第6話 花嫁はあんたがいい

「待ってくださいましっ!あなた様ほど見目麗しいお方にはもっと他にも良いご縁談がわんさかあるでしょう!なぜ、私のような傷物を……」



 私は呆然としつつも反論した。


 

「姫は傷物じゃないだろ……俺は確かにモテるが、花嫁はあんたがいい。姫に俺の花嫁になって欲しい」

 


 えっ。

 色々混ざっていて、あったかい気持ちになるような、焦るような。

 ちょ……ちょっと待って!


 まず、傷物じゃないと言われて不覚にもグッと来た。

 泣きそう……。



 『俺は確かにモテる』

 そりゃそうでしょうね。


 『あんたがいい』

 この最後のあんたがいいが何度も何度も弧を描くように私の耳の奥で聞こえてしまった。残響だ。



 その瞬間、私の心臓はズキュンと音が鳴ったように跳ね上がった。




激奈龍げきなんりゅうにも美しい姫はたくさんいらっしゃると思いますが、なぜ私を?鷹宮様への嫌がらせでしょうか?それならば、私など傷物と呼ばれて選ばれっこないと陰口を叩かれているのです。嫌がらせの目的を達しません。考え直された方が良いかと」



 私は丁寧に食い下がった。

 


 だが、ぽんぽんと若君は私の頭を優しく撫でて、口角を上げると優しい笑みを浮かべて私を見つめた。


 そして、踵を返すとそのまま走り去って行った。



 若君は忙しいのですね。

 でも人の話を聞いてくださいよ。



 私は強制連行されるように、すかさず吉乃に腕をつかまれた。



「今度逃げたら、責任とって私死にます」



 吉乃が顔面に顔を近づけてきたかと思ったら、ぼそっとど迫力で言われた。


 私はゴクっと唾を飲み込んで頷いた。



「逃げません!ごめんなさい。謝ります!」



 私は先程髪の毛を乾かしていた部屋に押し戻され、髪をときほぐされ、化粧を施されて、世にも美しい衣装を着せられた。金の刺繍が煌びやかに施された赤い絹の衣だ。


 まるで結婚式みたいだ。



 普段は薄化粧もほぼしていないようなので、化粧をした自分の顔にびっくりして鏡を見つめていると、廊下の方でパタパタと音がして小袖が姿を現した。



「小袖!」

「花蓮様っ!」



 よく無事だった、小袖。 

 私は小袖の後ろをのぞいた。



「昌俊は?」

「済々家の皆様をお呼びに行かれました」



 小袖は小さな声で答えた。



 へ?

 敵国から御咲の済々に行ったの?



 あー、私が若君と結婚するからか?

 父上はがっくり来ただろうなぁ。

 母上は心労で倒れないだろうか。


 私は唇を噛み締めた。



「ひっ!姫様、そんなに唇を噛み締めたから血が出ておりますっ!」


「何をされていますかっ!死ぬおつもりですかっ!」


 小袖が悲鳴を上げると、吉乃がすっ飛んで来て私は一喝された。



 私は吉乃の剣幕にオロオロして、ごめんと謝った。



「姫は薬を盛られたんですよね?山でたぬきのように寝ていらしたと噂になっています。昨晩奇跡的に無事だったことに感謝して、変な気は起こさないでくださいましっ!」



 吉乃は私を叱った。


 そうだった。

 私たちは誰かに謀られて、薬を入れられたお酒を猪や熊の出没する山で飲み明かした。一歩間違えば死んでいたに違いない。


 しかし、妙な話なのだ。



 元々傷物と噂されていた私だ。他家の姫君たちは私を馬鹿にはしていても、相手にもしていなかったはずだ。



 うーん。

 宮廷って怖い。

 


 おかげであんなイケメンの嫁に選ばれてしまった。

 


 さっきの口付け……だよね?

 なんだかすごかった。

 身体中が一気に熱くなって、とろけるかと思った。


 私は途端に思い出して真っ赤になった。

 息も荒くなる。

 口付け……恥ずかしい。



「あれ、花蓮様はお熱があるのではないでしょうか?」

「大丈夫ですっ!」


 私は小袖の心配そうな様子に、大きく頷いて大丈夫だと宣言した。



 衣を宮廷用にビシッと着替えた吉乃に先導されて、私は長い廊下を煌びやかな衣に身を包んで歩いた。



 見たこともない廊下だし、見たこともない部屋の作りだが、なんとなく御咲の宮殿に似ていると思った。そこにホッとした。



 隣の国だし、そんなに違わない違わない。



 すぐ山を越えたら御咲だしって、あんな高い塀を超えるんだけどね。



 大丈夫、私、なんとかなるから!


 

 私は悲壮な覚悟を決めて、吉乃に導かれて大きな部屋に入って行った。そこには御咲の皇帝がいらっしゃった。

  


 え?

 なんで皇帝陛下が?


 その隣にさっきの若君がいる。


 私は何事かと思って部屋の中を見渡そうとした。


 あ!父上、母上!

 泣いている……。



 あれ?

 なんで鷹宮の妃候補全員が、美しい衣装を着て揃っているのだろう?


 私は吉乃に導かれて若君の隣に立った。

 

 どういうこと?



「ここに鷹宮の花嫁を宣言する」



 陛下が口を開いた。一瞬、場がどよめいた。


 は?

 今なんと!?



「済々家一の姫、花蓮を鷹宮の妃とすることに決まった」



 きゃーっ!

 なぜっ?

 一体なぜっ!?


 頭が真っ白になった私は、隣の若君の顔を凝視した。



 この人だれっ!?

 敵の若君だよね?


 

 ふっと笑った若君は、私の耳元に口を近づけてきて小さく囁いた。



「俺が鷹宮。俺に全てを捧げる覚悟で入内したって?」



 えーっ!?

 御咲の鷹宮様?

 この口の悪い若君が?



「お前の身を守るには、俺の花嫁を早く決めてしまった方がいいんだ。今日から花蓮が俺の花嫁だ」 



 美しい顔でキスの口の形をした。

 妖艶なんですがっ!?


 うわっ!!


 今までを振り返ると、穴に入りたい。


 私ったら、鷹宮様になんて無礼なことをしたの。


 斬られても仕方がなかった私。

 無礼千万の振る舞いに気が遠くなった。


 私は、どうやら32人の妃候補の姫君たちの中から唯一の花嫁に選ばれてしまったようだ。




 鷹宮との初夜もあるし、他の妃候補たちの嫌がらせもある……。



 これでおさまるはずがなさそう。


 私の花嫁生活は波乱を極めそう……。



 私の入内は、予期せぬ展開になった。


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