姉弟
*****************
「いただきまーす!」
今朝の朝食は、本日3日めに突入した切斗特性のチキンカレーだ!
しかし、後五分でこれをかっ込まねば私は朝練に遅刻するだろう!
そんな私の様子を、切斗が『うわ~引くわ~』という目で見つめる。
ちなみに切斗は、朝食を食べない派なので私の正面に座ってコーヒー片手に新聞を読んでる…中二の癖にやってる事はおっさんだね!
「ほむほむほむぶっ…ぷっ!!(訳:アンタ朝ごはんくらい)」
あ、口からルーが!!
飛び出たルーを切斗がひらりとかわす。
むう、良い動きだ…!
「姉さん、食うか喋るかどっちかにしなよ…それと口一杯にほうばるな!」
ゴキュン!
「飲むな! 噛めよ!!」
切斗の額に青筋が…。
「ごっそさん!」
食器もそのままに私は席を立つ!
「待て! 歯も磨かないのか!? せめてガムを噛め!!」
切斗が、いつも常備しているキシリトール入りのガムを投げて寄こす。
キャッチして口に放り込むとレモンの味がした。
「朝からカレーなんて良く食えるね、それも朝練前に」
「うん! 切斗のカレーなら毎日でも食えるよ!」
全く良く出来た弟だ、あたしゃ幸せもんだね~たまにお母さんみたいだけど。
「…カレーなら今晩の分まであるから…」
何故か切斗の顔が真っ赤だ…どうした? って、突っ込みたいが遅刻しそうなんでスルーする!
「マジ!? ラッキー!!」
私は玄関へ向い靴を履く。
切斗の『フマホを持ったか?』の声に空返事して急いで家を飛び出した。
ソレは、普通の朝の普通の一日の始まりのはずだったの…。
*****************
気持ち悪い…吐きそう…この体勢のままだと吐く!
私は、ゆっくりと体を起こした…。
何だか焦点が定まらない…あれ?
何だっけ?
ナニか……あ。
「……カレーは…飲み物…」
「!!」
誰かが、私をきつく抱き締めた!
その誰かから咽返るような血の臭いが立ち込め、少し遠のいていた吐き気が一気に込み上げる!
「う"っ!!」
吐こうとした私の口を手が覆った。
「ダメだ! まだ吐くな!!」
何!?
吐かせて!
苦しいの!!
殆んどリバースしていていた嘔吐物を再び飲み込むと、胃液混じりの苦い味と鉄臭い血の味が広がる。
「ぐう”…っ!」
ゴクン!
と、喉が鳴り全ての嘔吐物は再び胃に戻っていった。
「ゴホッ! な… で ?」
涎やら鼻水やらで汚れた顔を指で拭かれる。
ぼやけた焦点がやっと合い、私にゲロを飲ませた犯人の顔を映した!
「ウソ……」
そこに居たのは、本来この世界に居る筈のない人物。
「姉さん……!」
夢にまで出てきた、弟の切斗が目に涙を溜めて……。
切斗は普段からは到底考えられない力で、私を抱き締めた!!
「うわ! ちょっと!」
何で切斗が此処に!?
てか! 苦し…!
ギリギリと締め上げられる苦しさの他に、肩口に濡れた感触としゃくり上げるような嗚咽を感じる。
切斗がこんな風に泣くだなんて、幼稚園以来じゃないだろうか?
私は、そっと弟の頭を撫でた。
「泣かないで…姉さんまで泣けてくるじゃない…?」
少しの間されるがままにしていると、ようやく切斗が体を離して顔を見上げる…もう…目が真っ赤…。
「切_____」
「…姉さん、早くここから離れるんだ!」
いきなりそう言うと、切斗は私の腕を掴んで軽々と立たせる。
え…?
何時の間にこんなに筋力ついたの?
反射神経は良いと思っていたけど…?
弟の成長に感慨深いものを感じる…って、感傷に浸ってる場合じゃない!!
「待って! 切斗!」
切斗は無言で私の手を引く!
「待って!! 私やらなきゃいけない事…!?」
上空から強い魔力!
見上げたときにには、既に白い矢の様な無数の羽が避け様のない所迄来ていた!
しまった!
障壁が間に合わない!!
「切斗!!」
すると、切斗が右腕を上に突き出し何事か呟いた。
次の瞬間、無数にあった羽が消えて無くなった…!
爆発とか溶解とかそんなんじゃない!
まるでその場に始からそんな物なんて無かったみたいに…!
「何…一体…?」
すると私の腕を力強く引いていた切斗が、突然地面に膝をつく。
「ゴホッ! ゴホッ!」
咳き込む口からは血が零れ、コンクリートの地面を赤く汚す。
「切斗!?」
私は慌てて、切斗の背中を擦る。
「大…丈夫…」
「何言ってんの!? 全然だいじょばないでしょ!?」
血を吐くなんて、普通じゃない!
それに、今の…切斗がやった?
「ちょっと、退いてくれ」
背後から声がして、振り向くとそこにはオレンジ色の短い髪の男の子が立っていた…って…え?
ギャロ…?
違う…かなり似てるけど。
猫みたいな耳の形から察するに、獣人には間違いない。
男の子はぼんやりする私を睨むと、つかつかと背後に立ち両手で両肩を掴むとひょいと切斗から私を引っぺがした!
「え? ちょっと!?」
「失礼します」
驚く私の眼前を、秋葉系メイドのコスに身を包んだガングロツインテールの小悪魔が横切り素早く切斗の背中に手を当てると荒かった呼吸が落ち着き始める。
…あの子精霊なんだ…フェアリア・ノースで『黒い精霊』を見たけど皆理性を失っていたっけ…。
その様子を、見ていた私をさっきからオレンジの男の子がジッと睨む。
何だろう…とても好意的には見えない!
「アンタが勇者なんだな?」
急にオレンジの男の子が話掛けて来た。
「え? うん、そうだけど…?」
金色の瞳が探るように私を見据える。
「とりあえず名乗っておく、オレはガイル・k・オヤマダ。 狂戦士ギャロウェイの弟でそして_____」
「ギャロの弟なの!? 通りでそっくりだと思ったぁぁぁ!!」
男の子改め、ガイル君の自己紹介に思わずテンションが上がる!
ギャロは自分には手の掛かる弟が居るって言ってたけど、全然そんな感じしないね!
何だかとてもしっかりしてそうじゃん!
「ぐっ…」
切斗がようやく息を吹きかえす。
「切斗! 何なの? どうしてそんな事に!? てか、何でこの世界にいるのよ!!」
私のズケズケした質問にさえ切斗は目を細める。
え?
何その母親が子供を見守るような目!
やめてよね!!
「ねえ! 私本気で心配して…!」
ガキィ!
突然、ガイル君がコンクリの地面を蹴る。
「おい! アンタ! 今まで自分がヒガに何したか覚えてないのか!」
金色の瞳が噛み付きそうな勢いで私を睨みつけた。
「え? 私が切斗に…何?」
「アンタはヒガの事_____」
言葉続けようとしたガイル君が、突然口をつぐむ。
「黙れ」
まるで、氷のような冷たい声。
それは、間違い無く弟から発せられたものだ!
ガイル君が、言葉を濁す。
「切斗?」
「気にしなくて良いよ、僕は姉さんと無事に家に帰れればそれで良いから」
弟はいつもの笑顔を向けている。
「その事何だけど…」
「駄目だよ」
切斗が私の手を掴む。
「クロノスになんか騙されないで!」
え…切斗…?
『勇者よ…』
まるで天から降るように慈愛に満ちた声がする。
「女神様!?」
まだ、数回しか聞いた事の無い女神様の声に慌ててしまう!
『さあ、勇者よ…闘うのです…魔王を打ち倒し世界を救うのです』
神々しい光が射すほうを私は見た。
「!!!!!」
そこに見えたのは、両手足を失い水面に腰を落とす女神様の姿。
私は思わず、切斗の腕を振り払いフェンスに手を掛ける!
「誰がこんな事を!」
ピキャァァァァァァァァ!
女神様の周りで、赤い鳥の魔物と白い羽を持った何かが飛び交いながら闘っている。
目を凝らすと、赤い鳥に乗っているのがギャロで白い羽を生やしているのは…ダッチェスとアンバー!?
何!? どうなっているの!?
そして、ようやく見渡せばやっと気付く。
建物が水没している事を除けば、ここは私達の住んでいる街にそっくりだと言う事に!
そして、フェンスの柱にある誰かが貼り付けたであろう塗料の取れかけたプリクラ…。
切斗に気を取られて気が付いて無かったけど…ここは、私の高校の屋上だ!!
どうなってるの…?
『勇者よ、どうしたのです…? 何故、目の前の敵を倒そうとしないのですか?』
敵?
そんなの何処にもいないじゃない?
「ぷっ…くくははははは!」
突然、ガイル君が笑い出した。
「何それ『勇者よ…』だって!? さっきとキャラ違うし! マジ受ける!」
堪えきれないとばかりにガイル君が爆笑する!
ちょっと! 女神様に失礼よ!
切斗も笑ってないで止めてぇ!!!
『勇者よ…』
爆笑する二人など気にも留めず、女神様は言葉を続ける。
凄い!
なんてハートの強さ!
私だったらギャラリーがこんな状態で、そんな威厳たっぷりに話せない…さすが女神様!
「くく…無駄だクロノス!」
切斗が、笑いを堪えながら言った。
暖かい光に包まれたその場の空気が、静まりかえる…。
「姉さんは自我を取り戻した! もう、お前の操り人形なんかじゃない!」
え…?
切斗がそう言い放つとほぼ同時に、空がざわめき雲ひとつ無かった青空がグニャリと歪み漆黒の闇に染まる。
「切斗、今なんて______」
目線は空を見上げたまま、切斗が私の腕を掴んだ。
「ちっ! リリィ、ガイル! 僕の近くに!!」
ガイル君と、リリィと呼ばれたメイド精霊が切斗の元に集まる。
「来るぞ!!」
空が赤く光った瞬間、降って来たのは三人の人影。
三人はそれぞれ地面に叩き付けられコンクリートを滑る!
「ぐっ! かはっ!!」
そんな中、赤い影が直ぐ側のフェンスに激突した!
「兄上!!」
ガイル君がすかさず駆け寄り抱き起こす。
ギャロ!?
じゃあ今のは…!
私は、他の二人を見る。
そこにはピクリとも動かないダッチェスとアンバーがいた。
「皆!!」
私が駆け寄ろうと足を踏み出したとたん屋上を、眩い光が覆う。
眩しい光に包まれ現れたのは、女神様。
無くなっていた腕や足は元に戻り、銀色の長い髪に6枚の輝く翼を広げる。
よかった…今度は巨大な姿でなく普通の人間程の大きさだ!
「それが本体か? あまり代わり映えしないな」
切斗が吐き捨てるように言った。
『…』
女神様は切斗を険しい顔で見つめる…今までこんなお顔は見た事が無い。
「キリカ…本当に元に戻ったのか…!」
ギャロがガイル君の肩を借りて立ち上がる…その顔は今にも泣き出しそうだ。
「ギャロ…それ、誰がやったの?」
ぼろぼろになった自分の姿と私を交互に見て、戸惑ったようにギャロは口を噤む。
「そんなの、あのクソババァに決まってんだろ?」
ガイル君がイラついたように言葉を吐く。
なんて事だろう…事態は私の知らぬ間に飛んでもない方向へ進んでしまった様だ。
光に包まれた女神様が大きく翼を広げる。
『さあ! 勇者よ! そこにいる魔王を倒し世界を救うのです!』
そう言うと、女神様は指差した。
…私の弟を!!
指を差された切斗の黒い瞳が、女神様を見据える。
そんな…ありえない!!
どうして、切斗が魔王だなんて!
そんなのおかしい!!
「姉さん…」
私は、無意識に切斗の手を強く握り締めていた。
「本当なの…? 本当に切斗『魔王』なの?」
違うと言ってほしい…そんな願いは脆くも崩れ去る。
「聞いて、僕は『魔王』だ…でも、この世界で起こった自然災害や魔物の暴走は僕がやった事じゃない…全ては世界の寿命なんだ!」
言葉を失う私に、切斗は涙を浮かべる。
「僕が魔王なら、姉さんは僕を殺すの…?」
私は、弟の手を離し聖剣を構えた。
切斗の目から涙が落ちる。
「馬鹿! そんな事する訳ないじゃない!! アンタの事は何があっても姉さんが守って見せる!!」
そして私は、女神クロノスに向き直った!
『なんの真似ですか…?』
女神クロノスの顔が歪む。
「私は弟を殺さない! きっと他に道はある筈!」
「よく言った! それでこそキリカだ!」
ガイル君に肩を借りながらギャロが、私の側に立つ。
「…よかった、アンタを殺さずに済んだよ」
ガイル君が物騒な事を言う…この子、切斗の友達だよね…?
『勇者の役目をまっとうしないと言うのですね?』
淡々とした声が問う。
「そんな事言ってない! 私はこの世界も弟も守って見せる!!」
『フフフ…アハハハハハハ』
女神クロノスが不気味な笑い声を上げる。
「…?」
「兄上、勇者! 見とけあれがクソババァの本性さ!」
クロノスの豹変に驚く私とギャロにガイル君が言い放つ!
『たかが、『糧』の分際でこの私に逆らうの? ふふ…そう…これがアナタの狙いだったのね本当に忌々しい男…』
恐らくそれは、ここに居ない誰かに向けた言葉。
赤い瞳が、まるで虫けらでも見るように私達を空中から見下す。
女神クロノスの変わりようと来たら、それまで私の中に合った女神様に対しての慈愛とか荘厳とか気高いとかそう言ったイメージがとことん破壊されてしまうには十分だった!
「あんなのを崇めていたかと思うと寒気がするな」
ギャロが呟く。
うん、私もそう思う。
「姉さん、僕も戦うよ!」
私の後ろにいた切斗が肩を叩く。
「駄目! アンタの技かなり体に悪そうじゃない!」
いきなり血ィ吐くとかダメ絶対!
混沌の空が光り無数の羽に埋め尽くされる。
「ち! やっぱ、数が多いな…」
ガイル君が、忌々しいとばかりに空を睨む。
女神クロノスが手を上に挙げ、そして振り降ろした。
バババババババババババババババババ!
無数の羽が此方に向って降り注ぐ!
このままでは、学校なんて余裕で破壊するだろう。
「姉さん!!」
「見てて、切斗! これでも姉さん勇者なんて呼ばれてるんだから!」
私が無数の羽の中に飛び込むのを見送ると、ギャロが魔法障壁を張った。
流石、ギャロ!
阿吽の呼吸だね!
「はぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁ!!!!」
私が、魔力を聖剣グランドリオンに込めると剣の切っ先が白銀に輝く!
「消し飛べぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
魔力を帯びた剣を思い切り振りぬくとそこから衝撃波が生まれ、向ってきた羽の殆んどを消し飛ばす!
「もういちょ!!」
女神クロノスに向って、私は空を蹴り更に飛翔する!
『私を殺そうと言うのですか?』
女神が問う。
「貴女は、私の弟を殺そうとした!」
私の突き出した聖剣が女神クロノスの胸に深々と突き刺さったけど手ごたえが無くその表情は変わらず薄く微笑みを浮べる。
「!!」
肉迫する私を二本の腕が、抱き締め耳元で呟いた。
『記憶は何処まで戻ったのかしら?』
ドン!
クロノスが私を突き飛ばす!
ズルリと胸から剣が抜け、私の体はコンクリートの地面に派手に叩きつけられた!
「ぐっ!!」
ビキビキと地面に亀裂が走る!
「姉さん!」
切斗が、ギャロの張った障壁から飛び出して私に駆け寄る。
「ごほっ!」
「姉さん! ちょっと待って! リリィ!」
「はい、ご主人様!」
切斗に寄り添っていた精霊が、私を回復しようとした。
「待って、大丈夫ほら…」
私の体を、光のオーラが覆う…すると怪我がたちどころに回復された。
「凄いなんて早さなの…」
メイド精霊…もとい! リリィがポツリと呟く。
『さあ…勇者よ、魔王を倒しなさい』
女神クロノスが、ふわりと地面に降り立ち微笑を浮かべながら言葉を紡ぐ。
「何言ってんの…そんなの従う訳ないでしょ!!」
私は、切斗を背中に隠しジリジリと後退する。
『いいえ、従うわ。 アナタの事はそう造ったのだから!』
女神クロノスの赤い目が見開く!
「何言って____」
シュパン!
右手が私の意志とは関係なく動いた。
「え?」
腕に目をやると、握った剣先に黒い羽が舞う。
私、何を斬って_____?
ドサッ。
背後で何かが倒れる音がした。
振り返ると、切斗が目を見開いたまま倒れている。
「切斗?」
私は、切斗に触れようと身を屈めた。
「ヒガぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
突然、ガイル君が割り込み切斗の体を激しく揺さぶる!
「おい! 嘘だろ!! なぁ!! 何とか言えよ!!」
切斗の体は、まるで糸の切れた人形のようにガクガクとゆれる。
そんな切斗をガイル君は地面に置き、胸に耳を当て苦渋に顔を歪めると自分の左手の甲を見た。
「なんでっ…!」
ガイル君の左手の甲から、模様の様な物が消える。
「え? 切斗…?」
「…死んでる」
地面に膝をつきガイル君が呟いた。
「嘘…!」
私は、切斗に駆け寄る。
「切斗…ねぇ…!」
弟の瞳は、まるで生気を宿していない。
頬に触れたが、冷たい……。
「嘘…何で……!!」
「ヒガはこの世界に来るのに『精霊契約』してた…アンタが斬った奴が…そうだった」
精霊契約…?
確か、それは魂の契約…精霊の加護を受ける代わりにその精霊と魂を連結する。
…つまりお互いにどちらかが死ねば______。
「嫌! 切斗ぉ___!!」
何で!
わた…体が勝手に…!!
『さあ、泣かないで…この度は貴女の番よ』
勝手に動く腕が、剣を私の首筋に当てる。
『死になさい』
女神の声が聞こえ、剣が首筋を切り裂いた。
***************
「うん、コレ、ギリギリアウトだわ」
僕の家のリビングテーブルに鎮座する生首が、残念とばかりにため息をつく。
気が付いた時、僕は自分の家のソファーに横たわっていた。
小山田…?!
僕はソファーから飛び起き、リビングテーブルに移動しそのまま生首と向かい合う形に腰掛ける。
普段食事などをしているテーブルに、クラスメイトの生首がある光景は何ともシュールだ。
「ぶっちゃけ言うと、お前は死んだ」
小山田(生首)は事も無げに言った。
…ピンとこないな。
「これ、いつもと違うから! マジでアウトの方! ゲームオーバー、the end! お分かり!?」
小山田(生首)が、まくし立てる。
死んだ…僕が…?
「そ! 霧香さんに契約精霊消し飛ばされてお前、即死亡」
姉さんに…殺されたのか…。
「ああ、でも霧香さんあのクソババァに体操られてやった事だから…てな訳でさ」
なんて事だ、僕は本当に死んでしまったのか!?
それも姉さんの手に掛かって!
「おい! 聞いてんのか!!」
呆然とする僕に、小山田(生首)がぴょんぴょん跳ねながら怒鳴る。
「てか! 俺の今回のイメージが首だけって何コレ? 何系の発想!?」
『動きずら!!』と、叫びテーブルの上を生首が左右に転がる。
ひとしきり転がると気が済んだのか、コトリと首が起き上がった。
「つーか、比嘉…転生しない?」
小山田(生首)は、真剣な目で僕を見た。
「…うん、今ならいろんなプランがあってさぁ」
無反応な僕を尻目に、クルリと後頭部を見せると小山田は何やらもそもそと動く。
すると、テーブルにティーカップ程の魔方陣が一列に現れそこからピンポン玉位の大きさの様々な色のクリスタルが10個ほど現れた。
「う~ん俺のおすすめは…これこれ」
小山田が視線を止めた先にあったクリスタルが、僕の前にスッと移動する。
「これは、化学が発達した世界で_____気に入らない? じゃこっちの霊力が発達した世界なんてどうだ?」
無反応な僕の目の前に、次々クリスタルが並べられる。
「う~ん、とりあえず設定だけでも決めようぜ~王道テンプレも良いけどさぁ~やっぱたまには人間じゃない奴に転生するのも___ふご!?」
僕は、得意げに喋っていた小山田の鼻を力の限り摘み上げた!
ふざけるな!
僕は転生なんかしない!
今すぐ姉さんの所に戻せ!
いや、そもそも何でお前にそんな事が出来るんだ!?
「いふぁい! いふぁい! はまひぃておれがいー!!」
僕は、ふごふごと鼻を鳴らす小山田をテーブルに叩きつける。
「でっ!」
べちゃと顔面をぶつけた小山田が呻く。
「おー痛ぇ! 何すんだよ! こっちは首だけだってのによぉ!」
うっせ! 潰すぞ!
「いやーん! キリちゃん超怖い~昔はあんなに可愛かったのにぃ~」
その言葉に僕は動きが止まる。
魔王の記憶、その中には小山田と過ごした日々が鮮明に残されていた。
僕と勇者に知識と感情を惜しげもなく与える小山田を、父か兄のように二人で慕っていたあの日々。
その幸せだった記憶が胸に突き刺さる。
小山田…僕…。
僕の頬を涙が伝い、ぼやけた視線が小山田を映す。
「…俺が感情を与えたばかりに…つらかったろ? だからもうこれ以上苦しむ事は無い」
クリスタルが、円を描きくるくる回る。
「今まで、クロノスの妨害が強くて少しずつしか介入する事が出来なかった…本当はもっと早くお前らに合流したかったんだけどな…」
遅くなってごめん…っと、小山田が言葉を続けた。
「今度こそ、お前を自由にしてやれる…」
円を描きならがクリスタルが迫る。
僕はその一つを手ではたき落とした!
パリィン!
黄色いクリスタルが、床に当り砕け散た。
「!!」
小山田の顔が驚愕に染まる。
…何も分ってねぇな…小山田ぁ…!
つらかっただと?
苦しかっただと?
それがどうした?
生きる事は戦いだろ?
お前が与えてくれたそれらを全部ひっくるめて僕は幸せなんだ!!
それを否定する事は許さない!
たとえそれが、お前であっても!
「比嘉…」
僕の心は始から決まっている。
小山田、僕をあの世界に『魔王』として転生させてくれ!
小山田がやっぱりか…と、呟く。
「魔王として転生する事が、どう言う事か分かってるのか? もう『比嘉切斗』では無くなるんだぞ?」
僕は頷く。
小山田は少し、悲しそうな顔をした。
魔王として転生してしまえば恐らく『比嘉切斗』と言う人物は元の世界からは消えてしまうだろう。
それでも構わない、僕はあの世界でやり残したことがある。
その前に…。
なぁ…小山田ってぶっちゃけ何者?
僕の突然の質問に小山田が少し考え込んだ。
「うーん、そうだなー俺は、クラスメイト 兼 保護者 兼 賢者 及びユグドラシルの共通概念ってとこかな?」
え…それって…。
「んう? そんな顔すんなっ! 考えて見ろよ、ただの人間が1000年も生きてる訳ないじゃん? まぁ、お前と1000年離れている事に気付いた時には流石に凹んだけど…」
ごめん小山田…。
「おい、まさか巻き込んだとか思ってんならきっと違うぜ? 多分、この時間軸におけるそれが必然だったんだと思う…それにさ! 俺の人生そんなに捨てたモンじゃなかったぜ~可愛い嫁さんに子供も3人…て! お前! 俺の子孫…ガイルと結婚しただろ!?」
小山田がにたりと笑う。
それは不可抗力…て! 小山田! お前一体何歳なんだよ!?
「う~ん、こんな状態になると時間の概念が無くなるなからなぁ~俺って一体何歳位なんだろ? まぁいいや」
良くねぇよ!!
つか、概念って!
ユグドラシルとは、幾つもある全ての世界を束ねる樹木のような物だとフルフットが言っていた。
そもそも、ユグドラシルから造られた『魔王』である僕ですら実際の所それが何なのか良くわかっていないというのに小山田は自分がその概念であると言う。
…お前は神にでもなったのか?
「どうかな? そう言うんじゃないような…でも、このモードの俺にさほど出来ない事は無いからな…」
人を異世界に転生させる事が出来る時点で、もはや神だろ!?
「まぁ…俺が直接あのクソババァをどうにかできれば良いんだが、なんせ大樹に深く絡んでるからうかつに手を出したら他の世界にかなりの影響が出ちまうから…またきつい思いをさせるな…」
もはや、世界の集合体を統べる『神』 …いや、『神を越えた存在』となったクラスメイトはすまなそうに言った。
小山田…クロノスは一体何者なんだ?
何故そこまであの世界にこだわる?
僕は、予てよりの疑問を小山田にぶつけた。
「あのババァ今でこそ女神を名乗っているが、元は今の俺と同じ多数世界の集合体の概念だったんだそうだ…ただその集合体は寿命を迎え消滅したらしいがな…」
つまり、小山田と格が同じということか?
ふっ…くく…『神』どころかそれを越えた概念すらをも殺す。
はは、『魔王』にはぴったりの仕事じゃないか。
それで?
「さあな? 俺も前任者から引き継いだのはそこまでだからなぁ…。 まっ、要は現在ユグドラシルはあのババァに寄生されている状態でこのままじゃあの世界を中心に大樹が飲み込まれちまう!」
姉さんはどうなる?
「勇者はババァが作った物だ…用が無くなれば無駄なく吸収されて活用されるだろうな…」
姉さん…。
僕は大きく息を吸った。
「さて、比嘉! 準備は良いか? お前の望みは同じ時間と場所に『魔王』として転生する事だな?」
ああ。
「今回、赤ん坊じゃ意味が無いからそのまま『比嘉切斗』の肉体をベースに再構築を行なう訳だが…」
小山田が困ったような顔をする。
「多分、体の脆さとかあんま変わんないかも…」
え"!?
魔王として転生してもそれじゃ意味が無い!
そこの所はどうにか成らないのか!?
リリィも居ないのにコレじゃ直ぐに死ぬ!!
「う~ん…本来なら赤ん坊からやり直しの処、急ごしらえになるからなぁ……ん? リリィって契約精霊のことか?」
そうだと答える僕に、小山田が一点の曇りも無い笑顔を浮かべる。
何だろうもはや嫌な予感しかしない!!
「えっと、まずは能力だよな! 現時点の魔王の力+再生能力に全属性魔法及び身体能力…コレは体が耐えられないかもだな…あと、魔物言葉が分かる能力に剣術・体術・魔力知識に料理…ふふふふ燃えてきたぜ!!」
忘れてた…こいつが秋葉を聖地と呼ぶ生粋のオタクだということを!!
「光って飛ぶ…コレは外せない…!」
お前!
僕になにするつもりだ!!
「比嘉」
小山田が一転真剣な眼差しを向ける。
「お前にこんな事をさせなきゃならない無力な俺を許してほしい」
小山田…。
「やっぱり、体の脆さとかはこの短時間でどうこう出来そうに無いけどその代りお前には思いつく限りの全てを与える!」
そう言うと、小山田(生首)がテーブルを蹴り僕に向って飛んで_______。
ぶちゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~~~~~~!
生首が僕の唇に食いつき、その衝撃で僕は椅子ごと後ろに倒れ込んだ!
後頭部をしこたまぶつけながらも僕は、口にへばりつく生首を掴んで床に叩き付ける!!
何すんだてめっ!!!
もう、涙目ですよ! はい!
「いてーーーー! 手かざしでも良かったんだけど今、首しか無ぇーんだもん仕方ないじゃんかぁ!!」
でも!
やって良いことと悪い事あんだろ!?
椅子から起き上がろうと体を起こすと、リビングの床に僕を中心に魔方陣が広がる。
「いってら♪」
魔方陣が発光する。
おい! 能力についての説明は!?
「ついてからのお楽しみって事で~」
いや、多分僕が転生するのは最終決戦の真っ只中だ!
自分の能力とか確認している暇とかねーよ!?
「え…でも、能力説明無しで転生するってテンプレかと思って…」
この厨ニ病が!!!!!
僕の体は光に包まれその場から消え、静まり返ったリビングの床に生首が転がる…。
「さ…俺もぼちぼち始めるかな」
そう呟くと生首もその場からフッと消えた。
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