カランカ洞窟



*****************


 …さま…ゆうしゃ…様


 「ん…」

 そう呼ばれて目を覚ますと、心配そうに私の様子を伺うリフレとクリスの姿があった。


 「…ん…今何時…?」

 「もうお昼すぎですが、良く眠ってらっしゃいましたので…」


 精霊クリスは、天使の羽のような見事な翼をはためかせ空中で一礼する。


 「もう起きて来ないんじゃないかってボク心配しました~」


 ディープグリーンの瞳に涙をためたリフレが飛びついてきた。


 ああ…私、難民キャンプの地盤が崩落しそうになって…ありったけの魔力使ってそれから…。


 「他の皆は?」


 「ダッチェス、アンバーは引き続き復興再建を、リフレは怪我人の治療とメンタルケア…ギャロウェイはまだ戻りません」


 「そう…」

 

 「ギャロ…ボクが居なくて大丈夫かなぁ…ぐす…心配だよぉ…ぐすっ」


 「大丈夫よきっと」


 私は、不安気なリフレの頭を撫でた。


 切斗もこのくらいの頃が一番可愛かったっけ……。


 「そうですよリフレ、あんな単細胞でも貴方や勇者様が居ないのにバーサーカーになんかなりませんよ! もし、やらかしたら馬鹿です!」


 そう切り捨てるクリスの言葉に『それもそうだね』とリフレは納得したようだ。


 「あ! 大変! 急がないと日が暮れちゃう! ボク急いで待たせてる怪我人なおさなきゃ!」


 窓から差し込む日の光を浴びながら、元気良く駆け出すエルフ特有の緑の髪に尖った耳の少年を見送りながら私は長らく会えない弟に思いをはせた。


*****************



 カランカ洞窟。


 かつて、守護神と呼ばれた『剣士カランカ』によって切り開かれた全長10kmの洞窟。


 300年ほど前までは、聖なる光の洞窟と言われエルフ領への主要な交通路として使用されていたそうだが現在は禍々しい邪悪な魔力に満たされその影響か周辺に生える木々は魔物化し近寄るものを無差別攻撃し更に洞窟の入り口には今まで何人たりとも侵入を許した事が無い通称『ディアボロ』と呼ばれている魔物が居るという。


 話によれば、ディアボロは侵入者に対して『謎かけ』をしてくるらしくその問いに答えることが出来れば通してくれるし答えられなければ通常はその場で殺されるとの事。


 問いには僕が答えて、駄目ならガイルがディアボロを倒せばいい。


 もし、しくじったとしても僕は時の精霊の力で死ぬ事は無いから別に問題ない…ここでガイルが死ぬようなら利用価値なんてたかが知れてるからな。


 考え事をしている間に、どんどん洞窟が迫って_____せまっ…!?


 「がッ…ガイル!?」


 ガイルは、一向にスピードを緩める気配が無い!

 既に、魔物化した木々の中に入ってしまったというのに!


 「おい!!」

 「見てろって! こっからがオレの腕の見せ所だ!」


 ヒュン!


 「!?」


 ドゴオオオオオオン!


 僕の顔すれすれに通り抜けた木の根は地面を深くえぐっていた。


 当れば確実に大破する!


 僕の場合、最悪再生しても逃げることもままならず永遠になぶられ続けるかも…!


 冷や汗が僕の額から伝う。


 「ヒガ! しっかり捕まれ! あと舌噛むなよ!」


 ガイルは、目の前には迫りくる枝や根それらを神憑り的な手綱さばきで次々に回避していく。


 素晴らしい…! 


 正に『人馬一体』為らぬ『人亀一体』とはこの事だ!


 全ての攻撃を回避したガイルは、そのまま速度を緩める事無くむしろ加速してカランカ洞窟の入り口を目指す。

 程なく入り口が見え、そこには高さ30mはある入り口を塞ぐように鎮座する巨大なホルスタインがいた。


 …たぶんあれが『ディアボロ』?


 牛乳パックのイラストそのままの重そうな乳を揺らす姿に、『ああ、そう言えば最近牛乳飲んでないな』という思いが僕の中に去来した。




 「ヒガ! これ持っててくれ!」


 ガイルはそう言うと、いきなり手綱を僕に渡してきた。


 「え? おっおい!?」


 速度はそのまま減速は無い!


 『汝コノ道ヲ通リタクバ我ガ__』

 「我、火を司る神アグニの名の下に命ず! 我が矛となりて砕け! 炎の矛『ファイヤーランス』!!」


 呪文詠唱と共に、左手に集まった炎の塊が矛の形を取りそれをガイルは喋りかけたホスル___ディアボロに向って問答無用で投げつけた!


 ああ…そういえばガイルに作戦を伝えていなかったなぁ…いや…でも、いきなり突入とか無くない?

 初めて、国外行くとかしたら慎重になったりとかしてさぁ…地図とか資料とかで目的地の外観とかその場の状況とかさぁ、調べるだろ?


 「吹っ飛べぇぇぇぇ!!!!!」


 うん! コイツの行動力を舐めてた僕が悪かった!


 放たれたファイヤーランスは、ディアボロの顔面に見事命中した。


 ブモオオオオオオオオオオオオオオオオン!!


 お決まりの台詞すら言わせてもらえず、顔面炎上した巨大な牝牛は悲痛な叫び声を上げながら炎を払おうとのた打ち回った。


 「今だ! ミケ! 突っ込め!」


 ガイルの指示に従い、ディアボロの僅かな隙を突いて僕らを乗せた世界最速の白き亀『イズール・タートル・コネクシュキュ・アルビノ』は今までに無い最大加速で洞窟に飛び込んだ。


 ちなみに僕は、この亀に『ミケランジェロ』と名前をつけている。


 さて、飛び込んだは良いが…。


 一言で言うなら真っ暗だ。


 一寸の光すらない暗闇を、超高速で駆け抜けている…そして、手綱を握っているのは僕だ!!


 聞こえるのは、ミケランジェロの足の爪が地面をける音と怒り狂ったディアボロの怒号。


 その怒号が遠くならない所をみるとこれは…!


 「ちっ! 仕留められなかったか!」


 ガイルが苦々しく舌打ちをした。


 頭に血の上ったディアボロは僕らを追いかけているようだが、足の速さでミケランジェロに敵うはずも無くどんどん引き離されていく。


 「いや、一撃とか無理でしょ!? つか! 早く変わってくれ! 真っ暗で何も見えないんだよ!!」

 「は!? 何言ってんだ??」


 ガイルは冗談だろ? と付け加え改めて驚いて見せた。


 え? 


 そんな本気でビックリされても…。


 「お前! こんな暗いのに見えてるの!?」

 「いやいや…何で見えないんだ!? お前って本当強いんだか弱いんだか!」


 人外め! そっちの尺度で物事捉えるなよ!


 「分かった取り合えず脇に寄せて_____」


  え"?


  次の瞬間、僕とガイルは空中に放り出されていた。


 「「わあああああああああ!!」」


 僕は勢い良く地面に叩きつけられたようだが、不思議と痛みは感じない。

 その代わり、顔面にもふっとした感触が?


 暗闇に視界を奪われている為、それが何だか分からず僕はそのもふもふを掴んで撫で回してみた。


 「ヒガ…取り合えず退いてくれ…!」

 「あっ、悪ぃ!」


 やっぱりだか、どうもしなくても僕はガイルの上に落ちたようだ。


 「ヒガ、お前…っ!」

 「どうしたガイル!?」


 真っ暗闇の中表情などは全く分からないが、ガイルが身を縮め何か苦痛に耐えているのが触れてる体から感じ取れた。


 「ゴメン! 痛かったのか!?」

 「ちが…いや…お前…聞こえないのか?」


 聞こえる? 何が?


 「くぅ…きゅうん…きゅう…」


 近くから、まるで犬が鼻を鳴らすような悲しげな鳴き声が聞こえてきた。


 「ミケランジェロ?」


 僕は、地面を這いながら鳴き声のほうへ近づきミケランジェロの甲羅に触れた。

 こちらも苦痛に耐えているのか、カタカタと小刻み振るえている。

 一体どうしたって言うんだ?

 苦痛の正体はさておき、一刻も早く出口に向わないと怒り狂ったディアボロに追いつかれてしまうが暗闇で目の利かない状態では一人で逃げることも出来ない。


 僕は、手探りでガイルの腕を探し当てミケランジェロの方へ引きずった。


 「ヒガ…オレの事は…いいから早くお前だけでも…」

 「何言ってる! お前がいないと僕は生きられない!」


 コイツに今死なれたら、亀の乗り方なんて知らない僕はあっと言う間にディアボロに追いつかれるし運よく逃れられても暗闇の中方向感覚すら儘ならないのだから確実に洞窟で迷子になり永久に彷徨う事だろう。


 「あのさ、お前…さっきの本気で…?」

 「なん?」


 何のことだ? と、言いかけたとき顔の側面に軽い衝撃を感じた。


 壁か? 壁にしちゃ薄っすら毛が生えていて生暖かいような…。


 フシュウウウウウウウウウウ…!


 頭上から生暖かい湿った鼻息が、僕の髪を撫ぜた。


 『我ガ問イニ答エヌ者ヨ__』

 「我、火を司る神アグニの名の下に命ず! 爆ぜろ! 炎の球『ファヤーボール』!!!」


 いつの間にか追いついてきたディアボロの口に、ガイルの放った野球ボール程の炎の塊が入ると数秒置いて爆発した。


 「ゴフッ!! バボオオオオオオオオオオオオ!!」


 「っち! 喧しい声で鳴きやがって!! やっと黙らせたぜ!」


 苦痛に喘いでいた先ほどとは、うって変わりガイルは調子を取り戻したようだ。

 ディアボロは、人間には聞こえないような高周波的なものを発していたのだろう…。


 ガイルがなんとか黙らせたらしいが、長くは持ちそうに無い。


 僕とガイルは、ディアボロがひるんだ隙に体勢を立て直したミケランジェロに飛び乗りまたぐんぐんと加速を増し突き放していくがディアボロがさっきと同じ攻撃を仕掛ければ同じことの繰り返しだ!

 取り合えず、何か耳栓になりそうなものは無いか僕は暗闇の中手探りで荷物を漁る。


 「おい! あんま動くなよ! 落ちるぞ!」


 僕は、ガイルの言葉を無視しそのまま荷物を漁った。

 …僕の持参した荷物には大よそ耳栓に使えそうなものは入っていない。


 元々この世界に来た時だって着の身着のままだったし、何より僕は無駄が大嫌いだから荷物は必要最小限で大きさはランドセルより一回り小さいリュックの中にはガラリアが持っていくように指示した着替え一式に地図、方位磁石、双眼鏡と奪った古文書が入っているくらいだ!


 となると後は、ガイルの荷物と言う事になるが…この巨大な布袋に一体何を詰め込んだんだか…。


 

 ブモオオオオオオオオオオオオオ・・・・・


 遠く引き離してはいるが、相変わらずディアボロの追跡は続いている。


 なりふり構っている場合では無いので、僕はガイルの許可など得ずに荷物に手をつっ込む!


 「うおい!? 何やってんだ!?」

 「使えそうな物がないかさがして……る?」


 コツンと指先に当ったそれを取り出してみた。



 木…?


 いや、コルクか?


 暗くて見えないが大きさが5cmほど太さが3cmくらいで感触からして模様の様な物が掘り込まれいる…それも一個や二個じゃない…箱のような物の蓋がずれバッグの中に散乱しているようだ。


 「これ、何だ?」


 期待をもって、手に掴んだ一つをガイルのほうに差し出した。


 「おお! これはオレのコレクション『魔王を倒せ!! 聖戦コレクト決戦魔王城~隠された秘密~』のレンブラン切込み隊長!」

 「…これはナニカ戦闘の役に立つものなのか?」

 「いいや? コレクションは見て楽しむもんだぜ? ヒガ!」


 …ぷちっ。


 「え? 何の音!?」


 「お前は…今から冒険ですって時にこんな下らん物を荷物に入れんのか!? アレか!? 修学旅行にマンガ本とか絶対着れないだろってくらい洋服詰め込むようなKYか!!!」


 ちなみに、にそれをやらかしたのは小山田だ。


 僕は、くだらないフィギュア的な物の入っているであろう箱を荷物から放り出した!


 「マジか! なにすんだ!! 集めんの苦労したのに~ウワァァ!!」


 更に探ると出るわ出るわ! トレーデングカードやらブリキの玩具やら! これらを問答無用で放り出すたびにガイルの悲鳴がこだまする!


 やっぱ、コイツ小山田の子孫だ!!


 修学旅行を思い出すよ!


 絶対にもって行くといって譲らない小山田を、先生が2時間がかりで説得したが応じず巨大な荷物を引きずって奈良を歩いてた馬鹿の姿を!


 荷物も大分減った所で、なにやら小さめのサンドバックのような形をした皮袋が10袋出てきた。


 「これは何だ?」

 「ぐすっ、そこらへんは食料だよ…ぐすっ…」

 「お前は! 食料をこんな底のほうに詰めたのか!? 柔らかい物は上に詰めなきゃだめだろが!!!」

 「ごめんなさいいい!! でも中身モゲロ粉だし、袋につめたからぁ~ウァァァン!」

 「泣いても駄目だ! この馬鹿!」


 もう、ため息しか出ない。


 地元なのに僕より世間知らずでどうする!?


 「全く、お前っ! ゲホッ! ゲホッ!」


 暗闇の中、袋が倒れ粉が舞い上がって僕は咳き込む!


  『モゲロ粉』とは、僕らの世界で言うところの小麦粉といえば分かりやすいだろう。

 クルメイラの主食でこれを色々なものに加工して食べるが、小麦粉とは比べ物にならない位粒子が細かく舞い上がると少量でも調理場は霧のように白く染ま…て! 


 宿屋の調理場が大参事になったのはお前が犯人だったのか!?


 食料を持ってくるという基本的なことは抑えているようだが、モゲロ粉の入っていた袋以外の果物的なものはガラクタの重みに耐えられず潰れていた。


 湧き上がる怒りに堪え、僕はガイルに二つほど取っておいたフィギュア的な物を渡した。


 「ふえ? とっといてくれ__」

 「んな訳ねーよ! ミケランジェロの耳にこれで栓しとけ!」


 そんなぁ…と、言いながらガイルはミケランジェロの耳に栓をした…あれ? 亀ってどこに耳があるんだ?


 …ま、いっか。


 完璧とまでは行かないが、これで先ほどのように急に放り出される事は無いだろう。

 後は、ガイルの分だが…参ったな使えそうな物が無い。


 「っあぁ!!」


 そう思った矢先、突然ガイルが先ほどと同じく苦しみだし同時にミケランジェロも急激に減速しついには歩くような速さになってしまった。


 「ちっ、始まったか…!」


 どうする? 何か無いか? 考えろ!!


 しかし、暗闇と喉が痛いくらい乾燥した空気が僕の脳裏に最悪の結末をうかべ_____。


 待てよ…乾燥した空気?

 密閉する必要は無い…空間を造れれば?

 しかし、この作戦を実行するにはまずディアボロの高周波を止めないと!


 地面の小石が小刻みに跳ねる。


 ディアボロの蹄が地面を蹴る音が次第に近づいて来た…上手くいくだろうか?


 僕は苦痛に喘ぐガイルに耳打ちした。





 暗闇に蹄の音が響く。




 洞窟の通路の中央に立ち耳を澄ますと、鼻息が聞こえるくらいディアボロが迫っているのが闇で目の利かなくても把握出来る。


 僕は覚悟を決めて、かび臭く湿った空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


 「止まれ!!」


 僕の呼びかけに、ディアボロの蹄の音が次第にゆっくりとなり止った。


 「マジかよ…」


 僕の後方にミケランジェロに乗って控えていたガイルが、苦痛に耐えながらも信じられない物でも見たかのように驚愕した。


 やはりか…。


 ある可能性に、僕は賭けたのだ。


 フシュウゥゥゥゥウゥゥゥゥゥゥゥ……。


 生暖かい鼻息が頭上から落ちてくる。


 …此処からが本番だ。


 「洞窟の番人! 先ほどは僕の仲間が失礼した! 改めて貴方と『謎かけ』の勝負がしたい!」


 洞窟に沈黙が広がり『やっぱむりっしょぉぉぉ!!!』 と、ガイルが声にならない声を上げる。


 最初に追いつかれた時、ディアボロはすぐには攻撃しなかった。


 その気になれば殺せたと言うのに、僕に気づかれるまで何もせずに佇んでいた…ヤツは望んでいる筈だ!


 「フシュゥ…良イダロウ…力無キ者ヨ、我ガ問イニ答エル事ヲ許可スル」


 案の定、ディアボロは僕の誘いに乗ってきた。


 「礼をいいます」


 「答エラレネバ其処ニ待ツノハ死ダ…」


 これでどうやらプランAでなんとかカタがつきそうだ、出来ればプランBは使いたく無いからな…。


 「デハ問オウ…」


 ディアボロの『謎かけ』が始まった。




 ディアボロの問い


 彼ノ地ニ永久ノ泉ヲ目指ス旅人アリ。

 ソノ旅人、業火ノ谷ヲ抜ケル道ニテ2羽ノコカトリスノ傍ヲ通リ氷河ノ山デハ氷ノ精霊ヲ見、緑ノ丘ニ至リテエルフノ娘カラ水ヲ貰イ光ノ神殿デハ女神カラ剣ヲ賜リ其レヲ祝福スルヨウニ旅人ノ周リヲ15匹ノ蝶ガ舞イ火水土緑光ノ精霊マデモガ五芒星ヲ造リ旅人ニ加護ヲ与エタ。

 ソシテ、闇ノ洞窟デハ我ノ問イニ答エ遂ニハ泉ニ辿リ着イタ、泉ノ番人ハアラユル加護ヲ受ケタ旅人ニ平伏シ戦ウ事無ク泉ノ前ニ通サレ遂ニ旅人ハ永久ノ命ヲ手ニ入レタ。



 「サテ、泉ニ辿リ着ツイタノハ何人、何匹、何精霊デ有ッタカ我ガ蹄ガ10踏ミ鳴ラサレル間ニ答エヨ!」



 ズシンと蹄が地を蹴る音が聞こえ、ディアボロが「10」と言った。


 え?


 つーか今のが問題か?



 ズシン「9」


 ズシン「8」


 ズシン「7」


 ディアボロがテンポ良く蹄を踏み鳴らす。


 「おい! ヒガ!」


 ガイルが不安気な声を上げた。


 ズシン「6」


 テンポ早くね?

 答えは分かり切ってるけどさぁ…。


 ズシン「5」


 ズシン「4」


 「答えは一人だ!」


 洞窟に静寂が広がった。


 「何故ソウ思ウ?」


 ディアボロの地を這うような声が沈黙を破る。


 「旅人はコカトリスの横を通り過ぎただけだし精霊を見かけてエルフからは水を貰っただけ、神殿の女神からは剣を貰い精霊や蝶は祝福と加護を得ただけで誰も同行した訳じゃない、番人は入り口に居ただけ! つまり答えは旅人一人だ!」


 再び静寂訪れた。


 答えに自信はあるが、果たして300年もの間何人たりともこの洞窟に進入を許さなかったディアボロの『謎かけ』がこんなにレベルの低いものだろうか?


 「正解ダ」


 ディアボロが低く唸った。


 「すげ! オレてっきり3人17匹16精霊2女神だと思ったぜ!!!」

 「真面目に計算したのか? 馬鹿だなお前!」

 「酷っ! ヒガが頭いいんだよ!」


 テンションの上がったガイルが、僕に抱きついてきた。


 「流石オレに__」

 「デハ、『知恵有ル者』ヨ御前ハ進ムガ良イ」


 は?


 待て…僕だけ?


 まさか、『謎賭け』は一人づつ___?


 「サア…行クガ良イ試練ヲ乗リ越エシ知恵有ル者ヨ道ヲ示ソウ…」

 

 ディアボロがそう言うと、背後から光が射した。


 振り向くと、後800mも無いくらいの距離に洞窟の出口が現れたではないか!


 そうか…レベルはどうあれ『謎かけ』に答えない限り出口には辿り着けないのか…。





 恐らく、この世界の住人たちは最初にガイルの取った行動のように魔物に出会えば問答無用で攻撃を仕掛ける。


 それが当たり前だから、僕のように魔物の問いかけに答えようなんて考え持ち合わせていないのだろう…だから圧倒的に強いディアボロを前に誰もこの洞窟を通る事が出来なかったのか…。


 状況は把握出来た。


 さてどうする?


 恐らく、僕はもう攻撃される事は無いだろうし出口も見つけた。


 ガイルは、僕に抱きついたまま岩のように固まりぶつぶつと聞き取れないくらい小さな声で何事か呟いている。


 「ボソボソ…ブツブツ…」


 何か気持ち悪い…。


 「と…取り合えず問題聞いてみよう? 何とかなるかも知れな_____げっ」


 僕は目の前にそびえるその姿に絶句する。


  後方から差し込む太陽の光でようやく見ることが出来たのは、ぼんやりと浮かんだ体長20mは優に超えそうな巨大なホルスタイン…目が血走り、口からはダラダラと涎を垂らしながらこっちを見ている。

 良く見たらでかい…いや、少なくとも外に居た時より大きくなってる!

 こんなヤツから逃げ切るなんて出来るわけねーよ!


 ガイル、君の犠牲は忘れな____


 「………の名の下に命ず我が矢となりて貫け! 炎の矢『ファイヤーアロー』!!」




 ガイルはそう叫ぶと、振り向きざまに3本ほどの炎の矢を投げつけると振り向きもせずそのまま僕を担ぎ上げミケランジェロに飛び乗った!


 「へ?」


 放たれた矢は、ディアボロを大きく外れ洞窟の天井にぶち当たりその衝撃で落ちてきた瓦礫が次々にディアボロに降り注ぐ!


 「ブモ!! ぶもぉぉぉぉぉぉぉっぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


 雄叫びと共にディアボロが瓦礫に埋まる!


 「ガイル…」

 「プ…プランBでお願いします!」

 「ちっ! 一つ貸しだからな!!」


 僕は、荷物の中に入っているモゲロ粉の詰まった袋の口を緩めた。


 「ガイル! そのまま真っ直ぐ出口に向って走らせろ!!」

 「了解!!」


 ガイルが手綱を引くと、ミケランジェロは勢い良く走り出した。


 僕はモゲロ粉の入った袋をあけ次々にばら撒いて行く、粒子の細かい粉は洞窟中に漂いまるで霧でもかかったようだ。


 ブモォォォォォォォォオォォォォォォォォォ!!!!


 出口を目の前にした僕らに、怒れるディアボロが瓦礫を吹き飛ばし猛スピードで迫る!


 「急げ!」


 ガイルの声にこたえるように、僕らを乗せたミケランジェロは洞窟の外に飛び出した!


 「今だ! 撃てガイル!!」


 僕の合図と同時に、ガイルは洞窟目掛けてファイヤーアローを打ち込んだ。


 ヒュンと音を立て、炎の矢は洞窟へと消えていく。


 が、変化なし。


 ___まさか、失敗___


 ドゴォォォォォオォォォォォオォォォォオン!!!


 激しい轟音と共にカランカ洞窟が崩壊する…どうやら作戦は十分すぎるくらい上手く行ったようだ。

 その様子を、ミケランジェロとガイルは呆然と見つめている。


 「ヒガ…改めて…お前って凄いんだな…魔力無しでマジパネェよ…引くわ!」


 ガイルは、まるで化け物でも見るような目で僕を見た。


 「そんな目で見るな! 予想外の威力だったんだ! …ったく! 一体誰の為にやったと思ってんだよ!!」


 そう言うと、何故かガイルの顔がみるみる赤くなっていく。


 「おい、大丈夫か?」

 「え? あ? うん! 何でもねぇ…」


 何なんだ一体…?

 僕は、もじもじしだしたガイルを無視して元洞窟を見つめた。


 粉塵爆破。


 大気などの気体中にある一定の濃度の可燃性の粉塵が浮遊した状態で、火花などにより引火して爆発を起こす現象。

 別に『モゲロ粉』に火薬のような作用があるわけではない、普通の小麦粉やコーンスターチなんかでも同様の爆発を起すことが原理的には可能だ。


 塵爆発が起きるためには、粉塵雲、着火元、酸素の3条件が揃わなければならない。


 粉塵爆発は空中に浮遊している粉塵が燃焼し、燃焼が継続して伝播していくことで起きるが、浮遊する粉塵が少なすぎても燃焼が伝播せず逆に多すすぎると燃焼するための十分な酸素が空間に無いため燃焼が継続でき無いのでいずれの場合も爆発しない。


 …うん。


 学校の授業を真面目に聞いていた甲斐があったな。


 今回は、必要条件三つを運よく満たしミケランジェロという世界最速の亀のいたお陰で爆発に巻きこままれる事無く外に飛び出すことが出来たわけだか…。

 前回のクルメイラ領主の館もそう、破壊力がいつも僕の予想を遥か斜め上を行く…魔力的要因がかなり関係しているのだろうか?


 ガラッ!


 「?」


 崩れた瓦礫が動いた。


 ガラガラガラ…


 「ブゴォォォォォォォオォォォォォオォォォォォ!!」


 雄叫びをあげる巨大なホルスタインが、血しぶきを撒き散らしながら瓦礫の中から立ち上がって此方を見据えプルンプルンと血管の走った牛の乳房が揺れる。


 姉さん、僕もう牛乳が飲めなくなりそうです。


 それにしても…ははは…参ったな…まさか正直此処まで頑丈だとは予想出来なかった。


 お陰で完全なノープランだ。


 そこうしている内に、ディアボロは、僕らに向って全速力で突進してきた!


 「っく!」


 ガイルが手綱を引いて遠くに見える関所へ進路をとるが、またしても呻き声を上げミケランジェロの甲羅からずり落ちてしまう。


 ちっ! 高周波か!


 謎かけの間に途絶えていた高周波による攻撃が再開されたようだ。


 これじゃ、ガイルはおろかミケランジェロも使い物にはならない!


 完全行動不能に陥った僕らに、ディアボロが迫る…。


 はあ…あの蹄でグチャグチャに踏み潰された後の『巻き戻し』は一体どんな感じになるんだろう?


 僕が呑気にそんな事を考えていた矢先だった。


 一瞬辺りに強い光が走ったかと思うと、晴れわたった青空から巨大な黄色い閃光がディアボロに直撃した。


 「ブ! ブモオオオオオオオオオオ!!!」


 ディアボロは、断末魔の叫び声をあげその巨体が派手に地面に倒れこむ。


 閃光によるあまりの衝撃でミケランジェロから投げ出された僕は、土埃のなかようやく顔を上げた。


 …稲妻?

 一体なんで…?


 「やっと見つけたぞ!」

 

 腰まである血のような真紅の髪をなびかせた金色の瞳のけも耳が、倒れたディアボロの乳を踏みつけ僕を睨みつける。


 狂戦士ギャロウェイ…。


 正直、コッカスにあまり期待はしていなかったがこうも早く見つかってしまうなんて!


 「…よく、コッカスから逃げたもんだね?」

 「は! コッカス一匹どうとでもなる!」


 うわぁ…コッカス…君の犠牲は忘れない…。


 ギャロウェイは、ディアボロの乳から飛び降りると僕の方に歩いてきた。


 「さあ! お前が持っているものを此方に__」


 「ヒガに近寄るな!!」


 ガイルが、僕を守るようにギャロウェイの前に立ちはだかる。


 「兄上! 奪った古文書を姉上に返せ!」

 「何?」


 鋭い視線が僕を捕らえる。


 「は…! こいつはとんだ食わせ者だな」


 ギャロウェイの右手からバチバチ黄色い火花が散った。


 「殺____」

 「お止め下さい…ギャロウェイ様」


 低く静かな声がして、急に動きを止めたギャロウェイの首筋に小型のナイフが突き付けられている。


 「貴様…!」


 万太郎は、抵抗を見せようとするギャロウェイに更に強くナイフを押し付けた。


 「…っ!」

 「ヒガ殿はクルメイラを救った恩人で御座いますぞ! いかに領主の弟君と言えどこれ以上の蛮行は許されません!!」


 そう言い放つと、万太郎はナイフからギャロウェイを開放し同時にリザードマン最大武器である強靭な尻尾で一撃を加えた。


 か…カッコいい!

 

 今までで一番輝いてるぞ! 万太郎!!


 「貴方様に戦い方を伝授したのは、某で御座います…本当にお強く成られましたが、まだまだ遅れはいたいしませぬ!」


 万太郎は、間髪入れず次の攻撃へ移る。


 「っく! 待て! こっちの話も___!?」


  バサ…バサ…


 !?


 何だ? 急に影が…。


 かっかどぅどぅどぅ~かっかどぅどぅどぅ~!


 青空に、すっかり聞きなれた鳴き声が響きわたる。


 「っち! まだ生きていたのか!!」


 ギャロウェイが憎らしげに空を見上げると、そこには紛れも無くあのコッカスが旋回しながら此方の様子を伺っている。


 僅かに隙を見せたギャロウェイにガイルがありったけの魔力で連続攻撃、万太郎も土属性の魔力をナイフや拳に乗せ飛び掛った!

 行き成りの事に一時防戦一方になってしまったギャロウェイだったが、流石は勇者パーティーなかなか攻撃が当らない!


 「舐めるな!!」


 ギャロウェイは、二人の攻撃を掻い潜り一気に僕の眼前まで間合いを詰めた!


 「ヒガ殿!」

 「ヒガ!」


 僕の頭を捕らえようと、ギャロウェイはその掌に稲妻を走らせる!


 「これで終わり____」


 べちゃ!


 「~~#$%252%$$$#&&&’(()(!!!!」


 ギャロウェイの顔面は、戦いを傍観している間に僕がこっそり作ったモゲロ粉をこねた白いべたべたした物で覆われている。


 余りの予想を超えた事態に、流石のバーサーカーもパニック状態だ!


 そこをガイル&万太郎が一斉攻撃する。


 「コッカス!!」


 僕の呼びかけに反応したコッカスが、急降下して来た。


 降りてきたコッカスは、動かなくなったギャロウェイの肩を両足で掴むとすぐに飛び立とうとした。


 「おい! 金は!?」


 あらかじめ用意した千円を掲げる僕を穏やかな瞳で見下ろしたコッカスは、ゆっくりと首を振った。

 まだクルメイラの館で請け負った仕事が済んでいないということか…たいしたプロ根性だ!


 顔面をベタベタしたもので覆われた、ギャロウェイを連れたコッカスは空の彼方へと消えていく。


 その姿に受けた仕事を必ずやり遂げる『漢の背中』を目の当たりにした僕は、生まれて初めて姉さん以外の生物に尊敬の念を抱いた。

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