異世界へ!

*****************


 ねぇ、切斗。


 私、思うんだけど…あんたもうちょっと社交性を持ったほうがいいと思うの!


 私の知る限り、あんた友達とかもいないでしょ?


 

 てか、いないよね?


 

 別にあんたの生き方を否定とかしないけど、やっぱ人と喋るのとか大事と思うのよね!


 前にさ、友達いないのかって聞いたときね『姉さんさえ居れば特に何もいらないよ?』

って言ってたじゃない?


 あれ嬉しかったけど、かなりあんたの将来が心配になったのよ…。


 あ、え、違うの!


 別にあんたの事嫌いになったとかそう言うんじゃないから!


 だから拗ねないでよ!

 

 切斗! 切ちゃんってば~!


*****************



 

 ああ、そう言えばコイツの家はここの近くだっけな…。


 僕の背後に立つクラスメイトの小山田浩二は、実に不機嫌そうだ。


 「なら話しかけるなよ! お前に構ってる暇は無いんだ」


 僕は振り返りもせずその場を離れようとしたが、がっしりと肩をつかまれてしまう。


 「離せよ!」


 強引に小山田の手を振り払おうと振り返ると、そこには複数の痣をつくった顔があった。


 「…何だ? 僕に謝れとでも言うのか? 助けなかったか_____」


 「お前、なんかあったのか?」


 てっきり『何で助けなかった?』『人でなし』とか罵倒されると思ったが…小山田からから返ってきたのは意外な言葉だった。


 「…はぁ?」


 「いやさぁ…つーか、今って登校時間ギリだろ? てか、それお前の私服? キャラ合ってねーし?」


 何だコイツ? 人の心配か?


 怪訝そうにする僕に、あわてたように小山田は言葉を続けた。


 「あ、昨日の事なら気にしてねーからさ! だって不良三人だぜ? 俺だって逃げるって!」


 その割には『薄情者』と言った気がしたが…?


 「怪我だってたいした事ないし! それに霧香様が降臨で瞬殺だったぜ! いやマジ天使つか女神…え?」


 僕は、小山田を渾身の力を込めて抱きしめた。





****************


 おっす! オラ小山田浩二おやまだこうじ


 今、クラスメイトの比嘉切斗ひがきりとって奴に道の真ん中で抱きしめられてんだ!


 マジどうしよう。

 

 比嘉切斗ひがきりとは、この町で知ぬ人は居ない『正義の味方』比嘉霧香ひがきりか様の実弟であるが霧香様とは違い全く目立たないというか存在感が一切ない奴で学校でも他人と口を利いてるのなんか見た事が無い。


 いつの間にか学校に来て、いつの間にか帰っているそんな感じの奴だ。


 昨日不良に絡まれてる時、まあ~正直期待はしてなかったんだけどもあんな見事にスルーしてくるとは…。


 だからという訳でもないけど、珍しく登校時間もギリギリだってのに私服? でこんなところをうろついてる奴に興味が沸いて軽い悪戯心で声をかけたんだけどね。

 

 つーか、くっ苦しい…息ができねぇ…ギっギブ!


 見かけによらず馬鹿力で締め上げにかかる比嘉に、俺は格闘技選手のように降参の意思を伝えるべく背中にポンと軽く触れた。


 ?


 何だこれ?


 奴のシャツ越し背中には、およそ男子が身に着けるべきではない上半身用の下着と思われる感触が確かにあった。


 勘弁してくれよぉぉぉぉぉぉ!!!!


 つーか、比嘉!

 お前そんな趣味が!? 

 霧香様が知ったら泣くぞ!!


 「小山田」


 少し長めの前髪から黒曜石のような二つの瞳が、こっちを上目遣いで見てる。


 …初めてコイツの顔を直視したけど流石、女神と称される程の美貌の霧香様の弟君。


 男とは思えない透き通った肌、走っていたのか赤みの差した頬にうっすら汗が浮く。


 超絶美人。


 ……うお! ヤバイ!!

 危うくあちら側の世界に目覚めちゃう所だったよ!!

 つか、今度写メらせて!

 お前の待ち受け絶対売れる!



 「______今から僕が言うことを信じてくれ!」



 うん、その前にせめて腕の力を緩めてくれないか?


 マジで死ぬから!


 



 少しして落ち着いた比嘉は、今までの経緯を順序だて詳しく俺に話してくれた…けどさぁ…。



 「_____という訳だ、理解したか?」



 と、申されましても…。


 その口から発せられたのは、信じろと言うほうが無理なファンタジックな内容だったわけで。


 まぁ、要約すると


 1:霧香様が、昨日から帰宅していない。


 2:霧香様の私物が謎の消失をする、ただし比嘉が触れている間は消えない。


 3:今のところ、俺たち以外に霧香様の事を覚えている人間はいない。



 と言った所かな?


 ホントかどうかは別として、そこまでは何となく理解出来るけどよ…。


 「なあ比嘉…なんで俺とお前は手とかつないじゃってるわけよ?」


 俺は、霧香様と接触した昨日の路地裏へと比嘉を案内していた…がっちりと手を繋いで…。


 「はぁ? お前の姉さんに関する記憶が消えないようにだ! 話を聞いて無かったのか? 馬鹿め!」


 俺の控えめな質問は、かんぱつ入れず辛らつな言葉で返された。


 うわっ! 可愛くねぇ!

 しっかし、イメージとキャラ違いすぎだって!

 きっとアレだよ、コイツ寝ぼけて頭とか打ったんじゃね? 


んで、『カカロット症候群』発病して人格変わった挙句に記憶まで混濁してるんじゃねぇ?

マジで!? 


いくら何でもファンタジー過ぎでしょ!!


 やがて、俺たちは路地裏に到着した。


 途中、登校中の同級生に何人もすれ違ったし、部活の後輩にも見られたけど。


 「本当にここか?」

 「ああ、俺がここで絡まれて霧香様が助けてくれた」

 「そうか」


 比嘉は、薄暗い路地裏を無言で見つめる。


 「姉さんとはここで別れたんだな?」

 「ああ」


 黒曜石のような真っ黒な瞳が、無感情に俺を見据え_____。


 「分かった、もう忘れていいぞ」


 比嘉は、無表情にそう言い放つと力強く握っていた俺の手をあっさりと離した。




**********



 「あっ ちょ…ぁ?」



 僕が手を離すと、小山田は糸の切れた人形のように急にその場に倒れこんでしまった。


 なるほど、なんとなくだけどこの『謎の力』の効力が分かってきた。


 姉さんに関する記憶を失う人達にはある特徴があるソレは『時間』だ。


 僕が見る限りだが、姉さんが連絡を絶った日に関った時間が離れている順に記憶が消えていっているというこ…つまりどれだけ近しい家族であろうとも関係はない。

 父さんや母さんが姉さんの事を忘れていたのは、その日姉さんと二人は会っていなかったからでありついさっきまで小山田が姉さんを覚えていたのはその日に姉さんと最も長く関ったからだ。


 それも僕が手を離した途端、一気に『もってかれた』みたいだけど。


 地面に転がる小山田を放置して、路地を探る。


 小山田が、姉さんを最後に見たこの場所に何か手がかりがあればいいが…。


 『へえ! 君まだ記憶消えてないんだ?』


 突然、どこからとも無く声が聞こえ僕は辺りを見回す!


 『ふふふ…ここだよ、ここ』


 まるであざ笑うかのように空間に響くような女の声、幾ら見回しても位置が特定できない…。


 くそっ!

 一体どうなってる!?


 『酷いね? トモダチ気失ってるよ?』


 僕は、背後で倒れている小山田のほうを見た。


 「…!?」


 言葉を失った。


 それは、倒れる小山田の50cmほど上をバスケットボール程の大きさの光る球体が浮遊していたからだ。


 『君で最後だよ』


 そう言うと光る球体は、スピードを上げて僕に向って来た!


 「うわっ!」


 僕は、向ってきた球体を思わず手で払いのける!


 『きゃ!』


 払いのけた球体は、地面に2回ほど跳ねるとパンと言う音とともに弾けた。


 何だよこれ?


 弾けた球体の中から出てきたのは、身長20cm位の人間のようなもの…?



 いや良く見れば耳が尖っているし、赤い目に蒼白の肌、白銀の長い髪、透き通るように薄いトンボの羽のような物が左右で6枚その羽を器用に使い僕の目線ほどに浮上すると空中静止した。


 『もー早く記憶! 消させなさいよ~君で最後なんだから~』

 「断る!」


 僕は思わず答えた!


 『何で君だけ記憶きえないかな~?』


 僕の拒否など聞いていないのか、ソレはぷぅと頬を膨らまし不機嫌そうに自分の髪の先端を指でくるくと弄り始める。


 『何が失敗したんだろ…時間軸の再構成は問題なかったし…でも現に…』


 ぶつぶつとまるで念仏でも唱えるように、何事かを呟きながらソレはその場に静止し時折頭を抱えている。


 でも、これで一つはっきりした。


 一連の姉さんに関する記憶・私物等の消失は、この目の前に居る生物が大いに関っているということが!


 「おい、お前」


 僕の声にそいつは、念仏を止め不機嫌そうに顔を上げた。


 『…何よ?』

 「お前が、姉さんを連れ去ったのか?」


 僕の問いに、それはクスッと笑う。


 『連れ去ったですって? いいえ違うわあの方は元あるべき世界に戻られたのよ』


 君には何のことか分からないだろうけどっと、小声でそう付け加えるとそいつはまた髪の毛の先を弄り始めた。


 「何だ! どういう事だ!」

 『あ…そういえば君はあの方の『弟』だっけ? だから耐性があるのかな?』


 こいつは、一体何を言ってるんだ?


 『うんうん! そうだね説明しといたほうがいいかな?』


 ソレは少し考え込んだ仕草を見せると、気を取り直したように口を開いた。


 『あの方は…君のお姉さんは、私たちの世界『イズール』の勇者様なの』


  勇者?


  ゲームとかマンガとかに出てくるあの?

 実際にそんなものが存在すると言うのか?


 いや…現実問題、姉さんに関する周囲の人の記憶や物質の消失に加え目の前に人語を解する未確認生物がいるのだ…信じざるを得ないのが現状か。


 「それで?」

 『へえ? 思ったより冷静なんだ?』

 「…」

 『あの方は元々わたし達の世界イズールの勇者で、繰り返し転生して世界を滅ぼそうとする『魔王』から世界を守り続けてきたの。 ところが1000年前の魔王との対決の時、勝利こそしたけれど勇者様の肉体は破壊され魔王の最後の力により魂はこの世界に飛ばされてしまったわけ」


 「それで?」


 『でね、1000年の時を経て魔王は復活して世界が再び危機を迎えて私は女神様の命を受けてこの世界に渡り勇者様を見つけお戻りいただいたってわけ! 魂のあるべき世界へ!』


 謎の生命体は得意げに言う…はぁ?


 だから何だと言うんだ?

 そっちの世界が、滅びそうになったから連れ戻したと言うのか?

 自分達の勝手な都合で?


 『まぁ、肉体こそこちらの御尊父、御母堂から作られた物だけれど…じきに馴染むはずよ』


 得意げに羽を震わせるこの未確認生命体は、まるで姉さんの所有権は自分たちにあるとでも言うのだろうか?

 大体、『魂』なんてそんな存在すら立証されていないものを引き合いに出して『魂はこちら側の物ですから引き取りました』なんて許す筈が無いだろ!?


 それに、そっちが魂を引き合いに出すならこっちは肉体だ!

 父さんと母さんが造った愛の結晶!

 そして、同じ血が流れている僕の最愛の姉だ!


 「許さない…!」


 そんな事で、僕から姉さんを奪うなんて。



 気が付くと、僕は左手でソレの両手と胴をガッチリと握り締めていた。


 『ちょ! 何するのよ! 離して!!』

 「姉さんを返せ!」

 『はぁ? 話聞いてた!? 勇者様はもともと私たちの世界のっ!?』


 僕は、握力を全開にしソレを締め上げた。


 「そんな事は聞いていない! 返せと言ったんだ!」

 『っく…! ふっふ、無理よっ…ここからじゃっ!』


 締め上げられ苦痛に顔を歪めながらも、ソレは気丈に振る舞った。


 「ココからは無理ということは他に方法があるということか?」

 『っつ…! あっても言わないしっ…どうせ君には無理____』



 そうか。



 僕は、ソレの背中にある6枚の羽の一枚を掴み無造作に引き抜いた。


 ブッチ!


 『っつ!? ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??』



 引き抜いた羽は、見た目より頑丈で付け根のほうには少量だが肉片がこびり付いていた。


 へえ…血は赤いんだな。



 『いやぁぁぁぁぁぁ!!! 私の羽っっっっ!!!』


 「答えろ! 一枚じゃ済まなくなるぞ?」


 僕は、反対側の羽に手をかけた。


 『言う! 言うから! こっちの世界からは召喚することは出来ないのっ! …向うからこの世界にっ…飛ばすことはできるけどっ』


 つまり、姉さんをこの世界に連れ戻すのは向うの世界から送り返すしか無いということか?



 まてよ?



 「ここから向うの世界の者が召喚できないなら、お前はどうやって向こうへ帰るつもりだったんだ?」


 『…』


 だんまりか…。


 僕は、手をかけていた羽を引き抜いた。



 『がぁぁぁぁぁぁぁ!! あ"あ"あ"ぁぁぁ!!!』


 「沈黙は許さない」


 出血のせいだろうか、ソレの唇は色を失い白くなっていく。


 参ったな、このままでは何の情報も得られなくなってしまうじゃないか。


 『…私はっ はっ…時とっ 時空を司るっ…女神の庇護を受けた精霊いぃっ…』


 時と時空? その力でコイツは世界を行き来できると言う訳か!


 なら、方法は一つ!


 「僕をその力でお前たちの世界へ連れて行け! ここから呼び戻せないなら迎えに行けば済む話だ!」

 『ふ ふ…っ時空を越えるには精霊…私…との契約がっ がっ…いる』

 「じゃあ契約しろ!」

 『あは…はっ…誰があんたと ひぎっ!!』


 ブチッ!


 『ぎゅああ"あ"あ"あ"あ"あぁぁあ!!!!!』


 三枚目の羽を根元から引きちぎると、ソレはヒューヒューとまるで息の仕方を忘れたように空を仰いだ。


 「契約しろ!」


 キイィィン!


 突然金属をすり合わせる様な耳ざわりな音が響くと、僕の立っている場所を中心に円形の幾何学模様が広がった。


 っつ! なんだ…?


 地面の幾何学模様を見ていると、そこにポタリと赤い物が落ちる。


 え?


 僕は自分の鼻の下に滑りを感じ、手の甲でぬぐった。


 鼻血?


 「っつ?! わあああああああああ!!??」


 突如、激しい頭痛と耳鳴りに襲われた!


 『契約ですって…? いいわ! どうせ『素養』の無い者には死が待ってる! アンタなんか死ねばいい!!』


 激しい耳鳴りの中、頭に声が響いてくる。


 『殺してやる!』


 凄まじい痛みが、僕の体を貫きそれがとめどなく襲って声を出すことさえ儘ならず皮膚は裂け目や耳からも出血しているのが分かる。


 死ぬ?

 この僕が?

 姉さんを連れ去れたまま?

 姉さんにもう会えない?


 嫌だ!


 こんな、訳の分からない生物たちの思いどおりになるなってたまるか!

 姉さんを取り返すんだ!


 激痛と耳鳴り吐き気、ありとあらゆる苦痛の中、僕は四枚目の羽を引きちぎった!






 静寂が訪れた。


 相変わらず体中が激痛に襲われていることを除けば、どうやら『契約』というものには成功したらしい。

 その証拠に、僕の脳裏に今まで得たことのない情報が送り込まれていた。


 まず、この生物は時と時空を司る女神クロノスの加護を受けた精霊で名前はリリィ。

 この世界へは、勇者に関連する記憶・物質の消去が目的でやってきたらしい。

 …どうやら、向うの世界の連中は姉さんをこちらに返す気はさらさら無い様だな。


 しかし、向うの世界へ行こうにも肝心の精霊がこの有様では…まあ方法が無いわけでは無いが。


 僕は、脳裏に浮かんだ方法にため息をつく。



 あまり気乗りはしないな…。


 

 僕は、白目をむき涙や鼻水を垂れ流しならビクビクと引付を起こしたように体を震わしながらコンクリートの地面に打ち捨てられた哀れな精霊の体をそっと持ち上げその小さな唇ににキスをした。


 がくっと、視界がぶれ体から何かが抜けるのを感じる。


 すると、先ほど現れた幾何学模様…『魔方陣』が白く光りだす。


 やれやれ…ようやく向うの世界に行く事が出来る…が。


  ああ、何だか凄くだるい…立っていられない…血が足りないのかな?


 「比嘉!」


 朦朧とする意識の中、この場所にいたもう一人の人物が駆け寄ってきたのが分った。


 「何だよこれ!? つか、血ぃ出すぎ!!」


 最後まで寝ておけば良いのにタイミング良く意識を取り戻した小山田は、倒れ込む僕の体を抱えてパニクっている。


 「マジ、やばくね!? きっ救急車!!」


 馬鹿…小山田…! 

 はやく…この魔方陣から出るんだ…!



 声を出そうとした時には、もう遅かった。



 魔方陣からは、これまでに無い強烈な光が放たれる。



 「わわわっ!」



 光は僕たちを包み、その場から消え失せ路地裏にはいつもと変わらぬ静寂が訪れた。

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