第9話 一緒に入るか?
「お妃様、おめでとうございます。姫様がこのようなお立場になられるとは……小袖も嬉しゅうございます」
小袖はずっと泣いている。
私が無事に合体の儀を終えて開放されてからずっとだ。
私だって信じらんない。
入内だって信じられない奇跡だったのに……。
薄紫色の
宮廷の庭を秋の紅葉が彩るさまは、筆舌に尽くしがたい絶景だった。はらりはらりと紅葉した葉が風に吹かれて舞い降りている。庭に天使がいるかの如く、静寂さと色の艶やかさが心に沁みた。
私が感傷に浸る理由は2つある。
まず一つ目。
32番目に入内した私は、鷹宮の妃に選ばれて合体の義までつつがなく終えた。
ポカンとするほど拍子抜けの展開だ。誰にも予想出来なかったと思う。
だって、山で化かされたかのように眠っていたところを知らない若君に起こされて、気を失ったところを運ばれて、てっきり敵国に囚われたのだと思い込んだ挙句に逃走を図ったら、同じ若君にまた捕まった。
今度こそ詰んだと思ったら、若君が
さらになぜか皇子は私を妃に選んだ。
かの国に源氏でもこのような展開はなかったぞ?
鷹宮の顔も見たこともない、妃候補としては末席の32番目入内の姫であったのが私だ。
妃候補としてはおまけもおまけ。
しかも、傷物と陰口をささやかれていた済々の家の姫だ。
入内してからは、過去の誘拐事件を面白おかしく噂され、30人あまりの妃候補の姫君たちからは、選ばれる可能性が絶対に無いキズモノ姫が何をしに来たのかという、蔑むような思いがありありの振る舞いをされた。
まあ、わざと聞こえるよう……こそこそ話すあれだ。
それが
あのキズモノが?
嘘でしょ!?
あんなキズモノのどこが良いの?
昨晩から今朝にかけて宮廷の前宮で駆け巡った話題はその一点だったらしい。だから小袖は悔しがって泣いていたのもある。
私は気にしていなかったけれど。
ふーっ。
それにしても昨晩の宮はすごかった……。
それが2つ目だ。
鷹宮さまの色気の凄まじさ。
男っぽい魅力が半端なかった。
思い出しただけで体の芯が熱くなり、私は体を自分で抱きしめて震えた。
なんだろう?
うずき?
鷹宮さまの長い指と唇を思い出して、私は体の奥がキュンとしてしまった。
いやん。
いや?待って。
だめだ……。
考えれば考えるほど、とんでもないことをしたという自覚がある。男女の契りを結んではいないが、寸前まで行った。しかも契りを結んだと周囲に思わせた。
小袖にも言えない話だ。
深呼吸しようとするが、吐く息が震える。
鷹宮と私は皆に嘘をついている。
さらに、私は若君が鷹宮と分かり、鷹宮が一晩中私を探してくれたという事実に胸がザワザワしている。
切ない痛みを感じる。
恋というものか、まだ分からない。
恋をしたことが今まで無かったから。
感傷に浸るには充分な理由があるのだ。
「姫様。湯が用意されておりますが……お入りになりますよね?」
部屋にやってきた吉乃と小袖が会話をしていて、小袖が私に聞いた。
小袖は朝食をいただいてからずっと泣いていたが、私の体を気遣うようで「お痛みますでしょう」と小さな声でいたわるように私に何度も聞いてきていた。だが、体はなんともない。
「私は痛くない。宮様はとてもお優しく触れられたから……」
自分で言って真っ赤になった。
もうー、余計なことを言わせないでっ!小袖……。
小袖まで真っ赤になっちゃったじゃない。
「湯に入ります」
私はそう言って、立ち上がった。小袖はすかさず手を差し伸べてきたが、赤子でもあるまいしと思ったがハッとした。
他の女官たちの前では、多少は辛そうにしておかなければ、見破られるかも?
「ありがとう」
私は小袖にそう言って手を引いて支えてもらって歩いた。
廊下に出ると、庭先にてんじくぼたんの鮮やかな薄赤い色が見えた。はらはらと落ちてくる黄色い葉の間で、美しい赤い花を咲かせているさまに見惚れてしまった。
思わず立ち止まった私のすぐ先に、いきなり大きな壺が落ちてきて割れた。
ガッシャーンッ!
キャァッ!
私は小袖と共に震え上がったが、高い天井を見上げても何も見えなかった。
「何事でございましょうっ!」
すぐに6名の兵が飛び出してきた。帯に五色の刺繍がある。鷹宮の専属兵のようだ。兵たちは紅葉の葉が美しい庭のどこに隠れていたのだろう。
「お怪我はございませんかっ!」
「曲者がいないか調べろ!」
「はっ!」
それぞれがバタバタと機敏に動く中、一人の兵が何者かを見つけたらしく叫んだ。
「お前っ、待てっ!」
黒い人影は脱兎の如く走って行き、姿が見えなくなった。たちまちのうちに5名の兵が姿をその後を追って姿を消した。
よかった。
庭のてんじくぼたんに見惚れたおかげで、私は一拍動きが遅かったのだ。普通に歩いていたら、落ちてきた壺がまともに頭に当たったところだった。
ってなに。
何落ち着いているの?
これ……早速狙われているじゃない?
落ち着いている場合じゃないかも。
私は両手を握りしめた。
「大丈夫、大丈夫、誘拐犯からも脱出できた、山で化かされた時も無事だった、今度もぶじ……」
いやー、怖い……。
これはどう考えても、私を殺しに来ているよね?
鷹宮の映えある妃に確定したから、命を狙われているのね……?
こんな嫌がらせというより殺人を企てるのは、どの家のどの姫の仕業だろう?
「花蓮様、よくご無事で……」
負けてたまるか……!
『何が傷じゃ。花蓮に傷などない』
鷹宮が言ってくれた言葉が頭の中で蘇り、私の胸に熱いものがこみあげてきて、力をくれた。
よくも、私を猪に襲わせようとしたわね。
今度は壺を頭上から落とそうとした?
姑息な真似をしてくれちゃって……。
ええいっ!
「小袖っ、行くわよ。昨晩は一晩中鷹宮様に愛されまして技をつくされました。私たちたっぷり2人で堪能しましたので、汗をかきましたのよ。宮様は今宵もお渡りされるようですが、まずはすっきりしたいのです」
私は大見栄を張って平気なふりをした。
声は少し怒りで震えていたが。
『ひ・と・ば・ん・じゅ・う・鷹宮・さ・ま・に・あ・い・さ・れ・た』
さあ、どうかしら?
この衝撃フレーズを聞いた?
宮廷中に広がって欲しい破壊力がある言葉のはずよ。
湯から上がったら、1番目から31番目まで挨拶まわりをしよう。
誰が仕組んでいるのか、真実を明るみにしてやるわ。
「一緒に入るか?」
急に耳元で低い声で囁かれて、私は飛び上がった。
次の瞬間には鷹宮の広い胸の中に抱きしめられていた。見上げる私の目に、優しく私を見つめる瞳が見えた。
「無事で良かった」
小さな声でささやかれて、私はドキドキしてしまった。
きゃーっ、一緒に入るっ!?
私の入内は、予期せぬ展開になった。
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