心折れて見えるものは



**************



 ったく!


 一体、何体いるの!?

 

 私は剣を振るい、もう何体目か知らない『漆黒の精霊』をなぎ払った!

 フェアリア・ノースについた途端、数え切れない程の精霊に囲まれこの有様で鳩ほどの大きさの漆黒の精霊は群れをなし次々に襲い掛かって来る!


 一体ずつの攻撃力は大した事は無いが、精霊達が触れた部分は徐々に腐食してしまう。


 もうすでに、ミスリルで作られた鎧がもうあちこち変色してきた!


 しかも、漆黒の精霊は元は普通の精霊だったと言うのだから本当に性質が悪い…!



 「あぶねぇ!!」


 ザシュ!


 私の眼前に迫っていた精霊を、ダッチェスの大剣が消し飛ばす。


 ぼんやりしていた隙を付かれたようだ。


 「ぼやっとするでねぇ!! コイツらもう元さもどれねぇんだ! もう楽にしてやるしかねぇんだぞ!!」


 そう、ダッチェス言うとおり精霊達はもう元には戻れない。


 「魔王…!」


 私は、剣を構え精霊達の渦に切り込んだ。


**************



  ああ、またこの夢か…。


 いや、『夢』というには少し語弊があるかもしれない。


 いつものように真っ暗な空間に立っている僕の目の前には、青い半透明の球体。

 中には、羽をもがれ背中から血を流し横たわる小さく哀れな精霊。


 名前はリリィ。


 時と時空を司る女神クロノスの加護を受けた精霊。


 僕らの関係は、魂を混ぜ合わせる事で僕を『主』リリィを『従』とした契約__『精霊契約』を交わした間柄だ。


 正に僕らは、一心同体。


 互いに離れる事は出来ず、どちらかが死ねばもう一方も死ぬ。


 本来、精霊契約は契約に十分な素養を兼ね備え何より契約する精霊との信頼関係が必要になるが…僕とリリィの場合は違った。

 姉さんを連れ戻す為、羽をむしり契約を迫る僕を前に相手に直接攻撃する術を持たないリリィは精霊契約に応じることで素養の無い僕の自滅を計ろうとしたが僕は乗り越えた。


 これはリリィにとってかなりの誤算だっただろう。


 結果。


 魔力も気力も持たない僕と契約した哀れな精霊は、傷も枯渇した魔力も回復することは出来ず未だに血を流し続けている。

 契約者が魔力を持っていないんだ、回復できる訳も無い。

 さて困った、今回ばかりは精霊の力が必要になると言うのに。


 ふと目を開けると、眼前にグロテスクな唇を突き出したスキンヘッドのおねぇが迫っていた。


 「っ、うわぁ!」


 ドゴン!


 「あふう!!」


 オネェは、側面からのドロップキックによる衝撃で部屋の隅まで吹き飛ばされ積んであった僕らの荷物に激突した。


 「ヒガに何すんだ!! この、変態ハゲ!!」


 僕の唇の純潔を守った勇者は、ベットの上に仁王立ちになり早朝の変質者を睨み付けた。


 「あらん★ 子猫ちゃん~妬いてるの~きゃわいい★」


 ガイルの腕に鳥肌が浮かぶ。


 「朝から、何のようですか? フルフットさん…」


 僕は、最大の軽蔑をもって変態ハゲを睨みつけた。


 「あひゃぁぁぁぁん! いいわもっとその目で睨みつけてぇん★ はぁはぁ」


 最悪だ。

 

 もう、二日もこんな感じで朝を迎えている。


 そこで悶えている変態キス魔のスキンヘッドおねぇは、名前をフルフット・フィンと名乗った。

 聞けば、姉さんやギャロウェイ他勇者パーティーとも面識があると言ったが…無論、全てを信用した訳ではない。

 

 「あん★ これを届けにきたのよ~★」


 フルフットは、ピチピチのドレスと胸筋の谷間からくしゃくしゃになった紙切れを取り出しガイルに手渡した。


 「…何だよこれ?」


 くしゃくしゃの紙切れを丁寧に伸ばすとそれはどうやら封筒のようで表には、


 エルフ領リーフベル/難民キャンプ


 ガイル・k・オヤマダ 様

 

 ヒガ・キリト 様


 と書かれていて、裏には封蝋がされておりその紋章はオヤマダ家の家紋。



 差出人は。


 『ガラリア・k・オヤマダ』

 『黄塵万丈の月に最初に生まれし最初の男』



 「姉上!!!」

 「万太郎!?」



 ガイルは慌てて封を切った。


 出てきたのは二通の封筒、万太郎の書いた僕宛のものとガラリアの書いたガイル宛てのもの。


 僕が手に取った万太郎の手紙は…


 こたびは、心まどう某に温かき励ましの云葉を頂きまことにありがたき幸せ。

 貴殿の云葉が無ければ今はありませぬ。

 ガラリア様に侍るには未だ某は未熟者ゆえ、しかとせねばと己に云ゐ聞かせているでござる。

 これよりも、なにかと宜しくお願いいたす。


 の文章に始まり、裏表ぎちぎちに書かれた3枚の薄皮製の便箋にガラリアとの近況報告_のろけ話が連なっていた。


 リア充爆発しろ!


 「っち、ガイルそっちの手紙は何だって?」

 「うえ!? ああ、特に何でもない!」

 「何だ? 見せろよ!」


 ガイルの手紙に手をかけると、


 ボウ!


 「あち!」


 ガイルの持っていた手紙がきなり燃え上がった!

 証拠隠滅とは小癪な!!


 「お前…」

 「悪いっ! こればっかりは!」


 顔を真っ赤にしたガイルは、部屋の隅まで飛退いてもじもじする。


 なに顔赤いの? 


 キモイな!


 「じゃ★ アタシは失礼するわん★ 朝食は広場で炊き出しがあるからね! それじゃ★」


 フルフットは、何故か前かがみになりながら部屋を出て行った。



 難民キャンプに滞在して2日。


 僕らが不審者ではないと判断したフルフットの『好意』で、建設中とは言えこの屋根突きの宿屋の一室を提供されている。

 復興中のさなか、テントで過ごす住人も多い中かなり手厚い待遇を受けているは確かだ。


 「なぁ…早くここから出てこうぜ? 行き先は分ってんだろ?」


 ガイルが、鳥肌の収まらない腕をさすりながら身震いする。


 「…」


 ガイルの言う通り、姉さん達が向った先も行き着く方法も目的すら僕は把握している。


 それは何故か?


 答えは簡単だ、僕の手には古文書がある。


 古文書は、1000年前の魔王と勇者の戦い『大戦』についての記録に過ぎない。


 と、この世界の住人も受け継いできたガラリア始め『賢者オヤマダ』の子孫達ですらそう思っていたに違いない。


 だが、僕は気づいた。


 小山田が、何故こんな物を残したか…!


 そして、勇者側がなぜこんなにも古文書を欲しがるのか。

 

 アイツの不幸は巻き込まれた挙句、頼る者が僕しかいないと言う事だ。


 「ヒガ、とりあえず飯いかねぇ?」

 「僕は要らない、食欲なくした」


 僕は、適当に理由をつけてガイルを部屋から追い出す。


 何か取ってくるよ! っと、言い残しガイルは外で配られている炊き出しを取りに向う。


 足音が遠ざかるのを確認してから、僕はリュックの中から古文書と呼ばれた校章のスタンプの押された大学ノートを取りだしパラリとページをめくる。

 開いたページには、縦横の決まりを無視した縦横無尽に踊る『ニホンゴ』の文字。

 パッとみ、何の事だか読み取るのは同郷の僕ですら難しいがある程度のことは何とか読み取れる。


 大体だけど…


 フェアリア・ノースの精霊マジ萌ユス!

 俺も精霊たんと契約出来るなら魔王に魂売れる!!

 つかぁ、契約者いないと、入国出来ないとかマジ点下げ~

 俺も精霊たんと共同作業とかマジしたいいし~

 けどさぁ~脱出方法が手ぇ繋いで呪文とかマジ『●●●タ』かよ!!


 と、書かれている。


 要約すると…


 ①フェアリアノースとは『精霊の国』である。


 ②入国には『精霊契約』をした者が必要。


 ③入国は『精霊の力』が必要。


 ④脱出方法は手を繋いで『呪文』。


 現時点の僕の状況からは③の条件はかなり厳しいと言える。




 この日もろくにする事も無く、とっぷりと日が暮れた。



 「あ~~暇~~体鈍るー…」


 昼間に体力を持て余したせいか、ガイルは寝付く気配が無かった。

 ベットをごろごろ転がりながら時折腹筋をする為、ギシキシとベットが軋んで五月蝿い。

 僕らが寝ているのは、どう言う訳か大きめのダブルベッドだ…したがってガイルがごろごろ転がるたびに振動が伝わって僕まで寝れやしない!


 「ガイル! 寝ないならソファー行けよ!」

 「うわ! 酷!」


 …今夜は、ガイルに黙って試したいことがあるので早く寝てもらわないと行動が起せない…さてどうするか…。


 「まだ、寝ないもーん!」


 っち、ガキか! お前は!?


 …そうだ、夜中五月蝿い子供を黙らせる方法があったな…。


 「ガイル、寝れないなら僕がとっておきの『お話』をしてやろうか?」

 「お話?」

 「そうだ、僕のいた世界じゃ夜眠れない時は『お話』をして貰うと良く眠れるって言われてるんだよ」

 「へぇ~いいね~頼むよ!」



 目を輝かせるガイル…ああ、いいとも聞かせてやろう!


 とっておきをな!


 「これはある兄弟の話だ…」



 ー 一時間後  ー


 「ぐっす…っぐっす…ッツ」


 ようやく腕にしがみつくガイルを引き剥がして、僕はベットから起き上がった。


 眠らない子供には怪談話が効くと姉さんが言っていたが、正直半信半疑だっただけにここまで効果覿面とは驚きだ!


 僕はガイルに怪談話をしその後、散々恐怖させることで精神的に疲労させようやく寝かしつけた。


 全く手間のかかる!


 足音を立てないように部屋を出て階段を降り、宿屋の外にある小屋に繋いであるミケランジェロに近寄る。


 「くぅ?」


 気配に気づきミケランジェロが顔を上げた。


 「僕だよ、ミケランジェロ」


 鼻の頭を撫でると、ミケランジェロは嬉しそうに鳴いた。


 練習の甲斐あって僕も多少亀の手綱さばきを体得し、ガイルほどではないが駆け足程度なら走らせる事が出来るまでになっている。


 僕は、持参した鞍と手綱を掛けミケランジェロにまたがった。




 

 緑色の月が怪しく僕らを照らす。


 この世界では、日ごとに月の色が変わる。


 緑色なんて珍しくも何とも無いが、いまいち慣れる事が出来ない…やっぱり月は黄色で明かりは白に限る。

 しかし、緑色の月明かりで照らされたキャンプはまるで西洋の古いホラー映画を彷彿とさせるな…ゾンビでも出てきそうだ。

 僕は、足音をたてぬようミケランジェロを出来る限りゆっくりと歩かせ難民キャンプの外へ出た。


 難民キャンプのすぐそばには崩落したリーフベルがある。


 いや、『在る』というか『在った』と言うのが正しいだろう。


 かつてエルフ領リーフベルと呼ばれた領内最大の都市は、巨大な底なしの穴になっていた。


 それにしても、難民キャンプと崩落したリーフベルはあまりに距離が近い…恐らく、2キロも離れていないだろう。

 故郷復興の為とはいえ、こんな近くにキャンプを作ったんではいつまた緩んだ地盤が崩れ最悪崩落する可能性があると誰も考え無かったのだろうか?

 聞けば、案の定緩んだ地盤の影響でキャンプは一次崩落の危険性があったが…勇者が…姉さんが魔力を使い地盤を再構築し難を逃れたそうだ。


 その時の影響で、あたりの土地は浄化され魔物一匹住めなくなったと言う。


 流石、『勇者』と呼ばれる存在はチートすぎる!


 お陰で僕は、ガイルを連れなくても魔物に襲われること無く歩き回れる訳だ。


 やがて、目的地が見えてきた。


 元・リーフベルだった場所は、底なしの真っ黒な口をあけ静けさを保っている。

 古文書によれば、リーフベルには妖精の国フェアリア・ノースへ続く扉があると言うことだが…?


 緑の月灯りに照らされた、巨大な穴にはそれらしいものは見つかりそうに無い。


 僕は、ミケランジェロから降りて念入りに穴の周囲を調査した。


 …姉さん達がフェアリア・ノースへ向ったのは崩落の後…何かあるはずなんだ!


 僕は、祈るような気持ちで必死に探した。


 穴の縁に沿ってミケランジェロを歩かせ甲羅の上から半身を乗り出して穴の底を覗こうとしたがやはり何も見えない。


 「くっそ!」


 苛立ちばかりが募る。


 姉さん…姉さん…どうして、僕の隣にいないんだ!!


 どのくらい、進んだだろう?


 難民キャンプの明かりが遥か遠くに見える。


 そろそろ戻り始めないと…ん?


 何か見えたような気がして、僕は目をこらす…あ、すぐ先のほうに穴に降りれそうな場所がある!


 僕は、ミケランジェロを止め甲羅から飛び降りるとその場所へ駆け寄った。


 他の場所がまるでくりぬかれた様に垂直になっているのに対して、この部分だけはまるで故意に削られた様に穴の下に向ってになだらかな坂が形成されている。

 幅はかなり狭いが、人間一人くらいなら余裕で通れそうだ。

 様子を確認しようと覗き込んでみるが、今日は満月とは言えやはり緑色の月明かりでは穴の奥まで光は届かないようだ。


 僕は、はやる気持ちを抑え宿屋から持って来たランプに火をつけ静かに坂を下り始めた。


 ランプの頼りない光がかろうじて足元を照らす、一歩踏み外せば奈落に真っ逆さまだな…。


 程なくして、坂道の終わりが見えて来た。


 「…ここで終わりか…」


 坂道は続いておらずスパンと切られた様に先は無い。


 正直、期待していただけに落胆も大きい。


 諦めて帰ろうとした僕の視界にソレは写り込む。


 「扉?」


 空中に扉が浮かんでる…?


 僕は、ランプを出来るだけ高く掲げ扉らしき物を確認しようとした。

 間違いない、扉だ。

 決して大きくないが、白い石に細かい装飾のされた扉が学校の教室ほどの大きさの岩の中央に鎮座している。


 そして、扉を乗せた岩は宙に浮いていた。


 …参ったな…どうやって向うに渡ろうか…お?


 良く見れば、あちこちに大小の岩がふよふよと頼りないではあるが浮かんでいる。

 これを使わない手は無いだろう!

 丁度そこに、都合よく畳一枚ほどの大きさの岩が漂ってくる。


 僕は、岩に飛びつき壁を蹴った!


 岩はしばらく進むと、近くに漂ってきた岩にぶつかる。


 ガコンと音を立てて、岩は思いもよらない方向へ流れた!


 「っち…!」


 これは意外に、時間が掛かりそうだ。






 「はぁ、はぁ…っ…着いた!」


 何度失敗しただろう?

 僕はやっとの思で、扉のある岩に辿りついた。


 …ガイルを連れてくれば、こんな苦労はしなかったんだけどね…。


 僕は、宿屋から背負っていたリュックから古文書を取り出し頼りないランプの明かりで文字を照らした。

 開いたページには、まるで絵心の無いこの扉と思われる絵がでかでかと描かれその下に走り書きでこう書かれている。



 これぞ!

 精霊の国への入り口!

 この向うには可愛らしい精霊達が…yahoooooo!!


 と、


 小山田、お前は一体なにを考えてるんだ?


 …とにかく、描かれた絵と目の前の扉を見くらべる。


 遠近法や歪んだ線を勘定に入れずくらべれば、まずこの扉で間違い無いだろう…しかし…。


 「この、真ん中にあるやつ…?」


 小山田の絵と目の前の扉の違い。


 それは、絵のほうには扉の中央に天使の羽のような物が描かれているのに目の前の扉にはそれが無い。


 「一体__」


 僕が、扉に触れようと手を伸ばしたその時だ!


 「その扉に触れるな!」


 バチン!


 「なっ!!」


 たとえるなら、超強力な静電気を食らったような衝撃!


 それが、伸ばした右手に走り僕はそのまま三歩ほどよろめいて地面にけつまずいた。


 なんだ!? 


 女の声__!


 顔を上げ扉を見ると、そこには身長20cm位の人間のようなもの?

 いや良く見れば耳が尖っているし、赤い目に白銀の長い髪…これって____。


 「リリィ…?」


 いや、違う!


 リリィの羽はトンボの羽のようなものだが、この目の前いにいる精霊の羽はまるで天使の羽。


 どういう原理か知らないが、その羽を羽ばたかせること無く扉の前に立ちはだかるように空中に静止している。


 「リリィですって…?」


 とっさに出た僕の言葉に、目の前の精霊は明らかにうろたえている。


 突然、ゾクッと背筋に冷たいモノがはしった!



 なんだ?

   何だよこれ?

 …怖い?

   なんで?


 突然、僕の心は恐怖で支配される。


 怖い、怖い、ごめんなさい、約束まもれなかった、駄目な子、見捨てないで、おねがい、ゆるして…!


 これは、僕の感情じゃない!


 「!?」


 突然、何かに操られるように僕の両手が水平に開かれそのまま意思とは関係なく体が空中に引き上げられた!


 思わず足をばたつかせ様としたが、身動きが取れない!


 僕体はまるで、磔のキリストのような状態で地面から2mほどの空中で静止しする。

 何か強い力で、無理やり組み拉がれている感覚が重く圧し掛かる…空中なのに妙な感じだ。

 恐らく元凶であろうその精霊を僕は睨みつける。


 リリィそっくりの精霊は右手を此方に向けていたが、その手を真っ直ぐ上げた。


 「!?」


 次の瞬間、僕の着ていた短めのローブが中に着ていたTシャツごと真っ二つに裂けた!

 はらりとローブが地面に落ちる!


 良かった! 


 姉さんのブラジャーは無事だ!


 精霊は、ブラジャーをあらわにした僕に近づき胸を凝視した。

 何故だろう?

 ブラジャーを着けた胸を凝視されるのは、何だか妙に恥ずかしい。

 なるほど、女子が男子の目線がいやらしいと話していたのもうなづける。


 少しの間、胸を凝視していた精霊が口を開いた。


 「何故、お前がここにいる?」


 外見に似つかわしくない暗く重い声。


 僕の事?

 いや、違う。

 ひんやりとした精霊の手が胸に触れる____僕の胸の中央にある精霊契約印に___


  ズボッ!


 「っつ!? う"あ"あ"あ”あ"あ"あ"あ"あ”あ"あ"!!!」


  割り箸よりも少し太い位の精霊の腕が、肩の付け根のところまで深々と突き刺さる!


 痛いなんてモンじゃない!!


 『激痛』とかそんな単語じゃ言い表す事の出来ない傷みが駆け巡る!


 しかも、腕は何かを探すように体内でめちゃくちゃに動き回るもんだから堪ったもんじゃない!!

 僕に出来ることは叫び声を上げる事くらいだ!

 でたらめに動き回っていた腕が、いよいよ何かを掴み引きずり出しにかかる!


 ずるっ…ずるっ。


 「あ"、がっ…! …!」


 叫ぶ声すら嗄れた僕が見たのは、髪の毛を乱暴に捕まれ胸から引きずりだされる哀れな精霊リリィの姿だった。


 精霊は乱暴にリリィを引きずり出すと、そのまま空中に放り投げた。


 気を失っているのか、リリィは無抵抗のまま地面へ叩きつけられそれを追うように精霊は地面に舞い降りた。

 

 「何故、お前がここにいる?」


 精霊は、地面に転がるリリィに冷たく言い放ち虫けらでも扱うように伏せた頭を踏みつける。


 「羽を失ったのか?」


 リリィの背中から流れる血を見るなり眉を顰め、吐き捨てるように精霊は問う。


 『…ク…リス姉様…!』


 か細い消え入りそうな『声』が、リリィから漏れる。


 恐怖と絶望を感じながらも、『姉』との再会を心から喜んでいるのが僕にも伝わった。


 これは、リリィの感情…魂が繋がるとはこういう事なんだな。


 が、リリィの微かな喜びは一瞬にして消え去った。


 「何故戻った!? 恥さらしめ!」


 ぎりっと、頭を踏みつける足に力が入った。


 『ね…さま…』


 驚愕の後に底知れない悲しみ…リリィにはこうなる事がわかっていた筈なのに…。


 「お前の使命は、異世界での勇者様に関する記憶と物質の消去のはずだ!」


 そう言い放つと、姉クリスはそのまま何度も何度もリリィの頭を踏みつけた。

 僕に痛みは伝わらない。

 感じるのは、許しを請う哀れな『声』。


 肩で息をしながら、ようやくクリスはリリィから足をどけた。


 「あの男は、異世界の者ね?」


 『…は…い』


 束の間の沈黙。



 「死になさい」


 クリスは、静かに床に転がる哀れな精霊に告げた。



 『______』



 絶望と共に、僕の頭にリリィの記憶が流れ込む。



 リリィは姉を愛していた。


 時と時空を司る精霊として、同じ精霊樹の枝から生まれた双子の姉。


 同じ双子でありながら姉は『女神の羽』を自分は精霊の中で最も弱い『虫の羽』を持って生まれた、直ぐに姉は女神の元へ自分は低級精霊として暮らす事になる。


 リリィは、その羽のことで低級精霊たちにずいぶんイジメられた。


 羽を踏みつけられ、生まれつき『声』を発することが出来ないのを幸いとばかりに魔法の練習の的にされたりもした。

 そんなつらい中で、双子の姉クリスの活躍を耳にすることだけがリリィの唯一の慰めであり心の拠り所。


 自分と同じ枝から生まれた『姉』が女神の元にいる。


 それだけで、この苦しい現実も耐えていける…そんな気がした。


 だから、この命令が直接下された時は心が踊った!


 『勇者様に関する記憶と物質の消去』


 単身異世界へ向うと言うのは、かなりの危険を伴う。


 力の弱いリリィにとって、配分を間違えば元の世界へは戻れなくなるからだ。


 それでも、自分が姉の役に立てるなら___。


 リリィは迷わなかった。




 「使命を果せないばかりか、異世界から人を招きいれいるとは!」


 『ごめんなさい…お許し下さい…ねえ__』


 「私を姉と呼ぶな!!」


 クリスは、激しくリリィの頭を蹴り上げる。

 その衝撃で、うつ伏せだったリリィは仰向けになった。

 鼻血と涙でグチャグチャになった顔、虚ろな赤い瞳が虚空を泳ぐ。


 「お前が死ねば、あそこにいる異世界の者も死ぬ」


 クリスは、そう言うと手を軽く振った。


 すると、今まで僕を押さえつけていた力は解け僕の体は地面に落下し丁度リリィの真横に落ちた。


 「ごほっ…っく…!」


 僕の胸の出血は大した事ないが、体が上手く動かない…。


 「潔く死ね! どのみち、異世界で朽ちるはずだったのだから!」


 やはりか…こいつ等は、リリィをこの世界に戻すつもりなんて無かったんだ!

 その言葉を聴いて、ビクンっとリリィの体が跳ねそれっきり何の反応も示さなくなる。


 ___!


 僕の中に、今まで聞いたことのない音が聞こえた。

 ごく短いが、骨を砕くような…ビー玉を磨り潰すような背筋のゾクゾクする甘美な音。


 リリィの瞳から生気が見る見る失われていく。

 ああ、きっとこれが心の折れる音。

 めまいのように視界がぼやける。


 …あ…まずい…僕まで意識が…!



 ?


 それは、小さな声だった。

 小さくか細い…今にも消え入りそうな小さな声。

 指先に感じる冷たい小さな手の感触。


 『タ ス ケ テ』


 それは本能の叫び。


 ぼやけていた焦点があい、リリィの顔を捉えた。


 赤い瞳から一筋の血が流れ、僕らの倒れている地面に突如、魔方陣が現れる。

 魔方陣は激しい光を発しながら大量の魔力を放出し、まるで竜巻のように渦巻く。


 「何!?」


 クリスは、吹き飛ばされそうになるのを自身の魔力を障壁のように張り巡らせることで防いでいる。


 僕は、リリィから目が離せなかった。

 体が徐々に透けていく…この魔力はリリィ自身の最後の力。

 誰からも必要とされなかった哀れな精霊。

 唯一、信頼していた姉にさえゴミのように扱われた。

 そして、正にその最後を迎えようとしている。


 僕は、人差し指に触れる小さな手を握り返した。


 「駄目だ、死ぬことは僕が許さない」


 生気の無い瞳が微かに揺れた。


 「僕には君が必要だ」


 『本当に…?』と、声を発せ無い口が微かに動き同時に人差し指に置かれた手に微かに力が入る。


 ああ、可哀想なリリィ…その手をとってもろくな事にならないのに。



 しかし、今の彼女にとってそんな事はどうでも良い。


 必要としてくれるなら誰でも良かった、たとえそれが自分から羽を奪った僕であっても。


 リリィの口が微かに動く。


 『私を…御身の…大いなる翼…の一羽にお加え下さい…』


 …ゾクっと背筋が震える。


 無抵抗な精霊、今まで此方からの呼びかけに一切答えなかった頑なな心が僕に屈服し全てを委ねた。


 全てを失い、僕にすがる様は愛しさえ感じる。


 僕は体を必死に起し、今にも消えそうな小さな体を抱き上げた。


 不安げに僕を見上げるリリィ。


 「リリィ…お前に僕の一部を分ける、受け取って」


 僕には魔力が無い。


 そんな僕が、リリィを回復させるにはこの手しか残されていなかった。


 僕はあやすようにリリィを抱え、その血の気のうせた青い唇に二度目のキスをした。


 ぐらっと世界が回りだす。


 体から力が抜ける…どうやら予想以上に彼女は『空腹』だったようだ。


 魔方陣から発せられる魔力の渦が過ぎ去り、ようやく魔力の障壁を解除したクリスは息を呑んだ。


 そこには、先ほどまであった魔方陣は消え相変わらす身動きの取れない僕。


 「…貴様、己の命を…」


 クリスは、苦々しく呟き視線を移す。


 その視線の先には、褐色の肌に黒く長い髪、紫色の瞳が妖艶な光を放ち背中には黒い翼を持った精霊がいた。


 精霊は、僕を守るように傍らに寄り添う。


 「リリィ…」


 リリィと呼ばれた精霊は、ちらりと僕を見た。


 「許可する…殺せ」


 僕の言葉にリリィは妖艶な笑みを浮かべる。


 「Yes,My master.」


 鈴を鳴らすような美しい声が響いた。



 一方的だった。


 クリスは高速で飛び回るリリィから繰り出される攻撃を必死に魔法障壁で防ぐ状態が続いていた。


 が、恐らくそれも長くは続かないだろう。


 リリィの攻撃が当るたび、障壁に複数の亀裂が生じ始めている。


 「くっ!」


 予期せぬ苦戦を強いられ、クリスの表情に焦りが浮かぶ。


 ガッツ!


 ついにリリィの拳が障壁を打ち抜き、そのままクリスの首を掴みそのまま締め上げた。


 「がぁ…ぁっ!」


 苦痛に歪む姉の姿を前に、リリィはさも楽しそうに微笑みそのまま扉に叩き付ける!


 鈍い音がしてクリスはずるずると地面にへたり込んだ。


 「…貴様…何をしたっ…」


 傍観していた僕を、クリスが憎らしげに睨みつける。


 「別に? 君が推測した通りだよ」


 僕がしたことは、魔力の枯渇したリリィを回復させる為に僕自身の魂を『喰わせた』だけだ。

 魔力、気力共に供わっていない僕が他に与えられる物など無かったからな。

 リリィが死ねば僕も死ぬ、それは不完全であれ精霊契約をした以上逃れることは出来ない絶対の事実。

 どのみちこのフェアリア・ノースへ繋がるその扉を開けるにも精霊の力が必要だったし、それに…跪き全てを差し出した哀れな精霊を無視できるほど僕は鬼じゃない。


 魂を食わせたことで、魔力の回復と中途半だった精霊契約は完成された訳だけど魂が三分の一ほど持って行かれた…全く高く付いたもんだ。


 それに、リリィの姿を見る限り僕の内面にかなり影響を受けているようだし…。


 「貴様は一体何物だ…?」


 妹の尋常ではない変化を目の当たりにして、クリスはようやく元凶である僕に興味を持ったようだ。

 僕の顔をじっと見据え、次の瞬間血の気が引いたように真っ青になる。


 「ゆ…勇者様…?」


 いいや違う! そんなはずは無いと、クリスは顔を横に振る。


 「僕の名は比嘉切斗、姉さんは必ず返してもらう!」

 「ヒガ・キリト? そんな…何故…」


 名前を聞いて、クリスは明らかに狼狽している。


 「僕を知っているのか?」

 「こんなに早く…殺さなきゃ…今ここで!!」


 僕の問いなど無視し、クリスが羽を広げるのとほぼ同時だった。


 ドス!


 鈍い音がした。


 何が起こったのか分からないと言ったクリスの視線が、自分の腹を貫いた褐色の腕を凝視する。


 「これでさよならです、姉さま」


 リリィは、腹部を貫いた腕をそのまま高く上げた。


 「かはっ!」


 クリスが吐血する。


 飛び散る姉の血が、頬に跳ねてもリリィから笑みが消えない。


 「魂の穢れも…恐れないのか…?」


 ああ、そういえば精霊が直接生命を奪った場合魂が穢れるんだっけ?

 だからさっきコイツは、リリィに自ら命を絶つよう促したわけか…。

 けどさ、自らの手を汚さず実の妹に自殺を進める時点で穢れどころの騒ぎじゃない気もするのは僕だけだろうか?


 「ふふ…穢れなんて私には関係ありません…これは、私の願いであり我が主の命」


 紫の瞳がうっとりとクリスを見つめる。


 「ああ…姉さま…世界で『2番目』に愛しています…『穢れ』となって永久に私の中に…」


 リリィは、恍惚とした表情でクリスを引き寄せる。


 「ひぃ!」


 残ったほう手でクリスの顎を固定すると、リリィはそっと唇を寄せ_____


 「避けろリリィ!!」


 僕は叫んだ!


 緑色の月夜が一瞬昼のように明るくなる。


 直後、リリィの直ぐ横の地面を黄色い閃光が叩く!



 「っく!」


 咄嗟にクリスを放り出したリリィは、僕の所まで後退した。


 「ちっ…もう追いつかれたか!」


 そこには、緑色の月明かりの中にあっても映える燃えるような赤い髪が倒れるクリスを庇うように立ちはだかっていた。


 上半身裸の腰ミノ姿で。


 「てめぇ、今度こそ殺す!」


 仲間を傷つけられ怒りをあらわにしているだが、先ほどからチラチラゆれる腰ミノ…といってもそこら辺の草をむしって紐で括り付けただけの粗末な物から今にもバーサーカーJrがコンニチワしそうで気が気ではない!


 「お久しぶりですガイルのお兄さん…そんな趣味があったんですね」


 僕の言葉に、狂戦士ギャロウェイの顔がみるみる赤くなる。


 「な! これは好きでこんな格好してるんじゃねぇ!! あのコッカスのせいだ!!」

 「いえいえ、服装なんて個人の自由ですから~僕は気にしません」

 「誤解だ!!」


 それにしても、凄い絵面だ。


 たった今、殺し合いをした精霊姉妹にちらリズム満載の腰ミノ狂戦士とGパンにブラジャーを着た勇者の弟…こんな絵は滅多に見られないだろう。


 「…ギャロ…ぅ…」

 「喋るな! クリス!」


 背後のか細い声にギャロウェイは、此方に背中を向けてかがんだ。


 「ぶっ!!」


 その衝撃の姿に、僕は思わず吹きだしてしまう!


 屈んだギャロウェイの腰ミノには、後ろの部分が無く形良い鍛え抜かれた尻が露になっている。

 ギャロウェイの名誉のために付け加えれば、恐らく初めは後ろの部分まで草があったのだろう…残された葉っぱがそれを物語っている。


 「クリス! 寝るな!」


 ギャロウェイは、血溜りに横たわるクリスをそっと拾い上げた。


 「___ぃ」

 「何だ! どうした!」

 「変態…」


 ガクっとクリスは意識を手放した。


 「死に際を、変態に看取られるなんて姉さまも不憫です」

 「これも運命ってヤツさ…」

 「まだ死んでねぇ!!」


 腰ミノは、クリスを片手に乗せたまま此方に向き直った。


 「消してやる! 跡形も無く…塵すらのこさねぇ…!」


 呪文の詠唱と共にバチバチと腰ミノ狂戦士の右腕から黄色い火花が散る。

 

 さてどうするか…。


 僕は、側に控えるリリィをちらりと見た。


 「あれを食らったら僕は死ぬかな?」

 「いいえ、たとえご主人様が粉々に砕け散って肉片の断片になってしまわれても必ず元に戻して差し上げます」


 漆黒の羽をふわりと羽ばたかせ、リリィは妖艶に笑む。


 わお…それは心強い。


 「________雷帝の矛イヴァンランス!!」


 あたりが、目も開けられないほどの光に覆いつくされ轟音と共に衝撃が襲う。


 が、思ったより苦痛はない…ん? これは…!


 恐る恐る目を開けると、そこには良く見知った顔があった。


 「ガイル…?」


 ガイルは、僕に覆いかぶさるように抱きついていた。


 助けてくれたのか…。


 が、その行動とは裏腹に無言のまま僕を睨みつけている。


 「は~い、は~い、は~~い★ ラブシーンも良いけど現実見てちょーだい★」

 「!!」


 野太い裏声が響き、ようやく僕は現状の把握する!


 変態スキンヘッドおねぇ、フルフット・フィンが魔法障壁を展開しギャロウェイの攻撃を防いでいる。

 一撃のみならず、次々に襲う雷撃をことごとく障壁ははじき返すのでこれ以上は無駄と知りギャロウェイが攻撃を止めた。


 「何のつもりだ! フルフット!!」


 ギャロウェイは憎らしげに声を荒げる。


 「あらやだぁん★ アタシはいつだってカワイイ子の味方よん★」


 「ちっ!」


 「それより…その子危なくない? 死んじゃうわよ?」


 フルフットの言葉でようやくギャロウェイは手の中のクリスを確認する…もはや言葉すら発っせず、すでに虫の息だ。


 「っ!」


 ギャロウェイは、きびすを返して『扉』に向った。


 「てめぇは、必ず殺す…!」


 振り向きはしなかったが、それは僕への言葉だろう。


 「させない! オレがさせねぇよ!」


 兄の言葉にガイルが反論する。


 ギャロウェイが振り向き、ガイルと視線が絡むと何か言いたげに唇を噛んだが出血多量の精霊が今にも死にそうなのでそんな暇は無い。


 憎らしげに僕を睨んだギャロウェイが扉に触れると、中央に天使の羽を象ったエンブレムが浮ぶ。


 小山田の描いた絵と同じだ…!


 そのまま、扉に吸い込まれるようにギャロウェイの体がめり込んで行く。


 『必ず殺してやる』


 空間にとける様に、ギャロウェイの声が残響した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る