旅立ち!



*****************


 何も出来なかった…!


 目の前でリーフベルが崩落していく…。


 クリスが、予言したとおりになってしまった。


 私は『勇者』なのに…唯一の救いは住民の避難が済んでいたこと。


 でも、住む場所をうしなってしまった人々はどうなるの?


 クリスによれば皆、近隣の都市へ難民としての受け入れ交渉を始めていると言っていたけど…分かっていたのに、止めることが出来なかったなんて…。


 悔しい…!


 『魔王』はクリスの予言を上回る速度で進化しているとリフレが言っていた。


 早い…!


 私に魔王を止められるのか、これからこの世界はどうなってしまうのか…それを知る術があるとギャロは言って他のメンバーに黙って行ってしまった。


 一人行かせるのは心配だったけど、自分の家にそれを取りに行くって言っていたら大丈夫よね…?


 私やリフレが居ない時に、バーサーカーになるほどの緊急事態が無ければ良いのだけど…。


*****************



 狂戦士ギャロウェイの襲撃から3日が経過した。


 驚くことに、あれほどの大爆発があったにも関らず館の兵士に死亡者は一人も出なかったそうだ。


 一部手足の無くなった者はいた様だが、幸いにもリザードマン及びスライム系の種族であったため事なきを得た? らしい。


 崩壊した瓦礫の撤去作業も、順調に進んでいる。


 と言うわけで現在、館が崩壊した為に都市の中心部にある宿屋を3棟を借り上げてその機能を維持していると言う訳だ。


 領主ガラリアは戦闘時の怪我に加えバーサーカーになった時の後遺症で領主としての公務に支障が出ている為、弟であるガイルが公務を代行し万太郎がその補佐に当っている。


 僕としてはこの混乱に乗じてさっさとリーフベルへ向いたいが、何せ古文書の件がある。


 古文書の消失に気付いたガラリアの命で、捜索隊が結成され目下草の根分けての決死の捜索が慣行されているそんな中であれほど古文書の読みたがっていた僕が姿を消せば真っ先に疑われ追っ手が向けられるのはめに見えてるし僕の身体能力じゃすぐに捕まるだろう。

 それとなく『狂戦士ギャロウェイが持ち去ったのでは?』と進言してみたのだがどこまで誤魔化せるか…。


 とりあえず、ひそかに準備を整えいつでも逃げ出せるよう必要最小限の荷物をベットの下に用意して機会を伺っているのだが…。


 コンコン!


 そんな事を考えていると、僕の部屋として使っている宿屋の扉ががノックされた。


 「どうぞ」

 「失礼いたします」


 ドアを破壊する事無く入ってきたのは、190cm以上はある直立二足歩行のマッチョな兎だ。


 「え~と…?」

 「チャベス・ヘペスと申します! 『黄塵万丈の月に最初に生まれし最初の男』は、別任務で来られない為、私が本日はお世話させて頂きます!」


 チャベス…あ、こいつ食堂で万太郎を皮肉ってた奴だ。


 「…それで何か用?」

 「…はっはい! 浴場の準備が整いました! どうぞご入浴下さい!」

 「分かった…? 何? 僕の顔に何かついてるの?」


 チャベスは、ぼんやりと僕の事を見つめている。


 何コイツ? キモイ!


 「…はっ! 申し訳ございません! 二人のバーサーカーの暴走を鎮めこの都市を救った方だと思うと…!」


 何顔赤らめちゃってんの!? 怖いんですけど!!


 「今日のお世話係を獲得するのに123名ほど倒したかいがあったというものです! むふふふふふふ/////」


 チャベスは全身の筋肉をひくつかせて身もだえる!

 何それ!?

 万太郎! 早く帰って来てくれ! コイツ怖い!!!




 僕はやっとの事で、変態マッチョ兎を話術の力で振り払い宿屋の大浴場へと向った。


 この宿屋は、借り上げた三棟の中でも一番の大きく5階建てで大浴場が3つもあり中庭はテニスコート二面分ほどの広さがありよく手入れされた観葉植物に小さいながらも池や噴水まである。

 此処まで来ると、宿屋というよりホテルといって良いだろう。

  商業都市クルメイラには多くの商売人や観光客がひっきりなしに押し寄せるからこのくらいの設備は必要なのだろうが、残念なことに今はどこを見渡しても無骨な兵士たちでむさ苦しいばかりだ。

 僕が通ると兵士たちは道を開け、種族問わず此方を見つめ顔を赤らめたり緊張のあまり強張ったりと…はぁ、狂戦士ギャロウェイの襲撃以来『バーサーカーを倒した男』として兵士たちからうっかり尊敬を集めてしまったらしい。


 って、ことはコレもそのせいだろうか?


 見渡す限り、兵士達はその上半身にはおよそ男性が身につけるべきでは無い上半身専用の下着をこぞって着用している。


 何なんだ?

 兵を上げての僕の突っ込み待ちだろうか?


 中には鎧の上から着用している者も多い、そこまでして笑いが欲しいと言うのか?


 …ふははははは! 甘い! 甘いぞ! そんなフラグは全力でへし折らせてもらう!


 ちなみに、先ほどの変態マッチョ兎ももちろん着用していたがそんなものは当然黙殺したさ!


 ああそうさ! 僕は負けない! ぜっっつ体につっ込まないからな!!


 志を新たにしているとあっという間に大浴場についた。

 ついでに言うと、この大浴場は混浴だ…しかし今この宿屋にいるのはむさい兵士ばかりで紅一点のガラリアは別の宿屋だ。


 まあ、僕にとっては例え目の前に全裸の美女が現れたとしても姉さん以外そこら辺の石ころと大差ないんだけどね。


 僕は脱衣所で服を脱ぎ、着用していた姉さんのブラとショーツを常備されていた桶の中に入れて大浴場に入った。


 下着は基本手洗いだ。


 ザパ…。


 お?

 珍しい、どうやら先客がいる様だ。


 今まで入浴などについては、万太郎が僕と他の兵士が被らない様に手配していたから誰かと鉢合わせるなんて初めての事で少し緊張する。

 というもの、僕の胸には精霊契約印という大きさが500円玉ほどの小さな紋章が刻印されている為、要らぬ詮索をされ無いようにとガラリアが万太郎に命じていたからなんだが…マッチョ兎め…ミスったな。


 桶を片手に右手で胸の紋章を隠しつつ湯煙のなか体を洗う人影に目を凝らすと、オレンジの鮮やかな短髪にかかった湯をぷるぷると払うけも耳か見えた。


 何だ、ガイルじゃないか。


 「おい! ガイル!」


 僕は、ガイルのほうに向って歩いた。



 「お前も風呂? かぶるなんて初めてだな」


 ん?


 声をかけるが、ガイルはまるで石造の様に動かない…普段なら此方が気づく前に振り向くようなヤツなのに…。


 「ガイル?」


 僕の手が、ガイルの肩に触れようとした。


 「み…」


 「み?」

 「っるなあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 突然、ガイルはそう叫ぶと大浴場の端で2つの首からどばどば湯を吐く3m程の大きさの『火の神アグニ』を象った石像に目にも止まらぬ速さで飛び乗り壁に背中をぴったりつけ真っ赤な顔をして体の正面を此方に向けている。


 「みっ、みっ、みたなっ!」


 「あ? …あぁ…」


 見えますとも!

 下から見上げる形でモロに!

 

 ガイルの顔は、更に赤みを増し涙目になっていく。


 「お…お前にだけは知られたくなかったのに…!」

 「はあ? 何言ってんだよ? そんな立派なモンぶら下げといて? むしろ羨ましいくらいだ!」


 色も形も悪くない…てか、隠す所違くないか?


 「ほ…ホントに?」

 「ああ! 自信を持て! 何を恥じることがある!」


 少しの間をおいて、ガイルが石像の上から降りてきた。


 「ありがと…そんな風に言って貰えるなんて…ぐすっ…」

 「泣くな、同じ男じゃないか!」

 「オレの…姉上や兄上達みたいに…ないから…いつも比べられて…」


 ん?

 姉上? 





 僕とガイルは並んで広々とした湯船につかっていた。


 「オレだけなんだ、兄弟の中で…いやきっと獣人系のこの種族でこんな尻尾なのは…」


 ガイルは、そのままブクブクと口元まで湯に沈む。 


 今度は僕が赤面する番のようだ。


 「ふっ、ふーん…この世界でも外見とか気にするんだな!」


 確かに、ガラリアもギャロウェイも尻尾はまるで箒のようにふさふさで何より長かったが湯船につかる時に盗み見たガイルの尻尾は、長く見積もってもせいぜい20cm位でしかもくるりと巻いていて濡れているせいかオレンジの毛が情けなく湯を滴らせていた。


 「尻尾はオレ達の種族では戦いの才能を測ると言っても過言じゃないから…オレが未だにバーサーカーの力が使えないのもきっと出来損ないだからかもしれないって思うと…」


 ガイルは力なく笑った。


 「らしくないぞ? いつもの前向きなお前はどこ行った? 都市の治安維持とかやることやってるんだ、文句なんか言わせておけ! それにバーサーカーなんて制御できない______ん?」


 待てよ…?

 何でバーサーカーなんだ?


 コイツ達の先祖は…。


 「なあ、ガイル…」

 「ん?」

 「お前らの先祖は小山田なんだよな?」

 「ああ? そうだけど?」


 疑いようは無い…ガイルもギャロウェイも小山田そっくりだ…だが。


 「今回の勇者パーティーは1000年前の同行者の子孫で構成されている筈だよな?」


 今回の『魔王討伐』に対して各種族の族長達は、1000年前の同行者の子孫の中から最も優秀な者を選抜して決定している。

 これは間違いない、歴史の授業でも勇者新聞でも書かれていたことだ。


 ただ、ふに落ちない。


 勇者新聞の相関図には『賢者』の称号を持つメンバーはいなかったし、当然この家系の者なら『賢者』の資質を持つ者がいて然るべきと思うのだが、よりによって何でバーサーカーなんだ?


 「今回の勇者パーティーの中に『賢者』が居ないのは何でだ?」

 「ああ…そっか、言うの忘れてたなぁ~」


 ガイルは『そうだった』と呟くと言葉を続けた。


 「オレ達一族は、『賢者オヤマダ』の子孫であると同時に『狂戦士ガラリア』の血も受け継いでるんだよ、ちなみに姉上の『ガラリア』って名前はその伝説の狂戦士ガラリアから取られているんだ」


 得意げにガイルが説明する。


 ん?


 ってことは小山田の相手ってバーサーカー!? ワイルドだな!


 「以来1000年の間一族に賢者の資質を持った者は生まれていないんだよ」


 なるほど…小山田に果たして『賢者』と呼べるだけの才能が有ったにせよ遺伝するかどうかで言えば厳しいだろうな…どちらかと言うとパワーダウンしそうだ。


 「ヒガは向うの世界で『賢者オヤマダ』と友達だったんだろ? どんな人だった?」


 ガイルの突然の問いに僕は言葉を詰まらせる…そういえば小山田ってどんな奴なんだろう?

 良く考えてみれば小学校から同じクラスではあったが、まともに口を利いたのはあの時が始めてだったような気がする…。


 ただ、言える事があるとするなら…。


 「いい奴だよ、自分の事よりも他人の心配するような…」


 僕の言葉にガイルが『やっぱ、いい人だったんだな』っと、微笑む。


 その笑顔は、よくクラスで見かけた小山田の笑顔そのままで少し胸が締め付けられる。


 それにしても、1000年も前に飛ばされた小山田は一体どんな状態なんだろう?

 文献には魔王討伐の記述は山ほどあったが、当時の暮らしぶりや魔王を倒した後の記録が殆ど残っていない。


 「そっか…オレ、小さい頃から古文書読んでたけどさ自分の先祖が異世界から来たとかはっきり言って実感沸かなかったんだ」

 「へぇ、意外だな」

 「だってファンタジー過ぎでしょ!? 普通信じないって!」


 ファンタジー的要素丸出しな奴にそんな事言われ、僕は思わず苦笑する。


 「でも、兄上がバーサーカーとして勇者のパーティーになったり世界各地で魔王の影響と思われる災害が起き始めて…何よりヒガ…お前が現れた!」


 ガイルは、僕に向って突然頭を下げた。


 「ガイル!?」


 「本当に有難う! お前がいなかったら姉上と兄上を止めることは出来なかったし兵士達だけじゃなくクルメイラの住民達も全滅していた! 感謝してもし足りない!」


 「顔を上げてくれ!」


 別に僕は、古文書さえ手に入れば都市が滅ぼうが人外どもが殺し合いをしようが一向に構わなかったと言うのに…そんなに感謝されると流石に罪悪感が生まれるな。


 「な! もういいから上がろうぜ? いい加減のぼせるからさ!」


 このままでは、何時間でも顔を上げないであろうガイルを湯船から引きずり出して僕は脱衣所へと向った。


 「なあ…なんだよそれ?」


 おもむろに着替え始めた、ガイルの胸に装着された見覚えのある形状の衣類に僕は顔をしかめた。


 「ああ! これさ、兵士の間で流行ってんだぜ~」

 「…それが何だか分ってんのか?」

 「何かって…ヒガ、いつもコレ着てるだろ?」

 「…」

 「皆、ヒガの事尊敬してんだよ!オレもだけど!」


 ガイルが身に着けている水玉模様のブラは誰があつらえたのかサイズぴったりだ。


 何だかもの凄く小山田に申し訳ない気持ちでいっぱいになる…。


 唯一の救いは、この世界に胸を布で吊り上げる下着が普及していないと言う事。


 僕は、水玉模様のブラを着て爽やかに笑うガイルに『似合ってるよ』と声をかけてやる事しか出来なかった。





 「そうだ! 晩飯食ったらさ姉上が話があるから顔出せって言ってたんだ! ヒガも来るようにってよ!」



 風呂上り。


 食堂で晩飯の前菜『三つ首ワームのポタージュスープ』に顔を引きつらせて僕に、ガイルが思い出したように言った。


 ガラリアの呼び出し…まさかバレたか!


 「……分った」


 すぐに逃げ出せる用意をしていた方がいいな。


 そんな事を考えてるうちに、メインデッシュの『爆竹うなぎのソテーんごゅじソースを添えて』が運ばれてくる。

 かみ締めるたびに、爆竹程度の破裂が口一杯にひろがるこの宿屋の名物料理だ。


 どんな味かって?


 そんなもん食えるわけ無いだろ! 人間の食物じゃねーよ!!



 食堂にいる300人ほどの兵士達が響かせる爆竹音を聞きながら、付け合せの塩味の葉っぱをかじりつつ僕は何とかして宿屋を…いや、この商業都市クルメイラからの脱出方を考えていた。


 それには、コイツを何とかして撒かないとな…。


 僕は、隣で派手に爆竹音を鳴らすガイルに目をやった。


 「ヒガ! それ食わねーの?」


 物欲しそうに見るガイルに、無言で僕は皿を渡した。


 「さんきゅー」


 さて如何したものか、腹痛を装って部屋に篭るか?


 「ガイル様、ヒガ殿、こちらでござったか!」


 兵士でごった返す食堂の中を、万太郎が此方に向かってきた。


 「お探ししましたぞ! ガラリア様がお待ちでございます」


 状況はますます僕に不利になっていく…くそっ。



 やはり、神や仏は有ったものではない。



 僕は、万太郎とガイルに挟まれるように連れられてガラリアの滞在する隣の宿屋の最上階の部屋と案内された。


 しかし、この宿屋も僕らの宿屋に負けないくらい豪華な造りだ。


 それに加え建物の高さだけなら領主の館の無い今、もっともこのクルメイラで高い建物ということになる。


 コンコン。


 万太郎が、ガラリアの部屋の扉を叩く。


 「ガイル様とヒガ殿をおつれしました!」


 「入って」


 ガチャバキ!


 例のごとく、引戸を押して壊した万太郎に続き僕らは領主ガラリアの部屋に入った。


 「久しぶりねヒガ君」


 久しぶりに会ったガラリアは、外見上目立った怪我は無かったが明らかに調子が悪そうだ。


 それにしても…。

 この部屋は恐らくこの宿屋で一番良い部屋なのだろうに…。


 館の執務室ほどではないが、通常の宿部屋の4倍は在ろうかという広さと豪華さが有りそうなその部屋には、明らかにインテリアに合っていない大き目の机が持ち込まれ壁に書類や走り書きの様な物が所狭しと張り巡らせられ床まで本やら書類やら都市の地図…ありとあらゆる紙類がぶちまけられていた。


 破壊された館の残務処理の過酷さが伺える。


 「散らかってて御免ねん、 テヘペロ」

 「姉上! まだ仕事してたのか!? 無理すんなよ!」


 弟の言葉にひらひらと手をふりながら『やだ~ずえんずえん平気よ~』と対応するガラリアは、なんだか残業続きのOLみたいに目の下に隈をつくりながら微笑んでる…怖。



 「とりあえず適当にかけて~あ、お茶お願い~」


 「御意」


 ガラリアの指示で万太郎がお茶の用意をする間、僕とガイルは部屋の隅に追いやられていた椅子を引きずり机の正面に移動させ座った。


 「……とりあえず、ヒガ君! 今回のことは本当に有難う! お陰で弟達と都市の住民を殺さずに済んだわ本当にありがとう!! 」

 「いや…ガラリア様、僕…」

 「あん、分かってるわよ~『古文書』のことでしょ? ヒガ君に出した課題はもちろん合格よ! 文句無いわ~知識面では完璧だし、課題だった戦闘だって十分に立証済みだから…本来ならこの場で古文書を渡す所なんだけど…」


 ガラリアの瞳が僕のを捕らえた…万事休すか…!


 「本気ゴメン! 君の言うとおり古文書さ、あの子に取られちゃったみたい…」


 ガラリアはテヘペロっと舌を出す。


 「ギャロウェイ兄上が!?」


 その言葉に派手に驚くつもりだったのに、ガイルに先を越されてしまった。


 「え…それじゃ…」

 「館のほうに捜索隊やったんだけど…駄目っぽいの、だから多分」

 「そんな…」


 僕はガラリアの言葉に落ち込んだ表情を作って答えた…なかなかの演技力じゃないかと、自分で自分を褒めたくなる。


 「ヒガ君には本当にすまないと思ってるの…」

 「古文書が読めないなんて…姉さんを連れ帰る方法も…それにリーフベルは…」

 「聞いてるわ…だから提案があるのよ!」


 落ち込む素振りを見せる僕に、ガラリアはある提案を切りだした。


 『古文書奪還』


 ガラリアは、ガイルと僕二人で古文書つまりは小山田のノートを取り返して欲しいと言ってきた。


 好都合だ。


 僕としては、現在手元にそれを隠している以上それだけだと何のメリットも感じられないがこれでこの館を離れる理由が出来たというものだ。

 ギャロウェイは勇者のパーティーだ、恐らく古文書が手元に届くまで勇者ご一行はそう遠くへは移動しないだろうからこの機会を上手く利用すれば姉さんとの合流も早くなる!


 旅費についても、ガラリアが全面的にバックアプするとのこと。


 悪くない…ギャロウェイはコッカスに遠くに捨てに行かせたし、僕の手元には古文書がある。


 姉さんとの合流までの道中を考えると、ガイルくらいの戦闘要員は必須だ…事がうまく運びすぎて怖くもあるが…。


 「分かりました。 僕行きます…ガイルが良ければですけど」


 「何言ってんだ! 行くに決まってる!」


 ガイルは『よっしゃぁぁぁぁ!!』と雄叫びを上げた…よっぽど最近の公務でストレスが溜まっていたんだろう。


 それにしても、あの古文書…実の弟と殺し合いをし、治める土地の住民すら滅ぼしかけてまで勇者側に渡したくない理由は何なんだろう?


 中身を確認したが、書かれていたのは普通の人間では解読不能であろう自由すぎると言うか大学ノートに引かれた行なんて無視した独創的な記入方と『ニホンゴ』でまとめられた1000年前の大戦の日記のようなものに過ぎなかったと言うのに…?


 僕としても、肝心の元の世界に戻る方法を読み取れなかったのはかなりの痛手だ…何か暗号のようなものは無いか時間の許す限り古文書を読み込こんでいるのだが今だに分からない。


 「引き受けてくれて感謝するわ!」


 「では早速明日に出発します!」


 ぼろが出る前にこの部屋を早く出ないと…今にもにやけそうだ!


 「では、僕はこれで」


 「あ…オレも! 姉上くれぐれも無理はすんなよ?」


 僕とガイルは、連れ立ってガラリアの部屋を後にした。




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 私は、気づかれない程度のため息混じりに弟と異世界からの訪問者を見送った。


 ヒガ・キリト。


 勇者キリカの弟にして、賢者オヤマダの親友。


 そして、この世界に本来居るべきではない存在。


 だがしかし、彼が居なければ我が一族は存在すらしなかっただろう。


 子供のころは、古文書に書かれた事なんか信じていなかった。

 そうでしょ?

 だって、異世界なんてそんなファンタジー的なものあるとか普通思わないじゃない?


 古文書なんて、祖先の言語であるとして習うことが義務付けられた『ニホンゴ』の読み書きを学ぶ程度のテキストみたいなものだったし、殆んどお遊び程度に思ってた…。


 それに学んだ文字なんて、こっそりかいてるBLを綴るくらいしか実用性無かったし。


 でも、事態は急変した。



 魔王復活。


 勇者帰還。


 兄弟の中から勇者パーティーとの同行者が決定したこと。


 そして何より…彼が現れた。


 古文書に書かれた通りの容姿・服装・精霊契約状態、ためしに見せた『ニホンゴ』で書かれた文字を読んだ。


 更には『賢者オヤマダ』と一緒にいたと彼は言ったのだ。


 私は、古文書を受け継ぐ者として祖先の命に従い彼を見守ることにした。


 彼こそが犠牲の上に成り立つ『偽りの平穏』に終止符を打ち全てを終わらせてくれるかも知れない存在だからだ。


 私は、言葉さえ儘ならない彼に必要と思われることは全て叩き込んだ。


 彼は信じられない速度でこれを吸収して見せたが、魔力や気力といったものの習得には至らなかった…元々素養が無いのだから仕方が無いことなのだけど…。


 そして、あの日が訪れた。


 ギャロウェイが古文書を奪いに来たのだ…。


 あの子なりに考えての事だとは思うけど、引き渡せば事態は加速するだけ…何の解決にもならない。


 私が意識を取り戻す頃には全てが終わっていた。


 兵士達の話によれば、彼が何かしらの方法を使い館こそ粉々に吹き飛んだがギャロウェイもガイルも誰も殺す事無くその場を治めたと言う。


 それにしても…。


 ふふ…彼、私がなかなか古文書を見せない事に腹立たしさを覚えたのかこのどさくさに紛れてどうやら古文書を手に入れたようね…。


 勇者の拠点であるリーフベルが消滅したというのに此処に留まっていたのが証拠よねぇ。


 そういう所がまだまだお子様って感じだけど、あの腹黒さ…嫌いじゃないわーむしろあんな可愛い顔して腹黒いとか…ハァハァ 萌えぇぇ!!!


 ガイルとくっついて婿にこないかしらん♪ ハアハア!



 …こほん!


 とりあえず、適当な理由をつけて私は彼を旅立たせることにした。


 出来る事ならクルメイラの全軍をつけたいくらいだけど…コレは偽りの平穏にあぐらをかく全ての種族に戦線布告をすると言う事、下手には動けない…。

 どうなるかはまだ分からないけど、全ての鍵はヒガ・キリトと賢者オヤマダの古文書にかかってる。


 …本当は、こんな下らない事に可愛い弟を巻き込みたくは無い…。


 けれど、こんな下らないことの為にもう誰も…失いたくない…その為なら私はどんな手段でも厭わない!

 たとえそれが、弟をガイルを危険に晒すことになっても!


 不意に涙が頬をつたう…やだ…もう泣かないって決めてたのに…。


 壊れた扉越しに、此方を見つめる影に気がついた。


 不覚にも涙を見せた私を、影の持ち主はどうして良いか分からずおろおろとしている。


 「ふふ…ねえ、今夜くらいアナタに甘えてもいいのかしら?」


 それを聞いた影は、まるで石像のように固まった。

------------------------------




 青く晴れた空。


 白い雲。


 絶好の旅立ち日和だ! と、ガイルは息巻いていた。


 僕といえば、地図の確認、食料の消費、旅費の管理、速さ×時間÷距離の計算に加え実際のコースから出来る限りショートカットで最も早くリーフベルにたどり着ける方法を模索し検討の末、まずクルメイラから東のカランカ洞窟をつっきて関所を目指しエルフ領に入るのが最も有効であると判断した。


 商業都市クルメイラからカランカ洞窟までは、この平野を突っ切ればすぐだ。


 移動手段としてガラリアから進呈されたのは、世界最速といわれる『イズール・タートル・コネクシュキュ・アルビノ』という亀のような品種改良された神速魔物。


 甲羅長さが3.5m幅2m、首の長さまで合わせると大体5mは在ろうかと言う巨大さでその甲羅に手綱と二人分の鞍を取り付け更にはガイルがもって行くとダダをこねた旅の荷物登山用リュックのゆうに10倍は在ろうかと言う特大リュックを乗せる為の荷物スペースまで設けられた。


 僕ら二人と特大荷物の重さをものともせず、世界最速の白き亀は平原を砂埃を巻き上げながら爆走する。


 これでも、子供の個体だと言うのだから驚きだ。


 「ヒガ! カランカ洞窟までは真っ直ぐでいいか!?」


 手綱を握るガイルが、僕に確認をとってくる。

 意外にもガイルは、生まれてこの方クルメイラから外には出たことが無かったらしい。

 

 「ああ! このまま真っ直ぐだ!」


 僕は、地図と方位磁石を頼りにナビゲーションをする…お互い土地勘の無い状態での不安な旅の始ま______。


 「うっひょーわくわくすっぞ!!」


 訂正しよう、不安だと思っているのはどうやら僕だけのようだ。


 それにしてもこの亀、世界最速といわれるだけの事はある。


 平野には結界で守られている都市や村と違い魔物が少なくないが、駆け抜ける僕らに気づき追いすがろうとしてもあっと言う間に見えなくなる。


 普通の魔物の足ではこうは行かない。


 そうこうしている間に、目の前に明らかに邪悪で薄気味悪い洞窟が不気味に口を開けているのが見えた。

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