善と悪



*****************



 惑星に寿命があるように、世界にも寿命がある。


 そして、この世界『イズール』にも当然終わりが来るのは必然だった。


 10万年前、確かにこの世界は終焉を向えたのだ。


 新たなる世界が生まれ、新しく時が刻まれる筈だった。


 が、世界は滅ばなかった。


 歪み捻れた枝を、ユグドラシルと呼ばれる数多の世界の集合体は見つめる。


 このままではこの歪は次元を越え、束ねる全ての世界に影響を及ばすだろう。


 ユグドラシルは何度も枝を切り落としたが、枝は何事も無かったように元に戻る。


 このままでは、他の世界が危ないと感じたユグドラシルは世界を内部から消滅させるべく黒光りする小さなエネルギーを枝に送った。


 他の全ての世界を救う為、気付かれる事無くその世界で力をつけ一気に消滅させる只それだけの為に。




 僕は創られたんだ。



*****************




 「凄まじいな…」


 ギャロウェイは屋上のフェンスに手をかけ、目の前で起こっている次元を超えた戦いに見入っていた。


 あれほど巨大なクロノス相手に、ひ弱な体の少年が剣一本で立ち向かい既にその両手を奪っている。


 それが『魔王』であり、手にしているのが『聖剣グランドリオン』であることが分っていてもギャロウェイにとっては信じがたい光景だった。


 「くっそ、ヒガ!」


 振り返ると、横たえるガイルが地面を拳で叩き涙をながしていた。


 見ため以上に重症だったガイルの傷を、精霊が修復し続けてる。


 「オレは…何も出来なかった…アイツを守るって決めたのに…」


 悲しみにくれる弟を見て、まるで少し前の自分を見ている様だとギャロウェイは思った。


 勇者であるキリカがやがて自我をなくすと知った時、人知れず泣き喚きそして世界を救う為と諦めたそんな自分の姿が重なる。


 ギャロウェイは、横たわるガイルの眼前に立った。


 「諦めるのか?」


 「…」



 ゴカッ!


 無言の弟をギャロウェイは容赦無く蹴り上げた!


 「ちょっと!!」


 リリィが慌てて、吹き飛びフェンスにつ込んだガイルの元へ飛ぶ。



 そんな、リリィを尻目にギャロウェイは力なくフェンスにもたれ掛かるガイルに近づき襟首を掴んで立たせた。


 「お前が諦めてどうする! 諦めたらそこで全てが終わってしまうんだぞ! 俺は好きな女を世界の為なら仕方ないと見捨てた…お前には同じ思いをしてほしく無い!」


 「兄上…!」


 「さっき、お前らを頼むといった魔王の目は絶望など浮かんでなかった! 考えろ! 何か策があるんじゃないのか!?」


 ギャロウェイの言葉に、ガイルは目を見開く。


 「なんでヒガ…害虫を置いてったんだろ…?」


 ガイルがポツリと呟くと、傍らにいたリリィの肩が小刻みに揺れる。


 「精霊…リリィと言ったな? お前も考えろ奴が考え付きそうな事を、俺達に何が出来るかを!」


 ギャロウェイの言葉に、リリィの目が見開かれる。


 「ご主人様が考えている事…もしかしたら…」


 リリィはガイルを見上げた。


 「そうよ! あるじゃない…私とアンタに共通するもの…!」



 ザバァァァァァァアァァァァァン!



 遂に、巨大クロノスの体が水面に倒れる。


 どうやら魔王は女神の足を切り落としたようだ。



 「すげっ、やった! ヒ_____」



  ガイルは言葉を詰まらせた。



  水しぶきの狭間に見えたのは、また左腕を失った魔王の姿。



  痛みを感じいないのか、腕の事など気にも留めず魔力で具現化した漆黒の翼を翻し倒れるクロノスに突っ込んでいく。


 ガシャっと、ガイルがフェンスを揺らす。


 「害虫! オレとお前の共通点って何だ?」


 必死の形相でリリィに問う。


 「私達は…」


 リリィが、ビクンと肩を震わせ言葉を止めた。


 「そこまでだよ」


 子供のようなソプラノが響く。


 「伏せろ!!」


 ギャロウェイが、叫んだ!


 ガイルは、咄嗟にリリィを掴み地面に伏せる。


 スパン!


 一瞬にして屋上張り巡らされていたフェンスが、胸の高さあたりから消し飛ぶ!


 もし、あのまま突っ立っていたら…ゴクリとつばが喉を通る。


 「流石だね」


 顔を上げると明るい緑色の髪にディープグリーンの瞳、エルフ特有の尖った耳の子供が屋上の中央から此方を見据えていた。


 「リフレ!」


 ギャロウェイがリフレを睨む。


 「何やってるのさ、ギャロ…!」


 リフレからは、およそ可愛らしい姿に似つかわしくない程の魔力が立ち込める。


 「…魔王なら、キリカを救えるかも知れないんだ! 邪魔をするな! リフレ!」


 「そんな方法ある訳ないじゃん? 女神様だって無理だって…! 何で今更、そんな事いうのさ…皆泣いて、死ぬほど苦しんで決断したんじゃないか! もう…後戻りなんか出来ないんだよ!!」


 リフレの声が震える。


 ガイルの目が、リフレの着ている白いローブの袖に赤い滲みを見た。


 「お前、おっさん…おっさんはどうした……?」


 リフレの目は虚ろになり小さく笑った。


 「だって、勇者様を連れて行こうとしたらパパが邪魔するんだもん…そうしないとこの世界が無くなっちゃうのに…」


 リフレは、体を強張らせ挙動不審に短い親指の爪を噛む。


 「バカな! 父親を殺したのか!?」


 ギャロウェイの言葉にリフレの体がビクンと跳ねる。


 ガイルは言葉を失った。


 「そ…だよ…ボクはパパを殺したんだ…だってパパは魔王の仲間なんだもん! 女神様の敵だから…世界を救う為には仕方ないじゃないか! ねぇギャロ? 何でそんな目でボクを見るの?」


 ボクは間違ったことはしていないそうでしょ…? リフレは震える声でそう言った。


 「馬鹿野郎…!」


 ギャロウェイの肩が震える。



 ドゴオォォォォォォォォォオォォ!


 背後の爆音にガイルが振り向く!


 魔王がクロノスに留めを刺そうとした瞬間、その体は湖面に叩きつけられる!


 「勇者…!」


 ガイルが、呻く。


 魔王は満身創痍の体を辛うじて保ち、勇者を見つめていた。


 「リフレ! お前!」

 「当然だよ、勇者様を連れてくるのは」


 リフレは落ち着きを取り戻してた。


 「ギャロ、最後のお願いだよ! この世界を救う為に勇者様と一緒に戦って!」


 ギャロウェイは首を横に振った。


 「こんなの…間違ってる!」


 リフレの顔に落胆の色が浮かぶ。


 「…そう、じゃぁ…ギャロもあそこの二人も殺さなくちゃ…」


 ディープグリーンの大きな瞳から涙が零れた。



 リフレが詠う。



 コレはエルフ特有の魔法詠唱。


 すると、地面から空間から無数の細い鎖が出現しリフレを囲んだ。



 「兄上!」


 「ガイル! 絶対避けろ! 触れたら肉が削げ落ちるぞ!!」


 リフレが腕を振る。


 鎖が一斉にガイルとギャロウェイに向って降り注ぐ!



   ガッ!


          ガッ!


    ガッ!!



 細身の鎖が、ガイルの直ぐ横のコンクリートをあっさり貫通する!



 「っち!」



 ガイルは、リリィを握ったまま高速で飛び回る鎖の嵐を寸前の所で回避する。


 魔王のほうに目をやると、女神と勇者を相手に防戦一歩になっているようだった。


 「クソ…ヒガ!」


 「余所見するなんて余裕だね」


 ヒタリとガイルの腹に手が当てられる。


 「いつのま___あ”っつ!!」


 焼け付くような熱さが腹部を襲い、ガイルはたまらず後方へ距離を取る!


 「ガイル! 懐に入られてんじゃねぇ!!」


 そう言い放ったギャロウェイだったが、僧侶であるリフレの普段からは考えられない動きに眉を顰める。


 確かに、リフレはパーティーの中でも最年少ではあるが流石勇者の同行者に選抜されただけあって実力はそこら辺の戦士なんかに比べれば遥かに高い。



 だが、それはあくまで『僧侶』としてだ!


 幾ら油断していたとは言え、今や狂戦士として覚醒しているガイルの懐に易々と入るなど考えられない!


 ギャロウェイはリフレに向って、魔力を乗せた拳を放つ。


 ガシッとリフレはその拳を掌で受けた!


 「リフレ、一体何をされた…?」


 リフレは悲しげに笑うと全身から眩い光を発しその瞬間、背中から光り輝く白い翼が現れた!


 「な…!」


 「女神様の加護を受けたんだ、これで魔王とも闘える…! 今のボクはギャロなんかよりずっと強くなったんだよ!」



 ジャリリリリリリリ!



 捕まえたギャロウェイの腕に細い鎖が絡みつき、あっと言う間に全身を拘束する!



 「兄上!」


 「まずは、魔王の手下達からだ! ギャロはそこで見てたらいいよ…」


 冷たくかつての仲間を睨みつけると、リフレはガイルに向って鎖を放った!


 「っち!」


 ガイルは鎖をギリギリの所でかわすが、焼け付くような腹の傷が疼きその動きは鈍い。


 リリィの助けもあり傷は徐々に塞がってはいたが、万全では無いのだ。



 「害虫…兄上の鎖をはずしてくれ、コイツはオレが引き付ける…」


 ガイルは、リフレに気づかれない様にリリィを背後に隠すと迫り来る鎖に向かって炎を放つ!


 「このくらいで!!」


 リフレは、鎖に魔力を流し盾を造り炎を防ぐ!


 「オラァ!!」


 ガイルは、鎖の盾を蹴りで砕き肉迫する!


 「!?」


 「舐めんな!」


 リフレをガイルの炎が襲い小さな体が、一瞬にして燃え上がった!


 「どうだ!!」


 黒い消し炭のようになった体が、地面んに横たわりプスプスと煙を立ち込めさせ何とも言えない匂いを発しする。


 鎖に拘束されているギャロウェイは、仲間の最後に思わず目を伏せた。


 「殺ったか…?」


 ぐじゅるるるる!


 倒れている炭化した肉に血が通いみずみずしさを取り戻していく、そして焼け落ちた衣服すら灰から甦りリフレの体に纏われた。


 「なっ…これって!?」


 ガイルは、余りに見慣れた光景を目の当たりにし驚愕を隠せない。



 コイツ! ヒガと同じ!?



 「ふふ…女神様の加護を受けた者は、何があっても死んだりしない魔力限界すら今のボクには無意味だ」


 あっと言う間に元の状態に『巻き戻された』リフレの瞳には、狂喜が浮かぶ。


 「さあ、始めようか?」


 リフレが、ガイルに向って駆け同時に無数の鎖が襲う!


 「っく! 『煉獄』!!」


 が、放った炎は鎖の盾に防がれる!


 ギリリリ!


 「ぐぁ!?」


 いつの間にか背後から迫っていた鎖が首に巻きつき、そのままガイルの体を宙に持ち上げた。


 「ボクの攻撃は正面ばかりじゃないよ…終りだね!」


 ギリギリと鎖が容赦なくガイルの首を締め付ける。


 「ガイル!!」


 ギャロウェイが自分の体に巻きついた鎖を解こうともがくが、鎖はビクともしない。


 「あ"っ…がっが…」


 初めは鎖を解こうともがいていたガイルだったが、次第にその抵抗が弱弱しくなり目や鼻や口からはあらゆる液が漏れ体が痙攣を起した。


 「止めてくれ! 頼む! リフレ!!!」


 兄の願いも虚しくガイルの体だからは力が抜け、腕がだらりと揺れる。


 「そんな…」


 リリィがぽつりと呟く。


 リフレは、ガイルの首に鎖を巻きつけたまま空中から降ろし自分の下へ引き寄せ顔を見る。


 金色の目は濁り、顔色も蒼白しているのを確認するとリフレはガイルの首から鎖を外しまるでおもちゃに飽きたように地面に放り出して背を向ける。


 「次は君の番だ」


 リリィの姿を深い緑の目が捉えた。


 「ギャロの鎖を外そうとしたんだね? 無駄だよ、それはボクの意思がある限りボク以外には外せないのさ」


 リフレは、リリィに向って空中に漂っていた鎖を全て向ける。


 「君が死ねば魔王に影響が出るんでしょ? それは___」


 ドス!


 鈍い音がしてリフレの視界が歪む。



 「あ" あ"…ぁ…?」



 リフレは、ゆっくり後ろを振り返り首をかしげた。



 「ゴホッ! ゴフッ…はぁはぁ…ざまぁ…っ」


 殺したと思ったガイルが、立ち上がっている。


 もう一度殺そうと鎖を動かそうとしたが、反応が無いことにリフレは困惑し何度も試そうと魔力を込めようとしたがどういうわけか上手くいかない。



 「はぁ はぁ…ヒガに貰った包丁の味はどうだ…? クソガキ…!」


 自分を見下す金色の瞳に写った違和感に脳天を触ると、何やら柄のようなものが手に当った。


 「あ"う?」


 ろれつが回らず上手く意識が保てなくなりその場に崩れるように倒れこんだリフレは、ビクビクと体を痙攣させる。


 刃渡り40cmはある出刃包丁。


 それが、リフレの脳天から柄の部分までずっぽり刺さっていた。



 ジャラララララララララララララ………。



 宙に浮遊し、こちらに警戒していた全ての鎖が地面に落ちる。



 「ごほっ! ギリセーフ…!」


 「ガイル!!」



 鎖から開放されたギャロウェイが、弟の下へ駆け抱き締めた。



 「うへ! 兄上! はずいだろ!? 害虫がこっち見てるって!」


 「ばかやろ…お前までレンブラン兄上みたいな事になったら…俺は…!」

 

 そうだった、元々兄上は涙脆かったけ…。


 一番上の兄が死んでからというもの、この兄は上の兄の代わりに全てを引き受けこんな所まで来てしまったのだ。


 本当はそんなタイプじゃねぇ癖に無理しちゃってさ…。


 ふと、倒れるリフレを眺めているリリィに気付きガイルは抱きつく兄を引っぺがすとそちらに向った。


 「生きてるのか?」


 「ええ」


 リフレは、頭に包丁が突き刺さっているというのに死んではおらず時折焦点の合わない目を泳がせる。


 「ヒガと同じだな」


 「…対処としてはお見事です…多少肝は冷えましたが」


 会話を聞いたギャロウェイが怪訝な顔をする。


 「魔王と同じとはどう言う事だ?」


 「ヒガは、害虫と契約してほぼ不死身に近い状態になったんだけど…それにも弱点があってさ…体を粉みじんにするかこうやって頭を潰されると極端に巻き戻しが遅れるんだ…頭だと特に」


 うっとりとした目でリフレを見下ろすガイルに、背筋に冷たいものを感じギャロウェイは思わずたじろいだ。


 こういう時の弟は恐ろしく残忍な顔をするっと、兄として弟の行く末が心配になった。



 ドッゴォォォォォォォオォガシャァァァァァァァンン…。



 魔王と女神の闘う方向から今までに無いほど巨大な爆発が起こり衝撃で校舎のガラスの割れる音が響いた!


 「っく!!?」


 ガイルは衝撃で飛ばされかけたリリィをしっかり掴む。


 「リフレだけじゃなかったのか…! あいつ等まで…!」


 恐らく今の攻撃は魔王のものだろう。


 だが、それは二人の戦士によって防がれてしまったようだ。



 「生かして置いたのが仇になりました!」


 リリィが憎らしげに空を見る。


 そこには、白い翼を羽ばたかせた剣士ダッチェス・カランカと魔道士アンバー・ルル・メイヤの姿があった。



 「おいおい、女神に勇者に英雄2人だって…ふざけんな! どんだけ死亡フラグ立ててんだよ!!!」


 「これは正義と言う名の集団リンチです! 見過ごすわけには行きません!!」



 勇者を含む三つの聖なる光を帯びた戦士達は、禍々しい黒い闇を発する魔王に立ち向かう…その後景は、かつてエルフ領にあった神殿の壁画を思わせる様だとギャロウェイは思った。



 神々しい光を帯びた勇者が、魔王を打ち倒し世界を救う…。


 自分が信じ疑わなかったこの世『善悪』。



 本来なら自分もあの中に居ただろう…だがもう違う、自分の正義は少し前に大きく変わってしまった。



 「キリカ…」



 自分にとっての『善』とは、もはや彼女の笑顔を取り戻す事でしかない。


 その為なら、魔王でも何でも利用してやる___。


 「ふっ…」


 自分も身勝手になったもんだ、つい最近までレンブラン兄上の遺志を継ぎ世界を救うなんて考えていたのに…。


 「兄上?」


 急に笑い出した兄を弟が訝しげに見る。


 「いや…何でも無い、それよりもう一度『鳳凰』を呼ぶぞ! 策とやらがあるなら早く詰めておけ!」


 ギャロウェイは弟に激をとばした。







 赤く燃える鳥が、天高く舞い上がる。


 男は息を切らせながら、それを見送った。


 「ごふっ」


 男が口から血を吐く。


 脇腹に重症を負い瀕死の状態であるにも関らず、無理にこの空間に殴りこんだのだ後遺症が出て当然だ。


 着ていた真紅色のローブから血が溢れる。


 傷を負った直後から回復魔法は掛けているが、傷は回復の兆しを見せない。


 男はふらふらと、地面に横たえる少年に近づく。


 「あう…?」


 「女神に踊らされてバカな子…」


 男はその場に座ると、少年の頭を膝に乗せた。


 「さ、ここで見てましょ…アタシ達の役目はそういう物だわ」


 父は息子の頬をそっと撫でた。







 『さぁ! 闘うのです! この世界の為に! あなた達が最後の希望です!』


 女神クロノスが、傷ついた戦士達の傷を瞬時に癒す。


 「光の神ルーの名の下に集え!」


 アンバーが魔力を集めダッチェスの大剣に光が宿る。


 「うらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ザシュ!


 ダッチェスの一撃は、魔王の右足を切り飛ばした!


 「どうだ! 女神様から貰った剣だ! さっきとは訳が違うべ!」


 ダッチェスは、体制を建て直し更に攻撃を仕掛けようと翼を広げ旋回する。


 魔王が旋回するダッチェスに気を取られていると、剣を握る右手に衝撃を感じた!


 アンバーが弾き飛ばされた聖剣グランドリオンを空中で受け止め、そのまま宙に留まる勇者に聖剣を投げる。


 「ほら! もう離すんじゃないよ!」


 勇者は聖剣を受け取ると、翼を翻し魔王に向って急降下した!


 互いの視線が交錯するが、その瞳に相手の姿は映っていても認識には至らない。


 間もなくその白銀の刃が魔王の胸に届く。



 ピキャァァァァァァァァァァァ!!



 次の瞬間、勇者の側面から業火が直撃した!



 「ぐ!!」



 勇者は大きく弾き飛ばされる。


 「行け! ガイル!!」


 ギャロウェイの合図と同時に、ガイルが鳳凰の背中を蹴り空中へ飛び出す!



 「ヒガぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 魔王は突然現れたオレンジの影に、右手をかざし攻撃を試みる。


 ガイルは、右手の学ランの袖を掴み放たれたエネルギー弾を回避するとそのまま魔王の背後へ身を滑り込ませ首と右腕に自分の腕を絡め身動きを封じる。


 「やれ! 害虫!!」


 羽交い絞めにされ自由の気かな魔王の胸元に、リリィが黒い矢のように飛び込んだ!


 「がっ」


 魔王は小さく呻くと、全身を覆っていた禍々しいオーラが消え地面に向って急降下し始める!


 「兄上!」


 ギャロウェイは、鳳凰を向わせようとしたが急に吹き荒れた強い風の流れがそれを許さない!


 「行かせない! アンタの相手はアタシ達よ!」


 アンバーとダッチェスが行く手を阻む。



 「ち! ガイル…っ!!」


 兄の状況を見たガイルは、焦りを隠せない!


 このままでは、水面より先にある建物に激突するのが目に見えている!


 自分は耐えられるかも知れないが、魔王の脆い体では只では済まないだろう。



 「くそ!! ヒガ! ヒガぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ガイルの左手の甲が激しく発熱する。



******************



 うるせ…。


 僕は背中から、オーラで造られた羽をのばし建物ギリギリで一度大きく羽ばたかせた。


 それだけで羽は砕けてしまったが、勢いを殺すには十分だ。


 僕を抱えたままのガイルの体が、地面にぶつかり2、3回跳ねズザザザと地面を滑る。



 「いっ! ヒガ!!」


 ガイルが、起き上がり僕の頬をバチバチ叩く。


 「おい! おい! 生きているか!? しっかりしろ!?」



 バチバチバチバチ!



 「…ちゅうすんぞ?」



 おいおい…片腕と片足が吹っ飛んで、内臓までぼろぼろの状態の奴捕まえてしようとする事か!?



 「変態…!」



 僕の口から掠れた声がもれると、ガイルが涙目で抱きついてきた。


 どうやら、僕の作戦は概ね成功したらしい…。


 魔王として完全体になるには、どうしても一度意識を手放す必要があった。


 間違えば、そのまま僕の意識は戻らず誤って姉さんを傷つけるか僕が姉さんに殺されてしまいクロノスの思う壺になってしまう。


 僕が望むのは姉さんとの明るい未来だ、どちらかが死んで世界を救うとかそんなエンディングなんてありえない!


 その為、僕は自分と魂まで共有しているリリィと婚姻契約で繋がりのあるガイルをギャロウェイに託す事で完全体になった時のリリィに対する影響をほぼ0にした。



 リリィとガイル。


 『比嘉切斗』の魂と精神に深く結びつた者を魔王の力の影響から遠ざける事で、僕は自分の戻る場所を確保したのだ。


 只、思ったより二人は優秀だった為少し戻りが早くなってしまったようだが…。


 ぐちゃ…ぐちゅ…!


 体中の肉が蠢く…体の欠損が激しい為、久しぶりに大幅な巻き戻しが行なわれている。



 やっぱり、あまり気分の良いもんじゃない。


 僕は、しがみつくガイルを押しのけ体を起こす。


 恐らく此処は、姉さんの通う高校の屋上だ。



 僕がフェンスの向うを見ると、離れたビルにもたれかかり両手と片足を失い水面に座り込む巨大クロノスの姿。


 っち…やはりクロノスを倒すには至らなかったか…。


 その周りを、鳳凰と白い翼もつ何かが拮抗しているのが見える。



 「アレは、ギャロウェイか? あの白いのは何だ?」


 『アレは、女神クロノスの『下僕』です』


 そう言うと、リリィは僕の胸の魔方陣から飛び出し僕の方に向き直ると小さな手で僕の頬を殴った。


 軽いデコピン程度の衝撃が、頬を揺らす。



 「…きっとご主人様は、こうなる事を予測してあんな事をなさったんでしょう…でも…もう二度とこんな事は…!」


 紫色の瞳からはポロポロと涙が零れる。



 「…すまないリリィ…それは約束は出来そうに無い…」



 僕は、フェンスの向こう側に立つ白い影に目をやった。


 黒く腰まである艶やかな髪が風に揺れ発光する光が天使の輪のように広がる。


 白く輝く鎧を纏い、右手には聖剣グランドリオン。


 輝く翼を広げその人は、軽くフェンスを越えた。



 勇者キリカ。



 世界で一番大好きな僕の姉さん。



 僕は、ガイルの肩を借りよろよろと立ち上がる。


 弾けた腕も切り飛ばされた足も、何とか元の状態まで巻き戻されていた。


 姉さんの漆黒の瞳が僕らを見据える。



 「あ…?」


 ガイルが恐怖に震える膝を、大人しくさせようと掴んだ。


 無理も無い、圧倒的な力の差…とんでもない魔力の塊を前にガイルの獣人としての本能が『逃げろ』と警告しているのだろう。


 姉さんは、聖剣を構え一直線に僕の方へ駆ける。


 僕は、ガイルを後方へ突き飛ばすのが精一杯だった。



 ドス!



 聖剣が僕の腹に沈む。



 「いやぁぁぁ!! ご主人様ぁぁぁぁ!!」



 リリィの悲鳴が響く。



 「…っつ…」



 コプッと口から少し血が零れ、その血が姉さんの白い頬に張り付く。



 ああ…姉さん…なんて綺麗なんだ…。


 傷口から禍々しい黒いオーラが吹き出す。


 僕は、剣が更に突き刺さるのを考えず腕を手繰り姉さんを自分に引き寄せた。


 久しぶりに間近に見る姉さんの顔。


 瞳が虚ろな事を除けばいつもと変わらない美しい顔だ。



 ただ、足りない…。



 僕を見てよ、笑ってよ、僕の名前を呼んでよ!


 姉さん、姉さん、姉さん!!



 「ゴメンね…かなり苦しいかも知れない…」



 僕は、姉さんの頬に両手を沿え少し半開きになっていた口に自分の唇を押し当てどす黒い闇に染まった『血』を流しこんだ!


 途端、姉さんの目が見開かれ僕を突き飛ばす!


 僕は剣が突き刺さったままの状態で、派手に反対側のフェンスに突っ込んだ!



 「ご主人様!!」


 「ヒガ!!」

 


 二人が慌てて僕に駆け寄る。



 「がはっ!!」



 ガイルが問答無用に腹から剣を引き抜き、リリィがすかさず巻き戻す。



 「無茶すんなよ! 何考えてるんだ!!」


 僕は、ガイルの手を払い体を起こす。



 「姉さん…!」



 僕が見たのは、もがき苦しむ姉さんの姿。


 無理も無い、勇者に魔王の禍々しい穢れたっぷりの血を飲ませたんだから苦しくて当然だ。


 「何したんだよヒガ…!?」


 のたうち回る勇者を目の当たりにしたガイルが、訝しげに眉を顰める。


 「賭けだよ…」


 「賭け?」


  本当なら姉さんに苦痛を与えるような事はしたくなかったが、クロノスが強行手段に踏み切った為そうも行かなくなった。


 今までなりを潜めていたクロノスの積極的介入…それだけこの世界の崩壊が近いと言う事なのだろう。


 「ご主人様…勇者様の自我を取り戻すおつもりですか?」


 リリィが僕の意図に気付き顔を強張らせる。



 「そうだ」


 僕はさっき、それを身をもって立証した。


 魂の繋がりと精神の繋がりをもって、自己の自我を混沌から呼び戻す事に辛くも成功したのだ。


 ただ…僕と姉さんには魂や精神といった繋がりは無い、魂一つ取っても勇者と魔王だ製造元が違う。


 しかし、一つだけ満を持して言える事がある!


 『比嘉切斗』と『比嘉霧香』は同じ両親から生まれた姉弟という覆る事の無い事実!


 彼女の肉体には、この僕と同じ血が流れていると言う切り離す事のできない『繋がり』を!


 ふらつく足で苦痛に顔を歪める姉さんの元へ向う。



 「魂なんて関係ない…戻ってきて姉さん…!」



 僕は、小さく縮こまりガタガタ震える姉さんに覆いかぶさるように腕を回した。

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