時をかける少年

*****************


 あのね、切斗。


 私は、別に誰かに褒められたいから人助けとかしてる訳じゃないの。


 確かに『正義の味方』とか言われて悪い気はしないけどね。


 アンタは、下らないって言うけど。


 普通、目の前で人が困ってたら無視する事とか出来なくない?


 いっぱいの荷物を抱えて自転車ドミノ倒しにしたお婆さんとか、子猫を探している女の子とか、不良に絡まれてる中学生なんかもそうだけど、目の前にいる妖精さんに『世界が魔王に滅ぼされそうだから助けて!』とか言われたらやっぱ助けなきゃでしょ?



 まあ、いつもみたいに夕飯までに帰るから私のチキンカレー残しといてよね!


*****************




 …ここはどこだ?


 ゲロ臭い…僕は吐いたのか?


 目を覚ますとそこは、世界自然遺産にでも出てきそうな木々がうっそうと茂った森の中だった。

 どうやら無事に到着出来たようだな。


 しかし、起き上がり辺りを見回しても一緒に来たはずの小山田の姿が見えなかった。


 「?」


 あれ? 痛くない…体の傷が治ってる…?

 それだけじゃない、少々ゲロ臭いが血で汚れた衣服も元通りになっている…どういうことだ?


 『どう言うつもり?』


 頭に直接声が響いた。


 「なにが?」


 時と時空を司る精霊リリィは、不機嫌極まりないといった口調だ。


 『どうして私を生かしておいたの?あの状況なら『力』を奪う事だって出来たのに…あっ、あんなこと!』


 ああ、そう言えば契約時に脳裏にダウンロードされた知識の中には、確かにそういったも方法もあったね…うん。


 「なに? 死にたかったのか?」

 『…』

 「所でさ、お前どこから話しかけてるんだ? 姿が見えないけど」

 『…ダメージと魔力が不足して姿が保て無いから、アンタの中で休んでるのよ』


 中? どこの部分だソレ? キモイな!?


 『…ちなみに心の声とか筒抜けだから会話するときは念じるだけでいいわ』



 そうだった。


 精霊との契約は云わば『魂の契約』。


 お互いの心を通わせ魂を結合させる事により、その力を何倍にも跳ね上げたり普段必要な召喚詠唱や召喚陣といった手順を省略することが出来るとってもお得な機能だ。


 その反面、契約した精霊とは死ぬまで一緒。


 おまけに心の声はもちろん精霊は、契約者からあまり離れて行動することは出来ないので風呂もトイレもアレな時だっていつも一緒だプライベートも糞も無い。


 本来なら、精霊と契約するににはそれに相応しい『素養』が必要だが…。


 素養とは、普段の練習や学習によって身につけた技能や知識の事らしいが、無論僕にそんなものある分けない。

 素養の無い僕が無理やり契約した事によって、本来契約時に与えられるべき知識もどうやら半数近くは鍵が掛かったように見ることは出来ないようだ。


 姉さんを連れ戻す為とは言え…まるで、規約を読まずにサイトに登録したようなそんな気分だ。


 『これからどうするつもり?』


 そうだな…まず、お前が知っていることを話してもらおうか?


 僕がお前を生かしておいた理由なんて、精霊契約では得られない姉さんに関する情報を聞き出す為なのだから。





 聞き出した情報によれば、この世界は『イズール』と呼ばれていて生息してるのは、大まかに精霊、魔物、妖精、人型をしているものでは獣人、エルフなど多岐に分かれそれぞれが独立した文化と秩序を築いており種族同士も互いに交流を持ちながら平和にやってきたらしい。


 

 つい最近までは。



 その世界を滅ぼそうとするものが『魔王』と呼ばれるものだ。


 魔王が現れる時『勇者』と呼ばれる存在も現れ何度と無くこの世界を救ってきたと言う。

 互いに転生を繰り返し、果てし無く繰り返してきた戦いに変化が生じたのが丁度"1000年前"。

 勇者は魔王に勝利したが、魔王は最後の力を振り絞り勇者の『魂』を僕らの世界へ飛ばした。


 二度と、この世界で転生することの無いように。


 そして、1000年の時が過ぎ魔王は復活した。


 今度こそ『イズール』を滅ぼす為に。


 イズールに住まう全ての種族の長達は、この危機を回避すべく勇者を呼び戻すことにした。


 姉さんを僕の前から連れ去った。


 はっきり言って、僕にとってこの世界がどうなろうと知った事ではない。

 人外どもが幾ら滅ぼうが、到底僕から姉さんを奪う理由になんかならない!

 ここまで来たからには、どんな手段を使おうが必ず姉さんを僕の世界に連れ戻す!

 大体、姉さんは高校3年生で進路を決めなければならない大事な時期を少々過ぎている!

 こんな所で、魔王だ何だと戦っている暇など無い!


 話によれば、姉さんは連れ去られた後エルフによって納められている国リーフベルへ向ったらしい。


 無論、僕はリーフベルへ向うことにした。


 『…ダメージが酷い…これ以上 会話  無理…』


 リリィはそれだけ言い残すと、それっきり交信が途絶えてしまった。


 あ…小山田の事聞くの忘れたなぁ…。


 ま、いっか。


 まず僕は、この森を抜けたところにあるという商業都市クルメイラを目指す事にした。

 リーフベルへ向かうにも、色々と準備が居るだろうと判断したからだ。


 それに、小山田が無事ならきっと人のいそうな場所を目指すだろう。


 そう、踏んだからだ。



 うっそうと木々の茂る中を少し歩くと、運の良い事に人口的に作られたであろう道を発見した。

 と、言っても、石や木をどけて簡単に舗装された道は赤土がむき出しになっている。


 お?


 良く見れば馬車でも通っているのかタイヤのような跡が道なりに続いている、とりあえずこれに添って歩いていけば_____。


「@#$&&”!!」


「!?」


 突然、背後からドスの効いた怒鳴り声がしたと思ったら背中に強烈な衝撃が走った!


 「かはっ…?」


 あまりの衝撃に息も出来ない!


 苦痛に耐えならが振り向くと、そこには…トカゲ男がいた。


 身長2m以上、直立二足歩行が可能な強靭な二本の足と長く太い尻尾でで地面を踏みしめ仁王立ちの状態で僕を見下ろしている。

 こいつは、恐らくこの世界の住人だ。

 それを物語るように、この巨大なトカゲ男は明らかに人工的に造られたシンプルな鎧のようなものを身に着けている。


 まずい。


 と思ったときには、強靭な尻尾の一撃を食らい近くの木に叩きつけられていた。



 ベキッと、嫌な音がして右腕の上腕に激痛が走る。


 見ると、骨が皮膚を突き破り大量の血がTシャツを赤くそめていた。


 トカゲ男は、シシシシとさも楽しげに笑い尻尾をくねらせゆっくりと此方に歩いてくる…!

 激痛と息苦しさが止め処なく襲い、体の震えが止まらない。


 くっそ!


 こんな所で死んでたまるか!


 姉さん…!


 僕は、ダウンロードされた記憶を探る。


 何か!

 何かないか!?


 キイィイイイン!


 突然、耳に甲高い金属音が響き僕はあまりの不快さに思わず動くほうの手で片耳を押さえた。


 トカゲ男も、何故か鼻を押さえてたじろいでいる。


 「…っ!?」


 金属音が過ぎ去ると、体に変化が現れた!


 あ? あれ? 気のせいか…いや明らかに息が出来る!


 メチャ…グチャ…。


 「げ!!」


 僕の右腕上腕の飛び出した骨は、グロテスクに蠢き肉の中に引っ込むとゴリッっと言う音を立ててもとの場所に連結し血に染まったTシャツも元通りだ!


 その様を見ていたトカゲ男は明らかに驚いた様子で、腰から下げていた小さな袋から短い木の棒のようなものを取り出すと口に咥えた。



 ピィイィィィィィィィィィィィ!



 笛!?

 仲間を呼ぶ気か!?

 冗談じゃない!


 僕はその場から駆け出した!

 方向なんて構っている暇はない!

 とりあえず、このトカゲの化け物から出来るだけ遠くに逃げないと!


 が、そんな悪あがきは通用しなかった。


 僕の頭上を何かが通過したと思った時には、目の前にトカゲ男が着地し立ち塞がった!



 はは…なんてジャンプ力だよ…!


 バサッ!


 「!?」


 突然背後から布のような物を被せられ、視界が奪われる!

 いや、顔だけじゃないく全身すっぽりと包まれたと思うと行き成りひっくり返され地面に頭を強打した!!


 頭が縦に揺らされた衝撃と共に意識が遠のいて行く。


 薄れゆく意識の中、自分が何処かに運ばれて行くのが分かった。



 




 『ねえ、切斗!知ってる? カンガルーのお腹の袋は臭いんだよ?』





 ああ、それってきっとこんな匂い……。


 どの位気を失っていただろう?


 僕は、いきなり地面に叩きつけられた衝撃で目が覚めた。


 「ごほっ! ごほっ! …臭せえ」


 何だこれ?

 薄暗い…それに臭い…。


 どうやら僕は、何か袋状の物に入れられているようだ。


 薄手だが頑丈で、もがいてみても一向に破ける気配は無い…。

 そして何より臭い!

 汗臭くなった柔道着を一ヶ月放置し、その上にゲロでも吐いたような悪臭だ!


 しかし、今はそんな事どうでもいい! 

 早く此処から逃げないと!


 僕は、何とか逃げ出せないかと袋に噛み付いた。


 「げっ! ぺっぺっ!」


 まじい…クソ不味い!!

 夏場の公衆便所で、小便まみれになったティッシュを口に突っ込んでみたらきっとこんな味だ!

 これ素材は何だ?

 布と言うよりは革に近い!


 「$$%#”%&’’(’%#%#$%&775」


 トカゲ男?


 袋越しに影が近づき、僕の入った袋を掴むとそのまま引きずり始めた。

 僕は、もがくのをやめ大人しく引きずられる。

 歯で噛み切る事も出来なかったのだ、脱出のチャンスがあるとしたらトカゲ男が袋を開けた時だ!





 そこには、歓声が響いていた。


 すり鉢状の円形ドームに観客がひしめき合い、今から行なわれるショーを心待ちにしているのは僕でも分かった。


 ドーム中央には、半径30mほどの円形のリング。


 その周りに三階建てのアパートの高さ位ある鉄格子がぐるりと囲み、中に放たれたこの生物を決して客席側に逃がさない仕組みになっている。


 こいつを逃がさない為か…はあ…。


 目の前に居る全長10mほどありそうな四足歩行の特大トカゲを見て、僕はため息を付く事しか出来なかった。


 先ほど袋が緩められ、飛び出す暇なく地面に放り投げられて現在に至る。


 それにしても、この世界に着いてからと言うものトカゲばかりに縁がある…ああ…そう言やコイツよく見たらバラエティ番組でお笑い芸人とかが一緒に走ったりとかしてるコモドドラゴンに良く似てるなぁ…はは。

 まあ…コモド島のコモドドラゴンは、鼻から炎を吹いたり滴る涎で地面を溶かしたりしないだろうけど。


 次第に観客達もヒートアップしてきたようで、モンスターさながらの怒号が響く。


 と言うか、観客はもはや人外の方々ばかりなので僕にとって目の前にいる特大コモドドラゴンと観客の違いは服を着ているくらいでしかない。


 さて如何したものか?


 とりあえずコイツに呼び名をつけてみよう、コモドンなんてどうだろう?


 そんなことを考えていると、いきなりコモドンは口から高速で何かを飛ばした!


 それがコモドンの舌だと気がついたのは、左肩にかすめTシャツの袖ごと酸のような涎で肉が解け落ちたときだった。


 「っ!!」


 激痛。


 そして、金属をすり合わせたような激しい耳鳴り。


 耳鳴りが過ぎ去ると、傷口はグロテスクに蠢き骨もTシャツの袖さえも元に戻った。

 その様子に、観客がどよめき歓声が上がる。

 そうか…コレが精霊の力ってヤツか!

 恐らくこの現象は、傷を治すと言うよりは元の状態に『巻き戻し』ている。


 だから服まで元に戻るんだ!


 ダウンロードされた知識によれば、精霊契約ではその精霊の力を契約者も扱えるようになる…これは『時の力』か…。

 しかし、残念なことに時と時空を司る精霊に攻撃出来そうな力は無い。

 それが出来てれば、僕の中でぐっすり眠ってる哀れな精霊はこんな目に遭わなかっただろう。

 さて。

 ここまで大人しくしていてくれたコモドンだったが、次第に鼻息が荒くなり後ろ足で地面をかき始めた。


 突っ込んでくる気だ!


 「キシャァアアァァァァァァァァグァァァァァァァァァァ!!」


 咆哮を上げながら、コモドンが一直線に向ってくる!


 早い!


 しかし、僕は転がるように何とか避けることが出来た!


 ドカッギィィィィ!!


 コモドンは、まともに鉄格子に衝突し大きく凹ませる。

 ほっとしたのもつかの間、今度は尻尾が高速で振り下ろされた!


 が、コモドンは頭を鉄格子に取られていた為に直撃はせずTシャツを引き裂くに留まる。


 可愛らしい猫のイラストは無残引き裂かれ、中からは元の世界から着用していた姉さんのお気に入りのブラジャーがあらわになる。


 くっ!


 命あるだけましだが、異世界でとんだ変態宣言をかましたことに間違いない!


 コモドンが、鉄格子から頭を抜いてゆっくりと此方に向き直った。


 見る限りノーダメージだな、あんなに派手に突っ込んだのに傷一つ付いてない。


 コモドンは又、後ろ足で地面を掻き始める。


 今度は、先ほどよりご機嫌斜めの様子…いや…勝手に突っ込んだのお前だろ?


 幸いコモドンの攻撃は単純なようだが、いつまでも避け続けられるものでも無いだろう…精霊の力で致命傷は回避できるにしろ僕の筋力・体力・耐久性なんて中学二年生の平均でしかない!


 殺られるのもきっと時間の問題だと思ったが…。


 ん?


 突然、身構える僕を見据えたままコモドンが地面を掻くのを止め前足を手前に突っ張りまるで犬でたとえるなら伏せのポーズをとった。


 何だ? 突っ込んで来るんじゃないのか?


 「キシャァアアァァァァァァァァ!!」


 コモドンが咆哮を上げる。


 「マジかよ…?」


 コモドンの眼前に直径1Mほどの円形の幾何学模様きかがくもよう『魔方陣』が現れた。


 そして、ガパッっと音を立てて開けた口の中にはチラチラと炎が見える。


 ぶっ放す気だ!


 無駄だと分かっていても、僕は取り合えず照準をはずそうとリングの中を闇雲やみくもに走り回った!

 が、コモドンも首を器用に使って標準を合わせて来る!


 「げ!」


 そして、お決まりの如く小石に躓きバランスを崩した僕をヤツは見逃さなかった。


 「キシャァアアァァァァァァァァグァァァァァァァァァァ!!」


 吐き出した炎は、魔方陣に当り巨大な火柱となって一直線に僕に向ってくる!


 うわぁ…丸焦げになっても『巻き戻し』って、効くかなぁ?


 避け様のない業火が、眼前に迫ろうとした時だった。


 バサッ!


 「!?」


 突然、白いフードの付いたローブ? を羽織った人らしき物が上から降ってきて素早く僕を覆い隠すように抱きしめると同時に業火が僕らに直撃する!


 熱い!


 しかし、火傷を負うほどではない…このローブのおかげか?


 業火が過ぎ去りやっとその腕から解放される。


 僕を守ってくれたその人のローブは、焼け焦げもはや衣服とは呼べなくなっていた。


 「あっ、ありが___!!?」


 何者か知らないが礼を言おうと顔を上げた僕は、ぼろぼろになったフードから覗く顔に驚き言葉に詰まる!


 え?


 「お…小山田??」


 ただし、髪の色は明るいオレンジ色、目は緑色で頭には猫耳まで付いてたけど。



 小山田は、僕に小山田と呼ばれ少し驚いたような顔をすると何か言いたげに口を動かそうとした。


 「グルルルルル……」


 煙の向うに巨大な影が揺らめく。


 あっ、ビックリしてコモドンの事忘れてた!

 今のが回避できたからって、ピンチに変わり無い!


 バサッ!


 「え、おっ、おい! どこ行くんだよ!」


 ボロボロのローブを投げ捨てた小山田が、コモドンに向って一直線に走り始め次第に速度を上げて行く。


 「ウソだろ…」


 次の瞬簡には、コモドンの首が宙を舞っていた。


 あまりの出来事に、先ほどまで声援を送っていた観客達も静まり返っている。


 そして、まるでそれが合図だったように闘技場の四方八方からお揃いの白い鎧を身につけた兵士?のような怪物が大勢現れ呆気に取られていた観客を次々に拘束していく。


 何だろう…僕にとっては怪物同士が大乱闘しているようにしか見えない。


 予想を超えた展開に、呆然としている僕の手が引かれる。


 「お前は俺について来い!」


 ライトグリーンの瞳が、僕を捕らえた。






 き…気まずい…!


 木製の質素ながらも頑丈な造りの馬車…っていうか馬じゃなくてやたら大きなライオンみたいなヤツが引いてるからライ車? に揺られること小一時間。


 うわ…! 

 まだ見てるよ!


 さほど広くない空間に、向かい合って座る男二人。


 小山田そっくりのケモ耳野郎は、目線をそらす事無く僕の事をじっと見つめてくる。


 つーか、小山田だよな? 

 何それコスプレ?

 もしかして僕のつっ込み待ちか?


 今まで腐るほどのフラグに総当りしてきたけど、これに乗ったら負けな気がする!


 つっ込まない!

 つっ込まないからな!


 「…小山田、お前無事だったんだな…し…心配してたんだ一応」


 沈黙するケモ耳。


 「さっきは、助けてくれて有難うな…」


 沈黙するケモ耳。


 「ろ…路地では邪魔だったからつい…」


 沈黙するケモ耳。


 「怒ってんのか!? 謝れば良いのか!?」


 沈黙するケモ耳。


 くっ…あくまでつっ込み待ちか!

 つっ込まないと前に進めないイベントなのかこれ?

 いいや!

 抗ってやる!

 僕は負けない!!


 しっかし、さっきからじーっと人のこと見やがって一体…げ!


 しまった!


 さっきのコモドンの攻撃で見事に破けたTシャツから、姉さんのブラジャーが丸出しになっていたことを忘れてた!


 確かに、これではかける言葉も無いだろう。


 何でこんな時に限って『巻き戻し』が発動しないんだよ!!


 無駄だと分かっていてが、僕は慌てて胸を隠した。


 「ちちちちちちっ違うんだ小山田! これには深い訳が!!」


 テンパッてる!

 僕、今、最高にテンパッてる!


 「はっ…精霊契約…異世界の服装に言葉、古文書どうりとか…本気パネぇ…!」


 「は?」


 ケモ耳は、独り言のように呟いた。


 古文書?

 何の話だ?

 異世界とも言ったよな?


 「お前…誰?」


 僕は、不敵な笑みを浮かべたこのケモ耳に最も最初に聞かなければならなかった質問をした。





 まあね、考えれば分かることなんだよ。

 体長10M越えのコモドンの首を狩飛ばすようなヤツが、小山田な訳がないって。


 正面に座るケモ耳は、ライトグリーンの目を輝かせ耳をしきりにぴこぴこさせている。


 そして、僕の問いを待っていましたとばかりに口を開いた。


 「オレの名前は、ガイル・k・オヤマダ。 1000年前の大戦で勇者に同行した『賢者:オヤマダ・コージ』の子孫だ!」


 は?


 「お前は、ヒガ・キリトだな?」


 にっこり微笑むその笑顔に、僕は言葉を失う。



 姉さん事件です。


 どうやら僕のクラスメイトは、時空を越えた挙句に1000年も前に到着していたようです。


 「僕の事知っているのか…?」

 「もちろんだ!」

 「何で…?」

 「ま、細かい話は屋敷に戻ってからな! ほら、もうすぐ門に入るぜ!」


 ケモ耳…もとい、ガイルの指差す方を見るとまるで要塞のような巨大な建物が見えてきた。


 「すごいな…!」


 僕は思わず声を漏らす。


 「クルメイラは大国に通ずる貿易の要。 立地的にも商業都市として栄えちゃいるが、いざとなったらこの都市が軍事の中枢を担う事になるからなこれくらいの規模は必須さ」


 「え、あのさ…ここって…」

 「うん、オレん家だ」


 まるで、大きなライオンの口のような重厚なレリーフの門がゴゴゴっと音を立てて口を開けた。       





 商業都市クルメイラ領主の館。



 僕は、領主であるガラリア・k・オヤマダとの面会の為応接室に通されていた。


 トカゲ男に拉致られたり、火を噴くコモドドラゴンとの戦闘など洒落にならない目に遭ったが幸いにも目的地には辿り着いた…結果オーライと言った所か…。


 応接室は中々広く、20畳程の広さはあろうと言う白い大理石的なものを基調に造られているが置かれているのは恐らく領主の使っている大企業の社長とかが使ってそうな木製の職人芸光る高そうな机と2Mほど離れた所に置かれた同じ材料で造られたであろう来客用の低めの長方形のテーブルそして部屋の壁側にはガラス張りの本棚がびっしりと並んでいる。


 印象としては、応接室と言うよりは図書館と言った感じだ。


 僕とガイルは、来客用のテーブルに向い合わせに座った。


 それにしても、こう言った部屋にある来客用のテーブルは何故腰掛けるソファーと同じくらいの高さなんだろう?

 膝がテーブルの縁に当たりそうになるし、お茶を出されても飲みにくいったらありゃしない。


 正面に座るガイルをちらりと見ると、満面の笑みで僕の事を凝視している。


 さっきからキモイな!


 ガチャ。


 そんなことを考えていると、先ほど僕らが入ってきた後方にある部屋の扉が開き入って来たのは20代くらいのスラリと背の高い綺麗系のお姉さん。


 格好はゆったりとした白いローブ、グレーの長い髪を後ろでゆるく結びディープブルーの瞳は知性を感じさせる。

 あの、軽く外側にカールした猫耳がチャームポイントだろうか?


 僕の姉さん程ではないが、かなりの美女だ。


 「##$”%$6))3#””””%!???」


 美女は、ガイルに向って驚いたように声をかけたが僕には何を喋っているか全く分からない!


 そう言えばトカゲ男も…もしかして、この世界は僕らの世界と言語自体が違うのか!?


 「姉上、こっちの言葉で頼むよ! ヒガが困ってる」

 「え! ちょ…マジで!? この子がヒガ・キリト!?」

 「マジ!マジ!」

 「マジで!? 古文書マジバナ!? テンションあげぽよなんだけどぉぉぉぉぉ!!!!」


 何だこの会話…?


 僅か数分の内に、僕のガイルの姉さんに対する知的なイメージが一気に総崩れした。


 「盛り上がってる所すまないが、僕に状況を説明してくれないか?」


 『そうでした!』と言うと、ガイルの姉は領主の机に優雅に腰を下ろした。


 「私が商業都市クルメイラ領主ガラリア・k・オヤマダです。 始めまして、ヒガ・キリト君」


 この人が領主か、黙ってりゃ気品高く知的に見えるな。


 「そっちは僕について知ってるみたいだけど、どう言う事だ? 小山田の子孫だとかも言っていたが?」


 僕の問いに、領主ガラリアはふわりと美しい笑みを浮べる。


 「賢者オヤマダの書き残した『古文書』にアナタの事が書かれているのよ」


 メルクリスが机に手をかざすと、そこに小さな魔方陣が現れ光を放つとそこに国語辞典ほどの厚さの本が現れた。


 「これが当家に伝わる『古文書』1000年前の大戦についての記録と言って良いわね」


 古文書は、机から20cmほど浮き上がるとゆっくりと僕の方へ飛んできた。


 「古文書は古語…『ニホンゴ』と呼ばれる文字で書かれているわ、賢者と同じ世界出身のアナタなら読めるはず」


 手にした古文書は、表紙が革で出来ておりずっしと重く中に使われている紙の部分も良く見れば薄手の革であることが分かる。


 「そうね…30ページ位の所が分かりやすいかしら?」

 「……」


 古文書のページをめくった僕は、その内容に 眉をひそめる…。


 そこには、幼稚園児のようなつたない文字でこう書かれていた。



 「え~と…『おい! いいかげんにしろよ! もうすぐみんながとうばつからかえってくるだろうがと、ぐすたふ はいったが おうじ はごういんにふとももからこしのらいんに』…」

 

 「きゃー! きゃー! 間違えた! それ私の処女作ーーーーー!!」


 BLかよ!

 腐女子か!

 どこの世界にでもいるもんだな!

 しかし字汚っ!

 つーか! 古文書と間違えんなよ!



 「何やってんだよ! 姉上!!」


 あまりの姉の失態に、ガイルも頭を抱えている。


 「あっ、後で探しとくから! ガイル! 先にヒガ君を部屋に案内して! ヒガ君! 今日からここが家だと思っていいからね!」


 半ば強引に応接室から追い出された僕は、ガイルに連れられて部屋へと案内された。


 部屋は、応接室の脇の階段を上がったすぐ上の階にあった。


 「ヒガの部屋はそっちな! 部屋にある物は自由に使え!」


 そういうとガイルは、部屋の鍵を渡してきた。


 「オレの部屋の隣だからなんかあったら声かけろよな! それと飯の用意が出来たら呼ぶからな!」


 ガイルが、自室に入ったのを確認して僕は自分の部屋に入る…応接室の広さを考えるとかなり質素な部屋だ。


 ベットが一つにシンプルな木製の机、服をかけるクローゼットにアレはトイレだろうか?男一人がすごす分には申し分ない広さだ。


 僕は、とりあえず目の前のベットに倒れこんだ。


 つ…疲れた…!


 この48時間を振り返ると、正にフラグの連続…布石も所々転がりその対応を僕に求めて来る。



 ・姉さんがこの世界に拉致られた。


 ・精霊と強制的に契約し僕もこの世界へ来た。


 ・うっかり付いてきた小山田とはぐれた。


 ・トカゲ男に拉致られた。


 ・火を吹く巨大コモドドラゴンと戦闘。


 ・小山田の子孫に出会った。



 嗚呼…僕の平穏無事へいおんぶじな日常はどこに消えてしまったのか?


 まあ、姉さんを救う為なら僕の平穏なんていくらくれてやっても構わないのだけど。


 しかし、小山田が1000年も前に現れ賢者と呼ばれ勇者に同行したなんて信じられない。

 本来なら信じろと言うほうが無理だが…あの、けも耳姉弟は初対面の僕の事を知っていたしガイルの方は正に小山田の生き写しだ。

 

 小山田の書いた古文書…1000年前の魔王の大戦の記録…姉さんを救う手立てを立てるにも先ずは___。


 「全ては古文書にある…か…」


 ぐらりと天井が回り出す。


 ああ…元の世界から丸二日、不眠不休に加えかなりの空腹だ。

 でも、今は眠気のほうが優勢らしい…。


 …姉さん、コレは本当に大変な事になったかもしれない…よ…?


 気持ちははやったが、意志と関係なく目蓋が下がり僕はあっという間に眠りに落ちた。

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