盗まれた古文書

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 前略 比嘉切斗様


 携帯の電波が無いので、初めて手紙を書きました。


 この世界について、早2日が過ぎようとしています。


 夕飯までに帰るつもりが、中々帰ることが出来なくってごめん。


 一緒にいる精霊のクリスの話だと、そっちで姉さんがいなくても皆が心配しないようにクリスの妹が母さんや父さんに話をしてくれると言ってました。


 切斗も精霊を見たらとても綺麗なので、ビックリすると思います。


 姉さんは、こっちでは勇者様と呼ばれています。


 そっちでは正義の味方と呼ばれていたし、やる事はあまり変わらないような気がします。


 とにかく私は元気です!


 心配しないで下さい。


 出来る限り早く帰ります。


 この手紙を、クリスの妹リリィに預けます。


 比嘉霧香より


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 眠りについて2時間30分56秒。


 僕は、激しくドアが叩かれる音でうっすら目開けた。

 が、またすぐに意識が遠のく。



 ドン!

   ドン!

 ガチャガチャガチャガチャ!



 今度は、ドアノブが激しく回される。


 ベキン!


 あっ…ドアノブが壊れた。


 さらに、バッキと音がして誰かが入ってきようだ。

 ガイルだな…さっき、食事の用意が出来たら呼ぶとか何とか言っていたから…。


 しかし、ドアを壊すなよ…何のための鍵なんだ?


 足音は僕の寝ているベットの横で止まる…てっきり起されると思ったが、何もしてこない…?


 重いまぶたを開けてみる。


 はあ…僕さ、人間は姉さんと両親以外どうなっても構わないが動物とかは結構好きなんだ…けど…いい加減こんどこそ爬虫類が嫌いになりそうだよ。


 見上げた視線の先には、白い鎧を着たトカゲ男が腕を組んで仁王立ちで此方を見下ろしていた。



 …取り合えず叫んでおこうか?



 「わああああああああああああああああ!!」



 バキッ!!!


 僕の叫び声を聞きつけたガイルが、ドアを完全に破壊し部屋に飛び込んできた。


 「どうした! ヒガ!!」


 するとガイルをみたトカゲ男は、肩膝をついて頭を下げた。


 「&%&’7$#5&&$798###””()&’534・・・@@」


 トカゲ男が、ガイルに向って何事か喋っている。


 「@1#$%%$#””$!」


 ガイルが此方に歩きつつ何事が声をかけると、トカゲ男は立ち上がり一礼し壊れたドアの方へ下がっていく。


 「はあ…急に叫ぶからマジでビビったんですけど?」


 ベッドに腰掛けると、ガイルは呆れたように言った。


 「寝起きにトカゲ男がいたら驚くに決まってんだろ!? つか、あいつ僕が捕まってた場所にいたやつじゃないか?」

 「え? もしかして、そっちの世界には『リザードマン』とかいない訳?」

 「いるか! んなもん!」


 そんなもん、ゲームかマンガにしかいないね!


 「アレはうちの兵士だよ、感謝しろよ~あいつが報告しなかったらお前あのまま売り飛ばされてたぜ?」


 え? 

 売り飛ばす?

 僕は商品だったのか?


 「あそこは無許可の奴隷商でさ、旅人とかを適当に拉致って売り飛ばしてたんだよ」

 「なんだそれ!? 酷いな…」

 「オレは、商業都市クルメイラで主に無許可で商売をしてる連中を取り締まってるわけよ。 んで、あいつは潜入調査隊」

 「スパイってことか…ん? 無許可の取り締まりってことは許可さえ取れば人身(?)売買ができるのか?」

 「出来るに決まってるだろ? ここは商業都市なんだ何でも売ってる」


  事も無さげにガイルは言った。


 どうやら、倫理観についても僕の世界とは大分異なるらしい。


 姉さんがこの現状を知ったら、きっと奴隷解放運動を起すな。


 僕は、ドアの横に立つトカゲ男…『リザードマン』をちらりと見る…あの時、僕の腕を折ったヤツと見分けが全く付かないな…。


 「OO()っ&%$65!!」


 こちらの視線に気づいたリザードマンは、片膝をつき今度は僕に向って何事か話かけてきた。


 「?」


 「ああ…実はさ、お前を捕まえてた奴隷商なあいつの兄弟の息子の孫の従弟の兄嫁の弟の息子? らしいんでお前に謝罪したいって言うからさぁ世話役に就けたんだ」


 謝罪とか要らねーし!

 てか! それはもはや身内なのか!?


 「世話役って…言葉とか通じないだろ?」


 どうやらケモ耳姉弟の中で、僕は長期滞在するものとなっている様だ。

 僕は一刻も早く姉さんと合流して、さっさと元の世界に帰るつもりなんだが?


 怪訝な表情をしているのが分かったのか、トカゲ男はさらに深々と頭を下げ何事か喋る。


 「$%$%#7’’($#”$%&&87&??!!」


 「あ~『精神誠意お仕えします!!』って言ってるなぁ」


 「断る!」


 「まあ、そう言うなって! 部下の中じゃ一番真面目なヤツなんだ! …ほら服もって来たしこれ着てとりあえず飯にしようぜ? 用意出来てるからさ!」


 ガイルの言葉に、僕は今更ながらシャツが裂けブラジャーが丸出しなのを思い出した。




 夕食。             



 ガイルの案内で、僕は客人用の晩餐会に使われる部屋に通された。


 流石、客人をもてなす部屋だけあって無駄に広い。


 領主の応接室と同じ基調の部屋に、どーんと置かれた貴族とかが使いそうな長いテーブルはきっと高価な白い鉱石で造られているんだろう縁にまで繊細な彫刻が施されている。


 しかし、こんなクソ長いテーブルの端と端に座ったらきっと会話にスマホが必要だ。


 そんな超ロングなテーブルの片隅に僕とガイルに向かい合うようにガイルの姉で領主兼腐女子のガラリアが座った。


 そして、僕の背後には世話役を任ぜられたトカゲ男『リザードマン』が鼻息も荒く腕を組んで仁王立ちしている。


 近い!

 近すぎる!!


 「さあ! 食事にしましょ!」


 ガラリアがそう言うと、メイドが着る事でお馴染のあの衣装を着た3体のリザードマンが次々に料理を運んできた。


 待て!


 この館にはトカゲしかいないのか!? てゆーか、リザードマンがメイドなの!?


 「ヒガ! これこの地方の名物で『んごゅじ料理』って言うんだぜ!」


 僕に、ガイルが運ばれた料理の説明を始めた。


 メイドに気を取れられていた僕は、やっと目の前の料理に視線を移す…何これ?


 皿に盛られていたのは、見る限り胴体は猿のようで下半身は魚、両手を顔に当ててムンクの叫びのような遺憾ともしがたい表情の30cm程の未確認生命体だった。

 しかも、素材の味を引き出す為なのか素揚げのような仕上がりでからっとよく揚がっておりカラフルな野菜に埋もれた断末魔の表情が見て取れる。


 「ざ…材料は?」


 「んごゅじ」



 郷に入れば郷に従えと言うが…。


 僕は、空腹も手伝って目の前の未確認生命体に齧り付いた。



 味? 言いたくない!!!


 ようやく食事も終わり、僕は話を切り出した。


 「まず、領主様とガイルにお礼を言いたい。 助けてくれて本当に有難う」


 「領主様なんて~私の事は『ガリィ』って呼んでねん♪ テヘペロ★」

 「気にしないぜ!!」


 二人の姉弟は、てれてれとお互い顔を合わせる。


 「こんなに世話になっているのに申し訳なが…僕はこの屋敷から早急に立ち去りたいと思う」


 僕の言葉に、二人が息を呑んだのが分かった。


 「早まるな! ヒガ!」

 「そうよ!」


 慌てふためく二人を、さえぎり僕は言葉を続ける。


 「僕がこの世界に来たのは_____」


 「知ってるわ」



 続けようとした言葉を、領主ガラリアがさえぎった。


 「君がこの世界に来た理由も、目的も古文書には書かれているの」


 …小山田、僕にプライベートは無いのか?


 「私たちは、賢者オヤマダの残した古文書と共に何世代にも渡ってヒガ・キリト…貴方を待っていた」


 ガラリアは、近くにいたリザードマンメイドに何事か話しかけるとあるものを持ってこさせた。


 バサッ!


 メイドからそれを受け取ると、ガラリアは僕の目の前に放り投げる。


 「これが貴方のお姉さん『勇者キリカ』の今おかれている現状よ!」


 「これは…」


 目の前に置かれたのは、材質こそ違えど新聞に間違いなかった。


 そして、一面トップには姉さんの写真がでかでかと飾られ見出しの文字こそ読めないが恐らく…。


 「『伝説の勇者1000年の時を越え帰還する!』って書いてあるぜ」


 ガイルが、すかさず読み上げてくれた。


 「この世界にとって『勇者キリカ』は正に希望、連れ帰るなんて容易じゃないわ」

 「そんなの関係ない! 魔王ってヤツがどんな物かわ分からないがそんな危なそうな事姉さんにさせられるか! 実際1000年前の勇者は死んだんだろ!?」


 激昂する僕に、領主ガラリアが静かに口を開く。


 「今の君に何が出来るの?」


 僕は何も言い返せなかった。


 今の僕は無力だ、言葉も分からず体も脆い。


 ガイルに出会わなければ、コントロール出来ない精霊の力で致命傷は避けられてもいつかは死んでいただろう…。


 「どうすれば良い…?」


 誰に問いかけるのでも無く、僕は呟いた。


 「答えは出てると思うけど?」


 領主ガラリアは、にっこり微笑むばかりだ。


 人の事を弄びやがって! 

 このケモ耳腐女子め!

 ああ! 分かってるさ!!

 僕がやらなきゃいけない事くらいな!


 僕はその場で頭を下げ、この館での長期滞在を申し込んだ。


 全ては姉さんを取り戻す為、この世界で生き抜く術を身に着ける事から始めなければ!



                      ◆




 商業都市クルメイラの領主ガラリアの館で暮らして、早一ヶ月が過ぎようとしていた。


 あの日以来、僕の頼みもあってけも耳姉弟は『ニホンゴ』を一切使用しなくなった。


 お陰で僕は、この頃には日常会話で不自由することは無く兵士達の使う専門用語にも精通するまでに語学力の向上を見せた。


 『外国語喋りたきゃその国で暮せ!』元の世界で英語教師が言っていた事は本当だと身にしみて実感するよ…。

 まあ、人間追い詰められないと中々ここまでの事は出来ないだろうが…。



 僕の一日は、朝5時に起床することから始まる。


 起床後、ガイルによる体術訓練。


 と言っても、僕向けに大分調整されたメニューをこなしてから朝食を食べ8時30分から文化・歴史・語学・化学・生物学・魔法学・数学・政治などの基本的な座学が17時30分までみっちりと組まれ休む間も惜しむように気孔と魔法の訓練が行なわれる。


 座学の方は何とかこなせてはいたが、やはり体術・気孔・魔法はどう足掻いていもみにつけるなんて無理だ。

 弱音をはくなんて情けないが、その証拠に気孔・魔法に至っては最初の訓練時に属性を調べる為に行なわれる『モンピー検査』で使われる触れるとその人物の属性に応じて様々な鳴き声をあげるモンピーと呼ばれるバスケットボールくらいの白い毛玉のような魔物がいるが、僕が幾ら触れてもモンピーはうんともすんとも言わなかった。


 この世界では、魔力か気力両方もしくは片方を誰でもどんな生物でも持ち合わせているらしい。


 この世界の住人でない僕が、そんな物持ち合わせているはずなど無いがガイルや領主ガラリアは心底驚いた様子だった。


 「つか、魔力も気力も無いとか…あり得ないんですけど! ヒガ…お前マジか? 『素養』無しでどうやって精霊契約したわけ!?」


 契約方法を聞き出そうと詰め寄ってくるガイルに、僕は『企業秘密だ』と繰り返すことしか出来なかった。


 しかし、国が違えば文化も違う。


 別次元の世界ともなればなお更だ、姉さんは今頃どうしているだろうか?


 そんな事を思いながら一日の日程を終え、夕食までのあいだ僕が自室の窓から沈みそうな二つの夕日を眺めていると…。


 かっかどぅどぅどぅ~ かっかどぅどぅどぅどぅ~。


 夕日の彼方から、今では聞き慣れた耳障りな鳴き声を発しながら全長5~7mほどありそうな巨大なニワトリが此方に向って一直線に飛んで来るのが見えた。

 アレは『コカトリス』と言う獲物を石化して食らう獰猛な魔物を家畜化した『コッカス』と言う品種で、キレるとコカトリスなど目ではないほど大暴れするが普段は主人に従順で見た目も僕の世界にいる鶏と大きさこそ違えどなんら変わりは無い。


 コッカスは、僕のいる部屋の窓の側面に両足の鋭い爪を突き立てると窓から頭を突っ込んだ。


 「こっかす、ゆーしゃしんぶんもってきたカネはらえ! カッ コケッ!!」


 まるで、喉を握り潰したような甲高い声でコッカスが声をかけてきた。

 このコッカスは、『週間勇者新聞』の配達に毎週水曜日にこの館に訪れる。


 最初は領主の部屋に届けていたが、『ヒガ君のほうが必要だから』とガラリアが僕の部屋に届けるようにコッカスに伝えたのだ。


 僕は、コッカスの首に下がる徴収用の四角い木製の貯金箱に財布から取り出した350円を入れた。



 チャリン。


 「ココ…コ」


 硬貨の落ちる音で金額を確かめたコッカスは、背中に背負った籠の中から新聞を一部取り出すと部屋の中に放り投げそのまま飛び去っていった。


 ちなみに、金額を誤魔化すことは出来ない。


 この前僕が、10円と50円玉を間違えた時なんかぶち切れたコッカスによってこの部屋はほぼ全壊しガイルが助けに入らなければ本気で危なかった事があった。

 全く、新聞一つ手に入れるのに命がけだよ…まあこの新聞は僕にとってそれだけの価値があるけどね。


 『週間勇者新聞』は、毎週水曜発行され本社はエルフ領リーフベルにある。


 エルフ領リーフベルは、今まさに『勇者キリカ』の現在の拠点であり僕の目的地だ。


 内容は名前のとおり勇者の特集、つまり姉さんの今の状況が事細かにスクープされた僕にとって至極の一品!


 お陰で僕は、この館に居ながらにして姉さんの近況が把握できるわけだ!


 …まあ、大衆向けに発行されるゴシップ誌のような物なだけに全てを信用できるかと言えばそうでもないが…。

 それでも、新たな精霊の加護を受けたとか干上がった畑に井戸を掘ったとか村を襲ったサイプロックスを一撃で仕留めたとか…取り合えず姉さんが無事であることが分かるだけでも______!?


 何!?


 『スクープ勇者の寝顔お昼寝の一枚』だと!?


 パッ、パパラッチめ!

 全く良い仕事…いや! 人の姉を勝手に!!!


 ガチャバキ!


 まるで一枚の名画のような美しい姉さんの寝顔スクープ写真を眺めていると、鍵の掛かっていたはずのドアがいとも簡単に押し壊され一体のリザードマンが入ってきた。


 「夕食ゆうげの支度が出来てござりまするヒガ殿!」

 「…いい加減ドアを壊すなよ…しかも引戸なのに押したな」

 「もっ、申し訳ございませぬ!!」


 武士語を巧みに使うこのリザードマンに、現在までに延べ20枚のドアが破壊された。

 僕の世話係を申し出た彼は、ガイル率いる治安維持部隊の潜入捜査専門の兵士であったが最近じゃ任務そっちのけで僕に尽くしてくれてる。


 確かに彼の身内のもの(?)に散々な目に遭わされたとはいえ、重い重すぎる…。


 「なあ、もういい加減さ僕の世話係なんてしなくていいよ…言葉も知らなかった頃とはもう違うんだし」

 「何を仰るヒガ殿! この『黄塵万丈こうじんばんじょうの月に最初に生まれし最初の男』一度ひとたび口にした事を違えは致しませぬ!」


 げんなりする僕を尻目に奴は、『ヒガ殿がこの世界に留まる間、何があってもお仕えさせて頂き申す!』と息巻いた。


 ちなみに、リザードマンの名前は長い。


 そして、彼の名は『黄塵万丈こうじんばんじょうの月に最初に生まれし最初の男』と言う。

 いちいち言うのが面倒くさいので、僕は『リザード・万太郎』と呼ぶ事にしている。


 万太郎と僕は、いつも食事をしている兵士専用の食堂へ向った。


 「おう! 来たかヒガ!」


 食堂へ到着すると、既に席についていたガイルが此方に手招きをする。


 食堂の広さは小学校の体育館位の程度、木製のシンプルな長テーブルがずらりと並び給仕のメイドリザードマンたちが忙しなく走り実に活気があり現在500人程の兵士たちが食事を楽しんでいてる。


 万太郎と僕はガイルの正面の席に並んで座った。


 「聞いたぜ~座学じゃ教授たちも認める秀才らしいじゃねーか! つい最近まで言葉も知らなかったとは思えないって話で持ちきりだぜ?」


 ガイルは、まるで自分の事のように嬉しそうに話かけてきた。


 当然だ!


 僕は一刻も早く姉さんと合流し、元の世界に帰りたいんだ!

 その為にはどんな努力も惜しまない…。


 「ゴメンな…姉上があんな条件つけて来るなんてさぁ~普段あんな事言うような人じゃないんだけど…」


 僕の曇った表情に気づいたのか、ガイルはすまなそうに言葉を続けた。


 全くだ!


 長期滞在を申し込んだ直後、領主ガラリアはこういった!


 『あ、そーだ! 何事も目標が大事よねー…うんうんヒガ君さー古文書さぁ言葉とか戦い方とか覚えたら見せたげる★その方が遣り甲斐あるでしょ! うん! その方が絶対Eー! ウチは、兵士達の教養の為に学者とか雇ってるし色々習いなよ~んじゃそゆ事で テヘペロ』


 そう言うと、僕の意見など無視し慌しく部屋を追い出されたのだ!


 くっそ! あのケモ耳腐女子が!!


 元の世界には戻る手掛かりの為にも、小山田の書いた古文書の内容がどうしても見てみたい!

 もしかしたらその中に…いや、きっと手がかりがある筈だ!


 あれ以来僕は死に物狂いで取り組んだ結果、異世界の学者や教授たちに『秀才』と言わしめるまでになった。


 しかし…肝心の戦い方に至っては…!


 「…体術は向き不向きとかあるし…なぁ…?」


 それについては、ガイルも言葉を詰まらせる。


 体術だけでは無い、気孔、魔術の類も全く使いこなせない…というか無理だ!


 「さ…ささヒガ殿! 夕食ゆうげが冷めてしまいますぞ!!」


 暗くなったその場の空気を打開しようと、万太郎が料理を進めてきた。

 いつの間にか運ばれてきた『三色ガエルのリゾット』がほかほかと湯気を立てている…『んごゅじ料理』よりはましだな。


 僕は、深く溜め息をついた。


 まあ、戦う手段については何も考えが無いと言う訳ではない。


 ただ…まだ、実戦に使うには心もとな_______。


 ドン!

 ゴゴゴゴゴッツ!


 「なっ!? なんだ!?」


 突然、突き上げるような衝撃と共に建物全体が地震でも来た様に短く揺れリゾットに天井の埃が落ちる。


 「何だ? 地震か?」

 「違う!」


 そう言うと、ガイルは席を立ち一方方向を睨みつけるとまた少しして同じ揺れが襲う!


 「ガイル様!」


 ガイルの背後に、身長180cm以上ある筋肉マッチョだがどう見ても兎にしか見えない兵士が控えた。


 「チャベスか?」

 「は!」


 チャベスと呼ばれたマッチョ兎は、片膝を付くと深く一礼した。


 「侵入者だ、隊列組んで館全体に配備しろ! 侵入者を敷地から逃すな!」

 「御意!」


 マッチョな兎に指示したガイルは、万太郎のほうを向く。


 「お前はヒガについてろ!」

 「ぎっ…御意!」


 この時僕は、万太郎が少し悔しそうな顔をしたのを見逃さなかった。


 「悪いなヒガ、オレ姉上の所に行って来る!」


 そう言うと、次の瞬簡にはガイルは10m程上にあるステンドグラスを突き破り外へ飛び出していく。


 そのあまりの速さに、いつ飛び上がったのか僕には認識できなかった。


 「さ…ヒガ殿はこちらへ」


 ガイルが飛び出したのを見送ると、万太郎は僕を移動させようと声をかけた。


 「ふん! いい気なものだな!」


 僕と万太郎の背後から、マッチョな兎が鼻を鳴らす。


 「館に侵入者が入ったと言うのに異国からの客人の世話とは! ガイル様の右腕とまで言われた貴様も地に落ちたものだな!」

 

 万太郎にマッチョ兎が、まるで蔑む様に言い放った。


 ガラリアの計らいで、この館での僕の扱いは辺境国からの留学生と言うことになっている。


 異世界とか勇者の弟とかばれると、色々面倒なことになりかねないからな…。


 マッチョ兎は『はっはっはっは』とさも楽しそうに笑いながら慌しく走り回る兵士達の中に紛れて行った。


 万太郎は何も言い返さず終始黙っていたが、握り締めた拳からは今にも血が滲み出そうだ。


 「どうされたヒガ殿?」


 一向に歩き出さない僕に、万太郎が声をかける。


 「万太郎、僕らも行こう」

 「は?」

 「僕らも領主様の部屋に行こう」

 「な…何を仰います!」

 「僕の命令だぞ? 僕がこの世界にいる間は僕に仕えるんじゃなかったけ?」


 もじもじしながら『されど…』と言いながら行く気満々な万太郎は見てて面白い。

 マッチョ兎がムカついた事もあるが、普段どんなに尋ねても古文書の事については取り合わない領主ガラリアの部屋に賊が押し入ったと言うのは僕にとっては好都合だ!


 どさくさに紛れて古文書を拝むことが…いや、盗み出すことが出来るかもしれない。



 「急ごう! 敵がどんなヤツか知らないけど領主の館に押し入るんだからきっと只者じゃないんだろうし!」


 うだうだ迷う万太郎に、僕は最後のダメ押しをする。


 「…分かり申した…いざ!」


 「へ?」


 そう言うと万太郎は、僕を抱きかかえた。


 え? 何で? しかもこれは、姫抱っこ!?



 バリィィィィン!



 ガイルと同じくステンドクラスを突き破ると、万太郎は僕を姫抱っこしたまま領主ガラリアの部屋に向けて屋根づたいに爆走していた。


 恥ずかしい!

  恥ずかしくて死にそうだ!?


 「申し訳ござらぬ! この方が早く着きます故!!」


 流石人外と言うべきか、目を開けるのも困難なスピードで万太郎はぐんぐん目的地へ迫った。


 「あれは!?」


 万太郎が急に足を止め上を見上げた。


 要塞のような重厚な壁に守られていたはずの領主ガラリアの部屋からもうもうと煙が上がり、側面の外壁には大穴が開いているのが見て取れた。


 「ヒガ殿は此方で待たれよ!」


 その場に僕をそっと下ろすと、万太郎は膝をつき深々と頭を下げた。


 「このたびの事、真に感謝いたしまする!」

 「別にいいよ! 早くガイルの所へ!」


  早く行けよ! お前邪魔すぎ!


 さっと頭を下げると、万太郎は外壁まで駆け寄り手をつけると凹凸の少ない壁をいとも簡単によじ登り破壊された出来た穴から内部にひゅるりと入っていった。


 「ヤモリかよ…」


 しかし、これでやっと邪魔者は居なくなった。


 「さて、ぼちぼち僕も行くかな…あ」


 少し地鳴りがしたと思ったら、先ほど進入した万太郎が何らかの攻撃を受けたのか壁を突き破り中庭の方へ落ちて行くのが見えた。


 …まあ、あんな分かりやすい所から進入して敵に気づかれないわけないし…リザードマンの耐久性を考えるとこの程度では死なないだろう…たぶん。


 それにしても、ガイルの右腕と呼ばれた戦士をこうもあっさりと…敵も本当に只者では無いらしい。


 …さぁ、僕も始めよう。


 僕は、屋根のメンテナンス用の扉を見つけると持ち歩いていた武術訓練用のナックルを手にはめドアノブ目がけて正拳突きを放つ。

 木製の扉は、バキッと音を立てドアノブがひしゃげ僕の腕が向こう側へ貫通した。


 武術訓練について少し語弊があったかもしれないが、ガイルが僕の事を武術に向いていないと判断したのはあくまで『人外の基準」からすればと言う話だ。

 流石に、あんな訓練を一ヶ月も続けていたらこのくらい僕にだって出来る。


 まぁ、数十メートルを一瞬で飛び越えたり魔物の首を一瞬で刈り飛ばせるような連中からしたら僕なんて非力以外の何物でもないだろうけれど。




 破壊したドアから中に入ると、領主の部屋へ向う螺旋階段の踊り場に出た。


 この階段は、領主の親族などが使う直通の物だ。


 僕が此処に滞在するようになってから、ガイルの許可を得て何度と無く領主ガラリアを訪ねるのに利用したので間違いようが無い。


 早速僕は、階段を登り領主の部屋の前に出た。


 外壁はかなり破壊されていたが、内側の両開きの大きな白い扉は無傷で建物内はさほど衝撃は無かったようだ。


 「さて、どうしたもん_____!!?」


 いきなり扉の隙間から強い光が漏れたかと思うと、轟音を立てて扉が吹っ飛んだ!


 僕は、間一髪階段側に伏せる事でこれを回避する!


 目を開けると、先ほどまであった白い扉はみるも無残に砕け散っていた。


「…ヒ…ガ?」


 名前を呼ばれ見回すと、扉の真正面の壁にめり込むガイルがいる。


 「ガイル!?」


 僕は、慌てて駆け寄りめり込む壁からガイルの体を引き剥がしにかかった!


 しかし頑丈な体だ、全身傷だらけで壁にめり込んどいて喋れるのか…人間だったら口から内臓出てるな。


 「に…逃げろ…」

 「ああ、一緒に逃げるぞ!」

 「ちが 間に合わない…この街が消し飛ぶかもしれない…」

 「は?」


 街が消し飛ぶ? 何だそれ?


 ガイルは、よろよろと立ち上がった。


 「おい! そんだけ怪我して…無理するな!」


 「オレが、止めないと…っつ!」


 立ち上がるが、すぐにバランスを崩しガイルは床に倒れこんでしまう。


 「ガイル! 一体何が…」


 僕は、恐る恐る砕けた扉の向うを見る。


 もうもうと煙が立ち込めていた室内の様子が、少しずつ見えてくる。


 対峙するのは二つの人影…一人はいわずと知れたガラリアともう一人は漆黒の鎧を身に着けた戦士。



 見る限り、戦いはクライマックスを迎えようとしていた。



 漆黒の鎧を身に着けた戦士と対峙するガラリアは、もはや傷だらけで満身創痍まんしんそうい


 ローブも破け中の衣服が…あれ?


 服と言うよりはまるで戦士が着る様な軽装の真紅の鎧を身に着けている。


 あのローブの下からいつもあんなの着てたのか…意外だな。


 一方、漆黒の鎧の戦士も同じく満身創痍まんしんそういと言った感じだ。


 戦士の方の鎧は、重厚感たっぷりの造りで肩のライオンっぽい装飾が…あれ? これ何処かで見たような…?


 つーか、この顔似ている!


 戦士は血のような真紅の髪を無造作に腰まで伸ばし、頭にはケモ耳、金色の瞳は険しい視線でガラリアを睨みつける。


 年は17、18といった頃か、背は僕やガイルよりも高い175cm以上はある…きっと小山田がグレて荒んだ生活を送ればきっとこんな感じになるんだろうなと言った印象をうける。


 「久しぶりに里帰りしたと思ったら末弟凹って私にまで手ぇ出すわけ? 反抗期?? つかDV? これDV? ムカツクゴルァ!!」


 戦士に声をかけるガラリアの口調は普段と変わらないが明らかに余裕が無いのは、僕にでも分かった。

 それにしても、この戦士…やっぱあれか? 予想どうりと言うか…。


 「…ギャロウェイ兄上…何故…?」


 ガイルがギャロウェイ兄上と呼んだ赤ケモ耳戦士は、まるで刺す様にガラリアを睨み付ける。


 「姉上、さっさと賢者オヤマダの古文書を渡すんだ!」

 「え? なーにー? 私の自信作この前あげたじゃーん テヘペロ」


 ギャロウェイの顔が、見る見る赤くなっていく。


 「…っ! あ、あんな破廉恥はれんちなものをよくも!!!」


 腐女子め…その件に関しては僕も彼に同情すが、古文書狙いとは聞き捨てならないな。


 「姉上! あれはこの世界に有っては成らない物だ! 此方に渡せ!!」

 「渡さなければどうなるというの?」


  ガラリアの空気が変わった?


 「渡さないと言うなら、俺は勇者に仕える『狂戦士』として貴女を討つ!」


 その言葉にガラリアが少し悲しそうな顔をした。


 「古文書が危険なのは知ってるわ、でもね…命に代えてもお前たち勇者側に渡すわけにはいかない!」

 「姉上!!」

 「あらやだぁ~簡単に殺れると思ったら大間違いよ? 忘れてるみたいだけど『狂戦士』の称号は、元々私の物なんだから」



 …何だこの茶番劇は?



 状況を整理しようか?


 あそこにいる赤けも耳は、ガイルの兄貴でガラリアの弟の『狂戦士ギャロウェイ』この名前は僕も知ってる。

 週間勇者新聞に載ってる勇者パーティーの相関図にも名前があったし、一度は勇者である僕の姉さんとの熱愛報道まであった忌々しいヤツだ!


 まあ、すぐに訂正記事が出たけど…。


 彼の名前は、僕の心のデ●ノートの最上位に記載されている!


 『狂戦士』別名『バーサーカー』については、精霊契約時にダウンロードされた記憶と座学から要約するに神とやらの神通力をうけた戦士で自分自身に神の力を宿し戦うがコントロールは不可能で忘我状態もうがじょうたいとなり、鬼神の如く戦うがそこに魔物は愚か生ける者全てが滅び去るというたぐいのものらしい。


 そして、『狂戦士ギャロウェイ』の久しぶりの里帰りの目的は古文書の奪取というわけか。


 「グルルルルルルルルル…」


 脳内の情報を整理していると、どこからとも無く獣の唸り声が聞こえた。



 「駄目だ…姉上…兄上…」


 ガイルが、まるで懇願するように呟く。


 「「グアアアアアアアアアアアアア!!!」」


 空間を震わせるような咆哮が、ガラリアとギャロウェイから発せられた!

 それと同時に、ガラリアの両手に青い光が集まり氷の結晶が構成され長さ30cmほどの氷の鍵爪が現れガラリアはそのままギャロウェイめがけて電光石火のごとく突っ込むが、首を刈り飛ばそうと振り下ろした右の鍵爪はギャロウェイがあらかじめ自身を包むように張っておいた結界によって破壊されてしまう。

 いや、ガラリアはそれを狙っていたのか振り下ろした腕は鍵爪こそ破壊されたがギャロウェイの頭を捕らえそのまま髪の毛をわしづかみにし自分の膝にその顔面を叩き付ける!


 鈍い音が響いたが、仰け反ることも許さず更に床に連続して叩きつける。


 何度も何度も叩きつけ決して手を緩めない。


 バーサークモード怖!!

 実の弟相手にこれはどう見ても殺しにかかっているな!


 何度も叩きつけようやく気が済んだのかガラリアはギャロウェイから手を離した。


 その頃には彼の鎧は砕け頭は割れた床の瓦礫の穴に埋もれていた…普通の人間なら最初の一撃でとっくに死んでるだろう。


 攻撃を終えるかに見えたガラリアだったが、これで止めとばかりにギャロウェイの首の頚椎を破壊しようと右足を高く上げている。


 「あ…姉上! やめてくれ!!」


 ガイルの頼みもむなしく、足の一撃が振り下ろされガイルは思わず顔を背けたがギャロウェイにそれは当たる事はなく空を切って床を打つ!


 ブシュ!


 突然、優位だったはずのガラリアがよろめき呻き声をあげる。

 軽装の鎧から露出していた左の上腕から大量の出血が僕の目からでも確認でる…一体何が…?


 モチャモチャ…ゴック…。


 ガラリアの真後ろに、赤い髪が揺れる。


 重厚だった鎧が砕けすっかり身軽になったギャロウェイが、口を血で汚し金色の瞳に狂喜を浮かべながら咆哮をあげた。


 背後を取られたガラリアは、素早く距離をとる。


 ギャロウェイは、無理に追いかけようとせずそのまま魔力を集中し始めると空が陰り大量の稲妻が走りそれがギャロウェイのかざす両手に集まっていく。

 これを見たガラリアも、魔力を集め大気中から取り出したのか大量の水がうねうねと形を変えながら彼女の周りを駆け巡った。


 流石、バーサーカーと呼ばれていても神の力を宿す戦士だ…詠唱無しでこれ程の魔法を使えるとは!


 「ヒガ」


 ガイルが、バーサーカー同士の戦いに見入る僕の腕をひぱった。


 「姉上が勝っても兄上が勝っても…ここにいたらオレたちは…死ぬぞ…」

 「は!? 何で!?」

 「一度…バーサーカーになると目の前に生物が居る限り…殺しつづけるんだ…」

 「マジで!? …ああ、そういやそうだったな…」


 つか、何でそんなのが勇者パーティーに!?

  姉さんはそんなヤツどうやって管理してんだ???


 「国一つ滅ばすようなヤツだろ? 今逃げても意味ないじゃないか?」


 僕の問いにガイルは押し黙ってしまった。


 まあ、もし逃げることが出来たとしても古文書を手に入れるまでこの場から離れる気なんてさらさら無かったんだけどね。


 バーサーカー達は睨み合いながら更に互いの魔力を高めていく、恐らくこの一撃でどちらかの勝利が決まるだろう。


 さしあたっての問題は、どっちが勝っても僕らに明日は無いと言う事だ!


 双方の雄叫びと共についに魔法が放たれた!


 ギャロウェイからは巨大な稲妻がガラリアからは大量の水が渦を巻くように放たれぶつかった!


 ブシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!


 稲妻の摩擦によって蒸気となった水に瞬にして視界を奪われる!


 ほぼ同等の魔力の質量。


 それが、押し合いながら互いの間で微妙な均衡を保ち少しでもどこかにバランスが崩れれば、この館ごと吹き飛んでしまうだろう。



 しかし、如何したものか…このままだと生き残れる気がしない。


 待てよ…。


 いくら魔法と言えど電気と水に違いは無いはずだ!


 でもな…うーん、似てるちゃ似ているが果たしてうまく行くかどうか…。


 「ヒガ殿!?」


  そこに、先ほど派手にぶっ飛ばされていた万太郎が駆けつけた。


「何故…がっガイル様!!? 一体何が?!」


 ガイルの無残な姿に慌てふたく万太郎に、僕は今までの状況を説明する。


 「そんな…! ガラリア様とギャロウェイ様が同時にバーサーカーに…! もう助かりませぬ! いっそこの場で腹を…」

 「待て! 僕に考えがある、どうせ死ぬならそれを試してからでも良いだろ?」


 僕は、ガイルと万太郎に作戦を説明した。



 「…本当にそんな方法でうまく行くのですか?」


 「とても信じらんねぇ…大丈夫なのか?」



 作戦を聞いた二人は、半信半疑といった様子で代わる代わる僕を見た。


 

 「やってみないと何とも言えないけどさ」



 僕は肩をすくめて見せる。

 

 こればっかりは、本当にやってみないと分からないからな。



 「このままじゃ、どうせ死ぬのを待つばかりだ…オレはヒガに賭けるよ… 」


 ガイルは、そう言うと上半身を起した。


 「おい、大丈夫なのか?」

 「ああ、何とか…」

 「拙者も、ヒガ殿に命を預けるでござる!」



 二人は、僕の指示に従い動き始めた。







 バーサーカー二人の死闘は続いていた。


 お互いに放った魔法の威力は互角で、ぶつかり合った大量の水と稲妻は渦を巻きながら激しく反応してついには、学校のプールほどの大きさに体積を膨張させ少しでも均衡が崩ればどちらかが吹っ飛ぶだろう。


 ズルズル…ゴトン! ゴトン!


 「ヒガ殿! 準備出来申した! これで宜しいか?」


 僕の足元に長さ10m、幅は2m位で厚さ30cm程の長方形の細かな装飾の施された黄金の柱が二つ横たわる。


 「十分だ」


 僕は、ガイルの許可をもらい館の宝物庫から出来るだけ巨大な黄金を持ってくるよう万太郎に指示していた。

 後はこれをあの魔力の渦に投げ込むのだが…バーサーカーに出来るだけ悟られたくはないので隙を突いて万太郎とガイルに二つ同時に左右に投げ込んでもらう事になっている。


 「は!」


 「うおりゃ!!!」


 僕の合図で二人は黄金の柱を膨張した魔力の渦にぶん投げた!


 流石人外。


 怪我人のガイルはきつそうにしていた筈なのに、相当重量のある黄金をああも軽々と…。


 見事命中した黄金の柱はすぐに効力を発揮し始めたようだ、先ほどまで荒れ狂っていた稲妻は多少大人しくなり投げ込んだ左右の黄金に細かな気泡が集まり始める。

 それを確認した僕は、ガイルと万太郎と共に先ほど上ってきた直通の螺旋階段まで下がり廊下との境に万太郎に結界を張らせあらかじめ拾っておいた木製のカーテンレールを適当な長さに折った物に羽織っていたガイルから支給された短めのローブを巻きつけた。


 うーん、ボリュームが足りないので下から着ていたこの破れたTシャツも巻きつけておこう…そのせいで、いつも身に着けている姉さんのブラジャーが丸出しになるが今はそれどころではない。



 「よし…そろそろ…」



 万太郎とガイルに投げ込んでもらった黄金は、片方だけまるで沸騰でもしているかのように泡立っているがバーサーカー二人はそんな事に気が付く様子も無く渾身の魔力を放ち続けている。


 「ガイル、僕が…」

 「分かってる! お前が持ってるそれを適当なところに置いて戻って来たらオレがこの結界内からそれに向って炎を放つ!」

 「キツイだろうが、ガイルしかこの中じゃ『炎』を扱えないから…」


 万太郎は『地属性』だから炎は使えないし僕は魔力が無い、この作戦にはどうしても火が必要不可欠だからな。


 『まかせとけ!』と言うガイルと強張った表情の万太郎を結界内に待機させ、僕は今にも破裂しそうな魔力の渦へと近づいた。

 僕の思惑どうり、稲妻は水中に投げ込まれた左右の黄金に集まり特に左側の黄金は大量の気泡が発生している。


 よし、これなら炎じゃ無くても火花くらいで…ん?


 先ほどまでガラリアばかりに気をとられていたギャロウェイが僕が来た方向を見据え左手を構えて…不味い!

 そっちにはガイルと万太郎が!


 「撃て! ガイル!!!」


 僕は声を荒げた!



 が、聞こえてる筈なのに少し経ってもガイルが炎を放つ様子が無い!


 まさか…僕が戻ってないからか!?


 くっそ!

 このままじゃ全員死ぬ…気が進まないが仕方ない。


 僕は、両手に装備していたナックルを握り締め左右の拳を胸の前で叩き付けた!


 ガキイィィィィン!


 ぶつかる音と同時に火花がち………………



 一瞬だった。





 一瞬にして、商業都市クルメイラ領主ガラリア・k・オヤマダの要塞とも言える館の大半が木端微塵に吹き飛んだのだ。






*****************


 「起きろ」



 …?



 「起きろ! 比嘉!!」




 バシ!



 …う……?


 「実験中に居眠りとか! 本気まじビビるんですけどー」



 …小山田? …何でここに…?


 「はぁ? 化学の授業中でしょ? 恐ろしい子!」


 化学…?


 ああ、それで理科室に…。


 「ほら、手元良く見ろ『電気分解でんきぶんかい』始まってんぞ?」



 電気分解…水の電気分解…この前実験するって言ってたっけ…。



 「ぼさっとすんな! 良く見ろ! これこれ普通の水の入った水槽ね、んで、これが電極付きの鉛筆の芯ね金とか用意すんの無理だからこれで代用ねーマイナスの電極のとこなんか泡だってるっしょ? これ『水素』なのよおわかり?」


 知ってる。


 水は電気分解することで水素を発生させる。



 「そそ…んで水素は気体だからこうやって上からビーカーでも被せてちょっと集めて…よっと!」



 コトン。



 「逆さまにして置いた水素入りビーカーにマッチで火をつけると…」



 バン!



 「…とこのようにビーカーが粉々にぶっ飛びます」


 高温の水蒸気と反応して水素が発生し、次いで水素が酸素と反応して爆発する。


 …まさか、あそこまで大爆発を起すとは思わなかったんだ。


 「魔力の影響もあるとは思うけど…まぁ、どんまい」


 小山田、僕はお前に言わなきゃいけない事があるんだ!


 「あっ、タイムオーバーだ! つか今お前の喋ってる俺、お前の妄想? 幻想? 走馬灯? 見たいな? モンだからその言葉は俺に逢う時まで取っといてよ!」



 え? 逢う時って?




 「ほら! じゃ! しっかり息しろよ!」





 バシ!




 激しい耳鳴りと苦痛の中僕は目を覚ました。




*****************




 館も粉々に吹っ飛んだが、どうやら僕も粉々になっていたようだ。



 激しい耳鳴り、ぶれる視界、息をしようにも喉が破れているのかヒューヒューと空気が漏れる。

とりあえず手で押さえようと右手を動かそうとしたが、右手が無かった。


グチャグチャ…ゴリ…ぷちゅ…。



 僕の中で相変わらず寝こけている時と時空を司る精霊リリィの恩恵を得て、僕の体は破壊される前へと『巻き戻されて』行く。


 この力を当てにしたとは云え、柄にも無いことするもんじゃないな…もう二度としない!


 少しして僕の体と、消し飛んだはずの衣服まですっかり元の状態に巻き戻された。


 違和感のある体を起して辺りを見回すが、夕日がもう間もなく沈もうとしているのか薄暗くなっている。


 しかし、我ながらこれは酷いな…。


 もう、そこに建物と呼べるものは無くなっていた。

 あるのは瓦礫の山ばかりで、さっきまで建物の3階部分に居た筈なのに此処はどう見ても地面だ。


 予想以上の被害だ、古文書が無事なら良いが…ん?


 あたりを見回した視界の端に青い光が見え、僕はその場に駆け寄り瓦礫をどける。


 「これは…!」


 大学ノート?


 間違いない…100円均一で三冊くらいまとめて売られているお馴染みのアレだ!


 しかも、これは表紙にライオンをモチーフにした僕らの通う私立尚甲高校付属中学の校章のスタンプが押されている!

 このノートは、校内マラソン大会の参加賞として全校生徒に配られたものだ!


 ノートは半透明の青い球体の形をした結界の中に入れられているが、爆発の衝撃からか結界は今にも壊れそうに弱弱しく光をはなっている。


 まさか…これが古文書!?



 ガシッ!


 「!?」


 「…こ…それを此方に…渡せ!!」


 狂戦士ギャロウェイが、瓦礫から上半身を乗り出し僕の右足首を掴んでいる!


 どうやら爆破の衝撃で正気には戻っているようだがダメージは凄まじく、上半身だけでも血まみれと言っても良いくらい傷だらけで呼吸をするのもやっとと言ったところだ。


 伏せていた顔を、ようやっと上げたギャロウェイと目が合う。


 「キ…リカ?」


 次の瞬間、僕の右フックがギャロウェイのこめかみにめり込んだ!


 メキッと嫌な音がして、金色の瞳が白目をむきその場に突っ伏すようにギャロウェイは気絶する。


 「姉さんの名前を気安く呼ぶな…!」


 殺せれば良かったが、僕の身体能力じゃこれが限界だ。



 かっかどぅどぅどぅ~かっかどぅどぅどぅ~!



 茜色の空に、本日二回目となる耳障りな鳴き声が響く。


 くるりと旋回したコッカスは僕を見つけると、ズシンと地面に舞い降りた。



 「こっかす、ゆーしゃ新聞号外もってきた! 号外はかねいらねー! うけとれココ!!」


 そう言うと背中に背負った籠から勇者新聞号外を取り出すしたコッカスは、勢い良く地面に投げつけすぐに飛び立とうと大きく羽を広げた。



 「待て!」


 「コ?」


 「仕事を頼みたい!」


 「かねはらえ! ケッケッコ!」


 このコッカスは、新聞配達の仕事がメインであるが金次第では何かと融通をつけてくれる。


 僕が財布から千円札を取り出すと、コッカスは瞳を輝かせ狂喜乱舞する。


 「ココッケココケ!!」


 コッカスの金銭への執着心はハンパじゃない、正に金の為なら何でもするだろう。


 「僕の依頼は、お前が『左足で踏んでる男を思いつく限り遠くへ捨ててこい!』だ」


 かっかどぅどぅどぅ~!


 足蹴にしていたギャロウェイを掴み上げるとコッカスは夕日の彼方に飛んでいった。


 千円とは痛い出費だったが、これで当面は安心だろう。


 それにしても号外が出るとは『勇者熱愛発覚』以来だな…僕はコッカスが投げ捨てた号外を手に取り眺める。


 『エルフ領リーフベル謎の崩落! 首都消滅!!』



 見出しをみて僕は凍りついた!


 な…!


 もう少し考えるべきだった!


 何で、勇者のパーティーである狂戦士がたった一人で行動し実家まで襲って古文書を奪おうとしたのか!


 答えを知る男は、コッカスに連れられ遥か空の彼方へと飛び去っている。


 僕は近くに落ちていたカーテンであっただろう大き目の布をブラジャー丸出しの肩にかけ、地面の上で結界が消え風でぱらぱらとページのめくれるノートを手に取り懐に忍ばせる。



 背後から、ガイルと万太郎が僕の名前を呼ぶのが聞こえた。

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