魔王と勇者



*****************

 比嘉…


 お前に、こんな事させなきゃならない無力な俺を許してほしい。


*****************




 暗く淀んだ空間。


 音も光も無く只、混沌と渦巻く時が堪えず繰り返されるだけの何も生み出す事無い『無』。


 

 それが、___の鎮座する場所。


 どさ。


 上の方から何かが落ちる。


 ああ、またか。


 むくりと起き上がったソレは、コツコツと足音を立てながら___の前に立った。


 ソレは、無言のまま手に持っていた光り輝く剣を振り上げ___の体を破壊する。


 ソレと__の体は瞬く間に飛散し、またこの世界時が巻き戻されていく。



 飛散した体は、小さな塊に戻りまた同じ場所で鎮座する。



 また、時が満ちるまで混沌を喰らいながらソレが現れるのを待つ事になるだろう。


 

 ___はナニか?


 アレは何故あのような事をするのか?


 それを幾ら考えても答えが出ない…只、全身を貫かれバラバラにされるのはもう嫌だ。



 それを繰り返し続けたある日。


 騒がしくなった事に気付き上を見た。


 おかしい…アレが来るにはまだ早いと言うのに?


 上の一部がガラガラと崩れる。


 「「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」」


 「だから! いっただろうがぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 !?


 なんだあれは!?


 突如、眩い光が放たれ轟音と衝撃と共に目の前に巨大な穴があいた!


 「うひょぁ!! めっさ高!! 死ぬる! マジやっば!!」


 「つかまって!」


 突如、眩い光が放たれ轟音と衝撃と共に目の前に巨大なが空いた!



 「いった~何するれちぃ~…」


 「ガラリア無事かい!?」


 「賢者様! 勇者様! けほっつ! けほっつ!」


 砂埃が舞う中、穴の周囲に倒れていた影が蠢きなにやら音を発している。


 そして、恐らくこの穴を空けたと思われる何かが穴の中から飛び出てきた。


 砂埃が去り、そこにたたずむ何かの姿が鮮明に浮かぶ。


 金色の長い髪、金色の瞳の獣人型雌の個体がそこには立っている…何世紀か前のアレがその個体と同じ種族だった事があったので容易に判別する事が出来たのだ。


 その他の3個体も、エルフ・巨人族の亜種・精霊など様々であったがそれらは全て雌だ。


 どれも以前にアレが見せた種族と同じであったので直ぐに分かったが只一人、雄の個体だけがなんの種族なのか皆目検討が付かない。


 その個体は、獣人雌の個体に抱きかかえられていた。


 黒い髪に黒い瞳、これ程の黒はこの世界のどの種族にも無いだろう。


 黒髪の雄は、なにやら布を被った大きい包みを大事そうに抱えている。



 「ありがとー!! マジ愛してる! ビーマイエンジェ…ぐはっ!!」



 何を思ったのか、獣人雌は黒髪の雄を地面に叩き付けた。


 「ちょ! なにすんの! 俺…抱っこしてんのに!」


 「…馬鹿」


 何故か獣人雌の顔が赤い。


 叩きつけられた衝撃をうけて、黒髪の雄が持っていた包みがもぞもぞと動いた。



 「あー起きちゃったか~」



 はらりと布が落ち顔がのぞく。


 __はソレを凝視した…間違いない…アレだ__には分かる。


 何万年も前から、見続けてきたのだ。


 たとえどんな姿になろうとも見間違えるはずが無い。


 「ちょっと!」


 巨人族亜種の雌が__の放った攻撃を意図も簡単に大剣で弾いた!


 やはり、完全体でないこの体では攻撃力が普段よりかなり劣るのは否めない。


 「行ける…これなら勇者の力を借りるまでもない!」


 エルフ雌がロッドを構える。


 「はいはいはい! チョイ待ちお嬢様方!」


 黒髪の雄が発した音に、エルフと巨人亜種は動きを止め武器を下げる。


 「やはり、私は賛成しかねます!」


 「そうだよ! アンタのやろうとしてる事は危険だ!」


 エルフと巨人亜種は黒髪の雄に食って掛かった。


 「じゃぁ、また繰り返すのか? それこそあのクソババァの思う壺だ!」


 黒髪の雄は、雌達に背を向けると此方に向って歩いてきた。

 その後ろを、ちょこちょこと布の塊が続く。


 __は身構えた、黒髪の雄はともかく後ろにいるのはアレだ…!


 アレが射程範囲に入ったのを確認して攻撃を仕掛けようを魔力を込めたが…体が動かない!


 「悪いな…ちょっと細工させてもらった…」


 黒髪が微笑む。


 また、バラバラにされてしまうのか…?


 黒髪の手が迫る。


 __は目を閉じた。


 ヒタリと頭に手が乗せられビリッと鈍い痺れが走った!


 「大丈夫だ、もう誰もお前を傷つけたりしない…だから怖がらなくていい」


 先ほどまで分からなかった音意味が、不思議とが分かるようになっていた。


 布の塊からも小さな手が伸び体に触る。


 「ごめんね…ごめんね…」


 深い茶色の瞳が涙を浮かべる。


 アレの行動に、少し驚いた顔をしていた黒髪がにやりと笑った。


 「そうだな…今日からお前はコイツの弟だ!」


 黒髪の発言にその場にいた雌達が騒然となった。





 出口を目指し足早に進む腕の中で、体がたぷたぷと揺れる。







 黒髪はオヤマダ・コージと名乗った。


 「____?」


 何故こんな事をするのか聞こうとしたが、音を発生させる器官がない事に気付いて諦めた。


 「こっじ! ぼくにだっこさせて!」


 アレが、両手を伸ばしせがんできた。


 「よし! いいぞぉ~丸いからなぁ絶対落とすんじゃないぞ?」


 その言葉に雌たちがどよめく。


 丸い球体の形を取った体が、アレの小さな腕にコロリと収まる。


 少しきつい位の力で腕が体を締め付けた。



 「あったかぁい…」


 アレの顔がふにゃりとほころぶ。



 ああ…そうか…僕は……。



 僕は、オヤマダのもとで様々な事を学んだ。


 起きる事。


 眠る事。


 歩く事。


 泣く事。


 笑う事。


 怒る事。


 言葉。


 文字。


 上げれば切が無いくらいの『生きる』と言う事に必要な知識と感情をオヤマダは僕等に惜しげもなく与えた。


 だから、僕はもう十分だ。


 僕は、本当に『幸せ』だったんだと思う。


 たとえ、ソレがこの世界を救う為の手段に過ぎなかったとしても。





 ジジジジジジジジジジジ…。





 また、混沌とした空間が広がる。


 ただし、そこは僕のいたあの空間ではない。


 問題は、此処がついさっきまでこの世界の住人たちが住まう場所であったという事だ。


 僕の体は『完全体』になっていた。


 禍々しい黒い球体は、液体のように変幻自在に姿を変え目の前の『敵』を攻撃する。


 僕の意思とは関係なく、体が全てを破壊しようと暴れ回った!


 ザシュ!


 僕から伸びる触手を鋭い一撃が切り裂く。


 女神の加護を受けた聖剣グランドリオン___白く輝くその剣を振るうのは『勇者』。


 女神によって、この世界の時を巻き戻す糧として造られた存在。


 その使命は、ユグドラシルの意思によってこの世界を滅ぼす為に造られた『魔王』を倒す事。


 「うっ、ぐすっ…やだよ…こんなことしたいくない! にげて! にげてよぉ!!」


 言葉とは裏腹に、聖剣を携え僕に向って勇者はつっ込んできた。


 剣が僕の体の中央をなぎ払い大きな傷をつける。


 勇者も体のコントロールが効かないのだろう。


 「ごめっ! うわぁぁぁぁ!! どうしよう!!! たすけて! だれかたすけて!」


 黒い返り血を浴び、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながらも勇者は僕を切り裂く剣を止める事は出来ない。


 泣かないで…僕の為に君が泣く事ないんだ…。


 何とかしないと…このままじゃ勇者が____キリトが壊れてしまう!


 『ふふふ、貴方がどんなに抗っても『理』を変える事は出来ないのよ? 分かったでしょ?』


 時と時空を司る女神クロノスは、白銀の長い髪と六枚の翼をしならせ地べたに這い蹲る『ゴミ』に目をやった。


 そこには、傷つきボロ雑巾のようになったオヤマダと狂戦士ガラリア…ソレを目の当たりにし圧倒的な力を前に立ちすくむ魔道士メイヤ、僧侶リーフベル、剣士カランカの姿。


 「なにが…『理』だ…そんなの、てめぇの都合じゃねぇかよ…」


 クロノスは這い蹲るオヤマダの髪を掴みそのまま体を持ち上げた。


 「あ"くっ…!」


 『これは、私の世界…ユグドラシルなんかに滅ぼさせたりしな____!!』



 僕の触手に肉を貫く感触がじわりと伝わる。


 『な…に?』


 振り返ったクロノスが信じられないと言う表情を浮かべる。


 ズルリと触手を抜くと、女神の胴に向こう側まで見える大きな風穴があいていた。


 そのまま、クロノスが崩れ落ちる。


 それにあわせてキリトがカランと剣を手放した。


 「ぐっす…もうヤダ…たたくのいたいよ…も、やめよ…ねぇ」


 キリトはダークブラウンの瞳から大粒の涙を流し、懇願する。


 大丈夫だよ…もう…。


 僕の意識が遠のきかける。


 いけない…このままでは体が完全に暴走してしまう…。



 …ごめんね___さよならだ。



 僕は全ての魔力を使い空間に亀裂をつくる…そこには懐かしい混沌の闇が見えた。



 「いやだよ…おねがい…いかないでっ…ぼくも、ぼくもいっしょに」


 オヤマダが、必死に名前を叫ぶ。


 行くな! 戻れ! そんな絶叫にも近い叫び声。



 「ごめんね」



 キリトはそう言うと、僕の手を握った。



 「ぼくにしかできないことなんだ」


 そんな! だめだよ!


 「だいじょうぶ、ずっといっしょだよ! もうさみしくないからなかないで…」


 一人で行こうと決めていたのに…。


 そっとキリトが僕の流した涙を指でふき取る。


 二人で手を繋いで混沌の闇に足を踏み入れる…一人じゃない…もうさみしく____。



 『させない』


 白い閃光が此方に向かって飛んでくる!


 僕は、キリトを混沌の中へ押し込んだ!


 すぐ追いつくから!


 混沌中へ落ちていくキリトの口が動く___『まってる』。


 僕は、落ちていた聖剣を握った。


 聖剣が漆黒にそまる。


 腕が焼ける…体中の魔力が吸い尽くされる…。


 『貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』


 クロノスの六枚の白い羽が白銀の刃となって僕に向ってきた!


 これが最後の力だ…。


 白銀の雨のように降り注ぐ羽に体を切り裂かれながら、僕はクロノス目掛けて直進する!


 『な__!?』


 ズパン!


 クロノスの首が宙を舞う。


 僕は自分の腕が砕け散ったのを感じた。


 辺りが眩い光に包まれる。


 「_____!!!」


 光が過ぎ去った後、オヤマダの絶叫だけが淀んだ空間に残された。










 「ねぇ…さん…」


 そうだった…僕の名前は姉さんがつけたって母さんが言っていたっけ…。


 『あら? ようやくお目覚め?』


 耳障りな声が僕をあざ笑う。


 全身が鉛のように重い、激しい耳鳴りに吐き気がする。


 が、それでも僕は体を起す。


 混沌の闇に似た禍々しいオーラが体から溢れている…そんな僕をフルフットが怯えた顔で見た。


 「ぼう…や…なの?」


 フルフットを無視し、僕はクロノスを見据える。



 『うふふふ…あはははは…力は戻ったけど体はそうも行かないみたいねぇ』


 「それを見越して僕に力をもどしたんだろ?」


 『あら、気付いたの?』


 あの頃とは違い、僕の体はごく普通の人間に過ぎない…この力を使おうとすれば体はそれに耐えられない。


 恐らくリリィの力を持ってしても追いつかないだろう。


 『さしずめ…今のアナタは歴代の中でも『最弱の魔王』と言った所かしら?』


 だから何だ…?


 今の僕なら、神をこのクソババァを倒す事が出来る!



 「十分だ…」


 左腕に魔力を集中させる。


 「お前を殺して僕は姉さんと家に帰る!」


 僕は、集めるだけ集めた魔力の塊をクロノス目掛けて放った!


 禍々しい球体が白く美しい女神を飲み込んで行く。



 「く…あ"っ…!!」



 魔力を放つ左腕が小刻みに震え限界を訴える。


 僕はソレを無視し震える腕を反対の腕で掴んだ!


 ごぷっと口から血が込み上げる。


 「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"」


 クロノスを飲み込んだ闇が激しくスパークと爆発を起こし、その爆風と衝撃に僕は後方に吹き飛ばされる!


 「坊や!」


 フルフットが僕に駆け寄った。


 「な…なによこれ!! 坊や!!」


 フルフットが見たのは、左腕を肩口から失った僕の姿。


 「ごほっ!」


 息を吸おうとしたら口から血を吐いてしまった…どうやら肺の一部もやられたらしい。


 慌てて回復魔法をかけたフルフットだったが…。


 「どうして!? 傷が塞がらない!?」


 無駄だ…コレは回復魔法でどうこう出来る物じゃない。


 激しい痛みで時折意識が飛びかける。



 「せめて、血を…何で! 何で! 止まらないのよ!」



 フルフットが、何度回復魔法を試みても血すら止まる気配が無い。



 『あらあら大変ね』


 舞い上がっていた煙幕の向うから白く輝く影が見える。


 クロノスは無傷だった。


 一世一代の僕の攻撃は全て防がれてしまったらしい…。


 ヒュン。


 白く輝く美しい剣が空を切る。


 女神を守るようにソレは立っていた。



 黒く腰まである長い髪。


 透き通るような白い肌。


 漆黒の瞳。


 何万年も見続けてきたんだ、間違える筈が無い。


 「姉さん…」


 痛みなど忘れ、僕は残った手を伸ばす。


 クロノスの顔に狂喜が浮かんだ。


 『さぁ! 戦いなさい、私の世界の為に!』


 姉さんの体から、眩い光のオーラが溢れだす。


 「だめよ坊や! 逃げるのよ! 今の勇者ちゃんは__」


 フルフットの言葉を遮るように一瞬にして、女神の元から僕らの眼前に姉さんが迫る。

 

 「姉さん…やっと会えた…」


 姉さんが無言で剣を振り上げた。


 ブシュ!


 剣が振り降ろされ心臓に達する程の深さで、胸が大きく切り裂かれる。



 「姉さん…大好きっ」


 僕の体はバランスを失いその場に崩れ落ち溢れ出た大量の血が地面に広がった。


 「ああ…どうして…? 勇者ちゃん…?」


 なす術が無かったフルフットが、声を震わせ勇者に問う。


 だが、今の姉さんはその問いの意味すらわからないのだ。


 『この世界の『理』は誰にも変えることは出来ないのよ…たとえあの男にだってね…』


 クロノスは、舞い上がり両手を天高く広げなにやら詠唱を始めた。


 恐らく、世界を巻き戻そうとしているんだろう。


 横たえる僕の体を姉さんはジッと見つめた。



 「まさかこんなあっさり片付くなんて、拍子ぬけって感じ~」



 姉さんの背後から、ピンクのロリータファッションに身を包んだ魔道士アンバー・ルル・メイヤが顔を出した。


 「てか、コレあんたの知り合い?」


 「…」


 姉さんは、何の感情も表さずただそこに佇んでいる。


 「も~ナニよコイツ! 前のほうがよっぽどマシじゃないよ~」


 「仕方ありませんよ、これれが本来『勇者』の在るべき姿なんですから」


 不機嫌そうに顔を膨らませるアンバーを精霊クリスが諭す。


 「勇者…本当にずっとこのままなんか?」


 剣士ダチェス・カランカがぬっと上から覗き込む。


 「いいえ、魔王が倒れたので勇者様はまた輪廻に戻られます」


 クリスは姉さんの方にふわりと降りる。


 「ん? どいうこった??」


 ダッチェスは首を傾げるばかりだ。


 「んーどーでもいいけど~これでお終い?」


 アンバーはつまらなそうに欠伸をした。


 「はい、みなさんお疲れ様でした」


 クリスがにこりと微笑み、なにやら詠唱すると少し離れた所に魔方陣が現れた。


 「アレが、出口になります…私はもう少しやる事がるので皆さんはどうぞ先に脱出して下さいね」


 「脱出て…」


 ダッチェスが怪訝な顔をする。


 「もう少でこの空間が崩壊するからです」


 クリスは事も無げに言った。



 「「え?」」


 アンバーとダッチェスは顔を見合わせる。


 「何でそっだら事に!?」


 「ヤバイじゃん! さっさと行こーよ! リフレもボケッとしないで!」


 無言で立ち尽くしていたリフレにアンバーが避難を促す。


 「二人とも先に行って…ボク、パパに話があるし、ギャロも一緒だから大丈夫だよ」


 分かったと、ダチェスが答えるとアンバーと二人連れだって魔方陣のほうへ歩いていった。


 「パパ」


 リフレは、僕の血にまみれ放心状態の父親の隣にしゃがんだ。


 「こんなのおかしい…何で坊やがこんな事にならないといけないの?」


 「パパ、彼は『魔王』なんだよ…しかたないじゃないか…」


 偉大な大司教であるはずの父が人目をはばからす涙を流す。


 リフレは父の背中をさすった。



 「勇者ちゃんも消えてしまうのよ? それでも仕方ないと言うの? 賢者様だってそんな事望んでない__」


 「でも、世界の崩壊を止める為にはこの方法しか無いって女神さ___!」


 父は息子の肩を掴んだ。


 「リフレ、女神を信用してはダメ」


 「パパ?」



 父親の普段見せない真剣な表情にリフレは気圧される。



 そうだな…おかしい…僕もそう思う。



 何故、姉さんや僕がこんな目に遭わないといけない?


 世界の崩壊を防ぐ為?


 何でそんな事の為に、僕らが何度も死なねばならない?


 何度もリサイクルされて、同じ事のを繰り返して…いい加減うんざりだ!


 それに、僕らが家を出てもう半年は経ってる頃だ!


 姉さんなんて行方不明のまま高校最後の生活が、前半を終わってしまってるんだぞ!?


 全く…進路決定に重要な時期をこんな事で逃すとは…!


 戻った時に就職活動もしくは進学が、どれほど大変な事になるのが目に見えてる!


 はぁ…心配し出したら切が無い!


 クリスが、何かに気が付いたのか姉さんから離れしきりにあたりを見回す。


 「…おかしい、何故まだ変化がないの?」


 突如、地面から表れた鎖によって姉さんとリフレが拘束される。


 「パパ!?」


 「ごめんなさい」


 フルフットはリフレの頭にそっと手を置いた。


 「___!!」


 リフレの首がガクンと下を向く。


 「貴様!!」


 クリスが翼を広げようとした瞬間、正面から伸びた腕に拘束された!


 「な__!!」


 「やっと捕まえました」



 リリィが微笑む。


 「…その羽は!!!」


 クリスの顔が驚愕に染まる。


 そこには、漆黒に染まった6枚の翼を持つ禍々しいオーラに包まれた妹が居たからだ。


 クリスを両腕で拘束したままリリィの六枚の翼が大きく広がる。


 「姉様…なんて美味しそう」


 「ひっ! 嫌! いやぁぁ_____!!」



 叫ぶクリスの口をリリィは自らの唇で塞ぐ。



 バクン。


 

 六枚の漆黒の翼がリリィごとクリスを飲み込んだ。


 「リフレ! クリス!」


 遥か後方からギャロウェイが叫ぶ!


 「兄上の相手はオレだ!」


 ガイルから放たれた蹴りをギャロウェイは寸前の所で回避する!


 「くっ! お前、気が付いて!!」


 バランスを崩したギャロウェイのみぞおちにガイルの拳が沈む。


 「がはっ!!」


 地面に膝をつく兄をガイルの金色の瞳が写す。


 「ガイル…その目……自分が何をしているか…分かっているのか…?」


 「兄上こそ、それは自分の意思か? オレの知ってる兄上は目の前で苦しんでいる仲間を何があっても見捨てたりしない!」


 ガイルはそう吐き捨てると、ギャロウェイに背を向け此方に向って駆け出した。


 「くっ…はっ…!」


 僕は、鉛のように重い体を何とか起こした。


 右手の中指のリングは粉々に砕け散っている。


 『精霊の涙』…リマジハ村で貰ったレアアイテム。


 身を守ってくれるとは聞いていたが、まさか此処まで追い詰められないと発動しないとはね。



 ついているのか、いないのか…。



 ただ、結果として幸運が重なった。


 僕が力を取り戻すと同時に、魂を分けたリリィにも変化が訪れたという事。


 それに伴い、飛躍的に伸びたリリィの力によって僕の体が巻き戻された!

 

 僕は、元に戻った左腕を擦る。


 これは、嬉しい誤算だ!


 当のリリィは、大変空腹の様だが…。


 姉さんは無抵抗にフルフットの鎖に拘束されている。


 「姉さん」


 姉さんの虚ろな瞳は僕の事など認識しない。


 まるで、あの頃に戻ってしまった…命令が無ければ動きもしない人形に…。


 震える手で姉さんの頬に触れる。


 「嫌だ…姉さん…僕を一人にしないで…!」



 許さない…僕から姉さんを奪うだなんて…!



 僕は姉さんが持っていた聖剣グランドリオンをそっと手から外す。


 「姉さん、ちょっと借りるね」


 聖剣を握った腕が焼ける…体中の魔力が吸い尽くされる…。


 「坊や!」

 

 「…姉さんを頼む」


 僕は体中に魔力を循環させた。


 「リリィ」


 ふわりとリリィが僕の傍らに控える。


 「お任せ下さいと言いたい所ですが、万が一巻き戻す力よりもお体の崩壊が早い場合は…」


 「分かってる…」


 僕は地面を蹴った!


 通常では考えられない脚力で、詠唱に気を取られているクロノスへ迫る。


 そして、背後からクロノスの胴を薙いだ!


 真っ二つに分かれたクロノスの体がゆっくりと地面に落ちる。


 何だ?


 「手応えがな…こぷっ!」


 僕は口から大量の血を吐き地面に向って落下する!


 「ヒガ!!」


 空中でガイルが僕の体を受け止め、抱えたままスタッっと地面に着地する。


 「ガイ…ル」


 「無茶しやがって!」


 「ゴホッ…ゴホッ…」


 「おい! 早くしろ!」


 「言われないくてもやってるわよ!」


 リリィが慌てて僕の体を巻き戻す。



 「っ…!」


 「ヒガ!」


 「ゴホ…大丈夫だ」


 地面には真っ二つにされた女神クロノスの体が、無造作に転がる。


 「やったのか?」


 「いや…手応えがまるで無かった」


 「マジかよ…」


 僕とガイルは背中合わせになり、あたりを見回す。


 「何処だ…!」


 『二度も同じ手を食らう程、私は馬鹿じゃないわ』


 空間に響くように声がこだまする。


 近くにも遠くにも聞こえる声では、例えガイルの耳でも場所の特定など出来無い!


 ちっ!


 どうすればいい!


 「ご主人様! 9時の方向来ます!」


 「何!?」


 リリィの指差す虚空が、まるで稲光のように光りそこからまるで矢のように無数の白い羽が発射される!



 僕は思い切りガイルを突き飛ばした!


 「ヒガ!?」


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!


 白い羽は僕に集中砲火の如く振り注ぎ、その場に大きな穴を開ける!


 僕は咄嗟に魔力障壁を作り回避するが…。


 「ごほっ!!」


 ビチャビチャと止め処なく、肺から血がせり上がる。


 「はぁはぁ…ご主人様、ご無事ですかっ?」


 僕の体を巻き戻すリリィに疲労の色が濃い…無理も無い。


 『神』によって与えられた傷や病気などは同格の神ですらその回復には手間取ってしまう…魔王だって同じだ。


 僕に戻された魔王の力…それは、世界を滅ぼす程の力。


 そこらへんの属性神とは格が違う!


 その全てを否定する力は、今では持ち主であるこの体すら破壊する。


 魔王の力で破壊されたものを元に戻すのだ、いくらリリィが僕と魂を分けた近しい存在だからと言ってそう何度も直せるもんじゃない!


 「リリィ、お前…クロノス位置…分かるのか?」


 「大体ですが…」


 流石、同属性の精霊か…。


 「今は何処にいる?」


 「動いているようです…気配が…」


 「そうか」


 このままでは埒が空かない!


 「ヒガ! 無事か!?」


 ガイルの腕を借り僕は、穴から這い出た。


 「どうするよ…いくらオレや今のお前が飛び上がってもあの高さは無理ぜ?」



 ガイルの表情に余裕は無い。


 「手を貸そう」


 振り向くとそこには、狂戦士ギャロウェイが立っていた。


 「兄上!?」


 意外な申し出に僕もガイルも驚きを隠せない。


 「女神側の貴方かどうして僕に協力を? 僕は__」


 「知っている…いや、さっき知ったと言うべきか…貴様はこの世界を破壊しうる『魔王』なのだろう?」


 金色の瞳が僕を、睨む。


 「…答えろ! 貴様なら…キリカを救う事が出来るのか?」


 その顔は苦渋が浮かぶ。


 「俺は、精霊獣を倒すたび自我を失って行くキリカとこの世界と天秤にかけ…見捨てた…だが今は後悔している! 俺は、キリカにもう一度笑ってほしい!」


 こいつ、まさか…。


 「てめぇ…もしかして、姉さんの事…す…好きなのか?」


 思わず付いて出た言葉に、僕は死ぬほど後悔する!


 「ああ、好きだ」


 ギャロウェイは曇りなき真っ直ぐな瞳で答えた。




 あ、こいつ今すぐ殺そう。



 「貴様に聞くが、キリカの事を何故『姉』と呼ぶ? 顔が瓜二つとは思ったが、まさか本当に姉弟なのか?」


 「貴方に答える義理はありません今直ぐここで___」

 「うおおおお!? 落ち着けヒガ! 今は女神を倒すのが先決だろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 ガイルが僕の殺気に気付き、いち早く止めに入った。


 一瞬、次元に風穴開けれるくらいの魔力を練りかけた…落ち着け…ガイルの言う通りだ、今はクロノスを片付けるのが最優先事項だ!


 コイツはその後で殺せばいい。


 そうだ、この聖剣で首を落とそうか?


 「で、どうなんだ? 貴様ならキリカを救えるか?」


 「どんな手段を使っても僕は姉さんを救う、貴方にとやかく言われたくない」


 ピリピリとした空気が僕とギャロウェイの間に流れる。


 「な、なぁ兄上! どうやって女神捕まえる? かなり上のほう飛んでんだけどさぁ…」


 ガイルが引きつった顔に乾いた笑みを浮かべながら聞いた。


 「策はある…召喚魔法だ」


 「召喚魔法!? オレ達の中に召喚なんて出来る奴…」


 その時、何かが空を切りドスッと鈍い音がして丁度僕らの集まる中央に白銀に輝く鋭い羽が刺さった。


 見上げると、淀んだ空を照らすくらいの無数の羽。



 ひゅばばばばばばばばばばばばばば!



 「うひゃぁぁぁぁぁ!!」


 「ガイル! 情けない声を出すな!」


 情けない声を上げる弟に兄が激を飛ばす!


 僕とリリィ、ガイルとギャロウェイは二手に分かれ羽を回避する為走り回る!


 「ち…!」


 大多数の羽は僕に目掛けて飛んでくる…もう一度障壁を張るか…?


 「ヒガ!!」


 大量の羽に追われる僕を目の当たりにしたガイルが、踵を返すがギャロウェイに腕を掴まれた。



 「待てガイル!」


 「離せ! 兄上! ヒガが!」


 「落ち着け! あれは『魔王』だあの位…!」


 「だー!! もう! ヒガは体弱いんだよ! 下手に力なんて使ったら死んじまう!!!」


 「何!? 仮にも魔王なのにか!?」


 「今でもかなり無理してんだ! オレには分かるんだよ!」


 「何を言ってるんだ?」



 そして、ギャロウェイは掴んでいたガイルの左手の甲を見てしまった。



 「待て! それはまさか!」



 それは、火の神アグニの元で試練を乗り越えし二人に与えられる『婚姻の証』。


 ギャロウェイの顔が蒼白に染まる。


 「あ、うん報告遅れたけどさぁ…オレ結婚したんだ」


 少し照れくさそうに報告する弟を前に、兄は石化する。


 「相手は?」


 答えの予測は付く、でも外れていてほしい…そんな兄の淡い期待は見事に打ち砕かれる。



 「ん? ヒガだけど?」



 ブチッ。



 「魔王!!! 貴様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



 ギャロウェイが、バーサーク寸前の状態で此方に向ってくる。



 「ご主人様…」


 「ああ、なんか面倒な事になってるな」



 羽の大群の中に突っ込んだギャロウェイは、破竹の勢いでこれを破壊し一直線に僕目掛けて突進する!


 「認めん! 俺は認めんぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 ギャロウェイが、羽の三分の一を破壊し僕の側面に出た!

 

 そのまま走りながら、ギャロウェイが僕に向って雷撃を放ち僕はソレを聖剣で受け流す!


 「何すんだ!」


 「貴様! 魔王の分際で賢者の子孫であるガイルと結婚だと! 何を企んでいる!!」



 いや、企むも何も!

 古文書盾に押しかけ女房してきたのはお宅の弟さんですが!?


 はぁ…面倒だ…殺すか…。


 僕は聖剣を構えた。


 すると、突然背後の羽が大爆発を起こし僕はその爆風で前につんのめる!


 「兄上!! 今はそれ所じゃねーだろがぁ!!」


 ガイルのとび蹴りが、ギャロウェイに炸裂する!


 「女神倒さなきゃだろ!? 何考えてんだ!」


 兄を足蹴に弟が説教し始めた。


 ギャロウェイはもしかしたらガイルより頭が悪いのかもしれない…。


 「さぁ、策とやらを聞かせて貰いましょうか…『お兄さん』」


 「貴様に兄と呼ばれる覚えは無い!」


 「兄上! 早く作戦喋って! ヒガも遊ぶな!」


 僕らは、3人背中を合わせ周囲を警戒する。


 リリィは僕らの頭くらいの高さでクロノスの気配を探った。


 先ほどの大量の羽はガイルが殆んど焼き払った為、僕らは周囲から時折飛んでくる数枚程度の羽を払い落とす程度で済んだ。




 「まず、召喚魔法についてだがこれは俺とガイルで行なう」


 「え!? オレ召喚なんてした事無いぞ?」


 「心配するな、今やお前は正真正銘の『狂戦士』だ。狂戦士は覚醒時に自分の属性の神に従属する『聖獣』を召喚する事が出来る」


 ギャロウェイはガイルの肩を軽く叩いた。


 「聖獣…」


 「お前の属性は『火』だから火の神アグニに従属する聖獣…復活を司る火の鳥『鳳凰』だ」


 それなら、此処へ落ちてくる時にガイルが使った奴じゃ…?


 「『鳳凰』なら、オレ何度か使った事あるけど?」


 「それは、相手にぶつける技としてだろ? それは鳳凰の篝火にしか過ぎん!」


 なるほどね…つまり、鳳凰を召喚しそれに乗り込んで上空のクロノスを狩るって訳か…。


 「召喚には完全に狂戦士に覚醒しなければならない…一度覚醒すれば暴走する事が懸念されたが…」


 ギャロウェイは、ガイルの左手の甲を見てため息を付く。


 「その心配も無いようだしな…そこで魔王には」


 「時間稼ぎだな?」


 恐らく召喚にはある一定の時間が必要になる。


 「出来るか?」


 「僕を誰だと思ってるんですか? お兄さん」


 ギャロウェイの額に青筋が浮かぶ。


 「兄上…はぁ…」


 ガイルが頭を抱えた。


 無言になったギャロウェイに代わり僕は口を開いた。


 「気がついていると思うけど、クロノスのあの羽の攻撃…多分魔力を溜めるのに時間が掛かってる」


 「だから?」


 ガイルが首をかしげる。


 「つまり、鳳凰の召喚に賭けられる時間は次の攻撃から大体10分位だ」


 じゃなきゃ、さっきの茶番劇なんてやってる場合じゃなかったろうし。


 「それって…」


 「次の攻撃…僕が全部止める」


 「そんな! お前、下手に力を使ったら体が…」


 「出来る限り時間は長く取ったほうがいい…ま、出来れば一回で決めてくれるとかなり助かるけど」



 ぴちゃ。


 ふいに僕は、頬につめたい感触を覚え指でそれを拭った。


 指に黒く濁った水。


 「ご主人様! 何か来ます!!」


 リリィの言葉に僕らは身構えた。


 「ガイル!」


 「兄上!」



 二人の兄弟が互いの手を握る。


 「頼んだぞ魔王!」


 ギャロウェイが目をつぶるとガイルもそれに従った。


 はじめ、ぽつぽつとした雨脚が徐々に激しくなる。


 「この空間に雨を降らせるとはね…」


 何も生み出さないこの空間にわざわざ…神とはよほど力をもてあましているらしい…。


 「リリィ…もう少し耐えられそうか?」


 傍らに控えるリリィに声をかける。


 「…はい」


 青ざめた顔でリリィは虚勢を張った。


 リリィの体力も限界に近いか…。


 「もう少__」


 突然、カッと空が光り巨大な雷が地面を叩き砂塵がもうもうと立ち込め中そこから現れたのは___。


 「勘弁してくれよ…」


 目の前に居る全長20mほどありそうな四足歩行の特大トカゲを見て、僕はため息を付く事しか出来なかった。


 避けた口に赤い舌をチロチロと動かし感情の篭らない爬虫類特有の目を小刻みに動かす。


 コモド島のコモドドラゴンと良く似たソレは、白銀の鱗やサイズの違いこそあれどその構造は対して変わらないきがする。


 まあ、本物のコモドドラゴンは、鼻から青い炎は出さないし涎で地面を溶かす事も無いだろうけど。



 「ご主人様、アレをご存知なのですか?」


 「ああ」



 もはや懐かしいぜ、奴隷商の闘技場以来か___なぁ…コモドン!


 僕が剣を構えると、コモドンは鼻息荒く後ろ足で地面を掻いた。


 そして、四本の足をそれぞれ地面にめり込ませるとガパッっと口を開ける。


 「バージョンアップしてもやり口は変わらないな!」


 大きく開かれた口の前に魔方陣が出現する!


 避けてしまえば良いんだが、背後に赤とオレンジのけも耳兄弟がいるのでそうも行かない。


 それにしても、こいつ等ホントに小山田にそっくりだな!


 キシャァアアァァァァァグァァァァァァァ!!


 吐き出した白銀の光線は、魔方陣に当り巨大な光の柱となって一直線に此方に向ってくる!


 僕は、迫り来る光に向って走った!


 剣を左手に持ち、ためらう事無く右手を光の中へ差し込む!



 「僕は『否定』する__」



 その瞬間、その場に溢れていた光がフッと消えた。


 あまりの出来事にコモドンですら呆気に取られている。


 「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 僕はコモドンの真下まで間合いをつめ、一気に聖剣で首を跳ねた!


 コモドンの首が宙を舞いべちゃっと地面に落ち、少ししてその巨体もその場に崩れ落ちた。


 「ゴホッゴホッ…っこ」


 この程度の消費で?


 僕は咳き込み膝を付いたその時!


 「ご主人さ…逃げて!!」


 リリィの声に反応し、僕は間一髪のところでそれを避けた!


 「よく避けただな! 流石『魔王』だぁ!」


 背後からの声に振り向くと、大剣を肩に背負うように構えた大男がにやりと笑いその後ろでロリータファションに身を包んだ女が呆れたように頭を抱えていた。


 「ったく…! 様子が変だと思って戻ったらぁ~つか、あの馬鹿猫! なにやってんのよ~」


 クロノスめ…コモドンは時間稼ぎか!


 魔道士アンバー・ルル・メイヤと剣士ダチェス・カランカ、二人の英雄が僕の前に立ちふさがった!


 まずいな…!


 「ダッチェス、ここ頼むわ~アタシあの馬鹿殺してくる~」


 アンバーが、ガイルとギャロウェイの所へ歩き出す!


 「まっ!」

 「よそ見してんじゃねぇだ!」


 ダッチェスがなぎ払うように大剣を振るい僕は体に魔力を循環させ剣でこれを受ける!


 ガキィン!


 鈍い金属音が響く。


 一時的とは言え、魔力で強化している筈の肉が骨がビキビキと悲鳴を上げ弾かれた僕の体がコモドンに激突した!


 「ぐあ…!」



 っち…ガイル…!!


 「お待ち下なさい、アンバー・ルル・メイヤ!」


 アンバーは背後で自分を呼ぶ声に振り向いた。


 目の前には、自分と対照的な黒いメイド服に身を包んだ六枚の黒い翼をはためかせた精霊がたたずんでいる。



 「ナニよ、あんた?」


 「これ以上、その二人に近づかないで下さい」



 リリィがにっこりと微笑む。


 「馬鹿猫は、アタシ達を裏切った…まぁ、大方あの魔王にキリカを助けてやるとでも言われたんでしょうけど、寝返った時点で殺されたって文句は言えないわ~それに弟君も魔王の仲間なんでしょ? 殺すわ」


 先に進もうとするアンバーの前にリリィが回りこむ。



 「個人的には一人殺してほしい方がいますが、今はさせません」


 「じゃあ、アンタが先に死にな!」


 掌から炎の玉が現れリリィに向って衝突した!


 「黒焦げに…!」


 アンバーの顔が強張る。


 「ふふ」


 リリィに直撃した筈の炎の塊が飛散する。


 「やっぱり…アンバー・ルル・メイヤ…貴女、精霊の血を引いてるのね?」


 紫色の瞳が舐めるようにアンバーを見つめる。


 「だったら何よ!」


 無意識に体が震え、自分より遥かに小さい精霊に恐怖しているという事実をアンバーは受け入れる事ができない!


 今までアンバーは『狩る側』だった、圧倒的な力差を見せ付ければ獲物は皆自分に恐怖し跪き命乞いをした。


 それが当たり前。


 だが、今は違う。


 『本能』が警告する。


 目の前のモノに自分は勝つことは出来ない…そう、今の自分は____。


 「姉様だけじゃ、足りなくて…」


 リリィの姿がフッと消え、次の瞬間耳元で声がした。



 「私、今とてもお腹がすいてるの」







 ガキィン!


 剣がぶつかり火花が散る。


 「くっ!」


 「てぇした魔力だ…が!」


 ダッチェスの大剣が、聖剣を押し返す。


 僕は、そのまま死んだコモドンの体に押し付けられ身動きが取れない!


 「それだけじゃオラにゃ勝てねぇ!」


 確かに、とりあえず剣なんて握ってはいるものの剣術の経験なんて無い僕に剣士であるダッチェスを倒せる道理はない。


 通常ばらば…。


 「にしてもよぉ…魔王っつーからもっとなんつーかバケモンみたく強ええと思ったんだけどよぉ?」


 ダッチェスがゴキンと首を鳴らす。


 「こんな奴の為に勇者は…」


 大剣を握る腕に無数の血管が走り、僕の体を押しつぶさんばかりに威圧する。


 その表情には、『魔王』に対する憎悪と深い悲しみが浮かぶ。


 ああ、姉さんは仲間に慕われていたんだな…。


 きっと彼らは、徐々に正気を失っていく姉さんを見守りながら世界と天秤にかけて苦しみもがき決断したんだろう。


 「勇者の力は借りねぇ! 此処でオラが!」


 パキン!


 つばぜりあっていたダッチェスの大剣が根元からへし折れる!


 「な!!」


 僕は、驚愕に染まるダッチェスの足元に素早く滑り込むと両足のアキレス腱を容赦なく切り裂いた!


 「ぐああ!?」


 僕は、ダッチェスから素早く距離を取る。


 最初何が起こったか分からない様子のダッチェスだったが、僕を追おうと足を踏み込んだ瞬間その場に転げてしまう。


 そんな馬鹿なと、何度も転げようやく自分に起きた事を理解する。


 僕は、ダッチェスの喉元に剣を突きつけた。


 「な、何で…?」


 ダッチェ手から折れた大剣が、地面に落ちる。


 自分が負ける要素など何処にも無かっただけに、表情は苦悶に歪む。


 「…気持ちは察っするよ、確かにアンタは強い…だが、僕は『魔王』だ」


 いかに、ダッチェスが有能な剣の使い手であったにせよもつ力の格が違うし使っているのは聖剣グランドリオン。


 今の僕には、自分の非力さなんてチャラに出来るほどの力があるのだ。


 「ああ、そーいやそれ勇者が持ってた剣かぁ…どーりでオラの剣が折れる訳だ…」


 いつの間にか雨が上がっていた。


 ダッチェスが天を仰ぐ。


 「オラの負けだ、殺せ…」


 僕は、喉に突きつけていた剣を引いた。


 「な? 何で殺さねーだ!!?」


 「アンタは、姉さんの仲間だ…元に戻った時、誰かが死んでたら姉さんがもっと悲しむ」


 「おめぇ…勇者を元に戻せるだか? でもそいつは…」


 「僕は『魔王』だ、こんな世界の2つや3つ滅ぼしたって姉さんを元にもどしてみせるさ」


 僕はダッチェスに背を向けた。


 「リリィ、お前もだ…それ以上食ったらそいつは死んじまう」


 横たわるアンバーの首元に顔を埋めていたリリィが、名残惜しそうに顔を上げた。


 蒼白だった顔に赤みが射し恍惚とした表情を浮かべている。



 「この方…とても美味しくて…」


 「…だったら殺さず生かしとけ、何度でも味わえるぞ?」


 リリィは瞳を輝かせコクコクと頷く…何だかアンバーが気の毒に思えてきたが死ぬよりはマシだろう。


 「なんだありゃ!!!」


 ダッチェスが、空を見て叫ぶ!


 ち…! 

 役に立たないと分かったら一緒に処分するって事か!


 上空には、先ほどとは比べ物にならないくらい無数の羽が混沌を照らす。


 「な な…」


 ダッチェスは言葉を失う。


 障壁を張るか?


 いや、クロノスはそうやって僕の自滅を誘うつもりだ!


 やはり、本体を見つけないと…まだなのか…?


 !?


 突如、右手の甲が発熱する。


 ピキャァァァアァァァァアァァァァ!!


 ガイル達の方向から、赤い閃光が空を駆けた!


 それは、そこにあった無数の羽を次々に焼き滅ぼす。


 「やっと来たか…!」


 復活を司る火の鳥『鳳凰』。


 恐らく頭から尻尾まで合わせても10~12mと、召喚獣としては小ぶりだがその破壊力がと機動力においては他の召喚獣たちとも引けは取らない! 


 真紅の翼を広げ、赤い閃光が走る!



 ボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボ!



 混沌を埋め尽くす程の羽は、その殆んどが消滅した。


 鳳凰が翼を翻し、僕の元へと滑空する!


 「乗れ! ヒガ!」


 ガイルが鳳凰の背から身を乗り出し手を伸ばす。


 僕は、その手を掴み混沌の空へ飛翔した。







 「悪ぃ! 待たせたな!」

 

 「全くだ」


 ガイルは僕を自分の前に座らせると、いきなり背後から僕を抱き締めた。


 「…なんだ暑苦しい!」

 「よかった…無事で」


 心底安心したようにガイルはため息を付いた。


 「僕は何とも無い、とりあえず離れろ!」


 「なんとも無い訳…無いだろ…!」


 ガイルは僕に自分の左手の甲を見せる。


 「オレには分かんだよ! これを伝ってお前の事が…!」



 搾り出すような隠れた声。



 「…何でお前が泣くんだよ」


 ぽつぽつと、僕の肩にガイルの涙が落ちる。


 「だって…やっと勇者に会えたのに斬られて、魔王の力のせいで血反吐いて死に掛けて…もう限界の癖に…!」


 振り向くと、小山田そっくりの顔が金色の瞳から涙をぽろぽろ零していた。


 僕は、昔に姉さんがしてくれたように頬を伝う涙を指で拭う。


 「ガイル、もう泣き止め」


 でないと、必死に鳳凰を制御しているギャロウェイが今にも職務放棄してバーサークしそうだしお前の背後にいる漆黒のメイド精霊が見たこと無い不思議な魔法でお前の後頭部を吹っ飛ばすから!!


 このままでは、クロノスとやりあう前に死人が出る!!



 それにしても、僕の周りも賑やかになったもんだ…混沌の闇にただ佇んでいた時は想像すら出来なかった。


 僕は、しがみつく腕を緩めくるりと体を回し完全にガイルと対面する。


 「え? ヒガ!?」


 ゴキッ!


 「…っつてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 僕の頭突きがガイルの額に炸裂した!


 「なにすんの!?」


 何を期待していたのか、ガイルは半ばパニック状態だ。


 「お前がいつまで経っても泣き止まないからだ!」


 「だから『頭突き』って何それ!? ナニ系の発想!?」


 「貴様ら! いい加減にしろ!!」


 「頭を不思議な魔法で吹き飛ばすわよ! 短尾!!」


 喧々囂々と言葉が飛び交う中、僕は自分が笑っているのに気が付いた。



 小山田、僕はお前に連れられてあそこを出た日を忘れない。


 どんなもくろみが在ったにせよ、そのお陰で僕は掛け替えの無い人と分かり合いこんなにも様々な人々に囲まれている。


 これから起こることが、何処までお前の予想通りかは分からないが僕は躊躇わず引き金をひくだろう。


 「ご主人様!」


 リリィが正面を指差す。


 指差す先には、混沌の空間に存在する筈のない白く暑い雲が壁のようにそり立っていた。



 鳳凰が近づくと、それに反応し雲の中央に円形の穴が開く。


 隠れるまでも無いということか…。


 「行けるか?」


 僕は、鳳凰が通るのに十分な広さの先の見えない暗い穴を見据えギャロウェイの背中に声をかけた。


 「安心しろ『天駆ける者』を従えた俺に空で敵う奴なんていない…精霊をしまっておけ」


 ギャロウェイに言われるまま、僕はリリィに体内へ入るよう指示する。


 「しっかり掴まれよ!」


 ピキャァァァァァァァァァァァァァァァァ!


 鳳凰が咆哮を上げ、赤い羽毛を逆立てる!



 そして、暗い穴へ突っ込んだ!



 「かっ…はっ!?」



 息が出来ない!


 あまりの風圧に目も開けられない!


 一体何キロで飛んでるんだ!?


 ずずっと体が後方へ滑る、あ、くそ! このままじゃ振り落とされ___。


 ガシッと僕の腰に腕が回される。


 「ヒガ! もうちょっとの辛抱だからな!」


 ガイルの声が耳に届く。


 果てのないのかと思うくらい暗い穴の奥。


 風圧で乾く僕の目に一筋の眩しい光が差し、その中に鳳凰は高速で飛び込んだ!



 速度が落ち、ようやく息が出来る…眩しい光に満ちた空間。


 空は青い…青空だって!?



 ゴーン。


     ゴーン。


 まるで、教会の大鐘を鳴らすような音が空間に響く。


 僕は、ようやく光に慣れた目で周囲を見渡した。


 目に映ったのは、まるで海のように果てなく広がる大量の水とそれに沈む見覚えのある街。


 「何だ? 何処だよここ…?」


 ガイルは突然現れた、水没する街に驚きを隠せない。


 ギャロウェイは鳳凰を旋回させた。


 「貴様、ここが何なのか知っているか?」


 ギャロウェイの言葉に僕は答える。



 「此処は、僕の住んでいた街だ……」



 間違いない…。


 湖面の下に広がるのは、どれも見知った風景。


 水面から頭を出すのは、高台に建てられた少し背の高い建物。


 そこには、僕の通う中学校と少し距離を置いて姉さんの通う高校が半分ほど浸水した状態せ顔を覗かせる。


 同じ系列の学校同士なのに建てられた時期が違う為、離れた場所にある…近く高校の敷地に統廃合される事が決まっているとは言え姉さんと一緒に登校出来ない事実を僕は何度歯がゆく思った事か…。


 『なかなか良い趣向でしょ?』


 空間に響くように耳障りな声がした。


 「悪趣味だな」


 『ふふ、私は『理』を曲げると、どう言う事に成るかを先に見せているだけ』



 …理ね…。


 『準備は整いました…後は、アナタとあの仔のエネルギーがそろえばやっと元に戻せる…』


 ゴボゴボゴボ!


 眼下の水面が激しく泡立つ。


 「おい、ウソだろ…?」


 ガイルの顔が驚愕に染まりギャロウェイも言葉を失い同じ顔をする。



 うん…僕もドン引きだ。


 水中から現れたそれは、三十階建てのビルに匹敵する巨大な『時と時空を司る女神クロノス』。


 水に滴る銀の髪と六枚の翼を震わせると、水しぶきがまるで雨のように叩きつける。


 いやぁ…テンプレといえばそうかもしれない…うん…戦隊ものの敵は大概巨大化するしね?


 問題は、僕等に合体ロボは無いと言う事だ。


 「ち!」


 ギャロウェイが鳳凰を反転させた。


 『逃がしません』


 巨大クロノスから無数の光の羽が放たれる。


 「くそっ!」


 ガイルが、炎を放ち羽を焼き払うが数が多すぎる!


 『あの時は油断したわ…だからもう今度は失敗しない…』


 羽が更に数と威力を増した。


 「うく…だ…ダメだ!!」


 ガイルの魔力では間に合わない!


 「ガイル!!」


 ドゴォォォォォォォォォォォォォォ!


 全ての羽が鳳凰に直撃し大爆破を起こす!


 爆風で空中に投げ出された僕の体を力強い腕が受け止めた。


 「っ…!」


 ドサッと体が地面に投げ出され、目を開けるとそこは僕の通う中学校の屋上。


 「っ…なんて事だ…!」


 舌うちに見上げると、ギャロウェイが空を睨みつけている。


 『ふふふ…』


 クロノスのせせら笑う声がして僕もそちらを見上げた。


 「!!」


 そこで目にしたのは、羽によって空中に拘束されるガイルの姿。


 「ゴホッ!」


 ガイルの口から鮮血が零れる。


 両手両足を羽で拘束され、わき腹には深々と鋭い羽が突き刺さっておりその周りには円状に並んだ羽がガイルに目掛け刃を向ける。


 『さあ…どうする? アナタには神たる私を殺す程の力がある…』


 そうか…それが狙いか…。


 僕の力、それは全てを否定する力…その力は世界を滅ぼし神をも殺す。



 ドスッ!


    ドスッ!



 「うあ”ぁ!!」


 

 羽がガイルの太股に立て続けに刺さる!



 「ガイル!!」



 ギャロウェイが、ガイルを助けようと地面を蹴った!


 だが、ギャロウェイはガイルにたどり着く前に羽の集中砲火によって地面に叩きつけられる!



 僕は聖剣を構えたが、羽がガイルの首にその鋭い切先を押し当てた。



 『違うでしょ?』


 女神が答えを問う。


 僕には力がある…しかしそれは『魔王』として完全体に成ればの話だ。


 そして、その条件は揃っている。


 姉さんは此処に来るまでに7体全ての精霊獣を倒し、精霊石を手にいれ本来の姿に戻った。


 勇者が、精霊獣を全て倒した時_______。


 僕は古文書の一節を思い出す。



 「止めろ! それだけはダメだ!!!」


 ガイルには、いち早く僕の思う所が伝わったらしい。


 胸の前に魔方陣を出現させ、僕は体内にいたリリィを強制的に排出した。


 「ご主人様! いけません!」


 分っている…完全体になれば僕の自我は確実に失われ肉体も長くは持たない。


 それこそ、クロノスの思う壷だ。


 が、それしかクロノスに対抗出来る術がない事も事実。


 「リリィ、命令だ! 二人の傷を治せ!」


 リリィが紫の瞳を見開く。


 「拒否は許さない!」


 僕の命令にリリィの体がビクンと跳ねる。


 「貴様…精霊を貸し与えるのが、どう言う事か分ってるのか…?」


 無数の羽が突き刺さった状態で、コンクリートの地面に横たわるギャロウェイが唸る。


 契約者以外の物に精霊を貸し与えた場合、そのあいだ契約者はその恩恵に預かる事は出来ない。


 つまり、その間だけリリィも僕の影響を受けないと言う事。


 僕は地面に転がるギャロウェイを見た。


 「お兄さん…少しの間、ガイルとリリィをお願いします」


 僕は地面を蹴り、ガイルを拘束している羽を魔力で消した。


 肺から少し血が滲む。


 そして、今まで押さえに押さえつけていた魔力を一気に開放する!


 「ヒガ!!!」


 ガイルの声が遠くに聞こえる。


 ドクン。


 湧き上がる破壊衝動。


 意識は、目の前のより高いエネルギーに集中して行く。



 そうだ…たおサナくちゃ…みんな…みんナ…消えテ無くなればイイ…。




 ボクハ…全テヲ『否定』スル!

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