第11話 敵陣に乗り込むことになるぞ?
車夫が車を引き始めて、石畳の上をゆっくりと車が動き出した。私は窓の外を見て驚いた。凄い人数が車の周りを取り囲んで走っている。
はらはらと紅葉した葉が降り落ちる。
彼らは一体何をしているのだろう。濃紺の衣を着た彼らの締めている帯は五色だ。鷹宮に仕える者たちであることが一目瞭然だ。
思わず、隣で不機嫌そうな顔で腕組みをしている鷹宮を私は見つめた。
何?
この方が車に乗り込んできたから、急に五色の帯をしめた者たちが湧き出てきたのかしら?
「っなんだよ」
鷹宮は機嫌が悪そうに私に聞いた。
「いや、あまりに沢山の者や兵が車を囲んで走っていますので」
ため息をついた彼は、私をじっと見た。
(昨晩、私はこの人の前であらぬ姿になった。信じられない……)
何を考えているのっ、私ったら!
鷹宮はグッと顔を近づけてきた。
ちかっ!
「なっなんでしょう?」
昨日の夜のことを考えているのがバレた?
「花蓮、狙われてるよね?それは分かるな?花蓮が勝手な行動を取れば、それだけリスクは高くなる。俺が本気で花蓮を守りたいと言ったのは、真剣に……心の底からそう思っているということだから」
鷹宮は説教しているかのような調子でありながら、愛を囁く調子にシフトした。瞳が煌めき、美しい顔で私を真剣な眼差しで見つめている。
うわっ……。
なんか今くらっときた……。
口説かれている気分になった。
だめ、勝手に勘違いしない、私!
ただ、じいっと透き通るような瞳で見つめられるとそわそわしてしまう。
顔が上気してしまうのが分かる。
柔らかな唇の感触が私に近づく不埒な映像が頭をよぎり、焦る。
「分かっている?俺は花蓮の夫で、花蓮は俺の
私は体の奥がこそばゆいような、何だかふわふわした心地になり、思わず両足を擦り合わせた。
こんな凛々しい顔で見つめられて息が止まりそうだ。
まるで時が止まったかのよう……。
ぷはーっ!
あやうく、息が止まる所だった。
完全に鷹宮のペースに飲み込まれ……いやいや、違うでしょ。
「お聞きしたかったのですが、なぜ宮さまの花嫁が私なのでしょうか」
私はなぜ鷹宮が私を選ぶのか、全然合点がいかない。
聞いた途端に、鷹宮は真っ赤な顔で怒ったような表情になり、車の天井の斜め上辺りを眺めた。
はい?
今、怒るところでしたでしょうか……?
「なんとなくだ」
「なんとなく?」
「なんとなく、お前を愛した。これでいいか?」
私は呆気に取られて黙った。
なんとなくと言われて、そんなわけないでしょうと思った。
何となく妃に選ばれた……?
32人の妃候補からいきなり1番に。
え……。
何か、言えない陰謀があるとか?
私は首を傾げた。
それはそうと、今の目的を話そう。
「私に壺を落として命を奪おうとしたのは誰なのか探ろうと思います。まずは夜々の家の
鷹宮は眉をひそめた。
「敵側に乗り込むことになるぞ?」
鷹宮は気に食わないようだ。私を心配そうな瞳で見つめる。
「それが狙いです。相手の反応から犯人を導くのです」
鷹宮は深いため息をついた。
車は後宮を出て、既に前宮の敷地に入っている。一月過ごしたので、見慣れぬ後宮からから前宮に出向くと、懐かしいようにも感じる。
秋の紅葉した葉がはらはらと舞い降りて、風情ある景色が広がり、私は凱旋するかのように前宮に到着した。
沢山の五色の兵を引き連れて、後宮の春の宮の紋が記された車が登場となると、各棟の前に転がるようにして各家々の姫付き女官たちが飛び出してきた。
「青桃菊の棟までお願い」
私の言葉を聞いた車夫は、左に曲がり、西一番の大金持ちの夜々の家の、今世最高美女の邑珠姫がいる
車の中ではブスッとした顔をしていた鷹宮は、途端ににっこりと満面の笑みを顔に貼り付けて、車を降りた。降り立つとすかさず私を振り向いて手を差し伸べてくる。
鷹宮は、皆の視線を浴びていることをよくよく理解しているようだ。
「さあ、花憐。この手につかまるが良い」
私は言われるがままにつかまって降りた。
視線が痛い。
刺すような妬みの視線。
敵意を向けられていると分かる。
青桃菊棟の住人たちである、夜々の家、冥冥の家、蓬々の家のお付きの者たちが、私を値踏みするように見つめている。
この棟は、最初に選ばれた姫君たちが住まう館であり、つまり、お妃候補の順位としては上位三位だけが住める一番立派な棟だ。
私も今初めて訪れたが、立派さに身震いした。私の住んでいた小凛棟とは大違いだ。
「夜々の家の邑珠姫にご挨拶にまいりました」
私は声を張ってにこやかに言ったが、後ろを振り返って固まった。
しまった!
女官も連れていない。
だが、鷹宮は連れてきてしまった。
「夫婦で挨拶にと思いまして」
鷹宮が横から晴れやかにそう言った瞬間に、空気が凍りついた。
私もギョッとして鷹宮を見つめる。
「どこぞの誰ぞやが、私の妻の悪口を言いふらしているという話が私の耳にも入っている。処分を考えているが、まずは妻ともども、夫婦で挨拶をと思ってな」
ひぇーっ!
いつの間に夫婦なんでしょう。
合体の儀が終わったから?
私が鷹宮の涼やかな瞳を見上げた瞬間、空気を切り裂くような金切り声が響いた。
「あの女がゆくゆく御咲の皇后に君臨するなんて、真平なのよっ!」
美しい青桃菊棟の庭先には、『高潔な節操』の異名を持つ黄色い菊の花が咲き、金木犀の爽やかな香りが漂っている。
小さなオレンジ色の花を咲かせる金木犀の香りは、辺りを軽やかで爽やかな空気に変えていた。
そんな澄み切った美しさに溢れた空気を切り裂くような怒声に、皆がぴくりと体を震わせた。
誰の声?
まさか夜々の家の今世最高美女の異名を持つ邑珠姫様かしら?
兄上が入れ上げていたあの美しい姫?
それとも、お優しい冥々の家の茉莉姫さま?
それとも、これまた玉のように美しいと評判の蓬々の家の璃音姫?
きんきんと頭に響く声音から、声の持ち主が普段と違う声音で言っている可能性が高い。私の耳に聞こえた限り、どの姫の声の言葉なのか想像もできない。
だからと言って、私を殺そうとするかは別問題だが、とにかく私が妃になることが許せない姫が、夜々家、冥々家、蓬々家の中にいることははっきりした
だれ……?
「さあ、愛しい花嫁よ。敵情視察といきましょう」
美しい笑みながら不敵な表情を浮かべた鷹宮に手を差し伸べられたまま、私は立派な青桃菊の門をくぐったのだ。
私の入内は思わぬ展開になったようだ。
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