黎明の空
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勇者が倒れ、世界の7割が海に沈んだ。
それまで、ほぼ全ての大陸で散らばってお互いに距離を保っていた数多の種族が残された3割の土地をめぐり血で血を洗う戦いが頻発している。
魔王はそれだけでは飽き足らず、頻繁に災害を起こし生けるもの全てに更に追い討ちをかける!
もう自分たちの力で魔王を倒すしかない!
我等は立ちあがり魔王の城を目指す!
魔王を倒し、世界の平和を取り戻す為に!
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青い月に剣の切先が鈍く光る。
「魔王覚悟!!」
玉座に座る魔王に、屈強な戦士が切りかかる。
「はあ…」
玉座に座る全身黒ずくめの衣装纏い顔に仮面を着用した男は、ため息を付くと戦士に向って軽く手を振った。
すると突然、戦士の体に黒い炎が灯りあっという間に全身を巡る。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
戦士が断末魔の叫び声を上げ、玉座の手前でのたうち回った。
「うぜぇ」
男は玉座から立ち上がり、のたうつ戦士に近づきその頭目掛け足を___。
「駄目よガイル」
玉座の側面から澄んだソプラノが響く。
声の主は、女。
ゆったりとした白いローブを纏いグレーの長い髪を後ろでゆるく結び、軽く外側にカールした猫耳にディープブルーの瞳は知性を感じさせる。
「姉上」
「魔王様に、無闇に殺すなと云われてるでしょ?」
はぁ…とガイルは姉の言葉に渋々足を引っ込めた。
「誰か消しとけ」
そう、声をかけると柱からゴポゴポを水色のゲル状の液体が溢れそれが集まると黒い炎に焼かれる戦士にベシャと覆いかぶさった。
グジュウ!
と音を立て、戦士から炎が消える。
「その人、医務室に運んで頂戴」
女の指示に戦士に覆いかぶさっているゲルが、そのまま地面を滑るように黒こげの戦士をその場から連れ去った。
カン!
ガイルは被っていた仮面を床に投げつける。
「ち!」
「荒れてるわね」
姉であるガラリアは、不機嫌な弟に声をかける。
「アレは姉上が?」
「暇だろうと思って」
姉の無用な気遣いに、またしてもガイルはため息を付く。
ここは、かつて商業都市クルメイラと呼ばれ世界屈指の貿易の中心として栄えた都市であったが今ここをそう呼ぶ者はいない。
『魔都クルメイラ』
この世界を、混沌に変えた魔王の住まう場所。
都市の中心には魔王城と呼ぶに相応しく禍々しい佇まいに切り立った城壁には何十にも施された障壁魔法、四つある門には四天王と呼ばれる魔王直属の臣下が守りを固める。
これではいかに魔王の命を狙うものが現れても、突破する事は敵わない鉄壁の守りである。
欠点があるとすればその鉄壁さ故、突破出来る者がおらず兎に角暇な事くらいだ。
「ガイル、置いて行かれたのが気に食わないのは分かるけど旦那が留守の間家を守るのは妻の役目よ」
ぐしゃっと、仮面を踏み潰す弟をガラリアはたしなめた。
魔王はただいま遠征中である。
僅かな情報を頼りに少数の部下だけを連れ、今回は南の方へ向かったと言う。
「姉上は部屋から出歩いていいのか?」
ガイルが、心配そうに姉を気遣う。
「ええ、病気じゃないんだからたまには城内くらい散歩しないと!」
「この城どんだけ広いか分ってんのか? 前に遭難しかけただろ?」
魔王城は見かけの規模は大国の王宮と大差ないように見えるが、その内部は空間魔法を駆使しその何百倍と言う広さを確保している。
たまに兵士が道に迷い、瀕死の状態で発見される事もしばしばあるのだ…ガラリア自身一度本気で道に迷い城の一角を破壊して命からがら外に逃れた事がある程だ。
「もうそんな事しないわよ!」
「どうだか…あ、ヤベっ! 姉上、一度部屋に戻ったほうがいいかも」
「何でよ!」
「もう直ぐ、城下の見回りが終わる頃だ」
「まあ! 大変! あの人が帰ってきちゃう!」
ガラリアが慌てて自室へ戻ろうとしたが_____。
ドゴォォォォォォオン!
突如、城内で爆発が起こる!
「あ~あ~しらねぇぞ…」
「あの人ったら!」
破壊音はどんどんこちらに近づいて来る。
「ガイル様!! 我妻が賊に______」
魔王の間と呼ばれる部屋に飛び込んで来たのは、漆黒の鎧に身を包んだ緑の鱗のリザードマン。
その背中には、20人程の部下と思われる兵士達が必死に暴走した上官を止めようと必死にしがみ付いていた。
その姿に、ガイルは呆れたようにため息をつく。
「今時、魔王城に押し入ってまで狂戦士の血を引く姉上を襲う輩なんかいねーよ! つーかもう様とかつけんな義兄上!」
リザードマンはガラリアの姿を見つけると、へなへなとその場に膝を突いた。
しがみ付いていた兵士達もようやく手を緩める。
「お前らいつもご苦労…後で何か差し入れるから持ち場に戻れ」
ガイルが労いの言葉をかけると、兵士達はそそくさと持ち場に戻っていった。
「もう! こんなの病気じゃないんだから、いちいち心配しないで!」
「それは無理と言うもので御座る! 強固な殻に守られているならまだしも、そのように柔らかい所に居るのでは心配で溜まらぬでは無いか!!!」
いつもの姉夫婦の痴話喧嘩にガイルは更に大きなため息を付いた。
「義兄上、卵生のリザードマンからすれば腹の中に子供が居るのが不安で仕方ないのは分かるけどさ~姉上だって城に閉じこもりっぱ________」
ガイルの言葉など当の二人には聞こえないようで、そのまま延々と互いに一歩も譲らない攻防が続いている。
「はぁ…生まれるまでこの調子かよ…」
ガイルは頭を抱えながら、発光するクリスタルの明かりを持ち魔王の間を後にした。
喧嘩の喧騒を離れたガイルは、城の上部へ続く真っ暗な階段をクリスタルの明かりを照らしながら登りこの城で一番高い場所へたどり着いた。
此処にくれば、夜の明かりに照らし出された城下の様子が良く見える。
いかに魔都と呼ばれていようとも元は貿易の中心であったこともあり多くの商人が留まり店を出している為、ガイルからしてみれば特に変化など無いように感じる。
商人達からしてみても、商売さえ出来ればそこが魔都であろうが聖都であろうが関係ない。
現に商人たちは、ここが魔王の住まう場所で在る事を利用し観光やグッズなどの販売や魔王に挑もうとする『勇者達』に武器やら薬草やらを売りつけがめつく儲けているのだ。
「おや? 今日は魔王役はいいのかい?」
ぼんやり城下を見下ろしているガイルに、背後から声がかかる。
「女将」
振り返ると、いつからそこにいたのかリマジハ村の宿屋メリッサの女将カルア・カランカが明かりも持たずに柱に寄りかかっていた。
女性にしては背が非常に高く2m位はあるだろう長身に赤毛に近い長い髪を高めに束ね、黒光りする軽装の鎧からは日に焼けた逞しい腕が伸びる。
顔の左側が額から顎にかけてまるで焼かれたような傷後が、歴戦の戦士の勲章のようだ。
「女将はや止めとくれ、もう宿は畳んじまったんだからね!」
「悪い…今日はアンタが見張りか?」
「ああ、そうだよ」
短い沈黙が流れ、どこか元気のないガイルにカランカは首をかしげる。
「魔王様はいつお戻りだい?」
「2日後」
「何だ良かったじゃないか!」
「…」
「どうしたんだい?」
ぼんやりと城下ばかりを眺めるガイルの側の手すりにカルアが腰掛ける。
「いや、あんた達よく付いて来たなと思って…」
「ふっ…またその話しかい?」
カルアは思わずふきだす。
「そりゃ、最初は驚いたさね…『僕は魔王だ配下になれ』って、云われた時にはねぇ…ふふふ」
「あの時は、悪かった…ヒガ…かなり必死だったんだ」
カルアは首を振る。
「いつか追いかけてでも仕えようと思ってたんだ…御自らいらした時には嬉しかったよ」
「でも、村を上げて魔王の配下になるなんて大した度胸だ」
「アタシ達は魔王さ…ヒガ様には恩義がある、もしあの方がいなかったらあの日赤い悪魔に食われて死んでたさね」
南の夜空に雲がかかり、星を覆い冷たい風が吹く。
「また、嵐が来るな…長くならなきゃいいが…」
ガイルは、厚くなり始めた雲を睨む。
「あの方は、なんだかんだでお優しい…世間ではこんな嵐さえ魔王の所為だと騒ぐというのにそれを全て背負って…アタシ達は少しでもそんなヒガ様の役に立てればと思ってるよ」
「そっか…ありがとうな!」
ガイルは、カルアに礼を言うと手すりの上に立った。
「おや? もう行くのかい?」
「ああ、久々にヒガが帰って来るんだ色々準備しないとな…あ、そうだ! これ聞いたか?」
ガイルがカルアの方を向きニッっと笑う。
「オレ達、巷じゃ『魔族』って呼ばれているらしいぜ!」
「魔族? 何だいそれ?」
「何でも、魔王に付き従う者や種族を指すらしいんだと!」
「ふうん~いいねぇアタシもそう名乗ろうかねぇ~」
からからと気っ風うよく笑うカルアに手を振ると、ガイルは手すりから飛び降りた。
風を斬りながら落下する速度を楽しみ、きりのよいところで宙に魔方陣を出現させる。
ピキャァァァァァァアァァァ!
漆黒の炎に包まれた鳳凰が、ガイルを背中に乗せる。
二日後の夜明けにはヒガが帰ってくる。
きっと不機嫌に違いない。
取り合えず、この前ヒガがニワトリと言う生物の肉に似てると珍しく喜んで食べていたベクトワームを狩りに行こう!
前は細切れだったが、今度はでかい姿焼きにしたらきっと喜ぶだろうに違いない!
ガイルは西の空に進路を取った。
青い月はなりを潜め二つの太陽が夜明けを知らせる。
暖かい光が滅び行く世界を照らした。
クロノブレイク 粟国翼 @enpitsudou
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