第7話 お覚悟よろしいですか?
気づけば、猛烈な怒りと憎しみを持った視線を30人あまりの妃候補から向けられていた。
一人ぐらい祝福してくれても……って。
無理かぁ。
いきなり過ぎて、前触れなさすぎて、しかも姫たちが傷物だと蔑んでいた私が選ばれるなんて。
私は誘拐された時のことをよく覚えていない。
だが、衣はしっかりと何重にも着ていた。
だからって何も無かったとは言えないのだけれど……。
誘拐された理由もよく分かっていない。
誰が見つけてくれたのかもよく知らない。
昌俊だけその助けてくれたお方の姿を見たらしい。
傷物と不名誉な影口を叩かれるのは、入内に大きく関係している。それさえなければ、これほど頻繁に噂されることも無かったような気がしている。
姫たちは無言で怒りの視線を私に向けている。
彼女たちはまだ解放されない。来年の鷹宮23歳の誕生日に解放されるのだ。
妃は確定しても、第2、第3、下手したら第4、第5と選ばれていくのだ。過酷な競争だ。
いずれの妃になったとしても、鷹宮から寵愛を受けるのは間違いない。一番ではないだけで。
私は若君にグッと抱き寄せられた。
姫君たちの憤怒の声が思わず漏れた。
ざわめきが起きたのが分かる。そのまま、そっと美しいお顔が近づいてきて、私の唇に温かい唇が重なった。
私の心はどこか天界に持って行かれたようで、心がふわふわした。宙に浮いているかの如く足元の感覚がない。
顔が熱い。身体中が熱い。
にっこりと微笑む若君。
いや、鷹宮……。
なんて透き通った瞳。
凛々しい眉。
通った鼻筋。
口角が上がり、笑みが溢れる。
思わずうっとりとした私に「気ぃぬくな」とぼそっと低い声で囁く若君。
「口がぽかんと開いている」と嫌味な声で言われた。
口を閉じると、そっと唇を撫でられた。嫉妬の矢が何重にも私の背に刺さったような気がする。振り返ると姫君たちの怨念を宿した視線と絡み合った。
怖い。
そのまま私は若君に導かれるように大広間を退出した。絹の衣がさらさらと微かな音を立てて、私の周りにさざなみのように広がる。何十人もの女官が付き添うようだ。
ここは激奈龍ではなく、御咲の国だった。
「こちらへ」
吉乃がすかさず私を誘導してくれた。
「あのお方が鷹宮様?」
「さようでございます。済々の一の姫は、我が国の皇子も知らずに宮廷にいらしたのですか?」
吉乃は厳しい声で私を諫めている。
「たぬきのように山で寝ていたそうですが、鷹宮様は一晩中あなたを探して山中を駆けずり回ったのでございますよ。あなたの身を案じてです!兵を200人も真っ暗な山中を駆けずり回させたのですから、鷹宮様はあなたがぐっすりと寝ている間、釈明に追われたのです」
えっ!?
私を探してくれた……?
夜中?
今朝、山で寝起きで見た若君の汚れた足元を思い出した。兵も皆疲労困憊して、足元は泥だらけだった。
「猪も熊も仕留めて、一晩中真っ暗闇で狩をさせて、あなたを探し回らせて、姫は一体鷹宮様のなんなんですかっ」
ちょ……ちょっと待って?
吉乃、恨みがましい目で見ないで。
「な……なんなんですかって、こっちがお聞きしたいぐらいで……」
私は顔面に吉乃の顔面がすっと近づいてくるのを感じて、思わず後ろにのけぞった。
「鷹宮様に何かありましたら、私死にます」
わ……分かった。
分かったから、顔を近づけないでっ!
怖いから。
こくこくと頷く私に、吉乃は震える声で言った。怒りで震えているような声だ。
「今日は初夜ですから、お覚悟よろしいですか」
へ?
なんで、も……もう初夜?
「あれが式なのでしょうか……。普通は式の後に……ちょっ……ちょっと近いっ!吉乃、何?」
吉乃がまた顔を近づけてきたので、私は怯んだ。
「相性でございますわ」
はっ!?
意味が分かんない。
「あれの相性が良いかどうかを確かめられるのですっ!あまりに急なお話で、皇帝が確かめてから式を上げるようにと。つまり、花蓮様の妃はまだ確定ではございませぬっ。私たちはあなたのお体を洗うことで、体に傷がないことを確かめました。ただ、最後までやらねば分からぬと……これ以上は申せませぬっ!」
顔を真っ赤にした吉乃が、少し不憫に思っているような瞳で私を見つめる。
ちょ……ちょっと待って。
つ、つまり、今日、鷹宮と私に合体の儀をさせて、鷹宮に確かめさせると?
怖い怖い怖い。
宮廷って怖い。
でも、当たり前かぁ。
散々傷物って陰口をされたし。
心の準備がっ!
だれかどうしたら良いのか教えてぇー!
「小袖ぇっ!」
私の大きな絶叫が長くて広い廊下に響いた。
***
2つの赤い布団に白いシーツがかけられ、ぴたりとくっつけられている。温かい灯りがランプから漏れる。
布団は先ほどまでカイロで女官たちに温められていた。
準備万端。
薄い衣を纏う。
温められた部屋。
窓から一番星が姿を見せる秋の宵口。
震える私。
小袖には何度も宮様に全てを捧げるお覚悟で済々の家から出てこられたのですからという話をされた。
そうだ。
そうなのだ。
鷹宮様に私は全てを捧げる覚悟だった。
あの若君が鷹宮だと思わないうちは……。
私が両手を握りしめて俯いていると、ふらっと鷹宮が姿を現した。
白地の絹に金の花の刺繍がされている衣を纏い、物憂げな瞳で私を見つめる。
湯に入ったらしい。
髪が少し濡れて、色気が増している。
って、色気凄すぎじゃない?
あの若君とは別人のように、視線が悩ましい。
抱き寄せられて髪を優しく撫でられた。
頬を両手で包まれて、そのまま口付けをされた。
囁かれた。
「全てを捧げる覚悟と言ったな?」
「はい……」
衣の帯をするすると解かれて、優しい手つきで衣を脱がされた。
合体の儀が始まった。
私の入内は、予期せぬ展開になった。
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