第10話 ちょっとは大人しくしてくれないか?
真っ赤になった私は、首を振った。
「一人で入りたいです」
鷹宮にきっぱりそう断り、私は湯に向かった。
「残念だ。じゃあ、一緒に湯殿まで付き添おう」
鷹宮はそう言いながらついてきた。
「今晩から、花蓮の部屋は後宮に移る。昌俊が引越しを終える頃だ」
鷹宮は私に言った。私は思わず足を止めて鷹宮を見た。
うわー。
現実なのだろうか。
山でたぬきにばかされて、奇妙な夢を見ているのではないだろうか?
あり得……ない。
ふっと口角を上げて私の顔を見た鷹宮は「妃だからな」と言った。
私は頭を振って、顔を両手でピシャリと叩いた。
ふと後ろを見ると、小袖はびくびくと周りを見渡しながら付いてきている。
小袖!
そんなびくついていることをばらしてはだめよ。
「私がついに後宮の女主人でございますから!オホホッ!」
私は大声でキッパリと歯切れよく言って、自分で気分良さそうに高笑いした。
どこぞの姫の手下よ。
よく聞いてくださいな。
妃に選ばれた者のみが後宮に入れるのだ。
妃候補の1年間は、鷹宮が通う宮廷と後宮の間の仮の姫の館と呼ばれる『前宮』で過ごす。13棟もあって部屋は90ほどある。
皇帝が皇子の時は、39人もの妃候補が1年過ごしたと聞いた。
済々の家から皇子の妃が選出されるのは初めてらしい。私が何番目かの妃に選ばれることすら、あり得ないことだと思われていた。
それが、1番最後に入内したのに1番の妃になった。つまり鷹宮の本妻に選ばれて、合体の儀を行って既成事実も作ってしまった。
ここまで来たら、後には引けない。
小袖、前進あるのみよ!
私はオロオロする小袖が、昌俊を目で探している間に、ずんずん歩いて湯殿に向かった。
鷹宮はわたしの手を引っ張って引き寄せ、おでこに口づけをした。
はいはい、女官たちの目線がありますからね。仲良くしておかないと……。
でもそう思いながら、私も鷹宮を見つめてしまう。
なんでこの人はこんなに人の胸をざわつかせるのだろう?いちいちドキドキしてしまう。ふわふわする心地だ。
湯殿の外で鷹宮とは別れた。
私は湯殿に入り、振り返ると、鷹宮は仁王立ちして入り口で手を振っていた。
湯殿は昨日入れられた場所と同じだ。今日も花びらが浮いていて、昨日、訳も分からずに吉乃を始めとする女官たちに体をゴシゴシ洗われた湯と状態は同じだった。
昨晩は愛人に抱かれると思って逃走したが、鷹宮の妃に選ばれたからこの湯殿が使えたのだと分かった。
となると、ここは後宮なのだろう。前宮しか知らなかったから、敵の国に連れて来られたと勘違いしたが、この贅沢さは妃向けに仕上げられたものなのだと理解した。
場違いなほど贅沢だ。
これが一生続く?
いやん。
鷹宮さまと一生一緒?
実感がまるでわかない。
ぷくぷくと湯に顔を沈めていると、小袖が支度をして入ってきた。
小袖に背中を流してもらって、湯に入った。
まずは西の夜々の家だ。
西一番の勢力を持つ夜々には、今世最高の美女と呼ばれる姫がいる。
こちらの
美しさを十分に自覚しているためか、自分が妃に選ばれると信じて疑わないような所が見受けられた。
邑珠姫と夜々の家に私を殺す動機があるかのか分からない。
元より私の兄の
一目見た日から、夜々の家の
私だって、てっきり夜々の家の邑珠姫が選ばれると思っていたぐらいだ。
妃第一候補が第一容疑者とは限らない。
しかし、直接会ってみよう。
ご挨拶は必要なのだから。
「私が選ばれて当然ですが、花蓮姫お祝い申し上げます」とか言ってくれるかもしれない。
私は湯から上がたったら、1番に邑珠姫を訪ねることに決めた。
その次は、東の冥々の家の
美しさと気立てと振る舞いの塩梅が一番整っていると囁かれていたのが、冥々の茉莉姫だ。
彼女は入内した私の所に挨拶に来てくれた4人の姫のうちの一人だった。
冥々の家は旧家だが、商売が傾きかけているという噂があり、一人娘の茉莉姫にかけていると聞いた事がある。
茉莉姫はそんなことを微塵も感じさせず、実に優しく、前宮のしきたりなどを私に教えてくれた。
姫3人に一つの湯殿が割り当てられること、女官は5人まで増やせること、月の旬の決まり事などだ。
妃候補には、詩、舞、武術、歴史、茶道などの色々な稽古の場が設けられており、全てに参加しなければならないことなどだ。
後宮入りが決まれば、1人でかなり広い宮を賜わるが、妃候補の段階では11棟の部屋を皆で分け合って住まないとならない。
茉莉姫の声は透き通り、美しい光を宿す瞳は優しく目じりが下がり、始終笑顔で私に色々教えてくれた。
私は茉莉姫は容疑者ではないと思う。
しかし、一応訪ねよう。
その後は棟の順番に姫たちの部屋を訪ねることにしよう。
さあ、忙しくなるわ!
誰が私に良くない企みを持っているのか、割り出すのよ!
しかし、湯から勢いよく出た私は待ち構えていた小袖と吉乃につかまり、丁寧に化粧をされて、私の新居だという後宮の春の宮に連れて行かれた。
「待って待って!今日は行きたい所があるのよっ!」
「いえ、なりません!鷹宮様の妃となられるお方が一度も春の宮に足を踏み入れていないとなると、要らぬ憶測をされますから!」
吉乃は般若の顔で私を諭した。
顔が怖い。
それもそうかもしれないけれど。
私はふーっとため息をついた。
広大な春の宮は、鷹宮20歳の頃から修復工事がされたと聞く。
つい先日改修が終わったばかりの春の宮は、多くの桜の木を始めとして、済々の家をどこか彷彿させられる庭を持つ宮だった。
懐かしい。
私は素直にそう思った。
偶然とは言え、本当に済々の家に似た造りだ。庭を眺めることのできる妃の部屋が特にそうだった。ただ、調度品はより贅沢を極めたものだった。
「本日からこちらの春の宮は、花蓮様が女主人となります」
吉乃の説明に私は眩暈がした。
だって。
小袖と昌俊しかいないのにこの広さだ。
やっていけるのか分からない。
「私もこちらの宮の女官になります」
吉乃に言われて、初めてホッとした。
「分かりました。よろしくお願いします。では、夜々の家を筆頭にこれからご挨拶をしてきますわ」
私の言葉を聞いた吉乃と小袖がポカンとした拍子に、私は走るように外に飛び出した。
車を使おう。
確か、春の宮の前に車があった。走って行って車に飛び乗れば、吉乃と小袖の追手を引き離せるかもしれない。
後宮の春の宮から、前宮までは少し距離がある。
今から今世紀最高の美女に会うのだ。
女ながらにも、少しドキドキする。
「花蓮様ぁっ!」
小袖の絶叫が聞こえた気がするが、私は春の宮の前に止められた車に飛び乗り、「前宮までお願い」と叫んだ。
だが、車に誰かが一緒に乗り込んできて、ギョッとした。
「花蓮、ちょっとは大人しくしてくれないか?今日狙われたばかりだろ?」
不機嫌な声でその誰かは言った。
鷹宮だった。
美しい顔を私に近づけて、無言ながら迫力がある美貌で迫ってきた。
私の入内は思わぬ展開になりそうだ。
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