第13話 花蓮の心は必ず俺に振り向かせるつもりだ
琴の音色が麗しい。
東の冥々の家は、代々音楽に秀でた家系だ。商売が傾きかけているという噂は確かに根強くある。
だが、目の前の
ストールがふわりと舞うほど、
済々の家は、琴と刺繍の腕次第で姫の価値が決まるという家だった。私は琴の訓練を幼い頃から毎日欠かさず行うことが日課だった。
まあ、傷物になったから……そのぐらいしか魅力を引き立てられる部分がないとして、父と母が躍起になったのかもしれない。
もし、私に父と母が同じ琴をを買ってくれるならば、身に余るような琴だ。それが、
福と凶は隣り合わせというのが父と母の口癖だ。副分にも、凶分にも、必ず真逆の要素が含まれているというのだ。
私の誘拐には、必ず副分もあるはずだと教え込まれた。つまり、傷物と噂されるようならば、本物の愛を手繰り寄せる副分もわずかながらあるということらしい。私はそれはないと分かってはいたが。
この琴が
東の冥々の家は激奈龍に近く、山を超えれば激奈龍という位置に領地を構える。 西の夜々の家の領地が湖に面しており、漁でも、湖を超えた先にある
しかし、
その冥々の家の経済が厳しいという噂は根強いが、
「まぁ、ようこそ、おいでくださいました」
私は鷹宮を見た。
目を瞑っている。
そう……。
実に素敵な音色なのだ。
美しさと気立の塩梅がちょうど良いという評判通りだ。
邑珠姫が髪を綺麗に結い上げていたのに対して、
普段はまあるい大きな瞳がキラキラとしているが、琴を弾くために目を伏せている様がなんともたおやかで、指の動きにそこはかとない色気が滲む。
庭に鮮やかな菊の花が見え、はらはらと秋の紅葉した葉が舞い降りる様が美しかった。
私には
鷹宮さま……?
私は一瞬、鷹宮が
一陣のそよ風が私たちのいる部屋を吹き抜けたかのように、爽やかで心弾む音色が響き、
「ありがとう」
鷹宮は穏やかにそう言って、彼女を労った。
「ありがとうございます」
微笑みを浮かべている彼女に、鷹宮は何気ない調子で言った。
一瞬、私を見つめる瞳はどこまでも優しかった。
「
その言葉に、言葉にならない悲鳴をあげたように思ったのは、冥々の家のお付きの者たちだった。
ひぃっ……!
なんてことっ!?
だが、夜々の家の今世最高美女と違って、表情一つ変えない
「承知いたしました」
私は心の中で、あれ?と思った。
好きという気持ちを露わにしないというか、なんというか、淡白というか……。
「姫は、私の第2、第3、第4の妃になることは興味がありますか?」
鷹宮は踏み込んだ質問をした。
私は呆気に取られて鷹宮を見つめた。
「ございますわ、もちろんでございますわ」
その瞬間、
初めて、
「そうか。それは家のためではなく本心か?」
鷹宮の質問に、たじろいだのは、冥々の家のお付きの者たちの方だ。
「冥々の家の者は、わたくしが鷹宮さまの妻になることを望んでおります。わたくし個人はあなたさまに恋焦がれている一人の女ですわ……」
そんなこと、言わせなくてもっ!
私は自分が悪者になったような気持ちでいっぱいになった。
そんな質問は、やめてあげてっ!
私は眉を顰めて鷹宮を見た。
「さようか。わかった。覚えておく」
鷹宮はそういうと、私の方を見つめて言った。
「花蓮は俺の妻で確定だ。花蓮の心は必ず俺に振り向かせるつもりだ。俺が花蓮に惚れているから」
何でそんなことをわざわざ言う必要があるのでしょう?
私は困惑して鷹宮を見つめた。
チラッと
えっ!?
なに今の?
一瞬で姫の表情は変わり、いじましい表情になった。
「妬けますわね……」
それだけ言うと、鷹宮と私を交互に見つめて微笑んだ。
「お似合いですわ。この度は、合体の儀をつつがなく終えられたとのこと、お祝い申し上げます。私も、仲の良い花蓮さまが選ばれて本当に嬉しいですわ」
私は一瞬の表情の変化に妙に緊張したが、いつものお優しい
鷹宮は私の手をサッと取り、指を絡めた。
「さあ、次は蓬々の家の
そう囁くように私に言うと、
雨明は小袖とも仲が良く、私が入内してすぐに右も左も分からずに呆然としていた時に
今、雨明は私の顔をチラッと見ると、笑顔で頷いてくれた。
よかった。
雨明も祝福してくれるのかしら?
身に余るような、実力以上の采配について、一人でも祝福してくれる人がいれば、私としてはほっとするところだった。
ただ、西の夜々のお家といい、東の冥々のお家といい、私が鷹宮に愛されるような仕草には、こぞって無言の悲鳴をあげていたと思う。
気のせいだろうか?
いや、気のせいではないだろう。
つまり、どこの家にも私を殺す動機があるのではないか?
ふと私はそう悟って、ゾッとした。
私の入内は、予期せぬ展開になったようだ。
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