお年を召したご婦人やお姉様とかおねぇ様達が、オレの体を持て遊ぶ!!!


 「うひぁ!?」


 引き倒されたオレの体に四方八方から腕が伸び、四肢を拘束した!


 「「「「「「「光の神の僕、精霊の力をもって願う! 傷を癒す光よ此処に『ヒールライト』」」」」」」」


 ご婦人方が一斉に詠唱し、眩い光が体を包む。


 「体力が…戻った?」


 驚いた、さっきの魔法もこのご婦人達が?


 けど、コレは主婦が使う『家庭用簡易魔法』…通常は此処までの効果は無いせいぜい掠り傷を治す程度の筈!


 「一つ一つの力が弱いななら、それを集めれば良い…弱い私達でも集まれば強くなれる」

 「全て『あの方』が教えて下さった…」


 婦人達が離れていく。


 「ワシらは、ただ女神を頼る弱い存在では無い! それに気が付いたんじゃ!」


 じいさんの目は、すっかり戦士のそれと変わらない。


 本当に、ついさっきまで只の村人だったんだろうか?


 「さ、行きなさい…あの方がヒガ様が待っておられる」


 じいさんがにっと笑う。


 只の村人は『戦士』となった。


 …ヒガ…マジパネェ……!


 さてと…。


 オレは、近くにあった木に駆け上りすっ…と胸一杯に息を吸った。


 「あっちか…!」


 「ほお、それで分かるのか~」


 じいさんが感心したように言う。


 そらそうでしょう?


 「ヒガの匂い…間違いようがねぇ…」


 きゃ~とご婦人方が顔を赤らめる。


 「じいさん達はどうすんだ?」


 「ワシ等は後から部隊に合流じゃ! 心配せんでええ!」


 「分かった! 気をつけてな!」


 オレは、じいさんに促されヒガの元へと急いだ。






 森の中は、赤いドロドロで埋め尽くされている。


 明らかに、さっきより大きくなって森を飲み込まんばかりだ…。


 オレは、かろうじて『形』を保っている木に飛び移りながら先を急ぐ。


 炎の壁ではたいした足止めにはならなかったか…くっそ!


 格好つけてたさっきの自分を殴りたい!


 それにしても…何処まで続いてんだこれ?


 赤いドロドロは確かに、規模は大きくなっていたが動きは鈍く村の方とは違う向きへ波打っている。


 「!?」


 赤い死神の体は、ごぽごぽごぽと音を立てながら森の中に開いた村一つ入る大きなクレーターに流れ込んで行く。

  その中心にはミケの甲羅に立ち、500名程の村人を従えたヒガの姿。


 「放て!!」


 ヒガの号令と共に、前衛にいたリザードマンを中心とした種族の村人が一斉に手に山済みされていた鍋やら包丁やらフライパンを投げつける。


 べちゃべちゃと死神の体に当ったが、取り込まれただけでダメージなんてある分けない!


 「後衛前へ!」


 ヒガの命令に前衛と後衛が素早く入れ替わる。


 「撃て!!」


 間髪入れない指示にも関らず、最前線に立った村の婦人たちは一斉に詠唱を始めた!



 「「「「「「「「雷の神の僕、精霊の力を持って願う!! 冷えた命の糧に温もりを! 『レンジデチン』!!」」」」」」」」



 すると、死神の体に小さな稲妻が走った!


 稲妻を発しているのは、先ほど投げ込まれた包丁やフライパン…。



 たしかこの魔法…前に姉上が鉄の器に乗った卵を温めようとして…それから______。



 ゴボボッボボボボボボボボボボボボボボボ!!!!!


 突如、死神の体が膨れあがる。


 放電した鍋や包丁が爆発を起したようだ!


 が、死神の体は膨れ上がっただけで、そのまま萎んでいく。


 「っち…総員退避!!」


 号令よりも先に死神の食指がヒガ目掛けて襲いかかった!


 「ヒガ!!」


 オレは、木を蹴り空中へ飛んだ!


 「我、火を司る神アグニの名の下に命ず! 灼熱をもって焼土と化せ!! 『フレア』!!」


 落下と同時に、自分の使える最強の魔法を死神の真上にお見舞いした!


 じゅうううううと肉を焼くような音と、ビチャビチャと飛び散る体液に加え響き吐き気のする匂いが充満する。


 焼け焦げ飛び散る死神の体は、左右に裂けクレーターの壁にへばりついていた。


 はは! オレ様の本気にかかりゃざっとこんなもんよ!!!!!


 「ガイル!!」

 

 ヒガが、ミケに乗って必死の形相で駆けてくる。


 何があったのか、額から流れる血が顔の左側を真っ赤に染めていた。


 嗚呼…血ぃぶっかけたらそそると思ったけど、コレは予想以上だ…オレの旦那マジかっけぇ!!


 がしっ!


 「え?」


 ミケから飛び降りたヒガが、なんとオレを抱きしめた!?


 「え? うおい!?」


 いや! コイツ絶対こんな事しなから!?


 ぎりぎりと、普段からは到底考えられない力でオレを締め上げに掛かる!


 「え"? ちょ! くるしっ!」


 少し身を捩ってみたが外れない!


 なにコレ!? なにする時間!?


 「動くな! お前、アレの体液に触れただろ!」


 「へ?」


 オレはふと自分の右腕を見た。


 「うほぁ!? 腕! すけてぇっぇぇっぇ!??」



 腕は、向こう側の景色が見えるほどに透けてるぅうう!


 「ちっ! 足りないか?」


 「ヤバヤバ!? マジかんべん!?」


 消えかける俺の腕を、ヒガがガッチリと掴んだ。


 「何すんの!?」


 ヒガが、掴んだ腕に自分の口を近づける…あ え? そん_____



 がりっ!


 「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 何を思ったのか、ヒガは思いっきり腕を噛んで来た!

 

  期待を裏切る激痛!!!!



 クレーターにオレの絶叫が木霊する。


 「なにすんの? なにすんの? なにすんのぉぉぉぉぉ!?」



 ぺっ、とヒガが唾を吐く。


 「治ったからいいだろ?」



 はい! 治りました! 治りましたけどもぉぉおぉぉぉぉ!!


 「僕が触ると元に戻る…やっぱり姉さんの時と同じか…」



 なにやらぶつくさ言ってるみたいだけど、まずオレに謝れ!!!


 期待した分ダメージでけぇんだよ!!



***********


 ガイルが、ぎゃーぎゃー五月蝿い。


 「腕噛んだくらいで騒ぐな、みっともない」


 「ひでぇ! オレの事ちょっとは心配しろよ!!」


 ぷちっ。

 僕の右ストレートが、ガイルの顎を捉えた!


 「ぶべら!?」


 予期しなかった攻撃に、ガイルは避ける間もなくその場に倒れこむ。


 「心配したに決まってんだろ!? 僕が、どんな思いで此処まで来たと思ってんだ!」


 あんな事言いやがって!


 小山田とダブったガイルの背中がまぶたに浮かぶ。


 千年も前の時の中で、見つかる筈のない僕と姉さんを探し旅をする小山田は一体何を思っていただろう…?


 コイツに何かあったら小山田に申し訳が立たない!


 「ご…ごめん」


 そう謝ったガイルの顔は何故か赤い…僕の筋力ではそんなにダメージないはずだが?


 「あの~」


 妙な空気が流れる中、背後から老女が話しかけてきた。


 「何だ?」


 「え~そろそろ…次の作戦を開始しませんと…」


 先ほど女神像の前で断末魔の叫びを上げていた老女が、顔を赤らめながらもじもじしている。


 「? …分かった、所定の位置につけ」


 僕の指示に敬礼し答えた老女は、およそ老人とは思えないスピードで駆け出し残りの村人もそれに続いてクレーターの壁を駆け上がった。


 このクレーターの深さは約30mはあるというのに…全く人外どもと来たら、只の村人でさえこんな壁をいとも簡単に超えていまう。


 「ヒガ、作戦って?」


 ああ、ガイルにも説明しておかないとな。


 「それは_____」


 こぽっ。


 「!?」


 ごぽごぽごぽごぽ…ぶしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…!



 突如、岩の隙間が崩れ大量の赤い液体がクレーターに流れ込む。



 「来たか」


 「うお!? キモイ!!!」


 「ご主人様!!!!」



 すぐ側の斜面をリリィと女将が降りてきた、どうやら女将の傷は癒えたようだな。


 リリィは、真っ直ぐ僕も元へ駆けつけ額にそっと触れた。


 一瞬にして傷が消える。


 「どうなってる?」


 「はい、もう直ぐ『赤い死神』は全てこの場所に集結します」


 リリィが坦々と答える。


 「本当に良いのかい? この村の為に何で此処までするんだい?」


 女将が、複雑な表情を浮かべる。


 ぶっちゃけ、この村がどうなろうと僕には何の関係も無い。


 僕の目的は姉さんと元の世界に戻ること。


 この世界が魔王に滅ぼされようが知った事ではないし、村なんかどうぞ死神にでも食われてくれて結構だ!



 だが、今回はそうもいかない。



 女将の失踪なんてのにガイルが首を突っ込んだせいと言えばそうだが…まあ、全くの無駄骨でもないようだ。


 『赤い死神』は、その体液や食指などに触れたものを完全に消滅させることが出来る。


 それは、姉さんがいなくなった日僕の目の前で起きた現象とほぼ同じだ。


 赤い死神についてリリィは何も知らないようだが、恐らく時の女神か魔王に関係する物であることは間違いない…。



 「女将さんの宿が気に入ったんですよ」



 僕は、すまなそうにしている女将ににっこり微笑んだ。



 「さて、時間も無い…リリィ、僕の中に入って」



 僕は胸のボタンをはずした。



 リリィが、指示に従い胸の魔方陣に触れる。



 「おい! 今から何が起こるんだよ!」



 話に置いて行かれたガイルが、頭を抱える。



 「此処に、大量の魔力におびき寄せられて死神が集まって来る」


 「え?」


 「死神が、村や町の住民たちを片っ端から襲うのは魔力の補充の為だと推測される」


 「それってもしかして…」


 「村の住人を村から移動させてみたら予想は的中、奴は僕らを追ってきた」



 恐らく、死神はより強い魔力に反応する。


 幸か不幸か、先ほどのガイルの先制攻撃は死神のお眼鏡に適ったらしいな。



 滝のような勢いで死神はクレーターになだれ込んでくる為、次第に足の踏み場が狭まってきた。


 「死神が、全て雪崩れ込んだらフルフットがこのクレーターに結界を張る! 女将さんとガイルは万が一の為に結界の外で村人達を守ってくれ!」


 「あいよ! まかせな!」


 「待て! ヒガはどうすんだ! まさか…!」


 「赤い死神は僕が倒す!」


 「無理だ! 考え直せ!!」



 ガイルが、僕の腕を掴んだ。



 「この中で、死神に触れても消滅しないのは僕だけだ」


 「けど!」


 「それに、フルフットの結界は外側からの攻撃が可能なものを張ってもらう! 結界外からの攻撃については既に打ち合わせ済みだ!」


 「それって、お前ごと赤い死神に総攻撃かけるって事かよ…」


 ガイルが、呆れたように言った。


 「身体的ダメージは、リリィに『巻き戻し』を頼む…大丈夫だ死にはしない」


 「ホントにやるんだな…?」



 ため息を付いたガイルは、がりがりと頭を掻いた。


 「…分かった、お前に従うよ」


 そう言うと、ガイルは僕の胸元にいるリリィをジロリと睨み付けた。



 「ぜってぇヒガを死なすんじゃねーぞ! 害虫!」


 「言われるまでも無いわ! ご主人様の腕を放しなさいよ! 短尾!!」



 ちっ…と、呟くと、ガイルは渋々僕の腕を放した。



 「女将さん、そいつ宜しくお願いします」


 「あいよ! まかせときな!」



 女将は、なごりおしそうなガイルの腕を引きクレーターの壁を登っていった。





 やっと、五月蝿い奴がいなくなったか…。

 

 僕はため息をついた。


 岩の割れ目から流れこみ続ける赤い液体は、ついに僕の足首の上にまで迫ってスニーカーの隙間から濡れた感触が伝わる…あまり気持ちの良い物ではないな…。


 『ご主人様、本当に宜しいのですか?』


 逃走することも可能です…リリィはそう付け加える。


 いや、アレが女神か魔王に関係している可能性が高い以上ここで逃げる訳にはいないな。


 『…その方法はあまりに危険です!』


 危険?


 ははは…姉さんを救う手掛かりになるか知れないんだぞ?


 その為なら、この世界が滅んだって全然構わないし余裕でお前だって殺せる。


 僕は姉さんを救う為に必要な事なら、なぁんだってするさ。


 『……』


 幻滅したか?


 『いいえ…私にとってご主人様が唯一絶対…世界そのもの! 私の命はどうぞお好きにお使い下さい!』


 …リリィの頭の中は、思ったより残念な事になっているな。


 そうこうしている内に、赤い液体は膝のところまで上がってきた。


 「さて、時間も無い」


 まずは、赤い死神が一体何なのかを理解する必要がある。


 僕は、目をつぶり意識を集中した。


 記憶の中のある領域に手をかける。


 そこは、精霊契約時にダウンロードされた記憶が眠る場所。


 脳のスペックでは管理しきれない為、普段はしまってある。


 表層から断片的に読み取れる記憶には、奴のような魔物はいなかった。


 だからもし、記憶としてダウンロードさてれいるならば…。


 『やはりお止め______』


 僕は、リリィの制止を無視し領域を開放した。





 例えるなら、荒れ狂う嵐の海で遊園地にあるコーヒーカップを高速で回している感じ。


 「ゴプッ…ウエェエッェェ!」


 僕は込み上げる吐き気に絶えかね、胃の中身を全てぶちまけた。


 『ご主人様!!!』


 すっかり胃の中が空っぽになっても吐き気が止まらない!


 口を押さえていた手甲に血が垂れた。


 血まで吐いたのかと思ったが、どうやら鼻血のようだ。


 …許容を遥かに超えた情報量が、絶えず脳に雪崩れ込む!


 頭痛・めまい・吐き気・倦怠感・手足のしびれ・わき腹の痙攣…あらゆる不快感が僕を襲う。


 ガクッと膝を突いた僕の体を、赤い死神はゆっくりと飲み込んでいく。


 遠くでガイルが、悲壮感たっぷりに僕の名前を叫んでいる。


 こりゃ今にも飛び込んできそうだな…急がないと…!


 僕は右腕を高く上げた。


 「作戦開始だ!」


 合図を出すと同時に、僕の体は赤い液体に完全に飲み込まれた。





 ゴポ…ゴポ…。


 リリィ無事か?


 『はい』


 僕はゆっくりと目を開けた。

 赤いな…もっとヌメヌメしてると思ったが…。


 視界はゴーグル無しでプールで目を開けたのと変わらない…死神の体液もぬるつきのないサラサラしたもので質感は水と大差ない。


 『ご主人様、息は苦しくありませんか?』


 リリィが心配そうに訊ねる。


 僕は、リリィの力を使い体内の新陳代謝を10分の1に押さえ酸素消費量を極端に抑えている。


 問題ない。


 ドオォォォォォォォン……。


 頭上から鈍い轟音が響く、どうやら総攻撃が始まったようだ。



 ドオォォォォォォォォン…ドオォォォォォォォォン…。


 攻撃された場所がにわかに泡立ち周りの気温が上がった、今の攻撃はガイルだな。


 「!」


 ごぽごぽ。


 恐らく、攻撃に使われていた魔力や霊力と思われるものが細かい粒子のようになりまるで雪のように辺りに降り注ぐ。


 『きれい…』


 そう呟いたリリィが、申し訳ございませんと慌てて付け足す。


 …いや、不覚にも僕自身そう思った所だ。


 近くに浮遊する粒子に触れようと手を伸ばしたが、粒子は何かに吸い寄せられるように僕の手をすり抜け周囲に漂っていた粒子全てが同じ方向に向って吸い寄せられていく。


 そこか…。


 僕は、粒子が渦巻くそこへ泳ぎだした。


 魔力の粒子は、渦巻きながらある一点に集まっていく。


 僕は岩影に身を潜めその様子を伺うが、特に妨害される事無くあっさりと近づけた所を見ると死神にとって僕のような存在は想定外なのだろう。


 渦の中央に向って粒子が消えていった。



 …アレが『核』か…。



 粒子が消え、残ったのはバスケットボールほどの大きさの真っ黒な球体。



 『アレが『記憶』通りの物ならば…』


 ああ、アレを壊せば死神は止まる。


 僕は、岩を蹴った。


 岩から『核』までの距離は15mも無かったので、殆んど岩を蹴った時の推進力で事足りる。


 僕は、右手に予め装備した実技訓練に使ったナックルを構え左手で『核』を捕まえ思い切り殴りつけた!


 ゴッ。


 くぐもった音が響く。


 もう一発と振りかぶった時だ!


 ギョロ!


 「!!!」


 核の中央が割れそこから現れた目が、僕を捕らえた。


 ブツ!


 激痛が走っる。


 最初何が起ったのか分からなかったが、核から伸びた棘のようなものが僕の胸に突き刺さっていた。

 

 「ごぼっ!」


 僕は、胸に刺さった棘を掴みナックルを装備した方の手で叩き折ってやった!


 そしてそのまま、棘を胸から引き抜くと見開らかれた核の『目』目掛けて突き刺す!


 ゴボボボボボボボオボボボボボボボボオボボボボボボ!!


 それと同時に、そこらかしこで体液が泡立つ。



 ブツ!


 「!!!」


 核から伸びた棘が、今度は太股に突き刺さる!


 それだけじゃない!


  まるでハリネズミのように核から棘が伸び両腕、わき腹、そして___


 ガッ!


 僕の額から後頭部にかけて、太い棘が貫通したのが分かった。


 あ…これはまずいかも…。


 リリィの悲鳴が聞こえた気がした。


 視界がどんどん狭まっていく。


 ねえさn________。



------------------------------



 見知った天井だ。


 「よお! 気が付いたか? 比嘉」


 ひょいと僕の顔を覗き込んだのは___


 「小山田!?」



 ガッツ!


 「いてぇぇぇぇ! なにすんだよ!?」


 急に体を起した僕と小山田の頭が、豪快にぶつかった。


 「~~~~!!」


 あまりの激痛に僕も額を押さえる。


 ここは、何処だ…?


 僕は、あたりを見回した。


 消毒液の匂いに白いシーツのベット、仕切り付きのカーテンが風に揺れる。


 「保健室だよ」


 額を擦りながら小山田が答えた。


 そうだ、此処は学校の保健室…一年生の頃体育の授業で足を捻った時に来て以来だ。


 「なんで保健室…小山田どうし_____」


 学ラン姿の小山田はにっこり微笑む。


 

 ああ、そうか…これは……。



 「そそ、二回目なら話し早いな♪」


 「やっぱり、お前は…死んでるんだもんな…」


 「さあね? 俺にはなんとも言えないさ」


 小山田は、にこにこと微笑むばかりだ。


 「…お前がいるって事は、僕はまた…」

 

 「うん、死にかけてるな~て、時の精霊なんてレアなの契約しといて死にかけるってなによ? テラワロスw」


 小山田が、腹を抱えて床に転がる…僕の妄想の癖にムカつく奴だ!


 「ひーひーげほっ げほっ! あ~けどさぁ、今回の村人を兵士に見立てて使う作戦? 悪くなかったけど結構無理あったんじゃね? らしくねーな?」


 笑い転げていた小山田が、やっと体を起してベッドの端に座る。


 確かに、思い返せばかなり無理やりだったと思う。


 いくら潜在能力が高いとは言え彼らは只の村人だ、通常なら避難をさせるのが当たり前で闘わせるなんて以ての外だろう。


 「…ガイルを死なせたく無かったんだ…」


 「なにそれ? 俺の子孫だから?」


 ガシッ!


 小山田が僕の襟首を掴んだ。


 「お前は、そんなんだから死神を仕留めそこなっただけじゃなく! 村人を危険に曝しあまつさえ自分自身すら守れてねーんだよ! お前が傷つく事なんてなぁ! ガイルも俺も霧香さんだって望んで無い!!」


 小山田の言葉に何も言い返せなかった。


 ぱっと襟首から手が離される。


 「そうだ、結婚おめでとう」


 え? いきなり!?


 「お前になら、ガイルを任せられるわw」


 「ちょ! コレには深い訳が!!」


 「いいから! とりあえず早く向うに戻れw 大変な事になってるから」



 ばちん!


 デコピン_____?



 「早くガイルを止めて来い」



 僕の視界は暗転した。

------------------------------



 なんだか体が温かい…。


 「ご主人様!!!!」

 「坊や!!」


 目を開けると、そこにはフルフットとリリィがいた。

 

 「意識が戻らないから心配したわよ!」


 僕にかざしたフルフット手から、淡い緑色の光が放たれている…どうやらコレは回復魔法のようだ。


 「申し訳ありません! 額に刺さった棘を抜くのに時間が掛かってしまいこのような事に…!」


 リリィはうな垂れ、私を殺して下さいと嘆いた。


 万能と思われた巻き戻しであったが、破壊されたのが頭であったり身体の著しい破壊(細切れ・粉砕)などの場合は少なからず死の危険性があると言うことか…以後気をつけよう。


 そうだ、死神は?


 僕は、死神の体内にいたはず…?


 「坊や、病み上がりに悪いんだけど子猫ちゃんを止めてほしいの」


 止める?


 意味を理解しかねる僕に、フルフットは言葉を続ける。


 「ほら、坊やちょっと心臓とか止まってたみたいでその…分かっちゃうのよ」


 フルフットが、僕の右手の甲を指差した。


 そこには、不本意ながら炎の神アグニの名の下に刻まれた婚姻の証。


 「あの子キレちゃって、ホント一瞬だったわ~」


 フルフットに促され、僕は体を起して辺りを見回す。


 そこには見覚えのある岩…僕は移動したわけじゃなかったのか!?


 だとしたら、死神は一体何処に消えたんだ!?


 「まさか…」


 「ええ、子猫ちゃんがやったのよ『狂戦士』の力を使ったのね~死神なんか一瞬で蒸発よ!」



 ガキィィィィィィィン!


 「!!」


 遥か頭上で激しい金属音が響くと同時に、獣の咆哮が空に轟く。


 「女将さん?…ガイル!?」


 女将は両手に持った大剣をガイルの首に突き出すが、ガイルはそれを素手で受け止め剣を握り潰し粉砕した。


 愕然とする女将の腹を蹴りで一蹴し、衝撃で落下速度の増した女将に止めを刺すべくガイルは加速する。


 ライトグリーンだった瞳は金色に染まり狂喜を宿している…ガラリアやギャロウェイと同じだ!


 ガイルの奴…完全に正気を失ってる!!


 「このままじゃ…まずい!」


 「そうねぇ、とりあえず村の人は皆死ぬわねぇ」


 フルフットが呑気に言った。


 地面に向けて落下を続け、ついに地面に激突かと思われた女将の体は30cmほど空中で静止した。


 「あら、女将さん地属性かしら?」


 フルフットが呟やいた。


 魔力自体はそんなに強くはないようだが、多少重力を扱えるようだ。


 が、女将が体制を整える間も無く完全に暴走状態の『狂戦士ガイル』が迫る!



 「ガイル!!」



 僕は思わずガイルの名を叫んだ!



 ガイルは、ビクリと体を震わせほんの少しだけ動きが鈍った。


 女将はそれを見逃さない!



 「グラビディ・スラッシュ!!!」


 握りつぶされ半分の長さになった大剣が、容赦なくガイルの体を打つ!


 「グガッ!!」


 不意を突かれ全ての斬撃を食らったにも関らず、少し怯んだくらいでガイルにダメージらしき物は見受けられない。


 「は…! コレを耐えるのかい…」


 女将の表情にもはや余裕など無かった。


 「グルルルルルルルルルル…」


 金色の目に血管が走り、牙をむき出しにしガイルが唸る。


 すると、体から炎が立ちこめ全身を覆った!


 その姿はまるで『炎の獣』。


 「く!」


 女将が恐怖に顔を歪め後ずさる。


 ガイルの右手が女将を捉え、掌に魔力が集まり始めた!


 ゴキッ!


 「ガッ!!」


 僕は背後から忍び寄り、ガイルの頭を両腕で固定し後頭部に飛び膝蹴りをお見舞いする!


 苦痛の表情を浮かべバランスを崩したガイルを引き倒し、僕はそのまま馬乗りになった!


 右手の婚姻の印が、尋常でないくらい熱い!


 「ガア!!!」


 ザシュ!


 暴れるガイルの爪が、僕の頬を引き裂き血が流れる。



 「てめっ! いい加減にしろ!!」



 ゴキン!



 僕は両手でそれぞれの腕を押さえつけ、全身全霊を込めた頭突きをガイルに喰らわせた!

 


 「ガ…グ…?」



 ガイルの顔に僕の血が跳ね、唇を伝って喉に滑り込むとごくりと咽喉が鳴る。



 …何だ…僕よりお前のほうがよっぽど血が似合うじゃないか。


 「かはっ!? ヒガ…?」


 ぼんやりとガイルが呟く。


 「…ごめん、遅くなっ__」


 ガイルが、そのまま体を起し僕に抱きつく。


 「ぐすっ ひっく ヒガ…うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 僕の胸に顔を埋めてガイルは号泣する。


 うん分かった!


 とりあえず離してくれ!


 お前! 


 体燃えてるよな!?


 熱ぃ! マジで熱ぃから!!

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