賢者の墓
**************
え…なにこれ?
ようやく体が動かせるようになったボクが宿屋の窓から外をのぞくと、そこは正に戦場と化していた。
朦々と立ち込める土煙が、視界を塞いで何も見えない。
「キシャァァァァァァァァァ!!」
突如、ナニカの咆哮でたちこめた土煙が飛散する。
ようやくボクの目に映ったのは、恐らくコッカスと思われる魔物とそれと全裸で対峙するギャロの姿だった。
「なにこれ? どうなってんの?」
ボクは慌てて、ギャロの下穿きをもって外に飛び出して何だか楽しそうに見物してるダチェス状況を確認する!
「んお? や~と起きたか、緑っ子! オメェが、鬼っ子を助けに行ったくれぇにいきなり襲ってきてなぁ~それが強ええのなんのって! 赤耳が追っ払おうとしてっけど中々なぁ…」
勇者にや無闇に魔物を殺すなって言われってからなぁ…と、ぼやきながらダッチェスがガシガシと頭を掻くと白い羽がはらりと落ちた。
「え? コッカスって改良種でしょ? どうして襲ってくるのさ!?」
ボクの問いに、ダッチェスも首をかしげる…とりあえず、僧侶のボクがあのコッカスと『話』をしないと!
「ねぇ! きみ___」
けれど、ボクはコッカスと話をすることは出来なかった。
目に映ったのは宙を舞う片方だけの翼、返り血を浴びる純白の鎧…。
「キリカ…?」
剣をしまうその人の名を、ギャロが紡ぐ。
そんな…本当に、あれは勇者様なの…?
そこには、ボクの知る勇者キリカと同じ姿の誰か佇んでいた。
****************
「あっそ~れ! ふぁいと~★ これで最後よ~お尻に力入れてぇん★」
フルフットが、体をクネクネと動かしながらセクハラ染みた声援を僕らに送る。
僕とガイルは、教会前にフルフットの構築した魔方陣に先ほどアンバーに操られていた数百人のエルフ達を片っ端から集めてその中に放り込んでいた。
「ふう…骨が折れるぜ…」
魔方陣に積み上げられた屍のようにピクリともしないエルフの山に、ガイルがため息をつく。
「こっちも手伝ってくれ!」
僕は、ミケランジェロの甲羅から中年のエルフを引きずり降ろそうと躍起になって引っ張るがビクともしない。
「大丈夫か? 貸せ!」
小一時間ほどしてようやく、倒れていた全てのエルフを魔方陣に積み上げる事に成功した。
「準備は良い~行くわよ~★」
魔方陣から、眩しいほどの光が発せられる。
…歌?
光が発せられると同時に、フルフットが急に歌いだした。
『あれは、エルフ特有の呪文詠唱ですご主人様』
僕の疑問をくみ取ったリリィが、すかさず解説する。
ふうん…言語もエルフ特有の物で内容は全く分からないが、まるで僕らの世界で言うところの聖歌を歌ってるようだ。
一唱節歌い終ると、魔方陣から発せられた光が徐々に弱まっていく。
「…ん? ここは何処だ?」
「ぐっ! 誰だ俺の腹に乗ってるの!」
「ばあさんや、昼飯はまだか? なんじゃこれは!?」
「腕が! 腕が!」
積み上げられたエルフ山が、一斉に意識を取り戻しまるで雪崩のように崩れていく。
何が起こったのか、良く分かっていないエルフ達はお互いを見あいながら呆然とその場にへたり込むばかりだ。
「皆さん…脅威は去りました、どうか安心して自宅に戻ってください」
呆然とする彼らの耳に、大気を包むようなフルフットが声が響く。
一切説明になってなどいないのに妙に説得力を感じさせる雰囲気に気圧され大半の住人がふらふらと家路につく中、一人の青年がフルフットの前に歩み出た。
「脅威とは何です? 大司教様は何処におられますか? 直接お会いしたい!」
白いローブに金色の刺繍を見るに、青年は恐らく位のある僧侶なのだろう。
「その事については、後ほど説明があります」
「納得出来ません! 我らは住人を守る義務がある! それに彼方は一体な____」
言葉を続けようとした青年の唇に白い指がトンと置かれる。
「…大司教様は神力を大分使ってしまったので礼拝堂で休んでいます…どうか今は御控え下さい」
桜色の唇が、音を紡ぐ。
きっと男だと言うことは、分かっている筈なのに青年は顔を真っ赤にし頷くのが精一杯の様子でその場から立ち去った。
まさか、目の前にいた美青年があのスキンヘッドおねぇとは思うまい。
青年が十分遠くに立ち去ったのを確認すると、フルフットは僕らの方に手招きした。
「坊や、子猫ちゃん、アタシについて来て!」
フルフットは、倒壊した教会の中に入って行き僕らもそれに続いて中に入った。
と言っても、屋根など無くなっているので瓦礫の中に踏み込んだと言った方が正しいかもしれない。
「ちょっと、子猫ちゃん手伝ってくれるかしらん★」
「あ? ああ…」
ガイルは言われるまま、瓦礫を退かす。
「これは…!」
床に現れたのは、ほったて小屋のような教会には似つかわしくない鋼鉄で出来た重厚な扉だ。
フルフットが、扉に手を当て静かに歌う。
すると、重そうな扉が鈍い音を立てながら開き中には階段が続いているのが見える。
「さっ、ついて来て」
僕が続こうとすると、ガイルが僕の手を掴んだ。
「おい!」
眉間にシワを寄せ首を横に振る。
ガイルが警戒するなんて珍しいな…だが…。
「行ってみないと分からないだろ? 何ならお前は此処で待っていろよ」
僕は、ガイルの手を振り解くとフルフットに続いた。
「別にぃ、妖しい所に連れてく訳じゃないわよぉん★ 怒んないでよ子猫ちゃん?」
ガイルは、無言のまま後に続いた。
きっと、怒っているんだろうがそんな事に構っていられない!
姉さんのパーティーに、あんな危険人物が居る事が分かったんだ!
一刻も早く、こんな下らない戦い辞めさせてさっさと姐さんを元の世界に連れて帰らないと!
その為なら、どんな事でもするに決まってる!
月明かりがぼんやり照らす階段を、フルフットの背中を頼りに下りる。
それにしても、人外の連中は夜目が利くな…こんなに暗いのに明かりも無しで急な階段を平気で歩くんだから。
ズル!
「!!」
階段を踏み外しバランスを崩した僕を、すぐ後ろにいたガイルが抱える。
「…」
「わりぃ…」
無言のままガイルが、空いた方の手を軽く振ると壁面に明かりが灯った。
どうやら、壁面には小型の松明が備え付けられていたようだ。
あたりが明るくなり階段が良く見える。
ガイルは、僕を放すと視線をそらして前を歩いていく…今度は大分機嫌を損ねてしまったらしい。
「さ、ここよ」
長い階段を下りると、そこは子供部屋程の広さの石造りの部屋でそこらじゅうに無数の蝋燭とそれに照らし出されるように何かを祭るような祭壇がある以外は特に何も無い。
「邪魔が入らなければ、すぐ此処に連れてきたんだけどねぇん~」
そう言い、フルフットは祭壇のほうまで歩み寄りくるりと此方を向いた。
エルフ特有の深緑の瞳が、僕らを見据える。
「『勇者とは何か?』その問いに答えるのは簡単だわ…けどね、それを知って坊やはどうするの?」
唐突に向けられる殺意にも似た視線。
それにガイルがいち早く反応し、僕の前に立つ。
「てめぇ!」
「アナタもよ、子猫ちゃん…それを聞いてどうるの?」
ガイルは、言葉を詰まらせる。
どうするだって?
どうするも何も、そんなの決まってるじゃないか!
『ご主人様!』
次に喋る僕の言葉を察したリリィが、『お止め下さい!!』と叫んだが僕は言葉を続ける。
「勇者が何であれ、僕が姉さんを連れ戻す事に変わりはない! あんた等の世界が滅ぼうが僕と姉さんには関係ない!」
このおねぇに嘘は通用しない、僕に出来ることは偽らない事だけだ!
「アナタは子猫ちゃん?」
ガイルは口をつぐんだままだ。
「いいわ…坊やは合格ね★」
殺意は消え、ふわりとフルフットは微笑んだ。
「!?」
突如、地面から目を開けるのも困難なくらいの眩い光が発せられた。
これは、あの時と同じだ!
そう、僕と小山田がこの世界に飛ばされて来た時と同じ感覚!
「ヒガ!!」
ガイルの手が、僕の腕を掴む。
光の中で地面が消えたのを感じた。
どさっ!
「~いてぇ…!」
突然戻った重力に、僕はバランスを崩しその場に転んだ。
土の匂い?
手をついた地面には鮮やかな緑、周囲からは風に揺れる木のざわめき。
暖かな太陽の光が木々の間から地面を照らす。
……ついさっきまで夜だったよな?
「あら? 坊や、大丈夫?」
フルフットが、くすくす笑いながら手を貸す。
「…なんだ? 一体何が…」
「ちょっと場所を変えさせてもらったわ★」
僕の疑問に、事も無げにフルフトが答える。
「変えたって…?」
突然、僕の胸の前に小規模の魔方陣が現れるとそこからリリィが飛び出した。
「行き成りなにすんの!?」
完全不機嫌モードで、フルフットに食ってかかる。
「いやん★ 良いじゃな~いちょっと位ぃ~」
「私の力を勝手に!!!」
リリィの力…?
「どう言う事だ?」
「大した事無いのよぉ~ちょっと精霊ちゃんの力を借りただけよ★」
フルフットは、すっとある方向を指差す。
「あそこにね…どうしても坊や達を連れて来なくちゃならなかったから」
フルフットの指差す先には、木々に大分侵食された巨大な神殿のような建物が見えた。
「あそこは…!」
…ガイル?
驚いたような表情を浮かべ、ガイルはその建物を凝視しする。
「さ…行きましょうか」
愕然としたガイルを尻目に、フルフットが歩き始めた。
「おい! ガイル!」
「あ…ああ」
僕が声をかけて、ようやくガイルも歩き始める。
「ご主人様…気をつけて下さい…」
リリィが、心配そうに僕に寄り添う。
分かっているさ、僕だって完全にフルフットを信用した訳じゃない。
「ふう、距離の離れた所に出たんじゃなくて助かったわ~」
建物の入り口まで来るとフルフットはそう呟いた。
「おい!」
今まで黙っていたガイルが、口を開く。
「てめぇ…どうして此処を知っている!」
金色に染まる瞳からの殺気が僕の方にも伝わってくる。
「千年前、魔王が倒れてからのアタシ達『リーフベル』の役目はその後の英雄達を見守ること…すなわち血脈を管理する事」
そうか…まともに考えて、管理無しに千年も前の英雄の正統な血筋を引く子孫を把握出来る分けが無い!
だから、千年も月日が流れているにも関らず姉さんの元に英雄達の子孫が簡単に集められたのか…。
それにしても。
「此処は一体どこなんだ?」
僕の問いに、ガイルが口をひらく。
「賢者の墓だ」
と。
「賢者の墓…?」
僕は、ガイルの言葉を繰り返した。
墓…賢者の…小山田の墓?
そうだ…そうだよ…千年_____千年経ってるんだ…小山田が生きているわけ無いじゃないか。
頭では分かっているつもりだった…けど…。
僕は上着の下、背中に挟んだノートに触れる。
古文書と呼ばれたマラソン大会参加賞のノート…その中の小山田は元の世界に帰る事を微塵も諦めてはいないと言うのに…!
賢者の墓は、残酷にも此処に小山田が眠っていると無慈悲に僕に突きつけた。
「どうしたの坊や?」
行くわよと、フルフットが先を急ぐ。
「…」
フルフットに続いて僕は『賢者の墓』に足を踏み入れた。
墓と言うよりは神殿と呼ぶのが相応しい艶やかな白い石造りの外壁には、木々の根が複雑に絡みつき千年の時を物語る。
フルフットは勝手知ったると言った感じで、何の迷いも無く歩き続ける。
「ガイル、お前は此処の存在を知っていたのか?」
僕は、すぐ横を歩くガイルに声をかけた。
「…」
まだ、機嫌が直らないのかガイルは何も答えない。
「ちょっと! ご主人様が聞いてるのよ! 答えなさいよ!! 馬鹿獣人!!」
ガイルは、リリィの暴言にすら何の反応もせずただ黙って歩く。
賢者の墓と呼ばれる内部は木々の根に侵食され床から太い根が飛び出し、壁を太い枝が貫いて外の太陽の光が差し込むお陰で思いのほか明るい。
石壁には、恐らく千年前の戦いをモチーフとされた壁画が彫刻されきっと当時であればそれは荘厳な物だったであろうことが芸術に疎い僕にでも分かった。
「ここよ」
長い通路の突き当たりに到着すると、フルフットは壁に手を当てた。
「…そんな事まで知ってるのかよ…」
ガイルが、怪訝な顔でフルフットを見た。
「ふふ…もしかしたら、子猫ちゃんも知らないようなご先祖の事も知っているかもね~★」
白い石壁に、光の線が浮かびそれはライオンを象った文様に形を成す。
それは僕の着ている制服の校章と同じ物。
ゴゴゴゴゴゴ…。
石壁は、鈍い音を立てて床に沈んだ。
「さ、あと少しよ~」
そう言うと、目の前に現れた地下への階段をフルフットは下り始めた。
薄暗い階段は、螺旋状に渦巻き地下へと続いている。
「あら、そうだったわ~」
フルフトは、独り言のように呟くと壁に何故か備え付けられていたカーブミラー程の大きさはある円盤状の鏡を押し角度を少しずらす。
キン!
鏡は、入り口から差し込む太陽の光を集め他の鏡に反射する。
すると、先ほどまで薄暗かった階段は一気に明るくなった。
「これで、坊やも良く見えるでしょ~?」
僕は、とりあえず礼を言いフルフットの背中に続いた。
長い螺旋階段を下りると、そこは円状の広い空間…僕がコモドンと戦った奴隷商人の闘技場の三倍くらいの広さはある。
まるで、すり鉢状に彫り下がった中央には強大で透明な氷のような物が鎮座する…クリスタルってやつだろうか?
それが大きなものでは高さ10m位のものを中心に、大小様々な大きさの物が寄り集まって一つの塊になっている。
そのクリスタルを中心に、円卓を囲むようにそれぞれ色は違うが同じようなクリスタルの集まりが壁伝いに点在していた。
「こっちよ」
フルフットは、中央のクリスタルの元へと僕らを誘った。
「これは?」
巨大なクリスタルが僕らを映す。
「これは__」
「墓標だよ」
答えようとしたフルフットを遮りガイルが、口を開いた。
「これは、賢者オヤマダの墓標だ」
墓標…。
つまり、ここに小山田は……。
「実感が湧かないな…」
小山田とは幼稚園から同じ学校に通ってはいたが、特に口を利いたことがあった訳では無かった。
クラスだって同じになったのは中学に上がってからの事で、それまでお互い名前を知っている程度で特に交流があった訳でもない。
ああ…そう言えば小山田は姉さんのファンクラブの会員だっけか?
前、休み時間にクラスの連中とそんな事を話していた気がする。
小山田は、オタクキャラを活かしクラスでもムードメーカーで女子からは引かれ気味だったが周りに人が絶える事は無かった。
姉さんと同じく、小山田もまた僕とは正反対の人間。
身内である姉さんとは違い、通常であれば僕とは一切関りあうことの無い人種だった。
あの日、姉さんの通う高校の前で僕と会いさえしなければ。
…僕が…僕が、小山田を巻き込んだんだ…。
これは、紛れもない事実。
どんなに目を背けても、これは変わらない。
たった一人、千年も前の異世界に飛ばされた小山田は一体何を思っただろう?
きっと、僕を心底恨んだに違い無い。
僕は、透明なクリスタルの墓標を見上げた。
小山田は何を思い、どんな人生を歩んだろう?
クリスタルは、僕らの姿が映っているだけで答えなどしない。
「話の続きを聞かせてくれ」
ボクはクリスタルを見上げたままフルフットに言う。
…これ以上感傷に浸っていても小山田は戻らない…姉さんをこんな所で失うわけには行かないんだ!
「勇者とは何か答えるためには、まず10万年前の話からしないといけないわね…」
「10万年前?」
いきなりの突拍子もない話に怪訝な顔をする僕に、フルフットは坦々と言葉を続けた。
「そう、遡ること10万年前…この世界は『滅んだ』の」
滅んだ?
「何だよそれ!? どう言う事だ??」
フルフットの言葉に、ガイルが噛み付く。
「そうです! 滅んだなんて、そんなはずありません!」
リリィも、信じられないと言った表情だ。
そんな二人の抗議にフルフットは、少し悲しげに言葉を続けた。
「世界にも『寿命』があるのよ、終わりが来るのは『滅ぶ』のは当たり前の話だわ」
「それで? その事と姉さんと何の関係があるんだ?」
「世界は滅んだ…しかし、それを受け入れる事の出来ない者がいた…それは『時と時空を司る女神クロノス』」
そんなはずありません!! と、リリィが声を上げようとしたが僕と目があい言葉を飲み込んだ。
「クロノスは、この世界を愛していた…だから滅んだのが許せなかった…だから『巻き戻す』事にしたのよ」
巻き戻す…?
「この世界が滅ぶ前に、時間を巻き戻して滅ぶのを回避したかったのね…でも、肉体の『巻き戻し』は次に傷を負わなければ回避できるけれど定められた命の『寿命』は変える事は出来ない」
つまり、いくら巻き戻しをしても時が流れればまた滅ぶ時が訪れると言うことか?
「クロノスは滅びの時が訪れるたび、何度も巻き戻したわ…けれど次第にそのスパンが短くなって行った…そしてついにこれ以上、巻き戻す事が出来なくなってしまった…原因はたとえ女神であるクロノスにも逆らえない『時の補正』によるもの」
「『時の補正』?」
ガイルが、首をかしげる。
おそらくコイツの頭ではこれ以上会話に付いて行く事は出来ないだろうな。
「『世界』と言うのが、此処だけじゃない事は皆知ってるわよね?」
フルフットの問いに、僕らは頷く。
「そう、世界は此処や坊やのいた世界ばかりじゃない…きっと想像もつかないくらい無数の世界が複雑に交差しあい影響を受けながらまるで巨大な木の枝のように連なっている…そう考えられているわ」
もはや、頭に『?』マークを大量発生させているガイルを尻目にフルフットは言葉を続ける。
「アタシたちは、その世界の集合体を世界樹…『ユグドラシル』と呼んでいるわ」
側に控えていたリリィが、僕の制服の袖を無為意識につかんだ。
「『滅び』は新しい世界の『誕生』を促すもの…『ユグドラシル』は新たな世界の誕生の為、この世界をあるべき未来に修正する」
やっと頭がついて来たのか、ガイルが思いつた様に口を開いた。
「でも、女神クロノスがそれをさせないんだろ? どうやってこの世界を滅ぼすって……あ」
…ガイルの勘は正しいだろう。
「『魔王』か…!」
僕の言葉に、フルフットは微笑んだ。
「『魔王』と言う存在は、ユグドラシルによって創られた『あるべき未来へ導く者』…そして『勇者』とは女神クロノスによって造られた『時を留める者』」
重苦しい沈黙が訪れた。
つまり、僕が姉さんを連れ戻すと言う事は必然的にこの世界が滅ぶと言う事。
そして、姉さんはクロノスとか言う女神に『造られた存在』…。
「魔王と勇者は、陰と陽…ぶつかり合うことで相殺されそれと同時に女神クロノスによって世界は『巻き戻される』そうして何万年も時を繰り返してきたのよ」
「ぶつかり合う? 相殺? それじゃ、勇者は…姉さんは?」
フルフットの瞳が微かに揺れる。
「死ぬわ、正確には次の魔王が現れるまでその魂は輪廻の中で待機することになるけど」
輪廻? 待機?
姉さんは、これまで一体何千何百とこの世界の為に『死んだ』んだ…?
胃が締め上げられるような感覚と、のど元まで一気に吐き気がこみ上げる!
「おい! 大丈夫か!?」
思わず口元覆った僕に、ガルが手を貸そうとしたが僕はそれを振り払う!
今すぐ、クロノスを殺してやりたい!
僕の姉さんを、数え切れないほどの『死』に追いやったクソ女神を!!
「…僕が望んだとは言え、こんな話をして…はいそうですかって姉さんを諦めるとでも思っているのか?」
フルフットは、笑みを浮かべたまま僕を見つめた。
正直、このおねぇの目的が分からない。
少なくとも、僕のやろうとしている事はこの世界の為にはならない…まさか!
僕は、じりじりと後ろに下がった。
殺され_____
「いやん★ 怖がんないで~坊やの事殺そうとか思ってないからん★」
フルフットは、慌てたように弁解した。
「一体…何が目的だ!」
声を荒げた僕に、フルフットは微笑み言葉をつづける。
「千年前からアタシ達『リーフベル』がお使えするのは、『賢者オヤマダ』只一人」
そう言うと、真っ赤に染まったローブのポケットから手のひらに乗るほどの小さな木の箱を取り出し僕に差し出した。
「これは…?」
「賢者オヤマダより、お預かりした貴方への伝言で御座います。 ヒガ・キリト様」
フルフットは箱を僕に渡すと、恭しく頭を下げた。
「さ、お開け下さい」
促されるまま箱を開けると、中には青い光を放つビー玉ほどの大きさの丸い球体が入っていた。
「これは、魔力によって作られた物のようですね…」
背後から覗き込んでいた、リリィが独り言のように呟いた。
「…壁に投げて使うんだ」
先ほどから押し黙っていたガイルが、口を開く。
「クルメイラじゃ良く使われているヤツだ、壁とか平らな所に投げつけると文字や映像が浮かぶ筈だ」
僕は、目の前の巨大なクリスタルに狙いを定め青い球体を投げつけた。
パン!
小さな音を立てて球体は砕け、同時にクリスタルの表面に波紋が広がるように青い光が波打つ。
ジジジジ…ジジジジジジ……。
半径3mほどに波紋が広がると、まるでノイズが入ったように表面が乱れ始めた。
「あら~やっぱり千年も経つと画像が…」
ジジジジジジ…。
『ジジ…テス…ジジジジ…マイクテ…ジジ…あーーあーいーえーえええ…ちょ…これマジで大丈夫かよ!!』
聞こえて来たのは、もはや懐かしくさえ思える『ニホンゴ』で喋るクラスメイトの声。
「小山田…?」
そして、クリスタイルに浮かぶノイズ交じりの画像に映しだされたのは恐らくこの場所であろう事を感じさせる石造りの床と膝から上が見切れた小山田の姿だった。
完全なアングルミスだ!
誰だ! 撮影したの!?
『おk? …んんっ!! あー…わたしのーお墓のーまーえでー泣かないで下さいー此処にーわたしはーいませんー眠ってなんかーいませんー…』
は?
『つー訳で、俺ここで死んでないんだわー…ビビッた? ビビッた? ゴミンネ~~~(笑)』
あはは~と笑い声が響く。
「てめっ__」
『お? 突っ込みくれようとした? 残念! これ一方的に俺が喋るだけだからーって! ちょ! 帰んないでよ!』
思わず踵を返そうとした僕の背中に、小山田の声が響く。
さっきまでの、僕の思いをどうしてくれる!!
『悪かったって! 真面目に話すからぁ…時間も限られてるからな』
膝から上が見切れている為に小山田の表情は分からない、でも元気だった事は声のトーンから伺い知る事が出来た。
『比嘉がこれを見ていると言う事は、リーフベルに会うことが出来たんだな…良かった…無事…だよな?』
小山田の声は、心配そうに僕を気遣う。
『俺さ、ここじゃ賢者様なんて呼ばれてんだぜ? ビックリだろ? んであの魔王まで倒したって事になってる勇者一行のメンバーにまで入ってんだぜ? マジ凄くない? マジで伝説扱いでさ、毎日何処かのお偉方やどっかの国の王様とかがひっきりなしの会いに来るもんだからマジうざいてぇ…感じ』
ふう、と小山田はため息を付いた。
『だから俺、ひとまず死んだことにして旅に出ることにしたんだわ…そしたら世界を挙げて葬式とかやるもんだからマジで引いた! つーか墓とかキングサイズ過ぎるしテラワロス!』
小山田からは乾いた笑いがこぼれる。
旅? 何のために?
『比嘉、お前の事は必ず俺が見つける…だから心配スンナ!』
!!
『もちろん、霧香さんだって! 皆で家に帰ろう!』
言葉が見つからない…だってお前は……!
『とりあえず、行き違いになるかもだから…これに…おっと』
バサっと地面にあるのもが落ちる、小山田の手がすかさずそれを拾った。
『と、これこれ…』
間違いない、あれは今僕の背中に挟まれてる古文書と呼ばれたノート。
『俺、此処に来てから日記的なもの書いたわけよ…んでこれを…げ!? もう時間!? マジで~まだ言いたいことあんのによ~』
小山田は、慌てたように捲し立てる。
『え~と、これのアレをアレしてアレしちゃったらこうで、こうだからこんな感じでアレになるから! きっとこのノートは比嘉の役に立つ! 受け取ってくれ!』
ナニをどうやっているのか、膝から上が見切れているため全く分からない!!
『_____それと、ごめん』
え?
『お前の言ってた事、信じてやれなくて』
なんの話だ?
『もっと真面目に話を聞いてやれば、こんな事にはならなかった…マジごめん!!』
まさか、この世界に飛ばされた時の事言ってるのか!?
「そんなの! 僕の所為に決まってるじゃないか!? なんでお前が…!」
僕は思わず声を上げた。
小山田は、全く持って今回の件とは無関係だ!
たまたま、その日姉さんの通う高校の前で出くわしただけ…それに僕が姉さんの消えた現場まで道案内をさせなければ小山田は今も呑気に学校に通っていたはずだ!
恨まれこそすれ、心配や謝罪なんて…にそんな資格は無い…。
『っと…もう時間だ…じゃぁな! もしかしたらもう合流してこの画像を一緒に見てるかもしれないけどな!』
ジジジジジ…。
画像が乱れる。
「小山田…!」
小山田は、分かっていない。
自分が僕より千年も先に着いた事を。
いくらそこで僕や姉さんを探しても、見つかる筈ない事を。
ノイズと共に小山田の姿は消え、元に戻ったクリスタルは冷たく僕を見下ろした。
「これで、終ね…」
呆然と立ち尽くす僕を気付かせるように、フルフットがさりげなく声をかける。
小山田は、僕らを見つけることは出来なかった筈だ…。
幾ら賢者と言えど、まさか千年も時を跨いで僕等が現れるなんて予想だにしなかっただろう。
何で…何でこんなことに…。
気が付くと、僕はフルフットの胸ぐらを掴んでいた。
「ヒガ!!」
ガイルの声など耳に入らない!
「何で姉さんが…何で小山田が…こんな目に遭わなくちゃいけない!!」
これは八つ当たりだ。
判ってはいるが、怒りがソレを許さない。
「あんたらは、何度姉さんを死なせたら気がすむんだ!? 何千何万と時間があった筈なのに! 別の世界で平和に暮らしてた姉さん引きずり戻して! …小山田まで…! お前ら他人ばかり頼りやがって! 自分たちで何か出来ただろうが!!」
胸ぐらを掴む腕に、ガイルがそっと手を置く。
「ヒガ…俺たちは何もしてない訳じゃない…」
酷く悲しそうな声だった。
「そうよ坊や…千年前、賢者様が現れるまでこの世界の住人たちは世界の時間が巻き戻されている事に誰一人気が付いてなかったのよ」
「な…」
強張った僕の指を、ガイルが一つずつローブからはがして行く。
ローブのシワを調えながら、フルフットが続けた。
「誰も知らなかった…魔王とは何か、勇者とは何か…繰り返す戦いは何の為に行なわれているか…それを知らせたのはほかでもない『賢者オヤマダ』その人」
ガイルの手が僕の肩にふれる。
「ヒガ、周りを見てくれ」
僕は周りを見回した。
円形の空間には、中央のクリスタルの墓標のほかに色違いではあるが同じような物が周囲を囲むように並んでいる。
同じ物…そう、これは墓標。
つまり、ここにあるのは小山田の子孫達の…。
「勇者がこの世界から消えて千年後、魔王は復活を遂げた…それは賢者の予言通りだった」
「予言?」
小山田が予言?
訝しがる僕に、ガイルは言葉を続ける。
「賢者は予言した、『魔王は復活する、しかし、勇者では真の意味でこの世界を救えない』」
『勇者では真の意味でこの世界を救えない』
ガイルの言葉…いや、小山田の言葉は僕の中に深くきざまれた。
「三年前、反対する各種族の意見を無視し勇者召喚を待たず商業都市クルメイラ及びエルフ領リーフベルは魔王を倒すべく連合軍を編成し、討伐へ向ったわ」
「それって…」
「賢者オヤマダの残した予言に従ったんだ」
目を伏せたガイルを尻目に、フルフットはまるで感情を失ったように坦々と言葉を続ける。
「勇者転生を使った世界の巻き戻しにも限界が来ている…いずれ勇者を異世界から召喚出来たとして、この世界は滅ぶ…と言う内容よ。 古文書から解読されたこの予言を受けてクルメイラ及びリーフベルは各種族に対して勇者に頼らず魔王を討伐する為の協力を求めたわ…けど、協力は得られなかった…他の種族にして見ればいつか来る限界を危惧するより確実な勇者を利用すするほうが得策と取るのは当たり前だったでしょうね…」
不意に、フルフットの目に涙が浮かんだ気がした。
「連合軍とかつて勇者と旅した英雄たちの子孫は、厳しい戦いを経てついに魔王と対峙した」
「ちょっとまて! 英雄たちの子孫?」
「そうよ、他の種族からは協力は得られなかったけど、血脈の管理はアタシ達リーフベルの役目…当然協力を求め、彼らは快く引き受けてくれた」
「それじゃ…勝」
「いいえ」
フルフットが、僕の言葉を遮る。
「一瞬だった…連合軍は殆んど壊滅、英雄達の子孫は誰一人助からなかった…」
え…?
どう言う事だ?
英雄の子孫達が?
「まて…と言う事は…今、姉さんに同行しているのは?」
「死んだ奴に代わって称号を与えられた連中だ、ギャロウェイ兄上がそうだから…」
ガイルが、すかさず補足した。
「じゃ…他に『狂戦士』がいたのか?」
「うちの場合、本来『狂戦士』の称号を与えられたのは、一番上の兄上…レンブラン・k・オヤマダ…けどレンブラン兄上は魔王に…それだけじゃない! 連合軍で指揮をとっていた父上も母上もあの戦いで…」
ガイルは言葉を詰まらせた。
「実力的にいえば、現領主のガラリアが称号を継ぐべきだったけど…より確実に血脈を残す意味でギャロちゃんに称号を継いでもらったわ」
「…まるで、アンタが選んだみたいな口ぶりだな?」
「ええ、勇者パーティーの選抜と称号の授与はアタシ達『リーフベル』の役目ですもの」
フルフットは至極当然な事と言葉を付け加えた。
三年前の決戦、英雄達の子孫の死…小山田の予言…。
何もかも繋がっているようで、肝心な部分が抜け落ちてしまっている。
そんな気がしてならない…それが何なのかは今の僕には分からないが…。
「じゃあ、姉さんを召喚したのは?」
「女神クロノスに賛同した族長達よ、それについては精霊ちゃんの方が詳しいんじゃないかしら?」
いや、それは無い。
リリィがどんな情報を持っているかは、『主』であり魂を共有している僕が知らないわけが無い。
精霊としては最下層に位置していたリリィは、女神に対しての役立ちそうな情報は殆んど持ち合わせていないのは確実だ。
それにしても…。
「あんたは、僕の事も知っていた様だけどそれも予言か?」
「ええ、でもアタシがその予言を知ったのはつい最近クルメイラからの親書で初めて知ったわ」
親書?
ああ、手紙か…そう言えば、僕とガイルにもガラリアと万太郎から来てたっけなぁ…。
「お前がこの世界に来ることは、その古文書に書かれていた事だ」
背後でガイルの声がした。
ああ…確か、初めて会った時もコイツはそんな事を言ってた_____あれ?
今コイツ、なんて言った?
背中に冷たい空気が触れる。
「!!!」
慌てて、背中を押さえた時にはもう遅かった!
「動くな!!!」
振り向くと、そこには見慣れたノートを握り締めたガイルが僕に鋭い視線を送っている!
「な_____っ」
「動くな! それ以上動いたら古文書を燃やす!!」
っち!
目を見れば分かる…ガイルは本気だ!
「ちょっと! 何考えてんのよ!! 馬鹿獣人!! 脳みそ湧いてんの!?」
僕は、更に言葉を続けようとしたリリィを手で制した。
「要求はなんだ? 姉さんを諦めろってことか?」
取り合えず、要求を聞いておこう。
まあ、答えにも従うつもりは無いが…。
短い沈黙が訪れ、ガイルは口を開いた。
「ヒガ、オレと結婚してくれ!」
は?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます